私の天使に手を出すな 1






紅筆で丁寧に口角をなぞり終え、オリヴィエは、最愛の恋人に頬擦りしながら手鏡を引き寄せた。
「んふふふーん。アンジェったら、とっても綺麗よぉ〜♪」
鏡に映る二人は、お揃いのオレンジ色の口紅をつけている。自分はともかく、溌剌としたアンジェに、この色はとても良く似合っていた。
「さ、次はこのショールを試してみない?」
オリヴィエは、テーブルの上にうずたかく広げられた土産物の山から、ふんわりと軽い色の、オーガンジーを素材に作られた布を引っ張り出し、彼女の白くて細い肩に巻きつけた。この土産物は全て、彼がランディと一緒に派遣されていた、ターテスト星での式典と祭典の合間を縫って、オリヴィエ自身がアンジェ一人の為に買い漁ってきたものだ。
「ねぇオリヴィエ……本当にジュリアスの所へいかなくていいの? 怒られちゃうわよ?」
オリヴィエは、愛しそうに不安げなアンジェの髪を撫でる。
「大丈夫大丈夫♪ ニ週間ぶりの逢瀬に野暮なことは言いっこなしって。ランディだってさ、折角自分一人でやる気になってるんだから。水をさしちゃ悪いじゃない♪」
今日、オリヴィエは聖地に帰ってきたその足で、女王補佐官室に居付いてしまった。自分が書いた報告書は、ランディにのしをつけて渡してある。単純な彼は、『あんたも一人前になったんだねぇ、一人で説明できるなんて、すご〜い、すごいじゃん☆』の一言で、意気揚揚と首座の守護聖の執務室へ向かっていった。
オリヴィエは、うきうきと彼女の細い肩にショールを巻きつけながら、じ〜んと胸に込み上げてくる幸せを噛み締めていた。
アンジェと二人っきりでメーキャップをし、彼女を飾り立てるこの一時。日に日に大人びていく彼女を見つめ、さらに美しく花咲くようにオリヴィエが手を加え、彼自身の手にかかり、誰よりも美しく装ったアンジェの姿を、自分が一番最初に見る。
それが、彼にとって何よりも至福だった。
「さあ、完成だよ〜ん」
オリヴィエは足取りも軽やかに、彼女を窓にしつらえてある姿見へと引っ張っていった。
アンジェは、淡い白のふわりと広がるレースのドレスに身を包んでいる。剥き出しの肩を、透けるオレンジのショールで包み、胸元で紅バラのイヤリングとお揃いのブローチで纏めている。膝下から形良いふくらはぎが覗き、同色の高いハイヒールがちょっと大人びて見え、十八の溌剌とした初々しい肢体に際立たせている。
「う〜ん、綺麗♪ ね、あんたたちもそう思うでしょ?」
化粧台に腰掛けていたアルフォンシアとルーティスは、2匹仲良く寄り添って共にぱちぱちと手を叩いた。
その時、「失礼しまーす!!」と、レイチェルの声が響いた。
途端、2匹の聖獣は、わらわらと空を走り、おしゃれし終えたアンジェの腕にすっぽりともぐり込んだ。
「やっぱりいた!! もう、あんた達は!!」
「すいません補佐官様!! すぐに連れて行きますから!!」
ノックもそこそこ、二人の候補生達は目を吊り上げて駆け込んできて、それぞれの聖獣をむずっと掴んで腕に捕らえた。小さなピンクと青の聖獣は、それぞれ嫌々と暴れ、『きゅーん』『くーん』と可愛らしく補佐官に腕を伸ばし、救援を求めている。
「もしかして、この子達ってば今日もまた?」
「はい。育成ほっぽり出して来ちゃってるんです!!」
「あらま」
オリヴィエは呆れて2匹を見下ろした。だが、彼らはビクビク怯えながら、補佐官の顔色だけを見つめている。
二匹にとって、彼女に嫌われるのが、何よりも恐ろしいのだ。
彼らは初めての審査の日、王立研究院の機械を通して補佐官を垣間見た瞬間、愛らしい彼女を一目で気に入り、必死で新宇宙に注がれた筈のサクリアを、己が吸収し、なんと具現化してしまったのだ。
今では双方が新宇宙に行くのを嫌がり、互いに送られるサクリアをなすりつけあってる始末である。宥めすかしながら育成を続けて早、三百三十日……。女王は今、この二人のうちどちらがなってもおかしくない状況だった。
