とある世界の輝かしい夜  前編





IF設定でハイネENDやったので、ロイENDでも何か1本…と思って書きました。
キラは鋼の世界に移住し、ロイ・マスタング大佐のお嫁さんになっています。
今の所専業主婦ですが、職場の書類が溜まると、凄腕事務員に早変わり(笑)
あくまでもしも…なお話なので、白キラが将来ロイとくっつく確約はできません。

苦情はご勘弁下さいませ。コメディです。







12月も中旬を過ぎると、比較的温暖なイーストシティにも雪が到来する。
キラが玄関のドアを開けると、日差しを反射してキラキラ輝く白銀の世界が広がっていた。

「うわ〜♪ 綺麗〜♪♪」

ここ数日、パウダーみたいな粉雪がちょっとちらついて終わっていたのに、昨夜は寒かったのか降った雪が3センチも積もっている。
勿論月で育ちコロニーで生活していたキラにとって、雪を踏むなんて初めての経験だ。

キラはロイに届けるランチボックスを両手に抱えると、軍が支給している丈夫な厚い革靴と裏起毛のコートと帽子で完全武装し、外に飛び出した。
一歩一歩踏みしめる事に、さくさく♪っと香ばしいクッキーを齧った時のような音が鳴る。舗装されてない道は至る所に窪みや石ころが転がっている為、思わぬ所で足を取られ、体がかくんと沈んだりする感触も面白い。
剥きだしの顔にぴりっと来る冷気も気にならず、キラは鼻歌を歌いながら、嬉しげに珍しい雪道を思う存分楽しんでいた。


途中までは。


自宅から東方指令軍本部まで、ロイの足でも徒歩30分。
勿論コーディネーターなキラは、強靭な肉体を持っていて、夫に負けず劣らず足は速い。
10分早めに出れば、いつもなら余裕で夫の昼の休憩時間に間に合う筈だった。
だが大通りに出ると、道は行き交う人の靴で踏み固められた雪が凝縮して凍っていて、つるつる滑るアイスバーンとなっており、天然のスケートリンクに早変わりした道に、慣れてないキラはコケまくる。


「遅くなって…ごめんなさい〜…!!」

到着予定時刻から遅れる事10分。
びしょぬれでよれよれになって辿り着いたキラは、半泣きで司令室に飛び込んだ。
ロイの机にバスケットを置き慌てて開くが、すき焼き弁当は届けた製作者同様、無残にも汁が飛び散り包み布を湿らせている。
嫌な予感に怯えつつ、開いてみれば案の定、中身はぐしゃぐしゃと他の惣菜に混ざってしまっていて、人様に食べさせるのも気がひける代物に化けていた。

「……ううっ……」

キラはそっと重箱を持ち上げると、そろりそろりと横に歩き、静かに屈んで床に置く。
いつものようにお座りしておこぼれを待っていた、リザの愛犬ブラックハヤテ号は、滅多にありつけない牛肉の大きな塊に、しっぽを千切れんばかりに振りたくり、即座に顔を突っ込む。
ワンコは喜んではぐはぐと夢中になって食べてくれて、キラの苦労は無駄にならなかったが、なんか切ない。


「……ううううっ……、えっえっ……ごめんなさい、ロイさん……」
「泣くなキラ。たまには外食もいいだろう。午後から調度派出所に用事があるから、久々に一緒にローズ・カフェに行くか?」
「え? ホントに?」
「私も一ヶ月に一度ぐらい顔を出さないと、君の兄君が騒ぐからな」
「あはは♪ 兄さまってば、僕に過保護だから♪」
「本当に君には小舅が多すぎる」

「そりゃ、12も若い奥さん貰ったんじゃ、当たり前だよな」
「いくら童顔の若作りでも、犯罪だぜ」
「キラちゃんのお兄さんって確か、彼女が生まれる前に生き別れになってた方でしょ?奇跡的に再会して、折角一緒に暮らせるようになったのに、直ぐ手放さなきゃならかったなんて、切ないですよね」
「恨まれて当然ですよ、ロリコンが」

