ホワイトデー狂想曲
キラから貰ったチョコを大事に美味しく一つだけ頬張っていた夜、ディアッカから通信が来た。
≪お前にとって、きっと有益な話だから、会わないと後悔するぜ≫
その言葉を真に受け、タッド・エルスマンの訪問を受けた事を、今アスランは激しく後悔している。
「アスラン君、どうかうちと契約してくれ」
ふかぶかと頭を下げるタッドが望むのは、昨年死んだ母が研究していた特別な細胞の使用権だ。
レノアが所持していた再生細胞の特許は、遺言でアスランに残されており、例えパトリックでも好きにできない彼の財産である。
タッド・エルスマンの専攻は医学だし、彼のラボは設備も整っているが『コーディネーターの為、医学の為』と美しい言葉を羅列しても、結局事業には金がからむ。
拒絶反応の少ない臓器を作れるかもしれない技術は、巨万の富を生むだろう。
他の研究機関も喉から手が出る程欲しいらしく、正直彼の提示する条件より、遥かに良いものも無数にある。
「お引取りください」
「私はこれでも医療の権威だ。ディアッカから聞いている。君に欲しい相手がいるのなら、十分力になれると思う」
「それは魅力的な提案ですね」
この国には、アスラン自身、最悪の法と思っている『婚姻統制』が施行されている。
第二世代の婚姻は遺伝子で決められ、どんなに互いが愛し合おうと、自由結婚など許されないのがプラントの現状だ。
「俺の望みはキラ・ヴェステンフルス。彼女以外誰も欲しくありません」
「なら便宜を図ろう。私にはそれだけの力がある」
「判りました。キラの誕生日は5月18日、俺とキラの婚約が確定したその時に、母の研究は貴方に譲りましょう」
「感謝する、アスラン君」
そんな密かな会合から一週間後。
アスランはヴェステンフルス家のキッチンに立っていた。
「ねえキラ、本当にこれを使うのか?」
「うん♪」
アスランは麺棒で延ばしたクッキー生地を目の前に、こくりと首を傾げた。
今彼は、型抜きにと、金属製のプリン容器を渡されたのだ。
間口を使ってくり貫けと言いたいのだろうが、自分の握りこぶしと同じぐらい大きい。
これでは、クッキーと言うよりビスケットだ。
嵐のようだったバレンタインデーの翌日、ミゲルが横流ししてくれたキラのチョコのお礼に、ホワイトデーには彼の為に、キラとクッキーを焼こうと約束した。
だが、彼は丁度ホワイトデーの頃、地球へプロモのロケーションに行く予定らしい。
カレッジも春休みだし、納得がいく映像が撮れるまで滞在すると、帰国予定日は曖昧だ。
アスランも、来週から生徒会主催の卒業ダンスパーティの準備で忙しくなる。
よって、かなり早いがホワイトデーのお返しを前倒しで作る事になったのだ。
『土曜日の午後に決行』とスケジュールを調整し、ミゲルの許可を貰ってキラとヴェステンフルス家で幸せに菓子作りなんて、アスランにとって嬉しいシチュエーションだ。
邪魔者さえ居なければ……だが。
「いったたたぁぁぁ!!」
「あああああ、ルナ!! ちょっと待って!!」
キラが慌てて救急箱を取りに、キッチンから駆け出していく。
アスランの真向かいで、リンゴのウサギを作っていた彼女の手元がみるみる赤くなる。
どうやら指を切ったらしいが、皮が厚く、いびつなウサギ耳がふよふよ浮いている塩水入りのボールの中に、作りたての血まみれのウサギまで放り込むのはやめて欲しかった。
(俺、絶対あのリンゴは食べない)
ルナは気立ても良く姐御肌な子だが、思いきりが良すぎる大雑把な性格が災いし、細やかな料理に向かないらしい。
キラがルナの手に絆創膏を貼り付けている間に、彼はくり貫き終わったクッキー生地を、さっさとオーブンの天板に乗せた。
本のレシピ通り、温度を250度設定にしてタイマーを仕掛けると、今度は食洗器を開け、汚れた麺棒と諸々の食器、ルナが使っていた包丁を放り込む。
「アスランってほんと手際いいわね。家でも台所に立つの?」
「まさか」
家は父が雇った名前もろくに知らない使用人達が、全部やってしまう。
望めばどんな料理も出てくるが、広い家で孤独に食べる食事など、一度も美味しいと感じた事がない。
「アスランの料理は、ミゲル兄さま仕込みなの。ワイルドで美味しいよ」
「へぇ〜」
「塩焼き魚とか、簡単なパスタやスープとかスペアリブ程度だぞ。殆どぶつ切りで塩コショウして焼くだけだ」
