狂花の実たち 1

刻限 12





白霧の湖のほとりには、沢山果樹の木が植えてある。
樹木の世話は、精霊達が勝手にやってくれていた。その種類は豊富で、リンゴ、杏、みかん、桃、柿、小さいものでもブルーベリーやマスカット、さくらんぼなど、数百種類の実のなる木があった。
木々にはいつもたわわに実がなっていたが、精霊達は決してもぐことはない。
この実を収穫するのは、キラとアスランだけ。
彼ら二人のおやつは、殆ど果物で賄われていた。

「いいかキラ、いくら俺と一緒に生まれて聖女の肩書きを貰っても、何も仕事しない奴も役割を果たさない奴も、尊敬も愛情も向けられることはない。肝に命じておけ」
「わかってるよアスラン。今度は何が食べたいの?」
「違う、俺が言いたいのはなぁ」
「なら、今日はもういいの? 少食だね」
キラは、少し意地悪く微笑んだ。するとアスランは、不貞腐れたように眉間に皺をよせる。

「………桃がいい、熟れてる奴な……」
「はーい♪」

キラがアスランの尻尾に乗ると、彼は桃の木の枝に彼女を運んだ。細い木に腰を降ろせないので、彼女はアスランの尻尾に座り、手当たり次第に淡い薄紅色に染まった果実をもいで、口を開けて待っているアスランめがけて、ぽいぽい放り投げる。

正直、キラにとって、アスランが満足するまで実をもぐのは、大変な仕事だった。
彼は一回のおやつに、桃でも最低二百個は食べるのだから。
けれど、キラは、この仕事が大好きだった。
アスランが、キラが採った果実を美味しいと喜んで食べてくれることが嬉しかったのだ。

(アスランの言いたいことは、解っているよ)

きっと彼は、キラが聖女として生まれた時の事を考えて、事あるごとに正しい心構えを説きたかったのだろう。
聖女だから愛されるんじゃない。竜が傍にいるから慕われるんじゃない。
皆を愛したから愛される。皆を守るから崇め奉られる。

(アスラン、僕、精一杯頑張るね)

現世に生まれることができたら、少しでも皆に幸せになって欲しい。カガリ以上にオーブの国民の為に働いて、皆を喜ばせて、自分も幸せになれればなお嬉しい。
アスランにくどいほど言われずとも、キラ自身もそう思っていた。
……そういう聖女になりたかった。


☆☆☆
 

「ひいっく………えっえっ………」

泣いてる場合じゃないのに、涙がどうしても止まらない。
愛したかったし愛されたかった。なのに、もう自分には、そんな努力をする時間もない。
例え時間稼ぎにしかならなくても、キラの命で、ここにいる皆が、焼かれている街が助かるのだ。
自分の人生が欲しかったなどと言えるわけがない。

「……僕は、オーブの皆を守りたい……アスラン、僕はどうしたらいい?……」
「決まっておろう!! お前はこの国の王女だ!! 王女らしく、立派に国の役にたて!!」
「ジブリール!! 君になんか、言われたくない!!」

場を読めない愚かな男を一蹴する。国に混乱を招いた卑怯者に、王族の心構えを説かれるいわれなどない。
オルガとニコルの顔つきが、悲壮を漂わせ、痛ましい者を見送る表情に変わっていた。まるで、無実だとわかっていながらも、今から処刑される子供を見送るような目だ。

「そんな顔しないで」

キラは、無理やり笑みを作って目を擦った。

「王女が嫁ぐことで、少しでも時間稼ぎになれば……いいんだ。だってニコル王子、君はいつか、プラントの国を、その手に取り戻してくれるんでしょ? 僕が、アスランと協力します。そしたら……オーブだってきっと、いつか助かる道が開ける……」
「……キラ王女、申し訳ありません。僕が、もう少ししっかりしていれば。叔父上に、国を乗っ取られたばかりに……、貴方を犠牲にすることになってしまった」

ニコルは言葉につまり、顔を背けてしまった。
ムウも、カナードも、もはやキラに、かける言葉も見つからないようだ。

「キラの考えは纏まったようだな」
「うん。アスラン」

アスランは冷ややかに自分を見、次にぐるりと周囲を見まわした。

「さてと、本来なら国の一大事を決めるのは国王だ。だがあいつはさっき死んじまったし、カナードは国王の兄の庶子だ。王家の血の濃さから言えば、不本意だが、お前が今現在、オーブ王家の代表ってことになる」

アスランは、ぐいっとジブリールの襟首をその腕で手繰り寄せ、吊るし上げた。

「最後に聞く。オーブにキラ王女は必要ないのか?」
「いらん!!」

即答だった。

「そうか、それは良かった……!!」

アスランは、用が済むと直ぐにジブリールを、拳で一発殴って払いのけた。よほど力が強かったのか、ジブリールの体は勢いがつき、部屋の隅まで派手に転がっていった。
彼の頭が壁にぶちあたり、ずるっと床にのびる。
けれど、ジブリールが伸びてしまっても、壁を叩く音は鳴り続けた。

