狂花の実たち 1
刻限 3
この婚礼を預かる大司祭、王弟ジブリールが民へのお披露目の為にと、王女とその婿を神殿のバルコニーに導いた。若く美しい二人が姿を表した瞬間、観衆の歓声は、一気に高まる。
プラント王国の黒死病を救って以来、カガリはようやく民の誇れる王女になったのだ。
「あ〜、感慨深いねぇ」
ムウはチロリと横目でカガリを見て、王族風の手の振り方………、腕を直立に立て、かすかに上下に動かすのを真似ている。
「姫に仕えて十余年。よもやこんな、民に歓呼で迎えられる日が来るとはなぁ」
「フラガ、笑ってしゃべるか、口を引き結んで緊張しているふりをするか、どちらかにしろ。嫌々手を振っているのが民にばれる」
近衛騎士の結婚式の正装は、白づくめの詰襟軍服に真っ赤のマントである。
対するカガリ姫の衣装は、やはり白を基調にしていたが、水色がアクセントに使われたマーメイドラインの清々しくシンプルなものだ。
色からしてチグハグな二人なのに、式は国を挙げてのお祭りだ。喜んでくれたのは何も知らない民だけで、この明らかにやる気のない二人に、つき合わされた神殿や王宮の面々も気の毒である。
もしここに、兄のカナード王子がいれば、「なんの冗談だ貴様らは!! 少ない税金を無駄遣いしやがって!!」と本気で殴りに来ただろう。
ムウは顔の筋肉を総動員して、怪しい引きつった笑顔を浮かべた。
「なぁお姫さん、なんで俺を選んだんだ?」
「お前が爵位無しの貴族で、近衛騎士隊の長で、噂では王都一番の女ったらしの癖に、実はラミアス女官長に今から尻に敷かれているほど惚れていたからだ。お前なら、絶対私に手を出さない、不服か?」
ムウの目つきが剣呑になる。
「ああ。姫さんのとばっちりで、俺のマリューが田舎に帰ったとなるとね。恋人を平気で『貸せ』なんて言う非常識な姫君に仕えたばかりに、俺と無理やり引き裂かれ、王宮でもさぞかし肩身が狭かったんだろう……、可哀想に。今頃は絶対泣き崩れてる……」
本気で静かに怒り出したムウに、カガリは深くため息をつく。
「もう、時効だからばらしてもいいか、おい、お前は女官長に騙されてる」
「あん?」
「確かに私は女官長に、お前を一月貸してくれと頼んだが、報酬は惜しまなかったぞ。なんせ私が今まで住んでいた湖の離宮近くの館を一つだ。きっとお前たち二人が共稼ぎで20年頑張っても買えない家と土地に、一ヶ月限定で修繕業者の改築費用、家具職人代、庭師代もつけたんだ。泣き崩れるどころか、今頃は職人を無料で使える期限を念頭に、ほくほくと新居を手直ししている筈だ。ちなみに貴様がドジ踏んで、プラントに私との偽装結婚がバレれば全部没収だ。そうなれば、お前はしっかり者の女官長に、間違いなくしばき倒されるだろう。解ったらしっかり働け」
「……ひでぇマリュー!!」
本当に何も聞いていなかったらしい男は、しゃがみこんでぐしゃぐしゃと頭をかきむしりだした。カガリも、フラガがよくやる癖なので知っていた。気をつかってバルコニーの陰に隠れるように身を屈めたのは偉いが、折角女官たちが綺麗に梳った、彼の髪が乱れたのには腹が立つ。
カガリは、民に見られている笑顔は崩さずに、いじけた男をヒールの先で突いた。
「おいお前、そんなに不服か?」
「当たり前でしょ。結局体はるのは俺なのに、マリューだけがのびのび一月楽しむなんて、ずるいだろうが。あああ、俺にもなんか楽しみくれ〜〜〜!!」
子供がごねるのは可愛いが、ガタイの良い大人が拗ねるのはうっとうしい。
顔面めがけて蹴りを入れ、問答無用で黙らせても良かったのだが、今後の仮面夫婦を演じるわが身を省みて、カガリはぐっと堪えた。
