勝者は誰? 2
side ユイノ
以前バイト先のアルカードで、一人でコーヒーを飲みに来た、珪くんのマネージャーさんに手招きされたことがあった。
彼女はもうすぐ40に手が届く人だけれど、未だに見た目が二十代の若さをキープしている、とても迫力のある美人だ。
彼女は所かまわず眠りまくる珪くんを、叩いて揺さぶってど突き倒して起こし、問答無用でカメラの前に蹴り出せる稀有な人だ。
そこまでやられても珪くんは文句を言わないし、不貞腐れることもない。
それだけ珪くんはマネージャーさんを信頼しているし、人付き合いの苦手な珪くんとスタッフを上手に結びつけてるのもこの人だ。コーヒーを届ける単なるバイトのユイノにも優しく接してくれる。だからユイノもマネージャーさんのことが憧れだったし大好きだった。
ユイノはてっきりコーヒーのお代わりで呼ばれたと思ったのに、彼女はにこにこ笑ってユイノを自分の前に座らせ、手のつけていないチーズケーキとモカコーヒーを薦めてきた。
アルカードのケーキは美味しくて大好物だけれど、残念ながら仕事中だ。だからそう申し訳なく断ると、彼女はますます嬉しそうに笑った。
「貴方が公私のケジメをきちんとつけられる子で良かったわ」と。
その言葉とにっと含みのある笑いを見て、ユイノの心臓は縮み上がった。
『珪に近づくな』と。
そう釘を刺されると思ったのだ。
『そうねぇ。本当なら、私は確かに仕事で貴方を排除しなければならない立場なのよ。でもユイノちゃんは性格が可愛いし、とっても良い子で、私だって個人的には妹にしたいぐらい好きなんですもの、虐めたくないのよ。
でもね、私もモデル『葉月 珪』のマネージャーだってことも理解して欲しいの。
社会はね、仕事が絡めば個人の感情なんて後回し。だって、葉月がコケれば私のお給料は激減するし、下手すりゃ監督不届きでクビなのよ。それだけ『葉月 珪』はうちの会社にとって大切なモデルになっちゃったのね。今後もきっと、もっともっとたけのこのように人気も伸びるだろうし。
だから、私ユイノちゃんに今のうちお願いしとこうと思ってね。
もし、貴方が将来もっともっと珪に気に入られて彼の彼女に昇格しても、お願いだから彼を自分だけで独占しようなんて思わないで頂戴ね。でないと、私は珪のファンと彼の将来と、ここが大事だけど『自分がクビにならない』為に、徹底的に貴方の邪魔しますからね。私は怖いわよん♪ おほほほほ。あ、モカお代わり♪」
正直、頭ごなしに『近寄るな』と言われるより心に染みた。
なんせ、ユイノは彼女が大好きだったし、彼女は二十以上年下のユイノに、『大好きなユイノちゃんに、お願い♪』と言う感覚で頼みごとをしてきたのだから。
誰だって、好きな人からの頼み事は断りにくい。
それに、このマネージャーさんが『私のクビがかかってる〜』なんて言ってても、実際は珪くんの将来を本当に大事に思っているなって思ったから。
ユイノはマネージャーさんの信頼を失いたくなかったし、彼女だって大好きな珪くんの将来の邪魔はしたくない。
だから、ユイノは珪くんに『好き』なんて言えない。
下手に告白して断られて、今の身近にいられるぬくぬくとした関係を崩したくなかったのだ。
でも、いつかは彼の特別になりたいって気持ちはあるし、何よりも彼の『ちょっとだけ親しい女の子』という立場を、他の娘に獲られたくないから。
だから、珪くんが喜ぶことは何だってしたい。
あの日。
―――――………。いいな、これ………――――――
―――――………大切な人からの手作りチョコって、やっぱり憧れだよな………―――――
そう言って、真剣に天使のディスプレイを食い入るように見てた珪くんが、何故だかとても切なく思えた。
やっぱり彼も、家族と離れてたった一人で日本に残っているのが寂しいのだと。
家族の団欒が懐かしいんだなと。
そう思ったら………、すごく頑張りたくなった。
珪くんが喜ぶように、天使達が作ってたのと同じハート型チョコケーキを贈ってあげたかった。
勿論珪くんのお母様は、自宅でケーキを焼いていただろうから、自分も焼きたての美味しいケーキを珪くんにあげたかった。
いつも優しくしてくれる彼に、堂々と自分の手料理を食べて貰える機会が来たのが嬉しかったし、実はちょっとだけ彼にいいところを見せたいっていう、あさましい見栄もあったし。
でも――――――。
そんな、虚栄心があったから、きっと天罰が下ったのだろう。
でなければ、今日に限って使い慣れているオーブンが、火を吹く筈がない!!
