狂花の実たち 1

刻限 8





入り口にはジブリール、それに埋め尽くすほどの神殿騎士がいる。

「こちらは泥酔した近衛騎士達と、右肩を怪我した隊長が一人か♪ あはは、つかえねぇ〜♪」
「うるせぇ!!」

口だけは動くムウだったが、今は剣も持てない状態だ。ソファーから身を起こそうとする彼を、キラはまあまあと押さえつける。
普通ならば絶体絶命の危機だが、アスランは当然、緊張感のかけらも無い。どころか不遜にも腰に手を当て、胸を反らし、口元を歪めて笑っている。

「ジブリール。お前も無駄骨ご苦労様」

アスランはあろうことか、王弟に向かって、ぴらぴらと手まで振りだした。
この嫌味な挑発に、当然ジブリールの広めのおでこに、青筋が浮かぶ。

「無礼な男め!! 殺してしまえ!!」
「止めて!! 危ない!!」

人が竜に向かって何するつもりだ?
キラの忠告はさっくり無視され、騎士達が手に手に剣を引き抜き、我先にと部屋に飛び込んで来る。
にやにや笑っているアスランは、微動だにしなかった。そして、キラの頬をざわりと風が掠める。アスランがわざわざ呪文を紡がなくとも、風精霊達が己の主に害を成すものを排除しようと、勝手に集まってきたのだ。
アスランも、好きにさせて止める気配もない。
キラは、来るべき殺戮を見たくなくて、慌てて目を瞑って両手で顔を覆った。


その時だった。
耳に、鞭のような弓弦のしなる音が届く。
バルコニーから突風が吹き寄せ、乱舞した弓矢が神殿騎士達を射る。
風精霊達に、八つ裂きにされてバラバラになる予定だった兵達は、矢に射抜かれるだけで命を拾った。
キラがバルコニーに目を向けると、夜の暗がりの中、黒髪と金髪の青年が剣を、小柄なムウに似た少年と何故かニコル王子が長弓を腕に構えている。


「ジブリール!! 貴様だけは許さない!!」

黒髪の青年が、金髪の騎士とともに部屋に飛び込み、まっしぐらにジブリールの元に駆ける。脅えたジブリールが、即座に神殿騎士達の背に隠れる。
奇襲に驚いたのもつかの間、たちまち四人めがけて抜刀した騎士達が群がり、剣と剣がぶつかり合う混戦となる。

「盾となれ。マジックシールド!!」

小柄な金髪の少年が、杖を振り上げて防御魔法を唱えている。
空気に魔力で厚みのある層を作り、剣を握る三人を守っているのだろうが、キラの目から見たら……正直、皮鎧一枚分の防御力アップ程度の心もとなさだ。
火花を散らす剣の刃に、数回振り落とされれば直ぐに壊れるだろう。

「頑張って、今加勢します!!」

キラはぺろりと唇を嘗めた。なのに!!

「ちょっと待てキラ」

アスランが、易々と印を刻もうとしたキラの右手を引っつかむ。

「ジブリールをご覧、あれが正しい王族の逃げ方だ」
「こら、アスラン!!」
こんな時なのに、ボケナス竜が、ちょいちょいと大司祭が逃げた方向を指差している。
「どう思う?」
無視して腕を振り払おうとしたら、アスランの右手が易々と、キラの襟首を引っつかむ。
猫のように吊り下げられれば、もともと裾の心もとない夜着だ。中身のインナーが丸見えだ。

「ああああああ、見苦しいに決まってるだろ!!」
「ああなりたいか?」
「それ以前に僕の恥、人前でさらさせるつもりかぁぁぁ!!」
「ああなる前に、正しい行いを心がけつつ、敵を完膚なきまでぶっ潰す。……が、基本ってことで……」
「こんな時に勉強させるな非常識!!」

