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オーストラリアに文明があったならば・・・・

1 :出日 :03/01/13 15:38
オーストラリアにアボリジニーより進んだ文明があったらどのような歴史を歩んだでしょうか?
語ってみましょう


2 :世界@名無史さん :03/01/13 15:53
広大な太平洋一杯に広がり
東はイースター島から西はマダガスカルまで進出したマレー人が
なぜ比較的近いオーストラリアには移住しなかったのか不思議だ。

ポリネシアに移住したマレー人は
文明社会から切り離されたままで
結局、近代に至るまで「南洋の土人」だったけど

もしオーストラリアに移住してたら
ジャワあたりとの交流はずっと続いて
オーストラリアにも文明がもたらされたはずなんだが。

4 :世界@名無史さん :03/01/13 16:27
>>2
インドネシア自体が、十分開拓できる余地があったので、そこから拡散したとは考えにくい。
ただ、ポリネシア人とかがなぜオーストラリアを見過ごしたかはわからない。
少人数でやってきて、結局、アポリジンにやられたか、同化したりして消滅したのかも。


5 :出日 :03/01/13 17:23
そういえば何でポリネシア系の人はいないんですかね??
メラネシア系の諸島が途中にあり阻まれたのですかね?


6 :世界@名無史さん :03/01/13 18:18
ヨーロッパ人に「発見」される以前から、
メラネシア系の人やインドネシア人・中国人などとの交流が多少あったようですが、
文献があまり残っていないみたいですね。
ttp://www.am.wakwak.com/~aqua/aust/history.htm
中国人はナマコが目当てだったとか。


7 :世界@名無史さん :03/01/13 18:45
私が聞いた話では、

・オーストラロイド(アボリジニ・メラネシア人)
約4〜5万年前に原郷の東南アジア島嶼部から無人のオーストラリア大陸に移動。
同じく無人のメラネシアの島々にも進出。約二万年前までにはタスマニア島まで到達。

・モンゴロイド(ポリネシア・ミクロネシア人)−アウストロネシア語族
中国南部あたりが原郷と推察される。
中国北部からおしよせる人口圧力に押し出されて台湾(あるいはインドネシアの島々)に渡り、
約4千年前にはニューギニアおよび周辺の島々に拡散。
さらに約3千5百年前にメラネシア(あるいはミクロネシア)から航海術に長けた民族が
トンガ諸島に渡り、そこからソシエテ諸島(最大の島がタヒチ)に移動した後、
ハワイ諸島、イースター島、ニュージーランドにまで拡散、いわゆるポリネシアの三角形を形成した。
なお、アウストロネシア語族はインド洋を横切りアフリカ東岸のマダガスカル島にまで拡がり、
西はマダガスカルから東はイースター島までの広大な海域に拡散している。

実際には、オーストラロイドとアウストロネシア語族との混血も相当進行し、
両者の中間的な身体形質が多く見られる。

オセアニア先住民の大航海時代以前の人口はおよそ次の通りと推察される。

オーストラリア大陸 25万人
ニューギニア島 200万人
メラネシア島嶼部 30万人
ポリネシア 55万人
ミクロネシア 8万人


8 :とてた :03/01/14 18:57
>>6
今のダーウィン近辺に来てたそうですね。
>>7
ニュージーランドまで来た時期って西暦1000年頃ですから、けっこう最近ですよね。


9 :世界@名無史さん :03/01/14 20:01
>>2
海流の影響はないかなぁ?
オーストラリアから海流が北上していて回り込めなかったとか。


といいつつ、自分では調べてません!


10 :ここ参考になるかも :03/01/14 21:06
やしの実大学
ttp://www.yashinomi.to/main.html


11 :世界@名無史さん :03/01/15 23:29
オーストラリア大陸 25万人
ニューギニア島 200万人

広大なオーストラリア大陸に25万人しか住んでいなかったのは、
アボリジニーが狩猟採集民だったからだ。
ニューギニア島はオーストラリアに比べれば遙かに狭いが、
それでも農業があったため8倍もの人が住んでいた。

アボリジニーは適正な人口を保つために、中絶などの手段を用いていた、という話もある。

少ない人口で自然の恵みを享受できるため、労働時間も少なくてすんだ。
外部の文明に侵略されるまでは、かなり幸せに暮らしていたはずだ。
しかし、残念ながら、外部文明の侵略には為すすべがなかった。
それ以来、長い間、文化を否定され、文明社会に適応しきれず、怠け者のレッテルを貼られ、
どうにもやるせない状態である。

それでも、魅力的な美術作品を生み出す力はある(ちょっと、肩もちすぎかな)。

ルマルマを殺害し切断する二つの部族 ダニー・ナロールマン・ドゥジョルロム(1999年)
http://www.aboriginalpaintings.com.au/t3_m.html
アーネムランドのアボリジナル・アート
http://www.aaia.com.au/arnhem1.htm


12 :世界@名無史さん :03/01/15 23:43
オーストラリアには大規模な文明は発生しにくいのではなかろうか?

なにせ、あそこは世界で最も乾燥した大陸で雨が少ない。
土地は広くても、農業ができるのは海に近い地方だけだ。
大河もあまりないので、地下水を汲み上げて灌漑する→塩分が浮き出てきて農業ができなくなる、
ってのを現代でも繰り返している。

地質学的に古い大陸で、火山活動が終了しているため、地下からミネラル分が補給されないってのも、
農業には不利なんじゃなかろうか。
農業をする文明が発達しても、メソポタミアのように、農業ができなくなって崩壊してしまいそう。

13 :アルフォンソ拳王 ◆wDJtpxQyh. :03/01/16 00:06
他のスレでも似たような事を書いたのでチョット悪いのだが・…

現在の人類史の勢力地図では、言語系統学や集団遺伝学、分子人類学、
そしてミトコンドリアDNA研究の面からもパンチを受けた多地域進化拙論者
(例えば、ヨーロッパではネアンデルタールが進化してクロマニヨンになったって言ってる人がた)
は非常に苦しい立場にある。

こうした多地域進化論者のわずかなよりどころの一つがオーストラリアなんだけど、
その論拠は80万年位前にホモ・エレクトスが海を渡ってオーストラリアに着いた可能性がある
としているんだ。そのホモ・エレクトスとオーストラリアの古代型形質を残す人たち
(アボリジニとは明言していなかったりするが)のつながりの可能性の事を言ってるんだけど、
オーストラリア先住民にあり世界の他の地域的集団にない遺伝的特質というのはあるんでせうか?
ご存知の先生はお教えくださりませ。


14 :とてた :03/01/16 00:06
>>12
栽培化できそうな植物も思いつかないんですよね…。

サトイモやコメも栽培適地とはいえないし…。


15 :世界@名無史さん :03/01/16 00:07
今現在のオーストラリアのように牧畜主体の文明ではどうか。


16 :世界@名無史さん :03/01/16 00:10
カンガルーなんか牧畜に最適な気がするんだけど…。


17 :世界@名無史さん :03/01/16 00:12
>>14
栽培する植物は、外部から伝搬されなければ、どうにもならなそうですね。
現在ではコムギ・ソバ・コメ等、さかんに栽培してはいますが。


18 :世界@名無史さん :03/01/16 00:13
>>16
カンガルーを乗りこなし、騎馬民族(馬じゃないか)として中国を略奪しる!


19 :世界@名無史さん :03/01/16 00:15
去年、オーストラリアを探検して、ほとんど全滅した探検隊の話をTVで見た…。
彼らは砂漠の真ん中の川のそばで立ち往生した。
下流に行っても巨大な塩湖があるだけで、海に行き着かない。四方は砂漠地帯。
探検隊の白人は、魚などを採って救出隊を待ったが、アボリジニから学ぼうとしなかったため、
ビタミンを破壊する果物を大量に摂取して、死んでいった…。


20 :とてた :03/01/16 00:20
>>15
大きすぎますし、いう事をきいてくれない…つまりは家畜化しにくいんですよ。
他の有袋類も、あんまり…。
>>17
近代の灌漑技術の成果ですから…。
>>19
なんと大陸中央に「湖」があると考えられていたらしいですね。


21 :世界@名無史さん :03/01/16 00:23
人口圧力がなければ、牧畜すらする必要がないんじゃないかな?

他の「文明社会」は農業・牧畜などを考案し、その結果、多くの人間を養えるようになり、
人口が増えていったけど、アボリジニーのように産児制限をし、人口を少なく保つってのも、
一つの考え方ではあるね。


22 :世界@名無史さん :03/01/16 00:30
アボリジニは
水がなくなったらカエルの中身をチュっと飲むらしいな

きたろうが逝っていた


23 :世界@名無史さん :03/01/16 00:31
>>20
>近代の灌漑技術の成果ですけどね。
でも、大陸全体としては乾燥してますが、マレー川とか、それなりのサイズの川もありますし。
アボリジニーは地力で農業は編み出さなかったですけど、
マレー川のあたりに徐福(w)か誰かが流れ着いたら、そこで農業をはじめることは可能です。
東南部は比較的湿潤な気候ですから。

最北部から東部の海に近いあたりは熱帯雨林ですから、キャッサバとか芋類の焼き畑農業はできます。


24 :世界@名無史さん :03/01/16 00:39
オーストラリアもアボリジニーが来る前はもっと森が多かったらしい。
しかし、アボリジニーが直接・間接的に野焼きを繰り返したので、草原と化してしまった。

なぜかというと、狩猟民族の彼らにとっては、
見通しの悪い森のなかでオポッサムなどの小動物を細々と狩るよりも、
見通しの良い大草原でカンガルーなどの大型草食動物を狩る方がよっぽど効率がいいからだ。

植生の変化は気候にも影響を与えたのではなかろうか。
森が多かった時代には、今よりも雨が多かったと思われえる。


25 :世界@名無史さん :03/01/16 00:48
>>24
ユーカリの木が自然発火を定期的に繰りかえすから密林ができにくいのだと思ってたよ。


26 :世界@名無史さん :03/01/16 00:53
>1
まだ指摘されてないので一応つっこんどいた方がいいのかな。

アボリジニーですが、オーストラリアに最初に人類が移ったときよりその後の方が文明レベル
(というか技術レベルか?)は明らかに後退してしまっているそうです。
なんというか、適応の結果として技術が後退してしまったと。

なのでそのIFは微妙にずれているかと。


27 :世界@名無史さん :03/01/16 01:16
>>25
野焼きには積極的に行う野焼きと、おそらくこっちが主流だったと思うんだけど、
焚き火の始末をキチンとしない、という受動的な野焼きがあったそうだ。

焚き火を始末しないことが自分たちの利益になることがわかってたんだね。


28 :世界@名無史さん :03/01/16 01:22
つーか文明が発達しなかったのがダメダメだよね。
鉄でも金でも銅でもニッケルでもスズでもなんでも産出するのに。
なんで文明発達しなかったんだろ?


29 :世界@名無史さん :03/01/16 01:38
文明ができにくい乾燥地帯ってのは確かにわかるけど、それは北部や西部だけで
メルボルンからケアンズまでの東部&ニュージーランドはほぼヨーロッパと同じ気候。

植物分布:広葉・混合樹林(日本、中国、ヨーロッパと同じ)
土壌分布:褐色森林土(やはり日本、中国、ヨーロッパと同じ。ただし英国だけポドゾルと言う土壌)

資源もあるのに何故発達しなかったのでしょう?
よく考えればアボリジニというとテレビでみるのは乾燥地帯のシーンがよく出るが、
東部に住んでたアボリジニはテレビででないよねぇ。
やっぱマオリ人と同じような生活だったのかなぁ????

とりあえず文明が発達してもおかしくない地域であることは確かだと思う。


30 :世界@名無史さん :03/01/16 01:41
>>29
欧米人が住みやすいところは、真っ先にうばわれっちゃっただろうからねえ。
乾燥地帯にいた部族だけ、細々と生き延びたのだろうね。


31 :世界@名無史さん :03/01/16 01:44
>>30
なるほど、しっくりきますた。
今テレビでやってるアボリジニの生活様式は、
ヨーロッパ人が移住した後の生活様式で、
ヨーロッパ人がいなかった東部の生活様式は除外されているということなんですね。


32 :世界@名無史さん :03/01/16 01:59
風土は考慮するとしても、アヴォリジニは知的水準が低いのでは?
こう言う事を言うと、叩かれるが人種或いは文化圏によって、ある程度の偏差は生じると思う。


33 :世界@名無史さん :03/01/16 02:00
>32
『銃・病原菌・鉄』くらい読んどけって。


34 :世界@名無史さん :03/01/16 02:17
>32
>33さんがつっこんでますが一応もう少し具体的につっこんでおきましょう。

>32、あなたが言っている知的水準とはなんですか?

アボリジニの人達の有している知識はかなりのものがあります。
それが技術の発達をもたらすようなものではなかったにしろ、
例えば何が食べられて何が食べられないか、
またある自然現象が見られた後にどのような自然現象が起きるか(天気の移り変わりとかね)
については彼らはかなりの量の知識を有していることが文化人類学者の調査で判明しています。


35 :世界@名無史さん :03/01/16 02:21
>30-31
乾燥地帯にいた部族だけ細々と生き延びたのではないそうですよ。
欧州人に土地を奪われたアボリジニが西部で適応したという例もあるようです。

どの道全般的に減ってるそうですが>アボリジニ


37 :まあ :03/01/16 18:00
少々の土着文明があっても、アメリカ大陸同様に滅ぼされただろうね。
ただ、西欧系以外の強力な文明が植民するという可能性はありえたと思う。
トルコ人・アラブ人・ペルシャ人・インド人・マレー人・支那人、
そして倭人にもチャンスはあったと思う。
環境条件を考えると、この大陸に一番向いていて、
一番有効活用する能力を持っているのはムスリムだったはずなんだが。


39 :世界@名無史さん :03/01/16 18:25
>一番有効活用する能力を持っているのはムスリムだったはずなんだが。
彼ら商売人だから商機のないところへは来ないよ


40 :世界@名無史さん :03/01/16 19:15
39がイイこと言った!

でもこのスレはもしそうだったらの話なんじゃないの?


41 :世界史@名無史さん :03/01/16 22:38
Ifを語るスレのようですね


42 :世界@名無史さん :03/01/16 22:42
農耕法と鉄の精製法が伝わってたら文明できた可能性高いよね。
ほんとニュージーランドとオーストラリア東部は惜しい地域だね。


43 :とてた :03/01/16 22:57
>>42
西部のパース近辺でもいいんですが…。
海流を見る限り、「漂着」はしにくそうです。


44 :世界@名無史さん :03/01/16 23:07
東北部に住んでいたアボリジニはジャワ島の原住民と小規模だが交易してたんじゃなかったかな。
そこ経由でイスラムが浸透する前に英国人が来てしまったと。


45 :世界@名無史さん :03/01/17 04:36
倭冦も来てたらしいですね。
はっきりとした交易品はわかって無いらしいけど。


46 :世界史@名無史さん :03/01/17 17:44
オセアニアのアボリジニーが来たころの環境なら倭寇や鄭和が着いたら文明を
おこせそうな気がする・・・・


48 :世界@名無史さん :03/01/17 17:55
>45
そのあたりの事情について、もっと語ってください。


49 :世界@名無史さん :03/01/17 20:27
旨みのある特産品なんか無さそうだから、
「存在を知っていた」という程度なんじゃないかな>倭寇
香辛料なんかが取れれば、もう、放っておいてもどんどん船が来るのだろうけど。


50 :世界@名無史さん :03/01/17 20:51
>>49
干しナマコ。


51 :とてた :03/01/17 20:59
>>49
あと、真珠貝ですね。


53 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/17 22:13
>49
珊瑚・鮫皮


54 :世界@名無史さん :03/01/17 22:13
真珠はともかくナマコってわざわざそんなところまで採りに行くほど貴重なものなのか?



55 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/17 22:15
>54
干し鮑が輸入されたことはあった筈。しかし海鼠は遠過ぎて儲けが出ないか。


56 :世界@名無史さん :03/01/17 22:41
>>54
取りに行ったのは、オーストラリアといっても北の方でしょう。
インドネシアからちょっと足を延ばしたって感じゃないですか。

中華では海産物の干物は高級食材らしいです。実際取りに行ってたんだし。


57 :世界@名無史さん :03/01/17 22:53
燕の巣って、このあたりの島じゃなかったっけ?


58 :世界@名無史さん :03/01/17 22:59
↑イワツバメの巣ではタイやベトナムの海辺が有名ですな。


59 :世界@名無史さん :03/01/17 23:12
「燕窩は中国ではほとんど取れず、タイ、マレーシア
インドネシア、アフリカの東海岸、フィリピン、マダガスカルなどが主な産地となっており....」
ttp://www.kinbisei.com/about.htm

燕窩の産地といえば東南アジアです。
アフリカの東海岸、マダガスカルからの輸入は、おそらく最近になってからでしょう。
なかでもタイからの輸出が一番多いそうです。
ブラピ主演のザ・ビーチが撮影されたピーピーレー島も燕窩の産地です。

ちなみに最も高品質なフカヒレの産地は日本です。


60 :とてた :03/01/17 23:24
いろいろ考えてみたんですが…難しいんですよね。

東南アジアの国(シュリビジャヤとかマジャパヒトとか)が滅びた時に、
「亡命者集団」がやってきて……、

と、いいたいんですが「たどり着く」のが困難ですし。


61 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/17 23:26
何しろ実際にたどり着けなかったわけですから・・・と言っていても
始まらない。とりあえず前期倭寇が流れ着いたのをきっかけに移住し
ていたら面白かったろうにと思います。


62 :世界@名無史さん :03/01/17 23:46
農耕文明が発生したとしても
    ↓
結局イギリスの植民地になって
    ↓
でも、第二次大戦後独立!

