とある世界のフェアリーテール 3
ノース・シティから更に北部に向かった国境付近に、夏でも氷が溶けないエターナル山がある。
そこの裾野一帯に、真冬でも何故か常春で白薔薇が咲き乱れる『人喰い森』と恐れられる奇怪な場所があった。
アメストリス国の歴史書には、このように記録されている。
千年前、この国の北部の森に、とても不思議な力を持っていた女が住み着いた。
冬に連日の氷点下の気温と、3メートルを超える豪雪に見舞われる最中にあっても、森は女の不思議な力が隅々まで行き届き、いつも常春のまま厳しい冬を迎える事がなかったという。
吹雪に迷った旅人を、森は優しく迎え入れてくれる。
だが、彼らは2度と森から外に出る事は叶わず、やがて死に、その躯を木々は喰らい、己の養分としたのだ。
木々に人喰い能力を与えた女は、魔女であった。
時のアメストリス大公は、己の領民を守る為、息子である公子に命じて軍を率いて森を攻め、魔女と魔女に操られた一族と、激しい戦闘を繰り返した。
そして100日に及ぶ死闘の末、とうとう魔女は公子の手に落ち、首を刎ねられた。
殺された魔女の亡骸は、清らかな白薔薇で封印され、また魔女の魔力に操られ、手下となっていたクルーゼ一族は、罪滅ぼしの為に、子々孫々まで国の為に森の番人になる事を誓った。
そして今も、この国の北部に5月にしか咲かない筈の白薔薇が何時も咲き乱れ、そんな薔薇の蔓と棘に守られた白亜の古城に、魔女の死体は封印されて眠っているのだという。
★☆★
「去年の話だが、ありふれた魔物退治の英雄物語だろって、タカを括って、北部に配属された俺達の同期三人がさ、人食い森に忍び込んで白薔薇を摘みに行ったまま、未だ帰って来ないっていうぜ」
「アームストロング少将の使いが捜索の為、クルーゼの館に出向いたが、怪しい仮面の男に剣もホロロに追い返されたって言ってたし」
エドは膨れながら、忌々しげに二人を睨んだ。
「はん、そんなの脱走兵どもの、言い訳のダシに使われただけだろ。北方司令部にいる、アームストロング少佐の姉貴の、キツさと厳しさは超有名じゃねーか。何もかも俺達の姉ちゃんのせいにしやがって、気にくわねぇ。だいたい、伝承だって真相は全然違う。俺に言わせりゃ、救国の英雄扱いになっているこの公子って奴、図々しいにも程があるぜ」
「ほ〜、『姉ちゃん』かぁ♪ そっかそっか♪」
「初恋に年上はロマンだよな〜。なぁ大将、美人? 写真持ってない?」
エドは耳をダンボにして聞いてくる男二人を徹底的に無視し、ストローでジュースを全部吸い上げ終わると、壁に掛けられた時計を睨むように見上げた。
大佐の幕僚は気心知れているけれど、大切な姉の事や、彼女と家族になった経緯を全て話せる程信用していない。
それに女癖の悪い大佐に、興味を持たれては堪らないから。
「畜生。サボり魔の無能め、とっとと戻ってきやがれ」
そしてどこの情報で、自分達が養子に行った経緯を掴んだのか、吐かせなければ。
エドはパキリと己の指を鳴らした。
☆☆☆
ロイ自ら運転してきた軍のジープが停まると同時に、彼の館のドアが勢い良く開いた。
「お帰りなさい、ロイさん♪」
純白の髪を揺らし、大きなアメジスト色の瞳を輝かせ、ぴょっこり顔を覗かせたのはキラだ。
相変わらず、抜群に耳が良い彼女に苦笑が零れる。
「ただいま。私のお姫様♪」
両手を広げてやれば、更に彼女の笑みは広がった。
ふわりと膨らむ白いエプロンと清楚な白いドレスを翻し、無邪気にも彼の腕に飛び込んでくる。
愛くるしい美少女に飛びつかれ、嫌な気分になる男がいるだろうか?
