とある世界のフェアリーテール 1





それはとある夜のこと。
黒のコートで軍服を隠し、シェル街の表通りを歩いていたロイの耳に、劈く悲鳴が届いた。

この辺りは歓楽街だが治安が悪く、イーストシティの軍人達も避けて通る無法地帯だ。
例えば士官学校卒業したての少尉あたりの新人が、正義感に駆られ、1人で面倒事に首を突っ込めば、たちまちヤクザ者に囲まれ体をバラされ、その日限りで『行方不明』となってしまう程。

軍の不甲斐なさは嘆かわしいが、国は内乱が終結してまだ7年。優秀な人材も常に不足している。
だが、今夜のならず者達は不幸だった。
自分は人間兵器たる『錬金術師』、ただの軍人と格が違う。

「……ふむ、若い女の声だったな……」
ならば、益々見過ごす訳にいくまい。


俄然やる気になったロイは、直ぐにポケットから発火布の手袋を引っ張り出して装着すると、黒コートを翻し、路地裏へと突っ走った。

「……助けて、誰か……、嫌ぁ……!!」

か細い声を頼りに薄汚れた石畳の路を数十メートルも駆ければ、真正面から服を破かれた半裸の少女が、無我夢中で駆け寄ってくる。
それを迷う事なく右腕で抱きとめ、後を追いかけてきた5人の男どもに向かって、彼は颯爽と手袋をはめた左手を掲げた。


「君、目を瞑っていなさい」

指を一回鳴らせば、ぱちりという軽快な音と同時に、激しく燃え盛る焔の壁が生み出される。
少女を追いかけてきた先頭の金髪男は、地獄の業火もかくやの炎に行く手を阻まれた。

「ぎゃああああああああ!!」
「なんだ、熱っ!!」
「まさかこいつ、錬金術師!?」
「今のは単なる威嚇だ。だが次は焼き殺す。命が惜しくないのならかかって来たまえ」

ロイは五人の狼藉者に、口元に弧を浮かべ、自信たっぷりに淡々と事実を突きつけた。



この身は7年前のイシュヴァール戦の折、何人もの罪無き一般人を燃やし殺めた。
そんな自分が屠った尊い命と、今目の前にいる欲にまみれたゴロツキ達のものとなら、天秤にかけずとも、どちらが軽いか明白である。

「そうそう、一応君達に名乗っておこう。私の銘は『炎』だ」


イーストシティのチンピラで、東方司令部所属『炎の錬金術師ロイ・マスタング大佐』の名を知らぬ者は、余程の愚者か世間知らずのどちらかだろう。

「「「「「ひぃぃぃぃぃぃ!!」」」」」

睨み合いにすらならず、蜘蛛の子散らすように、彼らは路地裏の闇に消えた。

危険な気配が完全に霧散し、周囲が静寂さを取り戻した後、ロイは改めて己が腕で抱いている少女を見下ろした。



「大丈夫かね?」



窓明かりという心許ない光で見ても、少女は無残な有様だった。
余程抵抗したのだろう。華奢な手の爪が数本剥がれている。
顔は殴られて唇の端が切れ、清楚な白いレースワンピースも、引き裂かれてボロクズとなり、剥き出しの右乳は、男達の噛み痕があり出血していた。

絹の白い下着はともかく、真珠の指輪とピアスは凄い。
海の無いアメストリスでは、これ一粒で家が一軒建つ程だ。
よって、少女はそこらの娼館から逃げてきた娼婦ではないが、かどわかされて連れてこられた可能性が高い。

黒いコートを脱ぎ、少女に羽織らせる。
随分小柄なため、華奢な体がすっぽり包まれた。

「あの……、離して……、怖い……」
「安心しなさい。私は軍人だ。ほら、軍服を着ているだろう?」
「……ふえ?……」


彼女はそのまま爪の剥がれかけた指で、階級章、独特の襟元、腰元の拳銃……と、ロイの胸元をペタペタと何度も手で弄りだす。
面倒事になりそうな予感に、ロイの眉間に縦皴がよった。