王立研究院の予測によれば、多分、来週の初め頃に新宇宙の育成が終了する筈だったが……それも聖獣達が、サクリアを受け取ってくれなければ意味のない話なのである。
困ったことだった。
「このままじゃ時間切れかも……困ったわ……私が至らないばかりに……宇宙が発展しない………こんな補佐官って失格だわね……」
大きくため息をつきながら、うるりっとアンジェの緑瞳が潤む。途端、2匹の聖獣は、「キュキュキュキュキュキュ!!」(約:そんな事はない!! 俺に任せておけ!! 絶対こいつに受け取らせてやる!!)ということを、身振り手振りで指し示すゼスチャーを行い、その後(約:なんだとコノヤロ!!)と、互いにぱたぱた殴り合いながら、ダンゴ状になったかと思うと、ぱっと姿を消した。
彼らは次元を飛び越えて、元の宇宙へと帰っていったのだ。
涙を指で弾きながら、アンジェはにっこりと微笑んだ。
「さ、今のうちに行ってらっしゃい。二人とも、あとちょっとだから頑張ってね」
この、悪戯をみつけられたような愛らしい笑顔は、見る者全てを惹き込まずにいられない。
「補佐官様さっすが〜!! どうもありがとうございました!!」
「じゃ、私達、今から研究院へ行ってきます。失礼しました!!」
二人の少女が軽やかに立ち去っていく。扉が閉まるのを待ってから、オリヴィエはくすくす笑いながらアンジェを抱きしめた。
「この小悪魔ちゃんてば……一体いつの間に、女の武器の使い方を覚えたのかなぁ?」
アンジェは、下から上目を使ってオリヴィエを見上げてきた。
「うふふ……私だって、日々進歩向上してるわよ。早くオリヴィエに釣り合うようになりたいんだもん」
「可愛いこといってくれるじゃない」
などと、大人な余裕をかましながらも、アンジェのこの台詞に、オリヴィエはとろとろに蕩けそうだった。
この天使を射止めるまで、どれだけ苦労があったことか!!
思い出すのも恐ろしい。
オリヴィエも、あの2匹の聖獣や、その他多くの守護聖同様、彼女のこの愛らしい微笑みに、一目で恋焦がれた口だった。ただ、他の性急な守護聖達とは異なり、彼には今置かれている状況と周囲を冷静に見回す目があった。
アンジェはエスカレーター式の女学院育ち。男には全く免疫のない子だった。それを察知したオリヴィエは、女王試験中は柄にも無く、いい『お姉さん』を演じ、彼女の試験アドバイザーに徹し続けた。その間、殆どの守護聖が彼女にコナをかけていたが、彼女はオリヴィエを信頼しきっていて、その都度全て彼に相談してくれた。
思うツボである。
「オリヴィエ様、どうしよ〜!!」
そう執務室にアンジェが飛び込んで来る度、彼は平然とした顔の下に狂気を隠しながら、「後はアタシに任せて。あんたは候補生なんだから、試験にだけに集中するのよ!! 恋愛なんてね、後にしなさい!! あんたの肩に、宇宙の未来がかかってんだからね〜!!」と、彼女を励ましつつ、爪を尖らせて皆の恋路を妨害しまくったのだ。
彼女が『晴れて』試験に敗れ、補佐官に就任することが決まった日、彼は彼女が式典で着る衣装をデザインして贈りつつ、『スキだよ。私、あんたとずっと一緒に居たいんだ』と、決死の告白をした。
アンジェは最初、傍目の自分でもわかるぐらい狼狽していた。『まさか彼に言われると、思ってもいなかった』と、そんな表情をありありと浮かべたのだ。だがオリヴィエが、酷く切ない顔を見せた途端、「私が今日ここにあるのは、オリヴィエ様のおかげです!! 私で良かったら、ずっとオリヴィエ様のおそばにいます!!」と、あわあわ慌てながら叫んでくれたのだ。
優しい彼女の性格を如実に掴んだ勝利だったと言えよう。例え情けなくても、一度彼女からOKを貰えばこっちのものだ。
オリヴィエは、その日の内に他の守護聖らに交際宣言をし、悔しがり、怒り狂う皆に、彼女は自分ただ一人のものだと認めさせたのだ。
(これも愛よねぇ)