☆☆☆
尽が台所の窓を開けてくれると、夜風が換気扇だけでは追い出せなかった焦げた煙を突き破り、オーブン前で立ち竦んでいたユイノの体をなぶった。
真冬の冷気に肌があわ立ち身が震えたが、逆にパニックを起こしていた精神も冷え、ユイノはようやく落ち着きを取り戻した。
「ありがとう尽。驚かしちゃってごめん」
ユイノは開いた窓を閉めると、寒くなった部屋を暖めるためにヒーターのスイッチを入れた。
「私はもう大丈夫だから、尽はもう一回寝てちょうだい。後三時間は寝られるわよ?」
「いいよ。また火事かと思って飛び起きるの嫌だから付き合うよ」
「大丈夫♪ もう、スポンジ焼く材料ないから」
泣いていても仕方が無いし、第一時間がもったいない。ユイノは涙の通った跡を手の甲でぐしぐし擦ると、急いでエプロンを外して真っ赤のダウンジャケットを羽織った。
財布の入ったバックを引っつかみ、玄関に向かって駆け出そうとすると、尽がむずっと襟首を捕まえた。
「こら、何するの?」
「それはこっちの台詞。姉ちゃん、こんな遅くに、何処に行くつもりだよ?」
ユイノが振り返ると、頼れる弟は目を三角に吊り上げてギロッと見上げていた。
「コンビニに行って、珪くんのチョコ買ってくるの」
あっさり言うと、ぱこっと平手が飛んできた。
「危ないだろが。姉ちゃん、一応女だってこと自覚あるの?」
「う〜う〜ううう…!!」
勿論尽は優しいから威嚇で軽く小突く程度だったけど、睨む目はますます吊り上がる。
「大体、手作りチョコが欲しいって奴に、買ったもん与えてどうすんだよ?」
「うううう〜〜〜……だって、だって!!」
「それに、葉月はいっつも美人なモデル達に囲まれてるんだぜ。ただでさえ姉ちゃんみたいに顔十人並の子が、地味な市販チョコ手渡したって、良い印象持ってもらえる訳ないだろ? 姉ちゃんの取柄は料理なんだから、食いもんで釣れよ」
「う〜う〜う〜……でも…、もう材料も時間も……」
「言ったろ。あきらめるなんて姉ちゃんらしくない。姉ちゃんの良いところは、真面目で一途でどんくさい所なんだから。美人は三日で飽きるけれど、性格は長持ちするって良く言うだろ。顔よりハートだ。姉ちゃんが性格美人だって事は、弟の俺が一番良く知ってる♪ 例え姉ちゃんのように特徴の無い顔でも、俺が葉月なら絶対姉ちゃんを彼女にするよ♪」
「う〜う〜ううう……、ありがとぉ〜〜〜」
あんまり誉められたと思えない激励だったけれど、ユイノは一応尽の頭を撫で撫でした。
そりゃ自分だって尽に言われなくても、どんなに努力したって生まれついて美しいモデル達に敵うわけないのはわかっている。そんな美人でもない自分がモデルの珪くんの傍にいられるのは、彼がまるで子猫を愛でるのと同じ感覚で、まとわりついてくる自分を可愛がってくれるからだ。
「でもね、どのみち材料を買ってこないと。邪道だけど、スポンジは市販の買ってきて、デコレートを頑張ろうと思って」
「………姉ちゃん、言いたかないけど小遣い残ってるの? そんだけ義理チョコ大量に買っといてさ?」
「!!」
ユイノは慌てて茶色のバックから、黄色の財布を取り出した。
只でさえ、冬はイベントが目白押しだ。冬休み、クリスマス、お正月、そしてバレンタインデーと続けば、貯金も財布も大激減する。
高校は中学と違う。いくら義理でもお徳用チョコの袋を買ってきて、一掴みずつばら撒くなんて荒業は、もう恥ずかしくてできなかった。
それに高校になったら交友関係は更に広がった。
日頃お世話になってるバイト先のマスターや店員さん達、クラスメート達、桜弥くん色くんまどかくんや和馬くん、それに吹奏学部の先輩や先生等、配る相手は大勢いる。実際、ユイノは先月のバイト代と今月のお小遣い全部をつぎ込み、手提げ袋二杯分の義理チョコを準備していた。