机の上に山と積まれた書類の影で、同期の仲良し2人組みと、フュリー伍長、ファルマン准尉が、すかさず茶々を入れる。
己の幕僚全員も、キラの背後霊と成り果てている現実に、ロイの額に青筋が浮かんだ。

「……貴様ら燃やすぞ……。それにハボック、車は直ぐに出せるのだな?」
「大佐、後5分待って下さい。タイヤにチェーン巻いてきます!! 伍長、手伝え!!」

咥えタバコがトレードマークなハボック少尉と小柄な丸眼鏡のフュリーが、揃って外に駆け出して行く。
シェル街までここから15キロもあるが、この世界にまともな交通機関はない。
キラが皆に会いに行く時には徒歩かハボックに車を出して貰わねばならず、キラ1人でおいそれと行く事はできないのだ。

「君も風邪をひくぞ」

ぐっしょりと濡れたキラのコートが剥ぎ取られ、代わりにロイの大きな黒いコートにすっぽり包まれた上、子供のようにぽしぽしと頭を撫でてくれる。
ロイだって、キラの兄以上に過保護な扱いをする。
本当に自分はこの人の奥さんをきちんとしているのだろうかと不安が過ぎるが、根は甘えんぼなキラだ。
優しくされれば、さっきまで泣きべそかいていたのが嘘みたいに、ほっこりとお日様のように笑みが浮かぶ。

「えへへ。僕、ロイさんのこと大好き♪ 本当にありがとう♪」


☆☆


シェル街にある『ローズ・カフェ』本店は、キラ・マスタング……旧姓【キラ・ヤマト】の実家扱いになっている。


「キラ〜!! キラぁ〜♪ キラぁぁぁ♪♪」


厚めの木製扉を開いたと同時に、垂れ耳ウサギの帽子を被り、ノースリーブのベストに真っ赤のリボンを首元に巻き、もこもこと下半身だけふっくら丸い着ぐるみズボンを履いたレイが、全速力で駆け寄ってくる。
この国に、まだ自動車は少ない。
軍のジープが店に横づけされた時から、わくわくと目を輝かせていた少年は、キラが入ってくるのを、虎視眈々と狙って待っていてくれたようだ。

「会いたかったぁぁ、キラ♪」
「あは♪ レイ、4日ぶりだね♪」
「俺は寂しかった」
「うんうん♪ 僕もだよ、レイ♪」

レイは14歳だが、いまだ心が幼く、キラの事を母親と思って懐いてくれている。
彼は休日が貰える度に自分の車を走らせ、マスタング家に入り浸りだ。
ぺったり抱きついてきた彼を受け止め、ほっぺにキスを貰ってお返しする。
彼の垂れたウサギ耳の帽子越しに頭を撫でまくっていると、キラの頭も背後からぐしゃぐしゃに掻き撫でられた。

「あは、悪戯っ子はラウ兄さま?」
「半分正解だ、キラ」

レイを抱っこしながら振り返れば、大人びたレイそっくりの金髪の美丈夫と、オレンジ色の髪の青年が、キラの頭を奪い合うように抱きしめてくる。

「よく来たなキラ、ゆっくりしていくといい。帰りは私とレイが、自宅まで送ってやる」
「昼間っから夫婦同伴なんて、いい根性ジャン。あんた達はとっとと食って、早く仕事に戻れよな♪」
「……相変わらずだな、貴様達……」
「ハイネ!? うわ〜久しぶり、元気だった?」
「おう、キラは全然変わってねーな」
「えへへ♪ 今度は何処行くの?」
「当分いるぜ。いよいよシェル街の大改革を決行するからさ」
「燃えてるね〜、地上げは上手くいったの?」
「なんとでもなる。見てろよ、一年後にゃここはラスベガスみたいなイーストシティきっての歓楽街になるからな」
「キラ、兄さまにキスはくれないのかね?」
「あう、ゴメンナサイ!!」

