誕生日の願い事♪
「アンジェ!! アンジェはいる?」
朝八時。マルセルはみずみずしい白薔薇を両手一杯抱え、うきうきと補佐官の執務室に駆け込んだ。執務が始まる前の一時に、摘みたての薔薇の芳香に包まれ、彼女の入れてくれたお茶(←ここがポイント)を楽しみたいと思ったのだ。
だが自分が一番乗りだと信じて疑わなかった少年は、人待ち用にしつらえられているソファーが、既に見慣れた面々で埋め尽くされているのを見て、自然頬を膨らませた。
「もう……皆ってば……こんなに朝早くから屯っていたら、文官さん達に迷惑かけちゃいますよ!!」
「あ〜ら、マルちゃんってば。そういうあんただって、抜け駆けするつもりだったくせにさ☆」
メイクセット一式抱えたオリヴィエの横には、お手製の小型ロボットを抱えたゼフェルが陣取っていた。ソファーの背もたれに腰かけているランディは、小さな動物のぬいぐるみを手当たり次第に詰めたバスケットを抱えているし、その横に立つリュミエールは自筆の風景画を、ルヴァは大きいが趣味の良い蒼色の絵本を抱えている。
今日は皆が愛している天使の誕生日だ。
本来ならばここぞとばかりに盛大なパーティーを企画し、皆で公然と大々的にお祝いをやりたいところであったのだが……彼女の赤毛の恋人が断固許さなかったのだ。
≪お嬢ちゃんの誕生日に何が喜ばれるかを考えれば、自然恋人と二人っきりで過ごさせるのが一番だってことが判るだろ? この俺の情熱で、夢のように素晴らしい記念日にしてやるさ。楽しみにしてるんだな……アンジェリーク≫
そう、謁見の間で皆の前でぬけぬけと言い放ち、彼女の腰を抱き取った時には……リュミエールやオリヴィエを始めとし、ほとんどの守護聖達から殺意が飛び散った。
そんなオスカーのふてぶてしい言葉を聞いた女王も面白くなかったのだろう。
「午後からでなければ認めないわよ」
「陛下!! いや、せっかくのお嬢ちゃんの誕生日なのですから……丸一日……」
「ならオスカー……今からレント星の式典に行く? 往復一ヶ月……聖地は1週間ってとこね。勿論貴方一人で」
(良く言ってくださいました―――女王陛下!!)
赤毛の狼に親友を独占されるのが悔しく、ドスの利いた声で睨みを利かせる藍色の髪の至高の存在に対し、オスカーが反論できる筈も無く……そのおかげで他の守護聖達も、彼女が出勤する午前中だけだが、お祝いできる機会ができたのだ。
「アンジェはまだでしょうかねぇ……私達を見て、どんなに驚いてくれるでしょうか。楽しみですよねぇ〜」
「俺、アンジェの幸せそうな顔って大好きなんです。なんかこう……彼女の喜ぶ顔見てると、こっちまで嬉しくなっちゃって!!」
「ええ。判りますよランディ。私も同じ事を思っております」
そんな風に、皆でソワソワ待っていた時だった。
「あ………アンジェリーク!!」
いよいよ待望の少女が執務室のドアを開けた。皆一斉に手に持つプレゼントを抱え、真っ先に彼女に手渡そうと駆け出す………筈だった。
入室してきたアンジェは、両手で顔を覆い、肩を震わせて泣いていた。嗚咽を堪えていても、息を吸うごとに切ない音色を醸し出している。
「おめえ!! 何泣いてやがるんだよ!!」
呆けていた皆は我に返った途端にプレゼントをかなぐり捨て、俯き、涙を堪えている補佐官の元に駈け寄り、慰めの優しい腕を惜しみ無く与えようとした。但し愛しい少女は一人、そして自分達は六人だ。
熾烈な肘打ち争いの上、勝利したゼフェルは、どさくさ紛れに泣いているアンジェの頭をぎゅっと抱きしめた。
「言えよ!! 誰に泣かされた!!」
「あの馬鹿が変な事でもしたの?」
「……違うんです……」
アンジェは泣きながらふるふるく首を振った。
「オスカーは関係ないんです。あの人は何もしてないんです……でも……でも……私……あの人がどうして私なんかを恋人にしてくれたのかが判らなくて……」
アンジェが泣きじゃくりながらぽつぽつ事情を説明しだす。
それを聞いていた守護聖達の顔が段々険しくなる。
――――あいつ、絶対に許さん!!―――――
いつもバラバラな皆の心は、憎い共通の敵を見出し薄気味悪いほど綺麗に纏まった。
三時間後。
(今日はお嬢ちゃんの誕生日♪ 午後からは二人っきり……聖地の外にこっそり出かければ、三日は二人っきりでゆっくりと遊べるだろう。まずは主星のミラオルムに行って俺の見立てた服でドレスアップだな。大人びたお嬢ちゃんはどんなに可愛いだろう……軽く食事した後はカジノに行って、程よく遊ばせ疲れさせて、ホテルのスイートで夜景を見せた後は、待望の夜のお楽しみだ―――♪)
オスカーは浮き浮きと執務室の扉を開けた。後一時間で楽しい休暇が始まるのだ。
昨夜は子供のように明け方まで寝つけず、今朝は大遅刻してしまったのだが、決済書類を抱えていた侍従達は何も言えなかった。こんなおつむに花が咲いたような今のオスカーに、まともな執務ができる筈がないと踏んでいたのだ。
「オスカー!! そなた一体何時だと思っているのだ!!」
「私よりも遅くに出勤なんて、本当にいいご身分ですこと」
(げ!!)
