とある世界の輝かしい夜  後編 1








決戦の火蓋は切られた。





その日のイーストシティは、ロイの願い虚しく、申し分ない積雪20センチの雪景色だった。
空を見上げれば、どんよりと錆色の積乱雲が厚いカーテンとなって日の光を遮っている。

こんな日の深夜、雪がてんこもりで積もっている屋根によじ登り、煙突からこそこそと家に侵入なんてとんでもないミッションだ。
なのにオレンジ色の髪の青年は満面に笑みを浮かべ、執務中なロイの机に付け髭まで揃った真っ赤な衣装とブーツとベルトを、次々に積み上げる。

「あ〜、俺ってなんて親切なんだろう♪」

ハイネは続けて大きな袋も二つ差し出してくるが、机にもう余分なスペースは無く、仕方なく足元に転がした。
どうやら、ラウとハイネからレイに贈るプレゼントらしい。

「どうせ私は君達の店に行くのだろうに」
「わざわざ持って来る所が嫌味じゃん。暖炉の火はちゃんと消しておくから、夜21時から22時までの間に頼むな。レイにサンタ姿を見せてやんなきゃならないし」
「君は、私にこれを背負って煙突から降りて来いと?」
「あたりまえじゃん」

袋の重さは推定10キロ。それを2つ。
ロイの額に青筋が浮かぶ。

「んじゃキラは連れてくぜ。准尉、うちの何処?」
「誰が『うちの』だ」

睨みを利かせても、確信犯な男は悪びれもしない。
ますます不機嫌になっていくロイを伺いながらも、糸目のファルマンがおずおず口を開く。
「…今日、来ていませんが…」
「え? だってキラ、今日あんたの仕事を手伝うから、迎えの待ちあわせはここって指定したんだぜ。あいつどんくさいけど約束破るやつじゃねーし」

「ああすまん、私が言い忘れていた。キラは体調不良で休みだ。昨夜は激しかったから、まだ寝ているかもしれんな」

あからさまな情事を匂わせると、ハイネの飄々とした人好きする笑みが、毒々しいものへと変わる。
彼は錬金術師ではないが、あの傍迷惑な何様な魔物【セイラン】と友情を育めたこの世界唯一の存在だ。
賢しらな交渉術を駆使し、彼からせしめた多くの魔術アイテムは、いくらロイが優秀な錬金術師でも、容易く読み解けるものではない。
辺りが緊迫した空気に変わった途端、ファルマンが声もなく、脱兎で身を隠した。

「おっさんはさぁ、あんまり頑張ると腰痛めるぜ。あんたキラより一回りも年なんだし」
「ほう、君はキラが居ないと随分態度が違うな」
「はは、俺野郎に優しくしてやる義務ねーもん。もし約束ぶっちぎりしてプレゼント届けなかったら覚悟しろよ。ツリーの靴下にはレイの願い通り、キラに入って貰うからさ。んじゃ、時間厳守でよろしく」

ハイネが踵を返しドアを開けた途端、ロイの目の前でぱふっと音をたて、キラが彼の胸に飛び込んだ。

「うううう、ゴメンハイネ。僕遅刻した!!」

背中に大きな白い袋を背負い、半泣きで息を弾ませている。
彼女はきっと、疲れた体に鞭打って必死で走ってきたのだろう。
無体を強いたのは自分だし、ゴール目の前で扉が急に開いたのに驚き、勢い余ってつんのめってこけたキラにも悪気はない。
だが、ふふんと優越感たっぷりに抱きしめたままのハイネが、ロイに勝ち誇った流し目を寄越せば、自然腕が怒りに震え、筆圧に押しつぶされたペン先がぐきりと折れる。

「あー、もうベソかかなくていいから、荷物寄越しな。俺怒ってねーし、今から家に迎えに行こうと思ってたぐらいだから」
「ありがとう♪」

涙目でにこりと綻んだ彼女は、小動物のように愛らしい。
それにふわふわのファーがついた、真っ白のドレスにお揃いのコート。
ブーツや手袋などの小物も全て統一されていて、キラの可愛らしさをふんだんに引き出している。
だが、今日の隙無くコーディネートされたファッション全て、ラウとハイネからの贈り物だ。
気に食わないが、大人の余裕を持って、ロイはにこやかに笑みを作った。

「外は寒い、気をつけて行きなさい」
「はい。ロイさんも風邪ひかないように来て下さいね。じゃ、22時にローズ・カフェで待っています♪」
「キラ、早くしないと料理の準備が間に合わないぞ。レイがお前の手料理楽しみにしてるのにさ、味付けはラウ1人にやらせる気?」
「あう!! 急ごう!!」

