狂花の実たち 1

刻限 11





顔も知らなかったし、一度も話たこともない人だった。
その人は今、首を切られて中庭に曝されている。
それが、キラの真実の父親―――――――


「どうしてアスラン!! 君にとっても父親だったんでしょ!?」

長衣の襟を掴み、手繰り寄せても、アスランは眉一つ動かさなかった。
逆にキラは、親を殺されたショックで、血の気を失い、手の震えが止まらない。

「何が父親だ。あいつがカガリに手を出したせいで、俺の体は汚されて、天使から格下げの竜体だ。処女受胎した筈のカガリだって、異種の子供二人を生んだせいで産熟で死んだ。唯でさえ万死に値するのに、父親の呪縛で俺を縛っていたんだぞ。何故俺があいつを守らなけりゃならない? 俺じゃ親を殺せないのなら、誰かに殺らせるしかないだろ!!」
「最低!!」

キラは、手を振り上げた。だが、アスランの頬を打つ寸前、彼女の手首は難なく捻じ伏せられる。
彼はそのまま、キラの体をすっぽりと抱きすくめた。
広い胸に顔を押し当てられて苦しいし悔しい。ぱたぱたと手を動かしてみたが、華奢な癖に、馬鹿力のアスランの体は剥がれない。

「あいつが死んだから、俺は竜の体に戻れた。俺の精神が離れたから、お前だって元の体に戻れた。お前はただでさえ十七年を棒にふってるんだ。あいつが死ぬのをじっと待って、これ以上、俺がお前の人生を奪うなんて、絶対に嫌だったんだ」

理屈は判る。判るけれど。
胸がちくちくと痛い。キラは、えくえくとしゃくりあげた。

「拗ねるなよ。仕方ないのは解るだろう?」

キラはこくんと頷いた。
父親が欲を出さなければ……アスランは完全な天使の体でこの世に生まれ、カガリは聖女として生き続け、この国はきっと良い方向に発展させることができただろう。
けれど母がもし聖女のままでいたら、キラは生まれなかった。
彼女は存在しなかった。
本当に仕方が無い。でも、皆で幸せになる道は無かったのだろうか?
模索する時間は、永久に失われてしまった。

「…アスランは、カガリを俺の女って……」
「…えっ?……」
「僕は何? 守れなかったカガリの身代わり? アスランは僕より母様の方が好きだったの?」

ぼろぼろと涙が一気に溢れてきて、キラはますます激しく泣きじゃくった。
しばらく硬直していたアスランだったが、キラの背をぽしぽしあやしながら、深いため息をつく。

「……なんでそうなる?……」
「まあまあ、『姫さんもどき』もぼやかない」
「フラガ、誰が『もどき』だ」
「ちび姫ちゃんだって、女の子なんだから、独占欲ぐらいあるでしょ。可愛い嫉妬じゃないか、色男♪」

この時とばかりに、兄貴の余裕を見せるフラガだ。
彼の軽い口調は、この場の重苦しい修羅場を打ち砕く、ちょっとした清涼剤代わりになった。

「……フラガ、そのアドバイスはお前の経験か?……」
「そりゃ俺だって、若かりし頃は色々あったし」
「そう言えばお前、俺の離宮の女官を手当たり次第に口説いてたな。よし判った。お前が女官長の尻に敷かれる前の武勇伝を、じっくりと書面に30枚ぐらいしたためて、彼女に送ってやるよ」
「それはまて!!」
「待って俺に利益あるか?」
「ひでえ姫さんもどき!! 顔変わっても、中身は一緒じゃないか!!」

じたばたソファーでもがくフラガに、アスランはぬけぬけと舌を出して挑発している。
どうやらアスランは、フラガを虐めて遊ぶ習慣があったみたいだ。
自分の守役だった青年に対して、あけすけに物が言える程信頼がある。
そう言えば、湖の世界で、アスランと一緒に覗き見していたカガリ王女は、離宮の皆に好かれていた。国王はともかく、兄のカナード王子にも、彼女はとても愛されていた。
王女でなく守護竜だった今、多少離れていく人がいるかもしれないが、17年培ってきた信頼と信愛は揺らがない。

