女王陛下の見る夢は!! 4
重厚な木目の家具。所々にしつらえてあるアンティークの小物、全体的に暗い色合いの内装は古めかしく、館を見せ掛けでない歴史を感じさせる。
広間に通されたマーリンは、顔には出さなかったが不快だった。
「ようこそチャールズ・ウォン殿。お初にお目にかかる。私がトーマス・デ・ラ・ウェスタです」
ウェスタ家の当主は、恰幅のよい体を揺らし、顔中を皺くちゃにして握手を求めてきた。肉付きの良い太い指には、獅子の家紋の入ったごつい金の指輪が食い込んでいる。そして力強く握ったその手の平は暖かかった。
全身で嬉しさを表すのは、きっとこういう事を言うのだろう。
そう思える程、彼はマーリンの肩を叩きながら握った腕を大きく上下に振っていた。
「この館は、フォンテルロ城のレプリカですな」
「おお、ご存知でいらっしゃいましたか?」
「ええ、歌劇『ブリュンヒルド』のモデルとなった湖の辺の白城でっしゃろ。有名でんがな」
「歌劇は有名でも、城の名前をご存知の人は少ないですよ。それ程大きな城ではありませんから人気はあまりありません」
と、いいながらもトーマスは破顔した。
貴族の爵位を金で買った者が、次に欲しがるのは地位の格付けだ。中世をイメージして建てられたおとぎばなしに出てきそうな城は、城の所有者が買い手に条件をつけている。十代以上続き、なおかつそれなりの社会的地位と維持する財産を所有する貴族で、それなりの品格を持ちうる者でしか所有を許されない。
その意味でも、城のレプリカに住む事は、貴族の一種のステイタスで、このフォンテルロ城は、全宇宙でも僅か七つしか販売されていない代物だった。
トーマスは嬉しそうに微笑んだ。
「私は幼い頃からあの歌劇が大好きでして、成人して直ぐに城のレプリカを申込んだのですが……ご承知のように、三代しか続いていない貴族でしたので、断られたのです。ですが、しつこくずっと申し込み続けておりまして、二十年前にやっと認められて購入できたのですよ。所が、本物の城は……十数年前にスペースマフィアに乗っ取られ……その後惜しいことに抗争に巻き込まれて爆破されてしまいましたからね……二三年前の話でしたか……」
(知ってるよ……俺はその場にいた)
明るく装いながら、マーリンは密かに深く息を吐く。
この家は、思い出したくもない過去に、自分を惹き込んでしまう。
自分が、名を変える前……ロジャー・デ・ラ・テラーと呼ばれていた頃に……。
マーリンの脳裏に、崩れた天井につぶされた、恋しい人の最期の姿が横切った。
一生忘れられない。自分達の結婚式は、フォンテルロ城で行われた。
彼の一族は、当時西辺境最大のスペース・マフィアで、ロジャーは次期当主となる筈だった。
当主の後継ぎの結婚式は当然のことながら一族の主だった者全てが集った。
そんな時に、城の地下に爆弾が仕掛けられていたのだ。
「カリン……カリーン!!」
粉塵と火薬の匂い。耳に聞こえるのはうめき声と悲鳴。
城は瓦解し、花嫁は一瞬にして天井から崩れた大理石の下敷きになった。
花嫁の真横にいた。彼が握り締めていた左手の先は大理石の大きな塊が塞いでいた。
脈はなかった。くったりとした手は暖かかったのに……!!
(カリン……嘘だ、カリン!!)
わずか人一人分の立ち位置が、人の生死を分けたのだ。
真横にいても、どうすることもできなかった。運命としかいいようがない。一瞬のことすぎて、自分自身何が起こったのかも把握すらできなかった。
ただ判っていることは、恋人が潰れたということだけ。
瓦礫の端から裾がほんの少し覗いていた純白のドレスは、粉塵にまみれ、赤い血がどんどんレースを染め変えていった。
(誰がやりやがった!!)
