勝者は誰? 1







side Kei





臨海公園の煉瓦道を散歩した後、葉月はユイノの冷えた体を気遣い、ショッピングモールを潜った。
そして後悔した。
なぜなら一月も下旬になると、街は女の子の為に装いを変える。
暖房の利いたぬくぬくした世界は、まさにむせ返るような甘い香りと赤い薔薇とリボンで埋め尽くされている。葉月は別に甘いものが苦手ではなかったが、流石に左右上下と四方全部がチョコレートづくしだととても息が詰まる。
だが、ユイノは急に生き生きし、目を輝かせて葉月のコートの袖をくいくい引っ張った。



「見て見て珪くん、あれ、とっても可愛いい〜♪」



葉月は、ユイノに促されて振りかえった。
彼女がはしゃいで指差したのは、ショッピングモールの入り口にある、自分の倍の高さがある大きなガラスのショーウィンドウだった。

無機質なガラスの中では、手の平サイズのマジパンでできたキューピットの群れが、各々泡だて器や絞り袋や薔薇の花とリボンを持ち、自分達のテーブルよりも大きなハート型のチョコレートケーキの上を飛び回っている。一見、彼らは一致団結してケーキにデコレーションを施しているように思えるが、よくよく観察すればどこにでも悪戯っ子はいるもので、泡だてたクリームを嘗めているもの、ケーキの飾りから薔薇の花を抜き取って束ねていたり、絞り袋を持って必死でLOVEの文字を描くついでに自分の似顔絵を描いていたり、働いている振りをして眠りこけているもの、またケーキの影に座りこみ隅っこをこっそり齧りついているものもありで、作業は全くはかどっていない。
ケーキの傍らでは、愛の女神ヴィーナスが拳を振り上げて怒っていたが、きっと彼女が作るように命じたのだろう。なんと見る目の無い女神がいたものかと呆れつつも、チビ天使達の仕草といい、間の抜けたな表情といい、とても緻密にできていて感心させられる。自分のシルバーアクセのデザインには参考にならないけれど、とてもユイノが好みそうな『見てるだけで笑いがこみ上げてくる』代物だ。


「女神様も可哀想に。こんな天使達じゃ、いつまでたってもケーキは完成しないよね。でもほんと可愛いの〜♪♪」


実はそう目元をうっとりと下げまくって、クスクス笑っているユイノの方が遥かに可愛いい。勿論これは葉月の欲目ではない。
はばたき学園一年生、鏡ユイノは学園内では知らぬ者はいない『天使のような美少女』と呼ばれる存在だった。彼女の容姿は葉月の同業者達…いわゆるモデルの女達の中に並べても、全く遜色ないにも関わらず、彼女は何故だか自分が美人たということを知らない。人柄も暖かで優しく、勉強もよくできるし、生きる姿勢だって葉月と違い、何事にも必死で頑張る努力家だ。
もし葉月が人に『彼女の欠点を上げろ』と言われれば、きっと迷わず天然ボケと指摘するだろう。
なんせデザイナーの花椿は、初夏からずっとユイノを自分のモデルにしようとして、やっきになって追いかけ回しているというのに、本人は冗談を言われているのだと信じきり、全くとりあおうとしない。まぁ確かに花椿は怪しいが、名の売れたデザイナーを偶然かわしまくっているユイノも尋常な鈍さじゃない。
それに彼女は葉月だけでなく、姫条のような下心丸出しの男にも無用心だ。
『奢ったるから、サテンつきおうてくれへん?』と誘われれば、『うわ〜い、幸せ♪♪ 姫条君大好き〜♪♪』と無邪気にぴょこぴょこ飛び跳ね、大喜びでついていってしまう。警戒心はゼロ。不幸中の幸いは、ユイノがあまりに人を信頼しすぎるので、どんな男も毒気を抜かれ、彼女の信用を失うのを恐れ、結局当初の目的……触ったり、キスしたり等のいかがわしい真似もできずに臍を噛むのだが、腹立たしいことに変わりはない。
そんな罪作りな鈍さと純粋さがまた愛らしいと評判で、結局はば学の男子生徒の殆どを骨抜きにしているから始末に負えない。