キラ達が本宅から離れるまでは、アスランの誕生日は毎年ヴェステンフルス家で祝われたし、庭でバーベキューとか、キャンプ場で釣りとか、ミゲルが企画するイベント時に、結構呼んで貰っていたのだ。
その時のアスランは、まるで家族の一員のように、ラスティと分け隔てなくこき使われた。
今は忙しすぎて、ミゲルにそんな余裕は何処にもないが、お蔭でアウトドアの料理なら結構得意だ。
「アスラン、ちょっとお片づけは待って!! 僕、まだ作りかけがあるの」
出しっぱなしの食材かと思いきや、常温に戻していたようだ。
冷たさの取れたカマンベールチーズとクリームチーズ、それと砂糖をボールに入れ、キラはさっくりかき混ぜだす。
第一弾が焼けたので、アスランはクッキーを網に乗せて冷まし、次の生地を天板に乗せた。
その頃キラは生クリームを泡立て、お湯でふやかしたゼラチンも加え、手早く火にかけてゼラチンと砂糖を溶かすと、手早くさっきクッキーの型抜きに使ったのと同じプリンの容器にいくつも流し、いそいそと冷蔵庫から氷を大量に取り出し、水を張ったボールに入れ、容器を一気に冷ました。
「何作ったの?」
「ん、チーズムース。クッキーの上にひっくり返して乗せるの♪ お手軽にケーキができるでしょ♪」
ただクッキーを焼くだけかと思いきや、やっぱり菓子限定で食い意地が張ったキラは違った。
キッチンから居間のテーブルに場所を移し、真っ白く大きなプレートを5枚テーブルに並べると、嬉しそうにカトラリーの準備を始める。
お皿2枚分は、きっとここにいない兄達のものだろう。
「僕らもお茶にしようね♪ 何飲みたい?」
「お菓子が冷たいなら、暖かいオレンジペコーがいいんじゃない? ルナもそれでいいか」
「あたしは何でもOKよ。キラのお茶美味しいし」
「はーい♪ じゃあ、カップ3つ暖めておいてね」
予め用意してあったマイセンのカップに、アスランはお湯をなみなみと注いだ。
キラは紅茶ポットで茶葉を良く蒸らしつつ、プリン容器をひっくり返して、大きな丸いクッキーの上に、白いチーズムースを次々乗せた。
真っ白な頂に、真っ赤なイチゴと赤紫のブルーベリーソース、それからみずみずしい摘み立てのミントをちょっこりと飾る。
単なるバタークッキーが、あっという間に見栄えの美しいケーキになるから大したものである。
続いてクッキーをビスケット風に、バニラ、チョコ、イチゴのアイスを使ってそれぞれ3段にサンドし、食べやすいように半分に切る。
ディップ用にマーマレード、ジャム、ヨーグルト、ホイップクリームを小鉢に盛り合わせ、シロップに漬かった甘いフルーツもカットして皿に置く。
また、敷いたクッキーにスライスしたバナナを置いてから、チョコアイスもタルト風に盛りつける。
大きい2枚のプレートは、3種類のデザートと沢山のフルーツで賑やかに埋まった。
「小さなクッキーも可愛いけど、どうせなら豪快に大きく作ると応用が利くでしょ? 余ったら朝食代わりにもなるし、ちょっと小腹が空いた時、トッピング次第で夜食になるし♪」
「もうキラ、連れて帰りたいわよ〜♪ あんたの手って魔法みたい」
「太るぞ」
「アスラン、あんたはどうしてそうデリカシーが無いの!!」
ルナが幸せに菓子を頬張る中、キラが入れたてのオレンジペコーを配ってくれた。
それをありがたく受け取り、香りを楽しみながらストレートで啜っていると、アスランの目の前に、小皿に乗ったチーズムースケーキと、レタスたっぷりのクラブサンドとミートパイが乗った大皿が置かれた。
「昼に作っておいたの。アスランは甘い物ばかりじゃ飽きちゃうでしょ?」
確かに自分はルナやキラのように、際限なく甘い菓子ばかり食べられない。
自分用に、わざわざ準備しておいてくれたのかと思うと、アスランもほっこり嬉しくなる。
「ありがとう、キラ」
クラブサンドは軽く暖めてあり、パンもしっとりとして柔らかかった。
頬張ると、厚く切ったペーコンとアボガドが効いていて、本当に美味しい。
また熱々のお茶では飲みづらいだろうと、アイスコーヒーもグラスで渡され、至る所に細やかな気遣いが感じられる。
キラと結婚できたら、きっと自分の寂しい生活は一気に激変するだろう。
婚姻統制法に基づき、キラの相手は5月18日に決まる。
母レノアが残してくれた遺伝子研究の特許権が、どれぐらい価値のあるものかなんて知らないが、キラを本当に得る事ができるのなら全く惜しくない。