「見えないのか?」
「……輪郭は微かに判りますが、今は駄目みたいです、すいません」
という事は、先天性の盲目ではないらしい。
「謝る事ではない。どれ、見せて」

殴られた傷に触れぬよう、注意深く顎に手をかけ上向かせた少女の、涙に濡れた美しい紫の大きな瞳は焦点が合っていなかった。
「角膜に傷がついていなければいいが。……、君には手当てが必要だな」

先程かどわかされかけた後遺症だろう。
途端、彼女はコートをしっかりと体に巻きつけ、ふるふると首を横に振った。

「そんなに警戒しなくてもいい。私はロイ・マスタングという。東方司令部に所属していて、階級は大佐だ。きっと君の力になれると思う」
「……僕は、キラです……」
「旅行者かね? 身分証明書はあるか?」
「……荷物は全部盗られてしまって……」
「ふむ、では治療が済み次第大使館だな。キラは何処の国から来たのだ?」

白銀の髪に、紫水晶の瞳、そしてロイと同じく東洋の血が混じっているのか、象牙色の肌。
とてもアメストリス公国の人間とは思えない。

「僕、生まれも育ちもアメストリスです」
「では、親御さんに連絡をとりたまえ」
「……母は幼い時に、父は先月亡くなりました。それでノース・シティから弟達を訪ねて来たんです」
「イースト・シティ(東方)に、君の身元を引き受けてくれるような大人はいるのかね?」
「故郷なら、僕の顧問弁護士がおりますが……、すいません。やっぱり今の所、弟達しか当てがないです」


ここは東方でも僻地だ。
ノース・シティは最北に近く、しかもセントラルを経由しないと列車がない。
片道でも最低一週間はかかる。

それに、キラの外見はどう多く見積もっても十七歳。
育ちの良さそうな振る舞いと、身形から推測すれば、彼女より年下の弟達は、名門学校の寄宿舎に住まう、お坊ちゃん学生と言った所だろう。
ならば学校の校長、もしくは寄宿舎の監督等に、彼女を預けられるかもしれない。

「君の弟さん達は何処に住んでいる?」
「……さぁ?……今何処にいるんだろう?……」
「はぁ?」
「放浪の旅に出てしまって。えへへ」

一縷の望みが潰え、ロイは再び頭を抱えた。
そんな彼の気も知らず、キラは突然、思い出したようにポンと手を叩く。

「そうそう、それで僕はまず、弟達を探して貰おうと思って、東方司令部に行くところでした♪ 丁度良かったですマスタングさん♪ 案内して頂けると助かります♪」

益々面倒な事になった。
どうやら弟達は、家出人確定らしい。

「君、降りる駅を一つ間違えたぞ。ここからだと二十キロは離れている」
「え!?」

白くほわほわな髪を揺らし、キラはこっくりと首を傾げた。
そして見る見る青ざめ、小さな手が、ロイを逃すものかと言いたげに、彼の軍服の裾をしっかりと握りしめる。
元々おっとりとした性格なのだろうか、反応が鈍すぎる。

「心配しなくてもいい、君を保護したのは私だ。ただでさえ目が見えていないのに、ここに置いていく筈あるまい」
「ありがとうございます」

キラはほっと安心した面持ちに戻り、ぺこりとロイにお辞儀した。
男に襲われかけたばかりだと言うのに、この、のほほんさは何なのだ? 
世間知らずのお嬢さんだとしても、この異様にずれた感覚は、将来を物凄く不安に感じさせる。

「所で、君の弟達の名前は? 写真か何かあるのか?…は愚問か。荷物は全て盗られてしまったのだったな」
「あ、でもとても凄い目印がありますよ。名前はエドワードとアルフォンスといいまして、エドはなんと国家錬金術師なんです♪ 銘は確か……『鋼』?」

にこにこっと笑うキラに対し、瞬時にロイの顔が引き攣ったのは、言うまでも無い。



08.06.10






寝込んでいて更新が滞っていたので、ストックから放出します。
(ミカルにしては珍しい、童話のような可愛いラブストーリーになりました)


10.01.07大幅改定

あまりにも期間が開きすぎたので、書き直しします!!

10.04.25 しつこく改稿

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