新大陸の文明はことごとく滅んで、
植民したヨーロッパ人および混血人が建国した国になってしまいました。
気候の点からも、人口の少なさという点からも(それを更に少なくさせたけど)、
ヨーロッパ植民者にとって魅力的だったのでしょう。

とくに気候の良いアメリカ、オーストラリア、アルゼンチンあたりは
ほとんど先住民が一掃されたと行ってもいい状態。

先住民主導で独立を果たすには、
最低でも国家を形成するところまで文明が発達していないとダメでしょうね。



63 :世界@名無史さん :03/01/17 23:47
たどりついても島づたいに帰れそうなのが「南北アメリカに〜」スレと状況が違うところ。

とくに文化を発展させにゃってなモチベーションをかきたてられないよねぇ


64 :世界@名無史さん :03/01/17 23:54
実際、アボリジニーは海を越えて北半球からオーストラリアにやってきたのだし、
ポリネシア人は大航海をして南太平洋に拡がっていったのだし、
オーストラリアに後からやってくるのは不可能ではない。

ただし、アボリジニーしかいなかったから、
近年まで自然が残っていたともいえる(樹木はだいぶ焼いてしまったようだが)。
それはそれで悪くなかった。


65 :世界@名無史さん :03/01/18 00:29
>>61
和冦が知ってたらしいのって、たぶんアラフラ海あたりでしょう。
熱帯の気候で、彼らが植民したくなるようなところじゃなかったのでは?
北部に植民するなら、和冦より東南アジア系の民族の方が向いてそうです。
仮にそこに植民したとして、オーストラリア南部まで彼らがたどり着くまでに、
どれくらいかかるんだろう。

前期和冦 14世紀半ばから
シュリービジャヤ王国 7〜14世紀
マジャパピト王国 1293〜1520ごろ

はやくしないと、18世紀後半にはイギリス人の入植が始まってしまいますよ。

はやく消えた王朝としては、ボロブドゥール遺跡を残したシャイレーンドラ
朝(8〜9世紀)、メコン川下流の扶南(1,2〜7世紀)などがある。
あるいは、いっそスリランカあたりから逃げてきた遺民なんかどうだろう。
滅びなくても、王位継承権争いなどから逃げ出してきてもいいけど。

オーストラリアに仏教文明誕生ということになる。


66 :とてた :03/01/18 00:34
>>62
ニュージーランドは実は、マオリの「保護国」にする予定だったそうです。

オーストラリアからの移民で、その案は没になりましたが。

>>65
アーネムランドに定着・居住して…って感じでしょうか。


67 :世界@名無史さん :03/01/18 08:50
倭冦が植民して作った町とかないんですかね?
まあ世界史板の皆さんなら倭冦と日本はイコールではない(どころか無国籍混血集団)
なのは御存知でしょうが。

>>61
その論理だとむしろ南は気候が違うから東南アジア系の民族は南下しないんじゃないですかね?
考えてみたらマオリの南下とか、熱帯から寒冷地への移住ってあまり例がないかも。
戦争で追われたとかそういうのならアリですね。


68 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/18 09:28
>まあ世界史板の皆さんなら倭冦と日本はイコールではない
それで前期倭寇としたのです。後期だと大半が非日本人になるので。


69 :世界@名無史さん :03/01/18 10:06
倭冦だとどっちにしても幕府なんかは関係ないでしょうけどね。
植民地って16〜18世紀にオランダやスペインが言ってたような意味のなら
日本もいっぱい植民してたんですよね。

そのあと政治に介入するかどうかの違いで。
山田長政なんかはけっこうキワドいことやってましたな。


70 :世界@名無史さん :03/01/18 13:37
豊臣浪人が大阪の陣以降海外に流出したよね。
アンボイナ事件とか鄭成功のゼーランディア城攻撃とか、ほとんど豊臣浪人が加わってた。
高山右近は関係ないけどマニラで死んでるしね。

つーかこの頃には既に西洋人やってきてるからオーストラリア殖民は無理かな?
やっぱシュリービジャヤが繁栄してたころの時代にやってこないと勝負にならないかもね。


71 :世界@名無史さん :03/01/18 17:28
いっそベトナム当たりから人が来られないかと妄想してみる。
北部は漢に始まって歴代中国王朝からいろいろと攻撃されていたから、
それで逃れてきたという感じで。

妄想ついでに南宋の文天祥あたりが元の捕虜にならずに、
はるか中国から亡命船団を率いて上陸、とか……。
妄想のし過ぎだ、逝ってくる。

73 :世界@名無史さん :03/01/18 20:01
ただいま、NHK・BS2で『地球に好奇心「世界一の雷地帯」』を放送中。


74 :世界@名無史さん :03/01/19 00:31
支那文明が来ても住民は食料なので(以下略)


77 :世界@名無史さん :03/01/19 18:43
豊臣浪人は北米に移住させれば・・・


78 :世界史@名無史さん :03/01/19 21:21
豊臣秀吉が朝鮮ではなくてマニラに攻め込んで南下して行くと言うのはどうですか??


79 :世界@名無史さん :03/01/19 23:42
>78
フィリピンは当時スペインの植民地……だったはず。
遠洋航海のための船舶技術が全くおくれている日本に勝ち目はない。


80 :世界@名無史さん :03/01/19 23:56
>>79
それは当時の海軍力を過大評価しているとしか思えんが。


81 :世界@名無史さん :03/01/20 01:09
当時のフィリピンなんか未開の地だったわけで
そんなところをわざわざ征服しようなんて発想があるわけがない。

未開の地だろうが無人島だろうがとにかく領土を欲しがるという発想は近代的発想であり、
前近代の社会では未開の地に価値などない。兵を差し向けるコストのぶん損するだけ。


82 :世界@名無史さん :03/01/20 06:41
>>78
秀吉の目的地は明、朝鮮半島はその通過地点。フィリピンに向かう理由がない。


83 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/20 10:27
秀吉はいちおう高山国(台湾)とスペイン領フィリピン、ポルトガル領ゴア
にも使者を出していますよ。
スペイン側は攻撃を恐れて援軍要請を行う一方で逆に台湾に侵攻して前線基地を造ろうとしていた。
>79
辿りつけないということは無いでしょう。朱印船型の船を使用したでしょうし。


84 :世界史@名無史さん :03/01/20 19:24
まあそうでしょうね可能で有ったと思います。
秀吉は中華秩序の打破が目的であったわけですから
その一環としてマニラ攻撃もありえたと考えますね。


85 :世界@名無史さん :03/01/21 04:35
秀吉が中国をほおってルソン、ジャワ、しまいにゃオーストラリアまで
目指すところなど想像しにくいけど、、、、
ためしに想像力を働かせてみました。

1.南方に送った使者に対して、朝鮮からのそれを遙かに凌がする失礼な返答が!
2.秀吉、激怒して南方を攻撃。
3.秀吉、寿命。後継家臣団、中国侵略は早々にあきらめ、南方進出に力を注ぐ。
4.一方でヨーロッパと交流し、造船などの技術を吸収。また、拿捕した欧州の大船を研究。
  海軍力でも欧州に負けぬようになる。地の利もあって、東南アジアに一大勢力を張る。
4.相続する土地のない次男、三男以下が東南アジアに植民。
  やがて、人口の少ない大陸、オーストラリアにたどり着く。
5.これはいい、とばかりに、余剰人口がどんどん移住....

アボリジニーの立場からすれば、来るのがヨーロッパ人だとしても日本人だとしても、
面白からぬ運命が待ち受けてることに変わりはないわけですが。



86 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/21 08:27
>85
週末に暇つぶしに撃ち殺したりタスマニア島民を絶滅させたりはしないと思いますが。


87 :世界@名無史さん :03/01/21 08:31
>1.南方に送った使者に対して、朝鮮からのそれを遙かに凌がする失礼な返答が!

すまん、ここでワラタ


88 :世界@名無史さん :03/01/21 08:50
>>86
アイヌみたくこき使っては反乱、鎮圧の繰り返しと思われ
そうするうちに人口激減


89 :世界@名無史さん :03/01/21 11:08
>>79
この当時の植民地なんてたかが知れてる。
数十人住んでただけで植民地になってることもザラ。
オランダでは長崎も植民地ってことになってるし。


90 :世界@名無史さん :03/01/21 11:22
>>88
アイヌを迫害したのは松前のドキュソであって、幕府は保護しようとしてた。
でもオーストラリアに行くような食い詰め物はやっぱり先住民を手酷く扱うかもな。


91 :世界@名無史さん :03/01/21 12:09
>>89
余談だけど、長崎の出島がオランダの唯一の領土だった時期もある。

そのときのオランダがおそらく史上最小面積の国だろう。


92 :世界@名無史さん :03/01/21 12:21
>>91 ナポレオン戦争の時ね。


94 :世界@名無史さん :03/01/21 13:30
日本人、牧羊文化がなかったからね。日本人が植民した場合、
どうやってオーストラリアを発展させられますかね?


95 :世界@名無史さん :03/01/21 13:30
>>90
ムツゴロウ王国の方がはるかに小さいだろ。


96 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/21 14:52
>92
フェートン号事件の時でもあるわけで。


97 :世界@名無史さん :03/01/21 18:15
>>91
全く知らなかった。いや博識だなあ。
オランダの教科書で長崎が植民地マークついてるのは知ってたが。

コヴァ板や極東板の連中も前期植民地の意味を勉強してもらいたいもんだ。


98 :とてた :03/01/21 19:17
>>94
海洋性集落(漁村)と交易拠点ぐらいのが、北部から東部へとかけてポツポツと・・・。

・・・お米がつくれそうなところが限られますから。


99 :世界@名無史さん :03/01/21 19:25
アボリジニーをむごく扱うかどうか以前にウィルスで人口減るんじゃないの。


100 :世界@名無史さん :03/01/21 19:32
むごく扱わなくても、アボリジニーが狩猟採集に使っている土地に日本人が入植しちゃえば、
アボリジニーは人口を減らすしかない。


101 :世界@名無史さん :03/01/21 19:35
>>98
その程度じゃ英国移民に飲み込まれて、少数派になっちゃうなあ。
白豪主義の国で生きていくのは辛そう。


102 :世界@名無史さん :03/01/21 19:48
「フェートン号事件」
ナポレオンがオランダを占領したため、オランダという国が一時的に消滅。
ナポレオンの敵、イギリスはフランスに占領されたオランダをフランスの一味と見なし、
アジアのオランダ植民地をかたっぱしから占領。ジャワの東インド会社も制圧。
その出先機関である長崎にも手を出してきた。

1808年8月15日、イギリスの軍艦フェートン号が長崎に侵入、オランダ人二人を捕らえ、
オランダ商館の引き渡しを求めるなど横暴の限りを尽くした。
フェートン号は人質と引き替えに薪・水・食料を供給させ、同17日には退去したが、
長崎奉行松平康英は責任をとって同日切腹した。

このとき、出島のオランダ商館だけが世界で唯一、オランダ国旗を掲げていたのである。


103 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/21 22:57
>98
いっそのこと羊を飼うように生活を転換するとか。
推古天皇の時代に輸入されてから奈良時代まで飼われ、
上野では飼われていた羊の毛から毛氈がつくられていました。
中世になってからは平清盛が輸入し、16世紀には何度か入っている。
計画的に殖やしたのは平賀源内が最初だそうですが、
16世紀には南蛮の影響で一時的に食肉が流行っていましたから
それが続いていたと考えれば良いのではないかと。


104 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/21 22:58
>102
解説ありがとうございました。


105 :話題脱線ながら :03/01/21 23:19
>>102
長崎奉行の海外知識

フェートン号の長崎港蹂躙の責任をとって切腹した長崎奉行の松平康英は、
なかなかの硬骨漢ではあったが、ヨーロッパの武器に関する知識はなかったようだ。
彼は湾内深く傍若無人にオランダ船を探索するフェートン号のやり方に激怒し、
イギリス側の要求に屈して、牛四頭・山羊二頭・鶏一〇羽・果実若干と引替えに
人質を返して貰ってからは、本気でボートを漕ぎよせて焼打ち計画を実行しようとした。
しかし、オランダ商館長ヅーフからフリゲート艦の強力な大砲について教えられ、
涙をのんで再度、薪水、馬鈴薯を供給した。長崎奉行にしてこの程度だから他はおして知るべしである。

                 「読める年表 日本史」 より


106 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/21 23:37
武器以外に対する知識はかなりあったのですがねえ。
大黒屋光太夫らからの聞き書きを読んでみるとかなり詳しく書かれているのに
日本の実力を大きく記している。やはり甘く見ていたようですね。
地理観や歴史観はかなりあったのですが。
(ロシアは15○○年にゲレシヤから皇帝位を相続した、といったことが書かれていました。)


107 :世界@名無史さん :03/01/22 00:58
日本がオーストラリアに浸透ってシナリオもおもしろいと思いますが、
その前になぜインドシアやジャワの諸王朝がオーストラリアに浸透しなかったのか?
というのが結構疑問なのですが、これに対してなにかわかりやすく説明している本とかありますか?


108 :世界@名無史さん :03/01/22 01:15
>>105
意外とボートで接近したら倒せる気がする。
もっとも、フェートン号の報復に大艦隊が押し寄せる気もするが。


109 :世界@名無史さん :03/01/22 11:46
武器の知識がなかったのではなく、軍事関係ばかりは知識だけあっても
実際に体験して無いとほとんど意味ないってことでしょうな。

情報や知識はあってもまさに甘くみていたというのがぴったりだと思います。


110 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/22 14:54
>108
生きて帰れれば、ね・・・。
フェートン号のほうは日本と開戦する気は無かったのであれでも穏便に済ませる気であったそうです。
英国はこの後も鹿児島の農家を襲って牛を奪ったりしている。ほとんど海賊。

>109
一応武士の人数(享保期で200万)は恐れられていたようですが、
甘く見すぎていたのはいけなかった。自分を自分で強いと思ってはいけない。
敵に思わせておくのはいいのですが。


111 :百太朗:03/01/22 15:03
戦国時代 秀吉が 朝鮮でなく 南方へ進出していれば
日本人がオーストラリアまでやってきたかも知れない 英国人などには負けないだろう


112 :世界@名無史さん :03/01/22 16:48
近世日本の海外植民スレになってるな......

>>111とりあえず倭冦はオーストラリア沿岸に来てた訳だが。


113 :世界@名無史さん :03/01/22 19:53
>>112
ドイツのU-ボートもオーストラリア東岸で撃沈されたのがあります!
全然関係ないけど、


114 :とてた :03/01/22 20:52
>>101
オランダにしろ、イギリスにしろ、当初は「来てみますた」状態
(本格植民は、18世紀になってから)でしたから、
先に住んでたらそんなにやってこないかもしれません(「南部だけ」とか)。

>>103
日本民族の牧畜国家ですか…たしかにオーストラリアには一番向いてる産業ですが。

>>107
本は僕も知りませんが、インドネシアの諸王朝はどこも「交易国家」だからじゃないでしょうか。

あと、架空史SFでも幾つか日本人のオーストラリア入植ネタのがありました…。
「題未定」(小松左京)と「猿飛佐助」(新巻義雄)。
どちらにしても、「鎖国」がネックになるんですよね…。
実際、蝦夷にも高砂にも植民しなかったし…。


115 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/22 21:32
小松左京の作品は、最終的に露・清同盟と
日・明・英・蘭同盟(オーストラリアをアメリカよりも早く共同で開発。)
の核戦争となって世界滅亡というやつでしたか。家光が明を援けてから歴史が変わっていた。


116 :世界@名無史さん :03/01/22 21:47
オーストラリアに文明があったら?
コアラもカンガルーも絶滅しちゃうだろうが。


117 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/22 22:06
>116
114の作品中の小松先生と全く同じ発送を(笑)。


118 :とてた :03/01/22 22:14
>>115
さすが、知ってはりましたか。
あと、「白い鹿」(C.W.ニコル)も入植してました。
ただ、これはモンゴルによって征服された日本でもありますからねえ。

>>116
カンガルーはしぶといから、「全部」は絶滅しにくいと思います。
まぁ、実際はけっこうの種類が絶滅しちゃいましたけど。


119 :世界@名無史さん :03/01/22 22:19
 例えば秀吉の北進策が巧く行ったと仮定して大陸に進出出来た場合と、
あえて南進策をとって高山,呂宋やら豪州に進出し,
アメリカなんぞに向かうのと最終的にどっちがよかったのか。
 あくまで秀吉の頃に大陸進出が成功したと仮定してですが。



120 :世界@名無史さん :03/01/23 03:21
何をして良かったかによる。
交易目的なら南のほうが良かろう。実際いっぱい日本人町が出来た。
明の中華体制破壊&大陸国家建設が目的なら迷わず北進。
軍事目的で日本バンザイがやりたいならどっちも兵站の限界で自滅。


121 :世界@名無史さん :03/01/23 22:23
>>114
西洋からみた文明の発展段階っによって、西洋側がとる方針が代わってきま
すからね。

オーストラリアの場合、
1.国家もない、非文明人。どんどんやっつけてかまわない。
2.人口も少なく、部族社会で、軍事的に組みしやすい。
3.気候風土、人口の少なさ、土地が今まであまり利用されていない点など、移住先としても魅力的。

といったことから、今の姿になったわけですから、

・文明がある。国家がある。人口もある程度あり、土地も利用されつくし、
 移住者が入る余地が少ない、軍事的にもある程度手強い。

このあたりまで発展していれば、植民地になる程度で済み、民族掃討はまぬがれるでしょう。

独立を維持するには、明治維新で日本がしたような西洋文明の摂取と富国強兵が必要だと思う。

羊を飼うには向いてるし、石炭も出るし、後は技術を導入すれば紡績業は興せます。
オーストラリアで羊毛を加工してしまえば、イギリスが加工する分が不足してしまうので、一石二鳥だ。

こうなったら、市場を求めて中国などを狙っていくかも。
その足がかりに、まず鎖国中の日本に黒船を送り込んで、開国を強要するかもしれない。


122 :とてた :03/01/24 20:57
>>121
実際、安土桃山・江戸初期の日本くらいしか「入植」できそうにないんですよね。

恒常的に「移住者」がいないと、「植民地」なんて成り立たないわけですし。

…ただ、鎖国をなんとかしないと。


123 :世界@名無史さん :03/01/25 00:15
>>122
そうなんですかね?
イギリス型植民地は確かにそうして発展しましたが
前期植民地なんて交易で寄港してただけみたいなとこだし、
フランス植民地だって役人だけ駐在で有名無実みたいなイメージありますがどうなんでしょ。


124 :とてた :03/01/25 11:16
>>123
あくまでも、オーストラリアは「交易」ではどん詰まりの「集約拠点」でしかないですから…。

「移住先」じゃないと、発展性は見込めないのでは。


125 :世界@名無史さん :03/01/25 12:02
家光氏ね。


126 :世界@名無史さん :03/01/25 12:26
>>122
どうせ、ifスレなんだから、鎖国はしなかった、orそもそも徳川が政権を取らな
かった、ということにすればよろしい。


128 :世界@名無史さん :03/01/25 14:08
江戸初期の食い詰め浪人たちが日本を捨てて豪州に移住…とか


129 :とてた :03/01/25 18:42
>>126
あんまり「IF」を重ねると、かえって現実味が無くなりますから・・・。
「開国ニッポン」(清水義範)というのもありますが
(デヴィ夫人なじゃがたらお春に、フランス革命を目撃する平賀源内…)。
>>128
アボリジニが「文明化」する可能性は無いし(しても意味がない)、
インドネシア諸王朝も新規植民はしなさそう…。
やっぱりその線がいいんですかねぇ…。


130 :世界@名無史さん :03/01/25 19:56
>>129
うむ。大きなウソをつくためには、他は全部本当のことを言い続けなければ
ならないっていう感じで、IF は重ねるもんじゃないですな。



131 :世界@名無史さん :03/01/25 21:48
>>128
日本は人口も多かったし、けっこう適任かも。では、誰が移住計画を進めるか?

数人程度の規模ではなく、大人数が移住し続けるとなると、
やはり豊臣家、もしくは徳川幕府あたりが積極的に押し進めるのでなければ。

移住計画を進める動機は、
・豊臣家
戦国時代が終わって、あまった兵力を始末するため。
・徳川家
上に同じ。関ヶ原以来40万人といわれる浪人の問題は深刻。

ifを重ねるなと言われても、せめて彼らがオーストラリアの存在を元和冦の海賊から聞いていた、
もしくはジャワなどの商人から聞いていた、ぐらいの設定はさせてください。
この時代、インドネシアまで日本の船が行ってましたから、
嵐でオーストラリアに漂着、船を修理して帰国、日本にオーストラリアの存在が知られる、
という筋でもいいですけど。

鎖国はあまり気にする必要ありません。
関ヶ原の戦いは1600年、以後しばらく朱印船貿易がさかんで、寛永十二年の鎖国令が1635年。
それまでに移住を進めればよいし、移住が軌道にのってしまえば、
鎖国をするより海外移住を進めた方が幕府には得策と判断、
鎖国はしないという流れになるかもしれません。

日本以外では、1644年に滅んだ明国からの難民あたりは?


132 :とてた :03/01/25 22:12
>>131
まぁ、「IF」に関しては好みもありますから・・・。

ただ、日本の海外移民政策って、伝統的に「棄民」的ですから、
浪人とキリシタンを追い払って「鎖国」というのはどうでしょう。


133 :世界@名無史さん :03/01/25 22:22
>>131
オーストラリアの存在を知ってても、今みたいに衛星写真がある訳じゃなし
交易品や目的があるならいいが
ただ熱帯の広いでかい島がある、程度の情報しかないと思うが。

イギリスみたいにはじめからあちこち行って廻るくらいじゃないとだめでは?


134 :世界@名無史さん :03/01/25 22:31
>>133
では、85+131で、さかんに南方に勢力拡大を計るうちにオーストラリアの事情を詳しく知る
(とりあえず、ナマコ貿易と真珠貿易を支配)、
この大陸が持つ移住先としての価値に気づいて移住計画が持ち上がる、でどうでしょう? 


