逃避行の裏話




序幕

「長きに渡るお役目……ご苦労様でした」

金色の髪の女王陛下が、優しく労いの言葉をかけてくれる。
ジュリアスはゆっくりと頭をもたげながら、最後の見納めとなるだろう……静まり返った謁見室を一望した。

白い大理石をふんだんに使い設えられたこの広間は、陽光が白い凄烈な光となり、目映く室内を照らす。
この一点の曇りもない白さが好きだった。
己の心もけっして闇に染めぬように努力と鍛錬を積み、首座の責務をまっとうしてきたといえよう。
五つの子供の時にこの聖地に上がり、それから二十年以上この地で過ごした。
今となっては幼き頃に離れた故国より、この地こそがジュリアスにとっての故郷だ。

だが、今日ここを離れたら最後……永久に戻ることの叶わぬ……。

「お見送りは?」
自分を気遣う女王の言葉に、ジュリアスはゆっくりと首を横に振った。
「せめて……せめて外門まで……私……」
「いいえ陛下。無用に願います!!」
「!!」
心持ち、言葉が叱咤するように鋭くなった為、陛下の方が先に口篭もってしまった。
「ご無礼……お許し下さい……」
繕うように一礼すると、陛下は寂しげに微笑んで見せた。
「貴方らしいわね……ジュリアス……」と。


(やはり、陛下は私の気持ちをご存知であらせられたか)

ジュリアスは愛しい金髪の女王陛下を真正面から見た。
痩せ細った体には、ぶかぶかとなった女王の正装が痛々しい印象を更に強める。彼女の赤く充血した瞳に、化粧でも誤魔化せない眼の下のクマは、彼女が泣きはらし、眠れぬ夜を過ごしていたことを如実に物語っていた。
とうとう互いにこの胸の想いを告げることなく今日まで来てしまった。
最後の機会だが……二人とも、示し合わせたように何も言葉を綴らない。
嫌、綴れないのだ。

言って何になろう?

(今、互いに想いを告げ合ったとしても、私はもう聖地から去る身)

未来はどこを見まわしても接点はない。
ならば、何も告げ合わぬままに別れた方が良い。
愛しい彼女に、重い想いを与えぬように……。


ジュリアスは、騎士のように跪くと、そっと女王の手を取り唇を押し当てた。
「……このジュリアス……例え野に下ろうと、どこにありましても、陛下への忠誠は生涯変わることはありませぬ……いつの世にあっても……ずっと聖地と、陛下の安泰をお祈り申し上げます」
「……ジュリアス……」
女王陛下はうるりと涙を滲ませた。
「貴方こそ……守護聖の中の守護聖でした。貴方が聖地からいなくなるなど……考えられないほ……ど…………」
ぐっと陛下が息を飲み込む気配を感じた・
「ジュリアス……私ね…私、貴方に言いたいことが…!!」
「陛下、なりません」
ジュリアスはぴしゃりと言葉を遮ると、優しく彼女に一礼した。
「陛下。さらばにございます」
「……ジュリアス!!……いかないで!!……」
くるりと踵を返し、宮殿の出口へと続く緋色の絨毯を踏みしめると、陛下のしゃくりあげる声が聞こえ始めた。
そして、忠実な藍色の髪の補佐官の、慌しくカツカツと固く響く靴音も耳に届いた。

「ロザリア……私言えなかったの……ロザリア……」
「陛下……お気を確かに……陛下……!!」

例え、想いを分かち合うことができなくても、ジュリアスは満足だった。
口に上がらずとも、彼女の心は、しっかりとジュリアスの心に刻み付けられたのだから。
そして、彼は今後の聖地を不安に感じた。
自分の次の首座にと考え鍛えていたオスカーは、宇宙移動後の混乱期にジュリアスを補佐し、力を使いすぎて、3ヶ月前にサクリアを枯渇させ聖地を後にしてしまった。その同時期に自分もサクリアの衰えを感じたが、クラヴィスとリュミエールでは頼りにならず、慌ててオリヴィエ、ランディ、ゼフェルの三名を鍛え上げたが、いずれも束ねとなるには経験が浅く、結局首座の地位はロザリアの一任に委ねる結果となってしまった。
彼女は歴代でもずば抜けた才能を持つ優秀な補佐官ではあるが、ただでさえ嘆き哀しむあまりにやせ衰えてしまった陛下から、この自分……ジュリアスの抜けた負担を埋められるとは思えない。
(できることならば……残りたかった)
だが、守護聖の役目を終えた自分には、最早何もすることはできないのだ。
今後自分にできるのは、陛下の治世の安定を祈ることだけ。



