私の天使に手を出すな 2




(あ〜あ……もう、最悪のノリ……)
オリヴィエは手鏡で、自分の顔に入念なチェックを入れた。
眼の下の隈を隠す為、ファンデーションを厚く塗ったはいいが、素肌がストレスでぼろぼろだったため、顔全体にひび割れ模様が浮き出ている始末。唇もグロスを入れなければ艶がないし、カールもヘアマニキュアも綺麗に決まらない。
いつもの自分なら、こんな顔でパーティーに出るぐらいなら、どんな手段を用いても休んだだろう。けれど今日だけは……今日だけは欠席できなかった。
セイランの魔の手から、愛しいアンジェを取り戻す!!
彼は、その為だけにここに来ていた。来ていたのだが……。
(あいつ、なんで姿が見えないんだろう?)
オリヴィエは広間の壁にもたれながら、広々とした会場を見まわした。
今王宮は、政府高官や、多くの星の王族達、著名な者等々、聖地に召喚された人々で溢れかえっていた。彼らは全て、新たな女王をお披露目するためだけに呼ばれた者達だ。
「オリヴィエ様、大丈夫ですか?」
「あ〜……なんか、顔がやつれてますよぉ」
「俺、軽い飲み物でも取ってきましょうか?」
緑地風の、心優しい三人が、忙しい最中にも、暇を見つけて入れ代わり立ち代り声をかけてくれる。
いつもなら、率先して招待客のホストを勤めるのはオリヴィエだった。
だが、話を盛り上げるのも、場を華やかにするのにも、細やかな気配りと気力がいる。今のオリヴィエには、全てが欠けていた。
あのテラス……アンジェとセイランを見送った日から、アンジェはこのパーティの準備に忙殺され、それこそ一分一秒の暇もなくなってしまった。オリヴィエは結局、恋人の手伝いどころか会えぬまま、式典の日を迎えることになってしまった。
今振り返ってみても、クラヴィスのカードが告げる通り、二人はすれ違ってばかりの毎日だった。ということは、あの不吉なカード……新たな恋人の出現というのも……。
オリヴィエは、嫌な考えを振り払おうと、ふるふる頭を振った。
(渡さないから!! セイランなんかにあの子は絶対渡さない!!)
「こんばんは。夢の守護聖様」
「うわぁ!!」
氷入りのタンブラーが手渡される。今、一番会いたくなかった男……セイランだった。
オリヴィエは、彼の全身を一瞥すると、眉を顰めた。
「あんたね、今夜のパーティーに、その格好はないでしょうが」
「生憎、僕はこれしか持ってませんので」
セイランは、乳白色の液体が入ったワイングラスを口に運びつつ、ついでに皮肉な微笑みも浮かべた。今日の彼の出で立ちは、教官生活中、ずっと着続けていたいつもの制服だった。
「僕にとって、服なんてその人に似合っていれさえいれば、何を着ようと構わない。要は場の雰囲気を乱さなければいいだけでしょう?」
「あんたね。今日のアンジェは、そんなあんたが選んだドレスを着てくるんだよ? もしあの子に恥をかかせてご覧。私、ただじゃおかないんだから!!」
セイランは、むかつくことに、またもやオリヴィエを鼻で笑う。
「おやおや、貴方のお目がねに叶わないドレスは、すべて『恥じ』という訳ですか? 成る程。補佐官様は、貴方の着せ替え人形で、彼女には、自分の自由にファッションを楽しむ権利を一切許さないんですね?」
「誰もそんなこと!!」
「言ってないと言えますか? 年頃の娘が、いつも同じデザイナーの作る服だけを着ている不自然さ。あの方にだって己の主張はあるし、自分の感性を、服で表現したい時もある。夢や美しさを司るくせに、一人の女性の個性を潰してしまうなんて、やっぱり貴方って狭量なんじゃありませんか?」
「なんだと!!」
「おや、お気に障ったのなら失礼。僕は真実を言ったまでですがね」
「全然フォローになってない!!」
「オリヴィエ!! 何を騒いでるんですか!!」
ターバンを揺らし、ルヴァが慌てて走ってくる。
「招待客を目の前にして、喧嘩はいけません。折角の新たな世界の女王が生まれたというのに、守護聖がお披露目の席で諍い起こしてどうするんです!!」
「でも!! ルヴァ!!」
その時、会場に、王立交響楽団による高らかなパーカッションが響き渡った。招待客らは一斉に広間の真ん中にある緋色の絨毯を避け、パイの皮のように数列に横へ並び、頭を垂れて玉座に進む道を作る。
いよいよ、女王達のお出ましだった。
静まり返る広間の中、中央のドアが厳かに両側に大きく開く。そこに、きらびやかに着飾った八人が佇んでいた。
「おおおおおおおお!!」
「なんと、美しい!!」
広間の至る所から、密やかに息を飲み込む音と、感嘆の声が涌き出て、波紋が広がり浸透する。
先頭はジュリアスと陛下。クラヴィスと……そして。
男達の視線は、四人の女性の内、ただ一点に集中している。