直ぐに新たな女王試験が始まってしまったせいもあるが、付き合い始めて一年以上にもなるというのに……幼い彼女は今だ自分にキスしか許してくれない。だが、オリヴィエは気長に彼女を育てるつもりだったし、日に日に恋人らしくうちとけていく彼女を見守るのも楽しかった。
「さあさあアンジェ。きょうは私から、とっときのプレゼントがあるんだよぉ〜ん」
「え? もうこんなに頂いてるのに?」
「んふふふふふ」
戸惑うアンジェに、オリヴィエは意気揚揚とテーブルの下に置いておいた、一抱え程ある白い大きな箱を取り出し蓋を開いた。
「じゃあ――――――ん♪」
それは腰で引き絞り、ふんわりと膨らませた緑のカクテルドレスだった。彼はドレスをアンジェの体に押し当て、彼女を姿見の前に立たせた。一緒の箱に入れておいたビロードの小箱も取りだして、中身を彼女の細い首に巻きつける。瞳とほぼ同じ色合いで、固い輝きを見せるエメラルドのチョーカーは、柔らかいドレスと対象的で引き締まったイメージを与えた。
「うう〜ん。私の見たてた通りだね」
彼女の白い肌に、緑がとても良く映えることといったら!!
「これは、来週の新女王の即位式典後のパーティ用ね。当日は、私がばっちりメークしてあげるから、楽しみにしておいで☆」
「…………」
とたん、アンジェは項垂れた。アンジェの動作は解りやすい。それを見逃すオリヴィエではなかった。
「どうしたの? 何か心配事でもあるの?
「……う…うん……」
「だったら私に相談してよ。ホントあんたってば、たまに水臭いんだから」
オリヴィエは、ぽしっとアンジェのふわふわのひよこ頭に手を置いた。
完璧な補佐官といえども、今回のように大掛かりな式典後のパーティーを主催するのは初めての筈だ。逆に自分は守護聖一、派手で祭りが大好きである。
こんな、試験終了間際にターテスト星へ出張していなければ,彼女のために何だって手伝えたのだ。いや、彼女が悩んでる以上、今からでもいくらでも相談に乗り、彼女の代わりにやり遂げる気は十二分にある!!
アンジェは、おそるおそるオリヴィエを上目遣いで見上げた。
「あのね……ごめんなさい………実はもう、ドレス……準備しちゃってて……」
「なあんだ、そんなことだったの?」
オリヴィエは、首を竦めた。
「そんなの、次に回しちゃえばいいじゃない」
「そういう訳にはいかないの。だって、折角セイランさんが私のためにデザインしてくれたのに……申し訳ないじゃない……」
(何だって?)
彼の眉がピクッと跳ねあがる。
そんなオリヴィエにアンジェは全く気付きもせず、逆に言いにくいことを口にできた安堵に、ほっと顔を綻ばせている。
「オリヴィエ許してね。これは今度の機会に必ず着るから」
彼女はドレスを元通りに箱に詰めると、チュっと彼の頬にキスしてきた。けれど折角のキスも、今のオリヴィエには焼け石に水だ。彼の胸には、メラメラと嫉妬のファイアーストームが、吹き荒れ出す。
「ご歓談中失礼します。補佐官様、陛下が火急の用事でお呼びでございます」
「は〜い。今行きます。それじゃ、ごめんねオリヴィエ」
アンジェはオリヴィエを残し、侍従と一緒にぱたぱたと出かけていった。
オリヴィエは、彼女が居なくなった後も、呆然として立ちすくんでいた。
(セイラン? セイランってあの感性の教官だわよね)
皮肉屋で、協調性がない美貌の天才芸術家。誰とも打ち解けようとせず、自分にも、冷ややかで侮蔑の眼差ししか見せたことがない男。
それがアンジェに服をデザインして贈った?
稀代の芸術家が……頼まれたって気が向かなきゃ絵を描かない変人が?
(どうして私のアンジェにコナかけてんのよ!!)
オリヴィエはマニュキュアを塗った自分の赤い爪を、がりがり噛んだ。
ぬかった!!
全くもって、教官は、アウト・オブ・眼中だった!!
(聖獣達すらアンジェには、一目でフォール・イン・ラブしたって言うのに、普通の人間である教官達が、可愛いあの子に惚れない訳ないじゃない〜!!)
オリヴィエは、補佐官室から飛び出すと、足取りも荒々しく、真っ直ぐに学芸館へと向かった。