最高評議会議員パトリック・ザラの息子と、ヴェステンフルス財閥の令嬢では、家柄のランクはキラの方がやや劣るが、権力的にありえない組み合わせではない。
ハイネ・ヴェステンフルスは、月を飛び越え地球進出も視野に入れている程グローバルな男だし、ミゲルもラスティも、それぞれの道で成功の階段を着実に昇っていて、プラントの知名度も高い。
父は政治家だから、アスランが裏でキラ獲得の為に動いている事など、筒抜けだろう。
なのに家柄や格式に拘る男が、一週間経っても黙秘を貫くなら、きっとヴェステンフルス3兄弟に利用価値を見出している筈。
なら障害など何も無い、キラは最早手に入ったも同然だ。
後2ヵ月我慢すれば、彼女は晴れて自分の婚約者となる。
「ねえ、そんなにそれ美味しいの? あたしにも一つ頂戴」
うっとり自分の世界に浸っていたら、顔に隠しきれない嬉しさが滲み出ていたようだ。
アスランのプレートから半分に切ったミートパイを掠め取る、彼女の皿はもう空っぽで、大食いぶりにびっくりだ。
「お前、昼食べたか?」
「勿論。やっぱりキラの料理は美味しい〜♪」
「ルナってば、まだムースもアイスもクラブサンドもおかわりあるから、一杯食べて♪」
ぱたぱたとキッチンに走っていったその直後、ミゲルが帰ってきた。
今日の彼は、ブルージーンズにTシャツだけど、重そうな銀製のアクセサリーを適度に飾り、踝まである長くインパクトのある毛皮のコートをざっくりはおり、やっぱり派手だった。
「やあ、アスランとルナちゃん、いらっしゃい♪」
「お邪魔してます」
「おかえり、ミゲル兄さん」
「キラは?」
「ここに居る〜!!」
途中で踵を返したのだろう、キラが手ぶらのまま、満面の笑みを浮かべてダッシュで駆け寄り、ぴょんと兄に抱きついた。
「ただいま、キラ〜♪」
途端、ミゲルの相好もでれでれと崩れ、ほっぺにすりすりして互いに頬にキスをしまくりだす。
そんな2人の光景に、ルナは呆然と固まった。
「ちょっとアスラン、あたしミゲルさんとは2回しか会った事ないけど、あの二人って、知らない人が見たらまんま恋人同士じゃない?」
小声で話しかけてくるルナに、アスランは小さく溜息を零した。
「キラは兄さんが育てたようなものだからね。彼女が6歳の頃から、お風呂も寝室もずっと兄さんと一緒だったし」
「まじ?」
「11歳の頃、流石にハイネ兄さんから両方禁止されたけど、今でも深夜のテレビを見てて、そのままここで一緒にソファで寝る事もあるってさ」
いくら相手がミゲルだと判ってても、キラにあんなにキスを貰えるなんて、羨ましすぎて嫉妬のブリザードが吹き荒れそうだ。
だが、頑張ってポーカーフェイスを作り、ぐっと拳を握り締める。
(後2ヶ月の我慢だ。そうすればキラは俺のものだ)
「兄さま、待っててね♪ 直ぐに兄さまの分のチーズケーキを盛るから」
「あ、俺昼飯食ったばっかりだから、あんまり入らないんだよ。しまったな〜、キラのクラブサンドがあるなら、オロールと学食食ってくるの、やめときゃよかった」
今日は久々のカレッジだったようだ。
「授業ですか?」
「ううん、後期テスト」
「できた?」
「切ない事聞くなよアスラン。まあ、来年講義数がちょっと減ればラッキー♪って感じ」
彼は経済学部に通っているが、どうしても仕事優先になる。
どうやら後期試験を終える前から、既に単位が足りずに留年が決まっているようだ。
ちなみにミゲルは、まだ2年生だ。
教科書の入った重い鞄を床に放ると、ミゲルは立ったままキラを椅子に座らせ、彼女のお皿からアスラン作成の大きなクッキーを一枚だけ手にとり、半分に割った。
「キラ♪ 半分っこしようぜ♪」
そう言ってクッキーを口に咥えさせると、椅子の背もたれに腕を置き、身を屈めた。
命じられた通り、半月型になったクッキーを、はむはむとキラが食べていくと、反対側をミゲルも齧りだし、確信犯で唇へと近づいていく。
お互い小さくなっていくクッキーを落とさない為、タイミングを計り、舌や唇を駆使しながら菓子を齧り続ける。
いつの間にか背もたれを掴んでいたミゲルの腕は、キラの肩に力強く回されていた。
夢中になったキラの鼻梁から、まるで情事中の女のような甘い吐息が零れ、可愛い唇からちらちら覗く、蠢くピンクの舌が倒錯的でエロい。
(ああああああああああああああああ!!)
