第三章心の扉

 



 いきなり取り残されたリラは
憤慨(ふんがい)した。しかも自分を無視して三人で話し込んでいる。

 ラシードもラシードだ恋人を放り投げて!

(あれが例の宝珠?ふう〜ん。ラシードの態度が気に入らない!私といる時とずいぶん違う。

いつも冷めた態度なのに・・・)
 リラはぐっと顎をあげて立ち上がると、優雅に歩き出しラシードの右腕に、胸を押し付けて絡みつくと

蠱惑
(こわく)
な淡紅の瞳を彼に向けた。
「紹介してくださらない?伝説の宝珠なんでしょ?」
 ラシードの先程までの(くつろ)いだ空気が、さっと冷たくなった。彼は答えない。

まるで彼女がそこにいないかのような態度だ。
(おいおい、ラシードよ〜ぜんぜん、進歩してないじゃんか!さっきまでいい調子だったのにさ!ん〜そう言えば・・・・)
 ラカンは先日からの、もやもやした思いが出てきて考えこんだ。
 リラは(いら)ついたが顔には出さず、あだっぽく微笑んでラシードが喋るのを待っていた。
 アーシアは困った。ラシードはいつもの調子になったし、ラカンはなんか考え込んで黙っていて気不味い。

なんとなく自分のこと睨まれている気もする――――

 仕方なく自分から名乗った。
「あの・・・アーシアです。はじめまして」
 リラは、あなたになんかに聞いてないわ、というような顔をした。自分は名乗らない。

そう、と軽く言うとまたラシードに話かけた。
「ねえ、ラシード少し寒くなったから、もう貴方の部屋にでも行きましょうよ」
 ラシードは無言だ。

 アーシアは腹が立ってきた。恋人にあんな態度とるのが許せなかった。

おかげでこっちまでとばっちり受けている気がする! 
「ラシード!恋人にそんな横柄(おうへい)な態度とるものじゃないわよ!」
 と、思わず心に思っていたことを口に出してしまった。慌てて自分の口を両手で押さえた。
(しまった!またやっちゃった)
 リラは思わず()()いた。

 そして無反応だったラシードが小さく笑いだした。

 それを見たリラは、面白くなく反射的にきつく言った。
「なあに、あなたラシードにそんな口()いて!」
 アーシアは(かば)ったつもりのリラから、そんなこと言われて立つ瀬が無かった。
(ラシードが悪い!もうっ、馬鹿!)
 今度こそ心の中で悪態ついていたが、表情にはありありと見て取れた。

 その時、
()が傾き始めたからか、夜の到来を告げる冷たい風が中庭から回廊をぬけていった。

 アーシアは身震いして小さなくしゃみをした。

すると視界が急に遮られたかと思うと、肩に細布がかけられたのだ。

 ラシードが自分の肩布を外したものだった。

黒の光沢のあるしなやかな薄地の肩布はまだ体温が残っていて暖かかった。
 驚いて声もでないアーシアに、ラシードは真紅の瞳に愉快そうな光を浮かばせながら言った。
「いつものように礼には及ばない。宝珠殿が風邪を召されては大変ゆえ。どうぞ」
 アーシアは何時もの嫌味な言葉に憤慨したが、今日は子供みたいに嫌々しなかった。

ラシードの肩衣を舞うように広げて自分に巻きつけると、ひきつる頬を叱咤して誰もが夢みる優美な微笑みを浮かべた。
「この色が気に入らないけど、折角のあなたの厚意ですから頂戴するわ、では失礼!」
 と、言うと忍耐はそこまで。やはり、くるりと(きびす)を返してさっさと走り去ってしまった。
 ラシードはあっさり引き下がったアーシアに物足りなさを感じたが、すっかり気鬱(きうつ)はとんでいたったようだった。

 リラはと言うと、完全に自分を無視してアーシアばかり
(かま)ったラシードに、

とうとう腹を立てて同じく走り去って行った。
 ふたりが去った黄昏の中庭は、どこか寂寥(せきりょう)としていた。

踊っているかのような噴水の曲線は静かな
狭霧(さぎり)姿をかえ、小鳥のさえずりと一緒に歌っていたような水音は、

物悲しい音色となる
。  
 ラカンは残照に照らしだされた友の横顔を見た。

愛に
渇望(かつぼう)しながらも裏切りを憎み、ことさら愛を信じようとしない―――その孤独な魂を平気な顔で隠している友。

 しかし、気付いたのだ
。ラシードのその孤独の闇にさしこむ光の存在を―――

本人は全く自覚が無いのだろう。
(全く世話の焼ける奴だ!さて、対決だな)                    
 ラカンは大きく息を吐いて話し始めた。
「なあラシード。お前さ、アーシアのこと気になっているだろう?」
「何を馬鹿なことを!」
「好きだろ?て言ってんの!」
ラシードは鋭利な瞳でラカンを睨み、鋭く吐き捨てた。
「そんな事は無い!」
ラカンはまた大きく息を吐き出して肩をすくめた。                  
「お前の不機嫌の原因、俺わかったもん。アーシア絡みだよな?彼女が誰かと仲良く楽しそうにしていると、

