バレンタインデー狂想曲 2
バレンタインデーの日、ラスティの夕方からのスケジュールは完全にオフになる。
彼がデザイナーデビューしてもう4年になるが、一度も曲げない習慣だった。
そんなラスティが、もう16時も回ったと言うのに、白薔薇の大きな花束を抱えてアトリエに駆け込んできた。
とっくに店を出たと思ったヨウランは、びっくりだった。
「おい、俺の取り置いてたトートバック2つ、何処にあるかしらねーか?」
まるで特別な恋人とディナーに出かけるような正装姿だが、彼の行き先は自宅である。
女ったらしでとっかえひっかえ日替わりで遊ぶ癖に、実は家族をとっても大事にする不思議な奴は、施設で育った腹違いの妹を溺愛している。
両親を早くに失ったせいもあるのだが、ヴェステンフルス家の兄弟妹の絆は強固で、クリスマスも正月も家で過ごすのだ。
だがバレンタインまで女友達を差し置き、妹にべったりなんて、ラスティの外面しか見てないものが知ったら、意外さに目を丸くするだろう。
「キラちゃんへのプレゼント? ラベンダーのならちゃんと在庫が……」
「違う、水っぽい赤だ。3ヵ月後まで予約で一杯の新作」
ラスティにしては珍しい色と活動的なフォルムから、若い世代の女の子達が飛びつき、爆発的に売れて、現在生産が追いつかない人気作だ。
(よりによって、あれかよ)
心当たりはあった。しかも十分にヤバイ。
ヨウランの顔からすっと血の気が引いたが、見た目が変わらないからラスティはまだ気付いていない。
今日彼は、浅黒い肌にコーディネートしてくれた両親に、心底感謝を捧げた。
「でもさ、お前の妹さんにだと、色が合わなくないか?」
「キラに仲いい女友達ができたんだ。ルナマリアちゃんっていう、えらく元気で活発な子。赤のトートは元々その子をイメージしてデザインしたんだよ。髪の色があんな感じでさ」
「へえ、珍しいな。お前がキラちゃん以外でデザインするなんて……、ちょっかい出すなよ」
「馬鹿言え、キラの親友を俺が抱くかよ。お前には前話しただろ。キラにはむかつくアスラン・ザラがべったりひっついてやがるからさ、高等部に上がった途端、あのデコを良く知らない新参者がファンクラブなんか作りやがって、徒党を組んでこそこそ影でキラを虐めやがってたの」
確かに聞いていた。
ZAFT学園も高等部ともなると大勢外部から入学者が入る為、中等部までの空気とがらりと変わって一気に柄が悪くなる。
ラスティも仕事の合間を縫って、なるべく生徒会に顔を出していたが……所詮OBだ。
昔のような権限はないし、下僕のディアッカだって、上級生では中々目が届かないだろう。
「ルナちゃんは夏に編入してきたんだけど、キラが虐められてたのを目撃して助けてくれてさ……以来、色々目を光らせて守ってくれてるんだよ。俺の大事なキラがいつも世話になってるのなら、兄貴として感謝して当然だろ」
照れくさそうに頭を掻くラスティに、ヨウランもついつい優しい気持ちに引き込まれる。
ラスティはデザイナーだから、斬新な創作をする為に、いつも過激な刺激を求めて暴走気味な傾向にある。
そんな彼に日々振り回される毎日は、決して楽ではない。
だが、時折こんな風に見せるギャップがあるから、可愛い男だと許せてしまうのだ。
「昨日もさ、キラとルナちゃん、一緒に俺へのバレンタインのチョコを作ってくれたんだぜ。だったら俺もさ、気持ち的にお返しあげたくなった訳よ。本当はキラと二人お揃いを、ホワイトデーにプレゼントするつもりだったんだけど、善は急げって言うだろ? 早くキラの嬉しそうな顔見たいじゃん……でも、見つかんなきゃ意味ねーよ!!」
イラつくラスティは、導火線に火がついた爆弾みたいなものだ。
取り扱いを間違えれば、いつブラックが降臨して、事務所を壊しかねない勢いで暴れるか判らない。
(マズイ……、マジで困った……)
ヨウランはこくりと息を呑んだ。
他の代用品で誤魔化せればよかったのだが、そんな事情では見つかるまでこの男は絶対納得はしまい。
だが、このまま時間を引き延ばしても、もう無駄だから。
ヨウランはきゅっと拳を握り、目を瞑って頭を下げた。
「………すまないラスティ、俺、お前の取り置きなんて知らなかったから、30分前に断れない客に売っちまった……」
「はあぁぁぁ、てめぇ勝手な真似しくさりやがって、何処のどいつにだよ?」
「上得意だよ。頼むから今日プレゼントは諦めてくれ。来週中には、俺が何とか手配するからさ!!」
ヨウランの必死の懇願は無視され、ゴーイング俺様な男は、勝手に伝票を引ったくり、購入者の名前に目を走らせる。
たちまち、ラスティの眉根は吊りあがった。
「………アスランだとぉぉ?……」
(ひいいいいいいいい!!)