オリヴィエは、こくりと息を飲み込んだ。

ふわふわと広がる金色の髪は、ふんわりと広がるように多めにカールを入れ、小さな生の白バラを、ふんだんに散りばめている。そんな清楚さは、首から上だけ!!
他の三人の女性は、皆白いドレスを身に付けていたのに、彼の金髪の天使だけは……クラヴィスと同じ色のドレスを身に纏っていた。
肩紐のない黒のイブニング。シルエットは、ぴったりと体のラインに沿っていて、胸で止まった布地が……若い肌がはちきれんばかりにフィットしている。
(ああああああああ!! ずれそう……落ちそう……!!)
漆黒は、彼女の抜けるように白い肌を際立たせ、例え様も無い艶を醸し出している。
その、窪んだ鳩尾には、何一つアクセサリーがない。そのさらけ出した白さは、返って新雪に、いの一番に足跡をつけたくなるような気分……キスの赤みをつけろと誘っているように見える。
(ああああああ!! 唇を這わせるのは、私なんだからねぇぇぇぇぇ!!)

何の飾りもないから、無防備で。
大人びた肢体が、逆に小悪魔的に男を誘惑している。

(こんなドレス……!!) 
オリヴィエは、怒りで体が震えてきた。
(わ……私の可愛い子が……!!)
自分の手で育ててきた子が。
(こんな……色気たっぷりの服を着て、他の男どもに見せるなんて!!)
自分以外の男が選んだ服で、こんなに艶やかに開花するなんて!!
(くやしいいいいいいい!!)
(野郎どもぉぉぉ!! 見るんじゃないわよぉぉぉぉ!!)
(あの子は……私だけのものなんだからぁ!!)
所詮は、負け犬の遠吠えだった。

新たな女王の紹介が終わった後、会場は直ぐに無礼講になった。
王立交響楽団がワルツを奏で始め、広間は直ぐにダンスを楽しむ人で一杯になった。
金髪の天使の元には、ダンスを申し込む男達が殺到していた。
オリヴィエは、そんな男達の列を蹴散らしにいく気にもなれず、かといって彼女が他の男と踊る姿を見るのも偲びず、一人ひっそりとバルコニーに出た。
聖地は常春の世界。でも、今のオリヴィエにとって、この夜風は、故郷の吹雪よりも肌寒く感じられた。
彼はセイランに手渡された酒を一口煽った。
舌にぴりっと来るだけで、味も素っ気も無いスピリット。でも、一瞬だけ、体に仄かな暖かさを与えてくれる。
オリヴィエは、グラスを石造りのバルコニーに置き、両肩をテラスに乗せ、思いっきり身を反らした。萎縮した筋肉を伸ばすと、否応がなく、新鮮な空気が肺に入ってくる。高ぶっていた感情にも、徐々に落ち着きが戻ってきた。
(そろそろ、潮時かしらね)
もともと、アンジェとは、だまし討ちして付き合い出したのだ。一年たっても何の進歩も無い以上、恋々と彼女に纏わりつくのは見苦しい。それに彼女にも迷惑だ。
(……私ね……ホントにホントに……好きだったわ……)
だからこそ、彼女の嫌がる人間にはなりたくない。これで別れたとしても、今ならまだ『いいお姉さん』に戻れるかもしれない。
胸がちくちく痛むが、堪えきれない痛さじゃない。
(見苦しい真似だけはしないから……私は、美しさを司る守護聖なんだから……)
目頭も熱くなっているが……館に戻ればきっと号泣するだろが……このパーティー会場では切りぬけてみせる。なんとしてでも我慢して見せる。