お前逆に機嫌悪くなるもん。イザヤの時にしろ、今日のカサルアの時にしろさ。さっきなんか、カサルアが結んでやった

飾りが気に入らなくて、アーシアの飾りほどいたんだろう?ガキのやきもちじゃあるまいしよ」
ラシードは咄嗟(とっさ)に声が出なかった。そして(しぼ)り出すように言った。
「――・・そんな事は無い。まして相手は〈宝珠〉だ」
「宝珠なんて関係ないじゃん。たまたま気になる子がそうだっただけでさ」
 ラシードも珍しく()きになって言う。
「他の宝珠と違って自分に興味を示さないから気にしただけだ!」
「あ〜あそうきたか。お前の宝珠嫌いは年季が入っているけどさ、今まで寄ってくる女達の中で

宝珠だけは面倒くさがらず徹底的に振っていたよな?宝珠だけは付き合った事もないし、

いつも無視を決め込んでいたお前だ、そんなの理由になんねえよ。相手から無視されているほうがせいせいするだろうが?

アーシアだけ特別じゃん。いい加減に認めなよ。それにお前、彼女といる時さぁ鏡見たら?ぜんぜん態度違うよ。

女の勘は鋭いよな、だからリラの奴、腹立てたんだよ」
        
 ラシードは次から次ぎへと並べられるラカンの話を瞑目(めいもく)して聞いた。馬鹿な。そんなことは無い! 

しかし、そんな気持ちと裏腹な今までの自分の行動や言動・・・・・彼女の何が気になるのだ?
  
容姿か?性格か?〈宝珠〉の力か?それとも〈龍〉だから〈宝珠〉に惹かれるのか?
 人々は言う。

 ―――龍は宝珠を乞いし恋焦がれる―――と。
「ラシードお前、自覚ないと思うけどアーシアのこと名前で呼んだこと無いだろう?

〈宝珠〉て、呼ぶことでお前の心に鍵かけていたんだと思うな。相手は大嫌いな〈宝珠〉だ!

自分は絶対に惹かれないぞ!ってね」
 ラシードは、はっと瞳を開いた。              

 ラカンは彼の反応に満足して更に続けた。
「好きになるのに理由なんかないぜ。龍だろうが宝珠だろうがさ。最初は龍だから宝珠だから惹かれあっても良いじゃん。

(あと)そこから進むのが問題なんだからさ!気持ちが問題だよ、気持ちがね。お前の因縁は分かっているつもりだけど

一言いわせてもらえば
馬鹿野郎 だよ。同じ人間なんていないんだからな。一度そういう経験をしたからって

全部そうなると決まってないだろうが!まあ一応、心に正直に生きてみな・・・アーシアが振り向く保障はないけどね。

難航不落だぞ〜〈龍〉嫌いだそうだし、カサルアだってイザヤだっているし、

俺の睨んだところレンだって狙っていると思うな。もちろん俺もね!」
      
 すっかり夕闇に染まった回廊をラカンは、じゃあな頑張れよ、と言って去っていった。

 ラシードは静かな水音に耳を傾けながら思いに沈んだ。

〈宝珠〉は嫌いだ。自分達の安息を得る為に、いつも〈龍〉を狙っている。

自分達は選ぶ方だという高慢な考えに反吐がでる。    

それで奴らがさし出すのは「無二の誓い」これこそ信じられない。従順なふりをして裏切る。母親を思い出す――――
 暗い思いに引きずられた時、手に持っていた白い飾り編みの付いた布を見た。

アーシアの少し
()()らしたかと思うと、真っ直ぐに見返してきた草原のような(ひとみ)

頬に
(しゅ)がさして()きになった顔が思い浮かんできた。自然と心が温かくなるような気がする。
 ラカンの声が脳裏に浮かんだ。
 ―――好きになるのに理由なんかないぜ、心に正直に生きてみな―――
「正直にか・・・・・それもいいか・・・」
 ラシードはふと微笑んで(つぶや)くと歩きだした。     





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