息絶えた者は永久に戻らない。例え女王陛下であっても、死者を蘇らせることは不可能だ。
生き残ったマーリンは犯人を徹底的に狩った。
家の稼業は世間の常識から考えて、けっして褒められたものではなかったが、集った社会から弾かれた人間を食わせていくため、自分達一族は全てを犠牲にして彼らを纏めてきたつもりだ。マーリン自身、幼少の頃から暴力と暗殺、警護の者達にいつも付きまとわれ、一欠けらも自由の無い毎日を過ごしていたといえよう。
だが、事件の真相が寄生虫のように養われ続けていたできそこないの叔父の寝返りだと知った時、もう、全てが疎ましくなったのだ。
血の復讐は自らの手で行った。彼は裏切り者達を捕らえ、残った一族の前で生きたまま熱せられドロドロに溶けた鉄の中に一人ずつ突っ込み、見せしめを兼ねて大量に虐殺したのだ。
その後彼は主星に舞い戻った。彼はそのまま女王神殿に駆け込み、生涯妻を娶れない神官となり、カリンの菩提を弔う筈だった。
しかしエアポートにはりこんでいたチャーリーに拉致され、『一晩カリンの想い出を魚に飲もうな♪』と誘われ、のこのこ付いていったのが運の尽きだった。
泥酔した頭の痛みと明らかに違う、顔全体がじくじくする痛みに飛び起きてみれば、自分の顔は包帯だらけだった。そして顔どころか戸籍、指紋も勝手に変えられていた。
「カリンの抜けた穴は、でかすぎたんや!! あんた、俺から有能な秘書取ってったんやから、神殿に引きこもらんと、責任取りゃ!!」
憤る自分を目の前にして、無茶苦茶な言い分である。そして実際、チャーリーの置かれた現状も無茶苦茶だった。
ウォン財閥五代目総帥を継いだばかりだというのに、彼はロジャーが寝ていた三日で自分の秘書課を解散させてしまったのだ。
「てめぇはアホか!!」
顔の包帯も取れないうちに、目を血走らせながら次々積み上げられる慣れない仕事をせっせとこなす日々。秘書の補充はない。チャーリーいわく「教師なら、いくらでも雇うさかい。だがあんたが舐められるうちは、あんたを蔑ろにする秘書は入れん。これは俺の意地や。解ったら、弱音吐かんとちゃきちゃき働け」
「馬鹿野郎!!」
今思い返しても凄まじい2ヶ月だったと思う。実際、当時無能だった自分が秘書をやったおかげで、いくつものプロジェクトが時間的に間に合わずに消えたと後に聞いた。
「おおきに♪ これからも、宜しゅうたのむで、ロジャー♪」
秘書課が復活し、めでたく主席秘書に任命されたマーリン青年は、その後もずるずると彼のお守りをすることになったのだ。
だが、そんな苦労が、未来に何一つ自分の道をみいだせなかった自分に、生きる道を指し示してくれたと言えよう。
実際、あの暗い気分のまま神殿に引き込めば最後、そのまま自らの命を断ってしまったかもしれなかった。
荒療治過ぎたが、これがチャーリーの優しさだった。
そんな情に脆すぎる彼だから、彼の役に立てるうちは、側にいようと思った。
チャーリーの顔を思い浮かべた途端、芋づる式に、その後の面倒が浮かんでは消えて行く……。
(考えてみりゃ……奴は無茶苦茶だ……)
いくら超お得意様の聖地とはいえ、何処の世の中に行商人に化けて自らが売り子になる総帥がいる?
