狂花の実たち 1
刻限 7
「ええい、まだカガリは見つからぬのか!!」
ジブリールは、いらただしげに杓丈で神殿騎士を殴りつけた。
時間は刻々と過ぎていく。
神殿内部にある竜の間、ここにはカガリが王城に越してきてから、この国の守護神である白竜がいつもまどろんでいた場所だ。
なのに広い部屋はもぬけの殻で、竜は何処にも見当たらない。
自分の管轄する神殿内で、プラントに差し出さねばならない神獣が消えうせたなど、ギルバート王に報告すれば最後、瞬く間に翻意の嫌疑をかけられるだろう。
「飛翔した報告は、本当にないのだな!?」
「はい、大司祭さま!!」
ばしっと、ジブリールは杓丈で兵士を叩いた。
倒れ付した愚かな兵士を、杓丈の先で顔を上げさせ、もう一度問う。
「この国の王は誰だ?」
兵士は痛みで身を震わせながら叫んだ。
「ロード・ジブリール陛下にございます」
満足げに頷いた僭王は、ヒステリックに叫んだ。
「カガリを押さえれば、白竜は自然と姿をあらわすだろう。勅命だ、草の根分けてもカガリを探し出し、私の目の前に引きずってまいれ!!」
プラント軍が城に到着する前に。
そうしなければ、身の破滅である。
☆☆
トンネルを抜けたら、やっぱり城の中だった。
しかも汗臭くて酒臭い。キラは淀んだ空気に咽込みながら、涙が滲んできた目を擦った。
彼女の眼前では、眠りこけた騎士達が、空の酒瓶と一緒に、床、絨毯、椅子、机にと、所構わず転がっている。折角の近衛の正装が台無しだ。彼らがかつて、キラがアスランの水鏡で「かっこいい〜♪」と、憧れの眼差しで見ていた騎士団の成れの果てかと思うと情けない。
憧れは憧れのまま、実物を見てはいけないという、キラは現実の厳しさをまた一つ覚えたようだ。
(あ、そういえばトンネル……)
ふと上が気になり、見上げてみた。
アスランがぶち抜いた筈の天井は、何処にも穴は開いていない。
キラはこてんと首を傾げた。
「ねえアスラン、ここは何処?」
「騎士達の詰め所。キラ、寝てるからいいとは思うけど、起きた酔っ払いには近寄っちゃ駄目だからな」
お祝いで振舞われた酒に、睡眠薬を盛られたと思われる彼らは、不審人物のキラとアスランが通っても、起き上がる気配もない。
「全く、お前は部下にどういう躾をしているんだ? 疑った奴、一人もいないなんて情けない。これでも近衛か?」
「おいおい、そう虐めるなよ。お祝いの席なんだし」
「うるさい、給料泥棒が」
初対面の筈なのに、ずけずけムウをお前呼ばわりしてるし。
キラには礼儀作法に厳しかった筈なのに、理不尽な仕打ちだと、キラは少々ふて腐れるが、アスランはキラの感情を気づいている癖に、やっぱりあっさり流して手招きする。
「ほらキラ。手伝って」
「ん、なあに?」
「あっちあっち♪」
アスランが鉄扉に向かって顎をしゃくる。そこには、呆けた神殿騎士が8人もいた。
「……何だ貴様らは!!」
彼らはここで、泥酔した騎士達を閉じ込めた気になっていたのだろう。
突如現れた怪しげな三人のうち、アスランの背に背負われている男を目にした途端、彼らの顔つきが変わった。
「き、貴様は……ムウ!!」
「はいキラ、頑張ってね〜♪」
この一言と、ふりふり振られた手で、彼に手伝う気がないのは明白だ。
「もう〜〜、アスランのものぐさ竜!! 『手伝って』って、普通押し付けることじゃないでしょうが!!」
ぼやいてみたものの、キラはぺろりと舌を嘗めた。
「僕の守護精霊、火精召喚!!」
四大精霊のうち、一番相性の良い火精霊を呼ぶ。彼らもキラと戯れるのが嬉しいのか、両手を突き出して差し伸べた手のひらに、異次元の扉を潜り抜けてきた彼らの盛大な焔がはぜる。
今までただ逃げまくっていたストレスと、国王を救えず任務をしくじったバツの悪さ、その他諸々の憤り等、キラの心を反映した友人達は、キラの手のひらで、みるみる天井まで焔の柱をのばした。
「キラ、火事にするなよ」
「は〜い、………いっけー!!」
キラの右手が翻ると、焔は鞭のようにしなり、唖然と佇む神殿兵に襲い掛かった。
