フェニキア人の北米撤退とハンニバルの再来<4〜8世紀>(2012年12月23日)
四世紀、
それまでアパラチア山脈以西に留まっていたミシシッピ文明圏の大帝国が北米大陸東海岸に姿を現した。
重装騎兵の大軍団、という形で。
この戦乱から逃れる為に、フェニキア人は三たび民族移動を開始せざるを得なくなるのであった。
彼等が目指したのは南、まだ西の帝国の力の及ばないフロリダやアンティル諸島等であった。
元々彼等は交易目的等でこれらの地域にもある程度植民しており、移動は比較的スムーズに進んだ。
この事件の十数年後、マヤの記録に海から来襲した異質な『チチメカ』の記述が現れる。
それまでメソアメリカに無かった高度な造船技術と鉄製武器を持つこの『チチメカ』は、
ユカタン半島北岸を中心にメソアメリカ全域を荒し回り、都市を幾つも破壊して行った。
この出来事を切っ掛けとして、カリブ海航路が出現する事となる。
(この事はメソアメリカ地域にも大きな変革を呼ぶのだが、それはまた別の話……)
交易の軸となったのは北からの木材や穀物であり、南からのカカオ、ゴムであった。
そもそも新大陸の南北に長い地形は農耕技術の伝播には不利に働くが、交易面ではむしろ有利である。
気候の異なる南北間では生産される物産が大きく異なり、この事が物々交換の重要度を否応なく増すからだ。
特にミシシッピではかなり以前から五大湖以北の森林地帯からメープルシロップが多く輸入されており、
カカオが入って来るとその需要は劇的に増大した。
それ迄に無い甘いショコラの味覚が、この地方の貴族達の趣向を捕らえたのだ。
また、脆弱な熱帯系の木材しかしらなかったマヤ文明にとって、北の強靱な木材、
そしてこれによって作られたフェニキアの外洋船舶やミシシッピ文明圏で発展を見せた
様々な木工製品は極めて貴重であるように思えた。
こうして交易が発展して来ると、カリブ海各地に植民都市を築き、
交易を仲介していたフェニキア人達の経済力が急速に増大して来る事となった。
キューバ島やフロリダ半島南端、ユカタン半島北端等にも海港都市が建設され、
この地域の開発は急速に進む事となる。
また、この地域は元々比較的肥沃な土地であった。
ここへトウモロコシやサツマイモといった優れた農作物がマヤから導入された事があり、
アンティル諸島とフロリダは農業国としても発展を見せ、人口も急増する。
彼等が持っていた灌漑、鉄製農具等とこれら優れた作物が結合した効果も大きかった。
かくして、フェニキア人の末裔達はこの地でかつてのカルタゴに匹敵する繁栄を再び取り戻す事に成功していく。
広大な範囲を船で行き交い、冒険を好む進取の気風に富んだ新たな文明の誕生である。
世界の他の地域の海洋文明と同じく、ここで栄えたのもまた開放感と色彩に溢れる文化だった。
彼等は、それまで新大陸には無かった人間中心的な価値観を有し、
森羅万象を科学的に観察する目を持っていた。
後世、マヤの天文知識を応用して世界に先駆けて地動説に到達していた、とする説や、
彼等