女王陛下の見る夢は!! 3
陛下は、三日間たっぷりと遊んで聖地にお戻りになる。
チャーリーはそんな陛下の世話係りだから、戻られる時は当然聖地までお見送りする。
なんせ女王あってのウォン財閥、王室御用達だ。たとえ、た〜と〜え〜〜〜自分の見合いをブチすることになっても、その総帥ならば聖地の住人の下僕なのは当たり前♪
陛下も優しい慈愛の精神で、困っている聖地御用達の商人の為に、あえて恋人のふりをしていたと言えば、三日間遊び呆けて帰っても女王補佐官達から雷は落ちないだろうし♪
『狸な商人と無敵の女王陛下との密約』は、ひたすら二人だけに都合がよい、ばればれなこじつけだった。
「ふぅぅぅぅ!! めっちゃかぶったなぁ、もう!!」
チャーリーは、てるてる坊主みたいな雨合羽を脱ぎ、濡れた長い髪をふるふるっと振った。その傍らの陛下も、チャーリーの真似し、合羽を脱ぎ捨てると楽しげにぷるぷると頭を振る。密林の中の濁流を三人乗りの丸太で落ちるライドは、スピードよりも水をかぶるスリルを楽しむが、毒臭い水でずぶぬれになっていても、陛下は子供のように笑っていた。
(……ほんま、かーいいわなぁ……どっから見ても、普通の子にしか見えんのやけど……)
これが宇宙を統べる至高の方など、誰に言っても信じて貰えないだろう。
そのあどけない陛下の顔には小さな水滴が浮かんでいる。良く見ると顔にファンデーションの塗り斑も……。
意外だった。
「あんれ? アンジェちゃんって、化粧しとったんか?」
「ううん。リップと日焼け止めクリームだけ。だって、シミやそばかすつくるとヴィエに怒られちゃうし、顔が白いのに唇そのままじゃ、色が悪くて病人みたいに見えるでしょ?」
そして、アンジェはじいっとチャーリーの顔を見上げてきた。
「唇荒れてるね。リップ貸してあげようか?」
ポケットを弄り、彼女はピンクの可愛いスティックを出すと、きゅぽんとキャップを抜いた。甘いグレープの香りが漂ってくる。差し出してきたものは、どっかで見たことあると思ったら、聖地の出店の売れ残り品だった。
「やめとくれなまし!! 俺はオリヴィエ様ちゃう〜!!」
「唇割れると痛いのに……ま、いっか♪ ねぇ、チャーリー!! 次はあれ乗ろうよ!!」
ホテルを飛び出して早5時間経つというのに、疲れを全く見せない陛下はチャーリーの右手首を引っつかみ、フレアースカートを翻して駆け出した。引っ張られるのは嬉しいが、彼女の右指が指し示すのは座席のないジェットコースターだ。物凄い轟音をたて、白いライドがチャーリーと陛下の頭上をぐるぐる回り、客の二本の足もぶらぶら動く……。
チャーリーは目が点になった。
「ちょ……あれはな……まじでっか〜!!」
「だって私、キャンディ・ガール貰うんだもん♪」
「キャ……? キャンディ・ガール!?」
その不思議な響きに、薄ら寒いものを感じる。彼女はチケット帳を開き、見て見て!!っと景品一覧表を指で示した。
彼女が欲しがっているキャンディ・ガールとは、黄色で透明なプラスチックの人形に、文字通りキャンディとチョコレートが一杯つまっている一メートルの大きさの人形のことだ。
その人形の写真の下には『チケット十五(ただしライド)』と書かれていた。つまり十五種類の乗り物チケットを集めれば、陛下はそのお目当てのアイテムを手にすることができるのだ。
「アンジェちゃん!! いつの間に!!」
「うふふ〜♪ マーリンさんがくれたバックに入ってたの♪ チャーリーの帳面もあるわよ。どれ貰う?」
「俺ならお徳な『福袋』……これなら十三種類でゲットできるんやから……」
「あら、じゃもうライドはクリアーね」
「せや。後はあんさんだけやな……って……」
チャーリーは、はっと我に返った。
「違う!! 俺の言いたいことは、悪いこと言わん……止めといた方がええんちゃうかってことや!!」
「どうして? 怖いの?」
きょとんと無邪気に首を傾げつつ、でもどぎついことを言う。となると、当然チャーリーも男として侮らせたくなくなる!!