一幕


宇宙港へは馬車でゆっくりと向かうつもりだった。

見納めとなる聖地の景観を、じっくりと眺めていこうと思っていたからだ。
だが、宮殿の扉前に待たせていたジュリアスの執事が消えていた。
彼を運ぶ筈だった王室の馬車も、ジュリアスの荷物ごと跡形も無く消えていた。
そして、その場所に、代わりに佇んでいたのは〜……。
「そなた達、ここで何をしている?」

「よぉ!! ジュリアス!!」
「何してるは酷いですよ」
「俺達、ジュリアス様が謁見の間から出てくるのをずっと待っていたんです!!」

ゼフェルとマルセル、そしてランディの三人が、エアバイクとそれに括り付けられたサイドカーにもたれつつ、ジュリアスに輝くような笑みを見せた。

「ジュリアス様!! こっそり出ていってしまわれるなんて、寂しいじゃないですか!!」
「僕達、ジュリアス様にお礼を言いたくて!!」
「よう、おめーの馬車は、先に行って貰ったぜ」

ランディとマルセルは、それぞれの両手に抱える形で、大きなプレゼントの箱を抱えており、ゼフェルは颯爽とエアバイクに跨ると、黒い皮手袋を填めエンジンのスイッチを入れた。
ジュリアスは正直面食らった。
自分が今日、極秘の内に聖地を去ることは……ロザリアと陛下しか知らなかった筈だ。それにランディはともかくいつも悪態をついてたゼフェルが……いつも自分の前に立つと緊張して固まってしまったマルセルが……自分にお礼を言いたいなどと言ってくれるとは!!

「そなた達の気持ちは嬉しいが……ゼフェル、聖地内では、エアバイクは禁止の筈だぞ」
「ああ。今日はこまけえこと気にせずともいいんだ。陛下から特別許可は取ってある♪」
そう言って、ゼフェルは誇らしげに胸のポケットから女王直筆の許可書を取り出し、ジュリアスの鼻先に開いて見せた。

『申請書  ジュリアスに、上空から聖地全体を眺めさせてやりてぇ。許可くれ』
『了解。どんどん見せてあげて♪』


「…………」
非常にシンプルかつふざけた申請文だが、ゼフェルらしい。
それに添えられた署名の丸い文字は、ジュリアスが見間違える筈がない。紛れも無く敬愛する陛下の直筆である。

「ジュリアス様。俺達、ずっとジュリアス様にお世話になったから、最後に何かプレゼントしたかったんです」
「本当に、至らない僕達でしたが……ジュリアス様に頂いたその何十分の一でもいいから、何か恩返しがしたくて……」

ランディとマルセルの熱の入った訴えに、自然ジュリアスの胸にじ〜んと熱い物が込み上げてきた。
「そなた達……」
彼らの成長を願い、良かれと思い、随分厳しく接してきたつもりだった。それ故、正直この三人には疎ましがられていると思っていたが……。

(ああ……私の努力は報われていたのだな……!!)

「さ、ジュリアス様。乗ってください」
マルセルがパタンっとサイドカーの扉を開けてくれる。
「うむ」
ジュリアスはまるで上半分の無いおもちゃの車みたいな座席一つ分のシートに、身を縮こませながら乗り込んだ。
「これがシート・ベルトです。空を飛ぶのですから、しっかりとお付け下さい」
「うむ」
マルセルに差し出されるまま座席の後ろにあるベルトを肩から止める。なんか、リュックを背負っているような違和感を感じる。
(……何分初めての事だからな……)
ジュリアスは深く気にしないことにした。何と言っても、彼らの最後の贈り物なのだ。
育ちのよいジュリアスにとって、けちをつけるなど考えられない無作法だった。
「それじゃ、そろそろ行くぜ」
ゼフェルは十分暖まったエンジンを確かめるかのように、グリップのアクセルを一度吹かした。
スムーズに轟音が立つ。準備は万端だ。
「よっしゃ……ジュリアス、しっかり捕まってろよ!!」
「捕まれと言われても……」
何処に握る所があるか解らず、ジュリアスは取り合えず両手をサイドカーの縁に置き、しっかりと握り締めた。
バイクがぶおん!! と音を立て、がくんっとジュリアス諸共宙に浮く。
「あ!! ジュリアス様!! これが僕達からのプレゼントです!!」
「さようなら!! ジュリアス様!!」
ランディとマルセル……二人の手によってジュリアスに手渡される筈だったプレゼントの箱がかなぐり捨てられる。そして、彼らはその中身……チェリーパイを右手に持ち、大きく振りかぶった。

「おおおお!!」

シート・ベルトに体たを括り付けられていたジュリアスにとって、避けられる隙間などどこにも無かった。

バシーン!!
ぱぁぁぁん!!

