女王陛下の見る夢は!! 1
「さぁさぁ、このブレスレット三つと指輪五つとブローチ一つ、それにネックレスつけていくらまけるぅ〜〜? いっそ閉店価格にしてよね!!」
「オリヴィエ様、ひど〜い!! お金なんて、いっくらでも持ってはる癖に!! いたいけな商人虐めて何が面白いんでっか!?」
と身を捩り泣き言をぼやきながらも、チャーリーの頭は今、ふる回転でそろばんを弾いていた。
(え〜と……仕入れ値が全部で三十ギゼルやから、五十で売っても二十ギゼルの儲けがあるな……まぁ、このお人のことやから、後ニ、三回はごねるやろうから……ここで勝負かけるか)
チャーリーは指を折り曲げ手の平を夢の守護聖につきつけた。
「ほならオリヴィエ様、出血大サービスで六十五でどうです!!」
「あら……ま……」
八十から一気に十五ギゼルの値引きがあり、オリヴィエはぐぐっと考え込んでいる。心がぐらぐら揺れている様子だ。
(よっしゃ……あとチョイで落ちる。きっと六十でいける……三十ギゼル、ぼろ儲けや♪)
チャーリーは顔では泣きの表情を浮かべておきながら、心の中ではガッツポーズを取っていた。長い戦いだった。既に一時間以上繰り広げられていたケバイ狐と心が狸の戦いは、どうやらチャーリー狸に軍配が上がりそうだ。
聖地は常春の気候同様、平穏で穏やかな世界のため極端に娯楽も少ない。
よって怪しげな商人が毎週日曜日に庭園で開く店は、自然と聖地の住人達にとって、格好の娯楽場になった。ましてやチャーリーの店は、露天とは思えない程豊富な品揃えと彼特有の軽快な売りトークという特色がある。物を買わないにしても、客と駆け引きしている様を見物しているだけでも笑えてくるのだ。そのためここは、毎週客足を確実に惹き付け、結構な繁盛を見せていた。
「あ〜、今日も賑やかですねぇ」
「おや!! ルヴァ様こんにちは。お待ちしておりましたんや〜。ご注文の『白亜の神話』の本、今日入荷しまししたで〜」
「うんうん。ちょっと散歩がてらに来たかいがありましたねぇ」
春の陽気が一番似合う地の守護聖は、ほくほくと嬉しそうに本を受け取ると、やはりゆっくりとした動作でオリヴィエの長い指に絡まっているアクセサリーの数々をぼうっと眺めだした。
「オリヴィエ、いい掘り出し物はありましたか?」
「うん。これなんかさ、来週の式典に着ていく衣装にピッタリなチョーカーなんだ。それにリングも対にできそうな良いデザインだし♪」
「の割りには、また商人さんをからかってましたねぇ〜」
ぬぼ〜としているようで、ルヴァ様は意外と鋭いのだ。チャーリーは愛想良く笑っていたが、内心冷や汗だらだらだった。
絶対値切るオリヴィエ様相手とわかっていたから、今日の値段交渉は仕入れ値の四倍の価格からスタートさせたのだ。いくらデザイン料と誤魔化しても、目利きのルヴァ様がじっくりこの品を鑑定すれば、一発でアクセサリーのぼったくり値がばれてしまう。
となると、チャーリーはオリヴィエに不当に高額な商品を売りつけていたこととなり、下手すれば信用を損なう問題に発展してしまう。
(あああ〜、ルヴァ様はよう、どっか行ってくれへんやろか?)
そんなチャーリーの願いは空しく、二人は和やかな井戸端会議モードに突入している。
「んふふふふ〜。だってさ、買い物は、この駆け引きが面白いんじゃない〜」
「全くオリヴィエらしいですね。ですが、長く時間をかけて、値切る価値ってありますか〜?」
「当然よ。だってさ、これ見てよ」
(見せたらあかん!!)