「馬鹿いわんといてぇな!! 俺とて絶叫ライドは大好きや!!」
「じゃ、問題ないわね♪」
てへっ♪ と、またもや無邪気に陛下は笑う。自覚がないだけ、更に質が悪い!!
「あるにきまっとるやろ〜!! あんさんなに考えてんのや〜!!」
「だってここ、並んでる人少ないんだもん」
「当たり前やがな!! 悪いこと言わんから、他のにしとき!!」」
「嫌。他のに行ってたら、パレード見る時間になっちゃう。チャーリーが嫌ならいいのよ。ここで待ってて頂戴」
「なんなら俺が乗ってくる!! あんたにチケットの切れ端あげりゃええやろ?」
「ズルは駄目なの。私が乗ることに意義があるんじゃない」
「なら俺がズボン買うてやるから!!」
「そんなのもったいないでしょ!! 時間ないし」
「あんたな、乙女の恥じらいっちゅうもんは〜……おお〜い!!」
チャーリーが更に反論しようとしても、陛下は何処吹く風でとっとっとっ…と、行列の最後尾に並んでしまった。待ち客は全てズボンを着用していて、当然スカートの女の子など一人もいない。
(困ったお人や〜…変なところで生真面目というか……融通が聞かんというか〜!!)
「君一人〜? 何処から来たの〜?」
そんなほえほえとした陛下に対し、もう早速ジーパンにティーシャツ、そして帽子というカジュアルな格好をした黒髪の二人の少年が声をかけている。
彼らは非常になれなれしく、無礼にももう陛下の肩に手を乗せている。
陛下はきょとんと首を傾げている。
「今日は蒸し暑いな、喉乾かねぇか?」
「良かったらジュースでも飲みに行かない?」
「え? ジュース!!」
ジュースという単語に、女王の目がきらりん♪ と輝く。
(あ〜〜〜……!! ほんま目ぇ離せんやっちゃな!!)
チャーリーは髪をくしゃりとかきあげ深く息を吐くと、自棄になって早足で駆けつけた。
「おい、そこのあんたら。俺のつれに何か用か? ええ?」
チャーリーはサングラスを斜めにずらし、今の憤りそのままに、眼光に睨みをきかせて少年らを見下ろした。聖地の売り子と同じ衣装を着た今の彼は、どっから見ても何するかわからない胡散臭くて怪しい兄ちゃんである。少年らは揉めることなくそそくさと姿を消してくれた。
(けっ、根性なしが)
「あ……私のジュース……」
ただ一人、ほえほえしている陛下は今のがナンパだと気付いていない。
「………後で冷たいもん飲みいこな………」
「うん」
こっくり幸せそうに微笑む陛下に、チャーリーは真剣力が抜けた。
(ほんま頼むで)
今時飲み物一本など、子供でも釣れない。
チャーリーはもう陛下から目を離すまいと覚悟を決めた。逸れたら最後、彼女が何処に行ってしまうか判らないのだから。
「あ……!!」
パスポート確認のおじちゃんは、突然小さく声をあげた。そして背後の警備員に囁くと、強面だった男が引きつったような笑顔を見せた。
「ウォン様どうぞどうぞ!!」
警備の兄ちゃんが威勢良く、慣れない愛想を全開にし、二人を並んでる行列から外し、直ぐに次ぎ出発のライド前に連れていってくれた。
またである。
(……やっぱ、これは変装にならんかったんかな?)