「うわぁ!!」
飛び散る炎が、彼らの鎧に纏わりついて焦がす。本物の火を、自在に操りながらも肉体を焼かなかったことに驚いた神殿兵士達は、精霊の加護を持つ少女を唖然と見つめた。
オーブは竜付きの王女を擁した国だ。宗教も盛んで、ハウメア神は勿論、四大精霊も崇拝の対象である。
ムウ捕縛、もしくは殺害の命令は下っていたが、彼らはその前に神殿に仕える神官で、神の忠実な僕である。そんな彼らにとって、熱烈に火精に愛され守られている、巫女素質を持つ神の愛し子に危害を加えるなど、もっての他だ。
「一端引け!! 大司祭様の指示を仰ぐ!!」
彼らは、大急ぎで鉄扉の剥こう側に出ていった。
暴れる前に撤退され、拍子抜けしたキラだったが、その隙を逃さなかった。
「土精霊、扉を縛して♪」
にっこりと、直ぐに鍵の封印を施し、外から生半可なことでは入れないようにする。
それに気付いたのか、引き返してきた兵が、ドアを力任せに引っ張り蹴り飛ばしている。鎧の足こてが鉄扉と打ち鳴らされ、銅鑼のような重々しい音が鳴り響いて煩い。だが、アスランが今ここにいて、呼び出された土精霊達が、その程度の喧しさごときで、封印を解いて逃げ出す訳が無い。
「相変わらず、火精霊には強いな、お前」
「えへへ♪」
「じゃ、次はこっちね♪」
「うううう」
休む暇無く、アスランに手招きされる。
彼はムウを壁際のソファーに転がして捨てると、寝たまま動けない騎士達を、平気で足蹴にしながら戸棚に向かった。
騎士の詰め所だけあり、簡単な治療や縫合ができそうな医療品も常備してあるらしい。
アスランは戸棚を勝手に開き、数々の瓶を物色しだす。
「キラ、とりあえず槍傷を縫うから、上半身を裸に剥いて。ナイフで切るなよ」
「う、うん!!」
彼女は、雑魚寝している騎士達を踏まないように、ソファーに駆け寄った。ぐったりしたムウの傍らに、律儀なアスランが用意したと思われる、オーブの紋章入りナイフが置いてある。
キラはナイフの鞘を抜き、彼の体を傷つけないように、血が固まってしまった夜着を引き裂いた。
だが、注意深く気をつけていたのも最初だけ。
どうせ血を吸った夜着だ。もう二度と着れないのは明白なので、次第にキラは乱暴にナイフを走らせ、さくさく作業を進めだす。
剥ぎ取った布の切れ端に、肉が引っ張られたのだろう。
ムウがくぐもった呻き声を上げた。
「あ…、ゴメン」
「いででで……。ちび姫ちゃん、俺って、マゾっ気はないんだけどなぁ〜」
「マゾってなあに?」
「………」
何故か絶句してしまったムウを、不思議そうにこてんと首を傾げて見ていたら、突如目の前の男の頭に、ぼすっとクッションがぶつけられた。
犯人は、アスランだ。
おまけににっこりと怪しげな小瓶をちらつかせて、ムウのほっぺたを、むにむにと引っ張っている。
「お前、キラはまだ、この世に生まれてもいない子供なんだぞ。俺の養い子に変な言葉教えやがったら、これ、一気飲みさせるからな♪」
「まてお前!! それ、トリカブトの軟膏じゃないか!!」
コルクでしっかり押さえられたガラス瓶に、黄色い蜂蜜みたいなものが、たぷたぷ入っている。珍しく焦った口調のムウに、キラはますます興味を惹かれた。
「ねえアスラン、それ何の薬なの?」
「うん? 痛風とか関節の痛みとかを和らげる塗り薬だよ。主に年取った爺さんや、まぁここの騎士達みたいに、肉体労働する人達の愛用薬だ」
「美味しそう♪ 僕も飲みたい♪ いいでしょアスラン♪」
あーんと口を開けると、ぺしっアスランの平手が、キラの頭を張り飛ばす。
ムウもがっくりと肩を落とし、大きな手の平で顔を覆った。
「ちび姫ぇ〜、頼むから変なもん拾い食いして、うちのカガリ王女の体を殺さないでくれよ〜〜。その薬、指についたの一嘗めで、即、呼吸不全で窒息死の劇薬だぜ」
「ふぇぇぇぇ!!」
キラも、びっくり眼を開いて硬直する。
その横で、今度はアスランが、がっくりと肩を落とす。
「俺が育ててこの程度か。お前、聖女になりたかったら、もう少し人を疑うことを覚えろ。今のままじゃ、あっさり毒殺されるぞ」
