静かなるその瞳に 4
ランブリング星は、宇宙が移行する前に突然の天変地異により死滅した。
不安定な空間は、他にも多くの星々を破滅に追いやった。物覚えの悪いアンジェがこの星を覚えていたのには理由がある。
この星には人が住めなかった。
恐竜達の楽園だったのだ。
「クラヴィス……!!」
アンジェは身を屈めていた彼の襟首を引っつかむと、がくがくに揺さぶった。
「ロザリアが旧宇宙に置いてきたものなら、新宇宙の為にはならないって判断したからでしょ!! そんなものをこっそり拾ってくるなんて!! 貴方何考えてるのよ!!」
「捨てておけなかった」
「だからって!! 聖地に怨霊引き込んでどうするの!!」
「私の我侭だ。ここは闇のサクリアだけの小宇宙だ。誰にも迷惑はかけぬよう、リュミエールにすら内緒にしていた。お前も約束して欲しい。決して誰にも話さないと」
「何言ってるの!! 貴方の趣味で、聖地を魔に犯さないでよ!!」
「頼む。私はあれらを安らかにしてやりたいのだ」
クラヴィスはアンジェに対し、深々と頭を垂れた。
いつも全てに対して無関心で部屋に篭り切りな彼が、魔物の為に頭を下げている。
「ク…クラヴィス!! 止めてよ!!」
「あれらにはもう、私以外に救いはないのだ」
唇を引き結ぶ彼の顔には、切なさと哀しみがあった。
そんな彼を初めて見た。
アンジェは驚きのあまり、自然口を噤んだ。
静かになった二人の元に、風が獣達の咆哮を微かなしらべにのせ運んできた。
安らぎのサクリアが満ちたこの台地に似つかわしくない悲痛な声に、アンジェの背筋は冷たくなる。
「何……これ?」
それは、絶望の声だった―――――
揺れる大地。
噴火する火山。
塵灰や岩石や溶岩が雨のように降りしきる中、竜達は空を何処までも飛び、大地を走り、海を泳ぐ。
崩壊しかけた惑星には、何処までいっても安全な場所はない。
なのに竜達は知らない。
逃げ場が何処にも無いことを知らないから、彼らはひたすらに生きる為に逃げる。
天災で瞬時に死ねたものは幸せだったろう。
だが、半端に生き延びてしまったものは?
溶岩に足を傷つけられても……飛んできた岩石に翼を破られても……地が割れ、水が枯渇した湖の泥地をのた打ち回っても……身を捩り、血泡を吐きながらも身体は本能のまま逃げようともがき続けるのだ。
そんなふうに、意志を持ち続けたまま星の死滅に巻き込まれ、肉体が滅んでしまったら!!
欠けた体で苦しみつつ、自分が死んだ事も知らずに竜達は逃げようともがき続けている。
死んだ後も苦しみ続ける。
獣達は純粋だ。
運命を憎悪するのでもなければ、生に執着するのでもない。
ただ、世界が終るその時も、自分の思うように動かなくなった体に対して嘆き叫ぶ。
忌まわしき物と一緒に旧世界に取り残されれば絶望は永久に癒えることはない。
永劫の闇の中で苦しむ彼らは忘れ去られ、二度と救われることもない。
自分が……気がつかなければ。
悪しきものだからと――――
新宇宙には必要無いからと――――
廃世界に取り残されてしまったものには救いの手は届かない。
その声を聞ける者以外には!!