全宇宙に広まっているウォン財閥のトップの顔写真は、スーツ姿の凛々しいものしかない筈だ。なのにアイリーン嬢の許婚というポジションだった彼は、意外と下々にも顔が売れていたようだ。
そして彼がお守りしている陛下であるが、どうやら幼い格好が災いして、誰にも恋人と思われていない。
「おじさんありがとう!!」
(ま、いいか。陛下よろこんどるし)
それより問題はこれからである。
「あんたな、思い直すんやったらいまが最後やで。なんぼ人形のためとかいったって、公衆の面前でな、さかさチューリップは恥ずかしいおもうさかい」
「だ〜い丈夫だって♪」
陛下は停車したライドに乗り込むと、白いスカートの裾を引っつかみ、丁度膝上の部分できゅっと縛った。そして頭上の黒い安全バーを下げ、しっかりと自分の上半身を乗り物に固定する。見てくれは変であるが、二三分ぐらいなら余裕で持ちこたえてくれそうである。
(おお、賢い)
やっぱり素朴な方なのだ。その場でできることをちゃんと利用して、十二分に楽しむつもりらしい。
チャーリーも安心して安全バーを下げた。鳩尾あたりに黒いバーが下り、背中が隙間なくしっかりと乗り物に固定される。
所が陛下は不思議そうにこちらを見ている。
「ん? アンジェちゃん、俺の顔になんかついとるんか? それとも、俺って見惚れる程ええ男かいな〜?」
「チャーリー……サングラス、いいの?」
「あ!!」
さり気なく呆けてる場合ではない。チャーリーは慌てて取ろうとしたがもう遅かった。固定された体は、両腕もまきぞいだった。黒いバーで固定されたニの腕のせいで、手のを思いっきり上へと伸ばしても顎にすら届かない始末だ。
じたばたじたばた暴れているチャーリーを余所に、無常にも、ライドの発進を告げるベルが鳴る。
ジェットコースターは、急斜面を転がり、いきなり加速をつけて発射した。
「俺のグラサン〜〜〜!! はう〜〜〜〜!!」
こうして、黒くて硬質な輝きを放つ、チャーミングな丸いアクセサリーは、あっという間に風に運ばれ空を舞い、チャーリーの顔から剥がれ飛んでいった。(合掌)
サングラスは、見事にガラスが砕け、そのフレームもひしゃげて形を変えていた。
チャーリーは、地べたに座り込んで項垂れている。
「ああ………ベルフォード社の一点ものだったんやけどなぁ……」
値段もさることながら、お気に入りを失った時には心が荒むものである。その残骸を手にし、ちょっとやさぐれモードに突入していた。そんな彼を、陛下が白い小さな手で頭を撫で撫でし、手首を掴んで引っ張りだす。
「まあまあ、泣かないの……アイス奢ってあげるから♪ ね♪」
「奢るってなぁ……アンジェちゃん。あんた、ここのお金もっとったっけ?」
「うん。出がけにマーリンさんが、お小遣いと財布をくれたの〜♪」
彼女は嬉しそうにポケットからちっちゃな赤い小銭入れを取り出した。
「ほら見て♪」と言われるままに覗き込むと、財布の中には丸い銀色のコインが、10枚ちょっと入っている。このコズミックパークで一番小額のミールクーポンだ。
「行こうよ♪」
声を弾ませ、でも表情は少し心配げに、彼女は自分を覗きこむ。
(あかんな……俺、接待する側なのに、気を使わせてしまったらしいわ)
チャーリーは陛下に手を引かれるまま身を起こした。笑いながら勢い良く引っ張った彼女は、後ろ向きに突然よろけた。
「きゃう!!」
「うぐっ!!」
「アンジェちゃん!? どないしはったんや?」
チャーリーは倒れる寸前に両腕で抱きかかえ、顔を上げた。陛下の背後では小太りの男がべしゃっと横向きに転んでいた。
(あっちゃ〜!!)