とのチャーリーの願い空しく、オリヴィエは両手を広げてルヴァの眼前に数々のアクセサリーを突きつけた。
「ほら。これ全部で百十ギゼルだったのが、もう六十五にまで落ちたのよ。後ちょっとで半額って凄いことじゃん♪」
「あ〜……これが百十ギゼル……」
ルヴァはしげしげと宝石に目を走らせた。
「結構するもんなんですねぇ………」
「ああっと!!」
「え?……あら?」
チャーリーの奇声に振り向いたオリヴィエの顔が一瞬で恐怖に引きつる。
つられて振り返ったチャーリーは自分の斜め後に仁王立ちしている彼にとっては救い主である筈の二人を見て、やはりボーゼンと立ち尽くした。
「オリヴィエ?……チャーリー?……どうしました? 二人とも?」
怪訝げに顔を上げたルヴァもやはり固まった。無理もない。
仁王立ちして佇んでいたのは、目を吊り上げた女王補佐官だった。しかも彼女は休みの日だというのに、しっかりと正装を身につけている。そしてその後には、王立研究院のマッドな主任が控えている。
チャーリーはこくりと唾を飲み込むと、平然さを装って揉み手をした。
「ロザリア様、今日はどないしはりました?」
「エルンスト。気配は、ここで間違いないのね?」
「はい。シグナルは確かに、この店から発せられています」
エルンストは背中に背負っていたアタッシュケース程ある平たい箱から、コードで繋がっていた丸いトレース盤を手繰り寄せ、ずいっとロザリアに見せつける。
折角挨拶したのに、返事どころか物の数ではないとばかりに無視されたが、チャーリーはへこみそうな意思をぐぐっと堪え、再度補佐官にアタックかけた。
「ロ…ロザリア様。今日は一体どうされました?」
「あんた、陛下を隠してるでしょ?」
くるりと振り返った彼女の切れ長の瞳が必要以上に吊りあがっている。睨みつけられたチャーリーは迫力に負け、あんた呼ばわりされてもふるふると首を振るしかできなかった。
「め……!! 滅相も無い!!」
いつもは冷静沈着な補佐官だが、聖地の至宝……女王陛下のこととなると、目の色どころか狂気が混じるのだ。だが、これはどの守護聖も同じこと。
途端、オリヴィエとルヴァも目に剣呑な色を浮かべ、腕を組み思案体制に突入する。
「何? 陛下ってばまた脱走したの?」
「ええそう。私がちょっと目を離した隙に!!……ああああ……明日から一週間、三時のおやつは抜きにしてやりますわ!!」
「それはいくらなんでも可哀想です。せめて三日ぐらいに……」
「ルヴァ? あんたお茶会が無くなることをさりげなく危惧してない?」
「おや〜、ばれましたか。やっぱり陛下が美味しそうに茶菓子を頬張る笑顔が可愛くて」
「そうよねぇ。陛下は天真爛漫だものねぇ。それでいて、日に日に綺麗になってきちゃって……ますます目が離せなくなって……」
「あんな騙されやすい子……もし誰かに誘拐されでもしたら……あああっ!! もう、私をこんなに心配させてぇ!!」
(このお人ら……ほんま本気で探す気あらへんのとちゃいますか〜?)
今、女王陛下がどれだけ愛らしいかを議論している場合ではない。三人とも何故そのことに気がつかないのかチャーリーは理解に苦しむのだが、守護聖も女王補佐官も至極真面目で『いかに自分達が可愛いアンジェを知っているか』をとうとうと語りモードに突入している。
話を元に戻そうと、チャーリーはポツンと残っていたエルンストに、気の毒げに笑いかけた
「で、この箱、一体なんなんでっか?」
「はい。王立研究院の粋を集めて作りました『陛下探知機』です」
誇らしげに胸を反らす主任を横目に、チャーリーは本気でこの宇宙の未来が不安になった。宇宙全域から最高の頭脳を集めた筈の研究院で、さらに粋を集めて作った機械が……陛下探知機?
