狂花の実たち 1

刻限 6



中庭は今、オーブの神殿騎士達が屯って大騒ぎだ。
キラは、彼らに見つからないようにも大きな石弓台の影に入り込み、そっと腰を屈めて庭を見下ろす。
松明の篝火が夜闇を追い払い、キラは、槍に串刺しとなった黒髪の生首を、まともに見てしまった。

「ひぃぃぃぃ……!!」

慌てて口を両手で押さえるが、今度は胸に吐き気がこみあがってくる。
生まれて初めて見た死体が、よりによって生首とは。同じ種族でありながら、旗のように首を曝すなんて、人は、どうしてこうも残酷なことができるのだろう?

「陛下……国王陛下……」

キラの背後から、ムウのくぐもった唸り声が届く。
では、あれがオーブの王なのだ。
キラは嫌な予感がして、慌ててムウの腕に体全身で組み付いた。彼の端正な顔は血の気を失い、体も怒りで小刻みに震えている。

「ムウさん駄目。今は逃げることを考えよう」
「騎士たる者、陛下の首をこのままにできるか!!」
「駄目だったら駄目!!」

ムウは単身、中庭に乗り込む気でいた。例えムウが国一番の使い手だとしても、多勢に一人では勝算は全くない。しかも彼は今、左肩に槍傷を負っているのだ。

「風、縛して」

キラは問答無用で風精霊に命じた。緩やかな風がムウの動きを封じ、彼は四肢を動かすことができず、がっくりとキラの肩に頭を落とす。

「ムウさん、ごめんね」

キラは再び、風の力を利用して、ムウを己の肩に背負った。

「うっ……陛下……陛下……」

キラの肩口が、ムウの涙で生暖かく濡れる。
何もできない憤りと悔しさ、そして主を救えなかった無念の慟哭だ。今のキラなら、ムウの気持ちがとてもよく理解できる。
キラもクーデターの阻止に間に合わなかった。そして、これから自分達はどうすればいい?
カガリとムウを安全なところに逃がさねばならないのに、何処に逃げればいいのかがわからない。土地に不慣れな自分に、判断能力などない。

「ムウさん、王様の仇はいつか必ず取れます。だから、泣かないでください。ムウさんにはまだカガリ王女がいます。偽りの結婚でも、今は貴方が王女の夫なんですよ」


キラは、視線を四方に走らせアスランを探した。アスランなら飛べる。あの大きな青い体なら、どこにあろうと直ぐに解る筈だった。
ところががその時、キラの目は動く灯りの群れを捕らえた。

(プラント軍――――!!)

彼らはまるで己の軍の規模を誇示するように、手に手に松明を掲げてゆっくりと進軍していた。扇型の陣形を取り、王都の城下街を飲み尽くす勢いで広がっている。あの恩知らず達は疫病後に、一体どれだけの軍隊を率いてきたのだ?

街の人達は気付いているのだろうか?
もし、気付いたとしても、オーブに迎え撃てる兵はいるのか?
下手すれば、国民がパニックを起こし、ろくに戦えぬまま自滅する!!

「キラ、こっちだ!! 早く!!」

突然、キラと同じぐらいの背の少年が、彼女からムウを剥ぎ取り、背負いなおす。そして、キラの左手を引っつかむと、有無を言わせず走り出した。

初めは戸惑ったキラだが、彼の肩まである青みがかった髪と、艶のある声はばっちり聞き覚えがある。

「まさか、アスラン!?」
「ああ、当たり♪」

彼は全身を慎み深く隠す、灰色の修道僧のマントを羽織っていた。
だが、振り返った彼は、とても丹精な顔立ちをしていた。思わず見惚れたキラだったが、悪戯っぽく輝く翡翠色の瞳は、紛れもなく竜と同じ輝きを放っている。

「どうして人間の姿なの?」
「キラと一緒で借り物だよ。なかなか信心深そうだろ。真面目っぽくて俺の好みじゃない面なんだが、ま、文句はいえないし……こら、何してる?」

キラが、アスランの纏ったマントに手を伸ばした途端、ぺしっと手を叩かれてしまった。

「だって、僕の夜着、びりびりでスケスケ」
「だからって、俺のを盗るな。育ちを疑われるぞ」
「……育ての親は、アスランだよね」
「判ってるのなら恥さらすな。ほら、その辺のやつのを好きなだけかっぱらえ」
「矛盾してるし、……他人のは嫌だよ〜……」