「私しかおらぬのだ。彼らの声を聞き、救いの手を差し伸べられるのは」
逃げようという……彼らのせいではない悲痛な叫びだからこそ、哀れである。
嘆き哀しむ声を無視できず、彼らの想いをキャッチしたクラヴィスは、闇のサクリアの生かせる自分の世界に、ランブリング星に漂う亡霊達を引張り込んだのだ。
ここならクラヴィスの意識の世界。
安らぎの闇のサクリアが、亡霊達の切なる願いを叶えてくれる。
「じゃあ……この手は?」
アンジェは自分の目の前を、大きな骨を皆で神輿のように担ぎ、嬉しそうに横切っていく人の腕達を指差した。
自分も抱えられたから判る。絶対に死んだ人の腕だった。
自分の体に触れたあの冷たさと固さを思いだし、また背筋がぞくっとする。
「あれは人の憎悪のなれの果てだ。人の足を引っ張る事ばかり考えていたのか、死の世界では本当に手の形で具現化してしまっている」
クラヴィスは自分の首を締めていたアンジェの手を取り、ゆっくりと解いた。
「彼らは今、私の命を受けたから、義務で私の手伝いをしている。だが強制された行為といえど、嘆くものの役に立ち続ければ、自然と自分自身の良心を取り戻していくものだ。
こやつらが人らしさを取り戻した時、彼らは己の罪を自覚する。
それが彼らの許しとなるのだ」
クラヴィスは自嘲するように目を伏せ、かすかに苦笑を浮かべた。
「もっとも……予想はしていたが今回の宇宙の移行は、私の手がける許容範囲を遥かに越える規模だった。出来うる限りここに取り込み、端から浄化しているが……過ぎれば聖地に亡霊が溢れでる。
聖地に亡霊が流出すれば、できたばかりの新宇宙の秩序は崩壊する。
悪霊を消滅させるのは簡単だなのだ。ジュリアスの光で消し去るか、オスカーの炎で焼き尽くせばよい。だが、ここに流れついた哀れな亡者にとり、私が本当に最後の希望なのだ。できる限り安らかにし、自主的にあの世に送ってやりたいのだ」
アンジェはもう一度世界を見回した。
空にかかる雲の合間からさし込む薄い陽射しも、こげ茶色の乾いた大地も、白骨の花畑も湖も……全てが、先程とはまた違った目映い世界に見える。
手達の群れが竜を組み上げると、闇のサクリアの安らぎに触れ、体の一部を失い走れないと思い込んでいた死せる竜は、自分がもう元通りに走れることに気づくのだ。
彼らは大地を駆ける、空を飛ぶ、湖を泳ぐ……肉もない骨だけの顔なのに、歓喜をうかべて。
想いを果たさせてやることにより、執念は消える。獣達は願いが叶ったことに満足すれば後は勝手に昇天していく。
彼らにとって何よりの救いを、例え人に職務怠慢と誤解されても、自らの信じた手段に従って、黙々とやり遂げようとする。
アンジェの喉に熱いものが込み上げてきた。
(クラヴィス……貴方って……)
何て、『良い人』なんだろう。
(誤解してごめんなさい!!)
だが、さっき激しく怒った手前、直ぐに謝って自分の意見を百八十度回転させるのが節操無く思え、アンジェはあせあせともうワンクッション、話題を挟んだ。
「ねぇ、どうして『趣味』なんて言ったの?」
「私の職務は陛下にサクリアを供給することだ。亡霊を安らかにすることは関係ない」
手柄を誇ることもしない、そんな誠実なクラヴィスが愛しかった。
「だから、貴方はネイヴ星に行くのを辞めたのね。この子達を見捨てて置けなかったのね」
クラヴィスは表情一つ変えずに呟いた。
「……あの星か……あれは鋼のサクリアの異常が原因だ」
(はい?)
「え…!! どうして判るの!!」
「星を見ればおのずと判る。ネイヴは工業星だ。夜昼問わずに働き続ければ、人々は疲れて安らぎに飢えるのは当たり前だ。それに、ゆとりが消えれば人は優しくできなくなる。そんな連鎖が新宇宙の不安定な空間に引張られ、闇と水のサクリアのバランスが崩壊したのだ」
「でも、王立研究院の報告では……!! そんなこと、ひとっことも!!」
「研究院は、データー分析を重視している。女王陛下はまだ経験が浅い。見抜けなかったのも、無理はない」
「でも!! ジュリアスが何も言わない訳ない!!」
クラヴィスに気がついて、首座の守護聖が気づかぬ筈がないではないか!!