今回の女王陛下の密航とて、面倒の最たるものではないか。しかも、彼はこれを『偶然や』の一言で片付けてしまっているのだ。
(ったく……あのボケが……気遣い細やかな癖に、なんで女心には気付かねぇんだか……)
船の知能にハックをかけてくるゼフェル様でも、日の曜日の朝から忍び込んでいる。それほど聖地から出航する船の監査は厳しいのだ。なのにいくら陛下とはいえ、内通者がいない限りあの綿密な乗船チェックを免れ、日の曜日の夕方に単純に貨物として紛れ込むなど不可能に等しい。
だが、この船の船員は、皆マーリン直属の子飼いだ。『裏切り者には死』を信条にしているマーリンの部下に、内通者が出る訳がない。
女王が密航を装い、『私だってたまにはお休みが欲しいのよ!!』と、駄々をこね、チャーリーに面倒をかけるふりをして側にいようと企むのなら、考えられることは一つしかない。
――――チャーリーの負担にならないように、想い出作りをすること――――
それが、見合いと指定された星だというのは問題だったが、テーマパークなら、きっと彼女にとっていい一時を過ごせるとマーリンは期待していた。
聖地への連絡も、チャーリーが寝ている時、自分と陛下とで相談して取らないことに決めた。
きっと今ごろ、聖地では追っ手が準備されているだろう。陛下は言いくるめる自信があるとのほほん笑っていたが、マーリンの方で万一チャーリーが誘拐犯ときめつけられてもいいように準備を万端にすすめてある。
チャーリーは罪に問われない。命令をもみ消したのはマーリンなのだ。責任を取り捕まるのも自分が神殿に行くのも同じこと。
(チャーリー……彼女にできる限りいい夢を見させてやれよな……)
後で後悔しないように。
マーリンの脳裏にカリンの幸せに微笑む顔が、ちらちらと横切っていく。
幸せにしたかった人。この自分の手で幸せにしてやるのだと信じて疑わなかった人。
失った時は、もう二度と戻ることはないのだから。
「どうかされましたか?」
深く物思いに耽っていたマーリンは、トーマスの訝しげな声で現実に引き戻された。
「あ……いや、みとれてたんですわ。やっぱレプリカの城には夢がありますなぁ……俺の頭の中、今ブリュンヒルドと白鳥の騎士とのダンス・シーンが、ぐるぐる飛び交ってますわ」
確か爵位のない流れてきた騎士は大広間に入れて貰えず、ここで召使の服を着てきた姫君と微かに流れてくる音楽に合わせ、二人で踊る筈だった。
うろ覚えの知識を総動員して話に合わせる自分に対し、トーマスは嬉しそうに手を鳴らした。
「おお、それはそれは、話が合いそうですな。私もあのシーンは大好きです。よく孫娘と二人で、ここでワルツを踊っております」
「ほぉ、アイリーン嬢は、ダンスが好きなんでっか」
貴重な情報だ。ここにきても未だ姿も見せてもらえないのだから、突っ込みをさり気なく入れるのは当たり前である。
「……さあさあ、取り合えずこちらへどうぞ。貴方とは、色々お話ししたいことが山ほどあるのですから」
話を軽くはぐらかし、小柄なトーマスはにこやかにマーリンの腕を取ると、彼の背を押し階段に導いた。彼も狸である。
頭を垂れていた使用人達は、マーリンが通りすぎると顔を上げる。背中に感じる視線は、どれもが穏やかで暖かく、まるで本当に祝福されているようだ。
(俺を値踏みしてないのか?)
マーリンが階段を上がりながら振りかえると、若いメイドや執事、使用人達は、皆非常に嬉しそうに微笑んでいる。
(……ほんとかよ……)
マーリンは、ますます異様な気持ちになった。彼ら使用人から好奇心や奇異の眼差しは一つもない。それどころかトーマスと同じように、今直ぐ踊り出しそうにわくわくして見えた。普通なら、本家の館で働く人間は、人を品定めする精鋭が集められていると言って過言ではない。
招待した客をもてなしながら、その仕草や会話に目と耳を光らせ、情報を集めて主に報告する。ましてや、宇宙の3番目に位置する財閥の本拠地ならば当たり前である。
(政略結婚だろ? ここまで歓迎されるなんて、ちょっとおかしいんじゃねえか?)
ウォン財閥が今回の婚約を承諾した理由はウェスタ財閥を吸収合併することだ。跡取りがアイリーン嬢で、他に男系の親族がいないとなれば、彼女の娘婿になるものがウェスタを手に入れることになるといって過言ではない。
だが、経済的にも企業の運営においても、ウェスタにはウォン財閥の傘下に入るメリットは全くないのだ。
やはり、アイリーン嬢はここまで巨額な持参金をつけねば、貰い手がない程奇異な娘なのだろうか……。あまりにも情報が無さ過ぎる。
階段を昇り終わり、二回の廊下に出たマーリンはまた度肝を抜かれた。
重厚な額縁に治められ、美術館さながら壁に等間隔で綺麗に飾られている絵は全てチャーリーをモチーフにして描かれている。
先に進む事に若くなっていく。学生時代の間抜け面、もっと幼い頃のやんちゃな顔、そして十にも満たない子供……はっきり言って不気味である。
「ウェスト伯はん……こ…これ……えらい趣味悪いちゃいます!?」
焦るマーリンと対象的に、トーマスは嬉しそうに微笑んだ。
「これはアイリーンの宝物ですよ。孫娘はご承知のとおり体の弱い子で、一年の殆どを寝て過ごしています。館から全く外に出ずに育ちましたから……毎年、ウォンの先々代の総帥から彼女の誕生日ごとに届けられると、プレゼントそっちのけでこれらの絵に見入ってました。そして「おじい様、いつこの方が私を迎えに来てくださるの?」って……」
全部で十八枚……調度アイリーン嬢の年齢とばっちり合う。
マーリンの心臓が急にぎゅっと痛くなった。
彼はこういう健気な話に弱いのだ。
そして、館の人間が、初めからチャールズを好意的に自分迎えてくれたことの理由も解ったような気がした。
暗い城、遊び相手もいない病弱な少女の影が脳裏に浮かぶ。
ベットで寝たきりになりながら、絵姿の少年を自分の王子様に仕立て上げ、一人で空想の世界に浸る。
現実が辛く苦しければ、ますますその理想は深まり憧れも増すだろう。
(どんな子なんだろう?)