と、良い音を立てて、顔にべたべたのジャムと生クリームが飛び散り、ぼとぼとと落ちたパイの破片が、彼の白い旅着を汚す。

「そ〜な〜た達ぃぃぃぃ!! うおぉぉぉぉ!!」

バイクは急旋回して浮上した。

「ゼフェル!! 待つのだ!! 私はあの者達に一言言わねば……!!」
「へへ〜ん、口閉じてねぇと、舌噛むぜ〜♪」

ぐんっ!! とまた、加速がつく。そして、所々でまた急旋回が加えられる。

「ゼ……ゼフェル…!!」

生クリームで目を塞がれたままのジュリアスには、自分が今、何処に連れていかれるのか解らなかった。両手で顔についたパイを掻き分けても、目に入った生クリームが痛くて開けることができず、全く見えない状態だったのだ。

「おっさんには、ほんとーに今まで世話になったからよぉ。待ち焦がれたぜぇ……おめぇが守護聖解任される日をよぉ!!」

こくり……と、喉が鳴った。
これは……もしかして……復讐?
お礼はお礼でも……お礼参り?
ジュリアスはふるふると首を横に振った。

「わ……私は…!! そなた達の為を思って……!!」
「それが余計なお世話だっつーんだよ!! 恩着せがましい!!」
顔を弄る風がだんだんと緩やかになる。
加速が止んだところをみると、どうやら目的の場所についたようだ。
だが、目も開けられない自分にとっては、ますます不安が募るばかりである。

「ゼ……ゼフェル………私をどうする気だ?」
「へへ〜…今までありがとうよ!! ジュリアス!!」

ガクンっと、シートが沈む。

(!!)

「あばよ!!」

体に、先程とは比べ物にならない程重圧がかかった。

(ぐおおおおおおお!! ぜふぇるぅぅぅぅ!!)

ジュリアスの座席は、聖地の空高く打ち上げられていた。





ニ幕


ぱしゃーん!! 

(きやつらめ……悪ふざけにも程がある!!)


湖面に着水したジュリアスは水中でまず顔を擦り、目を塞いでいた生クリームを洗い落とした。
シートベルトで固定されていた座席が浮き袋がわりらしく、ジュリアスは溺れもせずに落ちついて周囲を見まわす余裕があった。
ここは想いの滝から続く湖だった。守護聖以外は殆ど入ることが許されていない聖別された場所。
救援は望めそうも無い。
そして、助けを呼べる場所に出るまで、どれ程歩くことになるか……。
ジュリアスは、纏わりつくシートの裏から出ていたパラシュートの布を手で避けながら、ベルトを脱ぎ、背負っていた浮き袋代わりの椅子から身を剥がした。

湖畔をわざと狙ってくれたらしいが……それでも、この冗談は質が悪すぎる!!
水の上に落ちたおかげて、打ち身程度の軽傷で済んだのだ。これが切り立った崖や森の奥だったらと思うと寒気がする!! 
(下手すれば私は死んでいたぞ!!)
ジュリアスは陸を目指して大きくスクロールを取る。だが打った身体と、水を吸った長いコートが体に纏わり付き、思うように泳げない。
ジュリアスは椅子から離れたことを後悔した。
今度は本当に溺れそうだった。

(ど……どうすればいいのだ……このままでは!!)