キラは、アスランが羨ましかった。
キラには無い信頼と親愛、これが、アスランの言うとおり、自分の時を奪われていたということの証明だ。

「キラが一番大切だよ。俺が手塩にかけて育てたんだ。言葉も一から教えて、知識も何もかも、俺が全部教えた。苦労して育てたお前が一番可愛い」
「アスランは解ってないよ」
「解ってるって。お前は可愛い俺だけのキラだよ。他の誰にもやらないから」
「………」

言葉のニュアンスが違う。キラが望むのはアスランの愛情なのに、アスランが主張しているのはキラの所有権だ。このボケナスっと思いつつも、竜と自分はやはり感性が違うのかな…と、諦めつつぐすっぐすっと鼻を鳴らす。するとアスランが頬に軽くキスをくれた。

「拗ねるなよ。仕方ないのは解るだろう?」

キラはこくんと頷いた。
父親が欲を出さなければ……アスランは完全な天使の体でこの世に生まれ、カガリは聖女として生き続け、この国は二つの聖に守られて、きっと良い方向に国を発展させることができただろう。
けれど母がもし聖女のままでいたら、キラは生まれなかった。
本当に仕方が無い。でも、皆で幸せになる道は無かったのだろうか?
模索する時間は、永久に失われてしまった。

「あの……、お話中申し訳ないのですが、もう、時間が無いのですが……」

プレアが遠慮がちに、おずおずと窓を指差した。見ると、プラント王国の紋章をかたどった軍旗が、赤々とした光に照らされて、夜闇に浮かび上がっている。
(赤?)
キラは、目を凝らした。
軍旗を照らし出した灯りは、空に舞う火の粉だった。プラントの旗の群れは、街に火をかけながら城門目指して一気に駆けぬけてくる。
夏の乾季が災いし、火はみるみる燃え広がっていく。
このままでは城下街は丸焼けで、城も無血開城は必須。
キラはぐいっとアスランを引っつかんだ。

「行こうアスラン!! 今すぐ竜になって!!」

兵の殆どが薬を盛られて転がっている今、まともに戦える軍隊などない。
彼らを足止めできるものは、もう竜しかいない!!

だが、こんな切羽詰まった状況になっても、アスランは両手をお手上げと広げて首を竦めている。

「駄目だ。お前また、息絶え絶えの病人になるのか?」
「え? 何で?」
「…ホント馬鹿だなお前。さっき俺達、何のために走って逃げたと思ってる?」

彼は面倒くさそうに、肩まで届く髪をかき上げた。

「俺は、お前に憑依した形でこの世に生まれてきたんだ。それがこの世では、俺達の正しい姿なんだ。竜体が欲しけりゃ、もう一度俺がお前の体を乗っ取るしかないだろ。但し、白竜はプラントの例の件で、血を抜きすぎちまってへばっているからな。飛べるかどうか、俺でもわからない」

キラはこくりと息を呑む。
ということは……。

「例えアスランが竜体になったとしても、瀕死の竜と、体の弱い役立たずの姫ってこと!?」
「ご名答♪」

アスランは、ぱんぱんと、やる気の無い拍手をする。

「俺は守護した者の願い通りにしか動けないからな。キラ、お前が決めてくれ」
「って、意味が無い!! どうするの!!」
「どうしよう?」

外の軍勢は、もう肉眼で人を確認できるまで押し寄せている。
今、戦える兵をかき集めたって、ものの数秒で瞬殺だ。特攻かけて死んでこいなど、無駄な命令、とても言えない!!」

