狂花の実たち 1
刻限 4
(何だか……息苦しい……)
キラは口に、生暖かくてねっとりとした物がへばりついている嫌な感触に眉を顰め、ぷくっと頬を膨らませた。
(もう、アスランめ〜……)
自分が眠っている間に、彼が風精霊に命じ、キラの口に青い桃を突っ込ませるのはいつものことだ。
下手に噛むと渋かったりする。そしてうわぁ!!と飛び起きた自分を見て、陰険な竜は散々小馬鹿にするのだ。
「俺のお姫さまは、本当に食い意地がはってるんだから♪」とか、なんとか言っちゃって。でも、ごくたまにだが、キラが自分で取りにいけない高い所に成る、極甘桜桃なこともあるから……。
その手に何度もひっかかる僕じゃないと思いつつ、ついついあぐっと噛んでみる自分は、やっぱりいやしんぼなのだろう。
キラは寝ぼけたまま、駄目もとで顎をゆっくりと動かしてみた。
硬い果肉は噛み切れず、ついでに塩辛い気がする。
「……ハズレだ」
「おいおい、姫さん。俺は美味くないぞ」
腰にくる酷く艶めいた声の後、キラはしっかりと手首を掴まれた。
だが、掴む??
アスランの命令に従う精霊は多々いるが、彼らに手はない!!
「誰!?」
キラはぱちっと目を開いた。すると、真横に水鏡で見たムウの顔があるではないか。
「うわぁぁぁ!!」
「おはよ。ねぼすけお姫様♪」
彼は、何故か笑いをかみ殺して自分を眺めている。キラは自分がしみじみと噛み付いていたものに気がつき青くなった。自分が両手でしっかり持っていたのは、ムウの筋張ったたくましい左肘だ。しかも、彼の腕には、キラの歯形がくっきり丸くついている。
「へぇ、歯並びいいんだ」
「ううう―――ごめん!!」
キラはぱっと起き上がって後ずさるが、生憎彼女が手をついた部分はベッドの端だ。
「うわぁ!!」
光沢のある絹のシーツはよく滑る。
そのまま彼女はベッドから背後に転がり落ちた。
キラを指差し、ムウが豪快に爆笑する。
「まぁ、姫さんも今日は疲れただろうから。無防備にうたた寝してないで、さっさと布団の中に入った入った。湯冷めしちまうぞ」
お互い、夜着一枚というあられもない姿なのに、ムウは落ちてぷっくり膨れている、キラの頭をぽしぽしと撫で、抱き上げてベッドに押し込む。
「んじゃ、お休み」
その後彼は、毛布に包まり、ベッドの下の絨毯の上に転がった。
なんでここにムウ・ラ・フラガがいるのか判らないが、ふわふわのベッドも、もこもこした羽毛の掛け布団も気持ちがいい。キラはまぁいいかとついつい目を閉じかけ………。
―――――寝てどうする!! 馬鹿かお前は!!――――
アスランの呆れ混じりの声が脳内に響き、キラは即座に飛び起きた。
「――――――冗談じゃないよ!! ちょっと、ムウさん起きて!! 早く!!」
「はい? ……、ぐえっ!!」
ムウを踏みつけたらしいが、今は彼に説明する時間すら惜しい。
「ムウさん!! クーデターだよ!!」
「は? 何、姫さん寝ぼけた?」
と、茶化したフラガだったが、不穏な言葉に、ムウも直ぐに身を起こす。
「クーデターが起こるんだよ!! 早く王様を助けなくちゃ!」
「……お、おい…?」
「なにをぼーっとしているんですか!! 急ぐって言っているでしょ!?」
「……カガリ王女……? 変な夢でも見たのか?」
「はい?」
キラは、耳にかかるぐらいの髪をわしゃわしゃかき乱し、一掴みして鼻先に眺め見た。
日の光りを編み上げたような眩い黄金色だ。それで、自分が誰に憑依しているのかしっかりと悟る。
(僕、なんでカガリなの? !)
生まれる前だから、体がないのは判る。
判るが、助けたい人間の体にキラを放り込むか? 普通!!
アスランめ、なんてややこしいことをと愚痴りたいが、時間が惜しい。
「いいから早く、王様の所へ」
キラは戸惑うムウの腕を引っつかんだ。その時だった。
「ムウ・ラ・フラガ、覚悟!!」
武装した兵が、抜き身の剣を手に手に、一斉に襲い掛かってきたのは。
丸腰だったムウに、当然武器はない。
キラは、咄嗟にムウを背に庇い、風を召喚したのだが、魔術を行使した途端、髪は、キラ本来のミルクチョコレート色に変色し、ムウにはカガリの偽者と誤解されるし、逃げ込んだ通路はかび臭くて暗いし。
どうして、こんなことになったのだろう?