「アンジェ。お前はあれの性格を今だ理解していないのだな。経験は失敗を踏まえて培われるものだ。ジュリアスが女王陛下からそんな貴重な学習を取り上げる筈なかろう。どのみち、陛下の謝った判断の巻き添えを食らうのはこの私だ。私は職務怠慢だから、丁度良いと思ったのだろう」
「そんな……!!」
「あれは自分に厳しいが、他人にも同等の物を求めるからな。例え自分の仕える陛下とて、容赦はせぬ。甘やかすことが本人の為にはならぬと信じきっておるのだからな。まあ、あれの企みに乗るにしては、今の私には少しでも時間が必要だった……あれが怒り狂っている理由が判っただろ?」
「落ちついている場合じゃないでしょ!! どうして.皆を頼らないの!!」
耳を澄ませば、アンジェの元にも恐竜以外の慟哭が届く。
人、鳥、獣達の嘆き……それは皆、耳を塞ぎたくなるような程悲痛な叫びだった。
クラヴィスはずっとこんな声を聞きつづけていたのだ。
こんな作業……一人でやって不気味と誤解されるよりも、守護聖全員を巻き込んだ方が早く済む。
「クラヴィス!! 私に任せて!! 絶対陛下を説得してみせる。気の毒な皆を助ける仕事だもの……きっと協力してくれるわ!!」
クラヴィスは一瞬口篭もり、やがて疲れたように大きく息を吐いた。
「アンジェ……判っているのか? 私は聖地に魔物を引き込んでいるのだぞ」
「でも…皆を助けていることには変わりないじゃない?」
クラヴィスは首をゆっりと横に振った。
「ジュリアスは情けのある男だが、あれにはあれなりの正義がある。例え人の目には非道と映ろうと、聖地の安全と陛下の身に危害が及ぶと判断したら最後、鉄の意志を持って、この小宇宙を消し去ってしまうだろう」
「そんな!! 可哀想な事!!」
「実際、浄化するよりも消滅させる方が楽なのだ。我ら守護聖は陛下をお守りするのが勤め。だが…な、それではあまりにも彼らが哀れであろう?」
「クラヴィス……貴方って……」
(なんて不器用な人なんだろう?)
寡黙なんて嘘だ。自分の守りたい者の為には、こんなにも饒舌になる。
決して怒鳴りはしない。声も荒げない。
でも、低い艶めいた声が、ずっしりと心に……胸に染みとおっていく。
潮が満ちていくように、アンジェの心はどうしようもない程、彼に対する愛しさが押し寄せてきた。
「……うっ……ひぃっく………えっえっ……」
感極まり、嗚咽が零れてきた。自分の泣き虫さ加減に苛立ちながらも、アンジェは、クラヴィスに抱きつこうと顔を上げた。だが、目があった瞬間、彼はすっと視線を反らして背を向けた。
(!!)
そんなよそよそしい態度をとられるなんて思っても見なかっただけに、アンジェは別の意味で胸が苦しくなった。
(………どうして?………)
「……お前もそうか……」
「え?」
ごしごしと手の甲で涙を拭う。そんなアンジェからクラヴィスはゆっくりと遠ざかる。
「お前もやはり、私から離れていってしまうのだな」
「……え?……」
アンジェは自分の耳を疑った。
(聞き間違い? よね……?)
「送ろう。もう、今後二度とお前を胸に抱くことはないと誓うから、竜に乗る間は我慢して欲しい」
「ちょっと!! なんでそうなるの!!」
クラヴィスの大きな背中に駆け寄り、アンジェは丸めた拳でぽかぽかと殴った。
「私の気持ちはどうなるの!! どうして今更私を放り出すの!!」
「……どう……とは?」
降り返ったクラヴィスは、真剣に首を傾げていた。
「お前は私が厭わしいのではなかったのか?」
(まってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)
アンジェはもう一度クラヴィスの襟首を引っつかんだ。
「クラヴィスが言葉を惜しむからじゃないの!! だから根暗とか職務怠慢とかいって、誤解されるんじゃない!!」
「私は構わぬが」
「じゃあ!! 私にも誤解されていいってこと!?」
「お前が厭わしいと思うのなら……仕方あるまい」
どうどうめぐりに突入し、とうとうアンジェの堪忍袋がぶち切れた。
「人の話を聞いて!! 誤解されない生き方を学んで!!」
叫んだアンジェは、クラヴィスの広い胸に飛び込み、ぎゅっと抱きついた。
「クラヴィスが好きよ!! 大好きよ!! 大好きなんだってば!!」
目にじわりと涙が溜まって行く。
「身代わりでもいいから……側にいたいの。好きなの……好きなの……」
ジュリアスとルヴァの会話が頭に蘇る。
思い出す度に胸がぎゅっと切なく締めつけられ、アンジェの喉が熱くなる。
「好き……好きなの……前陛下と名前しか一緒じゃないけれど……でも私……クラヴィスが……好き!!」
えくえく泣きじゃくるアンジェの後頭部に、クラヴィスの右手が食い込む。
(!!)