ユイノは財布を開き、がっくりと肩を落とした。
中身は尽の予想通り、残金はたったの2リッチだけ。
今からお母さんを起こして借りるなんて怒られるに決まっている。珪くんにコンビニの義理チョコを二つ買って手渡すぐらいなら、確かに手持ちの材料でなんとかした方がマシだ。
「でもね、私絶対ファンの子に見劣りするものはあげたくないの!!」
ユイノは覚悟を決めた。
ぴしゃりと両頬を叩いて気合を入れると、生き残った材料を吟味しだした。
「えっと〜……デコレート用の板チョコと、あ、ホワイトチョコも一枚ある、ラッキー♪」
勿論板チョコを溶かして固めるだけじゃ芸がない。
ユイノは戸棚と冷蔵庫をガサゴソ漁り、朝食用のコーンフレークと殻つきの胡桃と落花生、それから大粒のイチゴとキウイとオレンジを発見した。
「姉ちゃん、手伝おうか?」
「じゃ、胡桃割って中身を取り出して。落花生もお願い」
「了解♪」
ユイノは平たいなべに水を入れ、ガスの火を灯し、湯せんの準備を整える。
苺をざぶざぶ洗い、キウイの皮をむき、オレンジをカットする。
そしてお弁当用によく使われる銀紙の小さいカップを大きな平皿にたくさん並べ、その中に小さく切ったフルーツをどんどん放り込み、その後乾いた俎板の上で二種類のチョコレートをそれぞれ細かく刻んだ。
続いて沸き上がったお湯の中にボウルを突っ込み、細かく刻んだチョコレートを入れる。
チョコレートはみるみるうちにまろやかに解けた。その液体化したものをスプーンですくってカップに入れるだけの簡単なお菓子だが、これなら短時間でできる上絶対失敗しないし、本物のフルーツを使っているから彩りもとてもきれいなのだ。
「姉ちゃん、胡桃できたぜ」
「ありがとう♪」
ユイノはあまったチョコの中に、砕いたナッツとコーンフレークを入れてざっくりかき混ぜた。
これらは適度に塊をつくってから、スプーンですくってやはり銀のカップに盛り合わせる。
あっという間にできたチョコだが、ここからは時間との戦いだ。
ユイノはラッピング用に買っておいた箱を掴むと、大急ぎではさみを入れた。
なんせこの箱はケーキ用だ。チョコレートを包むには高さがありすぎたのだ。
箱の底にベビー・ピンクの薄紙を敷き、切り取った箱の破片で仕切をつくって綺麗な碁盤のようなマス目をつくる。
そこにユイノは順序良く、作り上げたばかりのカップを箱に納めていった。
四種類のチョコレートは合計二十個も収まった。間に合わせと思えない程見栄えがし、ユイノは大満足だった。
ピンクの包み紙でキャラメルのようにラッピングをしてシールを貼り終われば、後はチョコが冷えて固まるのを待つばかり。
箱ごと冷蔵庫にしっかりおさめて時計を見れば、なんとまだ五時前だった。
「さっきまで、絶望して泣いてた姉ちゃんは何処にいったことやら」
「えへへ。終わり良ければ全て良しなの♪」
ユイノはうきうきと、尽の頭を撫でまわした。
「尽、手伝ってくれてありがとう。それから、余ったのは明日のおやつで食べていいからね」
「………ねぇ、俺のもしかしてラッピング無いの?」
「あう、ごめん。一応失敗したとき用に買っておいた予備の箱もそこにあるけどぉ……なんかもう面倒くさくって。ていうか、ほっとしたらちょっと眠いなぁって♪」
尽は一瞬、ぷくっと頬を膨らました。
でも、すぐに深くため息をつくと仕方ないなというように肩を竦めた。
「全く姉ちゃんは寝ぼすけなんだから。いいよ。遠慮無く食べるから。それじゃ、俺も寝る」
「ん、お休み〜♪」
ユイノはぱたぱた手を振って尽を見送った後、小さくあくびをしながらエプロンを外した。
少しでも睡眠を多くとりたかった。ユイノは寝不足だと顔が浮腫む。
できればそんな顔を、珪くんに見せたくない。
ユイノはほっとして重くなった体を引きずり、自分の部屋へ向かった。
