狂花の実たち 1

刻限 9







血臭に満ちたこの部屋が、凍りついたように静まり返った。
ムウと王弟も、又、カナードもニコルもオルガもプレアも、皆、食い入るようにアスランを凝視している。

アスランは、彼にまとわりつく風精霊に戯れさせるにまかせ、青みがかった髪を風に遊ばせたまま、ジブリールを見下ろした。
翡翠の目が侮蔑に眇められ、口元からも笑みが消えた。
キラですら、今この場が緊迫した空気に侵されているのが解る。アスランの機嫌を、後一押し損ねたら、ジブリールはきっと、細胞一片も残さずにこの世から消滅させられるだろう。


「なぁお前、俺の守護する国で、随分面白いことしてくれたな? カガリをプラントに引き渡すだと?」
「………ひぃぃぃぃぃぃ!!」

アスランの靴先が、ジブリールの左の手の平を踏みつける。鈍いみしみしとした音に、キラは首を竦ませた。
だって、あれは手の骨が砕かれた証拠。

声にならない痛みに、涙目となったジブリールだが、風精霊達に押さえつけられていては、のた打ち回るどころか、身動き一つ、ままなるまい。
濡れた上目で『止めてくれ』と哀願する彼を、アスランはますます足に重心をかけ、彼の手の平を踏みにじる。

「俺の女を、俺の承諾無しに? お前、一体何様のつもりだ!!」

竜の鋭い咆哮に曝され、ジブリールはもう声も出ない。
だが、彼の言葉に、キラは雷に打たれたように固まった。


「……ねえ、アスラン……、カガリが『俺の女』って何なの……? 君は、僕だけの竜じゃなかったの?……」

掠れた声での呟きは、激怒した竜の耳には届かなかったようだ。
彼はジブリールをいたぶるのに夢中になり、キラのことなんて省みもしない。
キラは、こみ上げてくる不安とやるせなさに、唇をかみ締める。

「……ねぇ、ちょっと待って…、アスラン」
「……止めても無駄だ、キラ……」

今度はちゃんと耳に届いたようだ。ククッと、喉を鳴らして笑う、勘違い男が今は憎い。
誰がリンチを止めるか。
悔しくて、その辺にあるものを適当に掴み、キラは大きく振りかぶった。

「うわぁぁぁぁちび姫ぇ、それヤバイって!!」
「……今すぐ説明しろ、このボケナス竜!!」

静止するフラガを肘鉄で押しのけ、キラは手に持った瓶を、アスランめがけて投げつけた。
頭を狙った筈なのに、力が足りずに惜しくも背中にぶち当たる。
華奢なガラスが音を立てて割れ、ハチミツ色のドロッとした液体が、割れたビンの破片と一緒になって、アスランの外套を汚す。

その時になって、キラは自分が投げつけたものに気づいた。
自分が口を開けたら頭を叩かれた、一嘗めであの世までの片道便……トリカブトの軟膏入りの小瓶だ。


「うわぁぁぁぁぁ!! ごめんアスラン!!」


一瓶全部が体にかかるなんて!! 嫌その前に、ガラスで背中を切っていたりしたら?
アスランが憑依した少年は、どうなってしまうのだろう!!

焦ったキラは、大慌てでアスランに駆け寄ると、薬が染みた外套を襟首で引っつかみ、力ずくで脱がせにかかる。
しばしキラにされるまま、呆然自失していたアスランだったが、彼の形相も急変する。

「きぃぃぃらぁぁぁぁぁぁ!! お前なぁ、一体何がしたいんだ!!」
「君が僕を無視するからじゃないか!!」

人が折角手を貸しているというのに、アスランは、何故か抵抗し、キラの手を振り払おうともがいている。

「いいからお前は触るな。危ないだろが!!」
「なら、アスランだって同じでしょ」
「俺は平気だ。だから……!!」
「アスは良くても、アスがのり移った体が死んじゃったら可哀想でしょ!!」
「構わん、どけ!!」
「煩い、黙ってろ!!」