アンジェを困らせないために。
アンジェを哀しませないために。
願うのはいつも、あの子の幸せだけだから。

「あ、いたいた!!」
ヒールを履いているのに、ぱたぱたと幼く可愛らしい靴音が近づいてくる。
オリヴィエは、涙の滲みを誤魔化すため、ぎゅっと目蓋を強く閉じた。
こんな気分の時に、あの子を見るのは辛かった。正直、今は勘弁して欲しい。
「オリヴィエったら探したのよ?」
無邪気な天使は人の気も知らず、にこにこ微笑んで、オリヴィエの両手を取り、ちいさな二つの掌で包み込んだ。
「どう? このドレス……素敵でしょ?」
彼をテラスから引っ張り起こし、彼女は手を離すとくるりんっと回った。月明かりの下では、彼女は銀色の光りを全身に受け、広間の明かりの下で見るよりも、もっともっと大人びて見えた。
(全く。こんな服で、愛想を振り撒かれちゃ、誤解する男達が目白押しだろうに)
自分だったらまだ自制は利く。けれどセイランも同じだとはとうてい思えない。
あの常識のなさそうな男なら、こんな小兎、言葉巧みに誑かし、簡単に美味しくぱっくり食べてしまうだろう。
彼女の為にできる事。
それは、『姉』としてのアドバイスだけ。
オリヴィエは、くっと唇を噛み締め、心を鬼にする覚悟を決めた。

「……全然似合わないよ……」
「え?」
オリヴィエのしゃがれた声に、アンジェは小首を傾げている。
「ごめんなさい。今何言ったの?……私、なんか聞き違えちゃったみたいで……」
ひりついた喉を震わせ、オリヴィエははっきりと言った。
「全然似合ってない。あんたにはちょっと早いんじゃないかな? そんな自分を安売りするような淫らな服……十代の女の子が着る服じゃないよ」
アンジェの顔から、微笑みが一瞬で消えた。
「そ……そうなの……?」
オリヴィエは、自分の羽織っていた上着を脱ぎ、そっとアンジェの肩に被せた。
「少なくとも、私は気に入らない。男の気を引く服なんざね、頭空っぽで、見栄え以外に男の気を引く武器を持たない女に任せておけばいい。あんたは有能で、優秀な補佐官なんだ。今日のようなパーティーならね、色気振りまくんじゃなく、陛下や新宇宙に行く二人みたいに、それなりに気品のあるドレスで望むべきだったよ」
「そ……そうね……」
アンジェの双眸に、みるみる涙が盛り上がってきた。
「わ……私……き、着替え……て……ひぃっく!!」
彼女はぽろぽろと涙をこぼし、次ぎに身を翻し、顔を覆ってパーティーの喧騒の中へと駆け去っていった。
オリヴィエは、やるせなさに浸りながら、タンブラーを傾け、中の液体を啜った。
(これで、完璧に嫌われちゃったかしらね)
けれど、あの無防備な子が、男に傷つけられて泣くよりよっぽどマシだった。
彼はそのまま、月と夜風を魚にして一人酒を楽しんだ。今はまだ、失恋の自覚症状が薄い。愚痴を語る相手を捕まえるのも、ただ鬱陶しいだけ。

