季節外れの幽霊たち 2
目が、ぼんやりと白く霞んでいる。
ハイネが気がついた時、彼の五感はかなり怪しかった。
ちゃんと2本の足で立っている筈なのに、感覚は無く、周囲もいきなり暗闇から外に出た時のように、目に痛い光に輝いて見え、眩すぎて物の輪郭程度しか判らない。
(俺何やってんだだっけ……? えーっと…ここは? ああ、そういやキラは何処だ……)
いつもの癖で、自分の髪を掻き毟ろうとするが、手もろくに持ちあがらない。
体の不自由さに歯噛みしたその直後、突如耳慣れた銃のセーフティが解除される音と共に、彼の眉間に、銃口がぐりっと押し当てられた。
「……貴様、どっから入り込んだ?……」
憤怒の声に、ハイネの意識は一気に正気に戻った。同時に視覚もはっきりと鮮明に見える。
自らの豊満な裸の胸を、己の左腕で隠したキラ似の健康的な美少女は、身につけているのがシンプルな下着一枚というあられもない姿で、獰猛な琥珀色の瞳を眇めて、真っ直ぐにハイネを見上げていた。
(……早速やりやがったな、あの男……)
どうやらハイネは、少女が服を身につけている真っ最中に、放り込まれたらしい
諸悪の根源の姿を捜しても無駄だろう。セイランは、陰険で意地が悪いが馬鹿ではない。己が見つかるようなヘマはしないし、己が嫌がらせした相手が窮地に陥れば、助ける所か笑いながら手を叩いて観ているだろう。
明らかにシャワー上がりである少女は、裸体を見られたというのに叫び声も上げない。
そんな雄々しい少女を前に、ハイネは慌ててキラを真似、オーブ式に平身低頭した。
「……着替え中とは知らず、大変失礼しました。俺はキラのお姉さまに内密の話で伺っただけで、決して他意とか邪な疚しさはありません。名前はハイネ・ヴェステンフルスと言います。キラとは、個人的にとても親しくさせていただいておりまして…………」
「なんだ、キラの友達か。ちょっと待て……、もう顔を上げていいから、終わるまでそこにいろ」
彼女はバスルームに再び戻り、透かし模様が入ったスリガラスの扉前で、堂々と服を着始めた。
多少ぼやけて見えるが、勿論、体型は丸わかりだ。キラより遥かにグラマラスな胸のボリュームが、迫力である。
昔キラはこれと同じ事を、ハイネと初対面の時にやった気がする。
(おいおい、ちょっと待て。お前ら姉妹って、慎みと恥じらい、何処に置いて生まれてきた?)
カガリとは双子と言っていたが、キラと似ているのは、どうやら顔の作りだけではなかったようだ。一体どういう育てられ方をしたのか知らないが、あまりに無防備な振る舞いに17歳の乙女がこれでいいのかと、激しく問いただしたくなる。
キラも、女としての性的な意識はかなり怪しいが、それはいつまでも子供でありたかったという、心のトラウマから来るものだ。
だが姉の方の場合、見たところ性格は全然『漢』である。
うじうじ泣かれたり、鼓膜を引き裂くぐらい、けたたましい悲鳴をあげられなかったのは助かったが、セーフティを外し、ぴたりとハイネの眉間に銃口を向けていた眼光は鋭く、ZAFTの白服を纏う怒ったキラと同じぐらい迫力があった。
そんな威厳は、なまじっかな17歳の少女が持ちえるものではない。
となると、彼女は一体何者なのだろう?
(あー。そういやキラの奴、何処に飛ばされやがったんだ?)
肝心要の彼女が居なければ、カガリとやらに挨拶に来た意味が無い。
(……えーっと、俺の携帯繋がるかな? 連絡さえ取れれば、何とかなるだろうし……)
ハイネは己のポケットに手を突っ込みがてら、ざっと自分の居る周囲を見回した。
イスラムを意識した蒼い幾何学模様の高い天井と、最高級の毛織絨毯、そしてアンティークな調度品の数々、特徴ある室内の作りがなんか見覚えあると思いきや、ここはどうやら昨年アプリリウス市に作ったばかりの、ハイネ所有のホテルの筈だ。
しかもこの部屋は、国賓級のゲストしか泊める事がないように、惜しみなく金をつぎ込んで整えた最上階のスイートルームだ。
そんな部屋なのに、違和感なく寛げる彼女もある意味凄い心臓だ。
贅沢に慣れ、それが嫌味なく似合う女。
一体、何者なのだろう?
