第一章出逢い



  
 皆が集められた塔の間は、大広間があった中央の建物の尖塔(せんとう)部分に位置する最上階の小さな部屋だ。

 カサルアがこの叛乱軍の中心人物だが、その腹心ともいえる者達が四名いる。

(のち)に『()大龍(だいりゅう)』となる者達だ。

四大龍とは火・水・風・地のそれぞれの〈龍力〉を最高に
(きわ)めた『龍』に(おく)られる称号である。
 その四人は部屋の広さに不釣合いな、少し大きめの円卓を囲んで座っていた。

 そして
唯一(ゆいいつ)の窓に背を向けて座っているカサルアが、言葉を発するのを待っていた。

 彼は真上にさしかかった太陽の光を背に受け、その
(ひかり)の髪は輝きを増しているようだった。

秀麗な容姿だが甘さは微塵も感じられない。他を圧する光を放つ金の瞳が全てを物語るようだった。

 その強い視線を四人それぞれにめぐらせ、力強く響く声で話し出した。

「今日至急、集まって貰ったのは他でもない。今、ゼノアとの戦いが硬直状態なのは皆も分かっていると思う。

いくら地方で叛乱をおこしてもゼノアの焦りを感じない…全八州を我が版図に塗り替えたとしても

奴は出て来ないのかもしれない。しかしゼノアのこの余裕の態度には源があったことが分かった。

知っての通り我々龍は、力の強さにもよるが通常より寿命は長い。

だがゼノアは千年の時を生きている。異常だ――これには我々の知らなかった事実が判明した――」
 (いっ)(ぱく)、言葉をとぎる。
「ゼノアは、(みずか)らを転生させている」
「転生!そんなことが!」                             
 各々(おのおの)、思わず口がついて出た。
 龍の〈龍力〉も宝珠の〈珠力〉も発現(はつげん)しない普通の人々は、長くても百年と満たない生涯だ。

〈力〉あるものでもその二倍程度の寿命だが、人も龍も宝珠も死は等しく訪れる。

その魂は天に昇り浄化され、すべてが「無」となり魂は消滅するのだ。

生まれ落ちる魂はすべて新たに形成されるものであり、生まれ変わるなどありえない。

だだ一つの命、それが天の
(ことわり)なのだ。

転生という天の
(ことわり)(そむ)く事実に()まわしい恐怖を覚える―――
 カサルアは、立ちあがると、更に力強く、ゆっくりと言葉を重ねた。
「そう、奴は永遠の時がある。我々など、どうにでもなる存在にしか思われていないのだ。

だから奴は余裕であり全てを失ったとしても、再び楽しい玩具を手に入れるだけだろう。

一から魔界を築く遊びを・・・・・・しかし、これが奴の最大の弱点となっていることが分かった。

ゼノアは転生の時、〈力〉を二分して
現生体(げんせいたい)(てん)生体(せいたい)を同時に存在させている。

完全に一つに復活するまで一年を要するらしい・・・・そうゼノアは、この数百年に一度の転生時期に入り今、

力が弱化しているのだ」
 ラカンが、ここぞとばかりに高揚した顔で勢いよく立上った。
「じゃあ―いよいよ最終決戦か!」
 今にも飛び出すかのようなラカンを、カサルアは目で制して首を一振(ひとふ)りし、続けた。
「いや、この機会に〈氷結の宝珠〉を奪取(だっしゅ)する!」
「えっ」
 
  ラカンは、拍子抜(ひょうしぬ)けしたように()()けた声を上げた。
 
  各々
(おのおの)
、顔を見合わせる。ゼノアを斃す絶好の機会なのに、何故(なぜ)?〈宝珠〉なのか?