「オリヴィエ!!」
ヒステリックな金切り声が、物思いに耽っていた、彼の静寂を叩き潰した。
振りかえれば、仁王立ちした女王が、憎しみを込めた目で、オリヴィエを睨みつける。
「あんた、一体あの子に何を言ったの!!」
オリヴィエは首を竦めた。
「何って……別に……黒のドレスなんて、子供には早いって言っただけよ……」
「何ですって!!」
女王は、肩を怒らせてつかつかと歩み寄ってきた。
「馬鹿じゃないのあんたは!!」
バシーン!!っと、小気味良い音が立ち、オリヴィエの横っ面は、力一杯張り飛ばされた。
「あの子が大人びた格好をしたのはね、誰のためだと思ってるの!! あんたがいつまでもあの子を子供扱いするから、あの子はあんたに対等に扱って欲しくて、無理言ってセイランに、ドレスをデザインして貰ったっていのに!!」
(え?)
今度は、オリヴィエが、自分の耳を疑う番だった。
「ちょっ……ちょっと陛下、今なんて?……」
「私は言った筈よ!! あの子を泣かせたら許さないって!!」
切れた女王は、扇を高々と振り上げ、何度も何度もオリヴィエを打ちつける。
それをかいくぐりながら、オリヴィエは叫んだ。
「陛下!! アンジェが、私のためにあのドレス着たのって、ホントなの?」
「もう許さないんだから!! あんたなんかに、絶対に私の親友はあげないんだからぁ!!」
「アンジェ〜!! アンジェ〜!! アンジェェェェェェェェ〜!!」
「お待ち!! この極楽鳥!!」
オリヴィエは、会話が全く噛み合わない女王をほっぽって、ダッシュでアンジェの後を追いかけた。