「ああ、もう仕方がない奴」
カガリがぼやいた瞬間、フラガの蒼い目が確かに光った。
「なら私の権限で、成功したあかつきには、お前達二人に二ヶ月の休暇、隣国での挙式代、新婚旅行費全額を、お前への特別報酬で支払ってやる。一ヶ月の辛抱で、国庫でラミアスと豪遊できるんだぞ。悪い話ではなかろう」
「よっしゃ♪ 乗った♪」
現金なもので、すくっと立ち上がって復活したフラガは、全開で作り物でない笑顔を浮かべた。所詮狸な28歳と、世間を知らない16歳の聖女では、生きてきた年の分だけフラガの方がしたたかだった。
まぁこんなデタラメな男でなければ、偽装でも王女を娶った途端、本物の王位を強請るに決まっている。カガリは我ながら良い人選だったと思いつつも、自分をこんな窮地に追い込んだ、プラント新国王ギルバート・デュランダルに対する恨みを深めていく。
「あの、王位簒奪者め。よくもぬけぬけと私に求婚しやがって」
ムウは、己の思慮の足りなさを悔やんだ。
「悪い、俺、自分のことで、ちょっと遊びすぎたわ」
今日、この婚礼に至るまでの道程中、プラントとオーブの両国は、ともに掛替えの無い王子を失っていた。
まずプラント……、王都を襲った黒死病から、必死で民を守るために留まっていたニコルに、軍隊など準備できる筈もなかった。反乱を起こした王弟デュランダル軍は、王都をあっさり攻め落とし、病床の国王を殺害、そして逃亡した王子に父殺しの汚名を着せ、自分は兄を救おうとしてきたのだとぬけぬけと発表した挙句、ニコル王子に懸賞金までかけてしまった。
そして、この恥知らずの国王は、自分の正妃にカガリを望んできたのだ。
力で強引に国を乗っ取ったのだから、しばらくは貴族達の箍も緩み、内乱や暗殺の危機が起こる。だが、自分の傍に、竜憑きの王女がいれば?
例え、見掛け倒しで戦力にならずとも、反逆を起こそうとする輩は減る。
それに、あの『竜の血の奇跡』だ。全ての病を癒す神秘、彼女が正妃となれば、民の心も掌握しやすくなるし、あれを別の国に渡すのは惜しい。
それに、プラントは大陸一の強国。ちっぽけなオーブ王国など、一捻りで滅ぼすことができる。よって、ギルバート王からのカガリ王女への求婚は、脅しに近い命令だったのだ。
これには、オーブ王国の国王も憤慨した。
「カナードは、我息子にあらず。カガリは、我が国唯一の後継ぎである!!」
そう、プラントの使者に言ってしまったのだ。
本当に愚かな行為だった。
確かにカナードは、国王の逝去した兄の庶子だ。
だが、カガリは病弱な上、いつ竜とともに天に召されるかわからない聖女である。
国王自らが、望んでカナードを自分の跡取りにと、彼を自分の庶子と偽って修道院から連れて来たというのに。
国王が頭を冷やすため、たった十数える間の忍耐を怠ったせいで、オーブ王国も王太子を廃嫡せねばならない状況に追いやられたのだ。
今、カナードは何処かの離宮に幽閉されている。
彼の幽閉を解くためにも、カガリは今日の婚儀に望んだ。
ムウは爵位も持たない貴族。彼女と結婚したとしても、生半可なことでは国王になることはありえない。
ほとぼり冷めた頃に彼を離縁し、カナードを宰相に迎えて二人で統治する。
それが、オーブの作ったシナリオだった。
「まぁ、お前にも事実迷惑をかけているしな。私の守り役だったばっかりに、気の毒だったと思ってる」
ムウはカガリの唇に、指を押し当てた。
気の毒な姫を、これ以上悲しませてはならない。
確かに、マリューに対するような、熱烈な愛情はない。だが、ムウは己が成長を見守ってきた王女を、妹のように大切に思っている。