ハイネばっかりに構っていたら、兄が拗ねた。
大人びている癖に、結構ラウはピュアで可愛い。レイとホントそっくりだと思う。
差し出してくる頬に唇を落とせば、レイにそっくりな美しい兄の顔が嬉しげに綻ぶ。
いい加減慣れなければと思うのに、幸せそうな彼の顔は見ていて胸が痛くなる。

ラウ・ル・クルーゼとは、やはり飛んだ先の世界でも色々あったが、ロイと出会った世界で、レイが生きながらえる方法を得たキラは、ギルバートを巻き込んでラウを拉致し、問答無用でその手法を施した。

ラウも違う世界の住人とはいえ、キラの実の親、ヒビキ博士が作ったクローンだ。普通に考えても義理の兄妹である。
キラにとって、ユーレン・ヒビキという男は、自分の手で殺したかったぐらい憎い科学者だったという事と、実の娘ですら実験動物にしてしまった事実は、キラの心に今だ深い傷を残している。

殺しあわなければならなかった世界から来て、実際1度ラウを殺している彼女には、もう二度とこの男と戦いたくなかった。
和解したキラとラウは、兄妹の関係を望んで家族になり、プラントが独立を勝ち取り、自分の役目を終えた彼女は、兄弟揃ってこの世界に骨を埋める覚悟で移住を決めたのだ。
だが、何故かこの一行に、ハイネもくっついてきてしまった。

≪アホ。お前あんな女っタラシと結婚してもな、一生安泰だなんて絶対思うなよ。大佐に飽きられてポイされたらどうすんだよ? そうなったらお前らみたいな後ろ盾もない生活能力ナシな三馬鹿兄妹、野垂れ死に確定じゃねーか!!≫

酷い言われ方だと思ったが、彼の言葉には真実の重みがある。
権力を追い復讐に生涯を捧げてきたラウに、生活必需の一般常識は欠けていた。レイに至っては論外である。
自分自身も子供過ぎて、ロイのような大人な男性をいつまでも繋ぎとめておく自信もなければ、彼の周囲に群がってくる大人の女性を蹴散らす度胸もない。

それに、ハイネ自身もこれ以上プラントには住めない事情があった。
実の父親に『家のために早く死んでくれ』と言われ、妹の為に自然死に見えるよう、自殺の機会を探す不健康な生活を続けるぐらいなら、何のしがらみもない新天地で、新たな人生を始めた方が良いに決まっている。

そして、腹を括って移住したハイネは、この国で本格的に己のビジネスに力を注いだ。
キラ達が来てまだ半年しか経っていないのに、彼は今現在、セントラルとイーストシティ全域に40店舗もの『ローズ・カフェ』チェーン店を展開している。

飲食、酒場、賭場場、それにプラントから大量に持ってきた古典ムービーを使った映画上映等、一つの店なのに昼と夜でくるくる表情を変える万華鏡のような彼の店は、内乱で疲弊し、娯楽に飢えていた国民のニーズにぴったり合い、連日大賑わいだ。
またちゃっかりセイランとアンジェに話をつけ、来月新年早々プラントから彼ら2人に連れられて遊びにやってくるミゲルをメインに使い、この街で初の若者向けミュージックフェスティバル開催し、同日にこの国初の民間ラジオ放送会社も設立すると聞いている。

宗教、また政治や軍部からの放送以外に使われていなかったラジオに、楽しい娯楽を織り込むのだ。DJは暫くハイネが担当するが、近日中にローズ・カフェ全店にスター公募のチラシを貼り、ラジオ中継でオーディションを行い、若者層の人気獲得も狙っている。

所々土地を買収し、各都にデパートタイプの巨大店舗を一つずつ建設も始めたし、来年度後半には自動車製造会社も立ち上げる。
プラントの技術と近代革命の歴史を知る彼に、このアメストリス公国が今後どう発展していくか、未来の予想は容易く立てられる。
何が流行るか判っているから、まるで台風のように、次から次へと新たな事業を始めても、企業はどんどん成長し、膨張していくのも当たり前だ。

