第三章心の扉



  ここ最近、ゼノアの転生期のせいか大規模な戦いはなく、(つか)の間の平穏(へいおん)な日々が続いているようだった。

 そんなある日、カサルアは出かけていたのでアーシアはある事を実行しようと思いたった。

街に出て普段着を買いに行こうと計画していたのだ。しかし、ここから抜け出すのはかなり難しい・・・・

結界はもちろんだが自然の
要塞(ようさい)に守られているから〈龍力〉が無くては不可能なのだ。
 アーシアは計画通りに一緒に行ってもらうと思っている人物を探し回った。

 その人物を南の回廊で見つけて走り寄った。
「イザヤ、お願いがあるの」
イザヤはいきなり現れたアーシアを見下ろしながら聞いた。
「どのような?」                                               
「街に連れて行って欲しいの」
アーシアが、悪戯(いたずら)っぽく微笑(ほほえ)んで言うと、イザヤは少し驚いて訊き返した。
「街?」                    
「そう。もちろんイザヤの都合がつけばの話だけど、一、二時間でいいの」
「何をしに?それにカサルアは今日、不在だから許可を取れませんが」
  イザヤの言葉にアーシアは反発した。
「カサルアの許可なんていらないわ。私の自由でしょ!それに内緒で行きたいし。(ころも)を買いたいの、それも普段着を。

カサルアが用意してくれるのは全部、
正装(せいそう)でしょう?他を頼んでも聞いてもらえないから、自分で用意するの」
 イザヤは何度か、(ころも)を巡っての二人のやり取りの場にいたので事情は察しがついた。

カサルアに許可なく出かけていいものか迷うが・・・自分を純粋に頼ってくるアーシアのお願いに弱い。逆らう事が出来ない。
 

(自分もすっかりカサルア状態だな・・・・)
「分かりました。今日は、下に行く予定があるので、その時に」
 アーシアは、ぱぁと明るく微笑んで、イザヤに抱きついた。
「ありがとう!良かった。イザヤなら味方になってくれると思ったわ!カサルアへの言い訳もよろしくね」
 アーシアは、そう言うなり(はず)むように()けて行った。

 イザヤは見送りながら、一応カサルアには連絡しておこうと思い、彼への弁解を何通りか考えながら歩きだした。 
 そこはこの州のなかでも一番大きな街でかなりの賑わいをみせている。

また流通の要のため商人は
(わいろ)を監察官にたっぷりはずんでいて監視の眼も甘い。   

それで砦からは、かなり距離があったので彼女達はイザヤの用事もあり、次元回廊でやってきた。
 アーシアは目立たない簡素な衣を着て来た。以前からこの日の為に、世話係りの女性に頼んで譲って貰ったものだった。
 彼女は売り買う人々の活気に目を輝かせて辺りを見回していた。
「あ、あそこ行ってみましょう」
 イザヤの腕を引きながら言う。
「アーシア、人が多いので離れないように」
「ありがとう!そう言えば、今日、ルカド一緒じゃないの?」
「ルカドは、もしもの時の連絡の為に残してきました。何かあれば直ぐ帰れるように」
「さすがイザヤね。じゃあ、呼び出しが来ないうちに済ませましょう」
 アーシアは張り切って人混みに入って行った。  
 ルカドとはイザヤの弟で、契約した〈宝珠〉である。あの四人の龍の中で〈宝珠〉持ちはイザヤだけである。

女性型の多い〈宝珠〉の中でルカドは珍しい存在だ。〈龍〉の女性型が少ないのと同じで

〈宝珠〉の男性型は非常に少ないのだ。ルカドはアーシアの年齢とさほど変わらないだろう、

まだ青年と呼ぶにはまだ二、三年は要する感じだ。イザヤと同じ色の銀の髪と銀灰の瞳を持つが雰囲気は全く異なる。

やはり容姿を誇る〈宝珠〉らしく、整っているが可愛らしい容貌をしている。    

細身なので今はまだ少女の格好をしていても判別出来ない感じだ。アーシアとふたりで並んでいると姉妹のようなのだ。

性格は大人しく、従順で常にイザヤに付き従っているのだ。

 契約した〈龍〉と〈宝珠〉は行動を共にする事が多く、お互いの位置は離れていても常に分かるという。
 同じ頃、ラシードとラカンもこの場所へ立ち寄っていた。              
「おお!おお!ラシードちょっと見てみろ!イザヤとアーシアだぜ!何やってんの?まさか、まさか、逢引か!」
 ラカンは、見つけた方角を指差して、隣にいるラシードにまくしたてた。
 遠くだったが、衣装店で座りこんで見ている二人は確かに目立っていた。