135 :世界@名無史さん :03/01/25 22:37
・呂宋助左衛門
堺の豪商(実在しなかった可能性アリ)。
海外貿易で巨万の富を築くが、後に秀吉の怒りに触れ、
一族をともなってカンボジアに移住したと伝えられる。

日本にいると立場が危ういことを感じた彼が、オーストラリア大移住計画を立案。
彼は日本から逃れ海外に飛躍できるし、余剰武士の始末に困った政権もこれにのってしまうという筋書き。

ここまでの発想は期待できないかなあ。


136 :世界@名無史さん :03/01/25 22:44
呂宋助左衛門知ってたけど、カンボジアに移住したことまでは知らなかった・・・・・・・・


137 :世界@名無史さん :03/01/26 00:49
>>135
その移住計画は、イエズス会が持ちかけた計画というのはどう?
キリシタンと余剰武士による南方移民。史実と同じでかなり血みどろの開拓になりそうだけど…


138 :世界@名無史さん :03/01/26 01:21
>>137
それはちょっと笑っちゃうぐらいすごい開拓になりそうだね。
史実と同じくらい...


139 :世界@名無史さん :03/01/26 02:18
西部劇ならぬ「南方劇」がひとつ作れそうっすね
あるいは豪州移民とその後も交易⇒琉球⇒薩摩藩という密交易ルートが
続いて藩政を潤おす・・・だろうか?


140 :世界@名無史さん :03/01/26 08:08
浪人とキリシタンを追い払うためだけなら
もっと近い台湾やフィリピンで充分なはずだ。
当時の台湾やフィリピンは未開地だったから
国内の浪人とキリシタンを追い払えるくらいのキャパシティは充分にある。

わざわざ遠いオーストラリアにとなると
もう一つなにかIFを設定しないと無理があると思う。


141 :とてた :03/01/26 08:43
>>140
…そう、なんですよねえ。

「オランダがニューホーランド開拓の為の労働力として…」
というのも面白いんですが、
実際は、オランダの開拓型植民地は南アフリカがこの頃既にありますし。
「文明」じゃなくなります(「オランダ領ニューホーランドの歴史」)。


142 :世界@名無史さん :03/01/26 10:47
インドネシアの地に繁栄した「シューリーヴィジャヤ帝国」や「マジャパヒト王国」は、
どうやら宗教的なこともあってインド、アラブのある西の方しか見ていなかったのかな。

それとも、湿潤な地に住んでいる人にとって、乾燥したオーストラリアは興味がなかったのか。


143 :世界@名無史さん :03/01/26 12:24
でもさ、考えようによっては
オーストラリア南岸まで到達したどっかの船乗り(倭冦でも可)から
穏やかで住みやすいとこがあるって情報あったとして、
オーストラリアを目指すも航海技術でたどりつけなかったり
途中で東南アジア方面のほうがいいや、ってなった日本人もいてもおかくないんじゃない?
135見てちょっと思った。

実際ニュージーランドなんて赤道近辺からポリネシア人が新天地求めて移住したんだよね。


145 :世界@名無史さん :03/01/26 16:40
アボリジニーがオーストラリアに渡ったのは氷河時代で、
そのころはロンボク海峡だけが切れていて、
他はオーストラリアもニューギニアもずっと陸続きで歩いて渡り、
そのあと氷河期が終わっての海進で今のようになったんだったね。


146 :世界@名無史さん :03/01/26 17:43
インドネシアやジャワと交易していたインドやアラブの商人が存在を知っていた可能性もありますね。
後、ベトナムのドンソン文化(前10世紀頃)様式の銅鼓が、
オーストラリア近辺のタンニバル島でも発見されているので、到着していたかも知れません。
定着しなかった理由は謎ですが。


147 :世界@名無史さん :03/01/27 02:23
>>140
イエズス会宣教師が暑いところ嫌だからって、日本人移住者をオーストラリア温帯部まで
引っ張ってくってのはどう?

温帯地方の様子まで日本に知られていれば、というIFつきですが。


148 :世界@名無史さん :03/01/27 02:36
豪帝


149 :世界@名無史さん :03/01/27 03:02
しかし、>>137のイエズス会がからむっての、、考えてみればみるほど良い作戦だなあ。

日本じゃキリシタンは弾圧されたたし。そこで宗教的熱狂が加わった海外移住運動が発生。
運動名はエクソダスのスペイン語形でエクソード(exodo)になるかな。

幕府もていよくキリシタンを海外追放。ついでに浪人もくっつけて出しちゃう。
移住団の指導者はキリシタン大名が適任か。
このころ日本にはキリシタンが数十万人もいたらしい。浪人も数十万人いた。

イエズス会が熱帯なんて人間の住むところじゃないとばかりに、
一気に温帯オーストラリアまで移住団を連れて行く。
水が確保できるところでは稲作。水が不足気味のところでは小麦を栽培して、
うどんかパンにして食べる。牧畜・酪農・パン焼き・ワイン作りなどはイエズス会が指導できる。

うん、今回はうまくまとまった。(かなあ?)


150 :世界@名無史さん :03/01/27 04:36
何も無理して日本人とからめなくてもいいと思われ。
南米のイエズス会布教植民地のように、イエズス会が現地人を教化して
独立地域を作っていた事例もあることだし。
要はオーストラリアがオランダのものにならず、
ポルトガルとスペインの権力の空白地帯になっていればよい。


151 :世界@名無史さん :03/01/27 04:40
イエスズ会はやつらは熱帯でも地の果てでもどこでもいくよ。

だからこそ日本までたどりつけたのでは?


152 :世界@名無史さん :03/01/27 06:23
そんなら日本なんか持ち出さなくても
イエズス会がそのままオーストラリアに住み着いて
文明社会を作るというのではいかんのか?


153 :世界@名無史さん :03/01/27 10:42
>>152
そうなると、南米化とかフィリピン化するだけだ罠。


154 :世界@名無史さん :03/01/27 13:14
熱帯より温帯の方が入植地としてbetterだろう。遠いけどね。


155 :世界@名無史さん :03/01/27 13:58
>>152
その場合、メキシコのような混血の国ではなく、アルゼンチンのように先住民は絶滅に近く、
白人ばかりの国になるだろうね。

現状もそんな感じだが。


156 :世界@名無史さん :03/01/27 16:28
アボリニジが国家文明を持ってたら、ってスレだろ。


157 :出日 :03/01/27 19:21
アボリジニ−より進んだ文明があったらオーストラリアはどうなっていたかですから
アボリジニーで無くても良いと思ってますよ


158 :日本@名無史さん :03/01/27 19:49
もし有袋類の人間みたいな生物がうまれてたら・・・


159 :世界@名無史さん :03/01/27 23:16
>>157
砂漠化が圧倒的に進み、砂の大陸になっていたでしょう。


160 :世界@名無史さん :03/01/27 23:26
>>159
アボリジニーも森を焼きまくったと聞いているが。>>24


161 :世界@名無史さん :03/01/27 23:31
>>158
それいいね。
有袋類の人間。


162 :世界@名無史さん :03/01/28 00:17
>160
焼いてますが、オーストラリアの乾燥は元々の河にめぐまれなかったことによるものでしょう


163 :世界@名無史さん :03/01/28 00:26
>>162
乾燥してんから(雨がふらないから)河もあんまないんだろう。理論的な順序からいうと。


164 :世界@名無史さん :03/01/28 01:01
たまに湧いていると塩湖だったりするのねんトホホ


165 :世界@名無史さん :03/01/28 02:36
別に開拓植民の必要はないかと。
もし、江戸初期に大量の移民(50万人程度)がフィリピンに定着していれば
(例えばキリスト教徒の大追放や、豊臣政権による征服とその後の浪人の脱出)
16〜17世紀のうちにかなりの国力の国家を建設できます。
17世紀になればスペインは衰退して、日本人のいるフィリピンを維持できなくなるでしょうから
和僑華僑を支配層とするカソリック国家になったかも知れません。

その上で台頭してきたオランダに対抗するため、
インドネシアやその背後のオーストラリアに拠点を建設する可能性はありかと。

というか、軍事的理由でもない限り進出しないと思われ。


166 :世界@名無史さん :03/01/28 03:07
>>155
なんか勘違いしてるようだが、イエズス会は原住民を教化・保護する方向だったよ。
パラグアイの歴史調べてみ。


167 :世界@名無史さん :03/01/28 21:05
>>166
黒の伝説?
プロテスタントの宣伝工作ってか?


168 :世界@名無史さん :03/01/29 08:37
黒の伝説ってなんじゃらほい?


170 :世界@名無史さん :03/01/30 19:47
>>166
パラグアイは先住民族の言語・グアラニ語が今も
ナショナル・アイデンティティである例外的な事例
先住民族を保護しようとしたイエズス会は追放された(『ミッション』)


171 :とてた :03/01/30 22:52
>>168
「スペインは、新大陸で先住民を虐げて大儲けしているDQN国家」
という「風説」(概ね事実…)が流されたことです。
他のヨーロッパ諸国の妬みが元となったそうですが、
当のスペイン人達も信じることになって、国そのものが「萎縮」してしまったのだとか。


172 :世界@名無史さん :03/01/30 23:20
>>171
インディオが多く死んだのは、虐殺よりは、スペイン人が持ち込んだ病気が流行したため。
免疫がなかったから、かなりやられたみたい。


173 :世界@名無史さん :03/01/31 01:10
天然痘をプレゼントしてくれたお返しに梅毒を贈りました。
ヨーロッパではこのアメリカ土産が大流行。鼻もモゲまくる流行りぶりですた。


174 :世界@名無史さん :03/01/31 01:50
>>171
ドミニコ会の正義の人ラス・カサスがインディオの悲惨な実状を王室にちくったんだよね。
そしたらオランダやイギリスなどの反スペイン運動に利用されちゃった。
おかげでラス・カサスたんは黒歴史を引き起こした国賊扱い。
しかもインディオの身を案じるばかりに黒人奴隷への代替を提案したりして
現代的にはマズーヤチャータヨスレで本人が赤裸々にその辺の事情を告白しておりましたw

ちなみにラス・カサスたんはコロンブスと仲良しで、
「アメリゴ・ヴェスプッチ逝ってよし!アメリカでなくインディアスと呼べ」と主張していた。
(実はコロンブスとヴェスプッチも仲良しだったんだけど)
これはヴェスプッチと共に探険したオヘダが極悪コンキスタドールだったからじゃないかと推測。


175 :世界@名無史さん :03/01/31 22:07
>>173
梅毒は、イタリア病、フランス病、イギリス病とさまざまな呼び方があったらしいね。


176 :とてた :03/01/31 23:04
>>172
それはまぁ、そうなんですけど、「虐待」しまくりだったのも事実です。
>>174
一旦提案したけど、引っ込めたんですよね>黒人導入。


177 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/31 23:27
>175
隣国の名前をつけて責任をなすりつけたそうです。フランスではイタリア病と、
イタリアではフランス病と呼んだ(運んだのはフランス人であったらしい)。
日本では唐瘡、琉球瘡と呼ばれ、過去に何度も書かせて戴いた通り
コロンブスの新大陸到達から四半世紀足らずで伝来していました。


178 :アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :03/01/31 23:33
梅毒で死んだといわれる人には大名クラスが何人もいますから恐るべき威力です。
家康の次男の秀康とか加藤清正とか。


180 :とてた :03/02/07 00:25
現在、「構想中」…といってみたり。

「題未定」の流れですけど…。


181 :世界@名無史さん :03/02/09 13:50
題未定のまま放置されていくのか・・・
オーストラリアを植民することが出来る可能性がある国を挙げますと
1700年以前だと
日本(倭寇
中国
西洋の国々(スペインやポルトガルやオランダなど
インドネシアの国々
こんな感じかな??


182 :世界@名無史さん :03/02/09 20:18
原住民が自力で文明を作るのは無理か


183 :とてた :03/02/09 20:37
>>181
「放置」って…アメリカは一年がかりでしたが。
そんなところです。
それと、「題未定」というのは>>114でも紹介しましたが、そういう題なんです…。
>>182
既出ですが、「つくる必要が無かった」ですから。
アボリジニがやってきたのが、農耕以前で、作物・家畜の候補もオーストラリアには見受けられないですし。


184 :世界@名無史さん :03/02/09 20:45
オーストラリアといえば農業大国、牧畜大国だけど
その作物も家畜も全部外来なんだよね


185 :とてた :03/02/11 00:18
>>184
北アメリカもですけどね。
けっこうこんなの多いみたいです。


186 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/02/11 00:22
七面鳥は・・・家畜では無かったか。


187 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/02/11 00:26
>185
(186の続き)まてよ、煙草やトウモロコシはどうです。


188 :アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :03/02/11 00:29
最近オーストラリアでは「日本に較べて独自の文化が無い。多文化主義の弊害だ」
などといって、移民や難民の受け入れを制限したり、
アポリジニの保護を止めようと訴えたりする政党が結構人気があるとのことです。
これは、まさに盗人の論理ですね。先祖は何様だと思っているんだろう。


189 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/02/11 00:36
>>186
某AOEでは家畜扱いです(笑)

カンガルーなんてどうでしょう?
比較的簡単に飼育できますし、向こうで以前カンガルーのステーキを食べましたが、結構いけました。
家畜化出来ない事も無いと思いますが。


190 :世界@名無史さん :03/02/11 00:43
分かっちゃいてもついつい妄想・・

乗用・食肉カンガルー
乗用・食肉・卵用エミュー
あと、北部に大量発生する蝶から養蚕のように繭を・・・とかムリすか?


191 :とてた :03/02/11 00:52
>>山野さん
シチメンチョウもタバコもトウモロコシも、みんなメソアメリカ産ですから…。
USA地域産といえそうなのは、ブルーベリーとかポポーとかの果物ぐらいです。
>>アマノウヅメさん
「ワン・ネーション党」でしたっけ。
本当の「歴史」なんかよりも、身近な「感情」の方に「納得」できるのはどこでも一緒なんでしょうね…。
>>トトメスV世さん >>190さん
それは考えてみたんですが…ウサギだって小さいから家畜の地位にいるようなものですし、
カンガルーは大きすぎますし(殴られたら危険)、
家畜化する「時間」も数百年くらいじゃ難しそうで(有袋類は、真獣類よりも知能が低い)…。


192 :世界@名無史さん :03/02/11 00:56
新大陸から旧大陸に渡った作物はけっこうありますよね。
他ページからのコピペですけど、、、

●新大陸起原のおもな食用植物

トウモロコシ(イネ科)、サツマイモ(ヒルガオ科)、ジャガイモ(ナス科)、
キャッサバ(トウダイグサ科)、ヤウティア(サトイモ科)、ニホンカボチャ・セイヨウカボチャ・
ペポカボチャ(以上ウリ科)、ハヤトウリ(ウリ科)、トマト・トウガラシ(以上ナス科)、
ナンキンマメ・サイトウ(菜豆)・ライマメ(以上マメ科)、パイナップル(パイナップル科)、
パパイヤ(パパイヤ科)、ヒマワリ(キク科)、カシューナッツ(ウルシ科)、キノア(アカザ科)

家畜はあまりなかったようですね。七面鳥とかアルパカとか、ですか。


193 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/02/11 01:01
>>191
う〜ん…知能が低いってのはネックでしょうね…。
でも、他に家畜化して効率の良さそうな在来種もいませんしねぇ…。
やはりオーストラリアの在来種を家畜化するってのは無理があるんでしょうかね?


194 :世界@名無史さん :03/02/11 01:01
カンガルーの家畜化は可能じゃないでしょうか? 
旧大陸では、ゾウまで家畜化に成功していますし。

大きくて危険なのが問題なら、ワラビーなど小さい種類のカンガルーをつかえばよろしい。
でも、肉とか皮をとるのにはいいですけど、荷役にはむかないかな。


195 :世界@名無史さん :03/02/11 01:02
>>189
食肉専用では家畜としては不足。
そんな贅沢な家畜は社会の経済的基盤にはならない。

働かせるか乳を採るかできないとね。

カンガルーの乳は美味いのか?
カンガルーを働かせることはできるのか?
どうなんでしょ?


196 :とてた :03/02/11 01:08
>>192
そう、新大陸の「デメリット」は大型家畜ぐらいなんです…
まぁ、向こうは「軌道」に乗っているからいいんですが(笑)。
>>193
植物もよさそうなのが無いんですよね…。
>>194
ゾウは正確には「半家畜化」です。
インドでも普通に「繁殖」させてません(野生のものを、飼いならしている)。
>>195
有袋類だから、乳は期待できません。
ジャンプ移動だから、荷役作業もムリでしょう。
「肉」と「皮」をとるのがいいところです。


197 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/02/11 01:08
>>195
う〜ん…皮革の使用は出来そうですけど、荷役や乳はどうなんでしょうね?


198 :世界@名無史さん :03/02/11 01:18
ま、カンガルーなどは家畜化も不可能でないにしても、向いてないということですね。


199 :世界@名無史さん :03/02/11 01:22
この本、面白そう。よく本屋においてあるけど、今度読んでみようかな。

銃・病原菌・鉄 (上・下)
――1万3000年にわたる人類史の謎
ジャレド・ダイアモンド/著 倉骨 彰/訳
http://www.soshisha.com/books/1005.htm

なぜ人類は五つの大陸で異なる発展をとげたのか。
分子生物学から言語学に至るまでの最新の知見を編み上げて人類史の壮大な謎に挑む。
ピュリッツァー賞受賞作。

何が人間の歴史を動かしてきたのか?

ヨーロッパ、アジア、アフリカ、南北アメリカ、オーストラリア。
それぞれの地で、人類はきわめて多様な社会を作りあげてきた。
高度な工業化社会もあれば、伝統的な農耕牧畜生活を営む人びともいる。
数千年にわたって狩猟採集生活をつづける人びともいる。
なぜ人類社会はこれほど異なった発 展の道筋をたどったのか。
世界の地域間の格差を生みだしたものの正体とは何か。
この壮大な謎を、1万3000年前から人類史をたどりつつ、分子生物学や進化生物学、生物地理学、
考古学、文化人類学などの最新の研究成果をもとに解き明かしていく。
本書は1998年度ピュリッツァー賞を一般ノンフィクション部門で受賞、
同年度の第6回花の万博記念「コスモス国際賞」を受賞している。


201 :世界@名無史さん :03/02/11 05:28
>>199
世界史板のIFスレ住人は必携。
作者にとって都合の悪いところを避けて書いている節が、なきにしもあらずなんだけど


202 :世界@名無史さん :03/02/11 07:22
同緯度で長距離・広範囲の社会が維持できるような
“東西に長い”大陸じゃないと、文明は育たないって説だね。


203 :世界@名無史さん :03/02/11 09:20
>>202
それもあるだろうが
仮にアメリカ大陸が東西方向に延びた形だったとしても限界があると思う。

やはり旧世界に比べて3分の1しかない世界では絶対的に狭すぎる。


204 :とてた :03/02/11 11:08
>>201
ですね。「知的好奇心」刺激されまくりでした。
>>203
それと、人口の少なささも。オーストラリアもそうなんですけどね。


205 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/02/11 12:14
>191
一応欧州の影響無しでも使われていそうなものという事で・・・
余談ですが江戸期の日本ではすでに
「煙草は北米のタンバコという美女の墓に生えた草で、別名は想思草。
中毒性があるのは彼女を男たちが忘れられなかったから。」と言われていました。
度々新大陸ネタで申し訳ないのですが、新大陸には数千年前までマストドンが居ましたね。
飼い慣らされていたら面白かったのに。


206 :世界@名無史さん :03/02/11 12:28
>>204
もちろんオーストラリアの場合はアメリカ大陸よりさらに狭くてしかも人口は絶望的に少ない。

しかしオーストラリアなら旧世界から近いからいったん文明の種さえ播かれれば
前近代の交通手段でも旧世界との恒常的な交流が維持できる。
ジャワはすぐ近くだ。

アメリカ大陸は遠いから
前近代の交通手段では旧世界と交流を維持するのは無理だろう。

だから偶然的なできごとでいいから
何か文明の種さえ播かれればオーストラリアなら文明が繁栄したと思う。

ただし、その場合はあくまでも旧世界の一部に組み込まれる形でではあるけど。


207 :世界@名無史さん :03/02/11 22:09
オーストラリアに文明伝播するにゃ、
モンゴル帝国時代の中国に「オゴデイの意図した中原の牧草化」を多少なりとも実行させる。
 そして史実以上の中国人流民を引き起こす。東南アジアとかの人口積載にも限度があろう。
新天地を求める民はやがて南洋に新たな大地を発見シる。
 そして・・・・うーん無理あるかなぁ?