いつも病の床にありながら、憎まれ口を叩いて自分を鼓舞し、明るく笑い飛ばして臣下を気遣い、生きることを諦めなかった。
何度も不自由な体を呪っただろう、涙にくれることもあった筈、けれどいつも笑って離宮に引篭もりな日々なのに無理なわがままを言って、臣下を困らせたことはない。
唯一の我侭が、あのプラントへの遠征である。
あのか弱かった姫が、他国の民を助けるために、毅然として竜を駆ったのだ。
あの雄姿を、ムウは今でも誇りに思っている。
「私の忠誠は、生涯貴方だけの物」
「なんだよ急に。気持ち悪い」
口を尖らせるカガリを、ムウは口の端に怪しい笑みを浮かべて抱き寄せた。
「奥方、ご無礼つかまつります。……国民へのサービスは大切です♪ な〜んてね♪♪」
ムウは、姫の唇に己のを重ねた。
カガリは咄嗟の出来事に、驚愕し、身を硬直させている。
歓声は、最高潮に達した。
教会の鐘はますます鳴り響き、民は手にもった花々を、二人めがけて撒き散らし、祝福し続けた。
☆☆
キラは、うっとりと目を細めた。
美男美女の結婚式は、見ていてとても麗しい。
「そして、オーブは守られました。めでたしめでたし」
「残念だったな、キラ」
「うわぁ―――!! アスラン!!」
アスランはぱっくりとキラの頭を甘噛みした。彼女の顔は一瞬で、アスランのよだれでべたべたになる。
「うっうっ……酷いよぅ」
「さあ、何でだろうね、キラ?」
アスランのいつもの謎かけが始まった。
下手な答えを返したら最後、またぱっくりと噛まれてしまう。キラは身を正して真剣に湖水を眺めた。これも大切な聖女修行なのだ。
王位に近い者は、物事を表面通りに受け取ってはならない。もし、自分が誤った判断を下したら、そのまま国の存亡に関わるかもしれない。時事を分析し、裏側に隠された物も、正確に読み取り、民を導かなくてはならないのだ。
「まず、プラントのギルバート・デュランダル王だね」
「どうしてそう思うの?」
にやにやと、アスランは意地悪く追求してくる。
「あの男はきっと、オーブのような小国が、自分の求婚を断ってくるなんて夢にも思ってなかったんじゃない? そうでなければ命令なんてしないでしょ。しかもカガリが決めたお相手が、爵位もない下級貴族なんだから、余計にプライドが傷ついて、今後、もっとオーブに嫌がらせを仕掛けてきそう」
「他には?」
「……オニ……」
こっそり呟くと、アスランがまたぱっくりと口を開ける。
「あうううう、もう無いよ」
キラは頭を抱えた。
難しい政治の話は苦手だった。
「噛むぞ」
「やだぁ!!」
キラはじわっと涙を浮かべてアスランを睨んだ。
「意地悪ばかりしないで、ヒント頂戴!!」
「しょうがないなぁ。じゃ、ジブリールはどう動くか考えてご覧?」
やせ細った大司教の、色の悪い紫の唇を思い出し、キラは顔を顰めた。
「彼の立場、この結婚でどう変わる? カガリがいなくなれば、もうカナード王子は廃嫡しているんだよ?」
「あ……、王様になれるんだ」
アスランの言いたかったことが理解できて、キラはほっこりと笑った。
けれど、横を見れば相変わらず、アスランの大きな口は開いたままで、キラはあわあわしながら少ない脳味噌を絞り出す。
「あうっ!! ジブの奴、気…気が弱そうだから、プラントに恨まれるより、カガリを正妃に差し出し、媚売って、安寧にやり過ごそうと思うかもしれないよ!!」
「よしよし、キラ。及第点をやるよ」
アスランは満足げに、ぺろりんっとキラの頬を舐めた。結局アスランのせいでべたべただ。
キラはぷくっと膨れて半泣きになる。
「アスの意地悪。うううぅ……水浴びがしたいよ〜!!
