女王陛下の見る夢は!! 5
「アイリーン様ぁ!!」
私兵達の野太い怒鳴り声が遠くのほうから響いてくる。
そんな中、白濁とした世界へたゆたゆと意識が浮遊していく。
(待って……待って……後少しだけお願い!!)
アンジェは必死でここの世界にしがみつこうと手を伸ばした。けれど彼女の意志を裏切り、魂が自分の肉体から浮かび上がる。
このままでは聖地に引き戻される!!
(お願い……もう少し寝かせて……!!)
何故かちくちく針でさされるように体痛い。
絶え間無く襲う鋭い痛みも段々と酷くなっていく。
痛覚が自分の眠りを覚ましているのだ。
アンジェは痛みに涙を滲ませ、二人掛りで鉄格子付きの箱型の車に引き摺られていくチャーリーに手を伸ばした。
(皆!! 彼は誘拐犯じゃない!! お願いだから、私の話を……)
「……聞いて……!!」
「陛下!!」
鋭いロザリアの声に、アンジェはぱちっと目を覚ました。
紺色の髪の補佐官は、いつもの仁王立ちではなく、涙を浮かべて自分を覗き込んでいる。
「ロザリ……きゃぁ!!」
びびっと、体中が痺れ捲った。起きあがろうとしたアンジェは、結局また体を抱きしめてベットに身を捩って転がった。
「……痛う………」
「陛下!!!」
「まだ触れてはなりませんロザリア様!! 貴方様の麗しい手に、火傷ができでもしたら、私は一生自分のことが許せなくなります!!」
いつも冷静沈着な主任からは想像できない悲鳴じみた声を上げ、彼はロザリアの白い手首をわしづかみにしていた。
「早くお切りになって!!」
「は!! 仰せのままに!!」
(……エルンスト先生……また何か…やってるの……)
ぞっとして飛び起きたアンジェは、直ぐにロザリアに抱きつかれた。
「……うう……いたたた!!」
「もう、私をこんなに心配させて!!」
凄い力でしがみつかれた。
自分の体の内部に深く刺さるような痛みを感じ、アンジェはびっくりして自分を見下ろした。ロザリアの補佐官服の間から見える自分の腕足体中につきたてられている針、それに繋げられている赤と緑の幾多のコードは、うねうねとベットや床にとぐろを巻き、主任とルヴァの真正面に置かれたワゴンに乗った小箱へと続いている。
(私……この二人に何をされていたのかしら……?)
考えるのも恐ろしい。ロザリアが自分を抱きしめている今、無表情を装った主任の顔は明らかに残念そうな落胆が浮かんでいる。傍らに立つルヴァも、憎らしいことに子供のように目を輝かせて手に持つボードにせっせと何かを書き込み続けていた。
「凄いですよ……千ボルトもの電流を受けたのに、髪も服もひとつも焦げないなんて……
ですがショックと痛みに体は反応したのですしねぇ……あ〜〜〜、となると、女王のサクリアには、外側から加わる波動を遮断する何かが存在するのではないでしょうかねぇ……」
「ルヴァ様、その説につきましては異論があります。それならば最初に使用した木槌のショックに陛下が起きなかった説明はつきますが、内部の刺激が有効ならば、薬物を投入した時点で陛下は目覚めているでしょう。私が思うに、やはり針を肉体に食い込ませ、内部から刺激を与えることにより、電気の一定の波動が陛下の覚醒を促したとするならば、陛下を目覚めさせるある特定の波動があると考えた方が宜しいかと。ただ、立証するには……」
「あ〜そうですねぇ……利くものと利かないものをもう少し調べないと……学術的に証明はできませんねぇ……うんうん」
「そう、もう少しデーターが欲しいところなんですが……」
「……貴方達ね……」
アンジェは自分の体を見下ろしてため息をついた。キャミソール一枚というあられもない姿に剥かれ、針で刺された肌の至るところに虫刺されに似た赤痣が浮かび上がっている。
服を剥ぎ取られた自分としては、萌え萌えとかもう少し違った反応を見せて欲しい所だが、マッドな主任と朴念仁な地の守護聖では、そんな繊細な感情を望める筈もない。
(そりゃロザリア程色っぽくないけどさ……これがチャーリーだったら…………喜んでくれるかしら……それとも、目を剥いて真っ赤になるかしら……それともはしたないって……)
アンジェは金色の優しい目を思い出した。緑に染めた髪の、いつも飄々とした明るい人。
でも自分は何かを忘れているような気がする……
(私……今まで何をやってたんだっけ……?)
彼女は、小首を傾げてしばらく思考した。頭がぼけてて霞みがかかっているよう……。
≪アンジェちゃん!! しっかりせい!! 一体どないしはったんやぁ!!≫
切羽詰った彼の悲痛な叫びが蘇る。
(あ!!)
