狂花の実たち 1
刻限 13
「もう一回押せ!!」
プラント王国将軍、ガルシアの檄と同時に、丸太をくくりつけた荷車が走り出す。兵士達の助走に勢いがつき、鉄の大門を力一杯叩きつける。
(ジブリールの奴め!! 何故開けぬのだ? 約束が違うではないか!!)
街に入る城門も鍵がかけられていた。
将来、自分が総督として植民地とする国だと思い、あまり壊さないように気を使って進軍してきたが、こんな小国風情にてこずらされたため、ガルシアの苛立ちは募る一方だ。
腹いせに城下街に火をつけてやったのに、まだ無駄な抵抗をするとは!!
(いっそ、あやつも殺して、カガリにわしの伽をさせるか)
十七の小娘だがかなりの器量良しと聞く。人妻となった今、デュランダルの王妃になることはない。ならば、征服者が王家の女を獲るのは当たり前だし、面倒なことになれば、戦乱のどさくさ紛れに兵士達に陵辱されて死を選んだことにして、葬ってしまえば良い。
要はプラントがこの国を手にすればいいのだから。
《下司め。お前の脳味噌、一体どういう作りになっているんだ?》
「何だと無礼者!!」
ガルシアは、剣を腰から引きぬきながら背後を振りかえった。
「今言ったのはお前か!!」
側付きの小姓に剣先を向けるが、少年は蒼白になって、ふるふると首を横に振っている。
《俺達はここだ》
瞬間、プラント軍の頭上に、いくつもの雷鳴が鳴り響いた。
ガルシアが空を見上げると、銀青色の閃光を放って、大きな獣の巨体が浮かんでいる。
プラントを黒死病から救った竜は、白銀と聞いていた。
なのにそれは闇夜にあっても、月の青白い光を連想させるように冷たく輝き、背に生えた大きなコウモリの羽のような翼が水平に伸ばしている。
禍々しい殺気を放ち錆色の鱗を輝かせ、そんな青い竜の額には、ミルクチョコレート色の髪をたなびかせた、華奢な少女が角に捕まり佇んでいた。
彼女が煌々と燃える街の方に手を翳すと、途端、青い竜の体から湿っぽい霧が沸き起こり、見る見る間に大量の雨をもたらす雨雲となる。
街を今にも飲み込み、焼き尽くそうとしていた火の粉は、降り出した雨によって、つぎつぎと鎮火していく。
(そんな、馬鹿な!!)
瀕死の竜が、天候をも左右できるなど、聞いていない!!
司令塔の動揺は、そのままプラント全軍に戸惑いの連鎖を引き起こした。浮き足立つ軍隊に向かい、竜の翡翠色の目が睨めつける。
《貴様達には恥っていうものがないのか? 死の病苦から救われた分際で、その恩人の国を、よくもまあ土足で踏み込めたものだよな。この俺の守る国に土足で踏み込んで、無事に帰れるなんて思うな!!》
青竜は咆哮した。
その息吹が情け容赦なく、大地を引き裂いて地割れを生む。
城門も鉄製の扉も城壁も、一瞬で粉々に吹っ飛んだ。プラントの兵とて巻き沿いだ。
なぎ倒され、大地にはいつくばりうごめく兵達の群れに、情けも容赦もなく、稲妻が鉄槌のごとくに振り落ちる。
ガルシアは恐慌した。
「待て!!」
《待てるか、愚か者が!!》
竜の尻尾が鞭のようにしなり、振り落ちる度に竜巻が生まれる。
風の刃は歩兵だけでなく、鎧で身を固めた騎士や馬ですら空に飛ばし、あちらこちらへとなぎ払われる。
名のみの将軍に、適切な命令を下せる筈もなく、瓦解しかけた軍は、各軍の隊長達の叱咤が飛び駆った。
「弓隊、槍隊!! 行け!!」
空を飛ぶものなら、射抜いて地に落せと。
たった一つ示された前向きな指示に、プラント軍は弾かれたように各々獲物を持ち、手に握った弓や槍を、竜めがけて一斉に射る。
だが、そんなめくら滅法な攻撃が、一体何の役に立つのだ?