Side tsukushi
十五分後。
ユイノがぐっすりと眠り込んだ頃を見計らい、尽は足音を立てないようにして台所に舞い戻ってきた。
そして冷蔵庫を開け、ユイノが作り上げたばかりの、ピンクのバレンタインチョコの箱をこっそりと取り出す。
冷蔵庫で冷たくなった平べったい箱は、ユイノの手元が狂ったのか、ちょっと高さが歪んでいたが手作りの暖かさとユイノの人柄がにじみ出ている。
尽が貰えない、ユイノの愛情がたっぷり詰まっている、世界でたった一つのバレンタインチョコレートだ。
「……姉ちゃんの、馬鹿………。くそ〜〜〜……葉月の野郎……俺の姉ちゃん返せ〜〜〜………」
毎年、ユイノの手作りチョコを食べられる特権を持つ男は自分と父だけだった筈。なのに出会って一年にも満たない奴が、ユイノの手作りチョコを食べられるのだ。それだけでも腹立たしいのに、今年は時間がないとかで、姉は尽の為にラッピングもしてくれない。
悔しかった。
哀しかった。
姉の愛情が、全部葉月に行ってしまったみたいで切なかった。
確かに尽は今年の春、姉が少しでも葉月と仲良しになれるように骨を折った。姉の携帯番号を、無理やり葉月に押し付けたのだ。
まさか本当にかけてきた時は驚いたけれど、ユイノが「もう、尽ったら信じられないことするんだから〜〜〜!!」と叫びながらも、頬を真っ赤に染めているのを見た時は嬉しかった。
ユイノが喜んでくれたのが幸せで、その嬉しい顔がもっともっと見たかったから尽は更に協力したのだ。
だが、いざ姉が葉月とどんどん仲良くなって、日曜日にもあまり自分を構ってくれなくなると寂しくなった。
なのに葉月は腹立つことに、クリスマスも年末年始もユイノをずっと独占していた。
そして昨夜尽は、姉が、葉月に焼きたてのケーキを食べて欲しいから早起きするのだと浮かれてオーブンの予約設定しているのを見て、とうとう嫉妬がMAXを超えたのだ。
ユイノは朝に弱く寝ぼすけだ。いつも尽がゆさぶっても起きない。
そんな姉が早起きしてケーキのデコレートをすることなど、正に奇跡だ。
葉月がユイノを変えた。それは認める。
でも、葉月は大モテのモデルなのだから、どんな美女とだって知り合える筈だ。確かにユイノ程可愛い女はモデルの中でも少ないだろうけれど、わざわざ尽からたった一人の姉を持っていくなと言いたい。
ユイノと一番長く接していたのは自分だ。ユイノがどれだけ可愛いいかは自分が一番良く知っていると自負している。
なのに、出会ってまだ一年も経たないような男に、姉の愛情を根こそぎ持って行かれて面白かろう筈も無い。
だから、尽は姉が早く寝た後、父母にも気づかれないようにそっとオーブンの予約を変えたのだ。
設定温度を250度にし、時間も十分長めにした。
黒焦げになるのは当たり前だった。
「でも俺、姉ちゃんがあんなに泣くなんて思ってみなかった………」
尽は、葉月の分を詰めた余りチョコの皿を取りだし、ナッツのチョコを口の中に放り込んだ。中途半端な固まり方をしたチョコは、尽の口であっという間に四散した。
尽はにっこりと顔をほころばせた。
「美味い。とりあえず、これでいつもの通り姉ちゃんの手作りは一番乗りしたな」
そして、彼は余ったラッピングの箱を取り出すと、さっきユイノがやっていたように、箱の高さを低くするために四隅にはさみを入れた。勿論彼がチョコを詰めているのは、姉か包んでくれなかったから、自分で気分を味わうためなどという可愛い理由ではない。
今だ小学生と思えない程、尽は手先を器用に駆使してユイノが作った箱と見かけは同じ物を作り上げた。
「姉ちゃんが心を込めて包んだチョコは俺のもんだ。お前なんか、余り物で十分だ。葉月なんて、この先いくらでも姉ちゃんのチョコを食う機会があるんだから……」
