バレンタインデー狂想曲 1
≪頼むルナマリア!! 俺にほんのちょっぴりでいいから幸せを分けてくれ!!≫
大画面越しにアップで頭を下げるデコッパゲがウザい。
長時間居間のテレビ電話を独占された母が、物を言いたげにアスランに見えない位置から睨みを利かせているが、ディッセンベル市に住むものが、御曹司を邪険にできる訳が無い。
ルナマリアはソファーに足を投げ出し、ポテトチップスを齧りながら数えるのも馬鹿らしくなった溜息をまた一つ零し、冷たくなったコーヒーを啜った。
≪お前と俺は親友じゃないか!?≫
「『男女間で友情は成り立つか?』 か。永遠の命題だわね」
≪ルナ〜!!≫
「私料理苦手なの。無茶だって」
≪だから有効な作戦じゃないか!! 俺はこのチャンスを逃したくない!!≫
何度断わられても、キラに恋心を抱いて10年過ごした男は粘着質だった。
日頃の冷静沈着さが吹っ飛び、土下座せん勢いで頭を下げまくる姿はもはや哀れである。
(もう、あたしをあんまり幻滅させないでよね)
どうしてこんなうっとうしいキラ馬鹿に、仄かな恋心を抱いたのか?
半年前に戻れるものなら、あの日の自分に蹴りを入れたい。
ホーク一家が、父の仕事の都合でディッセンベル市に引っ越してきたのは、去年の夏だった。
編入したZAFT学園最初の登校日、ルナは学校を案内してくれたクラス委員長の少年に一目惚れした。
容貌がずば抜けて整い、物腰は穏やかで、しかも市長で最高評議会議員で国防委員長…と肩書きがいくつもあるパトリック・ザラ氏の1人息子。
正にディッセンベル市の王子である。
(これはもう、狙うっきゃないわね♪)
来年の誕生日には、婚姻統制法に基づいて、国がルナマリアの婚約者を決めてしまう。
自由な恋ができるのも、この一年がラストチャンスだ。
軍人の娘は度胸で勝負と、折角ターゲットをロックオンしたのに、噂話から情報を集めれば、肝心要の彼は、幼馴染しか眼中になかったのだ。
あんな素敵な人に愛されている羨ましい女は同じクラスにいて、可愛いが幼く静かでおとなしいだけの美少女に、嫉妬と敵愾心剥き出しでムカついた。
けれどルナマリア自身が観察し、悪意ある噂を篩いにかけ弾き出した結果は、超がつく程お人好しで純朴な優しい少女という現実だった。
最初から全てを諦めきった姿勢は歯がゆいが、親と早くに死に別れた上、施設で育ち、兄達と腹違いと聞けば、環境が彼女に我が侭を許さなかったのだと理解できる。
今でも家族に捨てられる事に怯えていて、気兼ねして生活しなければならない姿も憐れを誘った。
また盲目的に兄達を慕う姿は健気でいじらしく、この頃可愛げのなくなったメイリンに、爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ。
おまけにアスランの見えない所で、女子達の徒党を組んだ根暗く酷いイジメが延々と行われていた現場を見てしまえば、姐御肌な彼女に許せる筈もない。
キラを背に庇い、見物人が廊下に群がる中、クラスで15対1という大乱闘をやらかして楽々勝利した現在、彼女は『B組にいる赤毛のボス猿』というありがたくない渾名と一緒に、キラの初めての女友達の座と、アスランの一方的な信頼と友情をGETしたのだ。
そして明後日はバレンタインデー。
キラは毎年兄達のためにだけチョコを作り、アスランは義理チョコ一欠けらだって貰えない辛い日だ。
だが、今年はキラに、初めての女友達がいる。
彼が優秀な知能を駆使し、策略を張り巡らすのは当然だった。
≪お前だって、誰か本命チョコを贈りたい相手ぐらい捏造できるだろ≫
「失礼ねあんた。大体、うちのパパにしておかないと、キラ馬鹿兄貴’sの許可が出る訳ないでしょ? でも義理チョコに手作りって苦しすぎるわよ……」
≪いいじゃないか、キラだって同じだぞ。お前なら、一緒に作ろうって誘ったって不思議じゃない。俺なんか毎年ミゲル兄さんの分を手伝うって提案しているのに、キラが受け入れてくれた事、一度もないんだぞ≫
(……そりゃそうでしょう……)
何処の世に、家族に贈るバレンタインのチョコを、男と作る女がいる?
