とある世界のクリスマス
今日もうさみみ帽子を被ったレイは、朝食など見向きもせず、まっしぐらに高さ三メートルのクリスマスツリーに駆け寄り、脚立をよじ登って、架けられた二メートルの巨大な赤白の縞々ソックスを覗き込んだ。
十二月も二十日を過ぎれば、クリスマスまでカウントダウン。
昨年、期待外れのプレゼントに悲しんだレイだが、今年こそはと期待も大いに膨らんでいることだろう。
しかし目立つようにピンで縫いとめられた、【母】と書かれた紙は本日も消えてくれない。
途端うさ耳は見る見る垂れ下がり、しょんぼりと肩を落としてしまう。
「キラっち、ホントあれどうするの? あの子、結局一年皆勤賞で覗き込んでいたんだろ? 可哀想じゃねーか」
「ううううううう〜〜!!」
ハボックに追い討ちをかけられ、キラの胸はズクズクと矢が突き刺さった。純真な彼にサンタクロースの存在を吹き込んだのは自分だが、今更架空の人物だったなんて、とても言えない。
ちらりと左隣を見れば、ロイ・マスタングは我関せずとそっぽ向いて食後のコーヒーを啜っている。
旦那が全く頼りにならなければ、縋れるのはやはり………。
「ラウ兄さま〜〜、ヘルプ・ミィィィィ!!」
「残念だが、私は知らないよ。まぁせめてもの情け、これは私の奢りだ♪」
彼は穏やかな笑みを浮かべ、キラの好きなミルクココアと桜餅をカウンターに置いた。
彼は何時レイがこの間違いに気がつくか温かい目で見守りつつ、ぴしゃりとキラにも責任感を教育しているのだ。
落ち込みながらも大好物の誘惑に勝てず、ぱくりと素手で和菓子を口に運んだキラの左横に、いつの間にか桜餅十個でつくったピラミッドと、どんぶりサイズと見紛うココアが、存在感たっぷりにど〜んと置かれた。
途端、キラの旦那様の眉間に、くっきりと縦皺が生まれる。
「ラウ、これは一体?」
「安心したまえロイ。これも私の奢りだ」
「嫌、私は朝食を頂いたばかりだし」
「まさか我が義弟殿は、私からの贈り物が食べられないなんて事、言わないだろうね?」
「ふはははははは、義兄殿のお気持ちだけでもう十分ですよ。さぁ、キラ。遠慮無く頂きなさい。全部食べて構わん」
「私は君に勧めたのだよ。さあさあ、軍人なのだから、体が資本だろう。カロリーを十分取るといい〜〜!!」
「ぎゃあああああ!!」
ロイは押さえつけられた上口に桜餅を五つも押し込まれ、涙目になってばたばたと身悶えている。
力ずく勝負では、強化されたラウに敵う筈がない。
「あ〜あ、大佐ってばキラっちの事無視するから、ラウ殿の逆鱗に触れちまって」
「ううん、ジャンさん違うって。兄さまの可愛がり方は天邪鬼なんだ。ロイさんの食の細さを心配しているんだよ」
「キラっち、お前絶対騙されている」
東方司令部派出所に視察にいくというロイに、無理やりくっついて来た挙句、ラウの店で朝昼兼用のブランチを食べようと誘ったのは自分だが、義兄義弟の激しいスキンシップは見ていて微笑ましい。
ありがたく温かいミルクココアを啜っていると、大欠伸しながら、青ジーンズ姿に白シャツを引っ掛けたハイネが、ゆったり階段を下りてきた。
「あれ、帰っていたんだ♪」
「よう、キラとオマケ二人。久しぶりだな♪」
三ヶ月ぶりの再会に、キラはほっこり微笑むと、差し出されたハイネの頬に、軽いキスを贈った。
人懐っこい仮面を被ったハイネは、そのままちゃっかりハボックを押しのけて、キラの右横に腰を下ろす。
「所でさ、レイの奴何やってんだ?」
「ほえ?」
彼が指差す方を見れば、丁度もこもこウサギが勢いよく走ってきて、巨大なシマシマソックスにダイビングをかましていた。
とても綺麗な飛び込みだ。
