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第三章
心の扉6![]()
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翌日、アーシアは部屋の中で昨日のラシードの肩衣を、広げたり、たたんだりして自己嫌悪に陥っていた。
(はぁ、どうして持って逃げてきたんだろう・・・・・貰う訳にはいかないし、返しに行くのも気まずいし・・・
ほんと、私ってなんて短気なのかしら)
普通ならもっと上手にかわす事も出来る筈なのに、何故かラシードに対しては上手くいかないのだ。
ラカンからもきっとからかわれる事だろう・・・・気は重くなるばかりだった。
しかし、覚悟を決めて返しに行くことにした。溜息をついて肩衣をたたんで適当な布に包むと部屋を出た。
丁度その時、何日か不在だったレンと出会った。
回廊からさす朝の柔らかな光が、彼の極めて秀麗な貌を更に引き立たせていた。
優しげな翡翠色の瞳が、アーシアの姿をとらえると輝きを増したようだった。
「おはようございます、アーシア。今、あなたを訪ねるところでした。どちらかお出かけですか?」
「レン、お帰りなさい。お疲れさまでした。ちょっとラシードに用事があって向っているところなの」
レンは少し首を傾げて言った。
「それは少し遅かったですね。ラシードはラカンと一緒に出かけで行きましたよ」
「ええっ!いつ帰って来ると言っていました?」
「さあ、私も今朝帰って来ましたから丁度、入れ替わる感じでしたので詳しくは聞いていませんが、急ぎですか?」
アーシアは慌てた感じで否定した。
「いいえ!特に急ぎじゃないので、大丈夫です!」
「そうですか。それでは私の用向きをさせてもらって宜しいでしょうか?」
「はい。なんでしょうか?」
「今日は少し治療をさせて頂きます。お部屋に戻って頂いて宜しいですか?」
「帰って早々忙しいのに、いつもごめんなさい」
「いいえ、私に出来ることはそれくらいですから。さあ参りましょう」
レンに促されてふたりはアーシアの部屋に向った。
レンは治癒ぐらいしか役に立たないと言っているが、アーシアはカサルアから訊いて知っている。
〈地の龍〉は特に治癒と防御に優れ他の龍達より攻撃力に劣るが、レンはもちろん〈地の龍〉の中でも最高の治癒者だ。
それに、いざ戦いとなるとその穏やかな容貌は消え、鬼神の如き攻撃の〈力〉を繰り出すという―――
治癒と破壊の相反する二つの顔を持っているのだ。
以前カサルアが言っていた。
『レンは、自分が嫌いらしい。自分の手は傷ついた人達を治すためにあるのに、同じその手で人を傷つけることが出来る
〈力〉が有ることを嫌悪している。でも、傷つけずに守る為には〈力〉が必要なのも解っている。
だからレンはいつも相反する心に揺れているようだ。優しい心の奥には激しい心が眠っている。
彼の為にも、それを起こさないようにしてあげたいと思う・・・・』と。
アーシアはレンに指示されるがまま、寝台に仰向けで横たわりながらレンの顔を、密かに窺っていた。
(鬼神のようなレン?想像がつかないな――戦いが嫌いなレン・・・にいさまの言うとおりよ
こんな優しい人が戦わなくていいように、一日でも早く平和な世界を取り戻さなくては・・・)
アーシアの思いをよそにレンは右手を、彼女の身体の上にかざして目を閉じている。
その片袖の無い右腕には、彼の瞳と同じ色の翡翠の龍紋が輝いていた。それも二の腕から甲にかけてだ。
〈力〉の大きさでこの龍紋の刻まれ方は違うが、一般的なのは手首から甲どまりだ。
龍紋が現すかのように胞子事件の時もそうだったがレンの〈力〉はかなりのものだ。
レンは〈力〉の発動を止めて目を開けると気遣わしげに訊ねた。
「アーシア、最近の体調は如何ですか?何か変わったこととかありませんか?胸が苦しいとか、頭痛がするとか?」
アーシアはにっこり微笑んで答えた。
「いつもありがとう。大丈夫よ。調合してもらっているお薬が良いせいだと思うわ」
レンは念を押すように繰り返す。
「何も変わった事は無いのですね?アーシアあなたの身体表面に傷も無く、
治っているかのように見えますが瀕死の状態だったのですから、決して安易に考えてはいけませんよ。
絶対に薬は忘れることの無いように飲んでくださいね。絶対ですよ」
アーシアはレンを安心させるように反芻して言った。
「体調に何か変化があったら直ぐ言うわ。お薬も絶対忘れずに飲みます」
レンはアーシアから確認をとって別れても、まだ憂慮の面持ちだった。
それから彼は、カサルアに報告する為、足早に彼のもとへ向った。
とある一室で、カサルアはレンの報告を無言で聴いていた。
レンが話し終わった時、彼は抑揚なく、いや、落胆で声を落としながら訊ねた。
「今のところ有効な手段は無いというのだな」
答えるレンも沈痛な声音で話す。
「はい。現状、薬で抑える事は出来ていますが、切れるとどうなるか解りません。命の保障は致しかねます――」
カサルアは大きく息を吐き、そうか、と一言いうと次第に憤りを声に滲ませた。
「しかし、いったいどうしたらそんな状態に出来るんだ!」
先程もそうだったがレンは常に、アーシアの体調を管理していた。
要らぬ心配をかけたくないという配慮から、本人には、まだ完全ではないから用心するように、としか言っていないが、
実はそれとは逆で全く治ってないのだ。
確かに今は身体の表面上の傷は全く無いが、内側はそうではなかった。
今も、死に至ってもおかしくない大きな傷があるのだ。
レンの治癒力を受けつけようとしない、ありえない状態に二人は頭をかかえていたのだ。
レンは思い当たる事を、自分でも半信半疑で話し始めた。
「考えられるのは、ゼノアの封印の時を止めるものが解除されたと同時に、
何らかの作用で他の力を受け付けないものになったのでは?と思うのですが・・・
ですから薬と言って渡しているものは、時の封印を活性化させる〈力〉を物質化させたもので、
今のところそれは有効に働いて、傷だけは時が止まっていますから」
カサルアはレンの言葉に注意深く耳を傾けていた。
「それでも、危険な状態に変わりはないという訳だ。そのような不確かな〈力〉の作用、
何時どうなるのかも知れたものでないな」
レンは頷く。
カサルアの金の瞳が、確固たる決意に強く光り、レンを見据えた。
「完全なる封印の解除。それは術を施した者の死しかなかったな?
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―――分かった、レン、引き続き彼女を頼む。何かあったら直ぐ知らせてくれ」
レンも同じくカサルアを見つめ、その優しげな整った面を厳しくすると、退室して行った。
残ったカサルアはひとり呟いた。
「ゼノア!いったいどこまでアーシアを苦しめれば気が済むんだ!」