「あ…あの……所で、アイリーン嬢は……何処に?」
「え?」
トーマスは歩く足を止め、怪訝そうにマーリンの顔を振り仰いできた。
「どういうことでしょうか?」
「はい?」
(俺が聞いてるんだよな?)
何故か、会話が噛み合っていないような気がする。
そこに静々とブロンドの髪の美女が一礼して歩み寄ってきた。
身を包むドレスは極上の緋色で、深いスリットの入ったタイトは、艶やかで豊満な体にとてもよくフィットしていた。ウェスタ伯の愛人に見間違えなかったのは、彼女の双眸に浮かぶ知的で冷ややかな蒼い瞳のおかげだろう。
「ロザモンド女史、何か?」
マーリンはその名に覚えがあった。ロザモンド女史はアイリーン嬢の家庭教師兼この星サルファ星のテーマ・パークの総支配人である。
だが、もしここでチャーリー本人が彼女の顔を見たのなら、あのアイスクリーム屋の場にそぐわない売り子を思い浮かべただろう。
そして、ぞろぞろとマーリンの後をついてくるメイドの中に、学生のふりして写真を撮りまくって逃げた女の子達の姿も気付いただろうし、なによりも先にチャーリーが転がした風船売りのおじいさんがトーマスであることも気付いたに違いない。
だが、不幸にも、今ここにいるのはマーリンだった。
チャールズのふりしたマーリンなのだ。
「伯爵様、お嬢様の件でございますが、お支度が……」
言い辛そうにする女史を見て、マーリンはアイリーンの病が思わしくないのだろうと憶測をした。その勘違いが、とてつもない問題の引き金を引くことになるとも露知らずに……。
「ロザモンド女史……あんの……これを……」
マーリンはポケットを弄り、小箱をトーマスの傍らに立つロザモンド女史に差し出した。
これは、先々代から託されたパールのチョーカーだった。
「アイリーン嬢にと思いまして……社交界のデヴューの時、使ってもらお思いまして……」」
だが、その女性は不思議そうな顔をするだけで、手を伸ばしもせず一向に受け取ってくれる素振りを見せなかった。
それにトーマスも口をぽかんと開けた。そればかりか、彼らの後をぞろぞろと付いてきた若い召使達も、皆不思議そうにマーリンを見る。
(……何か異様な雰囲気だな……)
一体、自分は何をしくじったのだろうと、心で反芻するが、とんと思い当たらない。マーリンはこくりと息を呑み、恐る恐るトーマスを見下ろした。
「あ……あの………アイリーン嬢は……今……何処に?」
途端、トーマスはポンと手を叩いた。
「ああ、そういうことですか。あの子は本当に悪戯好きですからね。ウォン殿が一人で来られたからおかしいとは思ってたんですよ」
「お……おかしいって?」
話が全く見えないとはこの事だ。彼らは一体何の話をしているのだろう。
トーマスはくすくす笑った。
「ウォン殿、今日一日連れ歩いていた少女とは何処で別れました?」
「え?」
別れたって……今日、チャーリーはずっと恋しい陛下とテーマ・パークの散策に出かけていた筈だ。
(ったく、下手な変装をしやがって……きっちりばれてるじゃねぇか!!)
