バレンタインデー狂想曲 3
―――――― 一年に一度、大切な人に感謝を込めて
甘い幸せを贈りましょう―――――――――
「ふん、みんなお菓子メーカーに踊らされているんじゃない?」
「ルナマリアさん、今の発言、棘があると思うのは僕の気のせいですか?」
若草色の髪を持つ美少年……、ニコル・アマルフィはこっくり首を傾げた。
2月14日は女の子の為だけのイベントと言って差し支えないだろう。
ここZAFT学園も、朝から校内全体落ち着きが無く、空気が甘ったるいピンク色に染まっているように感じる。
毎年比較的人気の高い生徒が集う生徒会室は、放課後ともなれば学年を問わず、チョコを手に持った女子生徒でごった返すのが通例だ。
だが今年は何故か、部屋前の廊下は、不気味な静けさが浸透している。
「……ルナマリアさん、何か不思議なメロディが聞こえません? お経というか呪いみたいな……?……」
中等部3年に在籍しているニコルは、現在売り出し中のピアニストでもある。
抜群に耳の良い彼に習い、ルナも息を呑んで耳をすませてみれば、確かに音程の激しく外れた不気味な旋律が聞こえてくる。
音源は紛れもなく生徒会室だった。
ちゃっかり彼女の後に逃げたニコルにとんと背を押され、彼女は恐る恐る扉をちょっとだけ開く。
隙間から覗き込むと、真正面の机には、イザークが眉間に皺を寄せ、本でバリケードをうず高く作って、書類にペンを走らせている。
自前で作った境界の向こう側の机では、デコッパゲが嬉々として、ノートパソコンに数字を入力していた。
「……犯人はアンタか……」
悶絶しそうな呻き声の正体は、なんとアスランの鼻歌だった。
奴が音楽の授業を選択しなかった理由はコレか。
ここまで音痴だと、憐れに思えてくる。
キラ馬鹿以外に、アスランの弱みをまたもや掴み、頼むからこれ以上、自分の理想の王子様像を崩さないで……と涙が溢れそうだ。
「イザーク副会長、約束通り中等部から『猫の手』を借りてきたわよ」
「こんにちは〜♪」
「げ、ニコル!!」
カウチに寝そべり、自分宛のチョコの手紙を嬉々として読んでいたディアッカは、天敵な少年の登場に、バネのように起き上がった。
「ディアッカ会長、可愛い弟分が手伝いに来てくれたんだから、そろそろ働いて下さいね」
「ルナさん、気色悪い冗談はやめて下さい。アスランならともかく、浅黒エロ魔人なんかにキュートな僕が懐く訳ないでしょ?」
ニコルは春から生徒会に入ると決まっているが、可愛い顔と裏腹に、お腹が真っ黒で大層楽しい性格のようだ。
「手伝い要らない、来なくていい、俺に春までは平穏無事に過ごさせてくれ!!」
「ディアッカってホントいい墓穴堀ですよね。あんまり嘗めたこと言うと、この辺にありそうな密かなお宝映像、ぽちっとデリートしちゃいますよ?」
彼はディアッカの机にあったノートパソコンを、にこやかにぴんと指で弾いた
「ひぃぃぃぃぃぃぃ、止めろニコル、働く働く働きます!!」
「よくやったルナマリア、いい首の縄になる」
滅多に人を褒めないイザークに賞賛され、ちょっと嬉しくなった。
だが、現実逃避したい問題はこれからだ。
「あれ、アスラン……今日キラさん居ないんですか?」
「うん、帰った♪」
毎年、キラは兄達と家でバレンタインパーティをする。
だが、アスランはヴェステンフルス3兄弟に除け者にされ、呼んで貰えない。
悔しさから、毎年この日だけはキラに山のように生徒会の仕事を押し付け、彼女の帰宅を徹底的に妨害するのが恒例だったのに、今年は『キラは帰った』と満面の笑みで言う。
ニコルでなくても気色悪く思うだろう。
「アスラン、随分今日はご機嫌ですが、何かいい事あったんですか?」
そうニコルに話しかけられた事に全く気がつかず、アスランは、わくわくとルナマリアに両手の平をさしだした。
「ルナ、キラは帰ったんだよ♪」
「あんた一体何者?」
「焦らさないで、さあ、早く俺にくれ♪」
まるで子供だ。
