狂花の実たち 1

刻限 5






魔力で灯した光だけを頼りに、キラは、ムウに肩を貸し、煉瓦の階段をせっせと昇って行った。
通路の中は埃と黴だらけで湿っぽく、昼間に熱された空気の淀みと、ムウの血の匂いが鼻につき、吐き気がするほど気持ち悪い。
それに、風精霊に助けてもらっているとはいえ、ムウは180を超える長身で肉付きもよく重い。この通路がどこまで続いているのか解らないが、一刻も早く脱出して、おいしい空気が吸いたかった。

「…うう……」
「ムウさん?」

キラは、意識を取り戻したムウを見た。彼は痛みに顔を歪ませ、左肩を押さえている。薄暗い光の下で見ても、彼の夜着に広がる赤い染みがはっきりと見える。

「こらっ、水精霊!! 塞がないまま逃げるな!!」

キラは癒し魔法が苦手だ。というか、水の精霊に強気な命令ができないのだ。彼らはキラを軽んじており、怖いアスランの目が届かないと、キラの命令を途中で反故にし、平気で棲家に帰ってしまうのだ。
もう一度、アスランの加護を強調して呼び出してやろうかとも思ったが、キラと、とことん相性の悪い意地悪な彼ら達とぐだぐだ喧嘩するよりも、今は確実に止血したほうがいいと思い直す。

彼女は仕方なく、ムウを一度床に下ろし、自分も膝をついてしゃがみこむ。布がないので夜着の裾を引き裂き、彼の肩にくるくると巻きつけ止血する。
だが、ぶきっちょだったキラは、引き裂きすぎて太股がはしたなくも丸見えになった自分に青くなる。
きょろきょろと周囲を見回しても、こんな場所に余分な布が落ちているわけもなく、また真横にムウがいると気づいたキラは、瞬く間に顔が真っ赤になった。

「だって、ムウはカガリのお婿さんなんだもん、この体は、僕のじゃないし……、見えても……」
「ほー。じゃ、お嬢ちゃんは何者?」
「ひゃう!!」

普通、照れ隠しで呟いた独り言に、返事が返ってくるなんて思わないだろう。
びっくりしたキラが顔を上げれば、ムウはじっとキラの顔をみつめていた。
女癖が悪いだの、タラシだの、カガリに散々言われていた彼ならば、きっと見るところは太ももだと思うのだが、彼女がせっせと手当てしている間、ムウは穴が開くんじゃないかと思うぐらい、ずっとキラの顔を見つめていた。


「あの、ムウさんどうかしました? 僕の顔、何かついてます?」
「う〜〜、あ〜〜……、君は何者だ?………もしかして………」

ムウは口篭もった。
ひょっとして、彼はキラのことを、プラントの間者か何かだと思っているのだろうか?
キラはとりあえず、ぶんぶんと首を横に振ってみた。

「あ、あの〜、僕はキラです。一応、《カガリ王女》の次に、オーブの竜憑きの聖女として生まれる予定で、えーっと、僕の竜は青色でアスランと言って……」
「マジマジマジ!! うっひょ〜〜〜!!」


何故かムウは目を見開き、次にがたがたと全身を小刻みに震わせ出した。

「あのお転婆王女でも、子供産めるんだ。すげー!! 誰だよ旦那は、やっぱ茶髪なの?……ああ、俺、ちょっと感動しちゃった!! うちの姫さんにも、ちゃんと婿のきてがあったんだ。よかった……、よかった……、お兄さんは嬉しい!!」

(はい?)

太い腕でぐしっと涙目を拭うムウの姿に、キラは思いっきり脱力した。なにかが違う。
まず、感動するベクトルが、思いっきり間違った方向に向いている。未来、この国に竜と聖女が生まれてくることよりも、王女に婿が来る方が嬉しいなどとほざかれては、キラだって面白い筈はない。
第一自分がいつ、カガリの子供になったのか?

やっぱり変な人だったのかと、キラは大きくため息をつく。一体、どう勘違いすれば、こんな解釈が飛び出すのだろう?
だが、感動に身を震わせているムウは、キラの呆れ顔も、全く気を止めていない。

「なぁ、ちび姫ちゃんは、どうしてここに来たんだ?」
「勝手に変なあだ名つけないでよ」
「いいじゃん、うちの姫さんの娘なんだから、やっぱ『ちび姫』でしょ♪ かわいい〜♪」
(やっぱり変だ、この人)

がっくり項垂れたキラの肩を、ムウがぎゅっとわし掴みし、ガクガク揺さぶってくる。
目をキラキラさせてる彼には悪いが、まさか自分の守護竜に騙され、聖女修行で派遣されて来ましたなど、口が裂けても言えない。

「今夜、クーデターが起きそうだったから止めに来たんだ。けれど僕、まだ生まれてないから体が無いでしょ。だからカガリの体に憑依してしまったみたい」

ムウはほっと顔を綻ばせた。

「そうか、うちの姫さんはちゃんとご無事だったんだな」

一瞬だけ真面目に安堵の笑みを見せた後、彼は豪快に右手でキラの髪をくしゃくしゃとかき乱した。

「でもなぁちび姫ちゃん。がさつな男勝りな母親でも、親に向かって呼び捨てるのは感心しないな〜。母上か母様とか言ったほうがいいんじゃない? あ。俺は『かっこいいムウ兄さま』でいいぜ」
「……………」
実は、変態のロリコン?