丸型のディスプレイを覗き込んでみると、四つのオレンジ色の光が点滅していた。どうやら一般人は反応しないとみえる。三つの塊がルヴァ、オリヴィエ、ロザリアだとすれば、確かに一つ大きな反応が近場にある。
「で、この方向を辿ってきて、俺の店にぶちあたったというわけかい」
「そういうことになります」
(……ああ酷い……陛下のいけず。ここにいるんやったら……俺に一声かけてくれてもええやん……なんて水臭い)
チャーリーは大きくため息をつくと、ざっと自分の店のワゴンを一望した。今日の出物はちまちました小物ばかりで、とても陛下が隠れるのに好みそうなスペースなどはない。となると、思い当たるのはただ一つ……。
「エルンストはん、ほなこれちょっとそっちどけて」
チャーリーは、うず高くつまれたダンボールの山を次々にエルンストに手渡しながら在庫をさばくりだした。
確か今日、置く場所が無かったため、仕舞われたままのぬいぐるみの群れがあった筈だ。
「……いたで……」
目がついつい細くなる。こんな所に隠れていたのなら、彼の気がつかなくても当たり前だ。どうやって潜り込んだのかは解らないが、一番下の人一人楽に入れる箱の中に、熊のぬいぐるみをしっかり抱きかかえながら、しかもご丁寧に売り物のクッションを尻に敷き、これまた売り物のレースのカーテンを上掛け代わりに体に巻きつけながら、金髪のふわふわの髪で白磁の頬を持つ少女は、健やかにくーくー眠りこけていたのだ。
チャーリーの暗〜くドスの利いた声は、店先でいまや年寄りの寄り合いのように話が堂々巡りしていた三人を、直ぐに現実へと引き戻した。
「もぉう!! 陛下ってば!!」
直ぐに忠実な補佐官がダッシュで駆けつけ、問答無用でがくがくに彼女を揺さぶる。
「ロ、ロザリア〜暴力はいけません」
周囲の喧騒もなんのその、少女はやがて気だるげにウサギのように握りしめた両手を前に突き出して、ぐぐっと伸びをする。
「ん…………ん……ん!?」
周囲をきょろきょろ見回した彼女は、ロザリアや他の守護聖よりも、自分を無表情に見下ろしている王立研究院の主任に対し、バツが悪そうに頭を掻き出した。
「陛下。また私との学習の時間を無駄になさいましたね」
「そうですわ陛下。新宇宙に関しては、今だ未知の部分がかなりあるから、知識を得たいと希望されたのは、陛下の筈でしたわね」
地の守護聖が教師では、ついつい女王が甘えてしまう。そんな理由で家庭教師にはエルンストが抜擢されたのは知っていた。ルヴァ本人が『あ〜寂しいですね〜』とぼやいた時、その愚痴の聞き役がチャーリーだったのだ。
「えへへ♪ この頃、春の陽気が気持ちいいんだもん♪」
「陛下ってば。聖地は年中春ですわよ」
「それにしたってあんた、この頃良く眠るわねぇ」
オリヴィエが腕を組みながら指折り数えていく。
「昨日は謁見中でしょ。その前はお茶会中につっぷして寝ちゃったし、その前はジュリアスとオスカーに乗馬を習っている最中に眠りこけて馬から落ちたでしょ。それに……」
と、羅列している最中に、もう女王はティディ・ベアを腕に抱き、すや〜っと眠りの淵に落ちていくのだ。
(おいおい。ほんまこのお方、どっか体の調子が悪いんちゃうか?)
