季節外れの幽霊たち 5





「貴様、何をやっている!!」

推理小説や謎解き、また事件が起こった場合は、その原点に戻って調べるのが基本だ。
キラが消えたと知ったイザークは、直ぐにディアッカを伴い、彼女が最後に目撃された執務室を訪れたのだが、開かない隊長室の前で、泣きじゃくりながら銃を引き抜き、鍵めがけて盛大にぶっ放す、レイの姿に蒼白となった。
なんせ金属で覆われた壁の向こう側は宇宙空間。無いとは思うが、間違って船体に穴でも開ければ、大惨事だ。

「キラが……、キラ〜!!」
「レイ。いい子だから、まず落ち着こうな」
「嫌だぁぁぁ、キラぁぁぁ!!」

ディアッカが即座に暴れるレイを肩に担いで動きを封じたが、手負いの大きな子供はなりふり構わずで、暴れて彼の背中を叩いている。ディアッカのハードに固められた前髪も、鳥巣のようにくしゃくしゃにされ、まるで別人のように乱されてしまった。
だが、彼は兄気肌で寛容な男だ。
よしよしと辛抱強く、レイの長い金髪を掻き撫でる。

「ほら、今からイザークが開けてくれるからさ。俺達もキラに用事あるし、レイは良い子だろ? もうちょっとだけ一緒に待とう♪」

子供をあやすのは彼に任せ、イザークは扉に手をかけた。
だが、力一杯引っ張っても、蹴り飛ばしてもビクともしない。


「…故障…、な訳ないな……」

部屋をロックする鍵は、レイが弾丸で撃ち抜き破壊しつくされている。ならば、手動でドア動かないのはおかしい。
レイがパニック起こした原因を詰めれば、確かにここは怪しさ大爆発である。
どうしたものかと腕を組みつつ、再び扉に手をかけた瞬間、彼の脳裏に≪入るな。邪魔したら、只じゃおかないよ。僕は今警告したからね≫という、涼やかでヤバそうな声が頭に過る。

「……ディアッカ、お前今の……聞こえたか?」
「…んあ?…何、どうしたの?」

イザークの背筋に、ざわざわと冷たいものが走った。
あのむかつく偉そうな命令口調は、イザークにとって、一生思い出したくない程腹立つ男とそっくり同じだ。

「……ディアッカ。俺は今、この中にあの超傍迷惑な悪魔が、いるような気がしてならないのだが……」
「……げっ……」
2人とも、キラがガモフに戻った際、一度しかあの美貌の魔神を見た事はなかったが、知らぬ事とはいえ、彼に食って掛かったイザークは、瞬時にディアッカを巻き込んで半殺しな目にあった。
二人にとって、二度と忘れられないぐらいに記憶にざっくりと刻まれた存在だ。
「おいおいイザーク、勘弁してくれよ」

イザークは自他とも認めるぐらい勘が良い。
ニコルの分析によれば、彼の神経質な性格と癇癪は、どうやら目に見えない物を敏感に察知する霊媒体質から来るらしく、それゆえ民俗学の造詣を深めたり、自己防衛の為に御札やお守り収集に走るのだという。
幼馴染のディアッカは、そんな目に見えない摩訶不思議な物……幽霊とか物の怪に遭遇するイザークを、幼い頃からつぶさに見てきた。
よって、彼の直感を、ディアッカは誰よりも信じている。

「逃げよう。触らぬ神に祟り無しだろ? アイツはマジヤバイって。ハイネだって絶対関わるなって言ってたじゃん、……いててて!!」
「……嘘吐き、開けてくれるって言った。キラぁぁぁ……」

再び、ディアッカの髪を毟りながら暴れだすレイを、彼は押さえ込みに入った。そんな2人を目の端に捉えながら、イザークも冷たい汗を流していた。

開けるべきか、開けぬべきか。

イザークの本心から言えば、屈辱だが回れ右してダッシュで逃げたい。だが、えくえくと啜り泣きながら、純真な目で自分を見ているレイの期待を裏切れば、自分はその瞬間、幼子を虐めた人でなしだ。

「すまんディアッカ。俺に付き合ってくれるか?」

イザークの気のせいなら良い。だが本当にあの魔物が現れでもしたら、とばっちりで何に巻き込まれるか判ったものじゃない。

「うううう、……しゃーねーなぁもう。子供は泣かしちゃ寝覚め悪いし、俺の髪も被害甚大だ。イザ、急いでくれ」
「ああ」

結局ディアッカもお人好しなのだ。
イザークは大業に溜息を吐きながら、携えてきた金属解体用のレーザーチェーンソーを引っ張り出した。
「いくぞ」
スイッチを入れれば、レーザーを纏った刃が、易々と厚い扉をケーキのように切っていく。
力技で、扉を人が潜り抜けられるぐらいの穴を開けた彼は、ブーツ底で思いっきり切り取った破片を蹴り開けた。