「で、貴方は一体、僕に何の用があってきたんですか?」
「ちょっと聞きたいことがあってね」
オリヴィエは今、グランドピアノに寄りかかっている。セイランは、守護聖が話に来たというのに、お茶どころか席も薦めず、涼しい顔でピアノの椅子に腰を降ろし、譜面をペンで修正していた。
彼は今、王立交響楽団の為に春の祝賀祭で発表するシンフォニーを作曲していた。
時々、繊細な細い指が優雅に鍵盤をなぞる。その彼の指が紡ぎ出す旋律は、春を祝うに相応しく、明るく軽快な音色だ。
音が、白と青を基調とした部屋に豊かに広がり反響する。耳に返って来る頃には、えもしない深みが生まれている。自分も多少楽を嗜むからこそ、彼の音楽が桁外れに優れていることが解るのだ。
(つくづく、絵になる男なんだよねぇ)
セイランの美は、オリヴィエとは対極にいる静謐さにあった。派手な所は一つもない癖に、それでも際立った個性と才能で、強く人目を惹きつける。
飾る必要の無い、本物の美。
神の賜物が、彼の全ての美しさだった。
柄にもなく、ちょっと気後れした自分に気付き、オリヴィエは軽く咳払いした。
「単刀直入に言うけど、あんた、アンジェ……女王補佐官のこと、どう思ってるの?」
「好きですよ」
「……え?……」
(『好き』って……こいつ確かに今、アンジェのこと『好き』って……!!)
オリヴィエは頭が真っ白になり、喉がカラカラに乾いていく。頭の中に、ぐるぐるとぐるぐると何度もセイランの一言がリフレインしている。
セイランは顔色一つ変えず、スコアにさらさらとペンを走らせている。
「他に何か?」
「な……何かってね、あんた……」
それでも、冷静さを取り繕う為、彼は震える拳を握り締めた。
「あ……あんたね、私はアンジェの恋人なんだよ!! 人の恋人にドレスを贈るなんて、一体どういうつもりなのさ!!」
セイランは一呼吸の間沈黙し、楽譜から顔を上げると、口元冷笑を浮かべながら鼻で笑った。
「おやおや驚いた。美しさを司る夢の守護聖様が、随分狭量なんですね?」
「ふざけんじゃないわよセイラン!!」
「失礼しま〜す」
聞きなれた声とともに、ドアが開く。オリヴィエはびっくりして振りかえった。
「こんにちはセイランさん……ちょっと相談があって……あら?……オリヴィエ?」
入室してきたのは、やはりオリヴィエのアンジェだった。陛下に呼ばれ、楽しいメイクタイムを中座した、自分の恋人だ。
(何で、アンジェがここに?)
オリヴィエは冷静を取り繕ろい、いつものように「はぁぃ!! また会っちゃったわね☆」と手を振った。アンジェもいつものように笑顔を見せてくれたが、目ざとい彼は、一瞬彼女がまた、ドレスを断った時に浮かべた困惑した表情をしたのを見逃さなかった。
「オリヴィエったら……さっき、ジュリアスがね、貴方からも話を聞きたいって言って探していたわよ」
それとなく用事を言い、自分を自然にこの場から出そうという作為を感じた。
「うん、わかったわ。後で顔を出してみる。それよりアンジェ。あんたが感性の教官の所に来るなんて珍しいじゃない。何かあったの?」
