第三章心の扉

 



 建物と建物とをつなぐ回廊は中庭を、ぐるりと取り囲む造りになっているので中庭の周辺は柱だけの

吹き抜けの状態で続いている。中庭から中庭へつながる回廊を渡るだけでも結構な散歩道になるのだ。
 アーシアは東側の回廊を歩きながら今、向っている西中庭の噴水でのラシードとの一件を思い出して、

(ほお)
が熱くなる感じがしていた。
(ラカンにつっこまれたら終わりよ!何気ないふりしてなくっちゃ)  
 なんだかラカンがにやにやしているのが気になるのだ。
「でさぁ〜アーシア昨日、イザヤと(ころも)買っていただろう?」
「!」
「み、見ていたの!」
「ずるいよな、俺も誘ってくれたら良かったのに」
「見ていたなら声かけてくれたら良かったのに」
「俺もそうしようと思っていたさ!イザヤが(ころも)を選んでいる姿なんて、滅多(めった)(おが)めないからさ!

だけどラシードが、さっさ帰るからもう全然よ」
 ラカンは肩をすくめていかにも残念そうに語った。
「ラシードもいたのね・・・だけどラカン別に面白い事は無かったわよ。イザヤは親切に選ぶの、手伝ってくれただけで、

まあ余分に買ってくれ過ぎたぐらいで・・・・」
 最後の方は声が小さくなった。
「親切ね〜確かにそんな雰囲気だったよな。なんかいっぱい買ってやっていただろ?」
「私、迷う方だから的確に選んでもらったわ」
「的確ねぇ〜俺は無理だね。面倒だから店ごと買っちゃうな」
「み、店ごと!」
(さ、さすが・・・・大商人の金持ち息子!)   
 アーシアは(あき)れて、ラカンへ真面目に言った。
「ラカンを買い物には絶対、誘わないから!」
「ええ!そりゃないだろ〜」
 ラカンは大げさに両手をあげて天を仰いだが、何か発見したようだった。
「おっ、ラシードの奴!最近大人しいと思っていたけどな」
 ラカンの目線を追うと西の中庭は目の前で、噴水の前の長椅子にラシードが座っていた。

それも女性がしな
()れかかっている。
「誰?見たこと無いけど」  
「ああ、南の奴だから知らないよ〈火の龍〉のリラだよ。〈龍〉の間じゃとびきりの美女で有名だよ。

しかしリラまで
()ちたとはね〜」
()ちた?)
 アーシアはリラを見た。 艶(つや)やかな長い黒髪の華やかな容姿で、胸元を大きくくって豊かな胸を強調した、

肢体の線にぴったりそう白銀色の衣を着ていた。

 リラは何かと話しかけているようだったが、ラシードはいつもの無愛想で応答している様子はなかった。

そうしているとリラは、しなる腕をラシードの首に巻きつけ、顔を寄せて自分からラシードの唇をふさいだのだ。
「!」
 アーシアは胸の奥が、つきんと小さく痛んだような気がした。
「こ、恋人なの?」   
 二人から(はず)すことなく小声(こごえ)で聞いた。

 ラシードは抵抗するわけでもなく、かといって積極的に応えるのでもなく唇を重ねている。
「ん〜たぶんね。あんだけ言ったのにさ」
 いつもなら嬉々(きき)として話題に食らいつく(はず)のラカンの様子がおかしい。
「何?何を言ったの?」
「ん〜あいつさ、しょっちゅう女替えんの。だから本気にならないなら付き合うな!て言ったんだけどねぇ〜」
「そんなにもてるの!あんなに無愛想で冷たいのに!」
「うわ〜いいね。その言い方!アーシアだけだよそんな事いうの。女どもはその冷たい感じがい〜いってさ!」
 ラカンの調子が戻ってきたようだ。
(確かに見た目は悪くないし、笑った時みたいなあの()で見つめられたら、ドキドキするかも・・・・

わっ!私、何言っているの!)
 アーシアはラシードの珍しく笑んだ顔を思い出したが、その(あと)ふと浮かんだ思いに自分でも驚いて打ち消した。

 それから気をとり直して言った。
「ほ、本気になったんじゃないの?」
「そうだったらいいけどさ。まあ一番人気のリラだからありえるかもね。俺はちょっと苦手だけどさ!」
 ラシードは後悔していた。彼を呼んだ用件の使いがこのリラだった。最近しつこく(まと)わりついてくるのだ。

 彼女は上等の部類に入る女だった。勝気で自尊心が強く
(あで)やかな〈龍〉で、狙っているものもかなりいたようだが・・・・

ラシードは興味無かった。いつものように勝手にさせているが――――
            
 用件が終わっても、今日はさっさと帰りそうもない。ラシードは昨日から何だか無償に気が晴れなかった。

先程も放蕩息子の話よりあのふたりが気になっていた。
   
(あのカサルアが髪飾りを結んでやるなど・・・・)
 あの場の楽しそうな情景を思いだして苛立った。

この気持ちを
(まぎ)らわすのに面倒だったが、リラに付き合う事にしたのだ。
 リラは積極的だった。ラシードの相変わらず冷淡な態度に苛立ちを覚えたが、自分には自信があった。

今までラシードと付き合っていた女達とは違うと―――

〈火の龍〉の中でも最高級のラシードを手に入れたのだから皆、
羨望(せんぼう)の眼差しで見ている。実に気分がいい―――
どうせすぐ別れるだろうと陰口を言うものもいるが、そんな事はさせない。    
薄情なラシードに自分から唇を重ねていった。