彼の名は、アメストリス公国全土に知れ渡りつつある。
キラの贔屓目を無視しても、ハイネがこの国の経済界を牛耳る日は遠くない。

そんな多忙な彼は、ローズ・カフェの店長をラウ・ル・クルーゼに任せ、一人でアメストリス公国中を飛び回っている。
彼とは、キラの結婚式以来一度も顔を合わせておらず、実に三ヶ月ぶりの再会だった。

「キラ、俺にもキス」
「はいはい、お帰りなさい、ハイネ♪」

目を輝かせて屈む彼を見た、キラの目は点になった。

「……その格好は何……?」
「ん? 当ててみな♪」

さっとキラの唇直ぐ横を掠めるように口接した彼は、にやっと人好きする笑みを浮かべた。今、彼は久しぶりにザフトレッドの軍服を身に纏っていた。

派手な原色も、華のある彼が着れば粋である。
ただ、襟や袖に白いふかふかのマフを縫いつけて改造してあるのが気になる所だが、他のウエイター達やラウ兄が、白シャツに黒いスラックス姿なので、目立つ事この上ない。

小脇に挟んでいた真っ赤な布を取り出すと、広げてキラの頭にぽんっと被せてきた。
縁をやっぱり白のマフで縫い、真っ赤に尖った先端に白いボンボンのついた特有の帽子は、キラの世界でも馴染みのものだ。

「あ、判った。サンタさんの真似だ!!」
「御名答。もう直ぐイブだろ?勿論この国にクリスマスはないけれどさ、レイはまだ一回も体験した事がないっていうからな。今年は『家族』で盛大にパーティやろうと思ってさ♪」

青々とした、丸い緑のクリスマスリースをくるんと回し、ハイネは店の扉に取り付けた。
暖炉傍の壁を見れば、大きなクリスマスツリーが聳え立ち、周辺の床には星やモール、ボール、蝋燭、人形、リボン、ベル、それに雪だるまやサンタ、ジンジャーマンの大きなクッキーや飴細工が散らばっている。
色とりどりの可愛い小物に、キラは歓声をあげた。

「ねえねえラウ兄さま、僕も飾りつけ手伝っていい?」
「勿論だとも♪ これは家族の行事だからな」
「でも旦那ほっといていいの?」
「あうっ!!」

ハイネに指摘され、おそるおそる振り返れば、空腹で、しかもコート無しのまま、入り口に忘れ去られた寡黙な男の眉間に、くっきりと縦皺が寄っている。

「まあ、風入って寒いから、とっととドア閉めて中入れよ」
「席は……、ふむ、暖炉のすぐ傍が暖かいな。キラはここ、ロイ殿はこちらへ。注文はお決まりか?」
「ああ、ありがとう。ではスペシャルランチセットを3つ、それからキラ用にドルチェセットをお持ち帰りで頼む」
「領収書は軍の名前か? それともポケットマネー?」
「私の財布で構わない」
「それは良い心がけだ。軍人は偉くなると公私の区別を忘れ、勝手にせせこましく国民の税金を使うものだからな」
「それは義兄殿の体験か?」
「嫌々、私の義弟が清らかな人間で嬉しいと言いたかったのだよ」
「貴方が少しでも私の弱みを握れば、嬉々として私を失脚させ、キラを取り返そうと暗躍するでしょう。全く油断ならないお方だ」
「ロイ殿は冗談がキツイ」
「義兄殿も、いい加減キラの幸せを考えて、私に変なちょっかいをかけるのは止めて頂きたいのだが」
「おやおや、君が失脚したら、どうしてうちのキラが不幸になるなど思うのか、私は理解に苦しむよ。君がつぶれようがくたばろうが、後のケアは私達家族が万全の体制で行うとも。キラの幸せは、私とレイが生きている限り保証されている。心おきなくキラを残して自爆したまえ」
「本当に義兄殿は口が悪い」
「まあこの御時世だ。人生、一体何があるか判らないものだし。これが最後の晩餐になるかもしれないと思って、当店の食事をせいぜい楽しむがいい」
「はははははは、毒なんか盛らないで下さいね」
「ふふふふふふ、安心したまえ。証拠など一切残さないさ」