葉月は、はっきり言って彼女に愛されている自信がない。
そりゃ、今日のように何度もデートに誘ってくるぐらいだから、クラスの連中よりも少しは好印象を持ってくれていると信じているけれど、彼女は優しい奴だから。
口下手で、人付き合いを煩わしく思い、クラスメイトも避けまくっている自分を見て気遣い、遊びに誘ってくれているだけかもしれない。
そう。同情で心配してくれているだけかもしれないのだ。

もしそうなら……辛い。

葉月はユイノが欲しかった。何故なら彼女はやっと会えた『姫』だから。
幼い時のように、急に彼女を失うなんて耐えられなかった。自分が変な告白をしたばかりに、昔よりも愛しくなった彼女を、気まずくして、今の関係まで失うのが怖くて。
だから、葉月は尋ねることもできないのだ。


『俺のことが好きか?』と。

たったその一言も。


だが。


もう直ぐバレンタインデーだ。
もしかして、彼女の本当の気持ちが判るかもしれない。
そう思いなおした途端、葉月の心臓が急にトクンと高鳴った。

ユイノと会う前は、こんなイベントなど煩わしくって仕方が無かっただけだったというのに、今の彼にはとても待ち遠しいものに変わった。
なんせ、その日は審判が下される日ではないか。
ユイノが一体、自分のことをどう思っているのかがわかるかもしれない。
果たして好きか? それともただの友達か?
それとも知り合い程度のその他大勢の一人?
もし、バレンタインデーにユイノがチョコをくれたなら、期待していいのかもしれない。
自分が好きだと。
彼女の気持ちも、自分に向いているのだと。


葉月は近い将来に訪れる日を想像し、ほんのり頬を染めた。けれどふとモールの奥にある特設会場が視界に入ってきた途端、その甘い考えは霧散した。。
なぜならその時、彼は見てしまったのだ。
『義理チョココーナー』とカードがかかり、小さな1リッチの駄菓子がピラミッドになってワゴンに積まれているものを。
「………………」
正直嫌な予感が頭に過った。葉月はきゅっと唇を引き結び、恐る恐るユイノを横目でながめた。
そう、バレンタインデーは、本命だけがチョコを貰える日ではない。菓子メーカーの陰謀で、日頃お世話になっている人にも『もれなく義理チョコを贈りましょうね♪』という風習がしっかりとできあがっている。
葉月の背中にたらたらと冷や汗が流れた。



ユイノは自分にチョコをくれるかもしれないが、それが義理だったらどうする? チョコにはっきり義理と書いてあればいいが、センスの良いユイノがそんな物を寄越すとはとても思えない。では葉月はどうやって彼女の気持ちを判定すればいい?
そもそも14日にこいつからチョコを貰いたい野郎は掃いて捨てる程いるだろう。ましてユイノは優しいから、姫条や三原や鈴鹿等、ずうずうしい奴らに前もって催促されれば、ほいほいチョコを渡す約束をするに決まっている。その後贔屓はいけないとかなんとかくだらないことを悶々悩んで、結局小遣い全部はたいて氷室や守村や理事長とか……催促できないおとなしい奴等の分までしっかり準備するのだろう。
こいつのやることが目に見えているだけに、葉月の焦りはますます加速する。




やはり、何か手を打っておきたい。
義理か本命かはっきり判る、明確なラインが欲しい。
葉月は優秀な頭脳を5秒フル回転させ、あっさり答えを導き出した。
そう、バレンタインデーにはスペシャルなチョコレートがあるではないか。
どんな高級チョコにも敵わない、心を込めた手作りの品が。
ユイノの弁当は美味かったし、料理や菓子作りは趣味だって言ってた。こいつならきっと……少し『カマ』をかけてみれば――――好きな男の為にと、張り切って作るに決まっている。



「………………」



葉月はこくりと息を呑み、まだ夢中になってディスプレイを覗きこんでいるユイノの背後に忍び寄った。
脅かしてはいけない。あくまでさりげなく近づかねば。
葉月がそっと身を屈めると、ユイノの髪から石鹸の良い香りが鼻腔を擽った。途端心臓が変拍子刻み、顔が火照ってしまう。
葉月はもう一度口を引き結びなおした。
彼は赤らんだ顔を根性と気合でポーカーフェイスに直し、ユイノと一緒にショーウインドーを覗くふりをしつつ、ガラスに手を押し当て、彼女を逃がさないように体で覆い、ユイノの耳元にそっと唇を寄せた。



