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第二章
光石の街2![]()
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そうこうしていると食事が運ばれてきて卓上には沢山の料理が並び始めた。
アーシアはいったい誰がこんなに食べるのか?と・・・呆れたぐらいだったが以外と彼らは見かけによらず
大食漢で着実に平らげていた。
(・・・・凄いわ。どこに入るのかしら?)
アーシアはもともと少食だが、震龍州風の料理が口に合わずあまり食べなかった。
もともと彼女は北の坎龍州出身で、この州は火を通した温かな料理が主流であり、
震龍州はほとんど火を使わない生ものが多い。だから冷たい料理が苦手だったのだ。
砦も料理を作ってくれる人達は地元の人が多く、震龍州風だから食欲も減退気味で
最近では体重も軽くなったように思えるのだった。
今日もアーシアは料理をつつくだけでほとんど口にしていなかった。
ふと見ると給仕してくれる女の人達はラシードとレンに、熱い視線を送りながら彼らばかりに構っていた。
レンがアーシアの様子に気付いた。
「どうしましたか?食べていませんが・・・どこか調子が悪いのですか?」
「えっ、大丈夫よ。いつものことだから気にしないで」
「いつものことって?どういう事ですか?」
「ん〜私、北の出身でしょう?震龍州風の冷たい料理が苦手で・・・食べきれないの」
「食べきれ無いって!今までどうしていたのですか!それで最近顔色がすぐれなかったのですね?
どうしておっしゃらなかったのですか!」
レンのちょっと厳しい言い方にアーシアは少し、しゅんとして答えた。
「ごめんなさい・・・・我儘なことだから言わなかったの。食べられるものもあるし・・・」
「言わない方が迷惑だな。レンのように心配するものもいるし、作っている者も迷惑だ。材料の無駄だからな」
ラシードが会話に入ってきて痛烈な言い方をした。
彼の言い方をレンは窘めてくれていたが、アーシアは全くその通りだから言われても仕方がないと思った。
「いいのよ、レン。そう言われても仕方がないもの。ラシードの言う通りだから・・・
好き嫌い言うほうが我儘だから・・・頑張って食べてみるわ」
彼女の言葉にラシードは少し驚いた。
(宝珠は自尊心が強くて我儘な者が多いのに、こうも素直な態度とられるとは・・・
それに、もともと我儘言いたくなかったとはな・・・・)
結局楽しそうにレンと話しながら食べようとしているアーシアを見ながら、
ラシードは給仕の女に追加注文を耳打ちした。
それは直ぐに運ばれてきてアーシアの前に出された。初めて見たもので甘い匂いのする柔らかそうな料理だった。
「これは?」
ラシードはつまらなそうに答えた。
「それも冷たいが、菓子だ。それなら食べられるだろう?栄養価も高い・・・これ以上軽くなってどうする?
今度は翼竜から降りられないどころか、飛んでいる最中吹飛ばされる」
アーシアは始めラシードの気遣いに、あの お礼 で喧嘩した以来、彼には言いたく無かったお礼を
言おうと思ったのに後の意地悪な言葉を訊くとムッとして言葉を引っ込めた。
そして、答える代わりにパクッと一口食べてラシードを睨んだ。
だがそれは甘くて濃厚な味が口にひろがり、とても美味しかった。
アーシアは一転して気分を良くすると夢中で口に運び始めた。
レンはラシードに、今の言い方をまた窘めてはいたが、そっと耳打ちした。
「しかし、あなたが珍しいですね?こんな気遣いなんて。感心しました」
「・・・・・・・・・・」
ラシードは無言で食事を再開したが、レンが何に感心したのかは謎だった。
レンは感心した―――ラシードは仲間内でも関心を払うことは滅多にない。
まして女性や特に宝珠には驚くほど冷たいのにだ。
それなのに今日は嫌味な言い方だが、ちゃんと相手をしているからだ。
レンは同じものを追加注文してやっているラシードと、嫌そうな顔をしているアーシアの顔を
見比べながら一人微笑んで食べ始めた。
アーシアはその夜、久しぶりにお腹いっぱいで満足して早々に寝たのだが、環境が変わったせいか
最近滅多に見なくなっていた悪夢に襲われていた。それは血の海に自分が苦しみながら呑まれている夢だ。
もがいていると急に身体がふわりと浮かぶ。はっ、と振り向くとゼノアの血のような瞳と瞳が合い、
薄く微笑みを刻んだ唇で何やら囁いている・・・・そのとき現れた兄に、ゼノアが嗤いながら長剣を突き立てた。
その血しぶきがアーシアの頭に雨のように降ってくるのだ。
アーシアはうなされて何度か小さく叫び声をあげたようだったが、身体を揺すられる振動で
冥の世界から引き戻された。汗をびっしょりかいて前髪が額にはり付いていた。
瞳を大きく見開いていたが視界は、はっきりしていない。聞き覚えのある声が聞えてきた。
「どうした宝珠?」
すぐ隣の部屋だったラシードが、アーシアのかすかな叫び声を聞き、様子を見にきたようだった。
アーシアは目覚めても周りのことは全く見えていなかった。
誰が近くにいるとも分かっていなかったが、ガタガタと震えながらのろのろ喋りだした。
「ゼノアが嗤っている・・・い、嫌!」
(・・・・・夢か?)