208 :アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :03/02/11 22:45
>>205
日本の煙草の普及率は正確にはわかりませんが 、
江戸末期の中流の町人以上ならば、結構高かったようです。
大奥の女中(旗本や御家人の娘で一生奉公の覚悟)の官給品のリストが残っていますが
鍋とか皿とかとか重箱とかは当然ですが、必ず煙草盆があります。


209 :とてた :03/02/11 23:06
>>山野さん
マヤの雨神・チャックがそれでは…という説もあるようです。
ユーベルマンの「まぼろしの動物たち」には、「ゾウ使いらしい彫刻」があるとありましたが…。
>>206
僕の「構想」は、江戸初期の日本人の移住なんですが…、
インドネシア諸王朝も考えなかったわけじゃありません(シュリヴィジャヤ王国の版図の広大なこと)。
ただ、「交易国家」(この土地の諸王朝はみんなそう)であり、
スマトラ・ジャワという一大耕作地域を抱えていて、「未開地」への「開発意欲」は薄そうなので。
「入植」しても、せいぜいアーネムランド止まりになりそうですし…。
>>207
13世紀じゃ、ちょっとムリがあるような…。


210 :トトメスV世 ◆4sp1a5rk82 :03/02/12 00:29
>>209
そうですね、可能性が高いのはインドネシアの諸王朝かもしれません。
あるいは、古代ベトナムのドンソン文化人でしょうか?
彼らなら遺物がオーストラリア近辺の島で発見されてますしね。


212 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/02/12 00:32
>208
当時は女性も吸ってしましたからね。お歯黒が熱でよくついたとか。勿論美意識の問題もあった。
>209
チャックがですか?驚きました。
そういえばオーパーツ系の本に黄金の像の彫刻がありました。
「新大陸に象はいない」云々と書かれていた。


213 :とてた :03/02/13 00:19
>>210
ただ、アーネムランドで稲作が継続できるかどうかが、問題なんですよね。
>>212
「半分」ネタ、な話ですけどね。僕は信じたいですが(笑)。


214 :世界@名無史さん :03/02/13 01:14
そういや「鼻の長いジャガー」って中米・南米ともによく見かけますよね。
ゾウがいなくなった後、牙の長い動物ということでジャガーに変わったのかも?


215 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/02/13 16:51
>>213
そうですね、稲作には不向きな土地なのではないかと思います。
インドネシアからだと17世紀にマカッサル人が南下して野営地も作っていますが、
目的は海産物の加工や取引だったようで定着するには至っていません。
交易の拠点としてはともかく、居住地としては魅力を感じなかったのではないでしょうか?


216 :とてた :03/02/13 23:44
>>214
まぁ、ひょっとしたら「アメリカバク」を指しているのかもしれないですけどね。
水浴びをするゾウ→雨の神・チャック(トラロック)への転化はありえそうだとは思うんですが。
>>215
そうだと思います。
それに、「入植理由」が思いつかないんですよね。
「日本人の入植」も困難なんですが…。
タロイモ・甘藷・コメの混合農業でなんとか…と考えてはいるんですが。


217 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/02/14 00:18
>>216
う〜む…インドネシアの諸王朝も入植しなくてはならない理由が無いですよね。
日本人の場合も途中の地域をすっ飛ばしてまで入植する理由が無いですし…。
農耕の方は現在のアボリジニのように焼畑主体で行くしかないような気もするんですが。


218 :世界◎名無史さん :03/02/14 11:56
じゃあ、これでどう?

日本のキリシタン勢が幕府に追い出される
           ↓
フィリピン辺りに原住民を追い出して移動
           ↓
追い出された人達がジャワ辺りに移動
           ↓
        以下玉突き
           ↓
なんだかんだでオーストラリアへ。


219 :世界@名無史さん :03/02/14 16:20
オーストラリア北岸のダーウィンあたりに入植が最初はベストだと思います
その後海岸沿いに南下して最後はタスマニアまで到達すると言う流れかと


220 :世界@名無史さん :03/02/14 18:42
インドシナ方面からインド系が豪州西岸に流入する可能性は、あるでしょうか?


221 :世界@名無史さん :03/02/14 18:59
豪州の西北岸は定住目的の植民には全くふさわしくないからね。
西風に吹かれたオランダ船が漂着することがあったらしいけど、
むしろ難破の危険性が高く近づかなかったそうだ。
定住とか農耕とかの線は一切期待できないと思われ。

頑張っても華僑が真珠や干しナマコなどの海産物の為に
セレベス漁民を組織して住まわせる程度じゃないか?


222 :世界@名無史さん :03/02/14 19:39
>>221
うーむそうですか。
移民を拒絶する独立亜大陸という印象を受けますね・・・


223 :世界@名無史さん :03/02/14 20:42
>>221
西オーストラリアのパースは、「世界で最も孤立した都市」と呼ばれて
いますからね。まわりに大きな町が全くない。


224 :とてた :03/02/14 21:07
>>217
僕の「構想」では、「高山国や呂宋じゃ近すぎるので、『ぬぅほらんでぃあ』へ」と、考えてはいます。

それより先に、シュリビジャヤかマジャパヒトの後裔国家を
アーネムランドにつくておくのもよいかもしれませんが。

>>223
パース付近は史実のオーストラリアでも最後に開発されたところですからね。

海流を見ても、どこからでも行き難い島…だからこそ、独自・特異な生態系が残ったんでしょうが。


225 :世界@名無史さん :03/02/14 22:56
>>224
>僕の「構想」では、「高山国や呂宋じゃ近すぎるので、『ぬぅほらんでぃあ』へ」と、考えてはいます。

うーん、それも面白いんですけど、当時の高山国や呂宋はじゅうぶん遠かったんじゃないかという気もする。
それらとオーストラリアのあいだにはまだまだバタヴィアとかマカッサルとかもあることですし。

実際に起こった大規模追放では、
徳川幕府がポルトガル人男性と日本人女性との混血児287名をマカオに追放した、というものがあります。
その他の追放でも、マカオ、ルソン、バタヴィアあたりが追放先でした。
キリシタンがすでにいる場所に追放したわけです。

数十万人規模の追放といえども、まったく未開のオーストラリアに行かせるかなあ。
上記のキリシタンが居住している地域かその周辺に行かせるとしたほうが、妥当かも。


226 :世界@名無史さん :03/02/14 23:11
>>218
これも面白いですね。>>7にもポリネシア・ミクロネシア人が
中国南部から負け出てきたという話がありますし。

東南アジアの多くが未開だったと言っても、
実はそれらの地域に当時あった技術ではもうさほど開発の余地がないぐらいに
利用されていた場所も多かった、のかもしれません。
そこに大量の移民が押し寄せてくれば、
吸収されるか追い出されるか、あるいは殺されてしまうか、となる(かな)。

問題は、数十万人が玉突き現象を起こすのにじゅうぶんかどうか。

また、押し出されるのがあまり「文明化」していない人たちだとすれば、
その後の歴史に余り変化を起こさないという、ifスレ的には華々しさに欠ける結末となってしまいます。


227 :とてた :03/02/15 00:25
>>225
…そうなんですよね。それに当時の日本人は「海外植民」なんて考えは持ってないですし。
>>226
「押し出され」ても、当時の農耕技術じゃオーストラリア北部じゃ「生活」できそうに無いんですよね…。


228 :世界@名無史さん :03/02/15 00:51
>>227
オーストラリア北部って、そんなに条件悪いですかね。
地図帳で見るとサバナ気候に分類されているけど、サバナ気候で農業しているとこ、あるのでは。
これも地図帳で見る限りでは、インドの大部分、カンボジア、チモール島などもサバナ気候となっています。

しかし、オーストラリア北部の場合、現にあまり開発されていないところから考えると、、
やはりあまり条件が良くないのかもしれない... どうなんでしょうか。


229 :とてた :03/02/15 10:50
>>228
他所には「山地(島も含む)」があったり「大河」があったりで、水が恒常的に利用できるんですよ…。

夏期(1月頃)にはけっこうな雨量もあるんですが、
「大規模稲作」は難しそうなんです(まぁ、北から定着するにはここしかないんですけど)。

実際、オーストラリアのコメの作付地は、
ニューサウスウェールズやビクトリアですし(クインズランドとかでも可能だとは思いますが)。


230 :世界@名無史さん :03/02/16 19:18
ところで、オーストラリア北部のアボリジニーって、
大陸東南部に温帯地方があるってことを知っていたんでしょうかね? 
もし知っていたのなら、
まず北部を訪れた人がそれを聞いて→ためしに東南部を調査して確認→東南部に植民開始、
ってな流れも出てくると思うのですが。


231 :とてた :03/02/16 19:42
>>230
アボリジニは、大陸各地に満遍なく住んでました(総人口約30万人)。
狩猟採集生活というものの、「どこそこの部族の地域」というのは決まっており、
「交易旅行」(物々交換)をすることはあっても、基本的に一定地域から離れなかったそうです。
言語も、地域によってかなり違っていたそうです。


232 :世界@名無史さん :03/02/16 19:44
知らない文明があったんだよ。


234 :世界@名無史さん :03/02/19 02:09
自然発火による野火がサバンナの植生を活性化させている、
という生態系を利用して焼畑ならどう?
コウリャンやヒエなら乾燥にも強いし。
お隣のニューギニア島はサツマイモ栽培の歴史があるし(ヒョトーシテ世界最古とも)
東海岸の大分水嶺山脈なら降雨量も多いのでは?


235 :世界@名無史さん :03/02/19 02:14
え〜補足。
オーストラリアの乾燥地帯には、自然発火による野火が毎年起こり、
その炎の高熱で初めて種子がばら撒かれる植物も数多く生えています。
アボリジニもこの時期を熟知していて、サバンナに火入れを毎年行ないます。
農耕ではありませんが、これによって採集植物の収穫を増やすのだそうですよ。


236 :とてた :03/02/19 22:47
>>234
コウリャンやヒエは、乾燥冷地の作物だったような。
ニューギニアのサツマイモは、
西欧の大航海時代以前にポリネシア人の手によって南米から伝播(1200年程前)したようです。
>>235
それが故に、「農耕」を発達させる「必要性」が無かったんですよね…。
…調べれば調べるほど、さほど住み心地が良いとは思えないオーストラリア。


237 :世界@名無史さん :03/02/20 01:04
南北アメリカスレみたく少々IFをいれても良いと思うのだが


238 :世界@名無史さん :03/02/20 01:07
>>237
いやIFを入れたいんだけれど、どういうIF(ツッコミともいう)を入れたら
真っ当な(?)仮想史にまで成長してくれるのか見当つかんのよ。
文明ができるまで、足りないものが多すぎて。


239 :世界@名無史さん :03/02/20 16:14
>>238
南北アメリカスレみたいに旧世界に匹敵するという条件は無いみたいですから
文明を構想してみるだけで良いんじゃない?


241 :とてた :03/02/20 22:21
>>237-239
「時間」と「場所」を勘案して…、
シュリビジャヤの王族がアーネムランドに移住(7〜13世紀)が妥当でしょうか。
マラッカも、シュリビジャヤの王子が建設したそうですし…。

けど、せいぜいチモール島やニューギニアぐらいの版図で「安定」しそうなんですよね。


242 :世界@名無史さん :03/02/20 23:09
インドネシアはたびたび大地震や大噴火が起きるので・・・
避難民が安住の地を求めた末にオーストラリアへ到達、とかはいかが?


243 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/02/21 01:06
>>241
もしくは時間軸を遡って、
ドンソン文化の影響を受けたマレー人がアーネムランドに到達・定着すると言うのもありだとは思います。
既出ではありますが、オーストラリア近辺のタンニバル島までは到達していますから、
距離的にはあと一歩って所ですし。
最も、移動・定着のプロセスを考えるのが一苦労になりそうですが(笑)


244 :とてた :03/02/21 23:22
>>243
うーん、紀元前の青銅器・稲作文化ですか…。
「到達」しててもいいとは思います。

陸稲に似た感じの原ジャバニカなら、まだ作付はやり易…い。かなぁ…。


245 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/02/22 01:01
>>244
はい、それだとタイムスパンが長く取れるのでIFとしては面白いかと思いまして。
文明を築いた後にシュリヴィジャヤ辺りと接触するとどうなるかと言うのもありますしね。


246 :世界@名無史さん :03/02/22 01:19
>>242
縄文時代の鹿児島・喜界島大爆発の時も九州から
東南アジアへの人口大拡散があったともいわれますから
あながちない話ではないかも知れませんな。


247 :世界@名無史さん :03/02/22 02:43
カンガルーが(略

が、がいしゅつですか?


248 :とてた :03/02/23 00:51
>>245
…「既出」なネタよりそっちの方がいいですかね。
稲作・狩猟で、青銅器文化…フィリピン?
>>246
クラタカウ級だと、えらいことになるような…けど、どっちにしろオーストラリアからは遠いんですよね。
>>247
有袋類は真獣類よりも知能が高くないので…。
既出ですが、有袋類文明に興味があるなら「カンガルー作戦」(豊田有恒)を読んでみてください。


249 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/02/25 00:39
>>248
そう言えば共通点はありますね(笑)
インドネシアにドンソン文化が定着したのが前4〜3世紀頃なので、
その時点からの流れを考えてみたいですね。


250 :世界@名無史さん :03/02/25 00:58
>>248
じゃあ、いっそペンギンを人類にまで進化させてみよう。
直立二足歩行は既にクリアだ。
あ、でも手が・・・


251 :とてた :03/02/26 23:20
>>249
アラフラ海、東から西へ海流が流れてて、
「漂着」はできても、「後続」はあまり期待できそうにないです。

「持ち込める」のは、陸稲・タロイモ・タケ・クワズイモ・ニワトリ・イヌ…それと青銅器技術ですかね。
>>250
SF板向けの内容になります…。


252 :とてた :03/03/03 23:29
アメリカに「突っ込む」だけじゃなく、こっちもぼつぼつと…。

紀元前3世紀。
東南アジアには、稲作・青銅器文化をもつ民がいた。
かれらの文化はインドシナを南下し、南シナ海一帯に伝播した。
カリマンタン、スマトラ、ジャワ、スラウェシ……そしてさらに東に。
「世界最小の大陸にして最大の島」に彼らの一団が「漂着」したのは紀元前1世紀頃のことである。
今まで彼らが知っていた多島地域よりも雨が少なく乾燥していたが、
陸稲を中心に、サゴヤシ・タロイモ・クワズイモ等々の作物を栽培することに成功した。
新たな「食べ物」を持ち込んだこともあり、
先に住んでいた住民(自分達よりも黒い肌と黄金色の混じってちぢれた髪)とも、
さほど「問題」を起こさずにすんだ。

1世紀ごろまでには、先住民の交易ルートに沿うかたちで、
北部沿岸地域の河口部にいくつかの小規模村落が成立した。

ひとまずは、こんな感じで……。


253 :つるめそ :03/03/04 09:13
>>252
内陸部や、東西海岸を南下するためには、あらたな栽培植物の確保が不可欠ですね
陸稲とイモ類だけだと、インドネシア西部やニューギニアに近い北部沿岸から先へは…
土着種に何か有用なものがあるのか、ってあればアボリジニが利用しているか…
あと、ブタの持ち込みも忘れずに。
フクロオオカミ(タスマニアタイガー)には、どう対処するのでしょうか


254 :とてた :03/03/04 22:22
>>つるめそさん
…作物、無いんですよね、ほんと。
だから今のところは、アーネムランドとカーペンタリア湾の沿岸地域だけです。
複数の作物の輪作と漁業…そして交易。
ただ、厳しい環境だから、「王権」の成立・発展は早いかな…と考えてます。

ブタは忘れてました(汗)…ニワトリと同様、家畜としてはいけますね。
……「遊牧」…出来ないこともないかな?(大規模環境破壊の第一歩のような…)

フクロオオカミにしろディンゴにしろ、今はそんなに気にしてません。
「牧畜」が発達するまでは、たいして影響はないかと。


256 :とてた :03/03/06 22:05
ブタの「放牧」はやっぱりムリみたい…。

バリあたりからウシを導入して、「交易・放牧」が関の山みたいです(やっぱり北部限定)。


257 :出日 :03/03/08 03:11
やはりオセアニアに最低しておくべきだったか・・・

エミュの卵とかは交易品とかにも使えそうだと思いますよ
カンガルーも何とか牧畜みたいに出来ないのかな?



258 :とてた :03/03/08 18:44
>>出口さん
すいません、僕なんかがしゃしゃり出てて。
ただ、オセアニアでもキツイことには変わりないと思います。
イースター島、ハワイ、タヒチ、トンガ、ポンペイ、ヤップあたりで
タロイモ(一部カンショ)と漁業を元にした「石造文明」はありましたが、
皆、そんなに古くもなければ、長続きもしませんでしたから…。

カンガルー…やっぱり「巨大なウサギ」程度ですから、
「家畜化」しても旨みが少ないし、しにくいですから…。
毛皮や肉は、対外交易品にもなり得るとは思うんですが。


259 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/03/09 01:41
>>258
カンガルーですが、紀元前後の時期位までは肩高2m近い大型種も生き残っていたようですね。
上手く家畜化出来れば面白いかと思いますが。


260 :世界@名無史さん :03/03/09 13:45
カンガルーを家畜にしても、豚のようにはいかないだろうなぁ
柵とか、低いと飛び越えそうだ。


261 :世界@名無史さん :03/03/09 13:59
せめて人が載せられるか、大八車を曳けたらよかったんだが
どちらもできそうにないなー。


263 :世界@名無史さん :03/03/09 14:00
架空動物「フクロウシ」「フクロウマ」があれば・・・


264 :世界@名無史さん :03/03/09 18:44
「フクロ・ウシ」・・・・・・・ってそりゃ、

牛車や闘牛、肉牛には使えるけど
乳牛にはなりようがない。


265 :264:03/03/09 18:45
ぴょんぴょん跳ばれては、牛車にも無理か。


266 :世界@名無史さん :03/03/09 19:46
亀レスだが

火山がないなら、隕石落着でもいいのでは?