楽しく甘い夜の妄想に差しかかり、すっかり蕩けそうにやに下がっていたオスカーは、己の執務机の前に仁王立ちして待っていた二人を見て固まった。
「やることをきっちりやってくださっているのなら、私は文句言わないけれど――――この分では期待できそうにないわね」
オスカーの机の上には未決済の書類が山積みになっていた。
うきうきとした気持ちが急降下で冷える。彼の喉がこくりと鳴った。
(まさか……俺達の休みを取り消したりはしないだろうな?)
「へ……陛下……あの……俺は〜……」
「勿論私は女王ですもの。一度取り交わした約束を破棄するような真似などしませんわ」
と、言いながら、女王は酷薄な笑みを浮かべた。この静かな言いまわしが、実は一番怖いのだ。
女王の逆鱗が落ちる寸前の嵐の前の静けさに、オスカーの背筋もどんどん冷たくなっていく。
女王は一枚の封書をひらひら振ってから、オスカーに差し出した。
「はい、オスカー。これは私から怠惰な貴方へのプレゼントよ♪」
正直嫌な予感がした。
レント星へ行けという命令書かと思ったのだ。
だが、それはオスカーの予想に反して、真っ赤なティディ・ベアを抱きしめながら寝ているアンジェリークの写真が入っていた。
絹糸のような金髪が、きらきらと銀粉を振り撒かれているのか更に輝きを増している。彼女の周りには白薔薇の花弁が雪のように降り積もり、まさに眠れる森の美女を連想させた。彼女の幸せそうに微笑んだあどけない寝顔に、ここに来るまでに思い描いていた妄想がまたむくむくと頭をもたげてきた。
(――――可愛いじゃないか――――。あああ……俺は今夜、こんなお嬢ちゃんを抱いて眠れるんだなぁ……生きてて良かった♪)
ジーンと幸せに浸りながら次の写真をめくると、ゼフェルがリュミエールとクラヴィスに挟まれながら、にっこり笑ってピースしていた。
(なんだ?)
次の写真はマルセルとルヴァとランディだった。三人で敷物の上に座り込んで白の薔薇の花から花びらをせっせと毟り取っている。
(?)
次の写真はオリヴィエがメイク用のブラシを一杯持ってにっこり笑っている。ますます判らなくなったオスカーは、最後の写真を見た。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
最後の写真……それはコールド・スリープの機械に詰め込まれたアンジェが、ポットごと簡易クレーンで釣られて掘られた穴に運ばれようとしていたのだ!!
それを見守る六人の守護聖達の顔には笑みが浮かんでいる。
オスカーはもう四枚の写真を順番に繋ぎ合わせてみた。
つまりゼフェルがまず機械を準備し、クラヴィスがアンジェを眠らせ、リュミエールが軽く凍らせた。ルヴァとマルセルとランディが薔薇の花を敷き詰め、オリヴィエが彼女にメークを施したのだ。
「へ……陛下!! これは一体!!」
「はい。これは私からのせめてもの心づくしよ♪」
女王の手からそっけなく、土方用の巨大スコップと手書きの地図が渡される。
「貴方の休暇は半日しかなかったわね。早く発掘しないと、ミラオルムで遊ぶ時間がなくなるのではなくて?」
「ど……どうしてこんな無体なことを!!陛下!! いくら貴方でもやっていい事と悪い事の区別ぐらい……」
「おだまりなさい!! この女ったらし!! これを御覧なさい!!」
女王の言葉と同時に、手に手に箱を抱えた七人が旗の影から飛び出してきた。
「お前ら、どっから湧いて出た?」
そして、驚愕しているオスカーの目の前で、中身をぶちまける。
「あんたね、何考えているの?」
それは皆、オスカーに懸想した女達からのいやがらせメールの数々だった。
≪あんたのせいで捨てられた≫だの、≪オスカー様の子供を産みました≫だの、≪あんたを殺してやる≫だの≪このブス≫だの≪あんただって、すぐに飽きられて捨てられるんだから≫……等々。
レトロにも刃物を仕込んだものや、ビリビリに裂かれた写真などもある。
これを読んだ生真面目な彼女が、どれ程うろたえ哀しんだのか、目に浮かぶようだった。
「へん、俺ら出しぬいてかっさらってった癖によ。てめえの昔の悪行の始末ぐらい、ちゃんとやっとけよ馬鹿野郎!!」
「私も争いごとは苦手なのですが……ご自分がいかに素晴らしいものを手に入れたのか、この辺で自覚なさっていただかないことには……」
「そうよね。やり直せるのならさ、時間を戻したいぐらいだわ。あたしだったらアンジェを泣かしたりしない。楽しい夢を毎晩見せてあげられる」
「あら、私は別に構わないわよ。アンジェが誰と付き合おうとね」
女王はにっこりと微笑んだ。
「アンジェには時の精霊を派遣したわ。悲しい想い出は無いに限るでしょ。ゆっくりと記憶消去して貰ってるけれど、日が落ちるまでに発掘できなかったら、オスカーとの恋なんて、始めるころまで戻っているかも知れないわね?」
「なんだとぉぉぉぉ!!」
血の気を失ったオスカーとは対象的に、残りの七人の守護聖達の顔には希望が生まれた。
「本当ですか!! 陛下!!」
「そんな事ができるの!!」
「オーホホホホ!! このロザリア・デ・カタルヘナに不可能の文字はないわ!!」
(お嬢ちゃん!! 待ててくれ!!)