「おや……ジュリアス様? ここで何を?」

聞き覚えのある穏やかな声に、ジュリアスは立ち泳ぎをしながら振りかえった。
「おお……リュミエール……!! 調度良い所に!!」
湖畔に手漕ぎボートを浮かべ、彼は手に持つスケッチブックに簡易な水彩画材で風景を描いていた。
渡りに船とはこの事だ!!
「手を貸してくれ!! 早く!!」
ジュリアスは救いを求めて手を伸ばした。
だが、美貌の麗人は、その優美な眉を不快げに歪め、筆も置かずに冷たくジュリアスを見下ろした。
「もう二度と会わないで済む筈の方が、私の大切な憩いの時間を侵害し、あまつさえ私の気に入りの場所を汚す……この変なパラシュートは何ですか? それにあのような壊れた椅子……全く持って厭わしい」
(!!)
いつも優しげななよっとした微笑を浮かべていた男とは思えぬ程の変わりように、ジュリアスは愕然とした。
「リュミエール……そ…そなた……」
「このようなゴミで、素晴らしく美しい湖を汚すなど、冒涜以外の何物でもありません。無粋なものは消してしまうに限るでしょう。ではお元気で……元光の守護聖様……」
リュミエールはそっと手を翳し、水のサクリアを発動させた。
「こ…こら!! 私的に力を使うとは、何事だ!!む…むぐぅ!!」
湖なのに、大津波が来る!!
(うわぁぁぁぁぁぁぁ!!)

水がジュリアスに覆い被さる!!
(このまま……私は溺死するのか……!!)
水の重圧に胸が圧迫され、ジュリアスの意識は遠くなった。



三幕


気がつくと、ジュリアスはうつ伏せで湖畔に打ち上げられていた。彼の傍らには見たくも無いパラシュートやシートの残骸も転がっていた。
大地に両腕をつき、重い体を持ち上げると、泥水を飲んだためにいがらっぽくなっていた喉がひりつき、ゴホゴホと咽込み。
苦しかったが、それにも増して怒りが腹の底から湧きあがる。

「……リュミエールめ……」

彼はもともとクラヴィス寄りの人間だった。
自分とはそりが合わず、好かれている筈がないとは思っていたが、正直これ程まで嫌われていたとは思わなかった!!
だが、何よりも腹が立つのはあの態度だ!! いつも温和で頼りなげな風情を見せていたのに、自分が守護聖を降りた途端、まるで手の平返したように憎々しげに見下ろして!!

(まだ、私が首座の地位にありさえすれば!!)

あの男の正体を見抜けなかった自分が口惜しい。そもそも年少組の三人……特にランディだってそうだ!!
自分が特に目を掛けていただけに……よりいっそう裏切られた気持ちになる。

身体も疲れていたが、心の疲労の方が酷い。
ジュリアスは濡れて重くなった体を引きずるようにして、ほとりに生えている木に縋って立ちあがった。

(宇宙港に……行かねば……)

供の者達が、一向に着かない自分を待ち、きっとやきもきとしているだろう。
体はここで一眠りしたいと、軋み悲鳴を上げていたが、ジュリアスはここで立ち止まったら動けなくなることが解りきっていた。
女王陛下をお泣かせし、心に染みるような別れをした身なのだ。なのにいまだ聖地に残り、自分がこのように惨めな風情でさすらっているなどと知れたら……自分の誇りが!!
(早く…早く聖地を離れねば……!!)
己を律し、一歩一歩、歩を進める。

「あら〜……ジュリアスじゃな〜い。まだ居たんだ☆」

「……空耳か……?」

語尾に何か引っかかるようなことを言われた気がしたが……疲れ果てた今のジュリアスには、物事を正確に判断する能力が欠けていた。
怪訝げに周囲を見渡すと……オリヴィエは信じられないことに、極彩色の薄物を重ね着し、天女をイメージした執務服を身に纏ったまま、茂みにはいつくばっていた。
ジュリアスは目を疑った。
大体、虫と田舎嫌いの彼が、こんな所にいること事態が不自然だった。

「そなたは何をしているのだ?」
「見りゃ解るでしょ。さ・が・し・も・の☆」
そして、彼はまたジュリアスを放っておき、茂みにずぼずぼと手を突っ込んだ。
「鴉の馬鹿たれがさぁ、あたしの買ったばっかのイヤリングを咥えて行っちゃって……大ぶりのダイヤのドロップ型の……ちょっと重ためのゴージャスな奴!! 
行政館で散々皆に自慢しまくってたアレよ。
なのに巣に辿りつく前に落としやがって!!
ああ〜腹立つったらもう!!
今度会ったら焼き鳥にしてやる!!」
そういう事情なら、肌の手入れに気を使う彼が、枝葉で大量に擦り傷をつくっても必死で探し回るのも頷ける。
「だが、良くありかが解ったな」
「そりゃそうよ。クラヴィスの水晶球は、探し物には最適なんだから」
聞きたくない名前を無視し、ジュリアスは尋ねた。
「オリヴィエ……そなたは何でここまで来たのだ?」
「馬車よ」
それを聞いた途端、ジュリアスはがしっとオリヴィエの肩を掴んだ。