「何の音?」
「プレア」
「はい」

カナードの命令に、プレアが俯きながら水晶球を掲げた。
プラント兵が、大木槌を振り上げて、城の大門を力づくでこじ開けようとしている光景が映し出されている。

プラント軍はもう、こんな間近にいる。
もう、一刻の猶予もない。
キラは、時間の刻限が来てしまったことを悟った。

「アスラン………僕ね……、白霧の湖で、待っているから………」

キラは、両手を握り締め、彼の前に進み出た。
涙が溢れそうで、顔が上げられない。

「さあ……はや……むぐ!!」
アスランが、その大きな掌で、キラの口を塞ぎ、彼女の細い腰を掴んで引き寄せた。
「!!」
「情けない。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿とは思わなかった。俺が手塩にかけてこの程度か? こんな馬鹿に育てた覚えはない!!」

(アスラン?)

キラは彼を見上げた。
アスランは皮肉に口を歪めて笑っている。

「考えろキラ。言霊は呪縛だ。一度紡いだ取り決めは、絶対に取り消しが利かないんだぞ。いい加減、身に染みて解っている筈だろ。
もう一度、俺はお前に問おう。
キラは今後、どうしたい?
キラは一体何をしたいんだ?」
(……アスラン……)

《水浴びがしたいよ》
《当然、クーデターを止める》
…………本当に、突き落としてくれたっけ………

《しょうがない。いいさ、守ってやるよ。子が親を守るのは当然だからな》
…………そんな不用意な一言の為に、呪縛され、望まない人生を歩んできた彼と、巻き沿いを食った自分………… 


今、アスランの体には、凄烈な光が溢れそうになり、今にも爆発しそうな気配を漂わせていた。
ずっと、彼の傍で接していたから解る。
アスランには、今までこんな力はなかった。
何故急に? 彼が故意に隠していたとはとても思えない。
アスランは、キラの唇から指を外した。

「願えよ。キラはどうしたいんだ? 願えよ」

守護は、守りたいと思った人間の、願い通りにしか動けない。
すっきりとした安堵。アスランの喜びが、直に心に染み渡ってくる。
キラの唇にも、自然に笑みが零れた。

(……ああアスラン……そうだったんだね……)

「長い……長い呪縛だったね……」

キラの言葉に、彼もにんまりと笑った。
アスランにとって、最後の呪縛……それは、王家の血……。

国王が居なくなっても、キラが王家の一員である以上、彼女の属する国に対し、彼女の守り手であるアスランには、例え不本意でも守る義務が生じる。
けれど、新王に一番血が近かった者は、今、『いらん!!』と言って、キラの存在を否定した。

キラは要らない。
キラは、王家の娘ではない。
キラは王家に必要ではない。
ならば、アスランも要らない。

アスランは、ずっとこの機会を狙っていたのだ。
王家の呪縛から、本当に自由になる為に、言葉巧みに操って、欲しい解呪の言霊を引き出した。
もう、彼の誓約は、キラだけ。
今の事態に守護を願うも、自分達だけばっくれるのも、彼女の自由……それを踏まえてどうするのかと、彼は尋ねてくるのだ。

答えはもう、解りきってるだろうに。本当に人が悪い。

「アスラン……僕のこと、好き?……」
「ああ」

彼はぺしっとキラの頭を叩き、皮肉に笑った。

「……でなきゃ、子供なんて育てるか。……面倒くさい」

吐き捨てるようなくぐもった低い呟きに、キラは声を上げて笑った。
笑いすぎて涙が後から後から零れてきた。
彼がキラ自身を重荷に感じ、排除しようとしなかったことが嬉しくて。それどころかこれからも、ずっと傍に居てくれるつもりなのが嬉しくて……。
キラはアスランの背に両腕を回して抱きしめた。

「僕ね、ずっとアスランと一緒にいたい。僕の命ある限りずっと……ずっと……。ね、傍に居て?」
「……ああ、キラ。……」

アスランの指が、キラの顎をひっつかみ、プレアの持つ水晶玉に向けられた。
大門を閉める鉄の鍵が、歪み変形し、今にもこじ開けられそうになっていた。


「やばい!! アスラン、止めに行くよ!!」
「はいはい」

キラの体が、ふわっと宙に浮いた。彼女の視界が閃光に染まる。
まるで、光り輝く白霧の中にいるようだ。その中で、アスランの体に、いくつもの光の放物線が、穏やかな孤を描いてまとわりつく。
彼の体はぐんぐんと大きくなっていく。同時に放出される力の波動も、どんどん密度を増す。
キラの視界は揺らいだ。

《俺のキラ、ずっと一緒だ…………後悔するんじゃないよ……》

キラは、遠くなりそうな意識の中、照れくさそうにそう呟く、アスランの声を聞いたような気がした。



06.04.29




今日2度目の更新です。
次回、ラストになります( ̄― ̄)θ☆( ++) 


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