 その時、ラシードの瞳の端に立ち去ろうとするアーシアの姿が映った。
咄嗟(とっさ)にリラを自分から引き()がして立ち上がると、アーシアに向かって呼びかけた。
「宝珠、ここに寄らないのか?」  
 アーシアは、突然の声にギクリとして振り向いた。邪魔せずに退散しようとしていたところだったのだ。

 ラシードは噴水を指さしながら、こちらに来ている。   
 そしてリラは、憤然とした表情で紅潮したまま長椅子に座っていた。
「ここに来たのだろう、さあ―――なんだ、ラカンもいたのか」
「なんだとは何だよ!俺たち楽しくお散歩しているの!お前こそ邪魔すんな!」
 ラカンはふてくされた顔をして言ったが、ラシードは彼を無視してアーシアの瞳をとらえたまま話しだした。 

「散歩で中庭に来たのだろう?ここはお気に入りの場所だから」
                        
 アーシアも負けてなるものかと、ぐっと見つめ返した。
「別にお気に入りなんかじゃないわ!大変な思いをしただけよ!」
「そうだね・・・」   
 ラシードの瞳に愉快そうな光が浮かんだ。
「なんだよ?二人して何の話してんのさ!秘密の匂いがするなぁ〜」
アーシアは真っ赤になった。

 先日、噴水にラシードと一緒に落ちたあげく、部屋まで抱きかかえられて行った事を思い浮かべたのだ。
「な、なんでもないわよ!
 ラシードがさらりと言った。   
「水遊びをしただけだ」
 アーシアは更に真っ赤になってラシードを睨んだ。
「水遊び?何やってんのさ、お前ら?俺だけ仲間外れかよ。こないだもイザヤからかう絶好の機会を奪われたしさぁ〜

でもさ、今度アーシアと買い物に行くんだ!」
 アーシアはいきなりの話の展開に驚いて、ぴしゃりと言った。
「行かない!て言ったでしょう!」
「そりゃないぜって言ったろう?イザヤに買わせてさぁ〜俺にも贈りもんさせろよな!不公平だろう? 

ねえ、ねえ、何が欲しい?」
 ラカンがにこにこ笑って首を(かし)げている。  
「ふ、不公平だなんて、そんな理由ないわよ!可愛(かわい)く言っても駄目ですからね
「つまんないな。店ごと買ってあげるって言ってんのに」
 アーシアは唖然(あぜん)として、がっくりと肩をおとした。
 ラシードが少し愉快そうな声を滲ませながら話しに入って来た。
「それなら私は〈宝珠飾り〉を贈ろう。早速、別注させよう」
「ずり〜ラシード。美味しいとこ取ってくなあ」
「もお!いりませんて!」
 アーシアは、むきになって首を振った。
(ほんと!この人達、もう放蕩息子ごっこ始めたのかしら!)
 ラシードは口元を少し上げてアーシアに近づいて来た。
「な、何?」
 アーシアは後ずさったが、こつんと何かに背中がぶつかった。回廊の柱に行き当ったのだ。

 追い詰めたラシードは、彼女が背中にしている柱に片手をついて、上からアーシアを覗き込んだ。

真紅の瞳が揺れている―――
「飾りはこの髪に似合うのにしよう」
 そう言って彼女の片側に結んでいた髪を持ち上げたかと思うと、止めていた髪飾りの紐をほどいたのだ。

 束縛をとかれた長い髪はさらさらと風に踊った。
「なっ、何をするの!」
 アーシアは憤然(ふんぜん)と彼を睨んだ。
「ほどいている方が似合う・・・」
 ラシードは彼女から眼線を外す事無く低い声で言った。真紅の瞳の底が光っている―――
「そ、そんなこと!」
 アーシアは真っ赤になった。
 ラカンは口笛をヒューと吹いて調子よく言った。
「おっ、ラシード今日はやけに(から)むじゃん!だいたいラシードが女の子に、贈り物してあげようか?とか、

可愛
(かわい)
いね、とか言ってるの初めて聞いた
!」
「可愛いとか言ってない。似合うと言ったんだ」                                
「同じ事じゃん!似合っていて、可愛いのだろ?」                 
 ふたりは言葉尻をつかまえて言い合っている。
(もう!ふたりとも、私をからかってばっかり!ラカンはいつもの事だけど、

でも・・・ラシードは前みたいに無視されているよりはいいとは思うけど―――)
 アーシアは、ふとラシードを見上げて、あっと気がついた。頬に少し(しゅ)がさした。

(ふところ)から、きれいな飾り編みで縁取った四つ折りの小さな真っ白な布を取り出し、ラシードの瞳の前にさし出した。 
「どうぞ!」          
 ラシードは何?という顔をした。
 アーシアは、ちらっと視線をそらしながら更に、ぐっと手をつきだすと言い難そうに言った。
「くち――唇に、口紅ついているわ!」
 ラカンはラシードを覗き込み、似合わねぇ〜と言って吹き出した。
「―――それはどうも」
 ラシードはそれに手を伸ばした。指が触れた。

 アーシアは触れた瞬間驚いて、ぱっと手を離す。

 ラシードは彼女の瞳をとらえながら、ゆっくりと口元をぬぐった。唇の端で笑っていたようだった。







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