キラはアスランの腹に蹴りを一つお見舞いして、彼の腕を振り払う。
床に立ち、仁王立ちすると、彼女は両手を突き出した。

「……風精霊召喚!!」

反応が早い。直ぐに右手がずしりと重くなる。

「剣となれ、盾となれ、翼となれ。ニコル王子達に守護を与えよ!!」

キラの命令に呼応し、集まった風精霊達が四人に加勢に向かった。

目に見えない彼らは、王子達に向けられた剣を折り、かまいたちとなって襲い掛かる。
飛び掛ってくる兵士達は、次々と鎧まで引き裂かれて床に倒れた。
キラはこくりと息を呑む。

「……あうっ、こ、殺さないでね……」
「遅いと思うが」
「うわぁぁぁぁん、ごめぇぇぇぇん!!」

謝ったって、死んでしまったものは戻ってこない。
アスランが今ここにいるだけで、精霊達も働きが全然違う。
一瞬で、ジブリール一人を残して神殿騎士は全滅だ。ジブリール自身も、風の精霊達に捕らえられて、身動きもとれずに硬直している。
死も覚悟の形相で飛び込んできた筈の4人も、事の成り行きに呆然として棒立ちしていた。

「あ〜あ、キラ最低。彼らの手柄、盗っちゃって」
キラもぷっくりと膨れた。
「半分はアスランのせいでしょが」

「……あの、貴方達は一体…?」

ムウに良く似た少年が、何故か震えてキラを指差してくる。

「魔道の塔ではお見かけしませんでしたが、どちらの魔導士様ですか?」

人をまるで化け物を見るかように、脅えた風に尋ねられれば、キラだってあまりいい気はしない。膨らんだ頬が、ますます大きくなる。

「アス、あの人たちだあれ?」
アスランは腕を組み、相変わらず人の悪い笑みを浮かべている。
「ああ、お前、ニコル王子はわかるな」
「うん」
「そこの絵姿にそっくりな、黒髪の男がカナード・パルス・アスハ殿下だ。金髪がオルガ・サブナック。ムウに似てるチビは、……正真正銘のムウの弟、プレア・フラガだ。気に食わないならあだ名でもつけてやれ。『ちびムウ』、『ドッペルムウ』『ムウの分身』のどれにする?」
「えーっと……」
「悩むなよ〜。全部却下だ、ちび姫ちゃん!!」


無視されたプレアは、キラに尋ねるのを諦めたようだ。
アスランとキラに庇われるように、ソファーで寝そべっていたフラガにきつい眼差しを向ける。

「兄上、真面目におっしゃってください。こちらの方々は一体どなたですか?」
「みろ、お前らのせいで、怒られちまったじゃねーか」

口を尖らせたムウが呟くと、プレアの眉がピクリと跳ね上がった。
彼は、無言で手に持っていた杖をムウに向ける。
チリリっと、小さな稲妻が、木の杖の先で光る。
巻き込まれる気はさらさら無かったアスランが、とっととキラだけを小脇に抱えて横に移動する。
置き去りにされたムウは、涙目でぶんぶんと首を横に振った。

「待てプレア!! 兄さまが悪かった!! ふざけすぎた!! だから落ち着け!!」

これで、上下関係もわかるというもの。キラの目頭は熱くなった。
恋人のお尻に引かれているのは確定していたが、弟までもとは。
どうやらムウは、身内にめっきり弱いらしい。

「プレア。後でわかるからちょっと待ってくれないか」

一人涼しい顔したアスランが、くいっと人差し指を自分に向かって折り曲げる。
彼の意向を汲み、すぐに風精霊がジブリールを引きずってくる。

アスランは、自分の足元に投げ出された王弟を、傲然と睨めつける。

「お前のおかげで呪縛が解けたんだ。とりあえず、礼はいう」
「………お前は一体………!?」
「ほぉ。お前、この国の神殿を預かる長の癖に、お前が奉ってきた守護神獣の名前すら知らなかったのか?」

アスランは、誰もが凍りつきそうな、邪悪な笑みを浮かべた。

「カガリ王妃から聞かなかったとは言わせない。俺の名はアスラン。アスラン・ザラだ。お前たちが散々馬鹿にしくさってくれた、この国の『役立たずの白竜』だよ」



06.04.23.





さて、ラストまでカウントダウンです。

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