これがゴルフなら、見事なホール・イン・ワンだと褒め称えた事だろう。
「クリスマスまで後数日、なのにプレゼントのメモは一向に消えない。だからもしかしてサンタはこのまま母をくれないのかもと、危機を感じたまでは良かったのだが……」
ラウが、ハイネの前に本日のモーニングセット、……子羊のカレースパイスサンドイッチとコーンポタージュスープ、シーフードサラダとオレンジジュースを配りながら溜息をこぼした。
「だから今年はサンタクロースに、自分自身をキラの子供として、プレゼントして貰おうと作戦を変更したのだよ。健気にも、スムーズにラッピングに包まれる特訓を重ねているのだ」
「ええええええええええええええ!!」
「うわっ〜、マジで可愛い奴。キラもういっそお持ち帰りしてやれよ。子供にはやっぱ母親って必要だぜ。あいつの精神年齢まだたった三歳なんだろ?」
こんなにもデタラメな自分を、ここまで慕ってくれるなんて。
キラだってハイネに言われずとも、是非そうしたい。
けれど……。
子供は犬猫を飼うのと訳が違う。
あの子を養子にするのも一つの手だが、そうなれば配偶者の協力が欠かせない。
ちらりとロイを伺い見れば、案の定、彼はむっすりと視線を反らしている。
最大の難関はここだ。
ロイは自分に全然関心を示さないレイの事が、あまり好きではないらしい。
「ねえロイさん、レイをクリスマスから一ヶ月ぐらい、家で預かって一緒に寝泊り……」
「君の嘘の責任に、私を一切巻き込むな」
昨年、折角サンタ役を引き受けてくれたのに、未曾有の雹被害で散々な目にあったのだ。
今年は絶対関わるものかと、態度で拒絶しているのが見え見えだ。
「ううううう」
がっくりうな垂れ、どうしようかと頭を抱える。
不覚にもじんわり涙ガ滲んできた彼女の頭を、ぽしぽしと軽快にハイネが撫でてくれた。
「心配するなキラ、レイを納得させるなんざ簡単じゃねーか」
サンドイッチの皿を綺麗に空にしたハイネは、オレンジジュースで喉を湿らせてからニヤリと笑った。
「おーい、レイ。ちょっと来い。お前朝飯もまだだろ? それに大事な話もある」
胡散臭いペテン師笑いでひょいひょい手招きをしているのに、ウサギは首を傾げつつ、警戒心の欠片も無くポテポテとやって来た。
またまたハイネはハボックを押しのけ、自分の隣席にレイをちょこんと座らせる。
「なあレイは覚えているだろう? 去年サンタはキラとハボックを間違えるぐらい耄碌してたんだったよなぁ?」
途端、無表情だったレイの眉間に縦皺が寄った。
あれは彼にとっても苦い思い出だろう。
「男と女の区別もつかねーぐらいだ。痴呆入ってんじゃねーかって、お前も疑っただろう?」
期待が裏切られた怒りまで思い出したのか、こっくりと力強く頷いている。
「そんな爺ならさ、何時お迎えが来たっておかしくねーよな? だろう?」
「何が言いたい?」
「いいか、よく聞け。サンタはな、先日とうとうお亡くなりになった」
「「はぁ!?」」
聞き返したのはレイだけではない。キラも一緒だ。
「という事でさ、冥福を祈ってやろうじゃん。惜しい人を亡くしました♪っと」
不謹慎にもア〜メンと歌うように、ハイネは楽しげに指で十字架を切った。
「寿命じゃ仕方ねーだろ。もう諦めろ、な?」
だからもう、一生サンタはレイの元に来ないのだと。
悟ったウサギは、みるみる目に涙を溜め、ふら〜と体が傾いでへたり込む。
「おっと」
ハイネは、レイが椅子から崩れる瞬間、見事に支えて腕に抱きこんだ。それに縋ったまま、ウサギは胸に顔を埋めてシクシクと泣き始める。
勿論、キラだって涙目だ。
(……、この男、なんてことをぉぉぉぉぉぉぉ!!)