もし来年、葉月がユイノの恋人に昇格したら最後、尽などあっという間に姉の心から消えるだろう。
もしかしたら、これが最後の愛情篭った手作りチョコになるかもしれない。
だから、このぐらいの意地悪は許される筈なのだ。
「……好きだよ、姉ちゃん……」
物心ついた時から彼はユイノが好きだった。だってユイノは尽が知る誰よりも外見も中身も天使のように綺麗な人だったから。
多分一生本人に言えない言葉を呟くと、尽は自分が包んだ箱を冷蔵庫へと元通りに収め、ユイノが作った箱を大切に腕に抱きしめ、自分の部屋へ向かった。
☆☆☆
そして翌朝……。
「姉ちゃん、遅刻するぞ!!」
ユイノは尽に揺さぶり起こされた直後、口の中にあつあつのトーストを突っ込まれた。
「むぐう!!」
喉にバターの香ばしい味が滑り降りてくる。ユイノがぱちっと目を開けて起きあがると、尽はミルクたっぷりのカフェオレカップを鼻先に突き出してきた。
「ほら、ほんと姉ちゃんは世話が焼けるな。じゃ、俺もう行くけど、冷蔵庫のチョコ忘れていくなよ」
「うう、ううう〜むぐむぐ……こほっ、ありがと尽!!」
(尽、感謝♪♪)
つくづく尽はよくできた弟だ。まだ小学校だというのに、こんなに気のつく男の子はいないと思う。
あの子がいなかったら、手作りチョコも挫折していたかもしれないし、何よりも寝過ごして、氷室センセに反省文提出を求められたかもしれない。
彼女は、喉に詰まったトーストの固まりをぬるい液体でありがたく押し流すと、部屋から出る尽にバイバイと手を振り見送った。
そして、その後大急ぎで着替え、冷蔵庫からチョコを取り出すと、自分もダッシュで学校へ走っていったのだ。
そしてその日の朝、はばたき学園は嵐が吹き荒れた。
なんせ、『はば学の天使』こと鏡ユイノが、義理チョコが沢山入った二つの紙袋とは別に、一つだけ大きな『特別な箱』を大事に抱きかかえて登校したのだから。
―――――あのチョコは誰のものだ〜〜〜!!―――――
彼女に気がある男子は、一斉に色めき立った。
日頃、彼女と仲良がいいと自負している一部の積極的な男子は、教室にたどり着くのが待てず、期待に胸弾ませて自ら彼女に貰いに行き、結局紙袋の義理チョコを手渡されて肩を落とした。また、おとなしく控えめな、やはり仲が良いはずだと自負している男の子達やとある先生も、廊下でユイノに声をかけられた時には胸をわくわくとときめかせたのだが……やはり、もれなく撃沈した。
となると、やはり特別なチョコの行き先は気になるではないか。
―――――ユイノちゃんのハートを掴んだ奴は、誰やぁぁぁ〜〜〜!!――――――
勿論鈍いユイノは、男の子達の視線が段々狂気をはらんできたなど気づきもしなかった。
そして、その頃、男達の嫉妬を受ける予定の葉月は……というと。
彼は早々と登校し、自分の席でぼーっとしていた。
理由は中学の時と同じだ。ぎりぎりになって登校すれば、これ幸いと、女の子に下駄箱やロッカーに入りきらなかったチョコを机に勝手に詰められるのだ。その場で捨てれば『人でなし』と罵られて更に煩い。
食べもせず、家に持ちかえっても捨てるだけのチョコに囲まれ一日邪魔くさい思いをするぐらいならば、少々早く起きても番犬みたいに机だけでも死守した方がいい。
「おはよう、珪くん♪」
ユイノが寝不足がばればれの真っ赤な目で、にこにこ笑いながら平たい箱を差し出してきた。そのしぐさがあまりに可愛くて、葉月の頬もついつい緩む。
「サンキュ」
そう言って、ありがたく箱を受け取ろうと手を伸ばしたその時だった。
――――― あ―――――――!! ―――――――
一瞬で、教室の中外を問わず、空気が凍りついた。
勿論、ユイノは葉月みたいに鋭くない。彼女は息を飲み、心で叫んだ男子達の心情など全く気づかず、さらに幸せそうに頬を真っ赤に染めた。