「……あ……あの子は俺の親戚の子で…………そや、従姉妹や…………なんもやましいことは………」
「おとぼけにならなくても結構です。何処で知り合ったかなんて、野暮なことは聞きません。可愛い子ですねぇ。随分とお気に召したご様子で……」
(チャーリー……ああ……しっかりばれてやがるぜ!!)
話が全然噛み合っていないことに気付かずに、マーリンはどんどん勘違いの暴走体制に突入していく。見合いの星に女を連れてくれば、当然招待した側もチェックするだろう。チャーリー自身はぶち壊すつもりの見合いであったが、アイリーン嬢がチャーリーの事を、理想の王子様として病床の生きる糧にしていると知った以上、マーリンにはこの縁組を自分が破棄させることはできなかった。
女王陛下もアイリーン嬢も、想いが真剣であるのならば、それを真正面から受けとめて、判断を下す義務はチャーリーにある。マーリンが踏み込んで良い領域ではない。
今は、アイリーン嬢の気持ちを第一にした方が良い。マーリンはそう判断を下した。
「いや、あれは単なる遊びやから……はははは………」
途端、今まで和やかだった空気が、ぴしっと凍りついた。
マーリンはこくりと息を飲み込んだ。
(……俺、また間違えたかな………)
トーマスの柔和だった顔が赤くなる。そして怒りの青筋が浮かび、腕がぴくぴくと痙攣を起こしている。ロザモンド女史も形の良い弓形の眉を吊り上げ、冷たい蒼の目でマーリンを睨んでいる。
背中のメイド達の視線も、射殺されんばかりに凍てついたものに変わっている。
「で、アイリーン嬢は?」
「…………何処で別れたのだ?………」
まるで地の底から響くような声で、トーマス・デ・ラ・ウェスタは呟いた。
「はい?」
「お前は自分が遊んだ少女を、何処に捨ててきたのだ?」
いきなり『殿』から『お前』に格下げである。
マーリンははっと気付いた。
(しまったな……この館の奴ら、人情に熱い者達ばかりだったんだ)
自分の愚かさに腹がたった。身分で立場を隔てる貴族が当たり前だと思っていたから、てっきりここもそうだと思い込んでいた。
権力や身分をかさに、幼い少女を弄び捨てる男達……それを日常で多く見てきたからこそ、マーリンはそういう男達を嫌ってきた。ウェスタ家は、どうやら自分と価値観を同じくする家らしい。
だから、自分の孫娘の婿になるかもしれない男が、そのような非人情な発言をしたことを見咎めたのだろう。そんな男に、孫を委ねられるのかという疑問も巻き起こっているかもしれない。
マーリンは、ここウェスタ家はいい家だと思った。
こんな風に人の痛みに敏感な家に育ったのなら、アイリーン嬢の人柄も偲ばれる。
「いや!! すまんです!! 俺の言葉のあやでした!! 謝ります!!」
マーリンはぺこぺこ頭を下げまくった。
「言い方ちょいと間違えてました。今日一緒に遊んだお嬢さんは、ほんまただの知り合いちゃいますねん。大事な人ですねん……何処のお人かはちょっと言えへんけど、大事に大切に手元に置いとかなきゃならないお人で……」
赤かったトーマスの顔が、一瞬で青くなった。
これも聞きようによっては、まさしく本命を連れてきましたと白状しているのと同じではないか。憧れの婚約者にやっと会えると胸ときめかせている娘に対し、これはあまりに惨い言葉である。
(ああ……俺はどう言えばいいんだ!!……)
焦れば焦るほど、どつぼにはまっていく。
(取り合えず、逢ってそれから考えよう。相手は十代の子供だ。逢えさえすれば、いくらでも言いくるめられる!!)
マーリンは気を取り直して、もう一度おずおずと尋ねてみた。
「あの、アイリーン嬢は?」
トーマスはちらりと金髪の秘書を見た。秘書は冷ややかにこくりと頷いた。
その瞬間。
鼓膜を突き破る程けたたましい音を立てて警告ブザーが鳴る。
(!!)
≪DNAエラー!!DNAエラー発生!!≫
天井からコンピューターボイスが響き、和やかだった雰囲気が、一瞬にしてぶち壊される。
マーリンは舌打ちした。
(あの無能爺!! チャーリーのDNA情報をリークしてやがったな!!)