「あうううう!! うひぃ!!」
キラはアスランに、両頬を引っつかまれ、ぷにぷにとほっぺをひっぱられるお仕置きされた。
人間に憑依したアスランはかっこいいけれど、なんか意地悪な気がする。お仕置きも、竜の時はぱっくり口に含まれて、あぐあぐ甘噛みされただけだから行動が読めたけれど、今の彼はてんで解らない。
「おいおい、青竜殿。俺の手当てしてくれるんじゃなかったの?」
「あ、忘れてた」
アスランは肩を竦めてキラのほっぺを離し、ソファーに寝そべっているムウを無理に抱き起こす。
その彼の腕の間から、目があったムウが、ぱちっと片目でウインクを寄越した。優しいムウが、助け舟を出してくれたようだ。
だが、そんな余裕も、アスランの手がムウの夜着を引っ張るまでだった。
キラがやりかけていた夜着の残りも、びりっと引き剥がし、彼女が巻きつけた、即席の包帯も、問答無用で剥ぎ取った。
傷が痛むのだろう、アスランの手荒な扱いに、ムウは声を殺して耐えている。
キラはこくりと息を呑んだ。
明るい光の元、さらけ出された彼の傷口は、無残にも抉れていた。
「うわっ、お前の魔法最低。全く血止めになってないじゃないか」
「うううう」
だって水精霊が、途中で飽きてばっくれてしまった……。
そう口にしたかったが、それを言ったら最後、キラに意地悪した水精霊は、きっとアスランに叱られてしまう。
口をしっかり引き結び、しゅんと項垂れたキラを見たのか、ムウの苦笑を漏らした音がする。
「彼女は立派だったよ。咄嗟に襲撃されて動けなかった俺を背負って、逃げてくれたんだ。勝手に自爆した足手まといの俺なんか、見捨てたって構わなかったのにさ」
人の感情に聡い彼は、またもやキラを、庇ってくれたようだ。
しかし、アスランは眉間に立派な縦皺をつけ、しかめっ面になっている。
「………聖女教育に、王族教育も追加か……、はぁ〜、この鳥頭にどうやって詰め込もうか……」
キラは再びコテンと首を傾げた。
「何で王族教育がいるの?」
「国は、治世者が死んだら乱れる。王族は国王のスペアだ。治世者になる可能性がある以上、部下を見殺しにしても、王女は生き延びる必要がある。これ、基本」
真顔で切り返され、キラは再び首を傾げた。
やっぱり自分は、ムウが勘違いした通り、カガリの娘で生まれてくるのだろうか?
まぁ、近衛騎士隊長がムウみたいな人なら、王城ライフもかなり楽しいものになるだろうけれど、キラが生まれてくるまでに、果たして、この国が残っているのだろうか?
「アスラン、僕のことで悩むのなんかもいつでもできるでしょ。今は早く手当てしてあげて」
「はいはい。キラが珍しく建設的な意見で、俺は嬉しいよ」
アスランは深く追求せずに、キュポンと音を立てて、深い青色の小瓶のコルクを抜いた。
薬品の匂いで、ツーンと痛みが鼻にくる。アルコールの臭さと一緒、ならば消毒薬だろう。
ムウの傷口に気前良く薬品をぶちまけ出す。
「うわぁ、アスランの鬼!!」
「大丈夫、騎士の隊長がこれしきのことで」
「……く……」
ムウは顔を歪めたが、苦痛な声をあげ、キラを心配させぬように歯を食いしばっている。
「縫合するけれど、麻酔はなしだ。今後、何があるかわからないのに、お前に眠りこけられたら、俺達が迷惑する。覚悟はいいな?」
「げげげ……、お…手柔らか…に、………う、うく!!」
本当に、傷口をちくちく麻酔無しで縫い始めたようだ。
キラは、痛みを堪えて身悶えする、ムウの姿を見るに偲びなくて、そっと彼から視線を逸らした。
偶然暖炉に目を向けることになってしまったが、そこにあった、大きな肖像画が、目に飛び込んできた。
天井からほぼ暖炉すれすれまで届く縦長の絵には、頭に王冠を被った二人が描かれている。
一人は黒髪の端正な顔立ちした青年で、その隣には、凛々しい顔立ちの少女が揃って佇んでいた。
女性の髪は日の光を編み上げたような金色。瞳も意志の強そうな琥珀だ。
この容貌で人目を引く少女は、カガリ王女に間違いない。
なら、この青年は誰?