無理矢理顔を上向かされたアンジェは、怒気を纏ったクラヴィスの顔を真正面から見た。
紫水晶の瞳が、細く鋭くなり、真っ直ぐにアンジェを射る。
恐ろしさに息も止まり、こくりと喉が鳴る。滝のようにとめどもなく流れ落ちていた涙がぴたりと止まった。
(ど……どうして……怒るの?)
「見くびるな。私はお前を、あやつの代わりになど思ったことなどない」
静かだが低くくぐもった声に、彼の怒りの深さを思い知る。
「お前はお前だ。私にとって、アンジェリークとはお前のだけだ!! あの女は関係無い!!」
彼の指が頭に食い込む痛さも、腰を抱く腕も力も、彼の愛情を示しているようで、彼を信じたくなったアンジェの目に、また涙が込み上げてきた。
「だって……だって、言ってくれなきゃ判らないんだもん。私馬鹿だから、言葉で言ってくれないと判らないんだもん!! クラヴィスのこと誤解したって、仕方ないじゃない!!」
「アンジェリーク?」
「じゃあ、どうしてクラヴィスは私にだけ優しかったの? ロザリアは全然無視してたのにどうして? 私が前陛下と同じ名前だったから……だからクラヴィスは私を……!!」
「――――全く、お前は―――――証拠を見せねば私が信じられぬのか―――――」
クラヴィスはため息をつきながら、アンジェの頭から手を離し、その腕を宙でひょいと軽く振った。
≪アンジェリークぅぅぅぅぅ!! ああ、もう、私のお茶係は何処に行ったの〜〜〜〜!!あの根暗男の所だったら只じゃおかないんだから!! 私のアンジェリークを誑かして!! ああああああ、最初っからいやらしい目つきしてたとおもったけれど、やっぱりコナかけて!! あのむっつり!! 絶対アンジェはあげないんだから!!≫
空間一杯に響く呪詛は間違いない。
「……ロザリア……?」
アンジェは親友の本心を聞いて、血の気がすうっと引いてきた。
「まだあるぞ」
≪畜生ぅぅぅぅぅ!! クラヴィスの奴!! よくもこの俺様を嵌めやがって!! 戻ったらあいつの執務室に爆弾放り込んでやるぅぅぅ!! みてろよぉぉぉぉ≫
(ゼフェル?)
≪ううわぁぁぁぁぁ!! 爪が割れたぁぁぁ!! あああああ!! あたしの美しい手がぁぁぁ!! こんちくしょぉぉぉぉぉ!!≫
(オリヴィエ?)