嫌、おあずけを食らったワンコだろうか。
ルナマリアを見下ろし、目をキラキラ輝かせている彼に、もう諦めの溜息しか出ない。
ルナは鞄と一緒に持ってきた赤の大きな布バックの中から、がっちり分厚いダンボールの箱を取り出した。
机の上に静かに置き、テープで止めてあった蓋を丁寧に開けば、ふわふわとドレープの美しいピンクのリボンが飛び込んでくる。
箱の中にあった、チョコを包んだラッピングは、大輪の薔薇を表現している。
ちゃんと昨日キラの手で綺麗に飾りつけられたままだ。
型崩れしないように注意して持ってきた甲斐があったと、ルナは胸を撫で下ろした。
「はい、どうぞ」
その包みをアスランの手の平にぽんとおいてやれば、途端、彼の顔がでろでろに溶けそうな位緩みだす。
横で見ていたイザークが、怪訝気に眉を顰めた。
「なんだアスラン、お前とうとうルナに乗り換えたか?」
「違う、これはキラの手作りチョコだ」
「なに、まさか…!!」
「ああ、……俺の想いはやっと報われた……」
「こら、水平を崩さないで。チョコレートは脆いんだから」
頬擦りをする一歩手前で箱の傾きを慌てて戻したアスランは、感慨深げに箱をじっと眺めた。
色々、彼なりに思うことが多々あるのだろう。
翡翠色の瞳にじんわりと涙が潤んできたのを見た時、ルナはびっくりしたけど嬉しかった。
アスランが、本当に泣く程キラのチョコを切望していた姿を目の当たりにし、色々キラを騙してしまった後ろめたさや葛藤も、一瞬で霧散したと言っても良い。
「ほらアスラン、早く開けて見て。キラ渾身の作品は凄いんだから、ね?」
ルナが励ますように彼の肩を優しく叩くと、目元を拭って頷いたアスランは静かにリボンをほどき始めた。
丁寧にラッピングの包み紙も剥がすと、中から現れたのは清楚な白い箱だ。
大きさは丁度、イザークが普段愛読しているような文庫2冊分を重ねたサイズで、アスランはごくりと生唾を飲み、指を震わせながら箱を開いた。
「…………おおおおおおおおお!!…………」
アスランが感嘆の吐息を零すのを見て、ルナマリアはついつい自分の手柄のようににんまりと笑ってしまった。
箱の中には、大きな花弁の美しい百合、薔薇、カトレア、鈴蘭、最後は椿……と、そんなチョコレートで細工された花々で飾られた、個性的なボンボンショコラが5つ、小さいながらも存在感たっぷりに並んでいる。
菓子職人のオーダーメードかと疑うぐらい手の込んだチョコレート菓子に、覗き込んだイザークとニコルも、驚愕の息を吐く。
「……流石キラだ、料理がプロ並なのは知っていたが、聞きしに勝る見事さだな。……」
「お兄さま達の為に精魂込めて作ったんでしょうね。まるでアートです、食べるのが本当に勿体無いぐらい」
「あのキラ馬鹿兄弟が、よく持ち出しを許したな。ルナちゃんどうやったの?」
覗き込んできたディアッカが、不思議に思う気持ちも判る。
ヴェステンフルス家では、家長ハイネの命令は絶対だ。
キラは兄の厳命に従い、バレンタインデーにはアスランにさえ既製品の義理チョコ一つ贈れなかった筈。
ルナマリアは頭を抱え、はあぁと深く溜息をついた。
「経緯は言いたくない、黙秘権行使します」
「おい?」
「でもね、キラのチョコは外見だけでなく中も凄いのよ。チョコレートは8層でできていて、食感はまるでパイ。中身もココアリキュール、赤ワイン、ブランデー、オレンジキュラソー、抹茶と、飾った植物のイメージに合わせて全部違うの。噛み砕くとお酒がまずじわっと喉を焼いて、チョコの甘露がその刺激を包み込むように滑っていって……何ていうか、とにかく忘れられない味で……」
「お前、食ったのか!! 俺を差し置いてキラのチョコを!?」
鬼の形相で人の話を遮ったアスランを、ついつい拳でぶん殴る。
「悪い? 私のせいで散々失敗したやつを、美味しく2人で食べたわよ。もう、マジでキラに申し訳なかったわ」
(情けないあんたのせいで、あたしがどれだけ惨めな想いをしたか!!)