「え? 式典後のパーティーの打ち合わせに来ただけよ。きっともう日がないし」
(さっきは私の申し出を無視したくせに!!)
オリヴィエの胸に、ちくんっと棘が突き刺さった。
「どうして、教官が必要なのさ?」
「セイランさん、センスいいもん」
「今回は、補佐官様たってのお願いで、僕もスタッフの一員に任命されたのさ」
『補佐官様たっての願い』に、オリヴィエの口元が、ひくひくとひくつく。
「アンジェったら。パーティーだったら私にまかせておけばいいのに」
かろうじて残っている『冷静』の仮面を被ったまま、彼は何気ないふりをし、アンジェの額をつんっとつついた。
「うん、そう思ってたわ。でも試験はもういつ終わってもおかしくなかったし、オリヴィエはしばらく聖地から離れてたでしょ。折角、新しい宇宙の初めての女王なんだもの。私、歴史に残るような素晴らしいパーティーにしたかったの。オリヴィエ待ってたら、仕度が間に合わないかもしれないし。となると、オリヴィエの代わりができる程、美しいセンスの持ち主って私、セイランさんしか思い浮かばなかったの」
自分の代わりと解り、オリヴィエはほっと胸を撫で下ろした。
「そう。なら今から私も協力するからさ。私でできることがあったら、何だって言って」
その瞬間、アンジェもセイランも、視線を四方に泳がせた。アンジェの変化はほんの一瞬だったが、セイランは明らかに嫌そうな目で自分を皮肉に見上げている。
「僕は光栄に思うべきか?……それとも、悲嘆に暮れるべきか?……」
「なによ?」
「僕は、華美なのは苦手でね。オリヴィエ様と一緒にされるなんて、矜持が傷つくんだ」
(何だとこの〜〜〜〜〜〜!! 私と一緒だと、恥ってことか〜〜〜〜〜〜!!)
「オ……オリヴィエ止めて!!」
思わず掴みかかりそうになった自分の腕に、アンジェがしがみついて、ふるふると首を振る。
彼女は、セイランを殴らせまいと彼を背に庇い、じっとオリヴィエを見上げてきた。
それが、彼にはショックだった。
「アンジェ……あんた、何で………セイランを庇うの?」 
「オリヴィエ。今日の貴方ってば、おかしいわ」
「私の何処が!!」
「ちょっと冷静になって。ね」
「私は冷静よ!!」
オリヴィエの感情がどんどん高ぶっていく。
逆に、アンジェはみるみる辛そうに顔をゆがめていく。
「オリヴィエ。今から直ぐ、ジュリアスの所へ行ってらっしゃい」
「でもさ!!」
「いいから。ね、これは補佐官命令よ」
「アンジェ!!」
「直ぐに行きなさい!!」
彼は、アンジェにピシッと命じられ、また彼女自身に背を押され、あっと言う間に部屋から出されてしまった。
ばたんと冷たく閉ざされた扉の前で、彼は呆然と立ち尽くした。
出会ってから今まで、彼女にこれほど邪険に扱われたことがあっただろうか?
(アンジェ?……あんたってば……もしかして……)
頭に一度過った恐ろしい考えは、みるみる心をダークに染め抜いていく。
(ああああ!! たった2週間で、あたしのアンジェが心変わりしている〜!!)



