女王陛下の見る夢は!! 2






ドライな風が、チャーリーの体中から水気を全て吹き飛ばす。全身がからっからに乾いた後、チャーリーはカプセルベットのフードを開け、軽〜く伸びをした。
「まったく〜……まいどの事ながら、棺桶に寝かされてる思うで」
羊水に似せた水に漬かって一時間半、それで濃縮された10時間分の睡眠が取れるこの装置は、降りる星との時差を無くしたり、または有効に時間を多く使いたい者には非常に有効な設備だ。だが、散々使わざるを得ないチャーリーにとって、どうにも性に合わない代物だった。
医学的には疲労はばっちり取れている筈だが、どうにも寝足りない気がする。彼は寝惚け眼でかしかしと髪を掻いた。
「………やっぱ俺、ちゃんと時間をかけて安定したベットでやすみたいわ〜」
「なら、終末の聖地巡礼をお止めになるのですね」
「おわっ!! 足音ぐらいたてや!!」
いつのまに忍び寄ったのか……いつもの紺色のスーツに身を包んだ銀髪の秘書が、手にしていたお盆から、熱いブラック・コーヒーを手渡してくれる。
「只でさえ多忙の身の癖に土日を潰してしまっているのですからね。あまつさえちゃんと眠りたいなどの贅沢など、許されるはずありませんでしょ?」
「ええんや。あれは俺の憩いの場や」
息を軽く一吹きし、コーヒーをすする。
あのいつ行っても変わらない時の止まった世界と穏やかな神々との会合は、人との摩擦や駆け引きに疲れた自分の心をいつのまにか癒してくれるのだ。
(それもきっと、あの金色の髪の至高の方の………あれ?……俺、なんか忘れてるような………)
秘書のマーリンが、熱い蒸しタオルをぺしっと顔にぶち当ててくれる。
肌を焼く熱さと軽い痛みに反応したのか、チャーリーは眠る前の騒動を思い出した。
「そ、そうやマーリン!!……へ……アンジェ様は!!」
敬愛する金髪の女王陛下であるが、今は彼にとっては頭痛の種だ。
「……こちらにおいでです……」
マーリンは沈鬱な面持ちで、真横を手の平で示した。
「おお!!」
チャーリーは目を見開きため息をついた。
恐れ多くも女王陛下は、チャーリーの隣のカプセルベットで、ぐっすりと惰眠を貪っていた。彼女の腕には、在庫で見た覚えのある一抱えできる程巨大な青い熊のぬいぐるみがあり、そのふかふかの毛皮に顔を埋め、幸せそうに微笑んでいる。
とっくの昔に羊水の乾燥も終わっているのに、全く出てくる気配もない。
それにこのレースふりふりの白い寝巻き……こんなのでカプセルに入っていたら、中身が透けて見えていただろう。チャーリーはあまりの無邪気さに顔を覆った。
「……お前、アンジェ様の体……見たんか?」
途端、マーリンはとうとう尻尾を掴んだぞというかのように、口の端を少し歪めて冷ややかに笑った。
「幼児体型だが、一応カバーかけて隠してやったよ」
人の目には触れなかったことが解り、チャーリーはホッと胸を撫で下ろしてコーヒーをもう一口啜った。だが……何かが引っかかる。