(子供の夢を壊して〜!! 酷い酷い酷い!!)
レイにばれないように、こっそり拳を握り締めてぽかぽかとハイネの広い背中を叩きまくるが、ペテン師ハイネはゲラゲラ笑って、「あ〜そこそこ♪ 気持ちイイ〜♪」などと、凝った部位を差し出してくる始末。
全く悪びれない姿も腹が立つ。
「ロイ、じゃれあっているのに割り込まなくていいのか?」
ラウの美しい顔が、意味深な愉悦に歪んでいる。
勿論、ハイネとキラが仲良しなのは業腹だが、ロイは戯れている三人を頑なに無視し、巨大なココアを啜り続けた。
(私は、今年こそ絶対関与しない。するものか!!)
だが、その数時間後。
《ロイ・マスタングさんよぉぉぉぉぉぉ、てめぇどう落とし前つけるつもりだゴラぁぁぁぁ〜?》
黒電話から聞こえるヒューズは、第一声から一体何処のチンピラかと疑う程、怨嗟が篭っていた。
目が点になったまま耳を傾ければ、遠くの方からエリシアらしき幼女の泣き声も聞こえてくる。
《レイちゃんが〜、もうサンタさん来ないってぇぇぇぇ。エリシア良い子にしてたのに、サンタさん死んじゃったって〜〜〜》
彼の愛娘が豪快に泣いている原因を理解した瞬間、ロイは一切の反撃を諦めた。
《クリスマスツリーも飾り、靴下もぶら下げて、エリシアちゃんをいっぱいいっぱい喜ばせようと思ったのにさ、俺の涙ぐましい残業と徹夜の日々、プラスしてグレイシア特製のサンタ装束を無駄にした罪は重いぞぉぉぉぉぉ〜〜。貴様、新年年明けの東方司令部、予算激減に過酷な任務の嵐は覚悟しとけよ。まともにキラちゃんの待つ家に帰れるなんて夢々思うな。ふははははははは〜〜》
(……駄目だ。壊れてやがる……)
ヒューズとは長い付き合いだ。
彼から楽しい家族のメインイベントを奪った報いは、想像以上に凄まじいものになるだろう。
深い溜息をつきつつ黒電話の受話器を置けば、彼の有能な副官が、心配げに顔を覗き込んでくる。
「大佐、随分と血の気が引いておりますが、何かありました?」
「本当にあの兄弟は、碌な事をしない〜〜!!」
「はぁ?」
☆★☆★
「へくちゅ!!」
「何、キラ風邪でもひいた?」
「なら、後で温かいレモネードでも作るか」
サンタ死亡説にショックを受け、どこか雲隠れしてしまったレイを除き、キラはラウとハイネと三人で巨大ツリーを片付ける羽目になった。
ペテン師ハイネのとんでもない嘘にはびっくりしたが、これで12月が訪れる度、嘘の代償に苦しまなくて済む。
これで丸く納まるならばと、キラの心は羽のように軽かった。
「そんなの全然つまんねー。なあラウ、ホットワインで体を温めようぜ。俺がとびっきりのカクテル作ってやる♪」
「お酒は嫌だよ。酔っ払ったら帰れなくなっちゃう〜!!」
「なら泊まっていけばいい。レイも喜ぶ」
東方司令部の年明けは兎も角、年内はとりあえず平和に終わった。
Fin.
10.01.06
お久しぶりです。( ̄― ̄)θ☆( ++)
10ヶ月ぶりの創作なので、書き慣れない文章がエライ事になってます。
今年も楽しんでいただけましたら嬉しく思います。m(__)m
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