(このままこの私が、あの子をセイランに奪われるのを指を咥えて眺めてるわけないでしょ!!)
オリヴィエは、直ぐに館へ戻ると、彼の召使総動員で、アンジェに似合うドレスを片っ端から物色させた。胡散臭い庭園の商人も館に呼びつけ、彼が揉み手を忘れて小躍りする程、たくさんのドレスを購入した。
そして、厳選に次ぐ厳選を重ね、十着のドレスを選び抜くと、その日のうちに彼女の住む王宮にやってきた。
(そうよ!! あのセイランが、どんな服を用意したかなんて知らないけどさ、私がそれよりも素敵なドレスをプレゼントすればいいだけの話じゃない!!)
「はぁ〜い。アンジェ。こんばんは」
「オリヴィエ!! こんなに遅くに!!」
廊下に出てきた彼女は、ティディ・ベア柄のネグリジェにピンクのガウンという出で立ちで、びっくり目で自分を見ている。けれど、部屋に上げてくれる気配はない。それがオリヴィエには哀しかった。
「まだまだ宵の口じゃない。実はさ、あんたにぴったりのドレスが手に入ったから」
オリヴィエは、アンジェに言葉を挟み込む隙を与えず、問答無用で召使達に持たせた衣装箱の中から、一番上のドレスを引っ張り出した。
「ジャーン、見て見て!!」
それは、綺麗なドレスだった。胸元は白だが、裾に行けば行くほど、段々蒼いグラデーションが入っていく。体のシルエットを作り出すマーメイドラインが綺麗に出て、ドレスに縫い付けられた真珠が、海の泡のように散りばめられていた。
「コンセプトは人魚姫。素敵でしょ……アンジェにピッタリ☆……お揃いのティアラもあるんだよ〜ん」
「ちょっと……オリヴィエ……」
アンジェは、真珠のティアラとドレスを受け取るものかと手を突っぱねている。
気に入らないみたいだ。
「なら、こんなのはどう?」
オリヴィエは次ぎのドレスを取ろうと、箱に手を伸ばすが……。
「オリヴィエったら、今一体何時だと思ってるの?」
顔に三角形の置時計を押し当てられる。針は深夜一時を超えていた。
「オリヴィエが、『夜更かしは、お肌の大敵』って言ったのよ。どうして私の睡眠を、妨害するの?」
アンジェは、更に上目遣いで口を尖らせている。
「……今度のパーティー……もし、この中からセイランのよりもさ、気に入ったものがあったら、私のを着て欲しいなって思って……」
「……オリヴィエ……」
アンジェはため息をつき、ちゅっと頬に唇を押し当ててきた。
「もう、決まったことなんだから……次ぎの機会に必ず着るから……ね。お願いだから、私を困らせないの」
駄々っ子をあやすような、そんな仕方無しにぽしぽし頭を撫でられ、そしてあれよあれよと言う間に、彼はいつの間にかまたしてもドアの外へ追い払われていた。
「ア……アンジェ……アンジェ!! アンジェったら!!」
オリヴィエは、ドアをばしばし叩いた。
「煩い!! 今何時だと思っているの!!」
ぼすっと羽根枕が、オリヴィエの顔にぶち当たる。彼が振りかえると、隣の部屋の前で、ロザリアがネグリジェ姿のまま仁王立ちしていた。
彼女は、女王に即位した後も、なるべくアンジェの近くで生活したいと望み、女王権限で、アンジェの部屋を、自分の隣りにしつらえたのだ。
「確かにあんたはアンジェの恋人だから、私の宮殿に自由に立ち入る許可証を出したけれど、アンジェを困らせるマネすれば、直ぐに取り上げるわよ!!」
彼女は目を吊り上げ、止めとばかりにさらに枕をぶつけてきた。
「ちょっと待って陛下!! タ…タイム!!」
「出てきなさい!! 衛兵!! つまみ出して!!」
オリヴィエは、召使らとともに、脱兎のごとく逃げ出した。