(今こいつ、口調が変わってなかったか?)
もう時は遅かった。見上げると、彼は両腕を組んで、冷ややかに自分を侮蔑混じりの冷笑で見下ろして、すっかり本性のやさぐれモードに突入していた。
「マ…マーリン……言っとくがなぁ……別に俺、なんもやましいこと……」
チャーリーはあわあわ両手を振りまわしてマーリンに訴えたが、
「ふーん……お前もさぁ、こんないたいけな子供みたいな女を、言葉巧みにだまくらかすなんて、ちょっといただけないんじゃないか?」
と、たった一つしか年が離れていないのに、兄貴風を吹かして説教モードである。
「ち……ちがわい!! 俺は何も!!」
「いい訳なんか聞きたかないね。大体、てめえの見合い日に合わせて女王が荷物に紛れ込んでくるなんて偶然があるか!! いくら正攻法じゃ聖地を抜け出せねえからってさ。向こう見ずだが健気なお嬢さんじゃないか。それを……貴様と言う奴は。この獣が」
「ご……誤解やぁ!! お…俺はほんまなんも……!!」
「てめえ自身の不始末で、てめえの首が飛ぼうが総帥の地位剥奪になろうがそりゃ自業自得だ。全然かまわねぇ。ま、今はお前が社長だ。聖地怒らせて社員やその家族を路頭に迷わせる真似は極力避けるのは当然だとは思うが、お前が今回の件に、どう落とし前をつける気かは知らねぇが、身勝手な別れ方したら絞めるぞ」
「マーリン!! だから俺は……ちゃう言うとんねん!!」
「うるせえ!! 人の話の腰折るんじゃねぇよ。このロリの鬼畜野郎!! てめえみたいな男が女を不幸にするんだ。大体な、よりによって女王に手ぇ出すなんざ何考えてやがる!! しかもこんな初心なガキを!! 恥を知れ恥を!!」 
(ひぃぃぃぃ!!)
もうこうなったら、マーリンは止まらないのである。
頼もしい護衛件親友、有能で気心の知れた秘書であるが、彼は懐いてくる動物と無邪気な清い心の人間にだけには特別優しい。騙し騙されるのが日常茶飯事の毎日を送っていて、世の中の汚れた裏社会の隅々までを見てきた彼だからこそ、世間に染まらない希少な清い心を尊ぶのだ。
彼はそんな存在を、守るべきものと認識している。
かつて、守り切れず目の前で死なれてしまった無邪気な恋人の面影を写して。
今はチャーリーたっての願いで秘書をやってくれているが、もしへそを曲げられれば!! かねてからの希望通り『じゃ俺、神官になるから』と、すぐにでも神殿に駆け込んでしまうだろう。
まだ若いみそらで、マーリンにそんな後向きな人生は歩ませたくなかった。
少なくとも、神殿に出家したければ、五十年後でも優に間に合う筈だと思っている。だからそれまでは……この男を俗世から離れさせずに扱き使いたくると決めていたのだ。
その方が自分にとっても『お徳』だし、世の中のためだし、会社のためでもある。それにもしかしたらもう一度恋をしてくれるかもしれない。
そんな風に皆がハッピーになれるのなら、マーリンの勘違いの小言など、安い労働に等しかった。