「最良の方法は、とっとと逃げること…、だな? まあ、俺とキラだけなら楽勝だぞ」
「真顔で冗談は言わないで!!」

「王女!! まさかこの、無防備な状況で、この城を見捨てるつもりではないだろうな?」

ジブリールが蒼白で、にじり寄ってくる。流石腐っている男でも、大司祭。アスランに右手を砕かれた筈なのに、右手はいつの間にか治療され、その顔は蝋人形のようだった。

「『カガリ王女』には、白竜とともに嫁いでいただかなくては、プラントが納まりませぬ」

やせ細った顔が青白いと、ますます不気味に見える。
こいつがギルバートから借りた兵の代価はカガリだ。破ればどうなるか……まず、命がない。

「それに、元はと言えば、最初に竜殿が私を利用なさったのですぞ。呪縛から逃れた恩をお返しいただいても、罰は当たりますまい……ぎゃ!!」

オルガとカナードが、ジブリールに向かって一斉に手に抜き身の剣を振り上げた。

「恥知らずが一人前の口利くんじゃねーよ。てめえの欲で、兄貴をその手にかけておきながら、よくもぬけぬけと言えたよなぁ!!」
「王家に生を受けた身でありながら、自国に他国の軍を引き込んだ売国奴が!!」
「ひ……ひい〜!!」

彼ははしこく、降り落ちた二人の長剣を紙一重でかわすと、脱兎の勢いでキラの背後に回り込んだ。

「竜様!! 早くご契約を!!」
キラはどんっとジブリールに背中を押された。彼女は嫌悪で全身に冷や汗が浮かんだ。
「一刻を争うのですぞ!! 戸惑っている場合ではない!!」
「うるさい!! 決めるのはお前じゃない!! すっこんでろ!!」
「国のためなのだ!!」

ジブリールは、アスランに怒鳴られても怯むことなく、がしっときらの両肩を引っつかんだ。
彼の顔は、興奮で赤くなり、恐怖で引きつっている。

「『カガリ王女』さえ嫁げば、大国プラントは我が国の同盟国ではないか!! 例え竜と聖女がこの国から失われようと、プラントが我が国を守ってくれる!! 戦は回避され、多くの命が助かるのだ!!」

(…………)

口調は崇高だが、裏を返せばどうせ使い道のない張りぼての竜。欲しがるのなら、高く売りつけようという腹積もりだろう。

「貴様、愚かにも程がある!! その汚らわしい手で、私の妹に触れるな!!」

カナードが叫び、つかつかとジブリールからキラを奪い去る。

「いくら王位が欲っしたといって、自国の軍を避け、他国の軍を引き込む馬鹿が何処にいる? 現プラント王は、王都が黒死病で瀕死の状態だった時、そのどさくさに紛れ、王位を簒奪した男だそ!! そんな男が無防備な国に大軍を送り、王位簒奪の力を貸した見返りに、瀕死の竜憑きの王女一人で納得し、黙って帰ってくれると本当に信じているのか!!
あの軍が到達すれば、貴様が王位に就いても、オーブはプラント王国の属国となり、いずれは併合されるに決まっているだろう!!
貴様はプラントに我が国を売ったのだ。
もはや、あのプラントの大軍に、立ち向かう術などない!!」


彼は剣の鞘で、荒々しくジブリールを打ち殴ると、キラを胸に抱きしめた。
床に倒れたジブリールは、痛みにわなわなと震えている。そんな彼を無視し、カナードは、キラに穏やかに微笑みかける。

「国の未来が決まってしまった今、キラがプラント王に嫁いでも嫁がなくてもなんら変わらない。君がカガリ王女だったのなら、俺は君の兄になる筈だったのだな。もう何もしてやれないが、せめてキラは逃げ延びて、人並みの幸せを得て欲しい」

彼はぽしぽしとキラの頭を軽く撫でてくれた。

「竜殿……と呼ぶのも、変な気がするが、お前も無事で。今だから言うが、俺は『カガリ王女』を愛していた。俺が一生この手で守るものだと思っていた」
「知ってたよ、兄上。もし俺が本当に女だったら、間違いなく兄上と結婚してたぐらい、『カガリ王女』も兄上のことを、愛していた」
「そうか。報われていたのだな、俺は」