にこやかに笑顔で会話を交わすロイとラウだが、何故かどんどん空気が重苦しくなっていく。
キラはほよっと小首を傾げ、ハボックに援軍を求めるように見上げると、背の高い彼は溜息混じりにキラの頭から赤い帽子を取ると、ハイネの手に押し付け、上司の背を押した。

「はいはい、大佐はとにかく体を温めましょう。あんたは雪の日も無能なんだから、いきがってラウさんにガン飛ばすんじゃありません。前みたいに肉弾戦になったら、あっさりボコられて負けるって判ってるでしょう?」
「ハボック、貴様言うに事かいて!!」
「キラ、行こう。ここは空気が重くてなんか嫌だ」

レイが帽子のウサギ耳をゆらゆら揺らし、無表情でキラの手を引っ張る。
勿論可愛いレイのおねだりに、キラにいらえはない。
こくりと頷けば、直ぐに彼は蕩けそうに満面の笑みを浮かべる。
わーい♪と2人歓声をあげてクリスマスツリーに駆け寄ると、思い思いに床に散らばる小物に手を伸ばす。

そのツリーは3メートルもあった。
脚立が2つあったが、それに登ると床に転がる飾り物が拾えない。

「う〜ん、大きすぎるのもちょっと問題だね。これ誰が用意したの?」
「ハイネだ」
「あはは、やっぱり。彼は派手好みだからね」
「キラっち、レイ、2人ともいちいち脚立から降りてこなくていいぞ。言ってくれれば俺が欲しいものを取ってやるからさ」

世話焼きハボックが、甲斐甲斐しくもクレーン役を自ら買って出てくれる。

「わー助かる。ありがとうジャンさん♪ でもいいの?」
「機嫌の悪い大佐とツーショットで席にいるのは息苦しいからな。それにさ、大佐に張り付いてネチネチいびってるお前の兄貴、すげぇ存在感あるし。あの人只者じゃないだろ?」
「うん、実際あっちの世界では、戦場で一番敵を落として活躍した撃墜王だったんだ。国でも英雄だし、ネビュラ勲章も2つも貰ったし、戦艦も沢山動かせる立場だったし、この国の役職でいうと……今のロイさんみたいなポジションだったと思う」

ついつい自慢じみてしまったが、大好きな兄の事を、堂々と人前で褒めることができるのは嬉しい。
軍人を一声で沢山動かせる指令官をやっていたのだ。キラのいう事は間違ってはいない。

「……は〜…生え抜きの軍人かぁ、そりゃ怖いわ。そんで自分と同い年の男に生き別れてた最愛の妹持っていかれりゃ、憎しみ湧くのも当然か」
「うん、僕の入籍も結婚も、兄さまにしてみれば騙し討ちみたいな誘拐だったしね。僕は兄さまとレイが許してくれるまで、何年でも待つつもりだったのに、ロイさんって意外と情熱的でびっくりしちゃった」
「はいはいご馳走様。のろけもいいけど現実を見ろ。大佐は馬鹿じゃない。やり方は強引だったが、悠長なこと言って待っていたら、お前絶対大佐以外の男に騙されてかっさらわれてったと俺でも思うぜ」
「えへ♪ 僕そんなにもてないよ。ジャンさんはロイさんの部下だから、よいしょしてくれたんだよね」
「……まあいい。そろそろ3ヶ月だぜ。いい加減確執はやめようって、兄ちゃんに言ってやれよ」
「…ジャンさん、それ僕に言われても困る。ラウ兄さまに直接助言してあげて?」
「…勘弁してくれ。俺だって、命が惜しい…」

再び暗くなって溜息をついたキラに、レイが無表情のまま大きな赤と白のしましまソックスを差し出してきた。

「キラ、ラウがこれを一番目立つ所に吊るせと言ったのだが、本当にやるべきなのか? 俺はこの木に飾りを施す任務を命じられたが、どう見てもこれは似つかわしくないように思えるのだが」
「嫌がらせか? 洗濯物かよ」

