季節外れの幽霊たち 3
キラにとって気まずい沈黙は、目の前の男にとっては、良い観察時間だったようだ。ハイネは失礼なぐらい不躾で好奇な視線で、キラの頭のてっぺんからつま先まで、嘗め回すように眺め倒す。
我に返ったキラは、手に持っていた彼の左手をぱっと外した。
「あ、ううん、……ゴメンナサイ。僕の勘違いだったみたいです……えへっ♪」
引きつり笑って誤魔化しつつ、深々と頭を下げる。
だが、無防備となった彼女の襟首は、がっしりと掴まれた。
「あの……、僕、猫じゃないです……」
怯えて恐る恐る彼を見上げれば、キラを覗き込むハイネの翡翠色の目は、獲物を見つけたドーベルマン犬のように、完全に面白がって輝いている。
「なぁ、名前教えてよ♪ そっちは俺のこと知っているのに、不公平じゃん?」
「ううん、人違いでした。じゃ僕、……そういう事で……」
逃げようとぶんぶん体を捩って暴れるが、憎らしい事に彼の指はびくともしない。
(ふぇ〜ん、アンジェさん、セイランさん、何処にいるの? ハイネ〜!! 僕、どうしよう!!)
その時、キラのポケットに入っていた二つ折りの携帯が、振動した。
(もしかして、ハイネ!?)
溺れる者は、藁にも縋るという諺があるが、キラは正しくそんな気持ちで、助け舟に飛び乗った。
取り出して開いた携帯を、名前も確認せずに通話ボタンを押す。
馬鹿である。
「もしもし? あのね、僕今……」
≪隊長〜、こんにゃろー!!あんた、一体何処でサボってるんだよ!?≫
鼓膜を突き破る勢いで、ミゲルの罵声が飛ぶ。
(ひぃぃぃぃぃぃぃ!!)
キラはいつもの条件反射で、耳を押さえて携帯を遠くに引き離した。
≪ザラ国防委員長から緊急通信が入ってるっつーのにさ、艦内放送で呼び出しても来ないし。あれ、なんで先輩喪服なの?≫
急にキラの手から携帯が奪われた。
涙目で見上げると、ハイネが食い入るように、キラの携帯の画面を見ていた。
TV電話だったのかと今更気付き、キラは余計にあわあわする。
≪あーあ、その調子じゃ、ガモフに居ないな。ったく、夫婦揃って呑気なんだから≫
「……お前、ミゲルか? 本当に!?」
≪え?≫
「だってお前ヘリオポリスで死んだ筈じゃ……、なんで生きてんだ?」
≪はぁ!!≫
いらついたミゲルは、かしかしと自分の髪を掻き毟った。
≪先輩、何をタチ悪い冗談言ってるの? 毎日俺の顔見てる癖に、そりゃないんじゃねーの?≫
キラもショックで心を飛ばしかけた。
こっちの世界ではミゲルが死んでいるなんて、信じられない。しかもヘリオポリスでなんで、信じたくもない。
だが、このまま2人に不毛な会話をさせても、全く解決にはならないだろう。
ハイネと、携帯に映るミゲルを交互に見て、キラは腹を括った。
手を伸ばし、ぱっとハイネから携帯を奪い返すと、片方の手の平を垂直に立てて拝み、深々と頭を下げる。
「ごめんミゲル。今僕達ちょっとさ、セイランさんに時間を少しだけ貰って、僕が居た世界に帰ってきているんだ」
≪はぁ?≫
「僕の姉さんに、僕が違う世界でちゃんと生きてるって知らせたかったし、ほら、僕ハイネと結婚したでしょ。住む世界が違うし、今後もう二度と会えないかもしれないけど、僕はハイネとこうして幸せになったって報告したかったの。だから無理言ってアンジェさんにお願いしたの」
奇想天外な話に、びっくり仰天しているハイネを目の端に捕らえつつ、キラは更に何度も頭を下げた。
「パトリック小父様には、帰った後で僕から連絡入れるから、ゴメンナサイしておいて。後ね、他の皆にも暫く誤魔化しておいて」