問いかけても、アスランは何も答えを返してくれない。
(もう!! あの性悪竜め〜〜、無視しやがって。僕を騙して地上に降ろしたのなら、責任とってちゃんと見守っていてよ!!)
キラは、アスランに対する怒りで胸をくすぶらせながら、風精とともに重いムウを担いでどんどん歩みを速める。
成り行きといえど、ムウを見捨てるわけにも行かず、かといって早く王様の元にも行きたくて、キラなりに必死だったのだ。
しかし、なんというそそっかしい男だ。
キラは肩越しにぐったり気絶したムウを眺め、深くため息をつく。
(丸腰の癖に、武器持った男達の前に飛び出すなんて―――――、このバカ!!)
☆☆
「今、物音がしなかったか?」
カナードがそう問いかけたとて、今晩この塔は最小限の護衛を残し、文官も女官も皆王宮に招待され不在だ。そのことを思いだし、彼はため息とともに苦笑する。
今頃王宮では、カガリの婚儀の祝宴が行われている筈だ。
カナードは読みかけだった分厚い本をテーブルに置くと、石造りの大きな窓から、外を見降ろした。
今夜はまだ月が昇っていない。
湖の離宮からは、うっそうとした森が遮り、王都の街を眺めることもままならない。
この宮殿は病弱だったカガリと白竜が、つい3ヶ月前まで幽閉同然に閉じ込められていた所だ。
カガリは幸薄い義妹だった。好きで白竜とともに生まれたわけではないのに、父王や民の期待に答えられなかったばかりに、現国王の正統な血を受け継ぐ唯一の存在でありながら『オーブの恥』と蔑ろにされ、こんな寂しい人里はなれた離宮に押し込められていたのだから。
カナードはそんな彼女を不憫に思い、暇を見つけては、足しげくこの宮殿に通った。
カガリとは、とてもよく気が合った。
沢山話すと疲れて体調を崩して伏せることも多々あったが、カナードは、カガリのはっきりとした闊達な性格を大層好んだ。王女らしからぬ言動も、具合が悪いくせに寝たままでも、元気よく振舞って皆を笑わせる意地っ張りさも好ましかった。
彼女は一生この離宮にあり、カナードが面倒を見つづけるのだと思っていた。彼女を守るのは自分の特権……それは信仰に似た、当たり前の決まりごとの筈だった。
それが、今や逆の立場である。
カガリが世継ぎとなり、自分が幽閉されている。
《兄上、父上は私が婿を取り、女王となれば兄上を宰相にすると約束した。私は、ムウと偽装結婚するから、ちょっとの間だけ辛抱してくれ》
決して自棄を起こさずに、一月だけ待っていて……と、目に涙を潤ませ、初めて自分に決意を告げた。
病でどんなに苦しくても、一度も泣いたことのないカガリがだ。
もともと、自分が将来王位についていいものかと疑問に思っていたこともあり、カナードは別に、王位継承者から外されたことには、気を止めていない。
彼が危惧するのは別……、プラント相手に、こんな行き当たりばったりの対応が通用する筈がない。
ギルバート・デュランダル王は狡猾だ。オーブはいずれ、あの国に占領されてしまうだろう。そうなった時、カガリはどうなる?
