狂花の実たち 1

刻限 10






キラはカタカタと身を震わせた。感情が認めることを拒否している。
プレアがぎゅっとキラの肩を抱きしめてくれる。


「試験なんて、嘘だったんだ」
「ああ」
「本当は、僕が……カガリ王女だったんだね」
「そうだよ」

ぽろぽろっと、涙が溢れて零れていく。
そう、認められる訳が無い。信頼し、信用しきっていた人に、自分がずっと偽られていたなんて!!

「アスラン、どうして!!」

自然声が上擦り、金切り声になる。
泣いてる自分を見て、アスランもバツが悪そうに柳眉を下げた。

「不可抗力だよキラ。俺、本当に悪くないから」
「そうなの?」
「ああ、信じて。それとも、キラは俺の言うことが聞けない悪い子なの?」
「違うけど……」

「王女、言いくるめられて騙されないでください!! 相手は堕天使なんですよ!!」

プレアの糾弾に、チッと、アスランが苦々しげに舌打ちする。
キラの胸が締めつけられ、涙がますます頬から零れ落ちる。
キラは嗚咽を堪えて叫んだ。

「ねぇ、どうして僕の十七年を盗んだの?」
「俺が聞きたい」

アスランは、眩しげに王妃の肖像画を眺めた。



☆☆☆



アスランは、疑問に思えば確かめずにいられない、自分の考えをしっかりと持つ好奇心旺盛な天使だった。
だが、その知識欲が、上からの命令に粛々と従うのが当たり前な天界において、神の下僕にあるまじき異端児扱いとなった。

アスランは、一度たりとも神に反逆した覚えなどなかった。
なのに、自由奔放に振舞う彼に感化され、自滅し、勝手に堕天使する天使が続出したのは事実。清らかな天使を誑かしたという濡れ衣で処分が決まり、アスランは神の名の元に処刑された。
この理不尽な扱い、これで恨むなと言う方が間違っている。

アスランはばっちり天に復讐を誓い、霊魂となってもこの世にしがみついた。
だが、彼には肉体が無かった。天界に殴り込みをかけるのにも、現世に影響を及ぼすのにも、どうしても体が必要だ。

曲がりなりにも神の眷族の体を育めるのは、清らかで信心深い乙女のみ。



アスハ伯爵家の令嬢カガリは、口は悪いわ態度もでかいが、実はとても信仰心が厚かった。

一生に一度の恋…と勝手に決めた、傭兵レオニード・キサカへの身分違いで、しかも片想いに破れた後、彼女は女神ハウメアの使徒……生涯純潔を守りぬくシスターになることを望んだ。
早死にした母親の遺産を使って、この王都に初めて施療院を作った。
きっかけは失恋だったが、世のため人のために働くことは、カガリの気性に合ったようだ。あの猪突猛進の気性そのまま、毎日全力で身分の分け隔て無く、王都の傷病人を癒す為に、身を粉にして施療院の運営を頑張ったのだから。
しかし、人間一人の努力には限界がある。それに無料の施療院運営には金がいる。
アスハ伯爵は、自分の跡継ぎがシスターになることを認めなかったし、カガリの寄付金集めにまで妨害に走った。
このままではいずれ、財政的に破綻するのは目に見えている。
そう悟ったカガリは、連日ハウメア神に奇跡を求めて祈り続けた。

「えええい、どっかに金鉱か何か無いか!! 私は今、猛烈に金がいる!!」


こんな女を、アスランが面白がらない筈はない。
アスランは、カガリに自分を生んでもらうと決めた。



「俺がこの世界に生まれるまでは三年半かかる。俺を胎内に宿しているうちは、カガリは俺の力が多少使える。精霊に命じて民を存分に癒すなり、聖女を名乗って金儲けの広告塔になるなり、お前の好きに利用しろ」
「それは勿論そうするけれど、三年半後はどうするんだ。お前、私を信頼してついてきた人間に、『力無くなりました、これからどうする?』なんて、情けないこと言わせる気か? お前、私の腹借りて生まれてくるんだったら、お前は私の子だ。子なら親を守るよな?」
「俺にどうしろと?」
「親のために、働いてくれるよな♪」
「………お前な………」


正直、カガリはかなりタイプの女性だった。
言動は無茶苦茶だし、やることは突飛だが、真っ直ぐで自分に正直な気性は好ましい。
何よりも見ていて飽きない。
どんな無理難題をふっかけられるかわかったもんじゃないが、彼女になら、手伝ってやるのも悪くない。


「しょうがない。いいさ、守ってやるよ。子が親を守るのは当然だからな」
「ありがとうアスラン!!」

そして二人は契約を交わした。
アスランの魂は、カガリの胎内へと入り込んだのだ。


☆☆☆


「俺にその後の記憶はない。だが、傭兵に操立てして結婚しない筈のかがりが王妃になり、出産と同時に死んでしまった事、俺がキラの体に憑依してしまった事実を考えれば、おおよその見当はつくさ。カガリの結婚は、アスハと王家の都合…だろ?」

「酷い。人でなしだよ」

キラは戦慄した。
アスランを身篭っていながら汚されたなんて。
人間は百しか生きないが、竜は一万年以上生きる。
ましてや、アスランは無限に生きる天使だった。

竜の魂と人の魂では、生命力の大きさが全く違う。
それなのに、同時に胎内に宿してしまうなんて!!