と、チャーリーは一瞬思いはしたものの、聖地には一切病がないと気づき、彼は喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
「陛下ぁ〜!!」
流石のロザリアが、グーで叩こうと拳を振り上げる。横にいたチャーリーは、咄嗟に引っつかんだ。
「あかん!!あかん!!ロザリア様あかんって!! ロザリア様の美しい華奢な手が壊れでもしたらどないするねん!!」
おだて上げられ、「あら♪」と気が抜けたロザリアに対し、チャーリーはすかさず「そんな時にはこれでっせ!!」と、金色に輝く『スーパーハリセン』を取り出した。
「どうです、ロザリア様!! お安うしときまっせ!!」
これなら叩かれてもそう痛くない。
ロザリアは、虚をつかれて困ったような笑ったような複雑な顔をした。
「メッキですねぇ」としみじみ材質の確認をするのはルヴァ。
「何てセンスだい。レインボーカラーはないのかい?」と突っ込みを入れてくれるのはオリヴィエだ。
チャーリーは場が乗ってきたチャンスを逃さなかった。
「てのは冗談でっせ。オリヴィエ様のお買い上げ商品のサービス言うことで、つけときまひょ」
「貰うわ」
ロザリアは意気揚揚とハリセンを引っ手繰った。
「ちょっと勝手に……」
乗せられたことに気がついたオリヴィエだが、もう遅かった。
「まいど、お買い上げありがとうございます。尚、装飾品は傷物以外、一切返品は受け付けませんのであしからず」
そうチャーリーが気持ち良く高らかに宣言するその横で、
「起きなさーい!!」
スパ−ンと風切る音とともに、威勢良く女王の頭が鳴る。
「ひゃううう〜〜〜〜〜!!」
「あ〜……本当にスーパーハリセンと名がつくだけあって、良い音ですねぇ……うんうん」
「ルヴァ。あんたね。そう言う問題じゃないと思うんだけど」
しぶしぶ財布から札束を取り出しながら、オリヴィエは悔しそうにぼやいている。
宝飾品をてきぱきと小箱に収めながら、チャーリーは勝利の美酒に酔いしれていた。
本当に聖地は彼にとって、いい息抜きの場だった。この常春の穏やかな気候もそうだが、神話の住人達が、気さくに闊歩し買い物に来る不思議な世界。
ここにくれば外界の全ての汚い駆け引きや、惨たらしさを忘れることができる。
(もっとも、守護聖様方がここまで庶民的になられたのも、今の陛下のお人柄なんやろうがな)
昔は女王は宮殿から一歩も外に出られず、その治世が終わるまでは一般人どころか守護聖達ですら、滅多に拝顔することすら叶わない存在だったと聞く。そのしきたりを全て取っ払ったのが陛下だった。
今では宮殿どころか気さくに庭園を歩き回り、下々の者までに気楽に声をかけてくれる。
長く培われた伝統を撤廃するなど、並外れた精神力ではない。
ぼけぼけとした外見と裏腹に、その小柄な体にはきっと、チャーリーでは計り知れない程の強い意思を秘めているのだろう。
暖かな春の日溜りを作り出し、皆に居心地の良い環境を与えた上で、それぞれ際立った個性的な九人と一人の能力を最大限に生かしている。
そんな女王はチャーリーの理想だった。
彼の目指す統治者の、完成品が彼女だった。
(来週も、また会えたらいいなぁ)
帰りのシャトルの中、チャーリーはお茶を飲みながら淡い憧れを抱いている金髪の天使に想いを馳せた。
もし、彼女に会えなければ、帰りがけに王宮へ献上品を置いてくればいい。そうすれば律儀な女王陛下はそのまた次の日曜日に必ずチャーリーにお礼を言いに来てくれる。
(あの愛らしい陛下に似合いそうな物は……この前は真っ赤なティディ・ベアだったから、今度は思い切ってドレスを……ああ、でも流石に露骨やから、やっぱ月並みに珍しいお菓子にでもしとこうか……それともいっそ『チャーリー』って名前の子犬か小鳥でも……)
「ああああ!! 俺、なに考えとんのや!! 俺が準備せにゃならんものは、商人魂をくすぐるような、聖地の住民をぎょうさん驚かせるけったいな商品やろが!!」
チャーリーは頭をがしがし掻き毟り、横で彼が書類を片付けるのを待つ秘書を振返った。
「さて、マーリン。俺の来週のスケジュール、一体どうなっとんのや?」
白銀の髪の秘書は電子手帳を取り出すと、壁にあるディスプレイにデータ−をさくさく打ち込んだ。
「まず、ただ今からサルファ星に赴きまして、二ヶ月前にオープンした宇宙最大規模と評判の『コズミック・パーク』を三日間視察します」
「おお!! 誰の差し金や!! おとんか? おかんか?」
チャーリーは思いもかけない嬉しいイベントに、両手を打ち鳴らした。