「後でさせてやるよ」
アスランは首を伸ばし、再び湖面に息を吹きかけ白霧を吹き飛ばす。
キラもぴょっこりと顔を覗かせる。
湖面には、プラント王国の大軍が、夜陰に乗じて王都を目指しているのがはっきりと見えた。
逆にオーブの城内では、祝賀に振舞われた酒や飲み物に薬が忍ばせてあったのか、近衛騎士も兵士も民衆も、皆眠りに落ちている。
各国から派遣された、婚儀の招待客達も眠っていた。プラントからの使者だけがしっかりとした足取りで広間を抜け、彼の護衛についてきた騎士団が、オーブ神官達の手引きにより、王城へ侵入を開始する。
「アスラン、これは一体どういうこと!!」
「王弟のクーデターだ。ジブリールはプラント軍の協力で国王を殺し、カガリ王女と白竜を引き渡すつもりだ」
アスランの言うとおり、兵達はまっしぐらに国王のいる広間と、カガリ達の新床に向かっている。なのに国王は玉座で酔いつぶれており、ムウとカガリも何やらベッドで話込んでいて、全く気付いていない。
「酷いよ!! ねぇアスラン、何とか教えてあげることはできないの!!」
「じゃあ、キラがカガリだったら、どう動く?」
こんな時に、まだ学習させるつもりか!!
キラはムカムカ腹を立て、思いっきり叫んだ。
「僕だったら、当然クーデターを止めるっ!!……うわぁ!!」
キラは、身を乗り出しすぎて、つるりっと手を滑らせた。湖水に落ちるその間際、彼女ははしこく、青竜の鱗の一つを引っつかんだのだが……。
「わぁぁぁ!!」
アスランは無情にも、キラの背を、己の鼻先で突き飛ばしやがった。
彼女は当然、派手に頭から湖水に落ちる。
「酷い!!……何するんだ馬鹿アス!!……こほっこほっ!!」
湖面に顔は出せたものの、アスランの竜体は大きすぎ、彼が口で服をつまみ、キラを持ち上げてくれるか体を水に沈めてくれなければ、キラは自力で這い上がることができない。なのにアスランはもう、動く気配もない。
「水浴びしたいって言ったのは、キラだろ?」
「ア〜スラ〜ン――――!! もう、完全に怒った!! 謝ったって、絶対に絶対に許さないからね!!」
「ほぉ、俺に喧嘩売るって言うの? キラ、度胸あるね♪」
途端、足元から、じわじわと負荷がかかってくるのを感じた。見下ろせば、湖底から、小さな渦が巻き起こっている。
キラはこくりと唾を飲み込んだ。
「ア、アス。僕を一体どうするつもりなの?」
「さっきお前言ったよな? 望み通りクーデターを止めに行っていいよ。あ〜あ、俺って、なんて親切な男だろう。嫌、竜か♪」
「なんだって!!」
しまったと思ってももう遅い!! キラは完全にアスランの計略にひっかかったのだ。
守護竜は、守り手の善なる願いは聞き届けることができる。
渦は彼女を包み込み、水底へと強力に引っ張り出した。
「わぷっ!!」
キラは急に水中に引き込まれ、しこたま水を飲んだ。息が吸えずに頭がガンガン早鐘を打ち、アスランの声が耳にこだまする。
《早く生まれ変わりたいんだろう? 神の奴が、成功したら考慮にいれてやるって、言ってる気がする。まぁ……頑張れよ〜……》
(気がするって、一体なんなの〜!!)
叫べないから、脳内で悪態をつく。アスランはキラの守護竜だから、キラが強く念じれば、彼の脳に届く筈。
(アスラン〜……覚えてろぉぉぉ!!)
水の水圧に負け、キラの意識が遠くなった時、アスランの高らかな笑い声が耳に届いた。
むかつく。
06.03.22
おかしい。アス×キラなのに甘くない。
漫才だ、こりゃ。
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