「女王補佐官見なかった?」
「アンジェ、どっち走っていったか知らない?」
目撃者を順々に辿っていくうちに、オリヴィエはいつの間にか王宮の中庭を歩いていた。噴水の音に包まれ、月明かりの元銀色に輝く世界は、いつもの見なれた風景とは違う、幻想的な世界を醸し出していた。
アンジェは噴水に腰を降ろし、両膝を抱え込んで、声を殺して泣いていた。
しゃくりあげるごとに、彼女の小さな肩が上下に揺れる。その姿は酷く頼りなげで、今にも儚く消えてしまいそうだ。オリヴィエは愛しさと後悔で、胸が締めつけられた。
(私のために……着てくれたのにね……)
広間に姿を現した時、彼女は誰よりも輝いて見えた。それはドレスのせいばかりではない。確かにセンスの良い服は、魅力を本来の三割増しに跳ね上げる。けれど、その美しさも、本人が美しくなりたいと願う気力がなければ、決して花開きはしないのだ。
オリヴィエに見せるためだけに光り輝いていたのに。
その輝きを、自分が消してしまった。
オリヴィエは、足音を殺し、彼女の元に急いだ。
そっと腕を伸ばし、でも、息遣いが聞こえそうな程近づいた途端、彼は攫うように彼女を抱きすくめた。
アンジェはびくっと身を震わせて顔をあげた。そして、オリヴィエの姿を認めた途端、身を捩って彼の腕から逃れようと暴れ出した。
オリヴィエは離さなかった。
力任せに、ますます彼女の体を抱きすくめる。
「ごめん……ごめんね……アンジェ……」
「……えっく……えっくひっく……」
彼女は、しゃくりあげる声を押し殺しながら、嫌々と首を横に振った。
「見ないでよ……こんな酷い顔……」
「……アンジェ……」
「どうせ私は子供よ!!……何時まで経っても……キスしかしてもらえない……!! こんな魅力のない子……オリヴィエに……オリヴィエに……いつか……」
一瞬、激昂を見せた彼女は、段々とすすり泣き出した。
「オリヴィエに……飽きられちゃっても……仕方ない……」
「……馬鹿だね…………不安だったのは、私の方だったのに……」
オリヴィエは、彼女の顔を自分の胸に押し当てながら、大きく息を吸い吐き出した。
今、彼の心は満ち足りていた。でも、彼女が泣き止まない限り、彼の心もずたずたに引き裂かれる。
泣かせたくない。彼女にはいつも笑っていて欲しい。
「セイランのドレスを着たあんたはね、他の誰よりも綺麗だった。だから私、悔しかったの」
ぽしぽしと、綿毛の頭を撫で続ける。
「だってさ、あんたを綺麗にするのはさ、私だけの特権だって思ってたから。それに、あんなに大人びたあんたをさ、他のヤロー(男)どもに見せたげるのが、悔しくって」
段々と、アンジェの泣き声が、えくえくと可愛らしいすすり泣きに落ち着いてきた。
ちゃんと聞いていてくれている。オリヴィエは少し安堵した。
「私はね、あんたを子供扱いしてた訳じゃない。それどころか逆なのよ。
ほら、私とあんたが付き合い始めたのって、あんたが私に惚れてくれたからじゃなかったでしょ。だから私、あんたに手を出して、嫌われちゃうのが怖かったんだよ」
くすんくすんっとアンジェの鼻が鳴る。
「あんたの事、とっても大切だった。だから大事に育てたいって思っていた。
それがあんたを傷つけるなんて、思っても見なかった。私達ってさ、お互いが臆病だったね。好きだから嫌われたくないじゃなく、好きなら自分の気持ちを正直に伝えるべきだった」
アンジェは、自分の顔をオリヴィエの胸から剥がして、じっと彼の顔を見上げてきた。大きな翡翠の目は、あまりに純粋で真っ直ぐで。
オリヴィエは、今なら、自分の気持ちを正直に言えるような気がした。
「愛してるよあんたを……誰よりも愛している……」
「……オリヴィエ……」
「私、あんたを何時だって食べちゃいたかった。あんたを本当に私だけのものにしたかった。あんたを、誰にも渡したくなかった。ずっと一緒にいたい。私、あんたと一緒にいたい」
「オリヴィエ!!」
アンジェが、ひしっと抱きついてきた。
彼女は、オリヴィエの胸に顔を埋めて、えぐえぐと泣きじゃくった。
「私も、オリヴィエと一緒にいたい。ずうっとずうっと一緒にいたい。毎日一緒に過ごしたい。もう、すれ違ってばかりなんて嫌!!」
「アンジェ……アンジェってば……!!」
オリヴィエは、唇をきつく押し当てた。
身をぴったりと重ね合わせ、息もつけぬまま、ほんの少しの隙間も許さぬと貪る。
アンジェは、オリヴィエの成すがままだった。
やがてオリヴィエは、アンジェの唇をゆっくりと外した。彼女の柔らかな唇から、はあはあと、忙しない呼吸が零れてくる。
「息継ぎの仕方からレッスンしなきゃね☆」
「……もう、子供扱いして……」
オリヴィエは、くすくす笑いながら、アンジェをもう一度抱き寄せた。彼女も、ぱふっと音を立ててオリヴィエの体に身を投げ、くったりと力を抜いて成すがままに委ねてくれている。
「なら、一緒に暮らさない?」
「え?」
冗談よっと言おうとしたオリヴィエは、そのまま何も言えなくなってしまった。自分を見上げてきたアンジェは、輝くばかりに微笑み、きゅっと彼の背中に回した腕に、力を込めてきたのだ。
「……嬉しい……オリヴィエ。私、今本当に幸せ……」
彼女の目尻から、ぽろりと涙が一粒転がり落ちる。
オリヴィエのハートは、もう完全に鷲掴みされていた!!
(あああああ!! このまま食べちゃいたい!!)
いっそ、このまま茂みに押し倒して!! 嫌、それじゃ単なる鬼畜だ。
どっかの客間に潜り込んで……それともいっそ、今から館に連れかえるか!!
「いつまでやってるの!!」
げしっと、後頭部にハイヒールのピンが突き刺さる。オリヴィエは、あまりの痛さに両手で抱えこんだ。
「ロザリア!! オリヴィエに酷いことしないで!!」
こんな時に、お約束の邪魔者が乱入するなんて〜!! オリヴィエは、痛みとは違った涙が零れそうだった。
「アンジェ、あんたはこのパーティーの主催者なんだから、私の側にいないと駄目じゃない!!」
べりっと体も引き剥がされる。
「陛下!! ちょっととりこみ中だったんだけど……」
「煩いオリヴィエ!! アンジェを泣かせたあんたになんかに、意見を言う権利があると思ってるの!! あんたになんか、絶対私の親友あげないんだから!! 覚悟しておきなさい!!」
止めとばかりに、女王御自らのピンヒールのキックが炸裂する。
(うぐっ!!)
「オリヴィエ〜!!」
あれよあれよと言う間に、アンジェの声が遠ざかっていく。
庭園に、ただ一人取り残されたオリヴィエは、ピンヒールで蹴られた向う脛を両手で抱え込み、地べたに直に転がって、ひくひくと悶絶していた。