彼とラスティは天敵だ。
だから言えなかったのに……。
「……取り返す……」
「待ってよ、相手はザラ家の御曹司なんだよ!!」
「知るか!! 気に食わない奴に売るものなんて、俺の店には一つも無い、お前も俺のマネージャーだったら、覚えておけ!!」
「ラスティ!!」
追いすがったヨウランは足蹴にされ、彼の静止を振り切って、ブラックに豹変したラスティは、文字通りアトリエから飛び出していった。
☆☆
一方、こちらヴェステンフルス家のマンションでは、ハイネから『緊急開封』の映像メールが届いていた。
この家では、家長命令は絶対だ。
キラは料理の盛り付けも中断し、神妙な面持ちで、ソファーがあるのにわざわざフローリングの床にきちんと正座し、兄のメールが開かれるのを待っている。
「キ〜ラ、女の子が腰を冷やしちゃ駄目だろが」
ミゲルはひょいっとキラを掬い上げると、ソファーに深く腰を降ろし、自分の膝の上にちょっこり乗せ、きゅっと抱きしめた。
なのに、大ボケな彼女は困ったように小首を傾げ、TV画面とミゲルの顔を交互に見上げ、やがて諦めたように溜息を零し、服を脱ぐ為胸元のリボンに指をかける。
「違うって、ラスティまだ帰ってきてないだろ? まだ何もしやしないから、安心して甘えてろ」
額に軽く唇を落とし、くしゃくしゃ髪を掻き撫でてやると、キラの顔が安堵に緩んだ。
従順なキラは可愛いけど、度が過ぎれば卑屈さが目に付き胸くそが悪い。
でも、キラの性格は……彼女の意志でどうこうできる問題でもない。
ミゲルがこの世で最も愛している子は、妹なんかじゃない。
ハイネの子供を生む為に作られた特殊な第一世代、人権もない実験動物『サンプル・キティ』……通称【仔猫】という。
用済みになれば、廃棄物として犬猫のように薬殺される。
キラをいつか処分するのは国だが、キラの所有権は現在ハイネにある。
彼女は、この家にいる限りは、人間として扱ってもらえる。
だがヴェステンフルス家から放り出されれば、待っているのは安楽死かそれより酷い運命だろう。
彼女の処遇が長兄の胸の内一つで決まるとあれば、キラがハイネの意に絶対服従なのも当たり前だ。
ミゲル最愛の少女に、常に他人顔色を伺って生活しなければならない運命を強いた、プラントの政策につくづく憎悪が募る。
「ミゲ兄、早くハイネ兄さまのメール開いて」
「……おっと、キラが抱き心地良くて忘れてた……」
「もう」
ミゲルの首に両腕を回して、すりすり甘えてくるキラの腰に手を回したまま、片手で白いリモコンのボタンを押し、開封指示を出した。
たちまち大きな画面一杯に、派手なオレンジの髪を持つ精悍な青年が姿を現す。
≪キラ、バレンタインのカードありがとさん。それからメールでルナちゃんと作ったチョコも見せてもらったぜ。仲の良い女友達ができて良かったな♪≫
ルナマリアとチョコが写った映像を、わざわざプリントアウトした写真を振っている。
口調は明るいが、眉間にくっきりと皺を寄せ、口元は皮肉に歪んでおり、明らかに機嫌が悪い。
≪けど、遠くで頑張ってるお兄さま1人省けにして、ミゲルとラスティだけ美味しい思いするのってさ、考えたら業腹なんだよな。お前は俺の猫なのに、もう一ヶ月以上もイイコトしてないし、今晩あのケダモノ2人がお前を好き放題食べるかと思うと、すっげーむかつく。だから…キラ、今日のパーティはお前無しな≫