267 :とてた :03/03/09 19:55
>>トトメスV世さん
巨大カンガルーですか…南アメリカでも小型のオオナマケモノに家畜化の痕跡があるそうですが、
やっぱり難しいでしょう。
アボリジニには家畜化の概念がないし、入植者も「間に合わない」でしょうし。

小型のネズミカンガルーあたりはウサギの代わりにもなりそうですが、既にブタがいますし…。
ディプロトドンという体長3mのサイやゾウの生態的地位の動物もいましたが、ディンゴにやられました。
>>263
「架空動物」は…やっぱりダメです(笑)。

と、否定だけではなんですので、「今後の流れ」ですが、
北部地域への農耕技術・ウシ遊牧はなんとかできたので、
東南部への農耕技術波及(サゴヤシ・タロイモ)・・2世紀
アーネムランドへのインド商人・文化の渡来・・3世紀
仏教伝来・・6世紀

を、考えてます。
畜力も、ウシだけじゃ弱いので、史実に合わせて(19世紀ですけど)、
ラクダを導入しようと思うんですが……8世紀ぐらいが適当ですかね。


268 :トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/03/10 22:35
>>267 とてたさん
う〜ん、やっぱり現在のオーストラリアのカンガルー牧場のような訳には行きませんねw
インドネシア航路の確立が5世紀頃の事ですので、
インド商人の到来は6世紀頃でも問題ないのじゃないでしょうか?
また、6世紀に仏教伝来とありますが、インドとの交流があるのならば東南アジア諸地域のように、
まずはヒンドゥー教文化が根付くのでは無いでしょうか?
8世紀頃に最初のヒンドゥー教石造伽藍完成なんてのも面白いとは思いますが(笑)
また、ラクダを導入するなら、イスラム商人の到来後が一番自然ではないかと思いますので、
13世紀以降の方が適当だと思いますね。


269 :とてた :03/03/10 23:49
>>トトメスV世さん
現在のオーストラリアでも、
カンガルー(北部アボリジニの語)は「養殖」してないそうです…動物公園くらいなんだとか。
あと、海外用交易品ですが、
タバコ(自生種がありました…噛みタバコしかできないらしいですが)にユーカリ油もできそうです。
・インド商人の来航
あ、そうか…「4世紀にはインド文化が定着」とかいっても、
ジャワ止まりですしね・・・もうちょと遅れますわな(汗)。
7世紀には、パレンバンに大乗仏教の「センター」(義浄が学んだ所)が出来てるので、
いいかな…と思ったんですが(アボリジニのドリーム・タイムは、「禅定」に比定できそうですし)。
けど、ヒンズー文化の方が先にきますね(ナーガ=虹蛇とする、神殿…)。
・ラクダ
日本への渡来が奈良時代だから、唐に朝貢した時に…と思ったんですが、やっぱり都合よすぎますかね。
けど、13世紀じゃ西洋人の来航までに「間に合う」かなぁ…。

もちょと、考えてみます!


272 :とてた :03/03/13 21:12
えーと、もう少し進めてみます。

2世紀〜3世紀。
北部地域海岸部に幾つかの集落が成立して、かなりの時間が流れた。
漁業も盛んであり、集落同士を繋がる交易ルートは陸上・海上の双方があった。
特に陸上ルートでは、ウシに荷を背負わせる方法が用いられた。
ウシは、昔ながらの先住系氏族にも取り入れられ、イヌと共にウシを連れて半乾燥地帯を移動していた。
しかし、南北を結ぶルートでは、人とイヌのみの移動方法しかできなかった。

農耕技術も、定住民以外にも徐々に取り入れられつつある。
東南部では、海岸湿地にサゴヤシ、川辺にタロイモも植え、定期的に移動する氏族も増え始めた。


こんなかんじで…。


273 :つるめそ :03/03/13 21:21
中世東南アジアの海上交通は、
現在のフィリピン−ボルネオ−セレベスあたりをつなぐ三角形が一つの要になっていたそうです
これを、もう少し東へ引っ張る要素があれば、一気に歴史は動くと思われるのですが…
鉱物資源とか、何かないですかね?

ウシは、ニューギニアにも到達してないからなぁ…


274 :出日 :03/03/14 18:28
>>とてたさん
ディプロトドンって紀元前2000年頃まで生きてたの?

エミューを家畜化出きるのではないでしょうか?
皮とか油とか卵も取れますし家畜化が出来たら良いと思うのですが・・・


275 :世界@名無史さん :03/03/14 18:52
卵を生むものの家畜化ってむずかしいような…


276 :世界@名無史さん :03/03/14 20:42
>>275
ニワトリは?


278 :出日 :03/03/14 23:28
エミューの家畜化は出来る気がするけど・・・


279 :とてた :03/03/15 00:07
>>つるめそさん
あかんやってもた…それじゃ、ウシは5〜6世紀の渡来になりますね。
もういっぺんやり直さんと…。
>>出日さん
ディプロトドン、アボリジニ神話に「カディカマラ」という名前で出てくるそうです。
まぁ、UMAとしての目撃例
(「大ウサギ」「大二本歯(ビッグ・トゥ・ティース)」と呼ばれているとか)もあったりはします。

エミュー……たしかに、走鳥類の中ではイイ線行きそうですね(おとなしくて、蹴らない)。
ただ、カンガルーよりは「マシ」なレベル…。
「荷役」や「騎乗」は…、できるかなぁ。


280 :とてた :03/03/19 22:58
いろいろ調べてみましたが、「エミューの家畜化」なんとかなりそうです(定住しなきゃなりませんが)。

2〜3世紀に農耕が東部地域に伝播・徐々に定住化。
4〜5世紀にインドネシア東部島嶼との交易・東回りルート開始。
6〜7世紀にインド商人来航・ヒンズー文化渡来。

の流れで、考えてみます…。


281 :とてた :03/03/23 11:56
さて、2〜3世紀を立てなおし。

大陸北西部に定着した農耕民は、着実に地歩を固め、先住民と同化しながら、その技術を広めていった。
沿岸部に、ポツリポツリと高床式住居の集落が散在し、カヌーを利用して相互に交易も行われた。
内陸部とは、海産物・農産物と、狩猟産物の交換が行われた。
とはいえ、高度技術である稲作は大陸北部より以南へは伝播していない。

大陸東南部では、定住という様式と、サゴヤシ・タロイモ、
そして土着のヤムイモの利用が先に伝わったようだ。
前述の作物を海岸部・川の側に、「作付」し、半定住という様式から始まった。
樹皮の小屋(ミアミア)に数家族の女・子供達が「定住」し、男達が狩りに出かける…。

ある日、そんな集落の中の一つで、子供が孵ってたばかりの数羽のエミューのヒナを見つけてきた。
普通なら、食材として利用するのだが、比較的裕福なこともあり、「飼育」をしてみることになった…。

数年後、この集落では軽い荷物を運んでくれる「家畜」を手に入れた…。


これなら、いける…かな?


284 :とてた :03/04/28 22:27
さてと、久しぶりに…。

4〜5世紀。
この頃には、東部・南部地域でも定住する居住様式が普通になってきた。
大河地域・山間部河川沿岸・海岸部等には、数百人の人口を抱える村落も各所にみられる。
家畜である、ディンゴ(狩り)とエミュー(輸送)、
北から伝わったブタ(食肉…ただしご馳走)も珍しいものではなくなった。
はるか北部・北西部への沿岸交易ルート(カヌー)も確立している。
この結果、中央部や西部との交流はかえって疎遠になった
(こちらはエミューが使えない為、相変わらず人力のみだった)。

最先進地域である北西部では、更に遠いチモール島・バリ島とも渡洋交易が始まっていた。


285 :世界@名無史さん :03/04/28 22:33
ぶーめらん


286 :世界@名無史さん :03/05/06 02:08
パプア人が来てもしょうがないしなぁ。イモとブタとサゴヤシ位なら力になれそうかな


287 :とてた :03/05/06 20:40
>>286
実際には来なかったですしね。
とはいえ、10世紀ごろにはカンショを「渡来」させるつもりですが…。
歴史時代まで行くのは大変…2012年12月23日さんの苦労がわかります。


288 :世界@名無史さん :03/05/06 23:46
>286
弓矢がオーストラリアに伝わるだけでも結構革命的かもね


289 :世界@名無史さん :03/05/08 00:52
ダーウィンがあるアーネムランド半島あたりを上陸地、先進地としてるけど一つ問題があるような。
あそこの主要な鉱物ってウランとかボーキサイトとか近代にならなきゃ利用価値がないものばっかり。
その当時の文明発達に不可欠な鉄が足りないんじゃないだろうか?


290 :とてた :03/05/08 21:48
>>289
現在の鉱山レベルじゃなくて、砂鉄程度ならあるんじゃないかなー、と(笑)。

それに、「顔料」の利用としての鉄鉱石産地はあったらしいです。


291 :世界@名無史さん :03/05/09 01:06
オーストラリアの地面がどこでも赤茶けているのは
酸化鉄の色だそうで、案外容易に砂鉄が取れるそうな。

同じ土質のブラックアフリカでもやはり、粘土から焼いた土器に
鉄分が結晶化して鉄ハケーン!という製鉄起源説も出ていますから
豪州でも道は険しくはないかもよ?


292 :とてた :03/05/10 10:09
>>291
ちょっと安心。

元々、ドンソン文化人は青銅器を使ってましたから、独自に鉄器に移行してもいいのかもしれませんが、
鉄器製作技術が伝来した方が手っ取り早い気もします……どうなんでしょうかね。
(実はそのあたりはそんなに深刻に考えてませんでしたが…)


296 :とてた :03/06/04 20:44
また久方ぶりに…むずかしいです。

6世紀…そろそろ「歴史時代」かな?

この頃、東南アジアにはインド商人が渡来していた(金・香辛料目当て)。
従来のバリ〜チモールへの交易ルートを伝うように、彼らは大陸北東部へやってくるようになった。
金・珊瑚・真珠などと交換する形で、鉄器・製鉄技術やコメ・ウシなどがこのとき渡来した。

ティウィ(メルビル島)、ララキア(ダーウィン)、ムルンギン(アーネムランド東部)、
ウナンバル(ロンドンデリー岬付近)、ウィワ(カーペンタリア湾沿岸)
といった地域の国王・貴族階級(とはいえ、「村落国家」レベルだが)に
ヒンズー文化が伝わったのもこの頃だ。
これら北部地域はインドネシア地域同様、港市国家としての道を歩み始めていた。

しかし、ヒンズー文化の影響はインドネシア地域より小さいものに留まった…。
なぜなら、彼らには祖先から伝わった「夢占」(ドリーミングのこと)の方が
重要かつ規範的に流布していたからだ。


297 :世界@名無史さん :03/06/26 01:22
史実でも白人以前から大陸を南北に縦断する交易ルートが何本も広がっていたそうです。
おおまかには北海岸⇒南海岸という流れが一番盛んだったようです。

かのウルル岩ことエアーズ・ロックは徒歩旅行の目印:ランドマークとして
かなり遠距離の(1000キロ近く離れた土地の)諸部族にも存在が知られていたほどですから
今分かっている以上に大陸内の行き来は頻繁かつ多様だったのかもしれませんな。


298 :世界@名無史さん :03/06/26 09:22
始皇帝を騙して大船団で蓬莱を目指すふりして逃亡した徐福でしたが、
悪いことはできないもので台風で船団は難破、なぜかインドネシアまで流されてしまいました。

漂着先の土地で一悶着起こして追い出され、
そのまま帰る訳にもいかず困り果てていた徐福に土地の漁師が言いました。

「南の海の果てに誰もいない巨大な陸地がある」

こうして徐福率いる残りの船団はオーストラリアを目指しましたとさ。


299 :世界@名無史さん :03/06/26 17:40
その想定でも、徐福は中国へ帰ってこられないんだから、植民は不可能じゃない?


300 :世界@名無史さん :03/06/26 19:31
童男童女三千人・五穀の種子・百工で時間は1900年あるから文明興せないかな。


301 :世界@名無史さん :03/06/26 19:56
台風で難破という設定だからなあ。

とりあえず種子・百工等技術は徐福ともども都合良く無事だとして、
最低どのくらいの人口がいれば文明興せるものなのかね。
アボリジニも適宜同化するとして。


302 :とてた :03/06/26 23:17
>>297
北部の真珠貝は、大陸の3分の2の地域へ渡っていたそうです。
「砂漠を徒歩」というところで凄さを感じてしまいます。
>>298-301
中国からオーストラリアへは、かなり行き難いですから…。
史実でもモルッカ諸島・チモール島住民がアーネムランドへやってきたのは
そんなに古いことではないですし。

数千人程度の漂着民なら、場所さえよければ「定住」はできると思います…が、
上の方で検討したように、北部オーストラリアって条件不利地なんです。


303 :とてた :03/07/13 09:27
さて、また久方ぶりに…少しだけですが。

7世紀後半、インドネシア地域にはシュリヴィジャヤ(室利仏逝)王国が優勢を誇っていた。
スマトラ島のパレンバンを中心に、大乗仏教を奉じた一大地域貿易国家
(拠点港市と貿易ルートの支配)である。

唐の渡印僧・義浄が、パレンバンに往時・復時に数年間滞在し、後世に貴重な記録を残した。
その「南海奇帰内法伝」に以下の記述がある。
『滞在中に珍しい風体(南蛮人よりも大柄で黒肌)をした修行僧達に出会う。
 彼らの故国、摩莱牙(マレガ)国では古くから禅定(ウォンガー…彼の国での謂)が行われており、
 昨今、禅定を説明できる仏道を求めること盛んになった』と。

これが、初めて中国の史書に登場した記録である。
ただ、唐本土への進貢船の派遣は、8世紀はじめになってマレガ北部が統一されてからであった。


306 :とてた :03/08/05 23:48
下がってるので、あげます…。

今更だけど、完全に「私物化」してるな…むぅ。


311 :世界@名無史さん :03/08/11 10:57
気候のいい土地がある東南海岸は
アジアから見るとちょうど大陸の真裏側なんですよね・・・いちばん遠いのネトホホ

近場で・・・ニューカレドニア方面から東岸へ航海民が渡来、ってのはムリかな。
メラネシアにはイモ類もブタも豊富で有用植物も多いのでどうかなあと。

いい具合に季節風も海流も大陸東岸に向かうので
漂着の可能性も低くはない・・・かも?
定住せずとも交易路が開けるだけでも、発展へのよい刺激になりそうです。
 

315 :世界@名無史さん :03/08/11 14:00
徐福説はどうですか?
結構逝けそうですが…

濠州後秦帝国萌え


316 :世界@名無史さん :03/08/11 15:04
旧世界との交流が維持できれば徐福到着で文明が発達できるだろう。
しかし、旧世界との交流が維持できなければ
オーストラリアは独自に文明を発達させられるほど大きな世界ではない。
交流が維持できなかったら徐福が持ち込んだ文物もすぐに忘れられておしまい。

旧世界との交流を前提として文明が発達するということなら
それが千年か二千年早くなる以外は史実と全く変わることはない。


318 :世界@名無史さん :03/08/11 18:05
>>316
数千人じゃ無理すかね。

インドネシアあたりの島々経由で転々としてってたどり着いた
のだから、百年くらいしたらその経路で細々と交流が始まるとか。


319 :世界@名無史さん :03/08/11 20:17
中国から出発したらむしろ手前のフィリピンか日本あたりで
居付いて終わってしまう気がします・・・

はるか南半球まで行くのはちと無理がないかいな。

むしろ大小スンダ列島の火山が大爆発をし、いやおうなく避難する羽目に
なった大量の避難民が、降灰の被害の届かない「風上の土地」を
目指して島伝いに東遷した末に未知の大陸に上陸、とかは?

物資の不足を補うべく、いずれ帰還することも考えながら
ティモール島あたりを介して小スンダ列島との交易路を維持した。
交易のために戻った者が未知の大陸の噂を故郷に広め、それを聞いた者が
オーストラリアの富を求めて交易船に同行し・・・と拡大していくとか
どうだろか?


320 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/08/11 22:28
>>311
ニューカレドニアは、あんまり「発展」してませんでしたから…。
アテオアロアに到達したマオリ族もサモアからですし。
>>316
たしかに、僕の流れでも「発展」はしなさそうです…オランダ領にしたくはないんですけどね。
>>319
いや、ジャワ島が壊滅する規模じゃないと…実際にあった火山噴火でも、
波及はバリ島までです。

マカサン人(ティモール人)は、15世紀ごろにはナマコを求めてアーネムランドに来てましたけどね。


322 :世界@名無史さん :03/08/11 23:28
後世の噴火ではありますが、太古にもしもこれ↓級の火山爆発があったら・・・
「人間の歴史に残る最も大きな噴火は、インドネシアのスンバワ島にあるタンボラ火山
 で1815年におきました.タンボラ火山は直径60km海抜2850mの火山で、この噴火で
 できた直径6km深さ1kmのカルデラが山頂にあります。1812年から噴火を始め、1815年
 4月に大きな爆発を起こし7月まで続きました。この時の噴火の爆発音は1800km離れた
 場所にまで聞こえたと言います。また、火山の周辺では、噴火後3日間は、昼でも
 真っ暗であったといいます。この噴火の際に放出された火山灰や軽石の量は150立方km
 にも達すると見積もられています。この噴火で約1万人が死亡し、そのあと餓死・病死者が
 スンバワ島で38,000人、隣のロンボク島で44,000人が出るなど、死者の総計は92,000人
 にも達しました.犠牲 者の数でも史上最大でした。また、翌年の北半球の夏は平均気温が
 0.7度低くなったといいます。

 http://hakone.eri.u-tokyo.ac.jp/kazan/Question/topic/topic115.html より

タンボラ火山のあるスンバ島からオーストラリア大陸までは直線距離で1000`弱かあ。
けど実際に爆発しないことにはね・・・・オーストラリア史、道のりは険しいトホホ・・・


323 :世界@名無史さん :03/08/11 23:52
>322 おっかねえ〜(((ガクブル

トレス海峡ではニューギニア島との間に現在まで常時交易が続いているみたいだよ。
向こう岸も向こう岸だがw・・・けどイモの渡来だけでも大きな一歩か。
ちなみに海峡の向こうでもブーメランが使われていたそうな。


324 :世界@名無史さん :03/08/12 00:12
ニューギニアと交流があったなら文明社会まであと一歩じゃないか。

オーストラリアから最も近い文明社会というとスンダ諸島かな。

オーストラリアとニューギニア間は200km
オーストラリアとスンダ諸島間は600km
3倍の差か。



325 :世界@名無史さん :03/08/12 00:20
いちおう>33、>199で既出ですが、
オーストラリアに文明が生まれなかった理由に関しては
『銃・病原菌・鉄』でくわしく考察されてますな。

そもそも先住民がどこから来たのかに始まっていろいろ書かれていますが、
ニューギニアでは農耕が行われていたのに大陸に伝わらなかった理由としては
気候のほかに
「島伝いの交易といっても、どの部族も隣の島よりも遠いところには行かなかった」
という理由があるようで。


326 :日本@名無史さん :03/08/15 05:45
アボリジニ同士で戦争とかなかったのかね?