そして……翌日の昼。

今、女王と全員の守護聖は、王立研究院に集まっていた。いよいよ、新たな世界の女王達を新宇宙に送り出すのだ。
成獣になりたてのアルフォンシアの負担を極力減らすため、次元回廊は、女王候補達が使い慣れていた移転装置を媒介にして作り出されていた。この装置は今後も、新たな宇宙とこの宇宙を結び、掛け橋の役目を担うことになっている。この機械を通して、お互いの宇宙の動向を知ることができるのだ。

「全く、よくも思わせぶりなことばっか言ってくれたわね」
セイランは、オリヴィエの毒づきに、怯むどころか表情一つ変えずに皮肉な微笑みを浮かべていた。
「おや、僕は事実を言ったまでですよ。あんな健気な方、嫌う人のほうが珍しいでしょ」
「だからって『好き』はないでしょ〜が!! 紛らわしいったら!!」
「セイラン。そろそろ行きますよぉ」
茶色の髪の女王が呼ぶ。セイランは、床に置いてあった小さなナップサック一つを肩に背負った。
「それじゃオリヴィエ様。お元気で」
「あんたも、体に気をつけるのよ」
「補佐官様と、お幸せに」
皮肉ばかり言い放っていた詩人は、躊躇い一つ見せることなく、新女王の傍らへと向かった。彼は、今日を限りに名声も何もかも捨てて、恋した女性とともに旅立つのだ。
(言われなくても、なるつもりよ♪)
実は、今夜からアンジェはオリヴィエと一緒に暮らすのだ。女王は最後まで渋っていたが、アンジェが泣き落としにかかった途端、あっさりと陥落した。
もう、今から夜が楽しみで楽しみで!!
オリヴィエの顔は、緩みっぱなしだった。

その、補佐官は今……。

成長し、子馬ほど大きくなったアルフォンシアも、ちびちゃいままのルーティスも、クピクピ鳴いて、補佐官から離れようとしない。
「アルフォンシア。行きますよ」
コレットが両手を広げて呼ぶと、ピンクの聖獣はしぶしぶ茶色の髪の女王の元に戻った。
「ほら、ルーティス」
レイチェルが両手を広げて呼ぶと、青色の小さな聖獣は、アンジェの腕に抱かれたまま、バイバーイと手を振っている……。
「ぶつよ !! ホントにもう!!」
レイチェルが、ルーティスの首根っこを引っつかむが、ルーティスも、爪を立ててアンジェの腕から剥がされまいと頑張った。
けれど、彼は非力である。
レイチェルが、力づくで引っ張れば、あえなく青い聖獣は彼女の腕に捕らえられた。
その時だった。
「トレード♪」
「きゃあ!!」
ケイーン!! と、良い音を立て、レイチェルの尻が蹴られた。彼女はルーティスを抱えたまま、勢い良く前かがみにべしゃっと転ぶ。
補佐官アンジェリークは、青い髪のマルセルぐらいの少年に、抱きかかえられていた。
彼は結構可愛らしい顔立ちで、額にピンク色の逆三角のペイントが施されている。
「ちょっとあんた!! 誰よ!!」
オリヴィエは、足を踏み出そうとするが、急に体が動かなくなった。
必死で身をゆするが、びくともしない。