僅かに、矢が竜の腹に届いたものもあったが、固い鱗は鏃を易々とはね返す。
人が束になっても決して適わない存在がある。
数で凌駕するプラント軍でも、たった一頭の神獣に、対抗する術はなかった。
もはやこれは、青竜による一方的な蹂躙だった。
風がかまいたちとなって兵士を次々と血祭りにあげ、火炎が頭上に振り落ち、人を松明に変えた。地割れは兵を飲み込み、水の精霊達に取り付かれた男達は、勝手に体液を瞬時に沸騰させられて、破裂する。
まるで地獄絵図だった。
プラントがオーブに対して行おうとした蹂躙が、そっくり跳ね返されたように―――――。
《全滅したいって言うのなら、俺は別に構わないけれど、後片付けが大変だからさ……、さっさと引いてよ》
まるでついでに物を頼むかのようなごとく、青竜は、嘲りながらガルシアに問いかけてくる。実力など無いくせに、家柄と悪知恵だけで将軍になったお飾りの男は、プライドだけはやたらと大きかった。
「例え最後の一兵になったとしても、我らプラント軍は引かぬ!!」
兵士にとって、良い迷惑である。
場の読めない男に対し、アスランの細長い尻尾の末端が、しなって大地に打ち下ろされた。
「ぐあああっ!!」
砕かれた大地から、固い大きな岩が空を飛び、それらがガルシアのいる本陣一群を押しつぶす。
「将軍!!」
「将軍!!」
岩の下敷きとなった男は、救出するまでもなかった。
旗頭を殺されたら、戦は終わりだ。
ましてや竜は無傷で遊んでいる節もある。
神獣が本気になれば、人間のみで構成された軍の一つや二つ、簡単に殲滅できるのだと十分に力を見せつけられた。となると、良識のある軍師なら、負ける戦など、最初から行わないだろう。
「撤退だ!! 撤退する!!」
プラント軍は、身を翻して城下町から消え、青竜もあえて追うことはなかった。
こうして、戦の危機は回避された。
2週間後。
神殿の大広間には、この国の貴族の他、文官、魔導士、近衛騎士が勢揃いしていた。そしてその最前列には、ニコルを始めとする諸外国の賓客、それに各国から招かれた使者達が一堂に介していた。
彼らが見守る中、キラはアスランから豪奢な宝石尽くしの王冠を両手で受け取ると、自分の目の前で跪き、頭を垂れた兄カナードに、落さないように恐る恐る被せた。
「カナード・パルス・アスハ。貴方を、正統な世継ぎの王女キラの名において、この国の新たな国王と認めます。これにより、今日より貴方はカナード一世を名乗り、この国の発展に、全力を尽くしてください」
「承りました」
カナードの朗々とした認証の声が神殿内に浸透する。
「おめでとうございます!!」
「新王万歳!!」
一斉に沸き起こった歓呼の声の中、王の杓杖を手に持ち、堂々と胸を張って立ちあがった兄の姿を見て、キラは大役を無事に勤め上げたことに、安堵の息を吐いた。
「キラってば、なにを緊張してたんだ?」
アスランが小声で、にやにや笑いながら耳打ちをする。途端、キラはかわいく頬を膨らませた。
「当たり前だよ。僕、こんな沢山の人の前でしゃべったことなんてないもの」
「こーら、ここでふぐになるな。皆見てるんだぞ」
へむっと彼が、キラのほっぺを両方引っ張った。
「もう、その方が酷い顔だよ!!」
拳を振り上げると、アスランは「はははは!!」と、豪快に笑い、難なくキラの攻撃を避ける。
「おいおい、おまえ達は……各国の客人の前だと言うのに、何を戯れている?」
新王が、呆れ顔でこんっこんっと、杓杖で軽く二人の頭に一発ずつ叩いた。キラはそんなカナードが嬉しかった。彼の小突きは、とても親しみに満ちており、心を暖かくする家族のじゃれあいに思えるのだ。
「カナード兄さん。カッコ良かったよ」
「これからよろしくね。カナード兄様」
少しも悪びれない二人に、カナードも仕方なさそうに苦笑した。
「全く、お前達は」
最初、オーブ王国の王冠の行方は難航していた。
正統な世継ぎはキラだったが、彼女は自分が王位につけば最後、「アスランをまたこの国に縛り付けることになるから嫌!!」と、頑なに固辞したし、カナードは、自分が先の王の血を受け継いでいないことを大層気にしていた。
「私に王家の血が一滴もないことは、国中の者全てが知っている。そんな私に、貴族がついてくるか!! 内乱は二度とごめんだ!!」と言い張り、二人の話し合いは全くの平行線状態だった。
互いに王冠を押しつけあい、このまま臣下を巻き込めば、きっと国の中枢は真っ二つに割れただろう。
その争いに、終止符を打ったのは、アスランの一言だった。