城壁に立つ見張り役の神殿騎士達は、全員もんどりうって倒れていた。
彼ら三人が、ゆうゆうと城壁を駆けぬけていっても、誰にも邪魔されることはない。

「うわっ、これ、全部アスランがやったの!?」
「見直した?」
「うん♪ 流石強い魔力だね」
「………失礼な……」

得意げだったのが一転し、たちまちアスランがぶすむくれる。そんな彼が頼もしくも可笑しくて、キラは思いっきり笑ってしまった。

「ムウは空中回廊だ!! 討ち取れ!!」

途端、ばらばらと手柄目当ての騎士達が、一斉に回廊に雪崩れ込んでくる。
気絶していた兵士の一人が息を吹きかえし、気力を震わせて叫びやがったのだ。

「きゃああぁ!! 風精霊、僕の盾となれ。つぶてを放ち、奴らを滅せ!!」

キラは直ぐに呪を紡ぎ、遠慮無く突風を叩きつけた。
所がアスランは、というと……。

彼は魔術を一切使わず、ムウを背負ったまま、体一つで難なく敵を倒していってしまう。アスランに肘鉄を食らい、吹っ飛んできた兵を避けつつ、ついでだからいいかと蹴りを入れて留めを刺すキラも大した心臓だが、彼女は、育ての親の鮮やかさに惚れ惚れと見入った。

「アスラン凄い♪ ねえねえ、その体術は、一体いつ習ったの?」
「ふん、俺を誰だと思ってるんだ?」

アスランは誇らしげにふんぞり返った。

「適当に決まってるだろ!!」

聞いた自分が馬鹿だった。


「もう、アスランなんて!! 僕、絶対褒めてあげない!!」
「あははははは、キラ、こっちだ♪ こっち♪」

キラはアスランに導かれるまま、どんどん回廊を突っ走った。
てっきり広い場所にさえ出れば、アスランは本性の竜に変化し、自分とムウを連れて飛んで逃げると思い込んでいたのだが、意外にも彼は城の建物の中に入り込んでしまう。
彼はそのまま迷うことなく、くるくると入り組んだ廊下を駆けぬける。

一体何処に行くのか不安に思ったが、道がまったくわからないキラは、ひたすらアスランを信じて付いて行く他手立てがない。でも、アスランだってこの城は初めての筈なのに、どうして迷わないのだろう? 
ムウを背負っても、彼は駆ける速さがキラと変わらないのだ。キラはアスランを見失わないように、足をちょこまか早く動かすのに必死だった。



突然、アスランの足がピタリと止まった。
突っ走っていたキラは、見事に顔面からムウの背中に突っ込んだ。

「……ぐぇっ!!」
「いひゃい!!」

ムウのうめき声は黙殺し、キラはぶつけた鼻をすりすり擦る。これ以上鼻がぺちゃんこになったらどうしてくれる…!! と、頭に過ぎったが、この体は自分のではなかったことを思い出す。
行き先のない怒りを殺し、キラはアスランが歩みを止めた元凶を見た。彼ら三人が辿りついたところは、見事な袋小路だった。
三方全てが煉瓦造りの壁で、うち両側面には、アーチ型にくり貫いた窓がある。城壁の見張りやぐらが真横にあるぐらいだから、城の屋上に近い筈だ。
そこを乗り越えれば大地に真っ逆さまに落ちるだろう。

「アスラン、ねぇ、僕の気のせいじゃなければ、さっきと同じぐらい、高いところに来てるって事?」
「う〜〜ん、いいところに気がつくな〜キラは。いつも鈍いのに変な奴………、う〜ん……」

彼は何か考え込んでいるのか、返事も気が抜けている。
おまけにキラ達の背後からは、煩い靴音と、耳障りな甲冑の擦れる金属音が響いてくる。
この場内で今、起きているのは神殿騎士だけで、味方は期待できない。
ということは、囲まれたら一貫の終わりである。

「こらアスラン、一体どうするの? 直ぐに化けろ。飛んで逃げようよ!!」
キラは半泣きで焦った。けれど、アスランは飄々として少しも慌てず、じっと足元を見つめている。

「うん、ここでいいか。よ〜しキラ、ちょっとそっちに離れてて♪」

彼はムウを背負ったまま、すっと腰を屈めて膝を折ると、思いっきり握った右拳を床に叩きつける。
赤い煉瓦は、彼の拳を叩きつけた拠点を中心に、丸い大きな円を描いて綺麗に粉砕される。
アスランが飛びのくと、彼がいた場所にはぽっかりと、奈落に続きそうな大きな深い穴ができていた。

「キラおいで。ムウにしがみついて!!」
「うん!!」

呼ばれたキラは慣れたもので、アスランの言葉に抵抗一つ見せず、ムウの首に背後から手を回して抱きついた。彼も自分が背負っているムウに重みが増したことで、養い子がちゃんと捕まったことを確認したのだろう。そのまま二人を軽々と背負ったまま、有無を言わず、穴の中に飛び込んだ。

飛び込んだ穴の中は、真っ暗だった。
肌色の煉瓦作りの部屋など見当たらず、キラは自分たちが城の下の階ではなく、アスランの手により、どこかの異次元に続くトンネルに連れ込まれたことをはっきりと悟った。