(こうなったら……ドレスは今回譲るわよぉぉぉぉぉ〜)
オリヴィエは、『憎っくきセイラン!!』と怨念のこもった心をぐっと飲み込み、次なる目標を定めた。
(いいこと〜〜〜!! 綺麗に着飾ったアンジェのエスコートだけは譲らないんだからねぇ〜〜〜!!)


次ぎの日の朝、寝不足のまま行政館に出勤したオリヴィエは、コレットが、新たな宇宙の女王に決まったことを知った。
新女王のお披露目は五日後と告示され、王宮はにわかに慌しくなった。


「お前は馬鹿か」
執務室にて、仕事の気分転換に茶を所望しにきた赤毛の狼は、たった一言で極楽鳥の野望の出鼻を挫いた。
「ただのパーティーならともかく、新女王のお披露目も兼ねた式典だぞ。当然陛下の隣はジュリアス様、補佐官殿にはクラヴィスと、決まっているだろが」
「ふっふっふっ……それはあくまで予定でしょ?」
ハーブティーを飲みながら、オリヴィエはあくまで強気に笑った。
新女王とその補佐官には、炎と水の守護聖がエスコートすることも決定している。もし、当日クラヴィスが、気まぐれでもなんでもいいから式典をボイコットすれば、繰り上がりで自分に役目が回ってくることだってありうるのだ。
「ま、いつものクラヴィスなら、バックレルことだって在り得るが、奴がお嬢ちゃんのエスコートを放棄するとは思えないがな」
そう、彼もアンジェに恋焦がれていた口だった。あの内向的な性格故、告白するまでは至らなかったが、アンジェとラブラブになった自分のことを、面白く思っていないことは確かだった。
「交渉あるのみ!! 駄目でも実力行使よ〜!!」
「どうせまた、下らんことを考えてるんだろ」
「うっさいわね〜!!」
オリヴィエは、カップの残りを飲み干すと、すくっと立ちあがった。