「頼む!! 私をそなたの馬車で宇宙港まで送ってくれ!!」
「嫌」
「…………」

悩みもせずに、即答だった。
「……お……オリヴィエ……」
軽く咳払いをし、ジュリアスは気を取り直してもう一度口を開いた。
「オリヴィエ。私は見ての通り、今非常に困っておる。そなたの助力が必要なのだ」
「だって、あんたずぶ濡れじゃん。それに服の所々に赤や乳臭い染みつけちゃって……あんたを乗せたら、私の馬車が汚れちゃうでしょ」
オリヴィエは腰に手を当て、胸を反らしてジュリアスを見据えた。
「嫌よ。あたしがどれだけ内装に手間暇かけたと思ってるの?」
(………う………お前も私が嫌いだったのか……!!)
オリヴィエにとって、自分の最後の頼み事は、取替えがいくらでもきく馬車の内装以下なのだ。
そう面と向かってつきつけられた真実に、ジュリアスはまたまた手痛い心理的ダメージを食らった。
「じゃ、元気でねぇん♪」
そして、オリヴィエは話が済んだと言わんばかりに、ぴらぴらと手を振り、探し物を再開しだす。
「……お…オリヴィエ………そこを何とか都合つけて……」
「駄目なもんは駄目」
「…………」
全く、取りつく暇もないとはこのことを言う。
だが、ここで引き下がるには……体力がもう……限界である!!
「オリヴィエ……済まぬが、私は疲れているのだ。協力して欲しい」
「何じじむさいこと言ってんのよ。あんたまだニ十代でしょ。キビキビ歩いていきなさい」
「……打ち身が……本当に困っているのだ。私の最後の頼みだ……だから!!」
もうなりふりなど構っていられない。
ジュリアスはオリヴィエを引っつかみ、力一杯しがみついた。
「ちょ……ちょっとジュリアス……痛いっては!!」
「頼む!! そなただけが頼りなのだ!!」

空に打ち上げられた自分を、一体どれぐらいの者達が見ていただろう?
湖の湖畔で気絶していた時間がどれぐらいあるかは解らないが、ぼやぼやしていれば陛下の耳に届くだろう。陛下なら、きっと自分を助けに駆けつけてしまう。
自分はいつも誇り高く凛々しかった筈。
最後の別れをカッコ良く決めた直後だ。
誰よりも何よりも敬愛する方に……こんな無様な自分を見せる訳にはいかない!!
なんとしてでも陛下が来る前に、自分は主星に向かって旅立たなければならないのだ!!

「オリヴィエ!! 頼む!!」
「……解ったから……解ったから離して!!」
鬼気迫るジュリアスの迫力に、とうとうオリヴィエが先に音を上げた。
「ああ……もう〜……!!」
オリヴィエはいらただしげにぐしゃぐしゃと髪を掻き毟った。
「クラヴィス!! ちょっと!!」 
(何!!)
オリヴィエに呼ばれ、木の影からのっそりと重苦しいトーガを身に纏った闇の守護聖が姿を現した。
彼の口元は皮肉に歪められ、切れ長の両目も嘲笑うかのような笑みをしっかりと浮かべている。
こくりと喉が鳴った。
(……まさか……こやつ、今までこっそりと見ていたのか……)
ジュリアスの背筋に、冷たい物が走った。
そんな懸念を裏切らず、クラヴィスはまず、小馬鹿にするように鼻で笑った。
「ほう……暫く見ない内に、随分と薄汚れてしまったようだな……」
「……ぐっ……」

(こいつにだけは……弱みを……見せたくなかったのに……!!)

そんなジュリアスの心の内を知らず、オリヴィエはクラヴィスの肩にしなだれかかった。
「ああ。馬車で寝てたんじゃなかったんだね。調度いいわ。ねぇクラヴィス〜……あんたひとっ走り宇宙港まで行ってさ、この人を送ってって欲しいんだけど……あ、ジュリアスはね、荷台か御者席にしてね♪」

(こ……この私を荷台か……御者席だとぉぉぉ〜!!)