「きゃぁぁぁぁ!! 大丈夫〜!! おじいさん!!」
陛下はすぐさまチャーリーの両腕を払いのけると、しゃがみこんで地べたと友達になっていた制服の男を抱き起こした。
きっと、彼女が勢い良くひっぱった時に、風船売りの屋台を引いていた彼とぶち当たったのだろう。
だが……。
(老人やて?)
チャーリーも慌てて駆け寄った。
制服と同じ青色の帽子を深〜く被っていたからわからなかったが、男は確かに銀色の髪で、頬や口端に見える皺の数は高齢を感じさせる。
「おじいちゃん、怪我はないんか!!」
「あ〜……大丈夫大丈夫」
手をひらつかせる老人は、ぼろぼろ涙を流していた。そのしゃがれた声にも、痛みを堪えている気配を滲ませている。
骨でも折れてたら大事である。
「ほな、俺におぶされ!! 救護室いこ!!」
チャーリーが背を向けようと立ちあがるが、老人は直ぐにぱしっとチャーリーの手を払いのける。
(ん?)
その指はなぜか肉付きの良い。
(???)
しかも薬指には高そうなごつい金の指輪が嵌っている。よく手入れされた綺麗な爪といい、そのすべらかな肌といい、どう見ても肉体労働者の手とは思えない。
「じゃ……し…しつれいを……」
「…………」
小太りの男はぺこぺこと頭を下げると、風船の屋台を忘れて転がるように早足で立ち去っていってしまった。
チャーリーの目はすうっと細くなった。
「どうしたの?」
「アンジェちゃんも気づいたやろ? あのお人、なんか変装っぽくあらへん?」
一発で老人と見抜いた洞察力だ。彼女が気づかぬわけがない。
だが、彼女はけろりとして、くすくす笑っていた。
「でしょうね。見せ付けてるから♪」
「え?」
「チャーリーってば結構鈍感なんだもの♪ 気づかなかったの?」
「え!!」
「ほら。今日は恋人さんでしょ♪ アイス食べにいこ〜♪」
陛下はチャーリーの腕に、コアラのようにしがみついてくる。
「ちょっと待ちぃ〜や!!」
そして彼女につれられて、カフェの売店に行ってみれば……。
「ほら!! 可愛いお嬢ちゃん、い〜っぱいおまけしとくね〜!!」
と、ウインクしながらソフトクリームを山盛りにつくってくれた美人なブロンドのお姉さんは、笑っていたが、しっかり二人を観察しているように鋭かった。
どう見たってこの場にそぐわない。彼女の雰囲気は、スーツを着せたうえ、秘書課か総務課にいるのが相応しい。
そう気づいた途端、チャーリーは俄然周囲の視線が気になりだした。
苺の特大ソフトをスプーンですくって食べながら、小さな石造りの橋を渡っていると、
「すいませ〜ん!! 写真撮ってくださ〜い♪」
と、学生みたいな若い娘達が四人駆け寄ってきた。風車を背景に撮ってあげれば「お返しにインスタントですが♪」と、二人を並べて写真をとってくれた。
だが、少し遠くにはなれていた娘が、どさくさにまぎれて何枚も陛下と自分のツーショットの写真を取り捲っていた。
「記念にどうぞ♪」
「ありがと〜う♪」
と、陛下はにこにこ受け取っていたが、写真を手渡したと同時に、女の子達はマラソンランナーよろしく、逃げるように走り去っていってしまう。
こうしてみると、「ウォン様さぁどうぞ!! 並ばなくてもかまいません!!」と優先してくれていたあちらこちらのライド乗り場のスタッフも……十二分に怪しい。
見張られているのだ。
『誰から?』など、聞くまでもない。この星の持ち主、ウェスタ家にだ。
(……ちょっと、まずいんちゃうか?……)