抱き上げても、驚く程重みを感じない。
もし、空に向かって彼女を放り投げれば、そのまま本当に飛んでいってしまいそうで怖くなる。
「ふむ、君はやはり軽すぎるな。きちんと食べているのかね」
「はい、お昼も皆と十分すぎる程頂きました♪ ロイさんこそ、お弁当どうでした?」
「勿論完食さ。今日のティータイムは?」
「紅茶の葉入りシフォンケーキなんですけれど、生クリームとジャムの他に、ライラックの砂糖漬けで華やかに飾ってみました♪ 後はチーズスコーン、それとベーコンとレタスのサンドイッチです。マンゴーとパイナップルを入れてパン生地を焼いたので、ちょっと風味が甘すぎるかも。ロイさんの口に合えばいいんだけど」
「心配ない。キラの作る物は、何でも美味しいさ」
「えへへ♪」
キラを腕に抱きながら、見慣れている筈の居間に入れば、至る所に白薔薇が咲き乱れている。
薔薇は本来5月の花だ。
7月の今、狂い咲いている姿も、遅咲きだと思い込めない事もない。
だが、土も無い室内に、家具の隙間とか何も無い空間から、青々とした薔薇の蔓が延び、真っ白な大輪の花を咲かせている様なんて、怪異としか言い様がない。
だがこんな風景も、二週間も経てば見慣れてしまう。
≪キラ、今日はハニーオレンジティーで宜しかったですか?≫
桃色の髪の、背に薄い羽を生やした手の平サイズの少女が、キッチンから自分と同じ大きさぐらいある紅茶の缶を抱え、よろよろと飛んでくる。
「あう。ラクスってば、ありがたいけど危ないよ?」
≪いいのです。私はいつでもキラの役に立ちたいのですから♪≫
「あは、その気持ちだけで十分だよ。ラクス、疲れたでしょ。ここにおいで♪」
キラが優しく妖精の荷物を受け取り、肩を示すと、頬を染めた妖精は、ちょこんと彼女の右肩に舞い降り、羽を休めた。
其処は、キラに呼ばれた妖精だけが座れる特別な場所らしいが、おっとりしているようで、結構ちゃっかりしている、ピンクのお姫様がほぼ独占していると言っても過言ではない。
ロイが、何時も己がティータイムに使う椅子の背もたれに手をかけた時、遠くの方で何かが盛大に割れる音が響いた。
≪貴様が俺の前を塞ぐからだ!!≫
≪何抜かすてめぇ!! 言いがかりをつけるのなら、畳むぞ、ああ!?≫
甲高く、独特に響くテノールの罵声は、確認するまでもなかった。
ラクスにいつも出し抜かれている、血気盛んな金髪と銀髪の妖精が2人、空中にふよふよと浮きながら、取っ組み合いの喧嘩を始めている。
(どうして君達は、自分の力量がわからないのだ?)
キラを手伝い、カップとティーポットを運ぼうとしていたようだが、紅茶の葉っぱが入った缶ごときで、ラクスは墜落しかけたのだ。
いかに男の妖精でも、陶器を抱えて飛ぶのは無理があろう。
「イザーク、ミゲル。二人とも怪我は無い?」
キラはもつれ合う2人を手の平で掬い上げると、公平に小さな頭に唇を次々落とし、頬を擦り付けた。
途端、殴りあっていた二人の顔が、デレデレとだらしなく緩み、逆に肩にいたラクスの顔が、悪魔のように真っ黒く歪みだす。
キラにばれない角度にいるから、垣間見ることができる表情だろうが、妖精に夢見ていた幼い頃を思い出すと、心が折れそうになる。
だからロイは精神衛生上の問題から、見て見ぬ振りを決め込んだ。
「2人とも、いつもありがとうね♪ 君達は先にテーブルに着いてくれるかな? 直ぐにロイさんが治してくれるから、ね?」
≪おう≫
≪キ……キラ、俺も……今日…か……、肩に……、その……≫
銀髪のサラサラの髪を掻き毟りつつ、おねだりしたいが照れてできない純情な男を無視し、パタパタと、もう1人赤毛の妖精が飛び込んでくる。
≪キラ、あんたの弟、錬金術師の方が、とうとう東方司令部に顔出したわよ≫
「フレイ、ホント?♪」
≪ええ。あたしの花が彼を見ているんですもの、間違いないわ。でもアルが居ないの≫
≪あらあら、エドの事ですもの、アルも近くにいる筈ですわ。キラ、やっと皆様と会えますわね?≫
「嬉しいなぁ。ねぇフレイ、エドは元気? 怪我とかしていない?」
≪ぴんぴんしてるわよ。それに、今はぷりぷり怒りながら、渡された書類を書き込んでいるわ≫
勝気な少女は、当たり前のように余っていた左肩に飛び乗ると、キラの手の平の中で縺れて固まっている2人めがけて、優越感たっぷりに鼻を鳴らした。
≪ずるいぞフレイ!!≫
≪貴様〜!! なんて図々しい女だ!!≫
ロイは男2人の見苦しいシュプレイコールが響く中、割れた茶器をさっさと錬成して修復すると、ラクスとフレイから『とっととキラの為に、2人を連れて来なさい!!』という、無言の圧力に屈する事無く、キラ手づからの紅茶を味わう為、優雅に己の席に着いた。
08.06.12
10.01.16 大幅改稿
10.04.25 改稿
ここまでが改稿分( ̄― ̄)θ☆( ++)
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