「兄上、キラに無理強いすると、俺、彼女を連れてこの国出るよ」
プラント軍を退けた竜を、みすみす国から出すなど、言語道断。
よって、カナードが、正当な王位継承者のキラ姫の認可を得て、オーブ王国の王位を継ぐことになったのだ。
「ま、いいか」
やがてカナードも、人の悪い笑みを浮かべた。
「こちらこそ、これからもよろしく頼む。大司祭アスラン・ザラ殿」
「うっ!」
アスランは途端、眉間に皺を寄せ、顔を嫌そうに歪めた。
「兄上、頼むからその役職、他の奴にあげて。国も体裁悪いだろ? 俺、分類でいけば魔物になるらしいし」
「悪いが、この由緒ある地位は王弟の世襲制でな。魔だろうが堕天使だろうがかまわん。俺はお前がいい、『カガリ』」
カナードの恋心は昇華し、代わりに兄弟の親愛が生まれたのだと。
暗に示唆する純粋な好意を向けられれば、一度懐に入れた者には、とことん甘くなるアスランである。彼に拒否権はなかった。
「これぐらいしても、バチは当たらないだろ? なんせお前は、散々言葉で俺達を騙し、やきもきさせた挙句、キラまで泣かせたんだからな」
「……あんたがそんなにキラ馬鹿だったなんて、俺はちっとも知らなかったよ」
「当然だ。キラは可愛いからな」
「うふふ、兄様、大好き!!」
キラは、ぴょんとカナードに抱きついた。
人の自我が芽生えてまだ数ヶ月、キラの成りは17だが、言動も思考もいまだ幼い。
だが、飛びついた勢いで、キラの正装したドレスの裾がはらりとはだけ、彼女の形良い踝を露にする。中に着込んでいた旅着のズボンが、一瞬だけカナードの目に晒された。
「…………」
「…………」
キラは、恐る恐る上目遣いに見上げた。
カナードの口元が、ひくひくと引きつっている。
「……キラ、何処へ行く気だ?……」
「あううう」
ジロリと見据えられ、キラは首を縮こませた。
「〜〜〜〜〜〜〜え―――っと、でねぇ〜〜〜〜〜〜ちょっと、お見送りに……その……プラントまで………」
「アスラン?」
カナードのくぐもった声……アスランはかりかりと頭をかき、首を竦ませた。
「俺の信条は「やられたら十倍返し」がモットーなんでね。プラントの僭王を袋にしたいし、それに、キラの頼みじゃ断れないし……」
「ふざけるな!! そんな危険なところ、キラをやれるか!!」
「あ…あ……ニコル!! いくよ!!」
キラは、ニコルの手を掴み、一気に広間の出口に向かって駆け出した。
「じゃあな、カナード兄上!!」
アスランは、ふわりと宙に浮き、閃光を放った。
一瞬の眩い光の中で、青竜の巨体が具現化する。
竜となったアスランは、低く頭を屈め、キラの体を救い上げた。
「ムウ!!」
「はいはい、わが身に代えましても、お守りするぜ!!」
彼は直ぐにアスランに駆けより、もたついているキラとニコルより先に彼の額に辿りつき、逆に二人に向かって手を差し伸べている始末だった。
「違う!! キラを止めろ!!……プレア!!」
「はい、全力を尽くしてお守りしましょう!!」
彼までも、うきうきと竜の頭に飛び乗った。
「さぁいこ〜♪」
「こら!! お前達ずるいぞ!! 俺も竜にのりたい!!」
カナードの怒声をバックに、竜は窮屈な神殿から飛び出した。
外で屯っていた民衆が、青竜の飛ぶ姿を見て、歓声とともに手を振ってくれる。
(きっと、今は珍しくても、これからこの国ではありふれた光景になるんだね)
竜は、風をきってどんどん飛翔する。
心地よい風を全身に感じながら、キラは、みるみる小さくなっていく王城や神殿、そしてオーブ王国を一望した。
小さな小さな国。
でも、自分の大切な世界。
いつ、自分がこの国の王女を辞めるのかも解らない。
将来、どこの国に行くかも解らない。
だけど、アスランだけは、一生自分の側にいてくれる。
キラは、声を上げて笑った。
《どうしたんだ? キラ?》
「僕、今すごく幸せだよ♪」
白霧の夢から目覚めて、多くの人に囲まれ、愛し、愛されて……。
こうして、キラの人生は始まった。
Fin
06.04.30
何年前に書いた作品だったっけ? 当時はワープロの原稿用紙でジャスト50枚でした。
懐かしいな〜と思いつつ、こんな古い話を引っ張り出してきたのは、この次のお話…「狂花の実たち」の本編が書きたいから( ̄― ̄)θ☆( ++)
今回は、月猫の好きなアス×キラでしたが、次回はアスVSイザとなります。
(その前に、ショートコメディをチョコチョコ書く予定ですvv)
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