  イザヤは事前に聞いている様子で静観(せいかん)している。
  レンが挙手(きょしゅ)して立ち上り、静かに問いかけた。
「氷結の宝珠というと、あの宝珠(・・)ですか?」
 カサルアは頷く。
「そう無限の力を持つという〈伝説の宝珠〉だ。皆の言いたい事は分かる。ゼノアを斃す好機を棒に振って

あるのかどうかも分からないものを優先させるなんて!と思っているだろ?ゼノアは転生時期、

身体が二分されて個々の力も半減し斃しやすいが、弱点だからこそ、この二つは同じ場所にまずいない。

同時に
(たた)けないなら意味がない!今回はゼノアを斃す好機ではないと思う。

しかし、力は弱化しているか
ら〈氷結の宝珠〉を隠す結界も弱まってきている。これこそ好機だ!」
〈氷結の宝珠〉の伝説は「龍」なら誰でも知っている。
  幾千の時を眠りし氷結の宝珠、その輝きは天地をも動かす 
  
  それを手にするもの天地を与えられるであろう
  
 どこか強い思いを噛みしめたような表情のカサルアを見つめて、ラシードは言った。
「ゼノアの件は承知しました。しかし、その宝珠の在り処(ありか)は分かっていますか? 

それと、このような重大な情報の信用度は?」
 ラカンも同時に大きく(うなず)いた。
「そうだよなぁ〜胡散臭(うさんくさ)いよな、その情報」
 レンも頷く。
 今まで無言だったイザヤが、答えようとするカサルアを手で制して立ち上がり、追求は無用とばかりに答えた。
「宝珠の場所も判明している。諜報(ちょうほう)()べる私が、問題ないと確認しているのだから確かな情報だ。

宝珠の奪取、それは今後の大きな戦力になる」
 カサルアは 戦力 と言われた言葉に反応したが、イザヤの無言の静止を受けたようだった。

 念を押すようにカサルアを
注視(ちゅうし)しながらイザヤは続けた。
「カサルア、内容の説明をどうぞ」
 カサルアは、激昂(げっこう)する金の瞳を細め立ち上がると、窓際に立ち外を眺めた。

春と秋しかない
(しん)龍州(りゅうしゅう)も山々はすっかり黄葉(こうよう)している。

様々(さまざま)な思いが()ぎった。外を眺めつつ思いは遠くに()せながら、ゆっくりと話し出した。

「彼女は隣の(ごん)龍州(りゅうしゅう)の氷山に封印されていることが分かっている」

 カサルアは思いを振り払うかの様に皆の方へ向き直り、力強く続けた。

「一緒に行ってもらうのは、ラシードとレンの二人だ。ゼノアに悟られると今後、厄介なことになるので

彼に悟らせないように私がゼノアの結界に介入し妨害をする。その間にラシードは氷結の解除を。

それからレンは
治癒(ちゆ)を!」    
 治癒 以外な言葉に一同、顔を見合わせた。
「どういう事でしょうか?」
 気遣(きづか)わしげに(たず)ねるレンに何故か? 少し沈痛な響きを(にじ)ませてカサルアは答えた。
「ゼノアを(こば)んだというのは有名な話だろう?その拒絶(きょぜつ)は死をもってなされたのだ・・・・・・

彼女は瀕死の状態で、今も深々と短剣が胸に突き刺さっているという訳だ。  

ゼノアは死のうとする彼女を直前で封印したらしい。だから封印を解けば時が動き出す・・・・・・」
 それは以外な内容だった。もともとゼノアは逆らう者に容赦はしない。

勘気にふれれば有無を言わさず抹殺されるのはあたりまえなのだ。

それを殺しもせず封印したのも変な話だが、自ら死のうとした者をそのまま死なせず、

わざわざ封印するとは・・・・・・
        
狂気の魔王は何よりも人の恐怖と死を好み、多くの罪なき者達が犠牲になっているというのに何故?
 それらを読み取ったかのように、カサルアは小さな吐息をついた。
「とにかくゼノアは執着しているようだ時を止める程の力を使い、わざわざ封印するぐらいなのだから・・・