暴れる男をおとなしくさせる、とっておきの方法を使う時が来たようだ。
キラはアスランに教えられた通り、「えいっ!!」と掛け声だけは可愛く彼の股座に、容赦なく力一杯、強烈なひざ蹴りを一発お見舞いした。
その効果は絶大で、たちまち、竜のアスランですら涙目になって、前のめりにうずくまる。

「うわ♪ 凄い凄いアスラン♪ ホントに効くね♪♪」
「……お、お前……、なぁ……」

キラは、気を良くしてほっこり微笑むと、未だ全身を小刻みに震わせている、無抵抗のアスランから、劇薬まみれになった外套を、今度こそ力いっぱい引っぺがした。

「止めろ……、キラ!!」
「……うわっ……」

震えるアスランの静止は間に合わなかった。
キラは、手に持った劇薬が染みた外套を捨てるのも忘れ、食い入るようにアスランの背中を見た。

彼の背中は今、付着したトリカブトと、ガラスの破片で傷ついた傷を治癒しているのか、ざわざわと、竜の蒼い鱗が彼の白い背中にびっしりと覆っていた。
また、コウモリみたいな羽根が少し、彼の背中から生えて蠢いている。

いくらアスランが人に憑依したからと言って、鱗も羽根も、どちらも人の身では持ち得ない代物だ。特に羽根は、これが治癒の魔力の源なのだろうが、キラの目にも嫌に禍々しく映る。
キラは小首を傾げた。

「アスランは神獣なんでしょ。どうして悪魔みたいな羽根が生えているの?」

前のめりになってうずくまっていたアスランが、ゆっくりと身を起こした。
キラをぼんやりと眺める顔は、彼女が今まで見たことないぐらいに翳りをおびている。

「アスラン?」

「……キラは、俺が好きか?」
「うん」

間髪入れずに即答する。当たり前だ。
あの白霧の湖の世界で、物心ついた時から彼がいて、いつも一緒だった。

「これからも、俺がなんであっても、俺のこと好きのままいられるか?」
「うん?なんでそんなことを聞くの?」

アスランは好き。ずっと好き。この気持ちは揺らぐ筈はない。
だって、彼はキラを育ててくれた親だから。
こくこく頷いたキラだったが、アスランは首を横に振る。

「気持ちは、口にしないと伝わらない。だからキラ、言ってくれ。『何があっても、俺が好き』だと」
「……変なアスラン……白霧の湖では、いつも言っていたでしょ♪ 僕はアスランが、何があっても……もがっ」
突然誰かが背後から口を塞いだ。

「キラさん、無用心な約束はしないでください。一度口から発した言葉は、もう取り返しがつかないんですよ」

ムウの弟、プレアだ。
嫌々と首を振るが、戒めは解けない。
目で外せと訴えてみたが、彼の表情は硬く険しい。

「『言霊』は『呪文』と同じ、いわば契約を結ぶこと。単に人と気軽に約束する感覚では駄目です。あなたはこの国の王女、竜相手では、取り返しのつかないことになります」

(僕、まだ、生まれてない!!)

キラの口を塞ぎながら、プレアはカタカタと震えている。
何でだろうと不思議に思ったが、痛いぐらい鋭いアスランの視線を感じ、キラは目だけで彼を見上げた。

途端、彼女は目を見開いた。

アスランが、怒気も露わな凶悪な面持ちで、憎々しげにプレアを睨みつけている。

「キラさん、竜も二通りの種類があるのですよ。国の守護たる竜も……真実神から使わされた聖獣と、神に反逆した天使の成れの果てと」

(え?)

「魔道の塔に文献があります。『アスラン』は、かつて暁の明星と讃えられた天使の名前。神に反逆して天から落された、堕天使…魔物です!! キラさん、貴方がカガリ王女なんです。この男は、貴方の体を乗っ取っていたんですよ!!」

(ええええ!!)

キラがアスランを見上げると、あ〜あ、ばれちゃったと言いたげに、飄々と首を竦ませるアスランがいた。


「好きで盗った訳じゃないよ」

06.04.25



話が勝手に暴走し始めました。アスランめ〜!!(号泣)


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