「ねえねえ、クラヴィス〜……、折り入って頼みがあるんだけどさぁ」
「補佐官のエスコートなら、お前には譲らぬ」
王宮のテラスで、カードを捲っていた男は、顔も上げずにぴしゃりと言う。セイランを彷彿させるこの態度に、オリヴィエは一瞬鼻白んだ。
(ダメ、ここで怒っちゃダメなのよ。私はお願いする立場なんだからね)
オリヴィエは、こほっと咳ばらいし、気を落ち着けると、またクラヴィスの元に歩み寄った。
「ねぇクラヴィス〜、今あんた、何占ってるの?」
「お前と補佐官の今後」
途端、オリヴィエは目を剥いてクラヴィスの元に詰め寄った。
「ねえ!! 私達、どうなるの!!」
丁度その時、クラヴィスの右手が、ぱらりとカードを一枚捲った。
天使に祝福されながら、裸体の男女が、仲良く寄り添っている。オリヴィエでも解る、『恋人』の絵だ。
オリヴィエは、ほっと胸を撫で下ろした。
「残念だがリバース……逆だ。このカードは、逆さまだと、全く違う意味になるのでな」
「……何が言いたいの?……」
「『未熟な恋人との仲違い』『別の恋人の出現』」
ギクッと、心臓が縮まる。
クラヴィスの手が、もう一枚カードを捲る。今度はカード一面に、車輪の絵が描いてある。
「これもリバースだな。『運命の輪』か……『すれ違う二人』……」
「ちょっとあんた!! さっきから何を、不吉なことを!!」
「どうなるのかと、聞いたのはお前だ」
オリヴィエは、ぐっと黙らざるを得なかった。胸はざわざわとささくれ立っていくが、顔には冷静さを浮かべ、ふふんと引きつった笑みを浮かべた。
「わ……私は、占いなんか……し……信じやしないから……」
クラヴィスは、ジロリと切れ長の目でオリヴィエを見上げた。
「その服の下に隠し持っているのは遅効性の下剤か。姑息な真似を使う」
オリヴィエは、確かに鳥の羽根飾りで膨らみを誤魔化していた。ポケットには、ルヴァの所から拝借してきた、怪しげな乾燥した薬草を包んだ袋が入っていた。
「私は、お前からの飲み物など受け付けぬからな」
ギクッと、オリヴィエの背筋に、冷たいものが走った。
(……見透かされている……)
これが、オリヴィエの奥の手だった。ちょっとクラヴィスに悪いかとも思ったが、式典中はどうしても、彼女の一番近くにいたいと思いつめてた彼の、最後の手段であった。
「お願いクラヴィス!! 代わって頂戴!!」
「嫌だ」
クラヴィスは、滅多に見せることのない満面の笑みを、オリヴィエに対して浮かべた。
(あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! こいつ、絶対楽しんでいる!!)
ここで、オリヴィエは、はっと気付いた。
(ちょっと待ってよ。クラヴィスったら、私が何をしようとしてたか言い当てたんだよね)
彼は、また何事もなかったように、テーブルに置かれたカードを見下ろしている。
オリヴィエは、こくりと息を呑んだ。
(ってことはぁ……今の占い……信じたくないけれど……私達って!!)
「セイランさ〜ん!!」
打ちのめされているオリヴィエに対し、さらに追い討ちをかけるように、テラスの下で、涼やかな明るい声が響く。
彼の愛しい天使……アンジェリークは、オリヴィエと違う男の名を嬉しげに呼ぶ。
「あのね、メイクの相談のって欲しいんだけど」
「おやおや、僕ができるのは、色使いのアドバイスだけだよ。僕は生まれてこの方一度も化粧をしたことはないんでね」
オリヴィエは、息を詰めてバルコニーの影から、そっと下を見た。果たして、そこには
仲むつまじく二人寄り沿い、行政館の方向へ向かっていく自分の恋人と恋敵の姿があった。
「う〜んと、う〜んと、じゃあね、コーディネートを見てくださらない? セイランさんのセンスで、私をできるだけ綺麗にして欲しいの」
「それなら僕にもできるかな」
「うふふ。お願いしま〜す」

アンジェは自分に気づかなかったが、一瞬、セイランはちらりと振り返った。自分を見る勝ち誇った顔。侮蔑と冷笑の浮かんだ眼差し。
オリヴィエの腸は煮え繰り返った。

――――――これみよがしにぃぃぃぃぃぃ〜〜〜―――――――――!!

自分の……一番の楽しみを――――――!!

メイクした後、綺麗になったアンジェを、真っ先に見る特権がぁぁぁぁぁ!!

オリヴィエは、じんわりと目頭が熱くなった。
(アンジェ……アンジェ…アンジェぇぇぇぇぇぇ〜〜〜!!)
「もう占いは見ていかないのか?」
そう問いかけてくるクラヴィスに、返事を返す気力もない。
(アンジェ……あんたもう……私のことなんて……そんな……そんなぁぁ!!)
オリヴィエは、よろけながら王宮のテラスから離れた。
だから彼は、クラヴィスが最後に捲ったカードを見る機会を永久に失った。
さんさんと輝く、『太陽』のカードを。



01.04.04




これは、風兎様へ、チャットのお礼にと書かせていただいた話です。
長々とお待たせしてごめんなさいです。


でも、書いてて無茶楽しい……!!
何? オリ様ってこんな楽しい方だったの!!って、笑ってました。
知らなかったぁぁ♪(熱烈オリ様ファンに、石ぶつけられたりして)

是非オスカーとかけて、パラレル冒険劇やらせてみたい!!

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