「………。いいな、これ………」


「え?」


さりげなく囁いたつもりなのに、どうしても声が上ずって掠れてしまう。
ユイノは、びっくりして振りかえったが、葉月が間近にいてさらに硬直してしまった。
葉月は彼女に気持ちを気取らせる訳にはいかない。
だからこのまま偶然を装ってユイノに視線を絶対向けず、熱心にディスプレイを見つめるふりをし続けた。


「………大切な人からの手作りチョコって、やっぱり憧れだよな………」



「!!」



ユイノは目をまんまるにして、まじまじと葉月を見上げてきた。
そしてにこっと花が咲いたようにほころんだ。
「ねえ珪くん。それって、もしかして私におねだりなの? うふふ、嬉しいなぁ〜♪」
「!!」



意外だった。
てっきり「そうだよね〜」とか軽めの相槌が返ってくると思ったのに、ユイノは楽しそうに笑ってわくわくと葉月を見上げ、「ねえ、珪くんはチョコレートクッキーがいい? それともケーキの方が好きかしら?」と、オーダー確認までしてきてくれる。
この反応……。ひょっとしてとっくに自分の気持ちが届いてたのか?
実は鈍かったのはユイノでなくこの俺!?
葉月は内心『やった!!』とガッツポーズを決めた。
流石はバレンタイン。女の子の特別なイベントだ。
全てにおいて鈍すぎるユイノだけれど、ちゃんと手作りチョコの重みぐらいは把握していたのだ。
なのに……。


「そうよね。珪くんのお母様って海外だし。珪くんが家庭の味に飢えても仕方ないもんね♪ ねえ、やっぱりドイツのバレンタインデーって、家族でチョコレートを食べたりするの?」


葉月はコケた。
今まで盛り上がりかけてただけに、そのカウンターパンチはいつもの十倍増しでダメージを受けた。


「何故そうなる!?」
「え? だって、海外じゃ、バレンタインデーは男の人も女の人もお互いにプレゼントを贈りあったりしてるって、誰かから聞いたことあって……。なら、珪くんの所は、お母様がチョコレートケーキを作ってみんなで食べてたのかな〜って思って。ほら、風習ってそれぞれの国で違うし♪」



「………もういい………」



それきり、葉月は何もしゃべらなかった。
鈍いユイノは可愛いし、大好きで愛しくてたまらない存在だけど……正直、たまに首をしめたくなる。
どっと疲れた。今日はもうさっさと家に帰って眠りたい心境だった。







☆☆☆




「ふ……ふぇぇぇぇん………尽ぃ〜、もう駄目〜〜〜!!」
「姉ちゃん、あきらめるなんて姉ちゃんらしくない。最後まで頑張るんだ!!」
「だって、だってもう時間がない〜〜〜!!」


ユイノは時計を睨みながらぽろりと涙をこぼした。今日はバレンタインデーだというのに、台所のテーブルの上には、無残にも焦げたチョコケーキが散乱している。


「もう、どうして今日に限ってオーブンが故障するの〜〜〜!!」
「姉ちゃん、愚痴ってないで別な方法を考えようぜ!!」
尽は正しい。
泣いてぼやいていても何にも進歩がないのは判っている。
でも、時刻はもう四時を回っており、後三時間で学校に出かけなくてはならないのだ。なのに、葉月に贈る本命チョコレートだけが無い!!
「珪くんに焼き立てを食べてもらおうと思ったのに……」
それでわざわざ早起きして作ったのに、完全に裏目にでた。

「どうしよう、尽ぃぃぃ〜〜〜!!」


ユイノは大ピンチだった。




03.02.12





という訳で、ときめも初書きです〜(* ̄∇ ̄*)。
不義理ばかりかましていたユイノ様への贈り物〜と、せっせとウチコしていたんですが、パソはフリーズを起こし、根性無しにもそのまま初期化になってしまったのでまた書き直ししてしまいました。

後半はすぐ書きます〜m(__)m




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