今までも密かに何度か奪還を試みてはいたのだが、結界が強固でなかなか手がだせなかった。

少しでも気配を悟られたら失敗する。時間は無い!全て一瞬だ!レン、彼女を死なせるな!」
 カサルアの気迫に一同静まり返った。
 そして魔龍王ゼノアが数百年に及び、誰の眼にもふれさせる事なく掌中(しょうちゅう)してきた

〈伝説の宝珠〉を想い描き胸を熱くしていた。ただ一人を除いてだが・・・・・・
 そのかな打ち合わせをし決行は明後日と決まった。
 会議が終わり一同退出する中、イザヤはカサルアを呼び止めた。
「後方の件で、もう少し打ち合わせしたいのですが宜しいでしょうか?」
 カサルアは頷き、室内へと(きびす)を返した。
 カサルアとイザヤを残し、早々に退出した三人は無言で回廊を歩いていたが、

もう我慢ならないとばかりにラカンは立ち止まった。
  
「いや〜すごい話だよな!宝珠だけでも(よだれ)もんなのに、龍なら一度は手にしたいと夢見る

宝珠の中の宝珠と言われる〈伝説の宝珠〉だぞ!いやぁ〜カサルアはやっぱりやることが違うなぁ〜

そんな事考えたこともなかったよ」
「誰もが出来るものでもありませんよ。魔龍の結界に気取られず介入してなど。

それよりも宝珠の身体の状態が心配ですね」
    
「そんなのレン、お前が行くんだから、ちゃっちゃっと治しちゃえば大丈夫だって!

ああ〜俺も行きてぇ〜宝珠様を
(おが)みたいよ〜なあ。楽しみだなぁ〜どうしよう俺!

ラシード涼しい顔しちゃってよ。お前、どうよ?」
 ラカンはいかにも興味ないと言う顔のラシードに、うきうきと笑いかけた。
 先程も皆〈伝説の宝珠〉に熱い想いを描いていたようだったが、

ラシードといえば全く感情は動かなかったのだ。今も浮かれている友の気がしれないと思っていた。
「ラカンお前の気持ちは分った。だが、もともと宝珠は選好(えりごの)みがはげしいうえ、

お前の言う通り宝珠の中の宝珠なら好みも天下一品だろ?絶大な力を持った魔龍王を振るくらいだからな。

まあ、お前は希望を持って頑張んだな」
 それを聞いたラカンは嫌味とも思わず、「頑張るぞ!」とばかりにうん、うん、と

(うなず)
くとラシードとレンにぶんぶんと握手をして、じゃ、お先に!と走り去った。
 残された二人はお互い顔を見合わせた。
 ラカンのように楽観的に考えられないレンは思慮深く言った。
「実際、助け出したとしても宝珠はこちら側に付いてくれるのでしょうか?

大きすぎる力を野に放つのはかえって危険なのではないのでしょうか?」
 ラシードは答えなかった。()に落ちないところはいろいろあった。

軽く振り向くと、回廊から見える先程退出してきた
尖塔(せんとう)の方角を一瞥(いちべつ)した。
 一方、塔の間に残ったカサルアは怒っていた。

不満気に椅子に腰かけた彼は
を円卓につき、整った(あご)を軽く指にのせた。

先程束ねた艶やかな金の髪も、結びを逃れた
(いく)すじかが(かたむ)けた顔に落ちかかっていた。
「で、イザヤ?」                                   
 イザヤは(そば)(かしこ)まって立っていた。胸に右手をあて軽く頭を下げながら話しだした。
「お怒りは承知(しょうち)です。しかし、くれぐれも内密に」
  飄々(ひょうひょう)と言うイザヤの態度に苛立(いらだ)ちながら、金の瞳が光り相手を射抜いた。
「妹を 戦力 呼ばわりする事は許さない!自分はそんなつもりなど無い!」
 そうカサルアは遥かな昔、魔龍王ゼノアと戦って斃れた金の瞳の龍であった。彼は確かにあの時絶命した。