思い出したアンジェは、ぱたぱたともがいてロザリアの両腕から逃れると、ベットに散らばった旅行ガイドを払い除け、毛布を引き寄せた。
「ごめん!! 私寝る!! お休みぃ!!」
「ちょっとあんた待ちなさいよ!!」
「ひゃううう!!」
スパコーンと、ロザリアが頭をコズミック・パークのガイドブックでぶん殴る。本の角でなかったことは、感謝感激なのだけれど、彼女の顔は泣き顔から一転し、すっかり鬼女に豹変していた。
そんな迫力のまま、彼女はアンジェの胸ぐらを掴み、手繰り寄せた。
「あんたね、私が一体どれだけ心配したと思っているの!!」
(こ……怖い……!!)
「て…徹夜しちゃって、ちょびっと疲れが……抜けてなかったみたい……てへ♪」
「嘘おっしゃい!!」
「そのお考えには同感です。陛下の覚醒時に体重が微量に増加しております……いわゆる霊魂の重さと同数値です」
マッドな主任は眼鏡のずれを直しながら、クリップボードを読み上げた。
「王立研究院のデーターによりますと、昨日の夕方六時、聖地と下界を隔てている防護壁をウォン財閥の所有する船が通過する時、小柄な女性と同等の熱量をもつ物体が増加したという観測結果が報告されています。
恐れながら、この宇宙広しといえども、何も無い空間から生物だけを瞬時に単独で運び込むような真似は、次元回廊以外には考えられません……♪」
そうとつとつ告げる主任の目は……きらきら輝いていて………。
「あんた、説明してくれるんでしょうね?」
アンジェはこくんと息を飲み込んだ。
ロザリアの目も怖いが、説明するには……あまりにも…………。
なんせ自分だって良く解っていないのだ。それにここで戸惑っていたら、チャーリーは!!
今は一刻の時間も争う時なのに!!
「わ〜たし〜〜眠いのよぉぉぉぉ〜……どうしても眠らなくちゃいけないのぉぉぉ!!」
アンジェはロザリアの手を払い除けると、再度毛布を手繰り寄せた。
「女王命令です!! 私を寝かせ……ひゃうううう!!」
アンジェは首を竦めた。
いつのまに取り出したのだろう? ロザリアが仁王立ちして両腕で大きな木槌を振り上げていた。彼女の顔には狂気の含んだ怪しい笑みが広がっている。
「あんたね……人を散々心配させといて『女王命令』ですって?……いっそ、本当に永眠したい?」
ドスの利いた声に、アンジェはぶんぶん首を横に振った。しまった〜と青ざめても遅かった。ロザリアは逆切れすると声を荒げなくなるのだが、実はそれが一番恐ろしいのだ。
「あ〜〜……ロザリア、餅つきじゃないですから……陛下は臼でもありませんしぃ〜」
「何か、怪異の匂いがしますね♪」
的の外れたルヴァの援護など、全く役に立たないし、ロザリアを崇拝し、すすんで下僕となっているマッドな主任にSOSを頼む程馬鹿ではない。
「ロ……ロザリア……危ないよ……ね、えへへへ」
何とか彼女を宥め、木槌を下ろさせる援軍を呼ぼうと……アンジェはきょろきょろ部屋を見まわした。
「………陛下がいる……商人さんも……」
我関せずとベットから少し離れたテーブルに退避していた火竜族の少年は、今一心不乱に水晶球を覗き込んでいた。
透明な球は、ほんのりとミルク色に染まり、多くの人物を映し出している。
気絶したチャーリーが、屈強なウェスタ家の私兵に荷物のように担がれ、護送車に運ばれていく。アンジェ自身はロザモンド女史と執事に抱きかかえられる形で、オード車に連れ込まれていた。
(おじい様ったら!! いくら私の帰りが遅かったからっていって!!)
鈍い彼女に事件の真実を把握できる筈はない。だが、チャーリーの危機を救えるのは、自分だけなのだということは把握していた。
(こうなったら!!)
アンジェは眠る覚悟を決めた。
「ごめん!!」
猛然とロザリアを振り返ると、木槌を振り上げた彼女の向う脛を思いっきり蹴飛ばした。
「きゃ!!」
向う脛を蹴られた場合、人は前屈みに倒れるものである。そして、かな〜り痛い。ロザリアも例外ではなく、反射的に振り上げた木槌をポロリと手から滑り落として膝を抱えた。
的を得たように鈍い音が頭上に響いた。
血みどろの木槌がベットから床へと転がっていく。
「陛下ぁぁぁぁぁぁ!!」
ロザリアが今度こそ半狂乱となって、彼女の体に取りすがる。
(ううう……死なないでよ私!!)