(カガリとしか聞いていないが、そういやキラって確か、出自はオーブ王族に連なるって言ってなかったっけ?)
コーディネーターは、一度見聞きした事は、滅多忘れない。
今まですっかり失念していたが、ミーアと自分の婚約披露パーティをクラッシュした際、キラは確かにそう言っていた。
「待たせたな」
堂々とした物怖じしない力強い口調は、特権階級にいる、人に命じなれている者がもつものだ。
再び扉を開け、大股でハイネの元にやってきた少女は、なんとオーブの将校姿だった。
しかもオーブの軍服を飾る房付きの金の紐飾りと階級章から推測するに、提督クラスと見た。
こんな少女が、オーブ軍の艦隊を率いる司令官の地位にいるなんて。
ハイネはコクリと息を呑んだ。
該当者は、もう1人しか思い当たらない。
オーブの獅子と呼ばれるウズミ・ナラ・アスハ、その一人娘に確かそんな名前の少女がいた筈。
それなのに、キラと双子という事は?
(まさか……、キラってばもしかして……オーブの姫なのかよ?)
「カガリ・ユラ・アスハ。貴方が本当に、キラの双子の姉上様で?」
「それを知るお前は、かなりキラに近しい者の筈。だから私はお前に時間を割いたのだ。私にキラのことで内密の話とはなんだ? さっさと言え」
口調は荒っぽいが、先程とうって変わって表情が和らいでいる。小首をちょっこりと傾げる姿も、瞳と髪の色が違えども、キラそっくりでとても可愛い。
ハイネは慌てて姿勢を正した。
「初めましてお義姉さん、事後報告で申し訳ありませんが、先日俺はキラと正式に結婚しました」
「は?」
「俺が、キラの夫です。今からキラもこちらに呼びますから、少しお待ち下さい。御挨拶は二人一緒の方が、お義姉さんもきっと、俺達の仲の良さを見て安心してくださると…」
ポケットから携帯を取り出したハイネだったが、何故か目の前の人物の様子が急変した。
「……お前、頭大丈夫か? 一体何処の精神病患者だ?……」
笑顔だったカガリの顔は翳り、まるで痛ましいものを見るような、哀れむ目でハイネを見上げている。
ハイネは内心舌打ちをした。
(……ちっ、俺とした事が。焦って失敗したか……?)
キラは確か、戦場から直接、フリーダムと一緒にハイネの世界に飛んできた筈。今ここにいるカガリは、きっとキラが死んでしまっていると勘違いしている筈だ。
「お義姉さんが動揺するお気持ちは判りますが、どうぞ心落ち着けて聞いてください。俺は狂ってなどおりません。キラは先日確かに俺の花嫁に……生きて……」
「…ざけんな、この馬鹿!!」
カガリの口元が、ひくひくと引きつった途端、彼女は腰のホルダーから再び拳銃を引き抜いた。
「……寝言は寝て言え!! いっそお前、永眠しろ!!」
「わああああああああ!! ちょっとタイム!!」
ハイネは一切の弁解を受け付けて貰う猶予も無く、問答無用といわんばかりに、カガリは銃のトリガーを引きまくった。
銃弾が雨あられと降り注ぐ最中、彼は命からがら脱兎で貴賓室から逃げ出した。
(こんな凶暴なんて、聞いてねぇぞキラ〜!! )
だが、ホッとしたのもつかの間。銃声に驚いたオーブ軍の警護の人間が、バラバラとこの部屋に向かって駆けつけてくる。
この世界はハイネのいるべき所ではない。
だが、マリア・ブランシェホテルのオーナーは、ハイネ・ヴェステンフルスである。
捕まったら、この世界の自分は兎も角、このホテルの従業員達に大層迷惑をかけてしまう。
(ちきしょう、こりゃマジでキラ連れて仕切り直しだ!!)
ハイネは重役用の秘密のエレベーターに駆け込むと、パスワードを解除し、まんまと外へと逃げ出した。
さてその頃のキラは…というと。
「……ほよっ?……」
体に五感が戻り、真っ白だった視界が鮮明になった途端、キラはのんきにも小首を傾げた。
彼女が立っていたのは、紅葉がはらはらと舞う墓地だった。
日差しが和らぎ、少し肌寒い気候から察するに、冬を間近に控えた秋の終わりという所だろうか?
彼女の眼前では、柔らかな芝生に埋もれた静かな墓石の群れが、なだらかな丘の向こうまで埋め尽くして広がっている。
「……ここ何処?……なんで僕、お墓なんて……」
セイランとアンジェは、キラ達をカガリと会わせてくれるのではなかっただろうか?