クリスマスを知らないレイやハボックだ。
そう勘違いするのもありかと、逆にキラの方が驚きだ。

「違うよ、これはプレゼントを入れる袋の代わりなの。レイはいい子だから、きっとサンタさんがプレゼントくれるよ♪」
「何故靴下なのだ?」
「うう〜〜、サンタさんの都合、そう、趣味、サンタさんの趣味なの!! 人それぞれ好みがあるでしょ? サンタさんは靴下が大好きで、ここに入れるのが好きだから、皆靴下を飾って待っているんだよ♪」

世の中のサンタと、いたいけな子供達に謝れ。
キラが口から紡いだのは、苦し紛れの作り話。
サンタが靴下にプレゼントを入れたのは…偶然だ。

とある貧しい家庭があり、年頃の娘を売らなければ、その冬一家は暮らしていけなくなった。
見かねたサンタが煙突からポンと金貨を投げ入れたら、暖炉の傍で干していた靴下に偶然入り、その貧しい一家は無事娘を売らなくても年を越せたというのが、本当の伝承である。

レイにちょっぴり見栄を張ってしまったキラは、内心どうしよう…と非常に焦っていたのだが、一度口から出た言葉はもう取り消せない。


幼子は、再びこっくりと小首を傾げた。
「キラ、サンタさんとは何だ?」

無事、靴下から興味が移ったらしい。
キラは脚立の上に座り込み、ウキウキとレイの頭を撫でた。

「24日の夜にね、遠い北の雪国から真っ赤なお鼻のトナカイさんを先頭に、8頭引きの橇が、サンタクロースっていうお爺さんを連れてくるの。ハイネが今着ているような真っ赤な服着た人がそうなんだけど、世界中のいい子の家に回って、一年間のご褒美に、プレゼントを配って回るんだ。
ちなみに、サンタさんは実は双子でね、悪い事ばかりする子は黒装束のサンタが現れて、肩に担いでいる大きな袋に悪い子を詰め、北の国にお持ち帰りをしてしまうんだって。
勿論レイは今年、とってもいい子だったから関係ないけどね」

「へぇ」

ここで止めておけば、きっと皆は幸せなまま、クリスマスを迎える事ができただろう。


「で、その赤い服着たサンタさんはね、煙突からするする〜♪っと降りてきて、良い子が寝ている時に、素敵なプレゼントを靴下に入れてくれるの」

「そんな奇特な爺、居る訳ないだろ」
「もう、ジャンさんってば、子供の夢を壊しちゃ駄目です」
「キラは嘘をつかない。キラが居るといったら、絶対に居る」

ハボックに冷たくキツイ目を向けた後、レイは手に持っていたしましまの靴下を、うっとりと見下ろした。

「どんな人なのだろう、楽しみだ♪」
そしてレイは目をキラキラ輝かせ、ごとごとと自分の脚立を引っ張ってきて、大きなクリスマスツリーに取り付き、見栄えのする高い位置に自分の靴下を吊るした。
「だがキラ、こんな小さな靴下に、どうやって俺の欲しいプレゼントを入れるのだ?」
「え?」
「プレゼントとは、貰う相手が喜ぶものを贈るものなのだろう? こんな小さなものでは、俺の欲しいものは入らない」
「……えっと……、そのぉ……」
「…方法を考えねばならない……」

ラウが良くやるように、腕を組み、思案に耽ってしまったレイは、己の世界に入ってしまった。
レイが何を欲しがっているか、気配り抜群のハイネの事だから、てっきり事前リサーチは済んでいると思っていたのだが、どうやら読みが甘かったらしい。

「……キラっち、お前の弟って……」
「うん、レイってば、今時ありえないぐらい純真なの」
「キラ、飾り付けは後にして、席につきなさい。大佐殿をいつまでおあずけしても構わないのだが、厨房の者にも片付けの都合がある」