いくらシートを汚さないためとはいえ……あまりの侮辱に頭にカッと血が昇ってきた。
だが、元首座の守護聖の誇りにかけ、ぐっと耐え忍んでいると、クラヴィスがジュリアスに対し、面白そうにふっと鼻で笑った。
「日頃の悪行の報いを受けたか……良いザマだな」
「何だと!!」
「……水晶球は全てを写す……」
クラヴィスはクスクスと喉を鳴らしながら、懐から何時も大事に持っている片手サイズの水晶の球を取り出した。
「ゼフェル、ランディ、マルセル……リュミエールにオリヴィエか……ふふふ……」
「煩いぞクラヴィス!!」
だが勘に触る男は、くつくつと喉を鳴らしながら、水晶球を掲げて更にジュリアスを透かし見る。
「……随分と疲れているようだな……。手足に鉛を下げているように重く感じるだろう……。やせ我慢をすることはない」
にやり…と、滅多に見せない極上の笑みを浮かべ、クラヴィスがにじり寄ってくる。
あまりの不気味さに、自然ジュリアスは後に下がる。
クラヴィスがまた歩を進める。
「遠慮することはない。私がじきじきに力を貸してやろう」
右手に、紫の焔を上げ、闇のサクリアが浮かび上がる。
「ぐっすり休むがいい……陛下が見つけるまで……」

(そなたという奴は――――――――!!)

一番恐れていたことを……!!
「そなた、それほどまでに私が厭わしかったのか!!」
「当たり前だ。お前と私が、仲の良かった時などあったか?」

後じさりながら記憶を反芻した。クラヴィスとは年少の頃、いつも一緒だったような気がする。
口では色々厳しいことを言ったことも多々あったが、陛下をお守りする両翼の片割れとして、彼のことは信頼していたつもりだったのに……!!

オリヴィエも止めるどころか楽しげに成り行きを観戦しているし……ジュリアスはもう何を信じて良いのか解らなかった。

(私のやってきたことは……!!)

皆にどれ程憎まれても、それらは全て女王陛下や聖地、宇宙の為に良かれと思ってのことだった。
オスカーのように尊敬してくれずとも、その何十分の一でもいいから、いつかはジュリアスの示唆することの意味を理解してくれればいいと……そう願って今日まできたのに……。

憎まれるだけで……何一つ意味がなかったとは!!


「さぁ、ゆっくりと休むがいい」
にたぁ…と、クラヴィスは喜色を浮かべている。
「寄るな!! 私に近づくな!!」
ジュリアスは被りを振りながら後ずさり続けた。
だが、背中に大木の幹が当たり、彼の逃げ場を塞いだ。

絶対絶命である。

クラヴィスはいよいよ右手に集めたサクリアを、彼に向かって放とうと手を伸ばした。
「来るでない!!」




「クラヴィス!! 何をふざけているの!!」

滅多に聞かない、凛とした叱咤の声が耳に届いた。
(ああああああ!!)
振りかえらずとも解る……ジュリアスにとって、最愛の人……!!
「陛下!!……どうしてここに!!」
オリヴィエの悲鳴じみた声に、ジュリアスは、絶望でずるずると木の根元にへたり込んでしまった。








四幕



「ジュリアス!! まぁ…その格好は…!!」
(ああ……なんと無様な……!!)
ジュリアスは、木に持たれかかったままぎゅっと目を瞑った。
彼には彼女を見ることができなかった。
誰がこの世で一番敬愛し、愛しく思っている女性に憐れみの目を向けられたいと思うだろう?
「じゃ、あたし達は、探し物があるから〜♪」
取り繕っているが、焦った口調のオリヴィエが、クラヴィスを連れてそそくさと逃げていってしまう。