簡素な格好をしていてもアーシアの容姿は損なうことないうえに、その店には


到底
(とうてい)
()つかわしく無い〈龍〉が付き添っているのだから―――

 (ころも)を選んでいる様子だ。アーシアの両肩には違う種類の衣が掛けられ、それをイザヤが意見を言っているようだ。
「ん〜迷うな」                
「どちらかと言うなら、これは季節からすると彩色が弱すぎで、こちらは暗めの色合いだですが季節に合い、

あなたの髪がより引き立つと思いますが。それと、こちらもいいと思います。組み合わせると良
いかと―――」
  イザヤは淡々と客観的な意見を述べながら他も勧める。

 
(いず)れも素材は高級品だが、装飾は控えめで上品な品揃えのものが多いようだ。

 アーシアは頷きながら、嬉しそうに答えた。
「イザヤの意見とても参考になるわ。しっかり理由を言ってくれるし、趣味も良いのね。

カサルアは可愛いか綺麗しか言わないもの!」
「カサルアの選ぶものは、本当に似合っていると私は思いますが」
 アーシアは、少し頬を膨らませて言う。
「着飾らせるのは〈龍〉が〈宝珠〉を見せびらかすものだと思うわ。龍の自己満足よ。

私は全く必要だとは思わないもの!」
「それはまた、厳しい意見。確かに我々龍は〈宝珠〉を自慢したい性分だから。特に美しい〈宝珠〉は格別です」
 イザヤは苦笑して言った。

 普通の『宝珠』は、当然のように着飾る。その存在自体、生きた
()(せき)なのだから。

宝珠のその姿に龍は憧れ、契約後は〈力〉を誇示するため龍は宝珠を美しく飾る。

 当たり前なのだがアーシアは反感を覚えるみたいだ。イザヤは勿体無いなと思う。

いつも苦労するカサルアに同情を覚えるのだった。
「迷うものは全てお買いなさい。迷うのは良いと思う証拠だから」
「とんでも無い!勿体無い!」   
「私が買いましょう。それならよろしいでしょ。店主、それらを全て貰おう」
「駄目よ!イザヤ!そんなにいらないわ、ああ!駄目!」
「言ったでしょう。〈龍〉は美しい〈宝珠〉に弱いのですから。こちらは嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど」
「では、好きでしょう。これも」
「ええ!駄目!き、嫌いです!」
「嘘はいけません。でも、嫌いなら店主(てんしゅ)!他を!」
 アーシアは、どんどんイザヤの術中にはまってしまう自分を呪った。

 そうイザヤは
(いな) と言わせない男だった。

 店の主人は、買ってくれるのかどうか、二人の会話に
一喜一憂(いっきいちゆう)して見守っている。
「ひゃあ〜衣選んでいるみたいだぜ!恐ろしいもん見た!あのイザヤがだぜ。

アーシア言っていたもんな
イザヤは親切で、優しい とか!本当だったんだ!うひゃ〜」
 ラシードは二人の様子を見ていて気に入らなかった。
(イザヤに笑って話かけているなど・・・・)
 イザヤは他人を全く信用しない。いつも(すき)なく自分の周りに壁を(めぐ)らしているようだ。

又、何か言
えば倍返しで正論がかえってくる。とにかく付き合いにくい奴だ・・・・  
まあ、人の事とやかく言えたものでもないが―――    
「あんな風に笑っているの見た事ない・・・・」
 ラシードが低く呟いたのを、ラカンは呆気(あっけ)らかんと言った。
「ええ!ラシード。笑いかけてもらった事無いの?」
「そんな事はないが・・・・」
 もちろん笑いかけてもらった事はあるが、皆とどこか違うのだ。

打ち解けているかと思ってもすぐに引っ込めているようだった。

黄葉を見に行った時は少し違ってはいたが・・・それ以降はやはり、よそよそしい態度なのだ。
「ふ〜ん・・・そういえば、お前が居る時はアーシアの態度違うもんな。そりゃ、お前が冷たくするからだろう?

アーシアはいつもああだよ、とりすました〈宝珠〉達と違って、にこにこ笑っていて、素直で可愛いんだから。

あのイザヤも、あの様子なら彼女の
(とりこ)だね。もちろん俺も!声かけてこようぜ」
 ラシードは再び二人を見た。胸の内側から湧き上がる暗い小さな塊を感じたが、

この感情を何と呼べばいいのか分からなかった。
(気にいらない・・・・)
 何故そう思うのか解らない。あの宝珠が何をしようが、誰といようが自分には全く関係ないと思う。
誰にでもなついて愛想ふりまいているのが気に入らないのか―――?
いかにも〈宝珠〉らしいじゃないか。〈龍〉に自分を高く買わせようとしているだけだ。

しかし、自分にはいつも
苦虫(にがむし)つぶしたような顔をしている・・・

〈龍力〉は自負しているがそれになびかない〈宝珠〉はいない
(はず)―――)  
  
 ラシードはラカンを無視して足早に、もと来た道に戻って行った。
「おい、待てよ。急に何だよ! おい、待てったら、おい!」    




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