カガリは未婚だったから、プラント王の正妃に望まれたのだ。だが、これで彼女は既婚者となる。
責め滅ぼされた国の女王の末路など、歴史の紐を解けば一目瞭然。良くて征服者の愛妾、最悪で、敗国の責任を取らされての公開処刑だ。
カナードは深く息を吐き出した。
あの子にとって、この偽装結婚は何一つ有益にならないどころか、死刑執行所にサインしたようなものだ。叶う事なら、今すぐにでも城に行き、ムウとともに白竜に乗せ、他国に逃がしたいのに、カナード自身の手に余る魔導士どもの結界が離宮に張り巡らされており、カナードの脱走を阻む。
それに、カガリは逃げることは望むまい。
ギリギリと、焦燥感だけこみ上げてくる。
そんな時だった。
ぴんっ!!っと、涼やかな音を立てて、部屋の鍵が外される音が響いた。それに続く2、3の足音。
カナードは大剣を両手に持ち、立ちあがった。
「おまえたちは何者だ!!」
重い木製の扉が、きしみながら開く。
「俺」
「なんだ、オルガか」
見慣れた金髪のオールバックに、カナードはホッと緊張を解く。
伯爵の爵位を持つくせに、近衛騎士になって自分の傍にいつもいてくれた幼馴染は、今回も己の治める領地と職務を放り出し、幽閉された自分に当たり前のようにくっついてきた。
そんな心許せる親友の背後に、どこかで見たような15、6ぐらいの少年二人がいる。
「それに、お前は?」
「魔導士ギルドからまいりました、プレア・フラガと申します。兄ムウの命令で、こちらの護衛に参りました」
「どうりで見た顔だと思った。お前、ムウの子供時代にそっくりだと言われたことは?」
「外見だけなら。僕はオノゴロ島にある、魔導士の塔に引篭もりがちでしたので」
カナードはますます苦笑した。
暗殺は、幽閉された直後が一番危ない。
剣はオルガが頼りになるが、この世には力だけでは敵わない魔力も多々存在する。
自分のもう一人の幼馴染が、気を利かせて遠方から呼び寄せてくれたのだろう。膝を折り、一礼したプレアの背後に、同じ年頃の見慣れない若草色の髪の青年を目に留めた。
「お前も魔導士か?」
彼はしっかりと首を横に振った。
「私はニコル・アマルフィです。お初にお目にかかります、カナード・パルス・アスハ殿」
国を追われた王子の名に、カナードは用心深げに彼を眺めた。
まだ15の少年の頬は削げ、胴衣もくたびれて擦り切れており、そうとう荒んだ生活を強いられたことを伺わせる。
「俺に何の用だ?」
「助力を求めます」
「断る」
カナードは、ニコルに口を挟ませる隙なく、一蹴した。
「俺は見ての通り幽閉中の身、面倒は困る」
「貴方の所の王弟が、クーデターを企んでいるとしてもですか?」
少年でも、流石大国の王太子だった少年だ。相手の興味を引くように、会話のツボを心得ている。カナードは、一つ舌打ちをすると、忌々しげに続きを促すように顎をしゃくった。
「彼は国王を殺して、姫をプラントの正妃としてギルバートに嫁がせ、自分がこの国の国王になるつもりです」
カナードの脳裏に、貧相な顔色の男の顔が横切った。
ジブリールは確かに、カナードの排斥を強行に主張しつづけた。実際、カガリのとりなしがなければ、彼は幽閉どころかこのまま身分詐称で処刑もありえたのだ。
「成る程、話の筋は通っているが、お前が俺に声をかけた理由がわからない。今更廃嫡された王子を尋ねてどうしようというのだ? 国をやすやすと叔父に乗っ取られたお前だから、同じく手にする筈だった王位をふいにした俺の気持ちがわかるとでも言いたかったのか?」
ニコルはカナードの挑発に乗らなかった。
「確かに僕は、自分の足元もろくに見れなかった愚か者ですが、恩知らずではありません。僕の国民を救ってくれた大恩ある聖女に対し、今の僕ができる最良の手段を選んだだけ。
僕にはプラントの王位簒奪者の行動をとめることはできない、けれど貴方なら父王の信は厚い筈。王弟の愚考を提言できるのは、貴方だけと判断した。違いますか?」
カナードは、人に対して初対面では疑って、疑って、疑いぬくことを心情としていた。それが、王国を護る者としての勤めだと思っていたからだ。
「それに、プラントは軍を出している。国王が殺されれば、宮廷を牛耳るのは誰です?ジブリールはカガリを嫁がせる約束をしているのですよ」
「クーデターはいつだ?」
「僕なら、今宵を狙いますね」
「同感だな」
カナードはもう迷わなかった。夜着を脱ぎ、馬に乗りやすい乗馬服に着替える。
「プレア、見張りは?」
「ニコル殿下の配下の方々が、眠らせて下さいました。結界も解かれ、馬も入り口に準備できております」
「よし!! 王都へ向かう!!」
もう言葉は要らなかった。四人は、階段を駆け下り、それぞれの馬に跨り、城に向かった。
06.03.27
さて、これで全役者が揃ったかな?
では、会社いってきます(オイ( ̄― ̄)θ☆( ++) )
脱字が酷い(号泣)
ちょっと手直し( ̄― ̄)θ☆( ++)
BACK NEXT
SEED部屋に戻る
ホームに戻る