「ジュリアス……しっかりして……!!」
ぱたぱたと軽やかな足音が近づく。ジュリアスは何時の間にか柔らかい腕に抱えられていた。
(……私が……陛下の胸の中!!………)
ぎょっとし、目を開けたジュリアスは、また驚愕に固まった。
膝をつき、自分を両手で抱いていた金髪の女王陛下は、ピンクのスーツにベージュのトレンチコートという姿だった。
彼女の傍らには、小型の茶色い旅行鞄が地べたにぽつんと置かれている。
明らかに今から旅に出るような格好で……。
「へ……陛下!! その格好は!!」
「ジュリアス!! 気分が悪いんじゃなかったの!!」
陛下はぱっと身を剥がすと、おずおずと口篭もり……でも、両手をぎゅっと握り締め、気持ち目を潤ませ、まるで哀願するようにジュリアスを見上げてきた。
「私……貴方にどうしても聞いていただきたいお願いがあるの…………私……私……」
「へ……陛下……」
翡翠色の目が真正面から彼だけを映す。ジュリアスの胸はとくんと高鳴った。
「私……聖地から出ます!!」
「陛下!!」
「いいえ!! もう陛下なんて呼ばないで!!」
彼女は大きく被りを振った。
「女王位はロザリアに譲ります!! 私はもうただのアンジェリークです!!」
「陛下!! そんな勝手が!!」
「いいえ、可能ですわ!!」

気高く自信に満ちた声。振りかえらずとも解る。
「ロザリア……!?」
紺色の髪の補佐官は、今女王の正装を身に纏っていた。
「何の為の女王補佐官ですの? 女王のわがままを聞き届け、聖地を潤滑に動かすのが私のお役目ですわ。それにもともと私とアンジェリークはどちらが女王になってもおかしくなかった筈。宇宙の移行という大仕事があったからこそ、破天荒な彼女の手に地位が行きましたが、今はもう安定期……宇宙の均衡を維持し発展を担うだけならば、私の方が向いています。そうでしょう?」
「証拠に、引継ぎはスムーズに終わったんです。ジュリアスにだって、何も違和感を感じなかったでしょ? 宇宙はロザリアを女王と認めました。私はもう聖地から出られるんです……だから……私は私の意思で、聖地を出ます!!」

(おおおおおおお!!)

ジュリアスの心の中で、祝福の鐘が鳴り響いていた。

(私の天使……やはり、そなたが私の運命の女性だったのだな!!)
(そなたがそこまでこの私を想ってくれるのなら……もはや私も何も遠慮はしまい)
(ああ……私のアンジェリーク……!!)

ジュリアスは幸福感に息がつまった。
期待で胸が高まり、目眩もする。

「私は……嫌……私の……」
アンジェリーク!! と抱きしめようと両腕を開いた時だった。

「私は、オスカーのもとに行きます!! 彼を愛しているんです!!」




彼は今度こそ再起不能に陥った。

 




(もう……何も失うものはない……。夢も希望もない……)



白濁とした意識……ジュリアスはあまりのショックに貧血を起こしてぶっ倒れそうだった。

だが、そんなジュリアスの心を知らず、自分の胸の内を語るのに忙しいアンジェリークは、ひしっとジュリアスの前で両手を組み合わせて見上げてきた。

「でもね……ロザリアはいいっていってくれても……きっと守護聖の皆は反対すると思うの。だって、オスカーが下界に降りてジュリアスが居なくなって、それで私まで……なんていったら、後に残されちゃうロザリアに、かなりの負担がかかっちゃうと思わない?」
ジュリアスは、最早返事もする気力もなかったが……習性とは哀しいものである。
女王の言葉に対し反射的に重々しく頷くと、アンジェリークはぱっと顔を輝かせた。

「でしょ…!! ジュリアスも不安でしょ!! ね!! ね!!
でも、私はオスカーと離れては生きられないの。この3ヶ月で良く解ったわ。
だから……だから私は聖地から逃げるの……けれど………」
真っ白になっているジュリアスの肩に、ぽんっとロザリアが手を乗せた。

「ね、ジュリアス。どうか私の……初代女王代理ロザリアの補佐官になってくれないかしら?」
(何!!)
「私の片腕として……九人の守護聖達よりも上座に位置する女王補佐官に。頼めるのは貴方しかいないの。どうか、快く引き受けて頂戴!!」

守護聖達よりも上座……そう、女王補佐官は確かに聖地のナンバー2なのだ!! 
ジュリアスの心に暗ぁ〜い希望の光が灯る。

「おまかせあれぃ!!」

打てば響くとはこの事だった。
「ありがとうジュリアス!!」
「貴方なら、解ってくれると思ったわ!!」

手と手を取り合い喜び合うアンジェリークとロザリアを横目に、ジュリアスは心の奥底で、別の喜びを噛み締めていた。







終章



「せ〜の〜……目標達成オメデトウだぜ!!」

パァーン!! 
パパパパーン!!

