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第三章
心の扉3![]()
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翌日アーシアは早速、昨日手に入れた衣に手を通した。
豪華な刺繍はないが、その代わり生地が柔らかで襞 がたっぷり取ってあり、くるりと回ると裾が軽やかに広がる。
髪を片側に組んでその先を共布の飾り紐で結んだ。鏡の前でもう一度くるりと回って確認する。
(うん、上等!だけど結局イザヤに負けてしまった。あんなに沢山・・・・)
うんざりしながら積まれた箱をチラリと見て大きく溜息をつくと部屋を後にした。
カサルアに呼ばれていたのだ。この姿を見てがっかりする兄の顔が目に浮かぶようで気が重たかった。
東の棟の部屋に呼ばれていた。そこは意外と広い室内で、中央には何もなく
大円形の色彩の鮮やかな敷物が敷かれており左右に、光石で細工した立派な長方形の円卓と揃いの椅子が置かれていた。
そこにカサルアとイザヤがいた。
カサルアは長椅子にゆったりと腰かけて、側に立つイザヤが渡す書簡に目を通している。
アーシアの気配に気がつき書簡をさっと、イザヤに押し付けて立ち上がると、満面に笑顔を浮かべ両手を広げた。
「アーシア!おはよう。昨日は会えなくて寂しかった!ん、これが例の衣?可愛いじゃないか!
良く似合っているよ!回ってごらん!」
(ものすごい上機嫌。どういう事?)
イザヤがカサルアの後で、アーシアに向かって人差し指を口元に当てている。
(え、内緒?それとも、黙っときなさい?いずれにしても、イザヤが何か上手に言い訳してくれたみたい・・・助かった)
兄の上機嫌を損なわないように言われるまま、くるりと回って見せる。
カサルアは、なかなか良いと言って笑う。
「イザヤ、なかなか趣味がいいな」
「!」
(あ!そういえば、イザヤの選んでくれたのは、何気に、にいさま好み!参った!
そこまで分析して対処するなんて・・・さすが、にいさまの参謀。抜かりが無いわ)
上機嫌のカサルアは、アーシアをまるで小さな子供でも抱き上げる様にふわりと抱き上げ、
一緒に長椅子に腰かけさせた。
「もう!子供じゃないんだから!」
「ははは、まだまだ子供だよ。ん、髪飾りが曲がっている。直してあげよう。本当に昔から下手だね。
これが綺麗に結べるようになったら大人だと認めてあげよう」
「そんな、めちゃくちゃな!」
ムッとするアーシアを、気にするものでもなくカサルアは器用に結び直していく。
「ほら、綺麗に出来た」
自慢げに綺麗に結んだ飾りをアーシアの顔にチラつかせる。
アーシアは呆れて、怒るのも馬鹿馬鹿しくなって弾けるように笑いだした。
その様子を入り口で見ていたものがいた。ラシードだ。
カサルアの何時に無い明るい笑い声と、アーシアとの間に感じる親密な雰囲気に声をかけづらく立ち止まっている。
同じく呼ばれて後から来たラカンが声をかけた。
「どうしたんだ?ラシード。入り口で立ち止まったりして。なんだよ、怖い顔なんかして!なんかあった?」
「―――別に」
ラカンは彼の鋭利な目線を追って、ひょいと中の様子を見た。
(カサルア達が和気藹々で楽しそうなだけじゃん!)
ラカンは先日からの友の様子に何か引っかかるものを感じたが、今は自分自身まだその正体をつかめなかった。
まあいいかと肩をすくめて、大きな声で中に声をかけた。
「おはよう!お待たせ!」
「ああ、おはよう!ラカン、ラシードも入ってくれ」
カサルアはまた、アーシアをひょいと抱えて立ち上げて、自分も立ち彼らを迎え入れた。
アーシアはラシードが入って来ると、いつもの様に何だか落ち着かない。何となく意識してしまうのだ。
チラリと何気なく様子を見た。
(また、怒っているの?)