いつも負けん気が強い彼女からは想像も出来ない、頼りな気な様子がラシードの心に――ふと動くものを感じさせた。
ラシードは無意識に彼女の頬を撫でると耳もとで囁いた。
「大丈夫だ・・・・眠るんだ」
それを聞いたアーシアは、すうっと瞳を閉じて、静かな寝息をたてはじめた。
彼はしばらく彼女の寝顔を見ていたが、静かに部屋を後にした。
翌朝、アーシアは絶好調で元気良く二人に挨拶をしていた。
気になったのはラシードが何か言いたそうだったので視線を送ったが、彼は口の端を少しあげただけで
別に話しかけてくる事はなかった。アーシアは変だなとは思ったが、自分も昨日変な夢を見ていたので
彼には関わりたくなかったのだった。いつもの夢にラシードが出てきていたからだ。
それも、優しく大丈夫だと言ってゼノアから助けてくれた―――
夢とはいえ、天敵のラシードに借りをつくったようで嫌な気分なのだ・・・・
しかし、またアーシアは困ってしまった。州城に私達が行けば目立つからと、レンが一人で行ってしまったのだ。
しんと静まり返った部屋の中にラシードと二人だけ・・・・
―――これこそ悪夢に違いない。
ラシードが動いた。眺めていた窓からアーシアに視線を移すと、ひとこと言った。
「出かけるぞ」
「えっ、どこに?」
ラシードは質問に答えることもなく、部屋を出ていく。アーシアは慌てて追いかけた。
「ちょっと、どこに行くの?ねえ!」
「黄葉を見にだ」
ラシードは振り向くことなく答える。相変わらずの横柄な態度にアーシアは、ムッとして
彼の腕を引っ張って引き止めた。そして前に回り込むと、彼の真紅の瞳を見上げた。
「それだけじゃ分からないでしょ!ちゃんとこっちを見て話してちょうだい!
だいたい人との会話はきちんと顔を見て話すのが礼儀でしょう!」
「・・・・・・・」
それでも、ふいっと視線を外して無視の姿勢のラシードに、頭にきたアーシアは背伸びしたかと思うと、
長身の彼の顔を両手で、ぐっと自分のほうへ向かせた。
「こっちを見て!」
無理やり向かされたラシードとアーシアの瞳が合った。
「きちんと話してくれるまで、私はここを動きませんからね!」
そう言うと今度は両手を腰にあてて、彼を見上げて答えを待った。
ラシードは唖然とした。前回ラカンにも言われたが、自分にこんな態度とる女などいない。
普通の女達は何回か素っ気無くしていたら離れるか、こちらの機嫌をとるために媚を売ってくるかのどちらかなのだ。
言いたい事言って意見する者などラカンぐらいで、男でもそういない。
そのうえ可愛らしい顔は、取り繕うことなく満面に憤懣の色を浮かべていた。
ラシードは小さく溜息をついて話しだした。
「昨日監察官に言っただろう?ここには黄葉を見にきたと・・・結局レンだけが出かけたので我々が残っていて
怪しまれたら不味い。だから本当に出かける」
「最初からそう言ってくれたら良かったのに。じゃあ行きましょう!」
アーシアはそう言うなり一瞬、鮮やかに笑ったが、しまった、とでも言うような表情をして、さっさと歩き出した。
残されたラシードは再び唖然としたが、珍しく口もとが笑っていた。
(怒ったり、笑ったり、忙しい奴だ・・・)
翼竜にアーシアが乗るとラシードから、ポイッと籠を持たされた。
「何これ?」
「昼食だ。しっかり持っていろ」
アーシアがしっかり両手で籠を抱えると、ラシードが後にひらりと飛び乗り
片手を彼女の腰に回してきたので、ドキリとした。
だいたいラシードの態度に腹が立っていたのに、さっきは思わず笑いかけてしまってなんだか気不味い。
そのうえラシードの体温を背中に感じて動機が止まないのだ―――
彼は器用に片手で翼竜を操って飛んでいた。レンもかなりの腕前だったがラシードはその上をいく腕だ。
片手なのに全く揺れないのだ。次第に緊張はとけてきて楽しくなってきた。風が気持ちいい。最高の気分だ!
そして、光石山脈の麓に広がる黄葉樹の森に降り立った。
地面も落ち葉で黄色に染まっている。黄金の中にいるようだった。ここは黄葉の名所の一つだとラシードが教えてくれた。
やっぱりそれ以外喋らなかったけれど、上機嫌のアーシアは気にする事を止めて楽しむことにした。
樹を揺らしてみては落ちる葉の中をぐるぐる回って踊ってみたり、小川に流れる落ち葉を追いかけてみたりと、
少しもじっとしていない。
ラシードはもちろん会話をすることなく一人で楽しそうにしているアーシアを眺めていた。
それはそれで、久しぶりに安らいだ気分になっていたのは、自分でも認めるところだった。
帰路もアーシアの上機嫌は持続中で、調子にのって翼竜で宙返りしろと注文するので、気まぐれに応じたりした。
到着した時は、安らいだというよりも疲れた気もしなくもなかったが・・・・・
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