「あ〜の〜……もしもし〜……」

怒鳴り散らすマーリン間を、何時の間にか起きた陛下が割れこんでくる。
「チャーリー。あのね、とってもひもじいの。何か食べるものちょ〜だ〜い……」
と掠れるように呟くと同時に、きゅーくるくる……っとお腹も賑やかに鳴る。だが、笑える雰囲気ではなかった上、何故か女王陛下の顔は青白く、酷く辛そうだった。
「へ……アンジェ様、どっかお体の具合でも悪いんでっか?」
アンジェは涙目でこくこく頷いた。
「私、空腹になると……乗り物酔いするみたいなの〜……」
と言いながら、もう彼女は身を二つにして口を押さえている。
これはやばい!!

「ちょっと待ちぃや!! ここで吐いたらあか〜ん!!」

チャーリーは陛下を小脇に抱えると、ゲストルーム目指してダッシュで扉へと駆けだした。
当然、どさまぎでマーリンを置いてきぼりにして。

だが、スライドした自動ドアの向こうは……。
見慣れないビロードの絨毯。そして豪奢なシャンデリア。
広々とした吹き抜けのホールと、いくつもの部屋。そして広々としたサンルームは、今自分達が地面からかなり高い場所にいることを如実に物語り、帆船も観覧車も、塵芥のようにちっぽけにしか見えなかった。
ここはどう見てもスイート・ルームだった。おそらく、この設備から言って、最高級のホテルで………。
「おい……マーリン?」
チャーリーが振りかえると、有能な秘書は、もういつもの鉄面皮に戻っていた。
「ここはもうサルファ星の首都、エスメラルダです。女王陛下のご希望は、三日間誰にも知られず隠密に遊べることでしたので、貨物としてカプセルごとホテルに搬入致しました。入国は気付かれておりません。恐れながら三日間、陛下の護衛を勤めさせていただきます私も、頭数には入っておりませんので。これで宜しかったでしょうか? 偽マーリン様?」
「……おおきに……偽チャールズはん……」
この貸しは高くつくぞというニュアンスが、見えない針となって、ちくちくチャーリーに突き刺さる。視察の仕事は身代わりにやっておくから、恋人を十分遊ばせてやれという所だろう。気持ちはとっても有難いが、涙も出そうだった。
(ほんまにもう……この石頭の誤解はどうとろう?)
ラブラブで三日も過ごしたら、きっと誤解もかなり跳ねあがるだろう。今後の対応に頭を痛め、チャーリーはしらずに吐息を深く吐いた。
そんな風にゲストルームに歩を進めたチャーリーに、追い討ちをかけるように女王がつんつんと袖を引っ張った。
「あ……あのね、もう吐き気無いの。治っちゃった。シャトルじゃないって解ったら……えへへ。お腹空きすぎてたし、乗り物に酔った〜って思い込んでて……てへ♪」
自分を見上げる陛下は、本当に童女のように愛らしい……が……。今日から三日間、自分がこの陛下のお世話係になり、その後はアイリーン・デ・ラ・ウェスタとの見合いの場に引きずり出されるのだ。
(俺、今年は女難の年やったんかなぁ〜?)
チャーリーは女王をソファーに下ろし、台に乗っていたコンピューターの画面のスイッチを入れた。
「……アンジェ様、何を召し上がりますか?……」
「え〜と、プリンとかケーキ、それと……アイスクリームなんか食べたいな♪」
「食事はどないします?」
「デザートは立派な食事でしょ」
「さいでっか」
どうやら、食に関しては話が通じないらしい。
逆らっても無駄だと悟り、彼はがっくりと肩を落とし、ルームサービスを頼むために、メニューのページを呼び出した。




ホットケーキ、プリン・ア・ラ・モード、チョコレートのケーキとミルフィーユの平らげた皿が積み上げられている。
女王は今、フルーツパフェにチャレンジしていた。バニラアイスを崩し、カットされた苺も一緒に頬張り、ぱくぱくと飲み込むスピードにも全く衰えを見せない。
対面で、ミックスのサンドイッチをかじっていたチャーリーだが、その甘ったるい匂いに気持ち悪くなり、自分の食が進まなくなっていた。
「ねぇ、ホットココア頼んでもいい? ちょっと寒くなっちゃったの」
てへっと可愛く小首を傾けてのおねだりに、チャーリーは別の意味で寒くなった。
(このお人……マジ砂糖菓子でできてるんちゃうやろか……)
だが、彼女は本当に蕩けるように目を細め、幸せそうに食べるのだ。
例え甘いもののオンパレードだったとしても、ここまで旺盛な食欲を見せてくれると、奢る方とて嬉しくなってくる。

(……そういや……このお人は、最初っからこんな方やったなぁ……)

