とある世界のフェアリーテール 2
あれから二週間後。
「ちわーっす。『雨の日無能』、いる?」
エドワードが不機嫌なツラを崩さないまま、勝手知ったる東方司令部の『ロイ・マスタング大佐』の執務室のドアを蹴り開けた。
背に流した金髪は三つ編みに纏められているものの、初夏だというのに赤いコートを纏って白い手袋を嵌め、しかも衣服は黒の上下で詰襟、トドメは頑丈なブーツという姿だ。
見ているだけで暑苦しい上、幼い顔は憤怒で真っ赤に染まり、突付けば大噴火間違いなしとくる。
そんな状態なのに、チャレンジ精神溢れる兄貴肌のハボックが、咥えタバコのまま、くしゃくしゃと、エドのひよこ色頭を掻き撫でた。
「よう大将、3ヶ月ぶりじゃねーか。定例の報告か?」
「少尉、俺前にもガキ扱いするなって、言ったよな?」
「成人するまではさ、子供は大人に甘えていいんだぜ」
「けっ」
「まあまあ暑いだろ? 冷えたオレンジジュースがあるけど、飲むか?」
「その前に大佐は何処だ? あいつ、また俺の口座を勝手に凍結しやがって!!」
エドワードは賢者の石を求め、弟と共に、年がら年中旅して回っている。
いくら最年少の国家錬金術師とはいえ、所詮15。
この国は、いまだ7年前の内乱の傷が癒えておらず、か弱い子供がのこのこと旅をすれば、即座に身ぐるみ剥がされる御時世である。
勿論エドは体術も得意だ。
強盗という実力行使に出てくれば、叩きのめす自信も実力も十分にある。
だが戦っている隙を付かれ、第三者にこっそり財布や荷物を盗まれる事件が頻繁に起こるのだ。
随分世知辛く、殺伐とした世の中である。
旅慣れた現在、彼らは必要最小限の路銀以外は持ち歩かず、足りなくなったら銀行で預金を下ろして生活するように心がけている。
彼らにとって、軍の権限で凍結されるのは、ライフラインを断ち切られるのも同然だ。
幸か不幸か、エド達は今から、東方辺境のリオールに向かう途中だった。
なら電話で何度も嫌味な応酬を繰り広げるより、直接殴りに行った方が早いと判断した2人は、急遽予定を変更し、イーストシティの東方司令部にわざわざ足を延ばしたのだ。
なのに敵の姿はなかった。
エドがやり場の無い怒りに身を震わせ、拳を握り締めたのは当然だった。
「大将が定例報告を怠るから、大佐も実力行使に出るんだろが。連絡取りたくても、手段無いし」
「るっせい。俺達にだって都合があるんだよ」
「そうぶす剥れるなエド。腹立つ時は、甘い物が一番だぞ?」
ブレダが大きなチョコクッキーを齧りながら、菓子袋をエドワードに寄越した。
裏表のない気安さから、ついつい一枚貰ってしまったが、口に運ぶ前に違和感に気づく。
何故、リザ・ホークアイ中尉の雷が落ちないのだろう?