声紋、指紋、骨格等ならマーリンは余裕で騙せる技術を持つ。だがDNA情報だけは騙す技術は発明されていない。
財閥のトップともなると、クローンを作られることを恐れて、データーは厳重に保管される。そして何かの集まりの時、その招待された人物が、本物であるかどうかチェックするのに使われる程度である。
そのデーターを外部に流せるのは総帥だけだ。
チャーリーがそんなへまをする訳がない。チャーリーの父親とて同様だ。となると、消去法であのボケ爺ということになるのだ。
≪スキャン開始……チャールズ・ウォン………エラー発生……エラー発生……99.9%別人……別人……≫
警報機はますます高らかにサイレンを鳴らし、バラバラと私兵が銃を両手に抱えて駆け込んで来る。
銃をつきつけられたマーリンは、無駄な抵抗はせずに両手を上げた。話せば解ると踏んでいたのだ。
「誤魔化していたのはあやまります。ですが、主チャールズは、止むに止まない急用ができてしまいまして、ですから苦肉の策で、私が参りました。
お調べ下さればお分かりいただけます。私の名はマーリン・リュート。チャールズ・ウォンの主席秘書です」
彼は特殊な皮膚で覆っていた顔を引き千切った。銀の髪、端正な顔の秘書マーリンは、公式行事にはいつもチャールズとともに行動を共にし、メディアにもよく顔が売れていた。
だが……この特殊皮膚を剥ぎ取り、従来の顔と声を発したことが裏目に出た。
≪身元確認………王立派遣軍特殊警察部隊犯罪者リストにDNAデーターあり……≫
(げっ!!)
マーリンの背筋に冷たい汗が流れた。
流石ウェスタの本家……セキュリティは、なんと直で派遣軍のコンピューターと連結していたらしい。
≪ロジャー・デ・ラ・テラー。血縁者に五十五名の行方不明者あり。殺人の容疑で……特A級指名手配され……≫
「貴様スペース・マフィアの!!」
やはり、フォンテルロ城爆破事件は記憶にしっかりと残っていた。不信という名の疑惑は、しっかり発芽し天高く枝を伸ばす。もう止める術もない。
トーマスががしっとマーリンの胸ぐらを引っつかみ、がくがくに揺さぶる。
「アイリーンを何処にやった!!」
「俺が知るか!!」
「アイリーン!! アイリーンを〜〜〜!! 私の孫娘を〜〜〜!!」
老人の両眼は、涙に濡れ血走っていた。
(どういうことだ?)
話が見えないままマーリンは後手でひっくくられた。
「来い!! 派遣軍に突き出してくれる!!」
「アイリーン様に何かあったら、銃殺にしてやるからな!!」
興奮している警備の者達は、もう何を言っても利く耳を持たなかった。
背中、鳩尾、頭に次々と鉄の銃身が振り落ちる。
(…………チャーリー………すまん………俺、へまやっちまった………)
昏倒していくマーリンの頭に過ったのは、間抜けで人の良い親友の顔だった。
その頃……アンジェ達はというと。
「ね、ここのクリームチーズのムース、美味しかったでしょ♪」
「凄いな、アンジェちゃん。あんた、ここのテーマパーク、熟知しとるんちゃうか?」
「うふふ、だって昨日の夜、ガイドブック一杯読んで、勉強したんだもん♪」
「うん? 俺が寝てる時か? よくそんな暇あったなぁ」
「えへへ♪」
三軒目のカフェも無事梯子し終え、お目当てのケーキを腹に収めた陛下はすっかりとご機嫌だった。パレードもしっかりと堪能したし、陛下の予定によるとこれから海沿いを歩いてヨットハーバーを散策し、無人タクシーを拾って戻るのだ。
カフェの出入り口でコートを返してきたボーイの横から、美女がバスケットサイズの籠を差し出してきた。その中には捻った紙で包まれたチョコレートボンボンが、ぎっしり詰まっていた。
「どうぞ、お好きなだけお持ち下さい」
「うわぁい♪ 私これ、大好きなの♪」
アンジェはにぱっと笑うと、遠慮なく籠に両手を突っ込んでシャベルのようにボンボンを掬い取った。だが欲張って掴んだ菓子は、手からぽろぽろ落ち、彼女はどうしてよいかわからずに途方に暮れだした。
「アンジェちゃん、ちょいとこっち貸してみ」
チャーリーは吹き出しながらポケットのハンカチーフを取り出して広げると、それを下から両手で支えて、陛下にチョコを中央めがけて置かせた。彼女の手から菓子が離れると、彼は手際良く四方を折り曲げて瞬く間に菓子包みを作った。
「ありがとう、チャーリー♪」
彼女はこんなささやかなことでも、目を細めて喜んでくれるのだ。すりっと嬉しそうに腕を強請り組んでくるが、その仕草すら幼児が父親の腕にぶら下がりたがるように見えて微笑ましい。