出会いは、聖地に出店を出すようになって、1ヶ月ぐらい経っていた頃だった。
朝、いつものようにテント方式のパイプを組み合わせて店を建てている時、長閑な庭園にそぐわない、甲高い怒鳴り声が聞こえて来たのだ。
(こんな朝っぱらから、誰やん?)
チャーリーが振り向くと、そこには正装の女王補佐官がいた。
当然のことながら、チャーリーは目を疑った。
「全くあんたって子は!! どうしてこんな所にいるの!! 今日は追試だって言ってたでしょ!!」
「……ごめんなさぁ〜〜〜い!!」
「どうせあんたのことだから忘れてたんでしょ? いいわ。補修も含めてみっちり先生に鍛えて貰いますからね!!」
「そんな〜!!」
「おだまりなさい!! あんたに休みなんか、ないと思いなさい!! 全く相変わらず愚図なんだから!!」
滅茶苦茶な言われようだと思ったが、女王補佐官があまりにも凄い形相で、ピンクのワンピースを着た少女を猫のように襟首を引っつかみ引きずっていく。とてもチャーリー風情では、制止できる状況じゃなかった。
(あら〜……何処の女官やろか? ふがいない俺を許してくれ〜!!)
その今にも泣きそうな顔とふわふわのタンポポ頭が印象的で、チャーリーは一発で金色の髪の少女を覚えたのだ。
その日の夕方、やはりべそをかき、目蓋を腫らした少女が、うなだれて店の前を横切った。よほどしごかれたのだろうか……疲れ果てて口をきく元気もないように見うけられた。
「ちょっとそこなお嬢さ〜ん♪」
チャーリーは思わず直ぐ手元にあった菓子棚から一抱えの商品をさらって駆け出した。そして、きょとんと立ち止まる少女の腕に、零れそうな程駄菓子を載せてやった。
少女の大きな緑の目が、真っ直ぐにチャーリーを見つめ返す。いきなり見ず知らずの男から声をかけられたのだ。当然少女は驚いただろう。だがそれはチャーリーも同じこと。
チャーリーはこの子がメチャ可愛い部類に入ることを知った。なんというか……雰囲気が浮世を離れているというか。つまり『天使のような』という形容詞がとても似合いそうな少女だったのだ。
「あ……あのな、この店な、来週からリニューアル・オープンしよう思うんや。だもんで、閉店セールっちゅうことで……おまけ♪ あんたはきっと、今日最後のお客さんやしな……」
上擦る声を懸命に押さえ、たどたどしく言葉を綴ると、途端、少女の目尻から、ポロリと涙が零れた。
これにはチャーリーの方が慌てた。
「あ…あんた、ど……どないしはったんや!! 誰かに虐められたか!!」 
少女はふるふると首を横に振った。
「私、ア……アンジェなの」
「そっか。アンジェちゃんか」
チャーリーがぐりぐりとタンポポの綿毛のような頭を撫でると、アンジェはにっこりと嬉しそうに笑った。
「あんた、笑顔の方が可愛いやん」
「……うふふ……」
にこっと微かに笑った瞬間、彼女のお腹が『きゅ〜くるくるくる』と賑やかに鳴り響いた。途端、彼女はみるみる顔を赤くし、また顔を俯かせてしまった。
「なんやあんた、腹減ってるのか?」
アンジェはこっくり首を縦にふった。
「私、頭使うとね、燃費が悪くなるの」
「そっか。なんかおごったろか?」
アンジェは何度も何度もぶんぶん首を縦にふった。そしてよろけてこけた。
「おい!! 大丈夫か?」
チャーリーは慌てて手を貸し抱き起こした。
「あんた、もしかしてなんか持病を持ってるとか……?」
「ううん、聖地には病気はないの。ただ、お腹がすいて……」
空腹なのにあまりにも激しく頭をシェイクしたので、目眩を起こしてしまったようだと呟かれ、チャーリーは俄然この子が気に入ってしまった。
(なんか、子犬みたいに人なつこいわぁ。ほんまおもろい子やなぁ)
チャーリーの良く知る、手練手管に長けた大人の女性とは違う。初対面ではあったが、アンジェの無邪気な愛らしさと、気安さに心が和み、ついつい美味いと評判のレストランで、プリンパフェとチェリーパイと苺ムースを奢ったのだ。


そんな風に、最初に餌付けしたせいかは解らなかったが、それから、アンジェは毎日曜事に必ずチャーリーの店に顔を出すようになった。
だが、アンジェはいつも人目を気にして、こそこそしゃがみ込んでチャーリーとしゃべるのだ。だから彼はてっきり『あ〜、今日も仕事途中で抜け出してきてくれはったんやなぁ』と気を使い、自分も狭いテントの中で身を縮込ませる。そして客が途絶えたりすると、何時の間にか二人一緒にクレープをぱくついたり、店の商品を開けてしまったり、彼女が焼いてきたクッキーをつまみながら過ごすこともあった。
「なんかこう言うのって、秘密基地みたいで楽しいなぁ」
商品の陳列棚よりも身を低くして、紅茶の缶ジュースを飲んでいると、柄にも無くノスタルジックな想い出が心に湧いてくる。
「そうそう。私も子供の時にね、テーブルにシーツかけて、その下に潜ってお茶会したりしたの。狭いけれど、私が作った私だけしか知らない世界なのよ!!って感じで……とっても落ち着くの」
「せやな。狭い店でも俺のもんや思うと、俄然愛着が湧くし」
「ささやかな幸せって大事なのよね♪」
「いつもは当たり前や思うけどな、失のうて見て、初めて判るもんなんや」
「やぁだ。商人さんってば、ちょと大人!!」
「せやろ。そりゃ俺の方がちいとばか、長生きしとるからなぁ」