「そこの収益性を目でしっかりと確認した後、そこのオーナーであるアイリーン嬢とともに、主星に赴き、彼女を社交デビューさせるパートナーを務めていただきまして、その後は延々と有力者のパーティー巡りとなります」
「……ちょっと待てや。これ、もしかして……『名誉会長』の差し金か?」
「そのとおりです」
顔色一つ変えず、冷静なマーリンは続いての予定を述べる。
「そして、週末の土曜には婚約披露パーティーとなりますので」
「ちょっと待てや〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
チェーリーは、だんっと机を叩いて立ち上がった。
「俺が何時婚約を承諾した? 大体、アイリーンって何処のどいつや!!」
「その件に関しましては、『名誉会長』並びに会長、副会長から連絡VTRが入っております。どうぞ」
マーリンが電子手帳のリモコンを操作し、モニターに画像を呼び出した。
≪久しぶりやな、チャールズ≫
白髪だらけになってもふてぶてしさそのままに、今だ殺してもくたばりそうもない元三代目総帥『チャールズ・ウォン』はカラカラ豪快に笑った。その祖父の後ろの方で、身を縮ひませた父母が両手を合わせてしきりにぺこぺこと頭を下げている。
チャーリーはこの祖父が嫌いだった。人の都合はお構いなしに、何でも自分の思い通りに事を運び、気に入らなければ猛るわ喚くわもう、手がつけられなくなる程のワンマン振りは、『お前は何処の時代の生まれや!!』と、こっちが猛りそうになるほどむかつくのだ。
そんな祖父の傲慢で放埓な経営が、一時はウォン財閥の解体の危機を招いたこともある。
この祖父の経営手腕は正直、王室御用達の印籠がなければ、つぶれていたかも知れない程酷かったのだ。
そんな無能な祖父と、同じ名前をつけられたことも気に食わない上、父も母も何故かこの横柄な祖父を今だ野放しにしている。その歯がゆさもあって、チャーリーは十年程前から全くこの男と顔を合わせるのを避けてきたのだ。
忌々しげに眉間に皺を寄せてるチャーリーとは裏腹に、一方的なVTRの中のくそ爺は大乗にに乗りまくっていた。
≪お前の婚約者アイリーン嬢も、早十八歳だ。少々遅い感もあるが、社交界のデビューは、貴族の娘にとっては欠かすことのできないイベントでな。来月には結婚式の運びとなるが、妻なんぞ飾りのような物だから。気軽に気楽に適当にあしらうんだぞ。ま、一年ぐらいは女遊びを謹しめば後は勝手だ。ぴちぴちの箱入り娘に育ったから、しっかり楽しめ〜≫
「俺が聞きたいのは、そんなことちゃうやろ!! こらおっさん!! アイリーンって何処のどいつになんや!!」
チャーリーが猛った頃には、モニターの画面はしっかりと消えていた。
チャーリーは舌打ちした。
「ほんまむかつくおっさんやな、相変わらずピントのずれたことをさも大事なことのように言ってくるから質悪い。おとんもおかんもなんであんなアホを野放しにしとくんや?」
「アイリーン様は、ウェスタ財閥の後継者です」
チャーリーの悪態を聞かぬ振りして、マーリンは資料を手渡してきた。
そしてチャーリーも、ウェスタのアイリーンと聞き、背中に寒いものを感じていた。
「まさか、あの話……今だ生きとったんか?」
チャーリーの頭には、五才の時の悪夢がまざまざと蘇ってきた。
とある日、チャーリー達親子は、当時バリバリで総帥職に就いていた祖父に呼ばれた。
主聖にある本社は、雲の上まで突き抜けそうに高いビルで、その最上階の総帥室は下の町並みが遥かに見下ろせて、幼いチャーリーにとっては滅多に入れない楽しい展望台だった。
≪チャーリー、これがお前のお嫁さんだ。アイリーン・デ・ラ・ウェスタ嬢だ≫
そう祖父に示されたモニターには、生まれたての赤ちゃんが写っていた。
幼かったチャーリーは、それを見た瞬間『なんで俺がサルと……絶対嫌やぁ――――――!!』と泣いて暴れたのだ。
それから十八年の歳月が過ぎている。それにウェスタ財団のアイリーンは、チャーリーの伝え聞いた噂によると、財団の後継者でいながらも酷く内向的な性格の持ち主で、屋敷どころか自分の部屋から一歩も外に出てこないという。
「……ちょっと待てや。マーリン、さっきお前、『社交デビューする、パートナーとして』じゃなく、『社交デビューさせる、パートナーとして』っゆうたな?」
「はい。おっしゃる通りです。何とかサルファ星から彼女を連れ出すことから始めていただくこととなります」
「まじか〜!!」
そんな自閉症気味の女性を、どうやって社交界に連れてってデビューさせるのだ?