このイーストシティ軍本部から、シェル街まで、車で片道15キロもある。
にこやかなハイネに連れられ、慌しくぱたぱたとキラが消えた途端、ロイの顔が険しく豹変した。

どんよりとした錆色の空を眺めれば、ちらちらと雪が降り出している。
焔を得意とする錬金術師にとって、雨と雪は天敵に等しいだろう。
今宵の事を思うと顔がますます般若に変わる彼を、一体誰が責められるという?
ロイの足元に置かれたプレゼント袋は3つ。
こんな重くかさばる物を、馬鹿正直に背負って煙突から降りる気になどなれない。

「……荷物持ちがもう1人いるな……」

自分の幕僚をじろりと見ると、皆は一斉に視線を反らした。
ロイは白い歯をキラキラ光らせ、ハボックの肩をぽんと叩く。

「私は君に、前にランチ奢ってやった筈」
「いや、そんなんじゃ割りあわないっす。1100センズでしたよね、俺、今払いますよ」
「そうか。君は今後キラの手料理は不要か。ハボックは実は嫌々差し入れを喰っていたと、あれによく言っておくとするか」
「あああああああ、ひでぇ、待ってください、大佐ぁ!!」

タダより高いものはない。
キラがたまに招待してくれるマスタング家の暖かな晩餐は、独身寮住まいのハボックにとって、楽しみな家庭料理だ。
頭を抱えてしゃがみこむ彼に、残りの幕僚連中は気の毒がりはしたものの、自分達が巻き込まれるのは嫌だから、そそくさと仕事に戻っていく。

「ブレダ、俺達は親友だろう!!」
「知るか、俺の腹で煙突潜りは無理だろが!!」

懐いてくるハボックを、ブレダはでっぷり太った体を揺らし、遠慮なく足蹴で撃退しだす。そんなじゃれあう2人を無視し、リザ・ホークアイ中尉が、無表情のまま新しいペンをロイに差し出した。

「21時にここを出るとして、後7時間ありますね」
「うむ」
「出立ギリギリまで、溜まった事務作業をお願いいたします」
「……嫌、雪も積もっているようだし早めに出た方が……」
「新年早々、キラちゃんの御家族と友人の皆様がいらっしゃるんですよね。その間、大佐は一人、ここで働いていたいですか?」
「冗談ではない!!」

そんな恐ろしいマネしたら最後、これ幸いとキラは即行で騙され、自分の手出しできない別世界に連れて行かれてしまう。

ロイはおとなしくペンを受け取ると、猛然と書類整理に取り掛かった。
だが、いつもサボっていたツケは、ちょっと頑張った程度で処理できる分量ではなく、また昼間から静かに振り出した粉雪は、時間がたつにつれ勢いも増す。


「……頼む、夜だけでいいから、止んでくれ……」

天候相手では、いかに焔の錬金術師でも、神頼みしかなかった。


★★★



本日ローズ・カフェは臨時休業である。
ハイネはクリスマスツリーに一番近い8人掛のテーブルで、手際良く花とクロスとキャンドルで、小物も料理もドリンクもグラスも飾りつた。

「わー、流石ハイネ♪ まるでホテルのパーティみたいに鮮やかだね♪」
「サンキュ♪ どうせなら華やかなのがいいしな」
「ふむ、ならば後はこれを仕上げたら終わりだな♪」

ラウが隣のテーブルに大きな長方形のスポンジケーキを置いた。
表面はまるでキャンバスのように真っ白で、今は何も飾りつけがされていない。

「キラ、レイ、二人で好きにデコレートしてくれたまえ。まじぱんの生地も大量にあるから、人形もつくってくれると嬉しいのだが」
「わーい♪楽しそう♪」
「まじぱん?」
レイが不思議そうにこっくり小首を傾げている。
「この粘土みたいな砂糖生地の事だよ。色はこうして食紅とかを混ぜて変えて、で、飾った後は食べられるんだよ♪ レイは兄さま達を作ってね、僕はガモフの皆を作るから♪」

キラが早速生地をこねくり回し、鮮やかな手つきで人差し指程度の大きさの人形をこしらえる。
懐石料理も易々作れる彼女の手先は本当に器用で、アスラン風のサンタやミゲル風のトナカイ、キャンドルを抱えるニコルや薔薇を持つイザーク等、中々特徴を掴んだ面白いものがどんどん出来上がる。
ケーキは広くて飾りがいがあるし、彼女も可愛いく甘いものを作るのは大好きなので、見てるハイネの顔まで緩むぐらい、幸せそうだ。
レイもキラの見よう見まねで作り始めるが、何でもそつなくこなす彼は、直ぐにコツを飲み込んだようだ。
いびつだが、仮面姿のラウが笑える。

2人夢中になって作っている隙に、ラウがポケットから封書を一通取り出し、無言でハイネに差し出してきた。
古風にも蜜蝋で封印後、神鳥の刻印を押し当てられたそれを受け取ったハイネは、2人に気付かれないようにこっそり足音を殺してグランドピアノ横にある、店の電話ボックスへと移動した。