アンジェは、頭を血だらけにしてベットに沈んだ女王の体から離れ、サルファ星に向かってまっしぐらに飛んだ。
チャーリーが目覚めたのは、窓に鉄格子のはまった薄暗い車の中だった。
酷くあちこちを銃で突つかれた為、体の節々が痛い上、殴られた為、口の中がズタズタに切れ、血の味がいっぱいに広がって気持ち悪い。
(水飲みたいなぁ……ええと……何か忘れてるような……そや、陛下!!)
彼が上半身体を起こすと、瞬時に銃が付きつけられた。紺色の警備服を着込んだ屈強の男達十二人が、ぐるりと自分を囲み、冷たい眼差しで見下ろしている。チャーリーの金色の目が、車中をくまなく隅々まで見まわしたが、彼の敬愛する至高の人は陰も形もいない。
それにここの兵士達……こんな制服を王立派遣軍に売った覚えもなかった。
(たく、こいつら何やねん?)
彼は思わず拳を固く握り締めた。陛下が迎えがくると言った言葉をすんなりと受けとめたために、勝手に派遣軍と間違えた自分に蹴りを入れたい。薄い暗がりが幸いし、自分の手が小刻みに震え、手が白くなるほど強く握り締められていることは気取られていない。
急に人のことを取り囲み、タコ殴りにし、陛下をどっかに連れていってしまった奴らである。まったくもって腹ただしいが、チャーリーは激昂する感情を必死で諌めた。
本来ならウォンの名前で直ぐにでも社会的に抹殺できるが、ここは今だサルファ星でチャーリーの影響力から離れる地域である。
(あかん……あかんのや……いくら不当な扱い受けても、今は絶対怒ったらあかんのや。一時の感情で怒りをぶちまければ、信用は失墜し、二度と商売できへんようになる場合もあるやろ。俺は商人で社長で総帥や……俺一人の感情で、物言っていい人間ちゃう……俺の言動は、ウォン財閥を代表する言葉やさかい……)
それに、自分が今することは闇雲に怒って感情を爆発させることではない。
(陛下……『アイリーン様』って呼ばれていた……)
もし、あれが空耳でなければ……彼が今日一緒にいた少女は、チャーリーの婚約者ということになる。空耳であれば、陛下はこいつらに拉致されたのだ。
ところが、空耳であると思い込むには、チャーリーには、目の前で並ぶ男達に見覚えがあった。
あるものはライドの切符売り場、あるものはボーイや荷物持ちとしてホテルにいた。何の事はない。ずっと自分達を見張っていたのだ。
彼は今できることを考えてみた。
起きあがった自分に対し、誰も話しかける者はいない。そして車はぐんぐん加速をつけてひたすら走っている。僅かな鉄格子の窓の外には、テーマ・パークのライドは無く、車の揺れの少なさからすると、この道はかなり平坦で整備されているだろう。
チャーリーは起きあがると胡座をかき、深く息を吐いた。
「なぁ、どうせ聞いても無駄や思うが……あんたら、俺の連れをどこへやった?」
彼の問いの答えは沈黙だった。
「ほな、ちょっと通話機使わせてもろうてかまへんやろ?」
ズボンのポケットに手を突っ込んだ時に、初めて前に座っていた男が反応を見せた。銃を構えて狙いを定める。
チャーリーは動じもせずに、そのまま手の平サイズの通信機を取り出した。それを耳に押し当てようとした時、男の持つ銃頭が、小気味良くチャーリーの機械をはらいのけた。
「…………」
やはり無言である。チャーリーは痺れた手を二三振ると、乱れた長い髪をかきあげた。
「あんたら俺を誰だとおもっとるねん? 財閥の総帥相手に銃つきつけるなんざ、けったいな礼儀作法やな。それともこれがウェスタ流かい? 一向に姿見せんアイリーン嬢といい、お前さんらといい、ほんまこの星は不気味ぞろいや」
躾の行き届いた男達は、やはりそんな挑発にのって来ない。チャーリーはため息をつき、痛む頬を手の甲で拭った。
この男達では話にならない。一人二人ならチャーリーの小切手で買収もできるだろうが、互いが互いを見張っている所で、全員を裏切らせるのは至難の技だ。
チャーリーは肩を竦めて壁際により、膝を抱えて丸くなった。
今できることは体力を温存すること……そして話のできる人間が現れるまで、じっくりと待つこと………。
突破口が見つからない今、チャーリーは目を閉じて今日一日を反芻してみた。
エンジン音と、あまり聞きたくない男達の息遣いしかない薄暗い車の中で、彼の脳裏に浮かぶのは、目尻から涙を零してぐったりとチャーリーに身を預けていた陛下の姿だった。
マーリンは、アイリーン嬢のことを病人だと言っていた。
けれど、何処が悪いのかは謎。
陛下がアイリーンと呼ばれていたのも謎。
この男達も謎。
謎。謎。謎……全てが謎である。
(俺も……テーマパークの異様さに、どっぷりつかったみたいやな……)
現実の世界の筈なのに、現実の世界とかけ離れたものを見せる所。
くるくると回る万華鏡のように、多彩な夢を訪れた者に提供してくれる。
(陛下……何処にいってもうたんやろ……)
はしゃいでいた笑顔を思い出せば思い出す程、何故か彼女が切なく思える。
そう、今日を思い起こせば、彼女は一日中泣くのを堪えていたようだ。
ライドを楽しみ、パレードをはしゃいで見物し、でも見終わると直ぐに寂しげに終わる。
過ぎ行く夢を惜しんでいるかのように……。
少し、うとうとしていたのかもしれない。
だが、今車は停車し、一向に動く気配もない。
そのうち、カタンと音が鳴り、重々しい音を立てて車の扉が開く。
(何時の間に停止してたんやろ?)