丸いテーブルに、ラウ自らがボーイの役目をし、綺麗に料理が綺麗に並べられているのを見つけ、キラもお腹が空いていた事を思い出した。

「はーい兄さま、すぐ行きます♪ じゃあレイ、急いで食べてくるけど、僕に構わずどんどん飾っちゃってていいからね」
「了解した」


席に腰を降ろし、早速オードブルのプレートにフォークを伸ばす。
三人でちょっと遅めの昼食に取り掛かりだした、まさにその時、ツリーの方から眩い光が放たれた。

「ほえ?」
「錬成反応?」

横に座っていたロイが、目を向けた方向に、キラもフォークを加えたまま振り向く。
そして絶句した。
いつの間にか、3メートルもあるツリーの暖炉側半分が、覆って隠れてしまうぐらい、巨大な紅白シマシマ靴下が被せられていたのだ。

キラの顔から、すっと血の気が引いた。
そりゃ、靴下が大きければプレゼントは入れやすいと思うのだが、あれではやりすぎではないのだろうか?

「……キラっち……、お前の弟、どんなプレゼント貰う気だ?……」
「…さぁ……、でも、どうしても欲しいものがあったんだよ。レイは子供だし、あの子なりに一杯考えてやった事だから、非難しちゃ駄目だよ?…………」

どんなに不恰好で見苦しい靴下だと思っても、あのツリーはクリスマスを知らないレイの為に用意されたもの。
子供のする事は突拍子もないが、やらせる前から考える芽を摘み取ってはならない。
それが、ラウ兄が取り決めた、この家のルールである。

大きな靴下ができ、もこもこうさぎは見上げて満足そうに確認をし終えると、スキップしそうな軽い足取りで、厨房へと戻って行った。
そして、そこから再び眩い光が灯る。

「…また何か作っているらしいな…」
「……ううう。レイ〜〜!!……」

今度は大きな絨毯のように丸めた白布を肩に担いで戻ってきたウサギは、ウキウキと暖炉横の壁に大きくそれを広げた。

くっきりデカデカとオレンジの字で≪ウェルカム サンタさん♪≫と書かれた横断幕に、ロイの眉はぴくりと跳ね上がり、キラも咥えていたフォークをぽろりと落とし、硬直した。

「……キラ、お前は一体自分の弟に、何を吹き込んだのだ?……」
「……うううう……」
「……キラっち……、サンタさんなんて、所詮御伽噺なんだろ? 本当は家族がこっそり靴下にプレゼントをこっそり入れるんだろ? だったら弟にそう言ってやれ」
「でも、レイにとって、これが初めてのクリスマスなんだもん。純真なあの子から、夢を奪うなんて……、僕にはそんな酷い事……、できない!!」


一仕事をやり遂げた彼は、満足そうにふーと額の汗を、ウサギのふわふわ手袋で拭った。
そして今度はうきうきと火かき棒を掴み、バシバシと炭と火を叩き、暖炉の火を一端消してしまう。
そして厨房から水を汲んだバケツを持ってくると、ぶっかけて火種を完全に消し、次に床掃除用の柄の無いブラシと雑巾をそれぞれの手に持ち、ごそごそと暖炉の穴に身を潜らせ、狭い縦長の煉瓦の筒に、背と両足で器用に体を支えると、よじよじと登っていって消えてしまった。

「……おい、キラっち……、あれ、洒落にならんぞ……」

煙突掃除は普通、屋根に上って、上から長いブラシを使い、掃除するものだ。

その事を知らないレイが、幼い頭で一生懸命考えてやり始めた暴挙に、己のしでかした罪深さに恐れ慄き、涙目だ。
日頃の食い意地もどっかに吹っ飛び、飯も喉が通らなくなるぐらいがたがたに震え、青ざめている。