重力が少なく設定してある船内で、金属の重たい破片の落下速度は鈍い。
イザークが、ぽっかり開いた空洞の中を覗き込めば、キラの義母…ロミナ・アマルフィの趣味がちりばめられたレースのクッションの中で、ソファに横たわる金色のふわふわ髪の少女の翡翠色の目と、かっちり合ってしまった。


「……きゃあああああああああああ!!……」
「……すまん!!……」

ヤバイなんてものではなかった。
ソファに押し倒されていたアンジェが、あわあわとセイランを突き飛ばし、ひん剥かれそうになっていた上半身をクッションで隠し、花柄ワンビースの襟を慌てて身繕いする。
だが、ここは確かにキラの部屋。

(……貴様達、乳繰り合うなら家でやれ……!!)

だが、イザークとて命は惜しい。
直でぶつけたい言葉をぐっと飲み込み、どうしようかと途方に暮れた。
こんな部屋にキラがいる筈はない。
だが、ここにキラをぽいっと別世界に飛ばせる化け物が2人もここに居るのだ。
ガモフ全艦に響き渡る程の呼び出しをかけたのに、キラが出てこない現状、こいつら2人が彼女の行方に関与している可能性は高い。

正に濡れ場に突入直前だった紫青色の髪の魔導士は、射殺さんばかりにきつい眼差しに、右手を高く上げ、指を鳴らす体制でイザーク達を睨みつける。
逃げたいが、足が竦んで動かない。

そんな時だった。

「……アンジェ、ゆうちゃん……」
「あ、レイ〜〜!!」
「何時来たんだ? 久しぶりだな♪」

レイがディアッカの肩からするりと降り、笑顔全開でぱたぱたと駆け寄って行く。
アンジェもほえほえと嬉しそうに、飛びついてきたレイをふくよかな胸で抱きしめ、ほお擦りをかます。
アンジェに抱きしめられたレイを見た瞬間、セイランの顔に、本気の殺意が過ったが、彼はぎりりと唇を噛み締め、渋々と腕を下ろした。

「おいそこ。その呼び名は止めろと言っただろ。僕は毛むくじゃらと同類か?」
「あらいいじゃない。パンダは可愛いし、ね、レイ♪」
「アンジェ、パンダは『可愛い』ではない。『セクシー』だ」
「うんうん、そうだったわね。レイは凄いわね。こ〜んなひねくれた人に、セクシーな渾名をつけてくれたんだもん♪ これで彼ももうちょっと、皆に親しみやすくなってくれると嬉しいんだけど♪」
「……アンジェ、君ね……」
「いいこと? レイはまだ幼いんだから。前にも言ったと思うけれど、子供に手を上げる男は最低よ。そんなセイランは嫌い。レイを傷つけたら、私本気で怒っちゃうんだから♪」
「……うっ……」
「半年ぐらい、聖地に出入り禁止になりたい? 下界だと…27年ね。うふ♪」
「……アンジェ……」

がっくりと肩を落とし、項垂れるセイランという珍しい姿に、イザークの目は点になった。
確かにレイの体は14歳だが、精神はまだ自我が芽生えて直ぐぐらいの3歳児だ。ハイネからの又聞きだが、アンジェはキラ達3人が飛ばされた世界で、随分と長い間レイと一つ屋根の下で暮らしていたらしい。
彼を弟のように溺愛し、可愛がってくれていたらしく、不幸な生まれのレイに並々ならぬ同情も示していたそうだ。
もしセイランが故意に手を上げれば最後、その瞬間アンジェは冗談でなく絶対に彼を許さないだろう。

レイは無自覚だが、この艦の中で唯一、セイランが好き放題にできない存在だったようだ。

「……天然ってすげえな……」
「……だな、俺達が真似したら最後、瞬殺だ……」

落ち込むセイランに気付かないまま、アンジェから沢山親愛のキスとハグの洗礼を受けたレイは、挨拶が一段落した後、あわあわと彼女を見上げた。

「アンジェ、俺はキラを探している。何処に行ったか知らないか?」
「あ……、ゴメンね。彼女は今、里帰りなの」

申し訳なさそうにレイの頭を撫でるアンジェに、置いていかれた事を悟った子供は、みるみる内に目に一杯の涙を溜めた。

「里帰りとは何だ?」
「う……、えーっと……、それは……実家に帰る事だけど」
「キラはアマルフィ議員に呼ばれたのか?」
「あう……、えっと…、その人誰なのかしら?」
「キラの父上だが」
「ううう……、た、多分違うと……」