キラでなくても、謹んでご辞退申し上げるだろう。
ウザイ男の哀願は延々続き、母の睨みもますます険しくなる。
ポテトチップスを食べつくした段階で、ルナマリアの忍耐もピークを迎えた。
「じゃ、交渉は決裂という事で」
≪ちょっと待て!!≫
「お姉ちゃん、いいじゃないの。アスランさんたっての頼みなんだから♪」
画面を横切って、ぴょこっとツインテールが揺れた。
「……メイリン……」
どうしてこいつは、こんな時に帰って来るのだ?
要らぬトラブルの種が芽生え、ぐんぐん大きくなっていく嫌な気配を感じる。
義理チョコが沢山入った紙袋を下げた一つ違いの妹は、ZAFT学園の普通科に通っている。
【ホワイトデーには三倍返し】を期待した彼女は、今年も4〜50個ばら撒く気満々らしい。
「アスランさん、お姉ちゃんの説得は私に任せてくださいね」
≪ホントか、メイリンちゃん♪≫
「そういえば、ラスティ・マッケンジーの新作バック、カッコイイですよね〜♪ カーネーションっぽい赤色が私の髪にピッタリ♪ 今度の週末、それ持ってお出かけできたら素敵だろうなぁ〜♪」
彼女はとってもいい笑顔でのたまった。
姉同様、憧れを抱いていたのは編入直後のほんの僅か。
今では金づる扱いである。
≪……1500プラントドル(15万オーブ円)のだったか?≫
「えええ♪ そんな、いいんですか♪」
口では白々しい事をほざきながら、たかる気満々だった彼女はしなを作って身をくねらせ、狂喜乱舞である。
「ちょっとアスラン、明日のAランチ一食分で引き受けるから、子供にそんなのほいほい与えないで」
「ズルイ!! お姉ちゃんだって、よくラスティさんやキラさんから、色々高いブランド物貰って来る癖に!!」
「私のはいいの、試作品とか傷物廃棄品だからお金かかってないでしょ。でもアスランからは駄目。ママに怒られるのは私なんだからね」
≪ありがとうルナマリア、感謝する♪≫
本当に幸せそうに顔を輝かせて、アスランは画面から姿を消した。
一人うっとうしい男が消えたと思えば、今度はほっぺを膨らました妹が、恨めしげに睨んでいる。
「お姉ちゃんなんか大っ嫌い、絶交だもん!!」
「はいはい、もう解けない宿題が出ても、教えてあげないからね」
メイリンをおざなりに宥めながら、勢いで面倒な依頼を受けてしまったルナマリアは、憂鬱そうに溜息を零した。
「本当に……知らないんだからね、あ〜あ……」
母に目を向けると、彼女は更にギンギンに目を光らせている。
「ねえママ、明日、キラと一緒にここでチョコを作りたいんだけど……」
「駄目よ、断りなさい」
彼女は昔、一番簡単な目玉焼きすら爆発させ、家の新品レンジを壊した。
更に直そうとぶっ叩いて蹴り飛ばした結果、レンジの残骸に火を吹かせ、あわや家事を引き起こしかけた前科持ちだ。
以来ルナマリアが自宅のキッチンで料理する事は禁止されている。
ここが使えないとなると……、後残っているのはキラの住んでいるマンションだけ。
でも、それぞれの兄達の仕事場を兼ねているので、本宅から引っ越して以来アスランですら、ハイネの許可が出た時しか入れて貰えないのだという。
決定権を持つ兄は現在月に出張中で、後1ヶ月戻らない。
絶望的だった。
08.02.22
ロバ耳でこそっと書いているバレンタインものです。
時間軸は、本編の2ヶ月前のお話です♪
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