≪クラヴィス!! あやつの職務怠慢!! 今日こそは許さぬ!! この私自身の手で、あやつの腐りきった性根を叩き直してくれる!!≫
≪ああ……ジュリアス様のこの剣幕では、クラヴィス様を捕まえるまで絶対に引くまい。今日も残業か……麗しのレディ達が、さぞかし嘆き哀しむだろうな……これも、全部あの男が悪い!!≫
「…………」
「この世界は、負の感情を拾い集めるのでな。聖地は身近だから、手達はどんどん拾って来てしまう」
「……て、事は……?」
「お前は特に良く泣いたのでな」
「丸聞こえ……?」
「ああ。放ってはおけなかった」
アンジェの頬が、かっと熱くなった。また目尻に涙が溜まっていく。
「クラヴィス……ごめんなさい……」
泣きかけたアンジェの頭に、またぽしぽしとクラヴィスの優しい手が落ちる。
「さ、そろそろ聖地に戻らねばな……。ジュリアスとオスカーが向かってきているであろう……判っているとは思うが、くれぐれもここの事は内密にな」
アンジェはこくこく頷いた。
「でも、クラヴィス……また職務サボっていたって誤解されちゃう……」
「構わぬ。これからは、お前が私を理解してくれるのだろう?」
頷いて見上げると、クラヴィスは静かな優しい瞳で微笑を浮かべていた。
アンジェはその満ち足りた彼の顔が嬉しかった。
骨の飛竜から降りクラヴィスの部屋に戻ると、アンジェの耳に聞きなれた人達の言い争う声が届いた。
「お待ち下さい!! もうしばらくお待ち下さい!! このロジャーたっての願いです!!」
「補佐官が説得に向かったのは判った。だが、ニ時間待っても出てこないなど、異常であろう!! そなた達は何故止めなかったのか!!」
「お嬢ちゃんでは埒があかなかったってことなら、この俺の出番だ。陛下のご命令だ。クラヴィス様は腕づくでも連れていく」
(大変!! いそがなくちゃ!!)
アンジェは慌ててドアを開け、廊下に飛び出した。
「待て!! アンジェリーク!!」
「え?」
アンジェはドアノブを持ったまま振りかえった。
「アンジェリーク!!」
「お嬢ちゃん!!」
廊下の壁に設えられた鏡が、陽光を反射させ、アンジェに今の姿を確実に伝えた。
(きゃあああああああああ!!)
知らなかったとはいえ、自分の格好は酷い有様だった。
髪は鳥の巣のように絡まり、ドレスは至る所でビリビリに裂け、白かった筈なのに、泥だらけである。ヘルメットは無かったが、ニンニクと十字架の大きな魔除けは健在だったし、律儀にも腰に差し込んである黒い銃も、散々岩壁に叩き付けたせいか、ひしゃげて形が変わっていた。
「この!! そなた、補佐官に何をした!!」
血相変えたジュリアスが、クラヴィスの掴みかかっていく。
「許せアンジェリーク……!! 私が愚かだったのだ。こやつがこんな愚か者だとは……!!」
「可哀想に……怖かっただろう。もう大丈夫だ?」
「…って、何が?」
オスカーは真剣に心配した眼差しで、アンジェの顎をひょいと摘まみ、上向かせた。
「嘘は言っちゃいけないな……お嬢ちゃん。ほら、こんなに泣いて……」
オスカーの指が頬をなぞる。それが全部涙の跡だと気づき、流石に鈍いアンジェも気がついた。
「ちょっと待って!! 私、襲われた訳じゃ……むご!!」
「いいんだお嬢ちゃん。もう何も言わなくてもいい!! お嬢ちゃんが奴を庇う必要はないんだ!!」
オスカーは顔に苦渋を浮かべながら、アンジェの口を塞いだ。
「お嬢ちゃんには銃は似合わない。男の部屋に入るときには、魔除けなんかなんの役にも立たないってことだ。早速ショックガンを用意させよう。この俺自身の手で、扱いやすいものを選んでやるからな」
「むご……むぐ!!」
(誤解よぉぉぉぉぉぉ!!)