「…アンジェ、君の説明だと、日が暮れる……」

溜息を零しつつ、セイランがレイの頭を自分の方に向けた。

「キラは、自分が置いてきた家族に結婚した事を報告したいと望んだ。だから、僕が戦後世界に飛ばしたよ」
「なら、俺も行く!!」
「大丈夫なの。直ぐに戻るから安心して。キラの御家族にね、結婚の報告と永遠のお別れを言ってくるだけだから」

アンジェが優しい手で、彼の金髪頭を掻き撫でると、彼は鼻をすんすん啜りながら、こくこくと頷いた。
キラを母と慕うレイである。彼は彼女のあどけない仕種ばっちり模倣しており、それも板についているから、可愛いことこの上ない。

「泣かないで。もう、ほんとにレイってば、キラが大好きなんだから♪」

再び豊満な胸で、ぎゅっとレイを抱きしめるアンジェの姿に、セイランの冷たい蒼の目が、より険しく吊り上る。

レイに罪はない。
そしてきっと、ここに居るイザークとディアッカも、何一つ悪くない筈だ。
だが、気分を害した魔導士の怒りは納まらず、その捌け口を探しているのは間違いなくて、やがてニタリと相好を崩した魔人の微笑みに、イザークの背筋は恐怖で総毛だった。


「ねえ君達、キラとハイネを呼び戻して欲しい?」

うきうきと弾むように問われれば、思わず首を横に振りたくなる。
だが、ここでそんな返事をしたら最後、この男なら一生キラをこの世界に帰して貰えなくする嫌がらせを、嬉々としてやるだろう。『イザークが望んだから、願いを叶えた』と、彼に全ての責任を押し付けて!!

「アンジェ、直ぐに呼び戻して」
(レイ、何故貴様はこの緊迫した空気が読めないのだ?)

イザークが心で嘆いても無駄だった。
キラママに置いていかれた幼子は、自分の『キラに会いたい』という欲望を叶えるのに必死で、どうでも良い同僚の窮地など、知った事ではないらしい。
だが、セイランの不吉な笑みを見れば、彼が何かを企んでいる事は明白だ。

「でもねレイ、キラにとって、これが最後の里帰りなのよ? 彼女はもう一生ご家族の人と会えないの」
「でも俺も、二度とメンデルに帰れない。故郷が無いのは一緒だ」
「うううう」


「と言う訳だから、君達でキラとハイネを迎えに行ってくれるかい?」
「どうやって?」

楽しげで爽やかに笑うセイランの姿に、ディアッカまでも溜息だ。


セイランはぱちりと指を鳴らした。
その途端、彼のブレスレットの緑暗石が一つ、粉々に砕けて塵となった。

≪この船に乗っている、レイ以外の全てのパイロットに告げる。あんた達の隊長と参謀は、現在里帰り中だ。迎えに行かないと帰って来られない。方法はただ一つ、オレンジ4機と白1機のロボットに各々1人ずつ乗りこめば、勝手にキラの元に飛ぶように設定しておくから、後はよろしく好きにやってくれ。機体のスタートは今から3分以内。それまでに1機でもパイロットシートに空席があれば、残念だがキラとハイネは二度とこの世界に戻れないだろう≫

全艦放送されたセイランの宣言を、戯言などと片付ける事などできなかった。この男は、やると言ったら必ずやる。
(畜生!! やりやがったな、この陰険魔導士!!)

イザーク達3人は、ダッシュで格納庫目指して突っ走った。


≪あ、そうそう、レイをロボットに乗せた段階でもゲームは終了だ。彼はアンジェに言わせると、まだ幼い子供なんだから、危険な目にあわせる訳にはいかないんでね♪ では僕は無事にミッションが成功するように、高見の見物しながら健闘を祈るよ♪ じゃ、僕とアンジェはこれで失礼する。今度こそ、生きている間にもう二度と会うことないと思うけれど、死んだら僕らに会いに来てくれと、そうキラとハイネに伝えておいておくれ≫

≪ディアッカ、レイを取り押さえろ!!≫

スピーカー越しに、ミゲルの切羽詰まった声が響き渡る。
オレンジのモビルスーツはジン2機とシグー2機の計4機。そして白は間違いなくキラのフリーダムを指している。
ヴェステンフルス隊のパイロットは、現在ガモフの中に7人。
イザークが見上げた時、既にシグーにはミゲルとラスティが、ジンにはニコルが搭乗していた。
残す所は、フリーダムかジン。

≪フリーダムにはアスランが乗れ。お前ならキラのOSに慣れてるだろう。イザークはジンだ、急げ、時間がない!!≫

キラが居ない今、パイロット達の命令権は、副隊長のミゲルが持つ。
キラの愛機に憎たらしいアスランが指名されたのにはむかついたが、今はそんな些事に構っている場合ではない。
時間内に5人揃わなければ、最悪キラと永遠にお別れだ。

(くそ〜…あの男!!)