だが、キラは自分がどんくさい自覚があるし、また他人を責めるよりも、まず自分の非を探すという稀有なお人好しである。
キラは、セイランの悪意を全く感じ取れなかった。
彼女の脳味噌の中に『人をまず疑え』という項目が自発的に追加されない限り、今後も散々色んな人達に騙されて、ハイネを大層泣かせるだろう事に、彼女は全く気がついていない。
「あうっ、僕はぐれちゃった。うううう、どうしよう。ハイネ困っているだろうな〜…」
落ち込んだキラは、項垂れた。
すると、何故か自分の足元だけ、色とりどりの花束が供えられて賑やかである。
他の墓石は閑散としているのに、墓石を埋め尽くす程に惜しまれた人のものとなれば、自然と興味も湧くものだ。
(誰のだろう?)
墓碑に刻まれた名前を目で追った瞬間、キラは唖然と固まった。
レノア・ザラ。
パトリック・ザラ。
仲良く並んでいる二つは、間違いなくアスランの両親のものである。
レノアの墓碑に刻まれた没年は、血のバレンタインデーが起こった2月14日。だが、パトリックの没年は、9月27日となっている。
間違いなく、キラがフリーダムで、この世界から放逐された日である。
「……あの日に、戦争は終わったのかな……? そうだ、アスランは? アスランの墓は!?」
あの日、アスランはジャスティスの核エネルギーを使い、ジェネシスを爆発させた。
生きてて欲しいと思いつつも、キラの心の中ではとっくに諦めている。
でも、彼の名前を墓で見つけるのは悲しすぎる、そんな矛盾と不安に胸が押しつぶされそうになりながらも、キラは慌てて周囲を見回して、レノアとパトリックの両隣の墓碑を確認した。
だが、そこにあるのはキラの見知らぬ名前だった。
念のため、その先の3つ隣まで隈なく見て回ったが、彼の名前は何処にもなくて、キラはホッと息を吐き出した。
(……良かった……)
とりあえず状況確認の為に、周囲を見回すと、秋の日ざしに同化しがちな眩いオレンジ色の髪が、こちらに向かってやってくるのを見つけた。
キラは益々嬉しくなって、ぶんぶんと元気良く手を大きく振った。
「ハイネ、僕こっちだよ、こっちぃ〜♪」
そう叫びつつキラは、ぱたぱたと彼の元に駆けつけると、彼の空いている左腕にきゅっとしがみついた。
「良かったぁ。僕、君が何処にいっちゃったかって、すっごく心配したんだよ」
本当は、自分が心細かったのだが、キラは笑顔で誤魔化した。
人の機微に敏感なハイネには、きっと筒抜けだろうが、キラだって白服着ている時ぐらいは、見栄を張りたいお年頃だ。
ハイネは、キラがしがみついたのと反対側の腕に、大きなカサブランカと白薔薇をメインとした、色を押さえつつも華やかな花束を抱えていた。
明らかに献花用だ。
流石、気配り抜群のハイネだが、キラの嫁としての面目は丸つぶれである。
彼女は自分の手ぶらな両手を無言で見つめると、ぷっくり頬を膨らませた。
「むぅ。ハイネってばちょっとズルクない? 1人だけ着替えちゃっているし」
彼は黒のスーツを身に纏い、喪服姿だった。
更に不思議な事に、彼は何故かキラを怪訝そうに見下ろしながら、小首を傾げている。
「……こんな可愛い隊長さんいたかな? だったら俺がツバつけない訳無いのに……」
「……何言ってるの、ハイネってば?……」
「悪い、俺、マジで覚えてないわ。なぁ、俺達ってどこで会った?」
キラもこっくりと首を傾げた。
「何処って、出会いはディッセンベル市の、ホテルのオープンカフェ。君が食べ残した朝食に、転んだ僕がダイブして、君が僕に部屋のシャワー貸してくれたんだよ」
「それ、しらねー」
「はあ? もう、その年で健忘症? しっかりしてよ旦那様!!」
「誰が誰の旦那って?」
「君が僕の。もう、信じられない〜!!」
頭を抱えて俯いたキラは、自分が抱きついていた彼の左手を、慌てて引っつかんで目の前に引っ張った。
見間違いでは無かった。彼の薬指に、あるべき筈の結婚指輪がない。
まさかと思うが…、ありえるとしたらもうこれしかない。
(この人、こっちの世界のハイネ!?)
キラの全身にどっと冷や汗が噴出した。
07.09..08
眠い。とりあえず出来た所まで( ̄― ̄)θ☆( ++)
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