「僕ね、貴方のために大きくなった。貴方のためなら、世界でも何でも作る。だから僕の大切な人になってください♪」
(なんだと―――――!! この―――――!!)
少年は、これ見よがしにアンジェの頬に唇をあて、横目でニヤリとオリヴィエを嘲笑った。
そして、そのまま、彼に見せつけながら、すうっと姿がかき消されるようになくなった。
「アンジェェェェェェ!!」
オリヴィエは、動けるようになった途端、ダッシュで恋人が消えた付近に駆け寄った。両手をぱたつかせて、次元の綻びを探ろうとしても、一切の引っ掛かりがない。
いつの間にか、コレットとセイランも居なくなっている。
「今のは一体なんだったの!!」
解ってるのは、大事なアンジェが、あの少年に攫われたってことだけ。
「アンジェ!! アンジェ!! 何処!!」
「キュキュキュキュキュキュキュ………キュキュキュ!!」
レイチェルの腕の中で、ルーティスが何か、ばたばたと訴えている。
「え――――!! あの男の子、アルフォンシアなの!!」

(なに――――――!!)
ということは……。
オリヴィエのアンジェは、新宇宙に誘拐されてったってことで……。
「レイチェル!! あんた!! 次元を開けないの!!」
「無理です!! 私のルーティスは、成長しなかったから!!」
「女王陛下!!」
オリヴィエが縋っても、彼女はふふんっと冷たく笑っているばかり。
「ま、あんたは今日から私のアンジェを連れてってしまうつもりだったんですもの。私には、アンジェが新宇宙に連れ攫われようが、どちらでも構わないって感じよね」
オリヴィエは、ざっと、守護聖一堂を見回した。
「皆!! アンジェ取られて悔しくないの!!」
だが、皆はどちらかというと、面白そうな笑みを浮かべていた。
「けっ、姉代わりの安全牌だったオメーに、アンジェ盗られた時の方が、悔しかったさ」
過去の因果が巡ってきた。このゼフェルの一言で、皆の同情心は吹っ飛んだ。

そして、オリヴィエの味方するものは、誰一人としていなくなった。






「ったくもー……アルフォンシアの奴ぅ〜……腹立つったら!!」
と、ぶすくれながらも、彼女の両腕は、エルンストの背後から、彼の首にまわされている。
「正直、私は嬉しかったですけれどね」
王立研究院の主任は、少し顔を赤らめながら、せっせとデーターを打ち出している。
レイチェルは、解析されたばかりの情報を一瞥し、ふーっとため息をついた。
「悔しいけどさ、私じゃこうはいかなかっただろうな………さすが補佐官様だよね。見てよこの伸び率……」
エルンストも、差し出された一枚のシートを覗きこみ、感嘆の吐息を漏らした。
「新宇宙は、先週より、五十パーセントも育成が進んでますね」
「脅威的だよね。あーあ私、あの方と同じ年なのに……自信無くしちゃうな」
「あの微笑一つで、九人の守護聖様方を、自由自在に動かしていたお方ですからね。まったくもって、新たな宇宙には喜ばしい人材です」
「……新宇宙にはね……」
レイチェルは、はふう……とため息をつき、背後の転移装置を見る。

奇抜な迷彩服を着た一人と一匹が、機械を独占し、回廊を越えるために、何度も無意味な突撃をかけている。
「アンジェは私のものなんだからね〜〜〜〜〜!!」
「キュキュキュキュキュキュキィィィィ!!」
(約:アルの奴、よくも出しぬきやがって!!)

「……仕事になりませんね……」
「鬱陶しいったら」



この後、夢の守護聖が退任するまでの間、女王補佐官アンジェリークの誘拐事件は、聖地の年中行事となる。
そして、オリヴィエのサクリアが尽き、守護聖を降りた後、改めてアンジェリークは新宇宙の女王補佐官を拝命した。
妻を奪われるよりはと、泣く泣く新宇宙に渡った元夢の守護聖が、幸福になれたかどうか……聖地の記録には何一つ残されていない。       
                               Fin
01.04.05





ふふふ。オリヴィエ様の真の敵……実はアルちゃんでした♪
風兎様、大変お待たせしました。やっと、チャットに参加させていただいたお礼を捧げることができました。
(それにしても、オリヴィエ……救いがない。これも、天使を射止めた故の試練なのねぇ)
喜んでいただけたら幸いですが、爆弾だけは止めてください♪

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