「………はははははは………」

カガリが、あんなに乱暴な口調になったのは、きっとこの守り役のせいに違いない。
楽しいが、無益な会話に終止符を打ち、キラは再び風精霊の力を借り、ムウの巨躯を担ぎ上げる。

「ムウさん、早くここを出よう。貴方の肩の傷も手当てしないと、出血が多いから心配だし」
「ちび姫ちゃんは優しいねぇ。だが、俺は不可能を可能にする男だから平気だぜ♪」

そう、彼は噛み締めるように呟いた。どうやら彼は、明るく茶化しつつ、自分を鼓舞するのが口癖なのだろう。
この人を死なせたくない。
勿論、自分が今体を借りている、カガリ王女もだ。

「ところでちび姫ちゃん。クーデターは誰が起こしたんだ?……まさか……、カナード殿下じゃないだろうな?」
「ううん、王弟のジブリールって人」

ムウはほっと安堵し、止めていた息を吐き出した。だが、直ぐに眉間に皺を寄せる。

「あのオカマ野郎。全く、こんな小国で権力欲したって意味ねーだろが。王族の癖になんでそんな簡単なことに気がつかないのかね。わかった、あいつは俺が殺る」

彼は元々、ジブリールのことを好いていなかったようだ。けれど、それで片がつく問題でもない。

「王弟だけじゃないの。プラントの兵が動いてる。ジブリールは挙式の夜に他国の兵を手引きしたんだから、クーデターだって用意周到に準備していた筈だよ。それと、プラントの正規軍が、今王都に向かって来ているの!!」

キラの肩が急に軽くなった。ムウが彼女から離れ、彼女の右手を改めて掴む。
「急ぎ、陛下に知らせる」
今までの饒舌さが嘘のように、彼は無言で階段を昇る。


隠し通路はどこまでも長く、汗を拭いても拭いても直ぐに吹き出してくる。血なまぐさい臭いは益々増し、ムウの傷が心配だ。
キラはどんどん焦ってきた。

こんなじめじめした通路より、もっと他に良い逃げ場があったのではないか?
あれから随分時間が経った気がする。
国王はどうなったのだろう? もし、国王が殺されてしまったら、もう、ジブリールを討つだけでは済まなくなる。
それに、プラントの進軍も食い止めなくては!!

(もう、どうしてこんなに長いの!!)


≪――――キラ、ごちゃごちゃ考えてないで、さっさと出て来い!!―――――≫



「アスラン!!」
「どうした、ちび姫?」

キラの弾む声に、ムウが怪訝に覗き込む。彼にはアスランの声が聞こえていないようだ。

「今ね、僕の青い竜の声が、近くでしたの。ねえ……アスラン、もしかして君も、この世界に来てるの?」
≪当たり前だろ。俺、お前の守護だし。大体キラ一人に任せられるか、危なっかしい≫

キラの心が、急に軽くなった。

「良かった!!」

本当は、一人でこの世界に来たのが心細かった。
でも今は何があっても大丈夫だと安心している。
何てったって、アスランは神獣だ。彼が手伝ってくれるならば、何だってできる!!

幸先のよいことに、目前に鉄扉が見えた。
通路の出口にキラは夢中で駆けより、土精霊に命じて、重い鉄の扉を開ける。
軋みながら開け放たれた扉から、新鮮な空気が飛び込んでくる。夏の夜風が通りすぎ、汗だくになった体を心地よく癒してくれた。


「アスラン!! 何処にいるの?」
キラは辺りを見まわした。

通路の出口は、城の屋上を結ぶ回廊の途中だった。キラが鉄扉から転がり出ると同時に、急に割れるような怒声と悲鳴、そして歓声が上がった。

(何?)

キラは城壁の内側を振り返り見た。中庭に、次から次へと兵士が集まってくる。
中央の男は、槍に誰かの首を串刺しにし、誇らしげに掲げていた。

「愚王を討ち取ったぞ!!」
「新王、ロード・ジブリール様万歳!!」

夜のしじまに、時代の終わりを確実に告げる声が無情に響く。
キラの血が、一気に引いた。



06.03.28




ちび姫。さぞかしムウが猫かわいがりしそう( ̄ ̄▽ ̄ ̄) ニコッ
ここのキラって、そういえば幾つなんだろう〜? (オイ( ̄― ̄)θ☆( ++) )

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