327 :世界@名無史さん :03/08/15 06:06
>>326
観光用民族衣装に盾のようなものがあった気がする


328 :世界@名無史さん :03/08/15 06:16
>>324
スンダ列島といっても、文明化していたのは、スマトラ、ジャワ、バリあたりの西の方で、
東の小スンダ列島はオランダもポルトガルも半分放置状態、
日本が占領した頃でもまだ人喰い土人が跋扈していた未開地帯。


329 :世界@名無史さん :03/08/15 15:18
そこに徐福船団搭乗ですよ。


331 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/08/15 22:08
>>326
あったことはありましたが、儀礼的側面も大きいもので「殲滅戦」にまで発展したのは、
白人到達以後のアボリジニの生活圏が侵食されてからでした。


332 :日本@名無史さん :03/08/16 16:47
スポーツ感覚のやつだね。
勝った方が牛や若い娘を持って帰れるみたいなパターンの。


333 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/08/19 22:01
>>332
そっちじゃないです。
「相手が呪った」とか「先祖の聖地を汚した」とか…。

あと、現在でもアボリジニは地縁・血縁的概念がかなり強力に残っています。


334 :あー:03/08/19 23:10
混血が進んでるから、どうなんだろ。
白豪政策下の飼い殺し・アル中地獄のダメージがどう影響しているか。


336 :世界@名無史さん :03/08/23 21:22
いまNHKでフクロライオンの特集やってますよ〜


337 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/08/23 23:01
>>334
「奪われた世代」ですね…都市部では下層労働者の位置になっていますが、
アボリジニの伝統・生活環境そのものが、狩猟採集生活に特化していたのが遠因でしょう…。
>>336
なかなか面白かったです。


339 :世界@名無史さん :03/10/05 23:50
「銃・病原菌・鉄」でもわざわざ一章を割いて
豪州大陸&ニューギニア島とアジアとの隔絶について考察していましたね。
IFでもなにかうまい突破口はないものか・・・


340 :世界@名無史さん :03/10/06 18:07
カナダやアメリカでも先住民の同化って上手くいってないね。
南米だと人種的にインディオでも文化的に
白人化してるみたいだけど。


341 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/10/06 21:32
>>339
まぁ、アメリカ同様「他所からの大規模移住」しかよい手段ガ無いんですけどね。
いいかげん「続き」も書かんと…。
>>340
「同化政策」の是非は問うべきだと思いますが。
先住民政策は、どこも「大同小異」といえますし。


342 :世界@名無史さん :03/10/07 20:42
アボリジニの同化も進んでるみたいね。
人口の半数以上が白人化してるとのこと


343 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/10/07 23:05
>>342
元々の人口が少なかったのと、病気・狩りの影響です…。
アボリジニ「のみ」の地域も北部にはありますけどね。


344 :世界@名無史さん :03/10/08 00:59
余談ですが、マカダミアナッツってオーストラリア原産だったんすね・・・
多聞に漏れずワイハー特産と思い込んでた厨丸出しの漏れw


345 :世界@名無史さん :03/10/14 19:23
カンガルー騎兵が登場した。もちろん袋に入れる小さい人が戦士。


346 :世界@名無史さん :03/10/14 19:31
欧米人のもたらした疫病は米大陸の先住民をはじめとして
世界各地で災禍まきちらしておりますな。
文字通りの厄病神か。


347 :世界@名無史さん :03/10/14 19:32
って不思議に思うんだけど、日本人はヨーロッパ人から伝染して
蔓延した病気ってコレラと梅毒くらいかなぁ?
免疫ついてたんかな。


348 :世界@名無史さん :03/10/14 19:38
金の国ジパング。
銀の国アルゼンチウム・・・もといアルヘンティナ。


349 :世界@名無史さん :03/10/14 22:12
オーストラリアはダイヤの採掘量で最近トップに登ってきたね。
まだまだどこに埋もれているかわからないもんだ・・・


350 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/10/14 22:25
>>344
ハワイでは「ハワイ原産のもの」の方が少ないですよ。
とはいえ、オーストラリア原産で栽培作物になったのはマカダミアナッツぐらいですけどね。
>>345
アカカンガルーでも子供ですら袋には入れそうにないです。
>>347
古くは渡来人、新しくは中国船の来航から疾病が蔓延しています(仏教伝来時とか平清盛の熱病とか)。
新大陸よりは「マシ」だったとは思いますが。
>>349
アボリジニの領土返還要求もあって、今後は採掘可能面積は減りそうですけどね。


351 :世界@名無史さん :03/10/14 22:39
>>350
カンガルー便はだめじゃったか・・・・。がっかり。


352 :世界@名無史さん :03/10/27 16:00
あれ?そういえばオーストラリア大陸も
白人が伝染病持ち込むまではユーラシアの伝染病には免疫なかったんでしたっけ?
天然痘とか。


353 :世界@名無史さん :03/10/27 16:27
倭冦はオーストラリア沿岸まで行ってたらしいが。


354 :世界@名無史さん :03/10/28 22:59
遣豪使でも来てくれないかなw


355 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/10/29 21:52
>>352
アボリジニが定住生活をしていなかったのでよくわかっていませんが、
かなりの人口減少があったのは事実のようです。


356 :世界@名無史さん :03/10/29 21:59
>>347
アイヌ人は和人から梅毒が伝染してムラごと消滅したケースがある。
明治以降の急速な村落崩壊は疫病に対する免疫の無さも手伝った。


357 :世界@名無史さん :03/10/29 22:22
ユーラシアでも免疫がなかった地域もあるんだよね・・・

白人接触以前にインドネシア人等と交易していて無事だったのかな。


358 :世界@名無史さん :03/11/04 10:32

J.ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」のくだりより:

「オーストラリア大陸の南東部は、食糧生産に適した湿潤な地域であり・・・
 独自の食糧生産システムの確立に通じる進化の過程を歩き始め・・・・
 彼らは既に、冬には集落を構えて暮らしていた。
 漁獲を集約的に確保するために、罠(簗のことか?)や網、長い掘割などを
 作って周辺の自然環境を管理するようなこともしていた。
 (もし白人がこの進化を止めなければ)彼らは魚の養殖池を造ったり、
 オーストラリア・ヤムイモや、小さな種子の実るイネ科の作物を栽培して
 いたかもしれない。」
 

359 :世界@名無史さん :03/11/08 14:15
2000年ほど時間があれば…

やっぱ徐福船団しかないかな。


360 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/11/17 22:51
4ヶ月もほってる…そろそろ次書きますね。


361 :世界@名無史さん :03/11/18 18:46
いよっ待ってました!

ジャワ島あたりまで来ていた「海のシルクロード」の
交易網の一角とドキーングできるとがぜん交流が増えそうですね。


362 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/11/22 00:33
>>361
お待たせしました(待っててくれた人、いたのね(照))。

8世紀 マレガ北部の統一
長く部族ごとの小規模村落国家が並立していたマレガ北部だが、
その統一は貿易による先進地域だったティウィ島人によってなされたものではなかった。
地理・貿易上の優位に立つティウィ人に対する反感を糾合するかたちで大陸側諸族の共闘がとられ、
ムルンギン族が中心となって成立したのがジャンカウ朝である。
しかし、敗者となったティウィ人にも「統一国家」の建設は数多くの利点をもたらした。
マレガでは卓越した航海術や、いち早く受容していた仏教による思想上の優位は動かしがたいものがあり、
彼らの力無くしては新国家の運営は立ちゆかなかったのだ。

ジャンカウ朝は石造建築の王宮・仏教寺院が並ぶ新首都・ブラルゴプラを建設し、
パレンバンへの修行僧の留学や唐への進貢船の派遣など、
海外の文物を積極的に取り入れた大乗仏教国家としての体裁を整えていった。


363 :世界@名無史さん :03/11/24 21:47
久しぶりに訪ねたら豪州文明史続いていたのね!
今後の動向が楽しみ。海外に雄飛するか、大陸を制覇するか・・・


364 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/11/24 22:43
>>363
気長ーにお待ちください。
(「いや、アメリカのHPを先に作れ」と言われそう…あっちも諦めてません。
web作成板を除いて凹んだりしてますけど)。
アボリジニの神話・伝説を調べたり、オセアニア事典を読んだりしてますので……。

ティウィ族というのはメルビル島にいるアボリジニで、
大陸諸族よりは東南アジアに近い文化制度だったそうです。
ムルンギン族はアーネムランドの支族の一つ…実はこの地域、到達年が古いこともあって、
言語・民俗の分化が一番進んでいるんですが、あまりやるとややこしいので省いてます
(…自分で読んでてもわからないのを他人がわかるように書ける腕はないです)。

ジャンカウ神話というのは、アボリジニの漂着伝説で、
ブラルゴ島という伝説の地から、アーネムランドにたどり着いたジャンカウという男が主人公です。


365 :世界@名無史さん :03/12/30 00:55
ビデオで「裸足の一万マイル」見ますた。
「盗まれた世代」の詳しい話を映画で見たのは初めてで。
ラストで実話の姉妹が登場します。マジで1500`を徒歩で帰ったのか・・・スゴイ


366 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/12/31 12:04
>>365
僕は未見だったり。

「徒歩での超長距離移動」は、アボリジニでは「普通」なことだそうですが…凄いですよね。


367 :世界@名無史さん :03/12/31 16:04
>>365
先日レンタルリリースされた新しい映画ですよね。

8歳と6歳の姉妹ですが、逃避行の随所にサバイバルの知恵が登場します。
砂漠のアボリジニ伝統の技術なのでしょうか・・・
飲み水や食料の調達、有用な動植物の知識、さらには追っ手を「マく」方法まで。すごすぎるw
オーストラリアアカデミー賞受賞作とありました。
派手な演出はないものの思わず見入りました。
この姉妹が今も存命で、ラストシーンで登場して二度びっくり。


368 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/01/02 08:52
なかなか良さそうな映画ですね。

…架空史の方、数日中にもうちょと進めてみます(なんとかアボリジニの生活の本を読めたので…)。


369 :世界@名無史さん :04/01/03 03:02
ヨーロッパ人がオーストラリア大陸に入植してまだほんの200年・・・

J・ダイヤモンドタンの「銃・病原菌・鉄」では、
「豪州原産の有用作物が乏しかったのため農耕が発生しなかった」と説いてますが、
まだ「白人にとって」未発見の有用植物はかなりあるのでは、とも思います。
薬用・嗜好品用に近年人気のティーツリーが有用と知ったのもアボリジニに教わってのことですしね。
まだ不毛大陸とあきらめるのは早い!かな?


370 :世界@名無史さん :04/01/03 22:46
ブタって乾燥気候には弱いのでしょうか?
あまり聞かないですが・・・え?砂漠やステップじゃエサがないべよって? それもそうか・・・


371 :370:04/01/03 22:49
いやほら、お隣のメラネシアやインドネシアには沢山いるからふと、ね。
でもあっちは熱帯気候だから殖えるのかもなあ。
オーストラリアに連れてくるのは容易でも、その先養えるかな・・・


372 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/01/03 22:58
>>369
薬用植物の知識は生半可なものではないのは、どこの地域でも同じなんですが、
砂漠・熱帯地域以外のアボリジニ社会はあっというまに崩壊してしまったので……。
一例を挙げると、上の方にも書きましたが、タバコ(ピトゥリ)を古くから知っていました。
>>370
餌のこともあるんですが、そもそもブタの皮膚が乾燥地帯には耐えられないんだとか。
ニューギニアのブタの飼育も、食品残渣を餌にしている程度ではさして有効な方法じゃなかったりします。
…狩りをした方が容易に肉が手に入りますし。


373 :世界@名無史さん :04/01/08 10:10
>>353
ソースキボン
煽りでは無く、本当に知りたい


374 :世界@名無史さん :04/01/08 11:43
つか「ソースきぼん」は煽りじゃないでしょう。


376 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/01/10 23:40
>>373
とりあえずこのスレでは「前期倭寇がバンダ海まで来ていたので、アラフラ海まで来ていても…」
といったところですか。


377 :世界@名無史さん :04/01/11 17:58
>>376
記録に残ってるわけじゃないんだ、、、

あんな人居ないとこ行っても海賊行為や商売なんか出来ないだろうから
倭寇の中に探検・冒険野郎が居たのかと思って期待したべ


378 :世界@名無史さん :04/01/15 19:30
たとえば・・・
「ジャワ・マラッカまで通っていた倭寇は、香辛料が高く売れると知るが、
 ジャワ商人から高くふっかけられ手が出ない。いっそ原産地のモルッカまで
 自ら出向いて現地人から手に入れよう、と思い立ち、東へ向け船出した・・・」

香辛料も手に入り、行きはよかったが帰りに暴風雨に巻き込まれ、
気が付くと乾燥した未知の大陸に上陸していた・・・

ってのはムチャか。


379 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/01/15 22:38
>>377-378
日本や中国では香辛料はさほど重要視されていませんでした。

だから、真珠・珊瑚・ナマコ・白檀を求めての「到達」そのものは、「完全否定」はされてません。


380 :世界@名無史さん :04/01/19 00:48
悲願の大陸縦断鉄道開通記念age


381 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/01/19 22:32
>>380
去年でしたっけ、ダーウィン−アリススプリングス間開通…。

正直、「まだつくっていたんだ」と思いますた。


382 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/01/31 10:40
「数日」がほぼ一ヶ月…。

8世紀当時のマレガ内外について。
この頃、長年の繁栄を誇ったシュリビジャヤ帝国が、
中部ジャワに興ったシャレインドラ朝に圧倒されていた。
シャレインドラ朝は瞬く間にインドネシア地域に覇権を確立し、今に残るボロブドールを建設した。
それに押されたマレー人が、西はインドから遥かマダガスカルへと達していた(…これは少し後の話)。
マレガ方面へは、ティモール島までその覇権は及んだが、ジャンカウ朝との直接対立は起こらなかった。
(シュリビジャヤからの「難民」は受け入れていたが)

ジャンカウ朝の範囲は、東はウェイパ(ヨーク岬半島)、西はウナンバル(ダンピアランド)へ達していた。
内陸部へは定住居住人口が少ないこともあり、各朝貢部族がいる状況だったが、
交易ルートは細々とながら続いていた。

東部・南部では、農耕技術の定着がさらに進み、河川流域での幾つかの国家が統合されつつあった。
北部地域との大きな差は、女性を王に頂いた諸国が多くみられたことである。
これは、伝統的に農耕は女性が司ることから派生したものらしい。
北部地域との海路での大型カヌーを使った交易により、様々な文物も流通するようになった。
遊行僧の行脚により、仏教(もっとも、自然崇拝・夢想行が重視されるという、マレガ仏教の初期形態)
が全土へ拡散・定着したのもこのころである。


383 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/03/04 21:37
うーん、「統一」の方がいいのかしらん。


384 :世界@名無史さん :04/03/08 01:35
上げ


385 :世界@名無史さん :04/03/23 22:03
今のところ家畜はディンゴ・エミュー・ブタでしょうか?
スイギュウはインドネシアのどのあたりまで住んでいたんでしたっけ・・・
ニワトリも東南アジア原産だった記憶が。
文化や産物など地域色が多様になると面白くなってきますね。


386 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/03/25 22:06
>>385
えーと、家畜の利用は、アーネムランドでウシ、ヨーク岬半島でブタ、東南部でエミュー、
ほぼ全域でディンゴです。
ニワトリは…北部から東南部かしら。

…地域色の多様化、僕としてもやってみたいんですけどIFの幅が広がるので、
ご期待に沿えるかどうかは…。


387 :世界@名無史さん :04/03/28 02:34
そういやオーストラリアってこれといった天災があまりないよね。
地震や火山もほとんどないし。
しいて探せば夏にサイクロンが暴れるくらいか。(それさえも恵みの雨だったりするw)
乾きさえどうにかすれば安全な場所ではあるわけだな・・・


388 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/03/29 00:07
>>387
地震・火山が少ないが故に肥沃土が少ない、ともいえますけどね。
旱魃が最大のネックですね…最近は、数年・数十年・数百年に一度の大旱魃が連続して発生していますし。
今年は大丈夫のようですが、去年は小麦の自給が出来なくなる程でしたし。


389 :世界@名無史さん :04/03/29 15:26
海沿いの地域以外は砂漠みたいってのがどうにもよくないね
人間は鉱物食っても生きられないんだし


390 :世界@名無史さん :04/04/02 10:14
砂漠の真ん中に核で湖つくってユートピアの夢を見よう


391 :世界@名無史さん :04/04/08 21:28
>390
でかい塩湖と化す罠w


392 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/04/09 00:00
大陸中央部に大山脈があればよかったんでしょうけどね。

イギリス人の探検当時、「大陸中央部には大湖がある」という説が有力だったそうです。


393 :世界@名無史さん :04/04/11 16:34
内陸は水がある場所と思えば大抵塩水・・・有効な産業は放牧くらいかね。
もうウシが飼われている時代だからどんなもんだろか?

文字はすでにあるんですよね。
仏典の翻訳等が盛んなようなので
アボリジニの言葉を表記できる独自の文字は生まれているようですかね。
大乗仏教を取り入れているとこからすると漢字?梵字?
小乗仏教系が渡来していれば南インド系表音文字が来ていそう。
インド系文字は順応力が高いので東南アジアの大半の言語に分化・適応して根付きました。
音素構成が簡素なアボリジニの言葉を表記するのはごく容易なはず。

でもしばらくは、学問を修める者はパーリ語や漢文を学ばないと高度な内容を
表現できないかな?


394 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/04/12 00:37
>>393
実はそんなに向いてるともいえないんですよ>放牧
スカラベのような糞の分解者が少ないので、ハエが大発生…。
(現在は他地域から導入してますが)

インド文字の情報、ありがとうございます。
マレガの宗教は、自然崇拝を伴う大乗仏教です。
文字はサンスクリット=梵字を使用してます。
実は、アボリジニの言語は部族ごとにかなり異なっているんですが、
そのあたりは深く考えないようにしています…。


395 :世界@名無史さん :04/04/13 00:55
オーストラリアにもアジアやアフリカのようなオアシスってあったっけ?
オアシス村づたいにキャラバンルートができたらいいね


397 :世界@名無史さん :04/04/13 21:24
>395
大陸を横切る交易路はあったみたい。
ただ、定住できるような水場はあるかねえ・・
意外と大鑽井盆地の川沿いは遺跡が多いから人口多かったのかもよ?


398 :世界@名無史さん :04/04/13 23:59
オーストラリア大陸の降水量地図を見ると大陸中央部は年平均100_程度の砂漠地帯。
そのただ中にたった一箇所、孤島のように
エアーズロックの場所だけ年平均250_を超えているのにはワラタヨ
雨雲がぶつかるんだね。


399 :世界@名無史さん :04/04/14 21:29
スレの冒頭のほうでも言及されていたが、
豪州大陸の乾燥気候の原因の一つに人為的に森を焼いたことが関わっているのでは、
という話、ありうるかも。
現代でも建国後のイスラエルでは全国で植林を進めた結果、
衛星写真からでも判別できるほど緑被率が増し、降雨量も増えたそうな。
国境をはさんで隣国のエジプト領側やヨルダン領側と雨量が分かれるほど。


400 :世界@名無史さん :04/04/14 22:37
世界一平坦な大陸より愛を込めて400ゲット


401 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/04/16 22:51
>>395 >>397
交易路とはいえ、人力だけですので「水源」も植物の根を掘り返したりで…。
史実でもラクダの導入(アフガニスタン産)まで四苦八苦してました。
>>399
僕の流れでは、せめてマーレー川くらいは「断流」が無いようになっている…と思います。


402 :世界@名無史さん :04/04/19 23:39
>398
エアーズロックの場所だけ雨が多く降るのは本当なんだな。
高さ348b、周囲9`か・・・
(クフ王のピラミッドでさえ高さ146bだよトホホ・・・)
古墳並みに土を盛ったら雨降ってくれるかなw?
もし王の墓としてなら
「陛下が民のために恵みの雨を授けたのだ〜」と民への誇示に使えたりしてw

日本の前方後円墳は奇しくも雨水のたまった堀が溜池となって
地元の農民からも水源として重宝されたそうだし。


403 :世界@名無史さん :04/04/21 22:17
気候の乾燥した中国・山西省の炭田地帯で、ボタ山が
数・量ともに増すにつれて
風上側で年間降雨量が増えたという報告があるそうな。


404 :世界@名無史さん :04/04/21 22:29
人工的にそういうの狙って作った例はないの?


405 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/04/24 00:41
>>402
技術的にも文化的にもちょと難しそうな…。
クメール朝あたりは、ため池利水技術が盛んといえそうですけど。
>>404
ちょっときいたことが無いです。


406 :世界@名無史さん :04/04/24 08:34
オーストラリアから日本あたりに昔、人が移り住んだかも、というのは荒唐無稽な話なんでしょうか。
なぜこんな事を思ったかというと、四国のとある太平洋岸沿いの片田舎に移り住んだのですが、
周辺の住民が、男も女も皆少し小柄で、クチビルが分厚く、彫りが深い。
夫などモロにミクロネシア(?)系・・・
よく分からないけど、ポリネシア系より、眼光鋭く、体が筋肉質、、という感じ?
肌も普通の日焼けというより、灰色っぽいからオーストラリア系ですよね。
四国とオーストラリアって形も似てるし、、、。妄想かな;


407 :世界@名無史さん :04/04/24 08:38
妄想以前だ。頭悪すぎ。


408 :世界@名無史さん :04/04/24 12:22
まあそう言いいなさんなって。
高知県は確かに独特の風貌が多い印象があるよ。
>>406で挙げた容貌は何人か思い当たるよ。
縄文系が濃く残ったのかもしれない。
同じ四国の他の三県とも陸路の往来は少なかったというから
古い形質が残ったのかも。

アボリジニはさておき、ネグリトが日本列島に移住して
縄文以前の日本の基層人種となった説は現存していると思うが。
世界各地に残る「小柄で色黒でおとなしい先住民」の伝承は
アボリジニの伝承にもアイヌの神話にも登場するしね。(コロポックルとか)

余談だが、雨乞いで火を焚くのは、煙の粒子が空気中の水分を付着させ
雨粒を形成するからだそうな。あながち迷信だけじゃなく知っていたのかな。


409 :世界@名無史さん :04/04/24 17:30
>>408
ありがとうございます。
四国・ネグリクトで検索したら
ttp://sapporo.cool.ne.jp/walavi/j_003.htm
こんなページを見つけました。
ユーラシアと陸続きの時に「メラネシア系の海洋民族や
ネグリト族が定 住していた。」という事が書いてありました。


410 :世界@名無史さん :04/04/26 00:15
>>408
>雨乞いで火を焚くのは

実際、アボリジニは(焼畑ではないが)毎年草原に火を放つよね。
野火の高熱で発芽する植物があるのでこれを促すのと
灰が土を肥やすためではあるが、もしや・・・水分供給の目的もあったりしてw
 

411 : :04/04/26 08:50
人間のように不完全な幼児状態が長い程、知能が発達が発達する。
幼児を不完全なまま長期間保護できる有袋類は、知能の発達に適しているといえると、

そこで、オーストリア大陸だけ、知性化した有袋類による文明が発達したら面白かったのに。
上陸してきた白人を迎え撃つカンガルーボクシング部隊!
フクロモモンガ飛行部隊!コアラ癒し系部隊!