「ほな、いこか」
店の外に一歩踏み出すと、夜風が潮の香りを運んできた。
冷たいのに、ねっとりと絡みつく風にとろとろのスープみたいな闇。
昼間の喧騒が嘘のように、テーマパークのライドは、全ての動きを止め、ライトアップされた置物に早代わりしている。
人の影もまばらだった。そして、そのどれもがカップルだった。あちらこちらで抱き合い、くちづけを交わす恋人達が否応がなく目に飛び込んでくる。
(……ちょっと、子供に見せていい風景ちゃうな……)
海岸沿いを少し歩きたいと強請られていたが、チャーリーは独断で予定を変更することにした。
「さ陛下、そろそろ九時や。明日もたんと遊ぶんやろ? ホテルに戻ってぐっすり休もうな」
「う……ん……そのことなんだけど……」
陛下は、おずおずと目を伏せた。
「私ね………実はもうちょっとしたら私、帰らなきゃいけないの……」
「え?」
「帰らないとね、皆が心配するから………ね」
さっきまで明るかった少女は、寂しそうに笑った。
「こんなに遊んだのって、ほんと久しぶりだったから……うふふ、本当に今日は感謝してるわ。ありがとう……きっと一生忘れないね……」
そう照れくさそうに呟き、陛下はすりっとチャーリーの胸に子猫みたいに身を擦りつけてきた。
(……陛下……)
どきっと心臓が高鳴ったのは一瞬だけ。
チャーリーは自分の腕の中にすっぽりと納まるサイズの陛下が、泣きたがっているようにしか思えなかった。
口元に無理やり笑みをつくっていたが、伏せられた顔にますます強くしがみついてくる小さな手……そのどれもが如実に聖地に戻りたくないと主張していた。
「三日おるちゃうんやったんか?」
とつとつとしゃべるが、酷く乾いて低い声になってしまった。つまりそれだけ自分も心が動揺しているということだ。
その事実に、チャーリー自身ショックを受けていた。
(俺何いうてんねん……陛下が帰りたい言うんやったら、さっさと船戻って出航すればええやん。そうすりゃ聖地だって安心するし、俺だってもう陛下に引っ張りまわされずに済むし……見合いブチできるしええことだらけやん)
という思考とは裏腹に、チャーリーの両腕は、自然と陛下の体をしっかりと抱きしめていた。
「なぁ、どうせ怒られるならな、遊び倒して帰ってからでも遅くないやろ? 俺も一緒に謝るから……」
おずおずと……でも、背中に小さな両腕を回し終わると、陛下はぱふっと顔をチャーリーの胸に埋めてきた。
「私は女王だから」
そして大きく息を吸い込む気配がした。
「うふふ……チャーリーって汗臭い……」
そんなおどけた言葉も、深く息を吸い込む動作も、彼女がしゃくりあげるのを堪えているとしか思えない。
(あんたは……どうでもいい時には直ぐ泣く癖に、こういう時には絶対泣かへんのやな)
我侭だってそうだ。菓子やデザートを強請る程度の人に負担をかけないことには、ガンガン皆に甘えて頼られた人を喜ばせる癖に、女王として自分の楽しみを諦めねばならない時には無理に笑っている。
「あんたはアホやな」
「なによ」
剥れた声をつくりながら、それでも陛下は顔を上げない。そのうちに体がぷるぷる震えてきた。息を止め、嗚咽を堪えているのが手に取るように解る。
チャーリーの胸が、益々ズキンと痛んだ。
(ほんま切ないやっちゃな……泣いてくれた方が俺が救われるのに……)
守護聖様方のように、宇宙の統治に力を貸しているわけではない。またエルンスト達のように宇宙のバランスの統計を取ったりデーターを解析したりして、女王の御世を影でサポートすることもできない。
しがない商人だからこそ、なんでもいいから彼女の役に立ちたかった。
今ここで、この腕で泣いてくれたのなら、こんな自分でも少しはこの敬愛する人の心の拠り所になれたと自惚れることもできる。
そう、頭に横切った時、チャーリーはギョッとして立ちすくんだ。
(あかん……俺、一体何考えてんやろ……こんな絶対惚れたらあかん方を……俺……惚れたらあかんのに……え?……)
『惚れた……惚れた……』という言葉ががエンドレスで頭の中をぐるぐる回転していく。
急に腕の中の少女が目映く思えてきた。敬愛とは違う不思議な感情に、顔から血の気がすうっと引く。チャーリーは、腕の中で涙を堪えている少女にくちづけしたい衝動が沸き起こってきた。
(このふわふわの髪に、顔を埋めたい………ああ、切ないなぁ、ほんまに……あか〜ん!! 俺、このままじゃ、ほんま鬼畜になってまう!!)