ラシードは厳しい顔つきで、整った顔が益々冷淡に見えた。
相変わらずの黒装束だが、黒地に同色の見事な刺繍を施した実に趣味のいい衣をさらりと着こなしている。
肩衣を手でふわりと掃い、優雅に腰かけた。
(うわ〜大家の御曹司とか言っていたけど、やっぱり物腰が違うわ。だけど皆そうよね?
あんなにいつもふざけているラカンだって服装は別として動きなんか洗練されているし、レンやイザヤだってそう・・・・
にいさまを見慣れていたから、気にして無かったけど・・・・もしかして凄い集団?)
アーシアはイザヤに椅子を引いてもらいカサルアの隣へ腰かけた。
カサルアは早速、先程目を通していた書簡を並べて話始めた。
「今回、西の『離龍州』を一気に落とす。州公とも内密に話がついた」
ラカンは淡い空色の瞳を見開き、頬づえをついて言った。
「へぇ〜州公と?それなら話は早いじゃん」
「そうは簡単にはいかない。所詮、州公と言っても魔龍王の顔色を窺っているだけの小者。
たまたまこちらが、小者らしい弱みを握って、協力させるだけだ」
「イザヤの言う通りだ。不利と思えばすぐ寝返ると思う。当てにしないが利用出来るものは利用する。
そこで、ここに罠を張る。魔龍王の四大龍を呼び込んでもらった。州公としても損は無い。
我々が失敗すれば知らぬふりが出来るくらいの貢献度だが、我々としては大きな事だ」
イザヤが補足した。
「四大龍は、手強いうえに魔龍王の傍から離れる事が少ない、腹心中の腹心だ。
また、離れたとしても行動が読めないため討つ機会を窺えなかったが、今回、四大龍の『碧の龍』『銀の龍』を
誘い込むようになっている。州公の所有する〈宝珠〉に『銀の龍』が執心で、今回それを
譲り受けに来る手筈になっている。それと『離龍州』は〈宝珠〉の宝庫だから
珍しい〈宝珠〉をお披露目すると言ったら『碧の龍』も引っかかった」
アーシアは話を聞くに従って、背筋が寒く感じて身震いした。
(なんて浅ましいの?欲にまみれた龍がおぞましい・・・いつも宝珠達は、自分勝手な龍達の欲望の対象なのね・・・・)
今まで黙って話を聞いていたラシードが酷薄に言った。
「浅ましい事だ」
アーシアはその言葉に目を見張った。
(私と同じこと思ったの?)
ラカンが笑いだした。
「はははは、ラシード!お前からすればそうだよなぁ〜〈宝珠〉不要論者だもんな。
自分から欲しいと思った事無いだろうから〈龍〉のロマンが分からないだろうけどねぇ〜
よく言うじゃん 龍は宝珠を乞いし恋焦がれる てね、普通ならこの手は確実性があるね」
(宝珠を欲しがらない? 驚いた!そんな龍がいるなんて・・・・)
カサルアが軽く頷いて話す。
「日時もある程度決まってくるので見計らって潜入しようと思う。
四大龍は非公式訪問だから隊列は組んで来ないと思うが、州に駐屯している中央の龍軍が相手となるだろう。
四大龍を葬り一気に攻める! 現在、我々の地下の版図は半数を超えようとしているが、
この日和見の州を落とせば、静観を決め込んだ州公達もかなり我々に組みするようになるだろう―――」
金の瞳が輝きを増すと同時に、一度言葉を途切らせ声に力を込めた。
「これを機に『天龍都』を目指しゼノアを斃す!」
一同、熱い思いを噛みしめながら、大きく頷いた。
『天龍都』は魔龍王のいる中央の首都の名前である。地方は八州に分割されていた。
カサルア達はこの八州の攻略に心血をそそいでいたのだ。
続けて、カサルアとイザヤが内容の説明をしだした。
『離龍州』行きのメンバーは、カサルア、ラシード、ラカン、それからアーシアだった。
カサルアが自分の瞳を指差しながら言った。