こりゃかなわんと征服を諦めた西洋人から近代文化を学び、近代国家誕生。
オーストラリア代表は、五輪でも幅跳びとかメダル独占。


412 :世界@名無史さん :04/04/28 18:24
袋エイプに進化するには時間が足りないかもしれない


413 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/04/29 00:40
>>406
「日本は世界地図の縮図」というのは、「竹内文書」からでしたか…。
>>410
「アボリジニの野焼き」ですが、
彼らの意識中では「楽しいから」というのも大きかったそうです。
「狩猟の手段としては多すぎる」(なおかつ失敗も多い)
「邪魔な草を無くす」(…意図した結果ではないんじゃ?)
という民俗学的考察もあります。
>>411-412
何度も出してますが、「カンガルー作戦」(豊田有恒)をどうぞ。
南米有袋類人類が出てます。


414 :世界@名無史さん :04/05/02 17:30
>南米有袋類人類
つーことは胸は袋にある?
なんかつまんね。


415 :世界@名無史さん :04/05/09 14:50
ドラえもんのモデルタイプに失礼なw


416 :世界@名無史さん :04/05/16 15:16
ダイヤモンドタンの「銃・鉄・病原菌」
注文したYO


417 :世界@名無史さん :04/05/16 23:27
イイナー
オーストラリアの立地についてのくだりはどうでした?
文明発達の余地はありそうですか?


418 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/05/18 23:58
>>417
…ムリ、との結論でした。


419 :世界@名無史さん :04/05/25 22:36
>>416
銃・病原菌・鉄だよ。


420 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/05/30 10:15
アメリカとの絡みが出てきましたので、も少し加速しないと…。

9世紀。
シャレインドラ朝が一時の栄華を誇りながら、再びシュリビジャヤ帝国が復興したこの頃。

マレガ内でも地域統一・再編が進んでいた。
歴史を積み重ねつつあるジャンカウ朝は、
牛兵部隊を駆使して交易拠点として重要度・自由度を高めていた
ウェイパを再び傘下に収め、余勢を駆ってターバル(クインズランド中部)までを版図とした。
これに触発される形で、東南部諸王国でも
カンバイジェリ・カメライガル・エオラ・ウルンジェリ・ナリニェリ・ハンジェラング
(クインズランド南部〜アデレード付近まで海岸沿いに表記)が勃興した。

ジャンカウ朝はまだ散発的に唐と通交をしていたが、
従来の宝石等の他にカンガルーの毛皮やジャラ(ユーカリ)油、ピトゥリ(タバコ)も
輸出品目となっていた。


421 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/07/13 22:23
IFネタは「勢い」が無いとできないですね…あうぅ。


422 :世界@名無史さん :04/07/21 00:07
オーストラリアにアボリジニー以上の文明がなかったのは、
「狩猟採集民段階で留まっていたから」という逆説的結論だと思う。
ピンポイントでも農耕牧畜文明が始まっていれば、他に伝播し、
定住化、富の蓄積による部族の発展、部族間戦争、都市国家建設、と
旧世界同様の社会発展が「平行進化」したと思う。
いったんムーブメントが起これば、千年もあれば十分。
結果、もう一つの「インカ帝国」あるいは「中華帝国」がオーストラリアに
発生し、大航海時代の西欧と対決することになったかも。


423 :世界@名無史さん :04/07/21 00:13
と、馬牛羊豚のような、家畜となり得る動物が身近にいなかったのはハンデか。
犬さえも比較的最近だったらしいし。
カンガルーとか有袋類を家畜にするのは、ワニを家畜にするのの次ぐらい、
難しそうだ。


424 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/07/21 21:34
>>422
クインズランドあたりにサツマイモ栽培が…。
と思わないでもないですが、
ニューギニア側での初期農耕じゃ、オーストラリアの狩猟経済の方が優位だったでしょうし。

>>423
有袋類は真獣類よりも知能が高くないそうですから。


425 :世界@名無史さん :04/08/22 03:28
という間に月例アゲ

ちょいと調べてみたら南西部のパースあたりが孤島のように好気候地帯だ!
しかしよそから隔絶しすぎだわ・・・文明発達するには苦しいねこりゃ。


426 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/08/24 23:04
>>425
実際のオーストラリア開拓でも最後に入植したところですから。
(それも、イギリスが先に他国にとられないよう…と)

ちなみに南西部のアボリジニは白人達を「蘇ってきた先祖」と扱ったので、
関係は比較的良好だったようです。


427 :カトー:04/09/08 18:58
めちゃくちゃ申し訳ありませんが
南北アメリカで世界規模の動乱の世紀が到来しますた。
A(;−−)てわけで
当然ながら南洋でも南明と日本そしてパチャ(南米)側の
タワンティンスーユやニカラグアを巻き込んだ緊張関係がおとずれます。
何分経済的利害+宗教戦争ゆへ

ちゅうわけでマレガを絡ませるかどうか悩みます。
状況次第ではマレガの大発展の可能性もでるかと思うので
ちとカキコ


428 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/09/09 00:29
>>427
8世紀も開いてるんですよね…こっちももうちょと進めないと。
とりあえず、ジャンカウ朝以降は少し戦乱はあるものの、
15〜16世紀には大陸丸ごと統一させるつもりではあります。

史実と南北アメリカIFと両方進めてよいかと。


429 :世界@名無史さん :04/10/09 06:02:59
ウマが伝わったら騎馬民族が誕生するにはいい地勢かもね。
欲をかくなら砂漠の舟ことラクダがホスイ・・・


430 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/10/09 22:29:41
>>429
アーネムランドが熱帯圏なので、ウマはあまり活躍できなさそうなんですよね。
インドネシアでもあまり重要な地位にはなかったようですし…。

ラクダについては、上手い手がないか考え中です。


431 :世界@名無史さん :04/12/05 13:06:29
精肉・皮革・脂肪・羽毛・卵殻、そしてもしかすると役畜?
捨てるところ無しですなあ、エミューって。
http://www.erabu.net/abafarm/

>422さん
銅管です。このIF豪州史でいう「有史前」の時代に、例えば
ニューギニア島方面と交易があれば(アボリジニにとっては)
画期的な文化要素が伝播したかも知れませんね。
東南アジアからの高文化を柔軟に受容する土壌を築けたかも。
(あまり文明差が大きすぎると新来の文化に圧倒され、独自色が薄れて
 「東南アジア文化圏の一辺境」となりかねない、ってのは杞憂かな?)
・タロイモ作・バナナ作(気候が合うかな?)
・ブタ飼育
・帆走いかだ&カヌー
・弓矢(矢毒の製法含む)
・貝貨
・大型木造建築技術
・音響遠隔通信?(木製スリットドラムを鳴らして集落間で交信)

内陸・沿海ごちゃまぜですが(笑)


433 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/12/11 11:40:18
>>431
初めの方でも幾つかありますが、
ニューギニア文化だけではそんなにインパクトが無いんですよね…。
影響が及びやすいのはクインズランド沿岸ぐらいですし。

史実では初期農業に魅力が無かったから…だそうですが。

>>432
個人的には「東南アジア文化圏の一辺境」でもそれはそれでよい気はしますが。
とはいえ、インドネシアがイスラム化するのに比べ、
マレガは南方大乗仏教国(…だから描写に苦労したり)ですので特異な文化ではありますよ。


434 : ◆2chDQN8zns :04/12/19 18:42:28
なるふぉろ…


436 :世界@名無史さん :04/12/20 15:41:08
オージービーフ


437 :世界@名無史さん :04/12/22 07:14:24
味はともかく、牛肉では一番まし


438 :世界@名無史さん :04/12/25 20:59:58
そういやアボリジニって船か筏を持っていましたっけ?
カヌーあたりかな。海で漁をする映像は見たことあるし・・・


439 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/12/28 23:38:53
>>438
北部ではカヌーですが、東南部では筏に近いものだとか。
硬い木材が熱帯地域でしか手に入らなかったので、樹皮でカヌーがつくられました。


440 :世界@名無史さん :05/01/08 08:19:26
それなりに体系だった宗教や哲学がないと文明は無理ぽ


441 :世界@名無史さん :05/01/08 11:40:22
大乗仏教が伝来した設定。過去レス読んで味噌。


442 :世界@名無史さん :05/01/12 00:04:25
しかしマレガ仏教ってどんな感じになるんだろうか?
チベットにならぶ最後の密教の王国になりそうだから、
17世紀あたりに仏教留学生が日本からやってきたりして。


443 :世界@名無史さん :05/01/18 12:15:59 0
やはり文字が伝わらなかったのは大きなマイナスだと思う
文字がないと科学を発展させれないから、文字を持つ文明には必ず負ける


444 :世界@名無史さん :05/01/19 01:32:11 0
まあ武力で圧倒する道もあるわな。遊牧帝国でも無文字社会は多かったし。


445 :とてた ◆0Ot7ihccMU :05/01/24 21:24:08 0
>>440
ある程度の時間と人口があれば「独自発達」しますけどね。
>>442
さて…。
ヒンズー風味の南伝大乗仏教+自然崇拝でしょうか。
日本との関わりもどうしましょ。
>>443-444
アボリジニの場合、狩猟採集生活で騎獣がいなかったので
「物を持ち運べなかった」ことも大きいかと。
(食べ物をとる道具以外には邪魔なだけ)


446 :世界@名無史さん :05/02/05 16:11:59 0
史実では豪州大陸で一番人口密度が高かったのはどの地域だったのだろう?
現在のオーストラリアは東南海岸が一番多い(というか大陸人口の大半がここの住人か)
ようだけども。


447 :世界@名無史さん :05/02/06 18:49:11 0
貝塚が多く見付かる=定住人口多し、であるならば
>446の通り、大陸東南の海岸部でおおむね合ってると思われ。
やっぱり雨の多い所は好物件なんだねえ・・・


448 :とてた ◆0Ot7ihccMU :05/02/07 23:39:34 0
>>446
北岸の熱帯圏も人口密度は高かったようです。
(…現在に比べて東南部の人口が低かった相対的なものではありますが)


449 :世界@名無史さん :05/02/13 17:29:36 0
実際のところ今と変わらんだろう。砂漠にも住もうという奴はおらんだろう


450 :とてた ◆0Ot7ihccMU :05/02/19 11:39:26 0
「アボリジニーの神話」(K・ラングロー・パーカー)からネタ採取中…。
神話というより昔話みたいですが。

ニューサウスウェールズ西部のユアーライイ族だけなので「問題」はあるんですが、
ニューギニア→ガーバラー(北)
タスマニア→ガンヤームー(南東)
というのは使えるかと。


451 :世界@名無史さん :05/03/13 00:24:30 0
>>450
おお!・・・ということは「大陸」の人もニューギニアやタスマニアなど
他の陸地の存在を知っていた、ということ?
NSW州からニューギニアはかなり遠く、タスマニア島とは人の行き来が
途絶していたと聞いたが、かつてはどうだったんだろう?


452 :とてた ◆0Ot7ihccMU :05/03/13 21:44:57 0
>>451
…いえ、>>450は架空史用の「ネタ」です。混乱させてすみませんでした。

タスマニアへ渡ったのは「徒歩」のようで、周辺部でも渡海技術はありませんでした。
それどころか、何故か魚食がタブー視されていた形跡すらあるそうです。


453 :世界@名無史さん :2005/03/24(木) 16:56:33 0
ネタで思い出したが、オーストラリア大陸ってオーパーツや超古代文明の類の珍説を聞かないよね。
ムー大陸の線で三ネシアはあれこれ持ち上げられて話題になるのに、片や
オセアニア最大の陸地に何もないのは不思議といえば不思議だ。
(まあオセアニアは巨石遺跡があるしね)
ネタでもトンデモの類でも何か話題に登るようなものは豪州大陸にないだろうか。


454 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/03/24(木) 22:57:58 0
>>453
アボリジニの壁画で「後光」がさしていたり
ヘルメットを被っている(ように見える)人物のモチーフがありますが、
御多分にもれず「宇宙人」とされていました。


455 :世界@名無史さん :2005/04/17(日) 21:24:53 0
インドネシア史を調べていたらふと発見。
早くも6世紀にシュリービジャヤ朝の勢力がイリアンまで及んでいたらしい・・・
結構古い時代に惜しい近さまで接近していたんだな。


456 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/04/18(月) 23:11:54 0
>>455
インドネシア地域では古くから知られていたとしてもおかしくはないんですよね。
…大規模交易をする魅力が無いだけで。


457 :世界@名無史さん :2005/05/21(土) 14:06:25 0
月例ホシュ。


458 :世界@名無史さん :2005/05/31(火) 10:19:01 0
日本人が米や豪に到達してたとする。
家康は目障りな大大名を移転させる
豊臣家カリフォルニア100万石とか上杉家ウェリントン150万石
島津家キャンベラ120万石とか毛利家ダーウィン200万石とか。
参勤交代が地獄。勿論特権与えず一年おきに。
結果有力大名消滅。日本安泰。


459 :世界@名無史さん :2005/05/31(火) 10:26:39 0
木曜島までは江戸期にも日本人定期的に漁にきてたわけでしょ?
今考えると昔の日本人すげーよな。モリで鯨に立ち向かったり


460 :世界@名無史さん :2005/05/31(火) 19:49:26 0
>>458
そのような施策はありえない。
もしやったとしたら海外大名が南蛮色目と連携して
キリシタン勢力と呼応襲撃に来る危険性を考慮しなくてはならない。
 それにそれだと徳川幕府と海外諸侯の関係が
豊臣と五大老くらいの力関係になるので以下に幕府でも
取り潰したり参勤交代のごり押しは困難


461 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/06/04(土) 21:43:55 0
>>458
キャンベラ以外全て外来起源です。

南北アメリカよりも先にこちらをする<つもり>ではあります…。


462 :世界@名無史さん :2005/06/05(日) 08:10:42 0
西進する白人と、東進する日本人+インディアンで三つ巴になりそうな?
どの辺で衝突するかな


463 :世界@名無史さん :2005/06/06(月) 00:59:56 0
>>462
オーストラリア大陸の話?
なぜにインディアンが・・・


464 :世界@名無史さん :2005/06/06(月) 04:59:07 0
>>463
スマン。アメリカとごっちゃになってた('A`)


465 :世界@名無史さん :2005/06/11(土) 12:27:37 0
オーストラリアの遺跡というと住居跡と壁画群くらい?
採集狩猟民でもストーンサークルレベルは築くことはできそうだが、
豪州大陸では建造物や列石・石像の類は聞いたことないなあ。

移住生活には無用の長物ではあるか・・・


466 :世界@名無史さん :2005/06/29(水) 00:10:13 0
ほしゅ


467 :世界@名無史さん :2005/07/18(月) 12:01:24 0
>>465
東海岸は貝塚が多いそうだけど、定住してたかもよ。


468 :世界@名無史さん :2005/07/23(土) 19:30:47 0
濠洲 (一〜四)
大阪毎日新聞 1942.3.3-1942.3.6(昭和17)
ttp://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00504019&TYPE=HTML_FILE&POS=1&TOP_METAID=00504019


469 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/07/26(火) 23:38:46 0
>>465
マーレー川流域で大規模な梁や貯水池を構築していたようです。
>>467
定住というよりは季節的移動の方が正しいかと。


470 :世界@名無史さん :2005/08/07(日) 17:51:28 0
オーストラリアから北西に700キロほど離れたスンバ島まで巨石文化圏が
近接していたんだね・・・なんかもったいない気もする。あと少し足を伸ばしてくれたらなあ。
http://tokyo.cool.ne.jp/isekibaka/hisyo/report/sumba/sumba3.html


471 :世界@名無史さん :2005/08/07(日) 18:24:12 0
なぜ文明は字、字は文明という風潮が今もまかり通っているのでしょうか?


472 :世界@名無史さん :2005/08/07(日) 22:30:24 0
ん? 「文字使用の有無が文明の条件か否か」っていう意味?
必須要件ではないかも知れないが、
主だった古代文明の多くは地域独自の文字表記体系を考案しているんだよね。
それでもアンデス文明などは十分文明の資格を有していると思うよ。


473 :世界@名無史さん :2005/08/08(月) 01:02:46 0
>>1

、、、入植者とその末裔は、アボリジニに劣ると言う皮肉?


474 :世界@名無史さん :2005/08/09(火) 06:21:01 0
入植者の到来以前に、という意味だと思うよ。


475 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/08/13(土) 22:17:24 0
>>473
入植型植民地化される以前に独自文明が発達していたら…、
ということです。


476 :世界@名無史さん :2005/08/22(月) 13:38:30 0
オーストラリアはイギリスのウェールズ地方に似ていたことから、
当初ニューサウスウェールズと呼ばれていたのですが、
いつオーストラリアに名称が変更されたのでしょうか?


477 :世界@名無史さん :2005/08/22(月) 13:53:22 0
自己解決


478 :世界@名無史さん :2005/08/22(月) 17:19:10 0
>>430
アラブ商人がマレガに到達し、マレガでも商人を中心に
イスラム教がひろがり、その教えに則ってメッカ巡礼にいった
一人の大商人が現地で見たラクダの便利さに大いに感銘をうけて、
大金を投じてこれを買い求め、連れ帰って繁殖させるというのはどうでしょう?

アラブは馬の名産地でもありますし、
同じ手で馬も持ち込むこともできるかもしれないですし。


479 :世界@名無史さん :2005/08/22(月) 18:16:05 0
しかし、自分で書き込んでおいてなんですけど、
イスラム教の伝来は様々な技術や作物、家畜の
導入が期待できる反面、将来の宗教対立の土壌を
用意してしまうことになりそうなことなんですよね。

商人たちは、自分たちの商業活動に有利なイスラム教に改宗し、
やがては国家宗教として採用されることを望むでしょうし。
仏教を信仰する王族や貴族階級と、イスラム教を信仰する
商人階級が対立したり、イスラム教圏と仏教圏が成立し
別々の民族としてそのまま現代にいたり、スリランカのような
血みどろの紛争を繰り返す羽目になると言う可能性すらあり得ますし。


480 :世界@名無史さん :2005/08/22(月) 20:02:22 0
>>476

そもそもはニューホラントでなかたでしたっけ?


481 :世界@名無史さん :2005/08/22(月) 21:32:01 0
>>479
西アフリカやマレー圏のように軟着陸できるといいんですけどね。 <イスラム受容

イスラム受容がリスク大なようならば、ヒンドゥー教を介したインドとの交易で
ラクダやウマを(欲をかくなら乾燥に強いヤギ・ロバ・ヒツジも欲しいところ)
手に入れるのも無理なく行なえそうかも。
インドでも西部のラジャスタンやシンド一帯ならば砂漠の家畜はひととおり揃ってますしね。

映画「裸足の1万マイル」で登場する、馬を駆ってアボリジニの男が砂漠を行く姿は絵になりますなあ。
あんな感じだろうか?