ゼフェルの音頭で大量のクラッカーが鳴り、次に拍手が沸き起こる。

オリヴィエの特注品の馬車の中で、クラヴィスの水晶球を囲み、七人の守護聖達は乾杯のグラスに酔いしれた。

「それにしてもよぉ……あのジュリアスが嫌に簡単に落ちたな〜」
「ほ〜んと☆ 作戦がこんなに上手くいくなんて、思っても見なかったよ♪」
「人間の一番強い感情は、怒りですからねぇ……冷静なジュリアスでは、きっとこんな前代未聞の役職……絶対引きうけなかったでしょうし……」
「これで、ロザリアも……泣かなくて済むんだよな……」
「少年……あんたも立派だったよ」
ランディが切なそうにため息をつくと、良くやった♪といいたげに、オリヴィエが背をパンっと叩いて活を入れた。


軍の要が去り、首座の守護聖も去り……続けて女王までもが消える。
いくら優秀なロザリアとはいえ、女王の仕事と補佐官職を二つ同時にこなすのは、かなりの無理がある。
かといって、ロザリアは意地っ張りな所があるから……彼女が自然と心を開ける人材で、有能な補佐官を探すのは至難の技だ。

ロザリアは、健気にも日に日にやせ細っていくアンジェリークを見るくらいならばと、実の家族よりも共に生きたいと願った彼女と永遠に別れる道を選んだが……実際に彼女が居なくなれば……その喪失感は計り知れないものとなるだろう。
だが……ジュリアスなら……。
ロザリアが守護聖の誰よりも頼りにし、また仄かな恋心を抱いていた彼が聖地に残るのなら!!
彼は二十年以上も守護聖を勤め上げていた人物だ。女王を補佐するのに、これ程の適任者はいない!!


だが、ジュリアスは守護聖の中の守護聖とまで言われた堅物である。
女王補佐官を打診しても、「変な前例をつくるわけにはいかぬ!!」の一言で、却下されてしまっただろう。

だからロザリアとアンジェリークはルヴァに相談を持ちかけ、ルヴァはジュリアス退任の時に、皆で大芝居をうつことを計画したのだ。

全ては皆の敬愛する女王陛下の為。
アンジェと別れるのは寂しいが、離れても彼女が笑ってくれるならば……と、皆で納得し、全員一致で決めたのだ。



「ですが……これでメデタシメデタシというわけにはいきませんね……」
「どうしてですか? リュミエール様?」
ほうっとため息をつくリュミエールに、無邪気に喜んでいたマルセルは首を傾げて問う。
「ああそうか。このままじゃ不味いもんね」
ぽんっとオリヴィエは手を打ち鳴らした。
「ルヴァ〜……で、今度はどうやって怒り狂ったジュリアスの誤解を解くの?」
「さあ」
「さあって……あんたちょっと!!」
「私は陛下が穏便に女王を降りることのできるように計画を立てただけですからねぇ」
「……て、ことはぁ?………」

ずずず……と、緑茶をすする音だけが、凍りついた馬車の中を無気味に浸透していく。




水晶球に映るジュリアスの目は血走り、ランランと輝いていた。
口元は嬉しさに緩み、顔は上気し、握り締められ白くなった両手の拳が、復讐の決意を物語っている。


「……完全に常軌を逸しておるな……」
「あ〜……恐ろしいことになりそうですねぇ〜……うんうん」



「あんたらね、ほのぼの他人事のように言ってんじゃないわよぉ!!」







そして、翌日の緊急召集の席で、ジュリアスの女王補佐官就任が正式に発表され、そのまま着任の儀式が執り行われた。
その式典の間、ジュリアスの睨みに耐えきれず、バタバタと貧血を起こして倒れる守護聖が続出した。


その後、ジュリアスへの誤解が解けるまで、約一月。
新補佐官の作為により、ルヴァと光、炎の守護聖以外の者には殺人的ハードスケジュールが組まれ、聖地から脱走を図る者、体調を崩す者が後を断たなかったという。


Fin



01.07.16


風兎さんのイベント(『逃避行』を題材に皆で書きあいっこ♪)に参加させていただいた品です。
女王補佐官ジュリアス様は、前から書きたかったネタでしたので、とっても楽しかったです。
(もすこし欲を言えば、ロザリアの淡い恋を叶えようと奮闘する守護様達の健気な話も折り込みたかったんですが…ページと時間が〜…)
(* ̄∇ ̄*)♪

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