しかもめでたく任務を遂行したとしても、待っているのは『祝・ご結婚!!』の鐘の音だけなのだ。どう転んでもチャーリーにとって益はない。
「冗談やあらへん!! 俺はばっくれるわ!! 主星に戻るで……今直ぐにや!!」
「総帥がこのお話を蹴れば、アイリーン様はグリーンヒル財閥の御曹司のもとに嫁ぐことになります。業界のナンバー2と3が合併するとなれば、ウォン財閥として黙って見過ごすわけには参りません」
「俺の幸せはどうなる〜!!」
と叫んでも詮無きことだ。感情で理不尽さに腹を立てていても、チャーリー自身の理性は、この結婚によりどれ程ウォン財閥が潤うことになるのか既にそろばんを弾いていた。
(ああ……全部に金勘定してしまう、冷静な自分が憎〜い。何でウェスト財閥は、わざわざ吸収合併する道を選らんだんや? 自分とこの社員を婿養子に取ろうっちゅー気は起きんかったんか?)
裏を返せば身内でも倦厭する程酷い娘だということだろうか?
チャーリーは心に起こった空しい考えに、頭をフルフル横に振った。
「ま、今更しょうがあらへんのや。とりあえずアイリーンっちゅう女に会ってから考えるとする。その子の資料は?」
「何もございません」
「………写真一枚ぐらい……」
「はい。何もございません」
やはり無表情にきっぱり言い切られ、チャーリーはますますトホホになった。
有能な彼がここまで断言するのだ。きっとどの手を使っても何一つ入手できなかったに違いない。
「ほんに、不気味な女やぁ」
口では軽口叩ける余裕をかましていたが、チャーリーの心は真剣ここでばっくれようかどうしようかシーソーのように揺れていた。
そんな時だった。
チャーリーのデスクに、緊急ランプが灯った。
≪総帥!! 聖地からの密航者が捕まりました。至急デッキにおいで下さい!!≫
普通の地での密航者なら、チャーリーの元に連絡がはいることはない。だが、聖地の場合はそこで生活している物一人一人が主要な要人か、もしくはその家族なのである。隠密にさばく配慮もあり、必ず迅速にチャーリーの耳に届くことになっていた。
チャーリーは頭を掻き毟って立ちあがった。誰なのか、ほぼ見当もついていた。
(ああああ……こんな時に〜〜……ゼフェル様はぁ……!!)
オスカーやオリヴィエは、たま〜に聖地を抜け出す時に、チャーリーの小型商船をタクシー代わりに使用する。定期的に土曜日にやってきて、日曜日に主星に帰る船は確かに個人でこっそり出かけるよりも楽なのだ。
その噂を聞き、「俺も乗せろ!!」頑張ったのが彼である。所が、いくら守護聖の頼みであっても、未成年者に数えられるゼフェルが、聖地を抜け出すことの片棒を担いだとあってはジュリアスに知られれば大問題となる。
だから、チャーリーは絶対駄目と突っぱねていたのだ。
それがどうやら決定打となった。
天邪鬼魂がむくむく頭をもたげてきたのか、その日以来、ゼフェルが聖地を抜け出す時、わざわざチャーリーの船を使うようになったのだ。密航という手段を用いて。
(自分の見合いだけでも頭痛いっちゅーに!!)