「あんた達いいのかよ。勤務時間中に、タバコ吸ったり菓子なんか食っててさ?」
「ああ。1週間前から大佐命令で、平時は15時から30分間、休憩タイムになったんだよ」
「おいおいあのおっさん、自分がサボりたいからって、部下まで巻き込んだのか?」
壁の時計を見れば、今の時刻は15時3分。
長閑な東方司令部では、暇で天気の良い日は、大佐が居眠り場所を求めて脱走をかましていた時間帯である。
「勿論、緊急の仕事が入っていない奴って条件付きだぜ。俺達サービス残業が結構あるからさ、返ってメリハリがついて良かったかも」
「ふーん。じゃあフュリー伍長とファルマン准尉は、今仕事中なんだ」
小柄で丸眼鏡がトレードマークの伍長と、博識な准尉の姿は最初から無かった。
ブレダとハボック、それにホークアイ中尉しか居ない執務室は、雑多ながら結構寂しく感じられる。
「そう言えば大将こそ、アルはどうした?」
「…ああ、う〜、…外で待ってるって……」
「水臭いな。久しぶりに戻って来たのなら、顔ぐらい見せに来ればいいのに」
(……嫌、それ今マズイから……)
大佐の幕僚なら、皆、アルフォンスが鎧に魂を定着させた存在だということを知っている。だから今の彼を会わせてしまえば、きっと驚愕して、色々根堀葉堀問い詰められる事間違いない。
何日も拘束されるような時間のロスは避けたい。
自分達二人を待っているだろう、あの儚い人の為にだ。
一刻も早く、賢者の石を探し出し、ノース・シティの白薔薇館に届けねばならないのだから。
エドは喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込み、咄嗟に当たり障りの無い理由を探した。
「アルはやっと14になったばかりだし、俺、あいつをあんまり殺伐している軍に関わらせたくないんだ」
「大将もいっちょ前に、兄貴風か?」
「保護者の自覚なんて、エドも立派になったもんだ」
ハボックがぐしゃぐしゃと、更に大きな手で、前髪を掻き撫でてくる。
同期コンビに、子ども扱いされるのは気に食わないけれど、これ以上深く詮索されなくて済みそうなのはありがたい。
「とにかく俺、急いでいるんだ。なぁ、銀行が閉まっちまう前に、何とか凍結解除頼むよ〜!!」
「スマン大将。俺達も大佐の指示がないとさ、どうする事もできない」
ハボックが、飄々としながらも、良い笑顔でばっさり引導を寄越しやがる。
「ああああああ、あのシケたマッチ棒、どこに行きやがった!!」
「大佐は今、自宅に戻ったわ。きっちり15時30分に戻るから、それからでも銀行は遅くないでしょ?エド君、ここにいる時ぐらいは寛いで、コートぐらい脱ぎなさい」
ロイ・マスタングの副官、リザ・ホークアイ中尉が氷を入れたオレンジジュースの背の高いグラスを、ソファー前のテーブルにコトリと置いてくれた。
大好物に釣られた訳ではなかったけれど、本格的な夏を間近に控えた今、暑さを和らげるアイテムの誘惑にはあがらえなかった。
ソファーに腰を降ろし、冷たい飲み物をストローで啜って喉を潤せば、自然ヒートアップしていた気持ちも、ちょっとだけクールダウンする。
「大佐、長続きするよな〜。ここ1週間、毎日皆勤賞だぜ」
「ったく、朝も晩も会えるんだからさ。態々少ない休み時間にまで行くなっつーの。どうせ10分ぐらいしか居られないのによ」
「よっぽどイイ女なのかな〜。あの大佐が、毎日花やプレゼントを欠かさないって聞いたぜ」
「おいジャン、お前なら噂の美女に会った事あるだろ? お前大佐の運転手だし」
「全然。俺、何があっても、絶対家に来るなって、大佐に車の鍵取り上げられた」
「へ〜、あのスケコマシ、女と同棲始めたのか?」
ふと見ると、大佐が何時も大事に机に置いている写真立ての前に、透き通った青硝子の一輪挿しと、1本の白薔薇が飾られている。
「……7月に薔薇なんて、随分珍しい……」
エドは立ち上がると、瑞々しく花開く、大輪の花弁に手を伸ばした。だが、触れる直前にハボックに手首を引っ掴まれる。
「何するんだよ?」
「大将。これに触ると、漏れなく大佐に消し炭の刑に処せられるぜ?」
「え!?」
「そうそう。愛しの彼女の、一番好きな花だとか言って、あのズボラな大佐が、毎日自分で水換えをやってんだぜ。浮かれた鼻歌交じりでさ。信じられるか?」
それは天変地異の前触れだと、以前までのエドだったら、瞬時に茶化しただろう。
だが、今の彼に笑う資格はなかった。
「……ふ〜ん。あいつも今年30だし、そろそろ身を固めたっていいんじゃねーの。白薔薇が好きな女なら、そんなに趣味悪くねーと思うし……」
