血色の真珠 1







木杯になみなみと注がれた赤黒い血を、両手で捧げ持ち息を止めて流し込む。
それは熱く滾っているわけでもないのに、ニコルの喉を焼いた。

(……気持ち悪い……)

生臭さを堪えながら飲み干せば、体が内部から炙られているように熱くなった。
その熱さはやがて、細かな無数の針で刺されるような疼痛へと変わり、ニコルは呻き声を噛み殺す。
こんな痛みなど、家族を、そしてキラを奪われ殺された怒りに比べたら何でもない。

イザークと自分を守る為に彼女が自害して直ぐ、孤島から出る事を許可された。
そして3ヵ月後の今、2人は更に力を得たいと望み、『ロゴス』の秘儀を授かる為、ギルドの本部に足を運んだのだ。

ムウ・ラ・フラガやラウ・ル・クルーゼなど、『ロゴス』に10人といない『長』の地位にあるものは、等しくこの秘儀を受け、生き延びた者だけという。

ならば奴らを殺したいのなら、ニコルも同じ力を得られなければ話にならない。

≪候補者は……順番にここへ……≫

黒い修道者のようなフードを目深に被り、顔を隠した地下墓所の番人達が、丸い石作りの祭壇に、時計の秒針とおなじ位置に置かれた木棺の蓋を、次々と開けて行く。

ニコルは他の十五人の候補者同様、促されるまま棺の中に身を滑り込ませた。
≪いいか、俺は絶対に生き延びる。だから貴様も必ず生還しろ≫

くぐもった囁き声に顔を上げると、ニコルの隣にはちゃっかりとイザークが滑り込んでいた。
亡きエザリアさまに瓜二つの美しい銀糸の髪、女と見紛う程の美貌、だがその下に隠れる蒼の双眸は、復讐の炎に冷たく輝いている。
ニコルはそんな幼馴染に向かい、にっこりと柔らかな笑みを浮かべた。

≪当たり前です。このままじゃ僕、死んでも死にきれません≫

あのいつ殺されるか判らない、気の狂いそうだった孤島の生活で、何事にも全く動じなかった『キラ』は、2人の慰めだった。
そんな彼女と想いが通じた直後に、手にかけろと命じられたイザークに及ばないにしろ、目の前で彼女が死んでいく姿を見るしかできなかった自分自身、恨みつらみが燻っている。

彼女の仇を討たずして、どうしておめおめとあの世へ逝ける?
しかも、こんな熱く傍迷惑な幼馴染を一人置いてなど、心配でおちおち旅立てる訳がない。

おとなしく真新しい棺に仰向けに横たわれば、寡黙な番人達が、直ぐに木の蓋を閉め、釘を槌で打ちつけ始めた。

そんなささやかな振動も、槌が奏でる身体の芯まで響く音も、まるで重々しい呪歌の詠唱のようだ。

最初は喉だけだった禍々しい熱い痛みが、じわじわと体全体に広がっていく。
火で体全体を炙られているかのように熱い。
思考も熱でドロドロに溶かされそうだ。

だが飲み込まれる訳にはいかない。
力への渇望や執着より、痛みに我を忘れれば、……きっと死ぬ。

「キラを自害に追い込んだ奴らを……、僕の両親と僕の半身……双子の姉シャニを殺した奴らを……、僕は許さない……」

(……必ず、僕は目覚めてやる。……絶対あいつらに復讐するんだ……)


闇の中、ニコルは意識が途切れるまで、呪文のように繰り返し呟き、自分を抱きしめ続けた。







―――十日後―――



目覚めたニコルとイザークの最初の仕事は、不用になった棺を全て焼却処分する事だった。


結局、開いた棺はニつだけ。
残りの15人は全て、与えられた血に順応できず息絶えたのだ。

棺を折り重ねて積み上げ、油をばら撒き松明で火をつける。
人肉独特の脂の焼ける嫌な匂いを撒き散らしながら、木棺は見る間に炎に包まれて燃えあがった。

煌々と明るい朱色の炎に纏わりつかれ、焼け落ちた木棺。
その中にあった遺体は直ぐに2人の目の前に曝け出されたのだが、ニコルは己の目が信じられず、暫くの間呆然と凝視せざるを得なかった。

何故なら、それは左半分の体が熊になっていた。また次の焼け崩れた棺から出てきた者は、馬と同じ四足に変わりかけており、それに重なって燃えていた棺の者の頭部は豹だし、新たに燃え崩れた棺から転がり出たものは、猿に獅子足といういでたちだ。

どれもがとても人間の姿とは呼べぬ、異形に成り果てている。

「ねぇイザーク、僕たちもこうなんですか?」
「ふん、例外はないだろう」
「じゃあ、ムウ叔父様やラウ叔父様も、化け物なんですよね?」
「……俺とお前も、もう同類だ……」


ニコルがそっとイザークを覗き込めば、流石赤子の頃からの幼馴染、彼もニコルの顔を伺っていた。
2人とも声は冷静を装って淡々としていたが、炎に照らし出されている筈のイザークの顔は、引きつり血の気が全く感じられない。
きっと自分もそうなのだろう。

ニコルは己の強張ったほっぺを引っ張ってみた。

「僕の外見、どこか変わりました?」
「いいや。俺はどうだ?」
「ええ、いつもの馬鹿顔です」
「貴様」

いつもなら、ここでイザークの鉄拳が飛んでくる筈だが、今日の彼は結局、赤々と燃えていく死骸に向き直り、腰を降ろした。

「……これが『ロゴス』の強さの秘密だったとはな。長クラスになると、とても人とは思えないほどの暗殺者になると聞いていたが、ははは……本当に人間ではなかったか……。母上は知っていたのかな?……好いた男が化け物だという事を……。俺も、こんな血を受け継いでいたなんて……」

「エザリアさまはきっと、どんな貴方だって、愛してくれましたよ。それに僕らは異形の獣と無事融合できたんです。前向きに考えましょう。人外の力を手にした今、僕らはやっとムウ叔父様と同じラインに立てたのでしょう?」


ニコルはイザークの隣に腰を降ろし、そっと彼の肩を抱き寄せた。


「しっかりしてくださいイザーク、僕達から幸せな世界を奪った者達に、復讐するんじゃなかったんですか?」
「……当たり前だ。母上を殺し、俺からキラを奪ったあの男……、絶対許すものか。俺は……必ず仇を取ると決めたんだ……」


怒りで我を忘れ、ロゴスに飛び込んだ頃は無知な子供だった。
だからこそ純粋で恐れを知らないでいられた。
命を平気で賭け、平気で奪い、自分達が強くなりさえすれば、復讐を果たせると信じて生き続けた。


そして、彼らは十六の時に誓いを成就した。だがそれは偽りの復讐だった。
最大の庇護者との決別……そして初恋との死別……。


ニコルはぎゅっとイザークの手を握り締めた。

「ならば新たに誓いましょう。僕達は『必ずあの男を討つ』と」
「俺達の宿敵は『ムウ・ラ・フラガ』だ。俺は、絶対にこの手で裁く」


人肉が燃え、異臭が漂う狂気の炎の前で、生き延びた2人が交わした約束。
だが、それが果たされないまま、もう3年の歳月が過ぎ――――――。



ニコルは19歳に、そしてイザークは死んだキラと同い年の20歳になった。






08.08.01




リクエストいただきましたので、ストックから放出( ̄― ̄)θ☆( ++) 。
『雨に似ている』の、後のお話です^^;


昔の話の方が面白い気がするのはな〜ぜぇ〜!?

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