「ちょっと!!……これとってもいい色合いじゃない!!」

男にしてはやけに綺麗な指が、ひらひらとスカーフを振る。紫と白に金糸を混ぜ合わせた見事な配色は、サフィールブランドの最新作だ。途端、チャーリーの頭がしゃっきっと晴れる。
「へいまいど。いや〜…お客様お目が高い!! さっすがは夢の守護聖さま♪」
「うふふふ〜ん。あんたんとこって、相変わらず良い品置いてるわよねぇ。あら、このバックも素敵。私の趣味にジャストフィット♪」
間延びした声に騙されてはいけない。余裕を醸し出しているけれど、目はぎらぎら輝いている。そう、敵は値切る気まんまんなのだ。
(なんの、負けるか!! 二十ギゼル以上の儲けは出す!!)
そう心で熱く決意しつつ、顔は営業スマイルを浮かべた時、オリヴィエは、怪訝そうな顔を浮かべた。
「どないしはりました?」
「あんた、そこ、何隠してんの?」
「え?」
オリヴィエの目線が、いやに下方を向いている。
女王補佐官付きの女官なら、もしかして面識があるかもしれない。となると、アンジェのサボりがばれたら、彼女がえらく肩身の狭い思いをするかも……。
そう頭に過った時、チャーリーはずいっとオリヴィエの真正面に立った。
「オリヴィエ様、ここだけの話ですがサフィールの紫シリーズ、今回箱で持ってきてまっせ。いまからじぃ〜くりとお見せしまひょ!! さぁさぁ!! こっちへどうぞ!!」
「ちょっとあんたね!! うわっ!!」
問答無用で背中を押し出した時、調度入り込もうとした人と、真正面からぶつけてしまった。オリヴィエともう一人は、威勢良くごろりと棚を崩して転がる。
(あああああ!!やってもうた〜!!)
「お…お二方とも……大丈夫でっか?……」
チャーリーは散乱した本をほったらかして二人に駆け寄り、手を貸して立たせようとする。だが、オリヴィエと……もう一人……王立研究院の制服に身をつつんだ主任は、チャーリーを押しのけて、アンジェににじり寄った。
「ちょっと!! あんたこんなとこでなにやってんの!!」
「とうとう見つけましたよ〜!! 学習をサボられてばかりで……本当に困った方ですね〜!!」
「きゃうん!!」
アンジェは身を屈めて、何とか二人の間を中央突破をかけようと試みたが、あっさりオリヴィエの長い手にとっ捕まった。そしてそんなアンジェの腕を、意気揚揚としてエルンストが引っつかむ。
「さぁ、ロザリア様がお待ちですよぉ」
にったぁと不気味に笑う、滅多に見られない(というか見たくない)主任の微笑みに、
アンジェは心底怯えていた。
「あ……あの〜……皆さんお知り合いでっか?」
チャーリーは『まあまあ、これでも頬張って♪』と傍らのいちごみるくキャンディの袋をこじ開け、一掴みずつ配りながら割って入っていった。我ながら間が抜けていたとは思ったが、このままアンジェを引き渡せば、マッドな主任の実験台に使われそうな雰囲気に思えたのだ。
そんなチャーリーに対し、オリヴィエは呆れたように鼻を鳴らした。
「あんた、この子のこと、ほんとに知らないの?」
「はあ。素直なええお嬢さんですね」
「馬鹿。陛下だよ」



「……………!!???……????……!!!!」

「え―――――――!!」


そりゃ今までだって、女王の正装で、光と炎の守護聖を右に、闇と水の守護聖を左に従え仰々しく庭園を散策している姿は遠くから見たことはあったけれど……。

さっきまで心底怯えていたくせに、今、アンジェはキャンディを両頬に頬張って、もごもごと幸せそうに目を細めて喜んでいる!!
こんな幼い方が……聖地の統治者で、この宇宙の女神であらせられるなんて……!!