最後の怒鳴りたかった言葉をぐっと飲み込み、ルナは昨日の辛かった放課後を思い出した。
『パパがどうしても、あたしの手作りチョコ欲しいって駄々こねるの。お願いだから手伝って!!』と泣き落とし、キラ経由でミゲルとラスティからマンションの入室許可を取り付けて、まんまとの彼女の家の台所に上がりこんだ。
『ルナはどんなの作りたいの?』とキラに聞かれても、目的はキラの手作りチョコをせしめる事だから、迷わず『キラと同じがいい!!』と言い切った。
キラもルナが料理を全くしない事を知っている。
だから『まずチョコを湯煎してね♪』と言われ、ルナはボールに入れたチョコの中に、直接お湯を注いで液状にかき混ぜる……という、馬鹿な失敗をわざとし、自分が持ち込んだ材料を一気に全部パーにした。
予定では、ここで信じられないぐらい料理ができない彼女に呆れたキラが、チョコを全部自分で作り、ルナにお裾分けをくれる筈だった。
だが彼女は本当に優しい子だったから。
不出来なルナを励まし、辛抱強く、最後まで一緒にチョコ作りをしようと頑張ってしまったのだ。
包丁すら満足に握った事がないルナが、日々、兄達の為に美味しい料理を研究している、キラのレベルについていける訳がない。
ボンボンの型抜きという簡単な作業も、親指と人差し指で円を作った中に納まるぐらい小さなサイズでは、ことごとく力加減に失敗して、バリバリに割りまくった。
キラというお手本が目の前にいても、見よう見まねで熟練の技術者と同じように作れる訳がない。
キラがチョコで細工物を作っている真横で、彼女を真似して作っても、何一つ納得いく物はできなかった。
自分の不器用さが悔しくて、日頃キラの姉貴分を気取っていたからこそ、彼女の足手まといになるのが辛く、でも焦れば焦るほど失敗は続き、プライドが粉々に傷ついたルナは、最後にとうとう泣きながらボールを分投げ、割れたチョコを握りつぶして壁に叩きつけ、ヒステリーを起こし、暴れてしまったのだ。
≪ルナはきっと、細かい作業より身体を動かす方が向いているんだよ。大丈夫、ルナがどんなにお父さんの為に頑張ったかは、僕がちゃんと見ていたから。後は僕に任せて♪ ルナの感謝の気持ちはちゃんとお父さんに届くように頑張るから、ね?≫
人様の家の台所をぐちゃぐちゃに汚してしまったのに、キラは彼女が落ち着くまで、延々頭を撫でてくれた。
失敗した材料を使って、ホットチョコレートも作ってくれた。
甘い飲み物がキラの優しさのようで心に染み、嘘をついてここにいる自分が余計に悲しくなり、辛さは増した。
今でも思い出す度、自己嫌悪で沈みそうだ。
そしてルナマリアが飲み物を啜っている間に、キラは無事だったなけなしの材料をかき集めて、この5個だけを何とか仕上げたのだ。
「はい、これルナマリアのパパにあげて」
「え、でも…」
「だってルナのパパ、娘の初めての手作りを期待しているんでしょ? 楽しみにしてるのに、手ぶらじゃ可哀想だよ」
ルナマリアの嘘を信じきり、純粋な目できっぱり言われれば、騙していましたなんて絶対言えなくなってしまった。
「受け取れないよ、だってお兄さん達も、きっとキラのチョコを楽しみにしているよ」
「うん、そうだけど大丈夫。だって今年、ハイネ兄さま帰ってこないんだよ。明日はちょっと拗ねちゃうかもしれないけど、ハイネ兄さまが出張から帰って来た時にもう一回バレンタインパーティーを4人でやり直ししようって提案すれば、きっといいよって言ってくれると思う。ほら、兄さま達ってば、楽しくて賑やかな事大好きだし、だからルナは気にしないの♪」
ラッピングも綺麗に整え、形が崩れないように厚みのある箱に収められた物を渡されて、余計に居たたまれなくなった。
でも、昨日直向に頭を下げ続けていたアスランを思い出してしまったから。
なんせ、彼はキラに恋して早10年になる。
来年の今頃、キラはきっと国が婚約者を宛がい終わっているだろう。
もしかして本当に、今年がアスランにとってチョコを貰えるラストチャンスになるかもしれないのだ。
一途な彼に一度ぐらい幸せをあげてもバチは当たらないだろう。
(……ゴメンねキラ…でも、うちのパパよりキラが一生懸命作ってくれたチョコは、きっとアスランに食べてもらった方が幸せなの……)
ルナマリアは心でキラに謝りながら、色々と想いが一杯つまったチョコを、大切に家に持ち帰ったのだ。
なのにアスラン、この馬鹿は……!!
「ありがとうルナマリア、これは俺の気持ちだ。メイリンちゃんの分もあるから渡してくれ」
彼はにこやかに、ラスティ・マッケンジーのブランドロゴが入った大きい紙袋を二つ、ルナマリアに差し出したのだ。
嫌な予感に引き裂くように包装紙をひっぺがし、中を確認した。
転がり出てきたのは紛れもなく、メイリンが先日強請ったあの1500プラントドルもするバッグである。
「貴様ルナマリアを買収したか」
「うわぁ、情けないですよアスラン」
「何とでも言え」
何も知らないイザークやニコルなら、『そう』勘違いするのもおかしくないだろう。
だが、なんという酷い侮辱だ。
自分の純粋な好意と想いが、今、よりによってアスランに踏みにじられたのだから。
彼女の頭に一気に血が上り、怒りで目の前が真っ赤に染まったのは当然だった。
08.02.25
『ハイネ兄さまが出張から帰って来た時にもう一回バレンタインパーティーを4人でやり直ししよう』
そうキラが提案すれば、ミゲルとラスティはそりゃホイホイ乗るでしょう。もう一回楽しいえっちぃ乱交パーティーができますから。
ルナは当然、キラのそんな含みある言葉の意味には気がついておりません。
所々にunderを匂わせる描写が入っておりますが、元々が浮島創作の番外なので、お見逃しいただけたら嬉しく思いますm(__)m
BACK NEXT
浮島に戻る
ホームに戻る