「キラっち、兄貴達にばれる前に行け!! 謝るなら今しかない!!」
「出来ないよ〜!!」


頭を抱えて突っ伏したキラの背後に、暑苦しい壁が二つそびえ立つ。
恐る恐る振り返れば案の定、どす黒い気配を漂わせているラウとハイネの姿があった。

「キラ、私はレイを手伝ってやれとは言ったが、無謀な煙突掃除までお願いしただろうか?」

ふるふると首を振る。

「まあ、どんな話の流れでああなったか想像はつくけどさ、どうすんの、あれ?」


ずざざざと滑る音がしたかと思うと、ぼてっとレイウサギが落ちてきた。
暖炉の濡れた灰と煤で真っ黒だらけになった彼は、暫く転がった体制のまま硬直していたが、やがて無表情のまま雄々しく立ち上がると、再びブラシを掴んでよじよじと煙突攻略に再チャレンジに向かう。

諦めないのは偉い。痛くても果敢に目的を遂行しようとするレイの頑張りは、褒めてやりたい。
だが彼がやっているのは、全部無駄な事だ。
キラは涙目であうあう口を動かしていたが、やがて覚悟が決まったのか、悲壮な面持ちでこくんと頷いた。

「こうなったら、僕がレイのサンタさんになって、煙突から降りる!!」
「止めろって、お前どんくさいし、時間は夜じゃんか。屋根に辿り着く前に、滑って落ちて首の骨折るのがオチだろが」
「イブは家族皆で過ごすものだ。レイにとって、君は大切な母親代わりなのだろう? 彼の傍にいてやらなくてはどうする?」
「でも、じゃあ、僕…純真なあの子を騙した事になっちゃうよぉ……!!」

今更、あれは単なる物語なんだよなんて、絶対言えない。
悪気は全く無かったが、心が子供のレイに理屈が通用する訳がない。

「安心しろキラ、普通奥さんのしでかした不始末はさ、旦那がカバーするもんだろ♪」
「そうだな、『どんな困難にも2人で立ち向かう』と、君はそう言って私の妹と婚姻を結んだ筈だ。男に二言はない、そうだろう?」
「貴様ら、何が言いたい?」

ハイネとレイが、それぞれの手でぽんとロイの肩を叩く。

「つーわけで、あんたがサンタ役決定♪」
「……何を勝手に……」
「ほっといたらキラは自分でやる気だぜ。まさか俺達アマルフィ隊から掻っ攫って行った大事な隊長に、サンタの格好で煙突から降りてくる役目を押し付けたりなんかしたら、どうなるかわかってんだろうな?」
「貴様」

睨み合うハイネとロイに、ラウは腕を組み、美しい美貌に楽しげな笑みを浮かべた。

「ふむ、新年そうそう遊びにやってくる、アマルフィ夫妻やニコル、それにアスラン、ミゲル、イザーク、ディアッカ、ラスティ当たりが大層暴れるだろうな」
「だよな。ガモフとエターナルのMS全機投入で襲われたら、いかに焔の錬金術師だって秒殺? ははは、まあ、覚悟決まったら遺書書いておけよ♪ 俺も俺専用のグフで、あんたにばっちり引導渡すの協力してやるからさ♪」
「なら私も、プロビデンスで頑張るか」


「もう、ラウ兄さまもハイネも、笑えない冗談ばっか言ってないでよ〜〜!! 僕、この年で未亡人なんて嫌だからね〜!!」
「いや、キラっち騙されるな、こいつらマジだって……ぐはっ!!……」

何故か鈍い音がして、ハボックが急に腹を押さえてテーブルに沈んだ。
「ジャンさん、どうしたの? お腹冷えた?」
「……お前の……兄貴………い……ま蹴って」
「ゴメン、僕ジャンさんが何言ってるか、全然判らない」
慌てて席を立ち、介抱向かったキラの頭上に、ロイが重い吐息を零す。


「……貴様ら、覚えていろよ……」


こうして、レイ専用のサンタクロース役は、円満に決まったのだ。



07.11.08




一日遅刻しました( ̄― ̄)θ☆( ++) 

小舅達に虐められてるロイさんのお話です(マテ)。
ロイキラENDを考えた時、どうしてもラウさんを連れて行きたかったので( ̄― ̄)θ☆( ++) 

ロイ、頑張れよ。
ラウの頭の中では、君はまだ家族の一員ではないらしい(ホロリ)


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