聖地に行った守護聖は、下界の戸籍から抹消される。そして神殿とかある特定の王立の建物に、肖像画として一、二枚保管されているに過ぎない。
守護聖様でさえこの扱いなのだ。そして陛下は宇宙の女神である。そんな尊いお方だからこそ、そのお姿は天使や女神の抽象画で描かれても、肖像画としては全く一般に出回っていないのだ。
今の陛下は……下界では存在しない人。
翻って、今この星はウェスタ家の所有する星なのだ。
自分の娘の婿となる者が、女を伴って視察にくれば、まっとうな家ならば、きっとその女の出自を調べる。その者が何処の誰でどんな後ろ盾を持っているかを冷静に判断した後で、無力ならば抹消、強請るネタがあれば、それを盾に結婚を迫る。
チャーリーはこくりと息を飲み込んだ。
(初めっから見合いブチする気やったし、マーリンが全部引き受けてくれたから、俺、普通に遊んでたけど……俺が甘かったんやろか? 俺の女に見せかけときゃ、まさかこのお人に強硬な手段を取る真似なんかせぇへん思うが……)
思うが断言できないのだ。あまりにも情報がなさすぎる。
チャーリーとて、もしここがウェスタの私有星でさえなければ、いくらでもウォン財閥の総帥として陛下の身の安全を守る自信があったのだが。
(いっそ、どっかで顔変えるか? せやけれど、その店もウェスタ家につながっとったら嫌やし……杞憂ですんでくれるに越したことないっちゅーけど……ああ……このお人の身に何かあったら……ウォン財閥は終いやし……)
「チャーリー!! パレードが始まってるよー!!」
そんなチャーリーの苦悩を余所に、陛下は嬉しそうにぱっと駆け出していった。
人ごみの向こうでは、原色の山車に、華やかなドレスをまとった美男美女達が、くるくるとダンスを踊りながら行進していく。
たくさんの花吹雪。白い仮面を被ったピエロや御者達。
歌い、シタールをかき鳴らし、あちらこちらで笑いさざめく声が聞こえる。良くできた作り物の竜の首に、小さな子供が乗って手を振っている。
その下では鎧と甲冑をまとった銀の騎士が、姫君と一緒の馬車で仲むつまじく抱きしめ合っている。
一瞬、チャーリーは御伽の世界に引き込まれた錯覚に陥った。
(あかん!! 見惚れ取る場合やあらへん!!)
「ちょっとそこ退いてぇな!! えろうすんません!!」
チャーリーは人垣を押しのけ、陛下の後を必死で追った。こんな人ごみで、もし陛下とはぐれでもしたら、一大事である。
どつかれ、足を踏まれたりと散々な目に合いながら、ようやく人垣の一番前に踊り出た。
(何処や!! 陛下!!)
きょろきょろと周囲を忙しなく見回すが、それらしきヒヨコ頭は見当たらない。
(ほんま、あのお人は何処をちょろちょろと!!)
背筋に冷たいものが走っていく。
そんな時だった。
「チャーリー!! こっちよ〜!!」
陛下はいつのまにか、他数人の旅行客の少女達とともに花山車の上で笑っていた。周囲にシタールをかき鳴らしている気障な吟遊詩人達とピエロや小姓を従え、すっかりご満悦である。
(あか〜ん!! 目立ったらあかんゆうとんに!!)
「何さらしとんのやあんたは〜〜〜〜!!」
チャーリーは直ぐに駆け寄って、陛下を引きずり下ろすつもりだった。そんな鬼気迫る形相の悪くなった彼は、当然のことながら道に飛び出す前に警備員に取り押さえられた。
そんなチャーリーの表情に気付かず、陛下は上機嫌に歓声に答え、ピエロと一緒に手を振っている。
(ああああ……人に歓呼で迎えられことに、慣れ過ぎるのも考えもんやぁ!!)