勘違いオスカーから逃れ様と、じたばた手を動かすが、オスカーの逞しい腕には、非力なアンジェの抵抗など、なんの役にも立たなかった。
「女王命令だ。そなたは今すぐネイヴに向かってもらう!!」
「そうだな。そろそろ闇のサクリアが必要になっている頃であろう」
クラヴィスは派遣軍の兵士の手により、本当に鉄格子の檻に放り込まれた。
「クラヴィス〜!!」
アンジェは必死で身を捩り、クラヴィスに向かって手を差し伸べた。そんなアンジェに向かい、クラヴィスは微笑した。
「アンジェ。慌てるジュリアスを見るのも、また一興だぞ」
「そなたは何をごちゃごちゃと判らぬことを!!……連れていけ!!」
そして荷車を引く馬達は走り始め、がらがらと彼を真っ直ぐに宇宙港に運びさっていった。
悲壮どころか楽しんでいたような、彼の態度にアンジェはまたあっけにとられた。
「――――クラヴィスったら――――」
焦った自分が馬鹿みたいだった。
あの人……判ってて……楽しんでいるんだわ―――――
そして、一月後――――――。
「そなたはよくも毎日眠っておるな!! そのような怠惰な態度が、どれ程周囲に悪影響を及ぼしているのか判っておるのか!! そなたには、古参の守護聖としての自覚が無さ過ぎる!! 恐れ多くも陛下の両翼をになうものとして―――――」
(あ〜あ……またやってる……)
クラヴィスは自分の執務机で頬杖をついたまま、自分の真正面に立つジュリアスを徹底無視して目を閉じていた。
ぴょっこりと顔を覗かせていたアンジェは、ジュリアスの話が当分終らないと踏み、クラヴィスの執務室に入ってきた。
「ジュリアス!! 探したのよ!!」
「今はとり込み中だ!! そなたも女王陛下の補佐官ならば、怠慢な守護聖を理由無く甘やかすのは止めてもらおう!!」
きっと以前ならば萎縮したであろうジュリアスの言葉も、今のアンジェには余裕で聞き流せた。
「陛下がね、すっごく目を吊り上げてて貴方を探しているみたい♪ 至急の用事だって」
「なに!! ううむ……仕方あるまい」
ジュリアスはそそくさと部屋から出ていった。
それを見届けてから、アンジェはぺろっと舌を出した。
(『みたい』っていっただけで、探して『た』なんて、一言も言ってないもんね♪)
アンジェはくすくす笑みを零しながら直ぐにアイリッシュカフェを入れに行き、カップ二つをお盆に載せ、また彼の元に戻ってきた。
そして、執務机で頬杖をついたまま眠っているクラヴィスの唇に、そっとキスを落とす。
「……ん……」
「おはよ♪」
「ああ……よく寝た」
眩しそうに目を開けたクラヴィスは、軽く伸びをすると、長い髪で隠れていた耳栓を外した。
アンジェは呆れた。
「ねえ。今、ジュリアスが来てたこと知ってる?」
「いや」
クラヴィスは耳栓を自分の手の平に乗せ見せてくれた。
小さな二つの塊は、緑のゴムみたいな素材でできていて柔らかかった。
「『どんな騒音もシャット・アウト』と、ウォン財閥の商人が保証したものだ。なかなか具合がいい。夜でもよく眠れる」
と、言いながらも、彼は昼間に居眠りをしているのだ。アンジェも慣れたもので、彼が昨夜も遅くまで物の怪達と付き合っていたことを推測できた。
「ね、美味しそうでしょ♪」
アンジェは持ってきたケーキの箱を開いて、苺のタルトを見せた。
「疲れた時はね、甘い物食べるのが一番なのよ」
「頂こう」
静かな目が優しく和む。
彼のこんな優しい顔を見ることができるのは自分だけだ。
寡黙なのは相変わらずだけど、もうアンジェは二度と彼を疑ったりはしない。
「クラヴィス」
「うん?」
「ずっと……私を見ていてね♪」
全てを見透かす、その静かなる瞳で。
ずっと、私だけを―――――
01.09.10
姫様!! やっと完結です!!
ゼー様を頂いておきながら、約一月!! ミカルは自分のカメさ加減に蹴りを入れたくなりました。こんなミカルに対し、姫様は文句どころかいつも暖かい励ましのお言葉を下さって!! うう〜本当に嬉しかったです!! ありがとうございました!!
クラ様の人となりを掘り下げて見たくて、探りながら文字を綴ればこの長さ!! ひえ〜!! 彼はやはり動かざる事山の如し……聖地の話って、ホント難しいですね。
姫様のお気に召していただけると嬉しいです♪
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