顔を上げたチャーリーだったが、彼の目の前で車に二人がかりで重い荷物が積み上げられる。それを見た瞬間、チャーリーの頭に血が昇った。
「マーリン!!」
彼はぐったりとしたマーリンに駆け寄ると、膝を付き、彼の体を抱き上げた。
背中で両腕は捻られ拘束具で止められている。足も両足を一くくりにされている。ぐったりとした体から覗く顔や手足は殴られた青痣だらけで、ゆすっても軽く頬を叩いても、一向に目覚める気配がない。
しかも、かなり体が熱い。きっと何処かの骨が折れてるに決まっている。
「貴様ら!! 俺の友人に何をした!!」
チャーリーの箍が外れた。彼は護送車の扉を閉めようとした男を蹴り倒し、更に銃を構えた男を殴り倒した。そして力ずくで厚い扉を腕で両開きにこじ開けると、チャーリーに群がってきた紺色の私兵達のうち、先頭で銃を構えていた奴の胸ぐらをひっつかんだ。
「……貴様らの面、覚えたでな……この俺敵に回して、ただで済む思うな………もう誰から命令うけてたかなんて、関係あらへん。俺にはお前らがこいつをいたぶった……その事実だけで十分なんや……。
俺はチャールズ・ウォンや!! さっさと医者呼べや!! こいつに万一のことあったら貴様ら一族郎党諸共、一生浮かびあがれんようにしたる!! ウェスタ家も、この宇宙から抹殺したる!! 俺の残りの人生全部かけたってええ!!
誓ってお前ら、皆追放したる!!」
≪その人に酷いことしたら、私だって許さないから!!≫
轟音を立て、銀色のエアー・バイクが着陸する。
可愛らしい声のわりに、運転していたのは真っ赤のスーツを着たナイス・ボディのお姉ちゃんだった。そのながれるような長い金髪の後から、ふりふりレースの美少女が、ぽてっと地べたに転がり落ちた。
「アイリーン!!」
「うう……大丈夫よロザモンドさん……ちょびっとバイクに酔っ払っただけだから……」
美女に助け起こされた陛下は、ドロをはらいもせずに、よれよれしながら真っ直ぐにチャーリーの元に走ってきた。
「ごめんねチャーリー!! マーリンさん!!……皆、私が悪いの……」
チャーリーの前に駆け寄った陛下は、両腕を広げて半べそかいて、兵達を見上げた。
「皆さんも銃を下ろして!! この人達は怪しい人じゃない!! チャーリーの船の人達だって、みんなみんな、正真正銘、ウォン財閥の人達なの!! 私が保証するから、銃を直ぐに下ろして!!」
男達は、弾かれたように直ぐに銃を下ろした。
「……陛下……これは一体、どないなっとるねん……」
チャーリーが声を荒げなかったのは、精一杯自制心を働かせたためだ。いくら惚れたと自覚した女であっても事情も解らぬまま親友をボロ雑巾にされ、笑って許せる筈もない。
そんな彼のくぐもった声に、陛下は項垂れながらゆっくりと振りかえった。
「……夢だったの……全部夢だと思っていたの………」
いつものおちゃらけた顔ではなく、真剣で切ない目で自分を見上げてくる。そんな彼女の頬から、一筋の涙が伝って零れていく。
「貴方と会わなければ……一生、夢だと気付かずに終わることができたかもしれなかった…………ずっと……貴方に憧れてたから……私……夢だと思ったから………。
私が女王だったなんて。貴方と聖地で会いさえしなければ!!」
01.06.21
浅香様!! 次ぎこそ終わりますぅぅぅ!!
はねまくるキャラの殆どは、聖地に置いてきたし、後はま〜るく収めるだけなのよ!!
(けれどミカルは天邪鬼〜〜( ̄▽ ̄〜)(〜 ̄▽ ̄)〜)
ホントに丸く収まるのか?(……わからない……)
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