カナードは苦笑し、もう一度キラのチョコレート色の髪を、愛しげに撫でた。

「君達が人の社会に不慣れでも心配はいらない。こちらのニコル殿下がしばらく匿ってくださるという」

カナードはニコルを手で示し、くすりと微笑した。

「彼は逃げること、身を隠すことに長けている。なんせ、ずっとプラント軍から今まで逃げおおせているのだからね」
「一応褒め言葉としてうけとっておきますよ」

ニコルもにこりと笑った。やがて来る別れを察知し、わざと気分を湿っぽくしないように気を配っていてくれる。

「ムウ、お前もこの子を守ってやってくれ」
「殿下は、どうするんだ?」
「俺は、廃嫡になっても、この国の王子と崇めてもらった身だ。民を見捨てては行けない。これでオーブの王家は滅ぶが、この国の民は生き残り、プラントに併合される。プラントに下手に逆らわせず民を纏め、今後の生活を少しでもましなものにできるよう、交渉する者は必要だ。それはこの男にはできない。俺の勤めだ」

その勤めが終わる頃に、待っているのは死だけだろうに。現プラント王は、己の邪魔になる者を生かしてはおかないだろう。

「……ならば、俺も……殿下に供するさ……」
「るせぇよムウ、俺の役目を盗るんじゃねー」

幼馴染の気安さか、オルガの強面が少しだけ和らいでる。

「カナードの死出の旅の供は、俺一人で十分だ。獲物も使えねー癖に、のこのこ黄泉路までついて来やがったら、切り殺してやるからな」
「アホか。死人をどう切るんだよ」
「ムウ、俺もお前が来ることを許さない。お前は名目上『カガリ王女』の婿だろう? キラと竜殿を守ってくれ。特にキラは、お前の初恋、カガリ王妃の忘れ形見なんだぞ」

きっぱりと、親友で自分が仕える王子に諭されては、ムウも黙るしかない。
ムウは言葉に詰まり……やがて静かに頭を垂れた。

それを見届けた後、カナードは、再び剣を構えた。

「さっさと祈りの言葉を言えよ。大司祭」
「ひぃぃぃぃぃぃ!!」

喉元に、剣の刃を突きつけられ、ジブリールはへなへなと床にしゃがみ込んだ。

「キラ王女、どうぞこちらへ。行きますよ」

ニコルが、残酷な処刑をみせまいと、キラの背を押す。
キラの目頭は熱くなった。堪えても堪えても、涙が後から後から零れてくる。

守りたい。
この人達を守りたい。
カナードを……兄を死なせたくない。
守るには、自分が……また、白霧の世界に戻るしかない。それに嫁いだとしても、オーブが滅ぼされない保証もない。

「時間が必要なんだ…………」

ぽたぽたと、雫が大理石の床に落ちる。
キラは、顔を両手で覆い、俯いたまましゃくりあげた。
それに今、既に街が燃えているのだ。今この瞬間にも、民の誰かが焼け死んでいるかもしれない。
キラが逃げ出したら、カガリ王女がいなければ、プラントの軍は、きっと王都を燃やし尽くしてしまう。
この城の人達だって、泥酔した兵士ばかりで動けるのは多分、今ここにいる人達だけ。


ずるずると彼女は床にへたり込んだ。足に力が入らず、もう立てない。

「キラ王女、お気を確かに……もう時間がありません」

ニコルが、立たせようと腕を貸してくれるが、彼女は首を振って拒絶した。
何処にも選択権などないのだ。
運命が捻じ曲げられた時から、この世は既に、キラの生きる場所はなかったのだ。



「僕は行きません………えっ……えっく……皆を見捨てていくなんて、………できない………」


06.04.29




あと二話で終わります(ホントか( ̄― ̄)θ☆( ++) )

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