≪隊長〜〜!! んな無茶な!!≫
「お願いミゲル。君だけが頼りなんだ!! 多分後1〜2時間で戻るから!! これが僕にとって、最初で最後の里帰りなの、見逃して!!」
なむなむと拝み倒せば優しいミゲルだ。
短い蜜色に輝く金髪を掻き毟り、ひとしきり≪バカヤロー!! なんでお前はいつもそうなんだよ!≫と吼えた後、彼はがっくりと項垂れた。
≪判ったよ。少しだけ時間稼ぎしておくから、早い所戻って来いよ。ザフトのアテナがまた消えたなんて知られた日には、ガモフのクルーが、またパニックに陥るから≫
「ありがとうミゲル、大好きだよ♪」
≪おいおい、旦那の前で他の男褒めるなっつーの。先輩がヤキモチ焼いてもしらねーぜ、じゃ、また後でな≫
気のいい彼は、ひらひらと手を振って消えた。
「……今の、どういう事かな……?」
再びがっしりと、キラは襟首を猫のように掴まれる。
低い声に恐る恐る上目遣いに見上げれば、ハイネは面白そうに見下ろしている。
そこに再び携帯が振動する。
小さいディスプレイに点滅する名前を確認すれば、今度こそハイネだった。
「もしもし」
≪キラ、お前の姉さんかなりヤバイ。俺、『妹さんと結婚しました』って報告した途端、問答無用で銃ぶっぱなされたぜ≫
「あはは、カガリらしい」
≪笑い事じゃねーぞ、こら。俺、マジで死ぬかと思った≫
身の危険をすこぶる感じているのか、耳に響く彼の声は、かなり尖っている。
≪で、今お前何処?≫
「ちょっと待って」
キラはあうあうと、自分を吊るし上げているハイネを見上げた。
「すいません、ここ何処ですか?」
「ディッセンベル3の墓地だけど」
「ありがとう」
キラはペコリと頭を下げ、
「ディッセンベル3の墓地だって。ハイネこそ今何処?」
≪アプリリウス1だよ。ちきしょう、全然遠いじゃねーか!! 片道2時間コースかよ≫
「えー!!」
フリーダムなら一っ飛びなのだが、悲しい事に、今キラの乗り物はここにない。
「どうしよう? 僕達何処かで待ち合わせる?」
≪いいからそこ動くな。お前土地勘あんまりねーし、迷子になられるよりマシだ。でっかい目印か何かあるか? 目立つ奴≫
「えーっと…、僕今アスランの御両親の墓の前にいるから、パトリック小父様の……」
≪判った。また後でな≫
「あの、ちょっと待ってハイネ!! ねぇ!! 今ここに、この世界の君が……」
流石仕事が速い男。
自分の用件のみを伝え終わると、とっとと携帯は切られてしまった。
相変わらず、人の話を全く聞かない男である。
「ふーん、ホント俺の声だな。口調も気味悪いぐらい似てるし」
「あう」
キラはがっしりと背後から両肩を引っつかまれ、こくりと息を呑んだ。
忘れていたかったが、最大の難関がここで出番を待っていました。
現実を逃避したくても、肩に食い込む彼の指は痛くて、これが夢でないとしっかり突きつける。
「で、可愛い隊長さんは、一体何者? お兄さんとしては、詳しく聞かせて欲しいなあ?」
「でも、話すときっと長くなるし」
「大丈夫、お前の旦那が来るまで、最低2時間はかかるんだろ? 俺、きっと良い話相手になれると思うぜ♪」
「あうううううう」
絶体絶命のピンチだった。
07.09.08
本当は、ここまでが2話目でしたv
短いですけど、キリが良いので( ̄― ̄)θ☆( ++)
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