セイランは、やっぱり意地が悪かった。

パイロットスーツを身につける間もなく、コックピットに乗り込んだイザークが、己の身をシートに修めた瞬間、彼の視界が極彩色に染まった。




――――だが、セイランの悪戯は、ここからが本番だった――――





モビルスーツと同じ大きさの、巨大なシダ植物。
そして、それを食むもっと巨大な恐竜達の群れ。

イザーク達5人が放り込まれた世界は、明らかにキラなどいる筈もないジュラ紀、とっくの昔に地球上で絶滅した筈の恐竜が闊歩する世界だった。

「おい、セイラン!! どういう事だこれは!!」

竜達の群れに踏み潰されないように空に逃げたくても、フリーダム以外の機体は宇宙仕様で満足に飛べない。
突如現れた異様なモビルスーツに、二本歩行のティラノザウルスが、群れでのっしのっしと大股で突進してくる姿は結構恐怖である。

≪………次のジャンプまで後3分ある、楽しんでくれたまえ♪………≫

「何!?」

≪……ちょっとした観光気分を、たっぷり味わって貰おうと思ってね♪ ああ、僕に感謝は要らないよ。君達3人に対するさっきの『お礼』だから。何時かはキラとハイネに会えるとは思うけど、それまで全員無事に、生きていられるように、各々自分の命は自分できっちり守ってくれ♪≫


「……あ…の…野郎……、何処がお礼だと?」
だからアイツは、態々レイを避けたのだ。

≪イザーク、お前何やった?≫
焦ったミゲルの声が、コックピット内にこだまする。
イザークは肩を落として頭を垂れた。

「すまん。俺とディアッカとレイで、セイランと、アンジェの濡れ場に踏み込んだ」
それはある意味、自分で自分の死刑執行書にサインしたのと同じ事。

≪……成る程な……ったく、みみっちぃ男だぜ……≫
≪相変わらず陰険さんですね≫
≪気にするなイザーク。3分間逃げればいいんだろ? 時間制限があれば、何とかなるさ≫

どうやら共通の敵を見出した途端、不思議な団結力が生まれたらしい。
ラスティやニコルは兎も角、アスランも色々とあの男には思う事があるのだろう。彼に慰めの言葉を貰うとは、イザーク自身もびっくりだった。

≪アスラン以外は、エネルギー残量に気をつけろ。武器の使用はなるべく禁止だ、それと無駄な殺生もな≫

上空を漂っているうちに、再び視界が極彩色の流れが横切って行く。
2回目のジャンプから転がり出てきた先は、瓦礫の中、見た事が無い程旧式の装甲車が並ぶ戦場だった。

「……第二次世界大戦……か?」

戦車が一斉に向きを替え、砲台が自分達に向けられる。

≪ちょっと、なんで!!≫
≪おい、ミゲルどうする?≫
スピーカーの向こうでは、ニコルとラスティの悲鳴が響いている。

≪反撃せずに構わず逃げるんだ!! 3分後には別の世界に飛べる!!≫


そして3番目の世界は、海の上だった。やはりイザークが歴史ディスクで見たイージス艦と呼ばれる、空も飛べぬ旧式の戦艦から、5機めがけて一斉にミサイルが発射される。

≪潜れ!!≫
ミゲルの命令に、全機は海に飛び込んで沈む。


そして4番目の世界は。

≪空!! 追撃ミサイルに、スクランブルかけられてるぜ!!≫

フリーダムと違い、ジンやシグーは装甲が弱い。いくら旧式ミサイルでも、当たればそれなりに被害は出る。
だが、戦いなどしたら、あっという間にジンとシグーのエネルギーは尽きるだろう。

≪アスラン!!≫
「今やってる!!」

アスランが、大慌てでフリーダムの火器をかき集め、ミサイルを落とすべくロックする。


この調子では、キラの元に無事たどり着くまで、後まだどれだけ嫌がらせされる事やら?
イザークの目は遠くなった。



07.09.13



眠い。多分次でラストです( ̄― ̄)θ☆( ++) 


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