「私は四大龍に面識はないが〈陽の龍〉の風貌の情報はあると思う。さすがにこの瞳の色は
特徴があり過ぎて隠せないから、今回は裏にまわり州公との駆け引きなどに徹する。
だからラシードとラカンは表の顔で、堂々と離龍州の城内に潜入してくれ」
「表の顔というとあの・・・」
ラシードは珍しく眉を寄せ言い淀むと、ラカンは笑った。
「こりゃいい。賛成だ!」
「どういう事?」
意味が解らないアーシアは説明を求めてラカンを見た。
ラカンは笑いが止まらないで涙目になっている。
「ひゃ〜はははは、それはね俺たち表の世界じゃ、金持ちの放蕩馬鹿息子なんだよ」
ラシードは口元を引き結んで、笑い過ぎるラカンを睨んだ。
ラカンは気にするわけでもなく今度はにやにやしながら言った。
「あのねアーシア、一応俺たち普段の生活がある訳。ラシードの父親なんか都の重臣だし、
俺の父親は手広く商売している都の商人。まあ、俺のところは家族ぐるみでこっち側なんだから
別にどうってこと無いけどさ、ラシードは違うから普段は役にたたない遊び人の馬鹿息子を演じている訳よ。
それで放蕩息子同士遊んでまわっていると周りは思っているけど、実際はここで活動している。な、面白いだろ?」
「馬鹿息子!ラ、ラシードが?」
「そうだよ、そりゃあ面白いから。今、こんなに俺のこと絞め殺すかのように睨んで怖い顔しているあいつが、
ニコニコ笑ってぺらぺら喋んだからさ。俺もさ大変よ〜合わせるのがさ」
「はあ〜それは・・・・(すごいかも)と、ところでラカンはいつも通りなんでしょ?」
「俺?俺も苦労して、こいつに合わせて放蕩三昧だよ」
ラカンは腕を組んで考え深げに大きく頷いてみせる。
アーシアは憮然とするラシードとラカンの顔を見比べて思わず吹き出してしまった。
カサルアも笑うのを堪えながら咳払いをして続きを話しだした。
「そう、二人はその放蕩息子のふりをしてもらって、州城に遊びに出かけてくれ。
そして四大龍たちが出席する宴に出席をして工作して欲しい。
それからアーシアは、彼らご執心の〈宝珠〉として一緒に行ってくれ」
「えええ!」
アーシアは驚いて立ち上がってしまった。
カサルアは、アーシアに視線を流しながら、愉快そうな声音で続けた。
「もちろん普通の〈宝珠〉だよ。それも、この二人に貢がせて翻弄するくらいの、
ごくごく一般的な〈宝珠〉をお願いする」
「えええええっ―――!」
アーシアは更に驚く(翻弄ですって!)
ラカンも再度、手を叩いて大笑いしだした。
「あっははは――そりゃいい!アーシア頑張れよ!俺らを骨抜きにしてくれよ!いくらでも貢いでやるから」
「もう、ラカン!怒るわよ!何故そんな〈宝珠〉のふりをしないといけないの!」
先程から話しの行き先に、不安を感じていたイザヤが、説明をかってでた。
「ラカンふざけ過ぎだ。『離龍州』は〈宝珠〉の宝庫と先程、説明があったと思いますが、
こちらの州公は、契約する為でなく〈宝珠〉集めに興じていて〈宝珠〉達を贅沢に囲っています。
更に お披露目 と銘打って他の〈龍〉達の所有する〈宝珠〉と自慢比べしたり、
交換したりしあう宴を度々催しているのです。そこに参加するのが四大龍で、同じく参加してもらうので、
怪しまれないように〈龍〉と〈宝珠〉らしく、興じて欲しい次第です」
アーシアはすとんと椅子に座った。
「要するに馬鹿やれって事ね」
憮然と座っていたラシードも全くだ、と言うように大きく息を吐いた。
その時、ラシードに至急の用件が入り、細かな打ち合わせは後日となり彼は先に退室して行った。
続いてアーシアとラカンが一緒に退室したが、ラカンの ちょっと散歩しようよ との提案にのって
西の中庭に行くことになった。