2人は終いに、アスランの目の前で、熱烈とも取れるぐらい、深く唇を重ねる事になった。
ルナの前で嫌な事聞いたアスランに対する虐めだろうが、羨ましすぎて憤死寸前だ。
「んー♪ よっしゃ、充電終わり」
「兄さま、ちょっと汗臭いかも」
「あ、やっぱ?」
「またファンに追いかけられた?」
「ああ、学校は俺にとって正に鬼門だよ」
「有名税ですよね」
「そうそうルナちゃん。まあ、ありがたいと思うしかねーよな、ちょっと俺シャワー浴びてくるわ……、キラ、ついてる」
ミゲルはキラの顎を持ち上げ、口の端についたクッキー屑を舌で嘗め取った。
「ん、ありがとう兄さま♪」
ぱたぱたと手を振ったキラに見送られ、彼は自分の部屋へ着替えを取りに向う。
「ちょっとアスラン、凄い顔してるわよ?」
小声でルナに言われなくても、自分の顔の強張りぐらい判る。
愛しいキラに唇へのキスなど、いくら兄でも面白くない。
キラは将来、自分の妻になる少女だ。
そして皿の上には、ミゲルが割った半欠片のクッキーが残っている。
アスランはにっこりとそれを口に咥え、キラの肩をつんつんと突付いた。
振り返ったキラに更に顔を突き出し、ちょいちょい指を動かし半分を齧れと強請ってみる。
「アスラン、目の形がね、逆さかまぼこみたいになってるよ」
「あんた下心丸出しね」
「うん、僕も見えない尻尾がぱたぱた揺れてる気がする」
「気色悪いマネは止めなさいって」
ルナマリアが、容赦なく彼の口からクッキーを毟り取る。
「どうしてミゲル兄さんだと良くて、俺だと駄目なの?」
「アスラン、そんな涙目にならないでよ。齧るだけなら僕だっていいけど、チューは拙いよ。ハイネ兄さまに怒られちゃう」
「なら齧りっこだけでいい。キスはしないから!!」
必死の懇願に、困ったキラが眉に皺を寄せた。
「アスランはどうしても、僕とクッキーの齧りっこしたいの?」
彼は大きく首を上下に振る。
当たり前だ。こんな美味しいシチュ、逃してたまるか。
キスなどやってしまえば、後は事故だ不可抗力だと誤魔化せる。
「んー、もう、しょうがないなぁ〜。ホントに齧るだけだよ?」
大きな丸いクッキーをぱくんと可愛く咥えたキラが、はいっ♪と唇を突き出してくる。
ミゲルの時と違って丸ごとだから、途中で落っことす確率の方が高いのは目に見えてるが、折角のチャンスを誰が逃すか。
「きらぁぁぁぁ♪」
アスランはウキウキと、ミゲルのようにキラの肩を引っつかみ、覆いかぶさった。
だが………。
「ざけんな、この腐れデコ!! うちのキラに何してやがる!!」
ラスティの飛び蹴りが、綺麗にアスランの背に決まった。
床に頭から倒れたアスランの背に、鞄がぶつけられ、更に容赦ない足蹴が振り落ちる。
嫌に重い鞄だと思ったら、絨毯に教科書が散乱している。
どうやら彼も今日、カレッジの後期試験だったようだ。
「兄さま止めて!!」
「先輩ストップ!! キラが泣きます!!」
ルナとキラが、二人がかりでラスティを止めに入る。
その隙に起き上がったアスランは、拳を丸め、ラスティの腹に思いっきり叩き込んだ。
やられっぱなしなどアスランの心情にも反するし、キラとキスできるかもしれないチャンスを台無しにされた件も許しがたい。
「てめえ……、卑怯者がぁぁ!!」
「不意打ちはお互い様だろう!!」
たちまち、殴り合いの喧嘩が勃発だ。
お互いテーブルを避けて、ソファのある広く毛足の長い絨毯の上で、取っ組み合いとなる。
生徒会室の時のように、イザークの制止が入らないから、激しくなっても手がつけられない。
「止めて、2人とも!!」