「ねぇオーリ、体重気になるんなら私が食べてあげるよ♪」
「あんたね、可愛い顔してさらりとどぎつい事言うんじゃないの。全く」


そんなこんなで食い意地がかなりはった方だったけれど、甘い物食べさせれば機嫌がすぐ直るなんて。メチャ子供っぽくて微笑ましい。
敬意とか崇拝という感情を飛び越えて、ついつい親しみやすく接してしまうのも、女王の人柄の成せる技だろう。



そして、今ここで……その尊い宇宙の至宝は、大きなマグカップを大事そうに抱えて幸せそうにココアをくぴくぴ飲んでいる。
(ま、いつも籠の鳥なんて可哀想やしな。陛下だって人の子や。たまには休暇欲しがったって仕方あらへんやろし)
幸い、サルファ星は星全体がテーマパークということもあり、十八の年頃の娘にとっては楽しめるイベントが盛りだくさんだ。そして、今回チャーリーが招待されたのは、数千あるエリアの中でも、最もセキュリティに煩く安全に高品質なライドを楽しめる首都エスメラルダだ。
ゲートや街中の至るところに所持品チェッカーが乱立し、武器刃物類は、一切持ち込めないことになっている。
女王が過ごす休日に、ここほど適した環境はないかもしれなかった。


「ほな、アンジェ様。腹ごしらえしたら、早速出かけまひょか?」
カップをことりと置いた陛下は、恨めしそうに上目遣いでチャーリーを見上げた。
「今から私はただのアンジェなの。もし今から敬称なんてつけたら………只じゃ置かないから」
可愛らしく口を尖らせる彼女を見て、チャーリーはなんか微笑ましくなってしまった。
頬杖ついて、にやりと笑う。
「ほな、俺をどうするおつもりで?」
「翼を開いて、人前で思いっきり飛んであげるわよ。そんでもって、空から『チャーリーは私を誘拐した人だ!!』って、声を大にして言っちゃうの♪」
「やめてくれなまし〜!!」
チャーリーは、頭を抱えてひい〜!!と唸った。冗談だと解っていても、この無邪気なお人はやりそうだから怖い。例えホントにしでかしたとしても、きっと客アトラクションの一部だと思うだろうが……それこそ聖地にばれれば終わりである。

「ご歓談中失礼します」
猫をかぶったマーリンが静々と歩み寄り、チャーリーに一枚の書類を差し出した。
「なんやねん」
「ホテルのフロントに届きました、火急の書類です」
チャーリーは受け取り、ざっと目を走らせた。
企業の決済書類かと思いきや、それはマーリンが陛下に気をつかってカモフラージュした手紙だった。


『今晩八時、是非当家の晩餐にご招待致したく存じます  トーマス・デ・ラ・ウェスタ』


「…………めんどいから、お前やっといて〜な〜……」
チャーリーが気だるげに書類を返すと、さすが親友、任せておけというように、マーリンは口の端だけを微妙に持ち上げた。ちなみにこのサインは『替え玉オッケー』という意味である。


「チャーリー、お話済んだのなら出かけましょ♪」
うきうきと席を立った陛下は、飛びつくようにして、チャーリーの左腕を絡み取った。
「どうぞいってらっしゃいませ」
陛下には慈しむような眼差し、そして自分に対しては『おんどりゃあ、襲うんじゃねーぞ!!』の睨みを見せ、マーリンは紳士然として二人を優しく(?)送り出す。


そして、先行きに不安事項を一杯抱えたまま、女王のバカンスはスタートしたのだ。



01.05.28





浅香さま!! またもや懺悔です〜!!
急遽、マーリンというキャラに人格を持たせたら、こいつが面白すぎて話がかなり膨らんでしまいました。まだ二話目の一ページ分です。全3話で終わる訳がない。
(でもね、話はかな〜り複雑怪奇になりました。今回伏線バリバリ)

次こそ聖地の壊れた面々まで行きます!! ええ絶対行きますとも!!
(行けなかったら5話でも危ないかも……)


あああ……何故ここのアンジェは、こんなに食い意地のはったハムスターに!!


BACKNEXT

贈り物の部屋に戻る

ホームに戻る