フェニキア人、西の大陸に到達<紀元前3世紀>(2012年12月23日)
フェニキア人たちは北アメリカ大陸に植民地を建設していた。
某フェニキア人の日記
「タバコ等この新しい土地から生産される作物は本国やエジプトなどの貴族の間で持てはやされ、
カルタゴから遠く離れたこの植民都市も何とかやっていける目算がついた。
原住民の間で何故か流行っていた疫病も、小康状態となりつつあるようだ。
我々はここに恒久的な都市を建設する事を決め、
本国から馬や牛、それに造船技師や鍛冶職人を呼び寄せる事にした。
また、この新たな富を他人に奪われないよう、
この新たな土地の事は絶対に秘密にしなければならない。特にローマの蛮族には」
しかしある日、カルタゴ滅亡の報が届く。
某フェニキア人の日記
「なんと言うことだ。まさか我らの祖国が蛮族の手によって討ち滅ぼされるとは……。
ローマ人はあの美しいカルタゴの町を全て破壊し尽くし、
カルタゴが再びよみがえれぬよう土地に塩を撒いたという。
許せない。何時の日か必ずや、奴らに復讐してやろう。皆でそう誓い合った。
もう我々の帰る場所はない。が、さしあたりローマがこの地のことを知らぬのは幸いだ。
最も蛮族どもの航海技術では、知っていたとしてもこのような辺境には到達できまいが。
幸いこの土地は平和で豊かだ。
原住民のリーダーたちも、製鉄技術を引き換えに協力を約束してくれた。
我々はまだ、希望を捨てない。何時の日か必ず、偉大なるカルタゴを取り戻すのだ!」
かくしてフェニキア人達は、アメリカ大陸に新国家を建設するべく行動を開始するのであった、みたいな(笑)
その後数世紀をかけフェニキア人とネイティブは交じり合いその境界は消滅し、
ちょうど日本の縄文人と弥生人のような関係へとなってゆく、みたいな。
更に彼らは先祖伝来の優れた航海技術でカリブ海に乗り出し、
中南米の諸文明と交流して製鉄技術や文字を伝える一方トウモロコシやジャガイモを入手し、
アメリカ大陸の諸文明は急速に発展していくのである。
一方ユーラシアとの交流は、
バイキングの襲来などで回復する事はあったがすぐに小氷期が到来して途絶。
アメリカ大陸はその後も独自の社会を構築してゆく……。
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