3つの年の差は大きくても、アスランは一応護身術の心得がある。
昔、一方的にラスティにやられっぱなしだったのが悔しくて、専門の教師についたのだが、お蔭で我流で喧嘩三昧だったラスティ相手なら、互角に戦えるようになった。
「おい、何の騒ぎだ!!」
どったんばったんと煩いあまりの騒動に、服を脱ぎかけただろう、上半身裸のミゲルが様子を見に来るが、一度振り上げた拳が納まる訳なかった。
「危ないキラ!!」
ルナの制止が耳に届いたと同時に、無謀にもアスランの前にキラの茶色の髪が揺れた。
二人の仲裁に入った少女が、そのままラスティとアスラン二人から頭に拳を食らい、ずるずるとしゃがみ込む。
「「キラ!!」」
ルナマリアとミゲルが同時に駆け寄ってくるが、兄の方が早かった。
慌てて抱き起こすが、驚いてまん丸目だったキラの瞳に、見る見る涙が溢れてくる。
「……うう、痛い……」
歯を食いしばっているが、殴られた痛みにボロボロと涙が溢れて流れ落ちる。
ミゲルは泣きだしたキラを片腕に抱き上げると、労わるようにぽしぽしと背をあやした。
「2人とも、俺の前に座れ」
冷たい底冷えする琥珀の目に睨まれれば、アスランに逆らう術はない。
2人神妙に、項垂れつつ並んで正座をする。
「事故なのは見ていた。けど女の子を殴る奴は最低だ……、この、どあほどもが!!」
頭上に、一発づつ公平に拳が落ちる。
ミゲルの本気の拳骨は強烈で、脳天直撃の痛みに、2人はぱったり頭を抱えて床に突っ伏し、悶絶するハメとなった。
相変わらず、余所の子の筈のアスランにも、一切手加減無い所がミゲルらしい。
「大丈夫かキラ?」
一転、彼はどっかりソファに座ると、キラを膝に抱き、甘い声で耳に囁きつつ、彼女の頭を撫で続けた。
キラが泣き止むまで延々と、イイコイイコと背を擦り、ほっぺにキスを繰り返す。
でろでろに甘やかされれば、兄に気を使うキラだ。
一生懸命泣きやもうとごしごしと目を擦り、首をコクコクと縦に振る。
本当にキラの涙が止まったのを確認した後、ミゲルは再びアスラン達を睨みつけた。
「お前らもうここで喧嘩するなよ。もし次にキラの目の前で殴りあうようなマネしやがったら、……家長代理権限で、2人とも家から放り出すからな」
気さくな兄は、弟と妹に滅法甘いので、アスランはまだ行使した所を一度も見た事はないが、ハイネの留守を預かるミゲルはの命令は、ハイネの命令同然である。
「さてお茶を入れなおすか、キラ、兄さまが手伝ってやるから一緒に頑張ろうな〜♪ あ、アスランとラスは、ルナちゃんと一緒に席について待ってろ」
ミゲルは結局キラを腕に抱き上げたまま、キッチンへと向かってしまった。
キラもべったりとミゲルの首に手を回し、明らかに誰よりも懐いているのが丸判りだ。
「いつか、俺がキラの一番になってやる〜〜」
「今のままじゃ一生無理なんじゃない」
「100万年待っても無駄だ。お前なんかに誰がキラをやるか。とっとと諦めろ」
(ふん、2ヵ月後を見ていろ。最後に笑うのは俺だ!!)
キラが去年ざっくり編んだ、黄色の長袖サマーセーターを着たミゲルが、キラとお茶を楽しげに運んで着た頃、ホワイトデーの殆どのクッキーは、やけ食いしたアスランの腹に納まっていたとか。
08.03.05
キラはキティなので、アスランと婚約なんて許される訳はありません。
幸せな頃のエピソードですが、4月5月の二人に待っている未来がとんでもなく悲惨なので(謎)……書いててちょっと切なかったです。
08.03.07 推敲
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