テーマパークはただでさえ、現実とはかけ離れた夢を見せる。
ましてや陛下にとってはここは一時の夢なのだ。
少女なのに……無邪気に遊びたい年頃なのに。
背負わされた責任は、宇宙の維持と繁栄。それはどれほど重いことだろうか。
くるくると回転する女達。それはまるで万華鏡のよう。いつの間にか山車から降りた陛下は、舞踏会を模して踊っている女達に紛れてダンスを踊っていた。
幻想的な幻惑の中で、陛下は幸せそうに遊んでいる。
「チャーリー!!」
時折彼女は笑顔全開で振り向く。ちゃんと彼が見ているのかを確認するように。
そして、彼の姿を確かめると、また安心してパレードの中に埋もれていくのだ。
他の少女達とともに。
一時の夢へと。
チャーリーはもう陛下を止めなかった。止めれるわけがなかった。
切なかった。
これは夢なのだから。
彼女の、一瞬限りの夢なのだから……。
嬉しそうに楽しそうに笑いさざめいているのに、彼女が笑えば笑うほど、酷く哀しく思えてならなかった。
三十分後、パレードが終わるとともに、汗を一杯かきながら陛下は満足げに戻って来た。
「あはは……楽しかった♪」
「お帰り」
チャーリーは自分の声が思ったより暗く掠れていたことに驚いた。
「あれ、どうしたの?」
不思議そうに陛下がかがみこむ。
チャーリーは何と言えばいいのか判らなかった。
憐れんでいましたなどと、彼女自身に言えるわけがない。無言になったチャーリーに対し、陛下はぽしぽしと彼の頭を撫でてきた。
「ひょっとして、お腹すいたの?」
陛下じゃあるまいし……と、軽口はさむ間もなく、彼女はにちゃっと笑った。
「あのね、夜のイベントも見たいのよ。花火と帆船のショー!! だから、その前にご飯食べよ。私ね、シーフードがいいな♪」
チャーリーは腕時計を見た。2時間半程時間がある。
「ほな、飯食いいこか」
「うわ〜い!! 実はもうお店は決まってるの!!」
彼女はまたまたチケット帳を広げると、人口湾のほとりのおしゃれな白い洋館の写真を指刺した。
「いつの間に!!」
「うふふ♪ ここにはケーキバイキングがあるの。チャーリー、競争ね♪」
勝負にならないことは、最初っから判っていたが、チャーリーは勢いで乗らずにはいられなかった。
「よっしゃー!! 負けた方が夜食奢るんやで!!」
「えへへへへ!! 頑張るわ!!」
ガッツポーズほ取る陛下は、ほんとに無邪気だった。
(このお人をな、……ほんにい〜っぱいい〜っぱい楽しませてやりたい)
チャーリーは切実に思っていた。
その頃、聖地では……
「どうしてですの!!」
「ロザリア!! 落ち着くのだ!!」
「だってだってこんなこと……前代未聞ですわ〜!!」
ジュリアスに羽交い締めにされ、ヒステリックに叫ぶロザリアの前には、真っ赤な熊のぬいぐるみを抱きかかえて、健やかに爆睡している陛下の姿があった。
その幸せそうな寝顔とは裏腹に、彼女の両頬は異様なほど腫上がっていたが……。
朝食の席、何時まで待っても陛下は起きてこなかった。ロザリアは補佐官として当然女王の部屋付きの女官を呼び出した。
「陛下は昨夜、随分と遅くまで起きて本をお読みになっていらっしゃいました」
「そう。判ったわ」
だからてっきり朝寝坊したと信じきっていて、ロザリアは足音も猛々しくいつものように寝室へと行き、
「もうあんたって子は!! 一体いつまで寝てるの!! 執務が始まってしまうわよ!!」
と、毛布を剥ぎ取った上で、びしばし平手を飛ばしたのだ。
その結果がこの頬だ。陛下の両頬は頬袋を積めたハムスターのように腫れ上がっていた。