だが、デッキにたどり着いたチャーリーを待っていたのは、予想外の爆弾だった。
金色でふわふわした髪。華奢で小柄な天使が、船長の椅子を陣取り呑気に軽食をぱくついていたのだ。
「なんであんたがここにおるんや〜〜!!」
てへっ♪
そう無邪気にサンドイッチを口にくわえて微笑むのは、聖地の至宝その人だった。
毎回チャーリーと聖地に荷物を運んでいる船の者達だから、彼女が誰なのかうすうすは気がついていたようだ。
だが、誰も認めたくない。
当たり前だ。チャーリーとて、夢だと思いたかった。
「貨物に紛れて密航を企てたご様子なのですが」
船長が救いを求めるように、チャーリーを見る。そんな彼を天使が遮った。
「ううん、違うのよチャーリー。ロザリアがあんまりにも怒るから、ついついゆっくり眠れるところが欲しかっただけなのよ。で、幸せ〜に眠ってたらね、とってもお腹がすいてきちゃって、さあ宮殿に帰ろっかなーなんて思ったら、あれ? ここどこ?って感じで……」
「…………」
「でも良かったわ〜。起きれないままどっかの宇宙港に荷物と一緒に積み上げられちゃったら、何処につれていかれるのか解らないじゃない。まだ貴方の船だったことはホントラッキーだったわ♪」
もくもくと口を動かしながら、彼女はすっかりご満悦だった。
そして、チャーリーが解っていることは、今から嵐が吹き荒れるということだけだった。
(あああああ……検品やった奴ぁ誰やぁぁぁぁ!! なんつー方を搬入してしまったんやぁ!!)
聖地の王宮は、今や大混乱であろう。ジュリアスやオスカー、そして補佐官ロザリアが目を吊り上げて捜索隊に激を飛ばしている姿がまざまざと目に浮かぶ。
お叱りはきっと激しいものになるだろう。
それどころか、しばらく聖地への出入りは禁止されるかもしれない。チャーリーは深くため息をついた。
「それでは、直ぐに王宮に連絡を取り、へい……いや、貴方様の御身がご無事であることをお伝えいたします。そしてその後直ぐに聖地に引き返して……♪」
上擦る声を押さえつつ、チャーリーは渋い声を作るのに必死だった。考えてみればこれ以上の口実がどこにある? 王室あってのウォン財閥だ。女王の身柄を安全にお届けし、聖地の面々の立腹を宥めることは、最優先の仕事である。
これで自分の見合いも視察も全てキャンセルできるかもしれない。
「嫌。私もサルファ星に行くの。うふふ♪」
所が、肝心要の女王陛下は、嬉しそうにミルクココアを啜りながら、しっかりと宣言する。
「で、ですが!!」
「三日間も『コズミック・パーク』で遊べるんでしょ。どうせその後、主星に戻るんだし、私も一緒で構わないから」
(俺のスケジュールリークした奴は誰や〜!!)
「で……ですが、皆様方が何て言うか!!」
「良いって良いって。ちゃんと誰かに連絡しておくから。だって、久々に聖地の外に出たってのに、直ぐに帰るのって嫌なのよ。今度はいつ出られるか解らないし、私だってたまにお休み貰ったって、バチは当たらないと思わない? ね♪」
ほんわかしたムードで誤魔化しているが、これは女王の命令に等しかった。彼女が決めたのなら絶対に逆らえまい。だが、チャーリーはせめてもう一度だけ抵抗を試みた。
「で…ですが…ジュリアス様のご不興を買って、俺の代で王室御用達を外されたら……しゃ……社員の生活がぁ……」
「大丈夫。ジュリアスの決定は、私なら覆せるもん。ちなみにロザリアのも同じね。ほら、何も心配いらないじゃない………それとも、今ここで私の不興を買う?」
「滅相も無い!!」
無邪気さを装っているが、しっかりと自分の価値を自覚している。チャーリーは今さらながら彼女が真実の女王であることを知った。
「そ〜れ〜に」
女王は上目遣いでにまっと何か企んでいそうな微笑を浮かべた。
「私、貴方の婚約者ね。アンジェって呼んで。いいわね?」
「は〜……い?」
今度こそ、チャーリーはファイヤーだった。
(マジで誰やねん!! 俺の窮地をリークしたのは!!)
そしてシャトルは主星を軽がる越えて数時間後……チャーリーの許婚者の待つサルファ星にすい込まれていった。
01.05.19
1178番のキリリクで、浅香さまにお贈りするチャーリー×リモになります♪
浅香さまがお帰りになるまでたっぷり時間がありましたので、メールでやりとりしていた時点よりもかな〜り複雑怪奇の笑える(?)お話になってしまいました。(実はこれもすでに番外設定が一本(^^ゞ)
次回は聖地が壊れていきます。お気に召していただけましたら幸いです。
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