「そんな、イベント日決めたの兄貴だろが!!」
ミゲルが怒鳴っても、敵は一方的な映像である。何の意味もない。
いつもキラの体を気遣って、結構セーブしてえっちするのだが、バレンタインデーは違う。
キラの美味しい料理と手作りチョコを堪能しつつ、着飾ったキラに、上の口下の口構わず酒と媚薬を大量に飲ませ、大人のおもちゃや手錠や鞭や縄など、普段できないどんなアブノーマルな行為も許される解禁日だ。
ミゲルもラスティも、いやらしく豹変するキラを隅々まで食べつくす気満々で、今日を楽しみにしていたのに……土壇場でおあずけなんて冗談じゃない。
だがハイネの『駄目』が出たら、キラは絶対肌を許さない。
彼女も早速、もぞもぞと、ミゲルの膝から降りようともがき出す。
≪……と、言いたい所だが、俺、お前ら弟達も可愛いんだわ。できればそんな可哀想な事はしたくないとも思っている≫
「からかったのかよ!! 根性悪が」
≪っつー訳で、ミゲルとラスティ、戦艦並のスピードで、速やかにキラのチョコを俺に送れば、今日の楽しい乱交は許してやる。但し、5日後までに届かなかったら、以降俺が出張している間、キラとのにゃんにゃんは一切禁止だからな≫
横暴にも程がある。
キラが手に届く場所にいるのに見てるだけなんて、ラスティも自分もできる訳がない。
≪やっぱバレンタインぐらいはさ、キラの手作りチョコ喰わねーと、迎えた気しないんだよ。孤軍奮闘で頑張ってるお兄様も、ささやかな幸せほしいじゃん。つーわけで頼むな。じゃ、楽しみにしてるから♪≫
ぴらぴらと、キラがルナマリアとツーショットでチョコを見せている写真を振りながら、にこやかにハイネは消えていった。
暢気な兄と裏腹に、ミゲルは目を血走らせながら、壁の時計に目を走らせて立ち上がる。
「5日?プラントから月までたった5日?」
普通便でも一週間から10日かかるのに、5日なんて酷すぎる。
こんな無理難題、完全に拗ねた兄貴の意地悪だろう。
けれどハイネの長期出張は3ヶ月を予定している。
このままでは4月までキラを取り上げられてしまう。
後2ヶ月も愛しいキラを抱けないなんて、ミゲルは本当に気が狂うだろう。
「キラ、急いでお前のチョコを箱に詰めろ!!」
ミゲルがキーボードを叩いてネット検索し、宅配の受付締め切りを一覧で確認すれば、超シャトル便が何とか1件見つかった。
今日の18時半までに受け付けを通せば、ぎりぎり5日後の深夜に月まで届けてくれるというのだが、集荷場はコロニー外れの宇宙港だ。
時刻は現在16時半。
ここのマンションは都心にある。
エレカを走らせても1時間はかかるだろう。
ハイネが宿泊しているマリア・ブランシュホテルのアドレスを、コートとのポケットに突っ込み、エレカの鍵を引っ張り出す。
だが、キラは顔を青ざめさせ、目にじんわり涙を溜めてソファーにちんまり座ったままだ。
「おい、何ぼさっとしてる?」
「……兄さま……ゴメンなさい……」
「キラ?」
「……白状します、……僕の手作りチョコ、もう一個も家に無いの……」
「……はあああああああ!?……」
08.02.23
皆、ピンチです(鬼)。
伏線貼り終了( ̄― ̄)θ☆( ++)
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