「ねぇアスラン、この人がもしかして、カガリの兄上?」
「……いいや、似てるけれど、さっき首だけになった国王の、若かりし頃の絵姿だ」
「え?」
キラは再び、こてんと首を傾げた。
年代がおかしい。
「なら、この人もカガリじゃないよね?」
「いや、『カガリ』でいい」
アスランの言葉に、キラはますます首を傾げた。
ムウはただ、苦笑しているし。
「青竜殿。ちび姫ちゃんが混乱するでしょ。ちび姫ちゃん、そのお方は亡くなられた王妃様だよ」
「ほえ? カガリ王女のお母さんも、『カガリ』って言うの?」
「そう。紛らわしいだろ?」
キラは再びまじまじと絵姿を見た。
「うわ〜。王女にそっくり」
「似てるのは顔だけじゃないぜ。性格も気味悪いほど同じ」
「え? ムウさん王妃を知ってるの?」
「ああ、ガキの頃から良く知ってる」
ムウは懐かしげに目を細めた。
「もともと王妃さまは、俺の父が仕えていた伯爵家の姫君だった。俺の母が王妃さまの乳母でな、王族に嫁がれると決まり、俺が10歳の時、俺と父と母は、輿入れした姫と一緒に城にあがったんだ。とにかく元気で型破りな方だった」
「へえ。どんな風に?」
「例えば、妊娠されていたのに、毎日街へ降りて、市民と一緒に施療院で奉仕活動だ〜寄付金集めだ〜ってやってた。その癖、貴族の集まる舞踏会なんかは「私は身重だから、悪い、出られない」って、一切出席を断ってた。
貴族たちも当然、「我々は庶民より下なのか。王妃様は馬鹿にしているのか!!」と怒るわな。見かねた王様が、舞踏会の日に近衛兵を差し向けて、王妃さまに出席を促したんだけど『私は無駄なことに割く時間はない!! お飾りならお前一人で十分だろ!!』と怒鳴っちゃったから、怒った近衛達に速攻で「国王に対する不敬罪」でとっ捕まって、牢屋にぶち込まれた」
どんな王妃だ。
キラは突っ込みたかったが、ぐっと堪えた。
「だからさ、俺、あんなにあっけなく死んじまったのが、未だに信じられなくてな」
ムウの目は、ますます過ぎ去った過去を懐かしむように虚ろになった。
「王妃さまは、ご自分のお腹に、竜が宿っていたのをご存知だったみたいだ。常々「私の体よりも、腹の子を優先しろ。ここには特別な子が入っているんだ」とおっしゃってた。本当に命と引き換えに、王女と白竜をお生みになった。庶民はみんな、王妃さまを惜しんでいたよ。あの人は本当に格式に拘らない人だったから。今、あの方が生きていらっしゃったら、きっとちび姫ちゃんのこと、激しく可愛がっていてくれたよ。『私の孫は世界一だ!!』とか言って、問答無用で皆に見せびらかして、究極の婆馬鹿やってただろうし」
「………あははははは………」
ムウの話を聞いているだけで、想像がつく。
本当に、カガリ王妃の孫だったら……、とても楽しいかもしれない。
「まぁ、容姿だけなら、ちび姫ちゃんも似ているし」
「え、僕って似てるの?」
「似てるぜ。髪と目の色を変えればそっくり」
「えええ!!」
「だって俺、ちび姫ちゃんのこと、本当にカガリ王女の替え玉だと思ったぐらいだぜ」
キラはぱたぱたと自分の顔を叩いた。
「あ、でもこの体は、カガリ王女だし……。似てるの当たり前だよ、うん」
「…キラ、お前やっぱ馬鹿だろ?」
ムウの肩に包帯を巻きながら、今まで口を閉ざしていたアスランが、突如大きくため息をつく。
「まだ気づかないのか?」
「何が?」
「本当に気がつかないのか? この気配が?」
「はい?」
「お前、鈍いにも程がある」
「何だよ、一体?」
突然、轟音が鳴り響き、キラが縛した扉が倒れた。
精霊に封印された鉄扉を開くのは不可能と判断したのだろう。神殿の兵士達は、火薬を爆発させて、城の壁を崩して扉を倒したのだ。
粉塵が納まった後、ぽっかりとあいた扉があった筈の空間、その中央には神官と、多くの神殿兵を従えた王弟ジブリールが、仁王立ちしていた。
「ムウ!! 貴様、カガリを何処に隠した!!」
ジブリールの貧相な顔は、怒りと焦りでどす黒く染まっている。
「アスランの意地悪、追っ手に気づいたんなら、早く言ってよ!!」
「………ちっ、間の悪い時に……。キラ、俺が言いたかったのは、別のことだ!!」
「何が?」
「気づけ」
「何を?」
「俺が言ったって、意味ないんだ。キラ自身が気づかなけりゃ」
「はあ? もうアスランってば、訳わかんない!!」
「こらこら、君たち二人、喧嘩してる場合じゃないでしょ!!」
ムウの珍しくまともな意見は、ヒートアップした二人に、さっくりと無視された。
06.04.10
何日ぶりの更新カシラ( ̄― ̄)θ☆( ++)
そして、ちょこちょこと前の話も訂正しております。
このままラストまで突っ走ります。
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