こんな幼い方を襲ったら……聖地の面々にどんな目に逢わされるか。当然聖地への出入り禁止は確定である。嫌、それ以前にきっとマーリンに半殺しにされるだろう。
彼はこういう事に対しては全く容赦がない。
けれど考えまいとすればする程、チャーリーの胸の中に、金髪の天使の笑顔がますます住み付いていく。体を剥がしたいが、泣くのを堪えている陛下をほっぽり出すわけにもいかず、チャーリーは心で泣き叫んでいた。
(誰か俺を止めとくれぇぇぇぇ!! ほんまこのままなら襲ってまう!! マーリン!! ああマーリン!! やっぱあいつについてきて貰うべきやったんかぁ!!)
そんな時だった。
≪おい……いたぞ!!≫
≪ここだ!! 護送車を早く!!≫
バラバラとコンクリートを蹴る靴音が響いたかと思うと、迷彩服を着た銃をかかげた男達がぐるりと二人を取り囲み、銃を向けた。
チャーリーは心からホッとした。
(ナイスタイミング!! おおきに、ヴィクトールはん……嫌、きっとオスカー様やな♪)
「さ、お迎えが来ましたで……陛下……」
チャーリーはにこやかに、陛下の両肩を掴もうとして抱きしめていた腕を離した。
だが、支えを外れた陛下の体は、ゆらりと傾ぎ、まっさかさまに冷たいコンクリートに崩れ落ちた。
(!!)
「ちょっ!! あんさん大丈夫か!!」
チャーリーは直ぐに膝をつき、陛下を抱きかかえた。彼女の目尻から、幾筋も涙がこぼれていき、体も小刻みに震わせている。
チャーリーは舌打ちした。嗚咽を耐えていたのだと勘違いして、体の不調を見過ごすなんて、『自惚れるのもいい加減にしろ!!』と、自分自身にハリセンを打ち込みたい気分だった。
「しっかりしてぇな!! なんでこんなことになったんや!!」
「この誘拐犯!!」
「こい!!」
銃頭がチャーリーの背中に突き刺さる。そして無体な兵士が彼から陛下の体を引き剥がそうとする。
「ちょっと待ちや!! このお方、様子がマジおかしいで!!」
「どけ!!」
チャーリーは不意打ちを食らい、銃身を脳天からもろに食らった。目から火花が散り、意識が遠くなる。
「アイリーン様……アイリーン様!!……お気を確かに!!」
(………何やて……? アイリーン……?)
薄れていく意識の中、兵士のだみ声が遠くのほうで響いていた。チャーリーは、自分の耳に届いた意外な名前を確認できず、気絶という名の暗い深淵へと落ちていった。
01.06.17
浅香さま大変お待たせしました。パズルのように絡んだ第四話をお届けします。
勘違い……ああ、なんて素敵な響き♪〜( ̄▽ ̄〜)(〜 ̄▽ ̄)〜
ミカルは思い込みの激しいキャラが大好きです。それに個性が加われば、勝手にドラマが生まれてきます。こんがらがってもつれた糸は、次回で綺麗に解けます。
暴走したマーリン君は……えへへ。
今度こそ番外も一緒に上げますから!!m(__)m
BACK NEXT
贈り物の部屋に戻る
ホームに戻る