途端、ブレダとハボックの両方が、びっくり眼で自分を見下ろしてきやがった。
「何だよ2人とも、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
「だってさ、大将がこの手の話に加わるのって、珍しいじゃん」
たちまち、凸凹コンビ2人に、両側を挟まれる。
「大将、もしかして好きな女できた?」
ハボックのストレートな問いに、初心なエドのほっぺが、勝手にリンゴ色に染まった。
途端、少尉達2人の瞳が、珍しい物を見たと言いたげに、まん丸になる。
「うを大将、本当かよ!?」
「エドが恋? 子供の癖に生意気だぞ」
「誰がウルトラミジンコドチビだ、ゴラァ!!」
「ブレダはそんな事言って無いだろが。それよりどんな娘? なあなあ、ハボック兄さんに話してみろ♪」
「う……」
暑苦しい2人にじりじり詰め寄られ、エドはますます気まずそうに後ずさる。
確かに自分は今まで、錬金術の話題には強欲な癖に、恋愛話はストイックすぎるぐらい何も無かった。
でも、あの人は軽々しく公言できるような『女性』ではない。
エドとアルにとって大切な、儚くて神秘的な白薔薇姫なのだ。
自分達兄弟で、一生あの人を守ると決めた。
例え、この世の誰にも理解されなくてもだ………。
「勿体つけないで話せよ♪」
「大将の初恋だ♪ 俺は断然応援してやるぜ♪ 相手はウェンリィちゃんか?」
唇を引き結び、項垂れてしまった自分に、ブレダとハボックが益々興味深げにエドの肩を揺さぶる。
「貴方達、再会話はこれ位にして、そろそろエド君を私に貸して貰えるかしら?」
大佐の幕僚中、最強の姐御……リザ・ホークアイ中尉が、A4サイズの書類を入れる茶封筒を片手に助け舟を出してくれた。
「エド君も、大佐が来てしまえば、直ぐに銀行に走るのでしょう? 貴方がもし自分の居ない時に来たら、これを片付けさせるようにって、予め預かっていたの。緊急ですって」
「はぁ〜、めんどくせぇ。何時の提出書類のやり直し?」
茶化すように肩を竦めれば、対面のソファーに座った中尉が、羽ペンとインク壷をテーブルに置く。
だが、封筒の中から書類を取り出した彼女は、怪訝気に小首を傾げた。
「姓名変更届?」
「はぁ!!」
「それから、家族構成の変更届って?」
「おいおいおいおい!!」
「最後は大佐からのメッセージ、『国家錬金術師は軍の狗、ファミリーネームが変われば報告義務がある。速やかに提出しろ』」
「うわああああああああ!!」
エドは机に突っ伏して、両手で頭を掻き毟った。
平和時は無能扱いでも、やっぱり大佐だ。
「一体何処から嗅ぎ付けやがった? 湿気たマッチ棒の分際で!?」
「これはどういう事かしら?」
今度は中尉まで加わって、三人がかりでぐるりと取り囲まれ、見おろされる。
最早隠し続けるのは、絶対に不可能だ。
エドはとうとう、溜息を一つ零して腹を括った。
「あー……実は俺達2人、先月、とある家に養子に入る事になっちまってさ」
「は?」
「大将お前、誰を脅した? はうっ!!」
ハボックの無邪気な一言に、エドは痛烈な蹴りをくらわせていた。機械鎧の足でなかったのは、彼なりの情けだろうだが、流石ハボックは鍛え抜かれた腹筋で、易々とカバーする。
「じゃあエド君、貴方の今の名前は?」
「エドワード・ル・クルーゼ」
「クルーゼ!? げげ!! そりゃ『人喰い森』の門番じゃねーか!?」
ハイマンス・ブレダの太い腹は、瞬時にエドの正拳突き一発で沈んだ。
気を落ち着かせる為、オレンジ・ジュースをストローで啜る。だが、睨むエドの琥珀の目に、本気の殺意が宿っている。
逆にハボックは、冷や汗まみれ。
当たり前だ。
容赦の欠片も無い、機械鎧の腕で殴られれば、ブレダの二の舞……、口から泡を吹いての悶絶だろう。
「確かに、その『クルーゼ』だけどさぁ、はっきり言って巷に出回っているおとぎ話、あれ、腹立つぐらい都合よく歪められた伝承だからな。俺達の姉ちゃんは魔女の手下でもなんでもねーよ!!」
08.06.12
伏線ペタペタ貼ってます。
(と言っても、キラの正体バレバレでしょうが)
キラなら桜なのでしょうが、アメストリスでは不可能です。
類似はアーモンドの花なのですが、イメージではないので、白薔薇にしてみました。
エドも大佐に興味を持たれない様、色々悶々悩んでますが、スデに手遅れなのよ〜(* ̄∇ ̄*)
10.01.08.大幅改稿。
10.04.25 改稿
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