この愚行のせいで、カガリ王妃は産熟で死に、二つの命も腹の中で混ざり合った。アスランの重い魂は子供の体に縛され、キラはアスランに取り憑かれたために意識を失い、現世に産まれた白竜の体は、魂が無く、操り人形のような抜け殻となった。

そんな無理な体だったから、「カガリ」と名づけられた王女も、竜も、満足に動けなかったのだ。

「俺はカガリと契約を交わした。『子が、親を守るのは当たり前だ』ってね。俺がキラの体に封じ込まれたせいで、父子の縁は残ってしまった。全く大した呪縛だよ。俺は生まれながらにして、王の命令に逆らえなくなってしまったんだからな」

アスランは忌々しげに吐き捨てた。

「キラ、『カガリ』は決して役立たずの王女じゃなかった。この俺が、地脈を読み、金山、銀山、紅玉、この国に眠る全ての富貴を奴に教えてやったんだ。困窮していた財政は潤ったし、他にも『彼女』はひたすら国王の望む通りに叡智を使ってきたよ。それでもオーブは弱小国のままだった。奴はとんでもない愚王だったさ!!」

竜の加護を受け取る権利の無い奴が、欲しいままにアスランを使ってきた。
竜に命ずる権利のない奴が、父の呪いで扱き使っていた。
彼がどんなに悔しい思いをしてきたのか、キラの想像に固くない。

でも……。
でも――――――!!
 

「どうしてなの?アスラン?」
キラはよろけるようにアスランに縋りついた。

「どうして父様に、僕のことを知らせてくれなかったの?」

自分がいることを。
カガリの中に、キラがいることを。どんな愚王でもキラにとっては父親だ。

「あの白霧の世界に……アスランはどうして僕を隠したの? どうしてずっと隔離していたの!!」
アスランは痛ましげにキラを見下ろした。

「キラ……俺は本当に知らなかったんだ。俺は自分がずっと王女だって……カガリだと思い込んでいたんだ」
「嘘だ!! アスランが僕を育ててくれたんだよ!! あの湖に浮かんで、色んな世界を見せてくれた。魔術だって教えてくれた。僕を育てておいて、自覚がない筈ないよ!!」
「あの世界に、時はあったか?」
「!!」


キラは言葉に詰まった。
白霧の世界には、確かに時の概念は無かった。
寝て、起きて、食べて、学んで、寝て……昼夜は一切無く、アスランが『お前は今日から十二だ!!』といえば、その時からキラは十二になった。
アスランの言葉が全てを決めた。 

「あの湖面の世界はね、俺の心……精神世界だ。キラは人間だから、魂は俺より小さくて、俺の心の中に入り込んでて、眠りこけてたんだ」
「なら、いつ僕のことに気付いたの?」
「正確には、プラントで黒死病が流行ってるって知らせが耳に舞い込んできた時かな? 女官どもが『母君のカガリ様が存命でいらっしゃれば、きっと救いに行かれたでしょう』とか『あんな恥ずかしい王女なら、死んでいてくれた方が良かった』とか、随分聞こえよがしにくっちゃべってくれててさ、すごく腹立って。「何で私には何の力も無いの!!」って、悲劇のヒロインごっこしてたら、ぽこっと俺が竜だったって思い出した」


「……やっぱりアスランってボケナスだ……」

この思考回路についていけない。キラは、痛む頭を抱えながら、こめかみに指を当ててほぐした。
ねじくれてこんがらがった現実を、正しく理解したくて、キラは頭をフル回転させた。

プラントに行く前に、アスランは自分が竜だって解っていた。キラの存在も理解してた。
なら、どうしてカガリのまま、ムウと婚儀を挙げる必要があったのだ? わざとギルバートを挑発するような真似して。


「……まさか、アスラン……」


アスランはさっき、自分の足元に投げ出された王弟に何て言った?

―――――お前のおかげで呪縛が解けたんだ。とりあえず、礼はいう―――――――


アスランは、王妃となったカガリと、何と約束をした?

―――――しょうがない。いいさ、守ってやるよ。子が親を守るのは当然だからな――――――



キラは思い当たった途端、手がわなわなと震えてきた。
冷静になろうとしているのに、やり場の無い怒りが押し寄せてくる。

「……アスラン、君が僕の父様を殺した。解ってて見殺しにした………」
「ああ、それがどうした?」

アスランは、悪びれもせずに頷いた。


06.04.26




ミカルの書く黒アスラン、全部こんな感じです( ̄― ̄)θ☆( ++) 


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