いま、女王が横たわる天蓋付きベットの周りには、ロザリアと守護聖達、それと補佐官が運ばせた朝食のデザート、昼食のデザート、そして今日のお茶会用ケーキがずらりと並んでいる。だが、彼女は一向に起きる気配がない。
「大体さ〜、陛下が朝昼抜いた上、おやつの時間になっても起きないなんてね……信じられないよ!!」
「まさかお嬢ちゃん、何か悪いものでも拾い食いしたんじゃあるまいな?」
「ええ……私としては、信じたくありませんが……ないと言いきれないことが……怖いですねぇ……」
集まった者達の表情は皆青ざめていた。この食い意地のはった至高の存在が、このベットの周りに漂う甘い匂いに気づかぬなんて、ありえないことだった。
「ルヴァ!! 一体どんな怪異が起こったのた!!」
痺れを切らした首座の守護聖が、打開策を求めて一番の知恵者を省みた。皆の期待を一身に背負って、歩く知識は静々と進み出る。彼は陛下の手首を持ち上げ、脈を計りながら次に瞼の裏側をひっくり返した。
「あ〜…聖地に病はない筈ですし〜……見たところ、ただ、ぐっすりお休みになっているにしか見えませんし……となると、サクリアの異常か、もしくは何か外的な要因があるか……が考えられます。あくまで憶測ですが」
「外的要因が考えられるのなら、科学的な解明を任せた方が早そうですわね」
調べものならば、一番の適任者がここにいた。
ロザリアは常日頃から自分の無理難題をことごとく解決した頼もしい男の名を唱えた。
「エルンスト!!」
「は!! 直ぐに王立研究院の総力を挙げ、原因の究明に取り掛かります!!」
打てば響くとはこの事だ。扉付近に控えていた彼は、即座にロザリアの側へと進み出た。主任は無表情の仮面を装っていたが、隠し切れない恍惚さと、こみ上げる嬉しさに、口元がぴくぴくと痙攣を起こしていた。
彼に道を開けざるを得なかった、まっとうな心根を持つ守護聖達の背筋に、うすら寒いものが走った。
「まず、基本はショック療法ですね」
主任はそう言いつつ、背後に隠し持っていた大きな木槌を取り出した。槌の大きさは、優にエルンストの顔の二倍はある。これは門扉を破るのに使われる立派な武器である。
「まあ♪ なんて用意周到なの♪」
「お褒め預かり恐縮です。ルヴァ様の博物館から拝借してきました」
「あ〜……くれぐれも折らないで下さいね〜」
「……愚かな。何故あやつにみすみす実験動物を提供したのだ?……」
クラヴィスの暗いくぐもった声は、側にいたリュミエールの耳にしか届かなかった。
優しさを司る水の守護聖は、これから陛下の身に起こることを想像し、長いトーガの影で、小さく指で十字の聖印を刻んだ。
「これが駄目なら次は投薬です。それでも駄目なら電流を流してみましょう。どのみち、陛下には起きて頂かないことには始まりませんから♪」
分厚いメガネの奥底には、狂喜を含んだ怪しい瞳がきらきら輝いていた。
「私も、是非お手伝いさせてくださいねぇ〜」
「は、ルヴァ様。恐縮してしまいます」
礼を接し、ほのぼの笑っている二人であるが、その心の下に隠した本音は悪夢だった。
(女王陛下ですからねぇ……一体どれほど薬に耐え得るか……きっとサクリアを要する分、一般人より遥かにしぶといでしょうね……電流も一万ボルトぐらいはいけそうですし…………)
(ああ、歴代主任は数多く存在するが、女王の実験データーを間近で収集できるのは、きっと私だけでしょう。ついでに脳にチップを植え付けておきましょうね……ロザリア様には健康管理とか、適当に言っておけば大丈夫でしょう…………ああ、楽しみです……♪)
そこで主任は眼鏡のずれを指で押さえた。