至高の存在が高らかに笑う中、いち早く正気を取り戻したオスカーは、シャベルを抱えて部屋から飛び出した。
「あ!! こら、お待ち!!」
「見つけさせるかよ!!」
残りの七人も、慌てて追いかける。
そして、執務室には―――――再び、女王とジュリアスだけが残った。
「嘘なのであろう?」
「何が?」
「聞かずともわかるであろう。そなたが人の記憶を勝手に奪うなどの暴挙に出る筈がない。あれではオスカーが気の毒であろう。それに、そなたとて非常識な女王だと誤解される。私には、そなたが悪く思われるのが耐えられぬのだ」
恋人の言いたいことを理解し、女王は笑みを浮かべながらぎゅっとジュリアスの背中に抱きついた。そんな女王は、いつものきつい仮面を脱ぎ捨て、年相応の幼ない顔に戻っていた。
「私はいいのよジュリアス。貴方が判ってくださっているから。でもねあの子……アンジェリークはオスカーと付き合い出した当初から、ずっといつかは飽きられて捨てられる日が来ると思い込んでたの」
「愚かな。あれがどれ程アンジェリークを大事に思っているかは、誰の目から見ても明らかだぞ」
「仕方ないわ。オスカーの素行は確かに悪かったもの。女王試験中はいつも綺麗な女性をはべらしていたし……何も知らないアンジェが自分とその大人の女性達を比べて、自分がかなり体型的に見劣りすると思っても不思議ではないでしょ?」
「人は外見ではない。い…いや、そなたが女性的に体型的に劣るとかではなく……十分艶めいておると……ああ……そうではない。私はそなただから愛しく思ったのだ。欲望だけの目で見たことなど一度もない!!……ではなくて……!!」
ロザリアはクスクス笑った。
「ありがとうジュリアス……でもね、女性は、恋した人に相応しくありたいと思うのは当然なの。アンジェは今、劣等感の塊になっているけれど、必死になって探してくれたオスカーを見たら、いくらお子様なアンジェだって今度こそ彼の愛情を信じると思わない?
恋人を信じられないなんて、一番悲しいことよ。ね、ジュリアス?」
「そうだな。そなたの言う通りだ。だが……」
確かにオスカーは強い。だが、オリヴィエやランディは武芸に精通している。本気になったら何をしでかすか判らないクラヴィスとリュミエールも不気味だし、ルヴァとゼフェルのタッグなど、どんな武器が飛び出してくるかも判らない。
それにあのマルセルだ。聖地の自然を味方につけている彼である。後のことなど考えずに、妖精を動かし、迷いの花園に導き遭難させるぐらいの芸当も平気でやるだろう。
「いたしかたない。私ぐらいはオスカーの手助けにいこう」
「気をつけて。私も、彼らが無茶をやり過ぎないように、しっかりと監視してますわ」
「ああ、頼むぞロザリア」
そしてオスカーは六人の守護聖達から散々な妨害を受けつつも、ジュリアスの援護で日が暮れる直前に、なんとか想いの滝でアンジェの眠るポットの発掘に成功した。
目覚めたアンジェは、オスカーの泥と擦り傷まみれの悲惨な姿に驚愕したが、直ぐに息もつかぬ程の熱烈なキスと抱擁に酔わされ、何も尋ねることができなくなってしまった。
そして翌日、アンジェは足腰が立たないままオスカーに抱かれて出勤したが、ジュリアスを除く全ての守護聖が怪我の為に休んでいたためもう一日特別な休暇を貰えた。
オスカーが直ぐにミラオルムに連れていき、二人っきりの甘い誕生日をやり直したのは言うまでも無い。
01.09.01
わおんさんの誕生日……と知って、急遽書いた突発ものです。
オールキャストなのに、誰が主役か判らない……というとんでもない話ですが……こういう皆で大騒ぎするノリ、ミカル凄く好きなんですよ。
楽しんでいただけたら幸いです♪
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