482 :481=フェニキアの末裔 :2005/08/23(火) 00:34:07 0
ウマに限ると、少なくとも白人到来までにはスンバ島まで伝播していたようです。
スンバ馬という馬種も存在するようです。

オーストラリアまであと一渡りじゃん!
一応おソース:http://www.pandantree.com/html/about-sumba.htm
 

483 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/08/27(土) 00:15:47 0
とりあえず、イスラムはマレガに導入するつもりはないです。
マレガは南方仏土で行きます…。
史実でもバリ以西はヒンズー圏が存続しましたし。

やはりラクダはインドからの方がよいようですね。


484 :世界@名無史さん :2005/08/29(月) 01:15:10 0
探してみたら写真あったよ。これかあ。  <スンバ馬
http://www.equinst.go.jp/JSES/jes/5_2.html
 

485 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/09/02(金) 01:04:53 0
>>484
小型馬なんですね。


486 :世界@名無史さん :2005/09/04(日) 11:59:06 0
\________ ______________________/
             O モワモワ
            o
豪州大陸の荒野を疾駆するアボリジニ騎馬民族萌え〜
王「馬を持て!今日はカンガルー狩りじゃ」 臣「ははっ!直ちに!」
 

487 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/09/05(月) 23:22:23 0
ウマの導入に僕が否定的なのは、
アーネムランドではなんとかなっても他地域まで
ウマで移動するのが困難そうだからで…。

牧畜そのものも(近代手法ならともかく)、
営農困難の地域の方が多いので…。
(食糞昆虫が少ないので、あっというまに荒廃しそう)


489 :世界@名無史さん :2005/10/08(土) 08:21:36 O
絶滅したデカイ鳥がいなかったっけ?
それを家畜にすればいいんじゃね
品種改良してチョコボみたいのつくれば良し


490 :世界@名無史さん :2005/10/08(土) 09:50:41 O
最初イギリスの植民地で採算が合わないから手放したんだっけ?金山とか関係あったっけ?


491 :世界@名無史さん :2005/10/08(土) 12:16:14 0
有袋類で文明あったら南北アメリカよりスゴイ。
(南極にあったらペンギン鳥帝国だが…ちなみにペーパーバックではありません)


492 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/10/16(日) 00:32:35 0
>>489
とりあえずやっていますが、
厳密に考えるとかなり難しいですよ>家畜化・改良
エミューは絶滅していません。

>>490
当初から流刑植民地で、
ゴールドラッシュの発生はしばらくたってからでした。

>>491
真獣類よりも知能は高くないですから、
「文明」までいくのはかなり大変かと。
「カンガルー作戦(豊田有恒)」でも解説で言及されていました。


493 :フェニキアの末裔 :2005/10/24(月) 00:32:13 0
偶然面白い画像を見つけたのでウプします。

大陸中央部のアボリジニのパンづくり:
http://www.samuseum.sa.gov.au/tindale/F1/grass_seed.htm

粉食文化があったのは意外でもあり、けれど乾燥地帯では世界共通の選択なのかも。
写真はイネ科キビ属の野生穀物「otteta(オッテタと読んでいいのかな)」
の種子を食べるまでの工程。
「収穫」「脱穀」「製粉」そして「生地こね」「灰焼き」・・・
もしも農耕を行なっていた時の光景をかきたてられそうで興味深いです。
 
余談ながらアジアイネに近いイネ科イネ属の草も種子が食べられていたようですよ。
作物化はさておいても、探せば有用植物は意外と多いのかも。
 

494 :フェニキアの末裔 :2005/10/24(月) 00:40:03 0
>イネ科イネ属

ざっと探しただけでもオーストラリア自生の種が4種ほど見付かりました。
http://www.knowledgebank.irri.org/wildRiceTaxonomy/default.htm#meridionalis/Oryza_meridionalis.htm

おいしいかな(笑)


495 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/10/26(水) 21:46:15 0
>>493
なんとあられもない写真…。
アボリジニはパン食文化といえなくもないそうです。
現在は小麦にとって代わられていますが、イネ科草本以外にシダ類の根も使用したとか。

>>494
東南アジアから持ち込んだイネと交雑してくれたら、
乾燥に強い形質が得られるかしら(…そんなに簡単に行くものではないのですが)。


497 :世界@名無史さん :2005/12/03(土) 21:58:39 0
なんで?


498 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/12/07(水) 21:41:12 0
>>497
現在の育種技術や栽培技術でも耐乾燥性のイネは困難ですので…。


499 :世界@名無史さん :2005/12/08(木) 21:37:09 0
アボリジニの言語は文法的に非常に簡単だそうなので、
文明があれば世界中に広まったかもしれません・・・


500 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2005/12/11(日) 11:03:34 0
>>499
言語の難易と普及はあまり関係が無いかと。
「支配者の言語」だということが第一では。


501 :世界@名無史さん :2005/12/28(水) 13:02:35 0
でも言語オタクの間に普及する。


502 :世界@名無史さん :2006/01/03(火) 02:10:16 0
シュワちゃんの故郷。


503 :世界@名無史さん :2006/01/03(火) 02:36:28 0
>>502
ラが余分だ


504 :世界@名無史さん :2006/01/03(火) 06:25:18 O
メル・ギブソンもオーストラリア人ではない。
彼はニューヨーク生まれで13歳の時に親父さんの
仕事でオーストラリアに移住。両親もアメリカ人。
「オーストリア」人シュワルツェネッガーが勘違いされている以上に
ギブソンは勘違いされている。


506 :世界@名無史さん :2006/01/04(水) 23:23:49 0
ジャレド・ダイヤモンド御大の新著「文明の崩壊(上・下巻)」読みますた。
下巻のオーストラリアの章、農耕・牧畜ともに条件不利すぎな大陸だったのね・・・トホホ
やせた地味、乾燥気候、塩漬け土壌・・・
結局あの大陸では採集狩猟が一番長続きする生業なのかなあ、と思ってしまいもする。
文明発展するなら頼みの綱は熱帯気候の北部か、湿潤な東部・東南部かなあ。


507 :世界@名無史さん :2006/01/05(木) 23:04:12 0
表土0.8平米に塩分90kgの土壌ってマジかよ!
下巻に載ってたけど。
ニューギニア内陸部は逆に塩分不足に悩んでいたから、
輸出できればいいな(笑、熱帯の湿気がw)


508 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2006/01/06(金) 22:54:09 0
>>506-507
民俗学や農業・環境の書物でも、オーストラリアはヒトの生活居住適地とはされていません。
現在の農産物輸出大国というのが近代農業の賜物(不安定なもの)だということがよくわかります…。


509 :世界@名無史さん :2006/01/08(日) 22:30:02 0
>>508
そんなに貧しい土地でよくあれだけの生活水準が維持できて、
農産物輸出大国になれますね。土地が貧しくてコストがかかるのに
農業にしろ牧畜にしろ食料を競争力のある価格で輸出できるのはなぜ?
その原資というか豊かさの元はどこから来ているんだろう。鉱工業関連ですかね。


510 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2006/01/15(日) 21:56:23 0
>>509
新大陸型農業は旧大陸のそれよりも生産費が安くすみますから。
環境コストは従来は勘定にはいってませんし。


511 :世界@名無史さん :2006/01/17(火) 08:22:51 0
ええ


512 :世界@名無史さん :2006/01/19(木) 20:24:00 0
今、生き残っているアボリジニはほとんどが
白人との混血と聞きましたが、やはりアメリカの
黒人のように白人の妾のようにされていたと
いうことでしょうか?


513 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2006/01/22(日) 21:08:15 0
>>512
……妾、というよりは慰み者扱いかと。
娯楽も無い半砂漠の牧場にいる男性のところに全裸の女性がやってきますた→以下略
小麦粉や砂糖を与えることもあったようですが、
暴力行為に及ぶことが多かったのもご想像通りかと。

まあ、アボリジニは明確な一夫一婦制ではないのですが。


515 :世界@名無史さん :2006/03/05(日) 12:11:21 0
再来週の「世界・ふしぎ発見!」はアボリジニ特集みたい。
いよいよ史上初の豪州オーパーツが登場するかも?


516 :世界@名無史さん :2006/03/05(日) 22:54:43 0
>>515
多分、ウルルとか良くてドリーミングの話でしょう。
でもトレス諸島で何かが海から上がった話を聞いたことがある。


517 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2006/03/14(火) 23:01:58 0
「4万年前の足跡」でしたっけか。

オーパーツはともかくヨウイーが出てきたりして。


519 :世界@名無史さん :2006/03/25(土) 21:02:26 0
始まったぞ!
2万年前の足跡が大陸東南部のウィランドラ遺跡から大量出土!とな。
当時の生活を探る話かな。


520 :世界@名無史さん :2006/03/26(日) 03:20:37 0
結構、面白かったね。
カンガルー島に渡った話は特に面白かった。
アボリジニに簡単な渡海技術ってあったんだね。


526 :世界@名無史さん :2006/04/08(土) 17:31:23 0
>>1
文明が発達しなかったのは、豪大陸は大河無く水が不足しているから。


527 :世界@名無史さん :2006/04/08(土) 18:07:35 0
つユカタン半島、ナスカ平原

他の文明地域と隔絶しすぎていたことが一番の原因だろうね。
家畜はともかく、土着の有用作物については意外と貧弱というわけでもないし。


528 :世界@名無史さん :2006/04/09(日) 00:20:00 0
>>527
ユカタンもナスカも他の文明と隔絶してるとはいえないだろうか?
オーストラリアの場合はジャワとはそんなに離れている訳ではないし。
オリジナルの農業文明が発展しなかったのは狩猟生活に順応しすぎていたからなのでは?
あとはもうちょっと時間があれば・・
早い段階でジャワあたりから移民が来ていれば
だいぶ変っていた可能性があると思う。


529 :世界@名無史さん :2006/04/09(日) 00:39:59 O
もしオーストラリアに文明があって遺跡が現存すれば、
今頃は観光名所になってるだけだろ。
中南米を見ろよ。


530 :世界@名無史さん :2006/04/09(日) 00:57:36 0
オーストラリアに限らずどこでも大抵そうだろうに。
ところでイラクやパキスタンの古代遺跡は一体どれほどが観光地になっているんだろうな。
観光地にしたくとも政情が阻んできたせいだろうな。

>>528
>527が挙げたのは>526を受けてだろうね。


531 :世界@名無史さん :2006/04/09(日) 13:56:17 0
>>527
ニューギニア島やニュージーランドにまで
サツマイモが渡来していながら、オーストラリアに伝わらなかったのが不思議だ・・・


532 :世界@名無史さん :2006/04/14(金) 19:25:27 0
中国人が定着し第二の台湾になっただろう。


533 :世界@名無史さん :2006/04/14(金) 19:35:50 0
ニュージーランドは第二の朝鮮として世界第二の先進国に


534 :世界@名無史さん :2006/04/15(土) 13:07:58 0
ナマコ漁に来た中国人が北部から定着し、第三の台湾になったはず。
第二の台湾はボルネオー蘭芳公司


535 :世界@名無史さん :2006/04/15(土) 15:55:46 0
そして豪漢全席はカンガルーとコアラの姿煮マカダミアナッツ和えw


536 :世界@名無史さん :2006/04/15(土) 19:57:14 0
漢民族は来ることが出来さえすれば適応力・生活力が強いようだ。


537 :世界@名無史さん :2006/04/15(土) 20:46:33 0
山岳地帯がなかったことで逆に狩猟文化が長く続いてしまったのでは?


538 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2006/04/15(土) 21:23:26 0
>>526-528
グレートディバイディング山脈やマクダネル山脈が5000m及だったら良かったんでしょうけどねえ。

>>531
海流の問題と、ヨーク岬半島が耕作不適だったからでしょう。
とはいえ10世紀頃に東南部にポリネシアから定着してもそんなに発展はしなかったかも…。
(ニュージーランドぐらいが精々では)

>>537
そもそも水の便がよくない乾燥地域では狩猟・牧畜の方が有利ですし。


540 :世界@名無史さん :2006/05/05(金) 18:50:16 0
陸の幸がだめなら海産物はどうだろう。
こないだ買ってきたクルマエビはアラフラ海産と書いてあったがw


541 :世界@名無史さん :2006/05/05(金) 18:54:33 0
海産物だけで自給できた社会ってあるのか?
それとも、農産社会との交易が前提?


542 :世界@名無史さん :2006/05/14(日) 22:57:08 0
小麦の産地を見たら南西部の一角とマレー川沿いの2箇所だね。

大鑽井盆地の井戸水は塩水で農業・飲用には使えないんだってね・・・勿体ないな〜


543 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2006/05/14(日) 23:38:34 0
>>540-541
オーストラリアじゃちょと無理かと。
北米太平洋岸は漁撈主体でしたが、「文明」とまではなっていませんでしたし。

>>542
その二箇所でも「オーストラリアではマシ」程度なんですけどね。
昨年の夏は大丈夫でしたが、旱魃に何度も大被害を受けていますし。


544 :世界@名無史さん :2006/05/28(日) 10:32:10 0
現存するアボリジニはそんなに混血が進んでないの?


546 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2006/07/09(日) 23:55:41 0
>>544
アイヌよりは純血の人が多かったかと。


548 :世界@名無史さん :2006/08/20(日) 09:10:21 0
>>540
ジュゴンいたよな。
おとなしくて動作も緩慢だから、家畜化できないだろうか。
近縁のステラーカイギュウは美味がたたって濫獲されたほどらしいしw


549 :世界@名無史さん :2006/08/20(日) 21:59:13 0
ヽ(´ー`)ノ お背中乗りたいるん


550 :世界@名無史さん :2006/08/22(火) 23:31:54 0
素朴な疑問だがアボリジニは白人がくるまで裸族だったらしいが、
オーストラリアは南部では雪が降るそうです。
タスマニアなんて結構降るらしい。
裸族ならどうやって寒さをしのいだのだろうか?


551 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2006/08/25(金) 23:10:44 0
>>548
海牛類の家畜化は困難かと。
そもそも「家畜化」しようと思いつかないこともありますが、
飼育下での交尾も困難でしょうし、多産でもないですし。
とはいえラノベSF「星の、バベル」(新城カズマ)では言及されていたりしますが。

>>550
基本的にカンガルーの毛皮を被って焚き火にあたって震えていた…
というのがアボリジニの冬のすごし方でした。
タスマニア先住民の場合は洞穴にこもりきりだったそうです。


552 :世界@名無史さん :2006/09/09(土) 00:40:37 0
>>551
洞窟にこもりきりでどうやって食べていたのだろうか?


553 :世界@名無史さん :2006/09/09(土) 01:03:53 0
秋のうちに一冬分を貯えておくんでしょう。
あとは我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢・・・


554 :世界@名無史さん :2006/09/09(土) 09:30:12 0
>>553
いくら冬とはいえ食べ物がもたないのでは?
そんな加工技術は無いのだし。


555 :世界@名無史さん :2006/09/09(土) 11:09:31 0
しかもタスマニア人は船を持っていなかったので
沖へ出て漁をすることもなかった。

サケマス類は遡上したろうか?


556 :世界@名無史さん :2006/09/10(日) 16:56:47 0
調べてみたら、サケはタスマニアの特産品でしたよ。
カキも採れるようなので、船なしでも結構なんとかなるのでは?


と希望的観測してみます。


557 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2006/09/13(水) 22:25:06 0
>>552-554
もうちょと詳しくいいますと、
狩猟採集技術のみなので、貯蔵技術はありませんでした。
焚き木も集めないといけないので晴れて風の無い日には
出歩いて焚き木集めや海岸で貝を拾っていたそうです。
「眠って我慢」は基本だったようですが。

>>555-556
全部族ではないでしょうが、
タスマニア先住民には魚食がタブーだったとか…。


558 :世界@名無史さん :2006/10/12(木) 01:48:36 0
月例保守に上がりました。


559 :フェニキアの末裔 :2006/10/22(日) 21:31:43 0
ドンソン文化の誕生が紀元前4世紀頃の紅河流域。
豪州大陸到達が紀元前1世紀、という設定でしたよね。

豪州北部のメルビル島から400q弱しか離れていないティモール島ではどうだったか調べてみました。
東南アジア方面から島伝いに新マレー人種系集団が移住してきたのが紀元前3000年ごろ。
同時に同島最初の農耕と土器文化が伝わったようです。
最初はタロイモなどの根菜栽培、遅れて(具体的年代は分からず)稲作とブタ飼育が伝播、と。
なお13世紀中葉(南宋末期)に中国人が白檀を求めてティモール島へ渡来して交易を続けていたとのこと。

惜しい・・・オーストラリアまであと一息なのになあ。
ところで稲作が伝播した東限はどのあたりまでなんでしょうね。
ウォーレス線を越えることはなかったのかな。


560 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2006/10/24(火) 00:24:57 0
>>558
今年中に「続き」を…と宣言してみたり。

>>559
大航海時代以前ですよね>稲作東限
インドネシア地域ではチモール島〜スラウェシ島あたりで、
マリアナ諸島を経て日本、といったところでは。


561 :世界@名無史さん :2006/11/11(土) 14:24:55 0
何でそれ以上東に伝播しなかったの?


562 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2006/11/14(火) 23:59:12 0
>>561
インドネシア地域やミクロネシアでは水の確保が容易ではなかったことがまず挙げられます。
(…いままでのIFはそこらを「上手くいったもの」としていますが)
海島地域は気候上、大量の水を得ることは案外難しいです。
ポンペイやハワイのように高い山があればいいのですが。


563 :世界@名無史さん :2006/11/15(水) 23:09:48 0
せめてニューギニア島まで稲作が伝わっていればなあ。
ジャワやバリでの農法の応用でおおむね栽培できそうだし。
山がちなニューギニア島も、インドネシアでおなじみの棚田の技術が伝われば内陸部まで浸透できるかも。

実際、マジャパヒト朝の頃にニューギニア島西部は朝貢貿易を続けていたんだよね。
何か文化や技術はニューギニアに伝わったんだろうか。
金属器は伝わったが大抵は装身具だったらしい。勿体ないw


564 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2006/11/20(月) 21:10:23 0
交易するにしても終着点、ですからねえ>インドネシア東部地域


565 :世界@名無史さん :2006/12/17(日) 13:00:38 0
ナマコ漁に来ていたのはティモールあたりの人なんですかね。
中国人が直接ナマコを採りにオーストラリアまで来たわけではなさそうだし。


566 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2006/12/17(日) 21:25:19 0
>>565
ティモール島民も来ていましたが
メインはセレベス島のマカッサル人だったとか。

一応、「道教の像」(かなり小さく年代は不明)が
発見されたりはしていますが、「中国人は(ほとんど)来ていない」というべきかと。


568 :世界@名無史さん :2007/01/13(土) 10:58:24 0
なぜにニュージランドまで来ていたマオリがこの大陸を見逃していたのか?
高度な航海・農業文明を持っていた彼等がこの大陸に渡っていたら、
世界史は全く変っていた。


569 :世界@名無史さん :2007/01/13(土) 11:16:08 0
一応上陸はしてたんじゃないかな?
で、不毛の地と見なされて放棄されたか、あるいは現地民とのいさかいで死滅したか


570 :世界@名無史さん :2007/01/13(土) 19:00:02 0
>>568
>>4あたりですかね。


571 :世界@名無史さん :2007/01/13(土) 23:05:35 0
マオリ人といわず、ラピタ人大拡散の時代に
一艘くらい漂着してくれてもいいのになあw

年間を通じた乾燥もさることながら、乾湿の差が極端なのも過酷だよねえ。
メラネシア方面から、比較的気候が温和な豪州東海岸に漂着してくれれば
「軟着陸」できるやも・・・
 

572 :世界@名無史さん :2007/01/14(日) 14:11:05 0
オーストラリアで土器や鏃やブタの骨が出土したら、漂着の可能性大かもな。
定住したかどうかはまた別だけど。

以降は未取得。。。


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