「そう言えばジュリアス様……メルは何処でしょう? 陛下の思考を探るのに、彼の能力は捨て難いものがありますので」
「呼んだ筈であるが」
「見てまいりましょうか?」
首座の守護聖に忠実なオスカーが、直ぐに占いの館目指して走っていく。
その姿を見送りながらも、生真面目さを装った主任の妄想は、どんどんと膨らんでいく。
(……メル……ああ、あの者も、おもしろい生態をしてますね。いつか……解剖してみたいものだ……いっそ、今回の電流を流す実験に失敗したふりをして一思いに…………事故は起こり得るものだし、死体の解剖は、原因究明には欠かせないものですからねぇ〜……)
「マルセル様ぁぁぁ〜!!」
カーテンの陰に隠れていた火竜族の少年は、水晶球を伝って流れてきた思考に怯え、ひしっとマルセルの小柄な体にしがみついた。
「しぃメル……!! 見つかっちゃうよ!!」
金髪の少年は、声を殺して、小さな少年を守るかのようにぎゅっと抱きしめる。
繊細な彼は、メルを通じてマッドな主任の思考を聞いていたようだ。
あの主任のメルへの執着は、試験の初っ端から並々ならぬものがあった。
その異常さにいち早く気付いたメル、そしてマルセルは、「あの人おかしい!!」と必死で訴えたのだが、他の守護聖らは全く耳を貸してはくれない。それどころか『生真面目な彼が、唯一心許すパートナー』として認識しているから質が悪い。
「盾になってやるから、こっそり窓から逃げろ」
「後でヴィクトールさんの部屋で落ち合いましょう」
ヴィクトールがそのでかい体でメルを隠してくれる。そしてティムカがそそっと壁際に走り、テラスへ続く窓の鍵を開ける。
学芸館の教官らは、そんな少年の叫びを一笑に付さず、ちゃんと聞いてくれた。そして自分達の目で確認した上で、主任の歪んだ性癖をつぶさに見、なるべくメルと彼を近づけさせないように頑張っていてくれたのだ。
だが、ここで裏切り者が一人いた。
「メルならここにいますよ」
涼やかな芸術家の美声が部屋の隅々まで浪々と響き渡る。セイランは楽しげに左手でカーテンを指し示す。
「ひぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
メルはべそかき状態で、意気揚揚としたエルンストに首根っこをとっつかまれて引きずっていかれた。
「メル〜〜〜〜〜〜!!」
「マルセル様!! 今は駄目です!!」
追いすがろうとしたマルセルを、ティムカがひしっと体で止める。
「セイラン!! 貴様という奴は〜!!」
軍人の逞しい腕に胸ぐら捕まれても、美貌の男は怪しく微笑んでいた。
「全く、何を怒ることがあるんだい? 女王を起こすことは、何よりも大切な事なんだろ?」
「いいや!! お前は絶対楽しんでいる!!」
「判りきったことなら、口に出すのは野暮ってもんだよ」
「お前に言われたくない!!」
そしてその頃、ウェスタ家では。
「ようこそ……お待ちしておりました」
ウェスタの館は高台の城だった。正面玄関の厚い扉が、ドアマンの手によって両側に大きく開く。
そこには緋色の長い絨毯と、頭を下げる使用人達の群れ。
(なんて成金な趣味だ)
堅苦しいスーツに身を包み、チャーリーに化けたマーリンは、その重々しい歓迎に、やれやれと肩を竦めた。
夜のしじまを八時を告げる鐘が鳴り響く。
夢はますます複雑に絡み合って……。
01.06.06
やっと世界が三つ並びました!!(長かったよ〜〜〜)
聖地の面々は書いてて楽しい♪
次はなし崩しで佳境に入ります。アイリーンの正体は?(きっとばれてると思うけど)
BACK NEXT
贈り物の部屋に戻る
ホームに戻る