そんなハイネの後を、ちょこちょこと転がってついてくるオレンジ色のミニハロは、一応この店の護衛だ。
だが、手の平に納まるぐらい小さなこの機械には、実はキラも知らない魔法がらみの秘密の仕掛けが施されている。

後ろ手でボックスのドアを閉じ、こくりと息を呑む。
中を見れば、可愛い丸っこい文字で≪お招きありがとうございます。20時に行きますね♪≫と、確かに綴られている。

「よっしゃぁ♪ ぎりぎりセーフ♪」

ハイネは思わずぐっと手を強く握り、ガッツポーズを決めた。
これで作戦はほぼ成功だ。

「ハロ、セイランに繋げ♪」
≪了解しました≫

奇跡的にハイネだけが彼に友人の1人に認められたが、あまりにも図々しい馴れ合いをすれば、ばっさり殺されてしまう危険も孕んでいる。
セイランが諸刃の剣並にヤバイ男なのは周知の事実だ。
その手綱を取れる唯一の存在が、ほえほえとパーティに来てくれるのなら、もう何も恐れる事はない。
黒電話の受話器を取り、しつこくコールを鳴らす。
勿論電話の繋がる先はこの世界の交換所ではない。

コール50回目に根負けしたのか、ようやく相手がのっそりと出る。

≪……何?……≫
「……おいおいセイラン、居留守つかってんじゃねーよ。聞かねーと絶対後悔するぞ?……」
≪……ふーん、凄い自信だ。でも大した用じゃなきゃ、判っているだろうね?……≫
「あらら、今虫の居所悪かった? まあ急だけどさ、今からお前うちのクリスマスパーティ来ない?」
≪……めんどくさい、パス……≫
「ふーん、アンジェも夜、聖地抜けて来るのにさ、そりゃ残念…………、うわっ!!」

突然、ハイネの背中に蹴りが入り、彼はそのまま顔面からうつ伏せに床に転がった。

「……いってぇ……」

高い鼻をしこたま打ち付け、涙目になりながら押さえていると、更にぐりぐりと背を踏みにじる裸足から、べっとりと暖かな湿り気と石鹸の匂いが鼻につく。
振り返れば、頭をシャンプーしていたと思わしき、バスローブ姿の濡れ鼠が一匹、不機嫌そうに睨んでいる。


「………はは、風呂の最中に悪かったな。でも煩い聖地の面々に隠れて、土の曜日以外で彼女と会える機会は貴重だよな♪………」

にこやかにひらひらと手を振ってみるが、自分を見下ろすセイランの目は、冷ややかだった。

「………僕に何をさせたい?……言っとくけど、アンジェを利用したらタダじゃおかないからね?」
「ああ、判ってるさ。折角のイブだし、彼女には純粋に恋人と会わせて楽しく過ごさせたかっただけだよ。あんたも出番ないかもしれないけど、一応『保険』にな」
「アンジェが僕への報酬代わりなのは同じだろ。あんた、いい度胸だ」

機嫌がますます急降下したようだが、これぐらいでビビってては、この男の友人なんて務まるまい。

「まあまあそうとんがるなよ。折角気を利かせてセッティングしたんだし、目一杯楽しもうぜ。それにお前さ、アンジェが来るのは20時だけど、イブなのに恋人にプレゼントナシでいい訳?もう18時だけど?」
「マズイに決まっているだろ!?」
「ほーい、じゃ後でな。待ってるぜ♪」

来た時と同じように一瞬で姿を消した魔物を見送り、ハイネは再び黒電話の受話器を持ち上げた。

「おーいミゲル。そろそろロイが動き出す時間だがスタンバイOK?」
≪任せてください先輩♪≫
「よっし、んじゃ『星の小径』を『開く』から宜しくな」

『星の小径』とは、アンジェとセイランが、ハイネ達の住んでいた元の世界とここアメストリスの世界を繋げた次元回廊である。
その扉を開けられる者は、舌先三寸で作ってもらった張本人……ハイネだけ。
しかも行き来する場合、MSに乗っている事が条件だ。
使うには色んな制約があるが、小径を悪用されない為には必要な措置だろう。

ハイネの命令を受け、オレンジハロの目が、めまぐるしく赤黒く点滅する。

≪ゲート解放、ゲート解放、ミッション開始≫
「空いたぞミゲル」

≪了解、アイマン隊出撃する!! 目標アメストリス国イーストシティ上空、絶対キラにばれるな!!≫
≪≪≪≪≪≪おう!!≫≫≫≫≫≫

ガモフから、モビルスーツ合計6機が発進した。



07.12.6




どうしてもミカルが非情になりきれませんでした(オイ)
急遽保険にセイラン達を呼んでしまったので、もう一話伸びます( ̄― ̄)θ☆( ++) 
次で終わります、ゴメン〜グスグス (><。)。。

BACK  NEXT

SEED部屋に戻る

ホームに戻る