しかし無念の念は強く、また、妹と同じく
(たぐい)まれな〈力〉の持ち主だった彼は、

死しても魂の輝きを損なう事は無かった。

天に昇って数百年経っても浄化を拒み続け、その魂のまま姿も変わる事無く転生したのだ。

カサルアは新たに生れ落ち、肉体を手に入れた日から待っていた。

眠れない夜も何度あっただろうか。
(はや)る気持ちと(あせ)心を(おさ)えて、待ち続けていたのだった。

妹・アーシアの
奪還(だっかん)とゼノア討滅(とうめつ)を―――。
 イザヤだけがこの事実を知っていた。情報関係を統べる関係上、他の者達よりカサルアと

密接なやり取りが多い。しかし、彼自身について以前から符合しない
事柄が幾つか生じていた・・・・・・  
特にゼノアとの関わり部分が・・・・・・ここに集まっているもの達は、それぞれ生まれも育ちも違うが

「魔龍王打倒」は統一した
大望(たいもう)だった。

しかし、彼のゼノアに対する憎しみは
尋常でなかったのだ言葉の端々には深い痛嘆と憎悪が(にじ)んでいた。

 それがこの《氷結の宝珠》の件を相談された時、
全容が明らかになったの
だ。

ゼノアに対する思いは当然のことだろう。我々と費やした時間が違うのだから
・・・・・・
魂だけ意思を持ち生き続け、気も遠くなるような時を経て降り積もった思いは言葉では言い尽くせないに違いない。

 しかし信じられない話だった。ゼノアの転生も驚いたが―――
カサルアも転生とは―――
もともとゼノアに匹敵するかのような〈龍力〉だと認めていた。

カサルアは、自分の理想を体現させているかのようだった。

だがそこまでとは思わなかった・・・・・・最初にこの事実を聞いた時、天の
(ことわり)(そむ)

常ならぬものに我知らず
戦慄(せんりつ)が走ったのを覚えている
―――
 イザヤは怒りに揺らめく金の瞳を見つめながら、再び軽く頭を下げて(あやま)った。
浅慮(せんりょ)物言(ものい)いで申し訳ございませんでした。何のために行くのか目的が不明瞭でしたので・・・・

皆には妹殿を助けに行くなどと言えませんし、まして、あなたが転生したとも言えません。

英雄は必要です。しかし、強すぎる力はゼノアと同じく
畏怖(いふ)されます。

もちろん、ゼノアのように力で支配するつもりなら問題はありませんが、

それはあなたの
本意(ほんい)では無いはずです。ですから、あなたの出生の秘密も、あなた方の関係も、無論

内密にしていただきます。これだけは承知していただきたい。この件は、妹殿にも私からお話いたします」
 イザヤは常に先の先を読んで行動し、些細なつまずきも見逃さず対処していく切れ者だ。

カサルアは常に冷静な判断を下す彼を信頼している。
(畏怖される力か・・・・・)
 カサルアはイザヤの言葉に耳を(かたむ)けていたが、一段と金の瞳に強い光を(きらめ)かせ(つぶや)いた。
「私が怖いか?イザヤ?」
 イザヤは矢で射抜かれたかのように、はっ、と一瞬瞳を見開いた。

だが直ぐに瞑目すると口もとに微笑みを刻み「いいえ」と答えた。
 カサルアは、ふっ、と微笑んで立ち上がった。
「もういい。やっとこの時がきた!ゼノアは今度こそ斃す!共に進もう!

誰もが
(こうべ)をあげて暮らせる新しい世界を創るために!」
 その瞳は、覇者の輝きに満ち、道を照らし出すかのようだった。
(ああ、なんという(こう)(ぜん)たる魂か・・・・・)
 イザヤは彼を(まぶ)しく見つめ、心の中で賞賛(しょうさん)した。

気持ちに動かされるまま
(かたわ)らで片膝をつくと、カサルアの(ゆか)に落ちる肩衣(かたぎぬ)の裾をすくい口づけをする。
(ひかり)の龍よ、我が力はあなたの為に――  






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