「あのね、手づくりだけど約束してたケーキじゃないの。オーブンの調子がおかしくて……その〜……」
「焦がしたか? ドジ」
「それは言〜わ〜ないでぇ〜〜!!」
葉月が茶化すと、彼女は俯きぽかぽかと手を丸めて軽く叩いてくる。
その可愛いしぐさに目を細めると、ユイノはちょっぴり頬を膨らませたが、やはり嬉しそうに笑った。
「でもね、楽しめるように四種類の味を詰めてみました♪ 生の物もつかってあるから、早いうちに食べること。お願い♪ そ・れ・と……」
ユイノはぴっと人差し指で、葉月の鼻先を指した。
「来年は絶対期待してて。気合いれて作るから」
「判った」
そう葉月が言うと、ユイノは心底安心したように表情が緩んだ。
そして腕時計で時刻を確認し、「ああ、後十分寝れる。うわ〜い♪」と、意味不明の呟きを洩らし、ふらふら浮遊して自分の座席に腰を下ろすと、両腕を枕にしてもぞもぞ丸くうつ伏せて眠ってしまった。
勿論、ギンギンに男子の嫉妬の目が、葉月に注がれているなんて気づきもせずに。
葉月は喉を鳴らして笑った。
確かにユイノは家族と離れて暮らしている自分に気遣い、彼にだけ手作りチョコを用意してくれただ。けれど、自分だけが貰えたのは確かだから。
どんどん誤解して、かってにリタイヤしてくれ……といった心境だ。
たとえ今はまだ親しい友人な関係でも、絶対自分がユイノの恋人になる。
どれだけ時間をかけたって構わない。
彼女はやっと会えた自分の『姫』だから。
葉月の大切な、ただ一人の『姫』だから。
(来年こそは、恋人にステップアップしてやる)
そして、葉月はわざと嫉妬を煽るように、優越感に浸った目で、ライバル達を睨みつけた。
だが……昼休み。
葉月は『俺にもチョコ、一口寄越せ〜!!』と追いかけてくる、まどかや和馬をかわして、いつもの校舎の裏へとたどり着いた。
そして、待望のユイノからのバレンタインチョコレートの箱を開けたのだが…………。
彼は呆然自失していた。
『食えるもんなら食ってみろ。 尽』
余白にベロを出す尽の似顔絵が描かれた小さなメモを握りつぶし、葉月はしぶとく食い入るようにチョコを見た。
何度見ても、ユイノお手製のカラフルな二十個のチョコには、一つ残らず小さな歯型がついている。そう、尽が一口づつ齧りやがったのだ。
葉月は怒りでふるふる震えた。
ユイノの手作りチョコは食べたい。
だが、尽の食べかけなど食べたくない。
だって、これを食ったら自分は尽と間接キスをすることになるではないか。
だが、ユイノの手作りチョコなのだ。捨てられない。彼女が折角、自分の為につくってくれたチョコなのに。
それに、このチョコにはイチゴやカットされたキウイやオレンジが使われている。生物は痛む。今日中か、遅くとも明日までには食べねばならない。
捨てられない。でも食べたくない。でも食べたい。でも憎たらしい尽と間接キス〜〜〜!!
誰が男と間接キスをしたいものか。
だがこれはユイノの手作りチョコなのだ〜〜!!
「あの、くそガキ〜〜〜―――――――!!」
ハリネズミのジレンマに陥った葉月は、結局食うべきか食わざるべきか悩みに悩み続けて午後の授業をサボってしまった。
そして後日、彼は氷室に反省文を十枚提出を命じられたという。
FIN.
03.02.16
ユイノさん、ごめんね〜〜グスグス (><。)。。。
続き、早く書くねと言っておきながら、結局バレンタインに間に合いませんでした〜!!
(このカメ( ̄― ̄)θ☆( ++))
ときメモ、難しかったです。
こんな王子達ですが、ユイノさんへ日頃の感謝の意味を込めて、捧げたいと思います。
返品不可です〜!!(脱走タタタタ ε=ε=ε=ヘ(;°∇°)ノ)
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