「えええ、ねぇ、アス!! 僕とムウさんを何処に連れて行く気なの!!」
「ん〜、ちょっと時間を調整してる………、ほら、ただ下の階に降りたら捕まるでしょ♪」
「はぁぁぁ!?」

相変わらず、ボケナス竜はやることが突飛である。

「もう、行動起こす前に知らせろ!! 僕にだって、心の準備があるだろ。アスランはいっつもそうなんだから!!」

そんな風にキラがほっぺを膨らまして怒ったって、マイペースな彼からやっぱり返事はない。
また、トンネルは何処まで行っても、真っ暗な闇の中だった。体にねっとりと絡みつくような生暖かな風が、キラの体を通り過ぎる。落ちていく感覚が気持ち悪く、また、体が無重力のせいで浮き上がってしまって、海老のようにそりあがってしまう。
息苦しかった。
油断したら、ムウの首にしがみ付いている両手が離れていきそうだ。

「あ、アスぅ、もし僕が手を滑らして迷子になったら、迎えに来てくれる??」
「無茶言うな。何処の次元にいるか、調べるのって大変なんだぞ」
「こ……、こらアスラン!!」
「まぁ、3〜40年あればなんとかなるか……」
「…おい!! この無責任の人でなし!!」
「人でなし上等だよ。だって俺竜だもん。キラ、後ちょっとで出口だ。頑張れ♪」

キラは涙目でますます必死でムウの首にしがみつく。

「………ぐぇっ」

変なうめき声を最後に、あの饒舌なムウから、何も反応が返ってこなくなってしまった。
……絞め殺してしまったかもしれない。
確かめたいけれど、ここで、手を離したら地獄だ。

「アスラン、後ちょっとってどれぐらい?」
「ざっと300数える間」
「アスランの、あほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

キラの絶叫は、暗い空間の中に響き渡った。



☆☆☆


「ムウは、空中回廊だ!! 討ち取れ!!」

そう叫ぶ神殿兵士の声がカナードの耳に届いた時、彼ら四人もまた別の隠し通路から、カナードの閉鎖された執務室に辿りついていた。
通常なら半日かかる湖の離宮から、馬を飛ばして僅か2時間、必死の強行軍である。

執務室の入り口で、オルガが見張り役を勤めてくれているが、こんな危険な場所で長居はできない。

「プレア、まだカガリは見つからないのか?」
「はい。城内に王女を現す光は見えているのですが、靄がかかって場所は特定できません」
「急いでくれ。早く逃がさないと」
「……できる限りやってみます……」

プレアは占いに使う水晶玉を机の上に置き、必死にカガリを探し続けていた。ところが彼が幾ら魔術を使って、王女やムウの映像を呼び出そうとしても、二人の明確な姿はどうしても見つからない。
クーデターが起きて既に2時間が経過している。カガリの寝所に兵士が踏み込んだ時間と、国王の居室で乱闘となった時間は同じ頃の筈だ。なのに、護衛が沢山いた王は、今首だけとなって中庭に曝され、二人っきりだったムウとカガリは、まだ逃げおおせている。

「守護竜の加護でしょう」
「なら、何故竜は二人を城外に出さない? このままでは、いつか捕まる」

カナードは父王が討たれた時点で、自分の死を覚悟していた。一度王太子となったカナードは、生かしておけば将来、反乱軍の旗頭に使われるだろう。聡いデュランダル王ならば、自分のような火種をけっして見過ごしておく筈ない。

この国も、もう終わりだ。
彼にできることはもはや二つだけ。カガリを救出し、売国奴ジブリールを殺す。それもプラント軍が到達する前に、速やかに行わなければならない。
兵士達の持つ、松明の明かりがまるで運河の水面のようにさざめいて見える。その数の多さが不気味に感じる。

残された時間は僅かだ。
最悪、ジブリールは殺せなくても、カガリだけは逃がさねばならない。

「ニコル殿、妹を貴方に頼みたい。ムウと二人、何処かに逃がしてやってくれ」
「……カナード殿、貴方も一緒に……」
カナードは首を振り、いらただしげに髪をかき上げた。

「プレア。カガリが無理ならムウを基軸に捜索してくれ」
「やってみます」
プレアが呪を唱えた途端、水晶は宵闇色の髪の少年を映し出した。
ムウは左肩に傷を負い、その修道僧に背負われていた。その上に少女もいる。なんという怪力な少年だろうか。だが、ムウの背にしがみついている娘は。

「…………!!」
ミルクチョコレート色の明るい髪、葡萄酒のような瞳。カナードは己の目を疑った。

(カガリではない!? カガリはどこにいる!!)

「プレア、ムウは今何処にいる?」

水晶玉はくっきりと、四肢を封じられたムウが運びこまれた部屋全体を写した 
「近衛の詰め所です!!」


06.03.30




眠い〜〜〜(涙)
3時間寝てきます。修正はその後で( ̄― ̄)θ☆( ++) 


06.04.08 思いっきり修正( ̄― ̄)θ☆( ++) 




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