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第三章
心の扉7![]()
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ラシードとラカンはその後、数週間姿を見かけない。例の離 龍州 の件で準備を整えているらしい。
準備が整い次第、アーシアは離龍州のラカンの別邸に向う手筈 になっていた。
カサルアは先行して州城へ向っていた。
アーシアも〈放蕩息子〉にお供する衣装の用意をしながら、先程ラカンから届いた簡単な手紙を読み返していた。
内容はこうだった。
《離龍州は気候が違うから、衣装はこちらで用意をするので何も用意しなくていいよ。
またイザヤと買い物行かないようにね。愛しの君へ・・・・》
アーシアは寝台の上や卓上に広げた衣装を、チラリと見て溜息をついた。
なんだかどうでもよくなってきた。カサルアを含めてあの人達に反抗しても無駄なように思えてきたのだ。
その時、扉を軽く叩く音がしたので入り口に瞳を向けた。
「はい、何か?」
「ルカドだけど届け物を預かったから持ってきたけどいいかな?」
届けものに心当たりはない。アーシアは首を傾げながら扉を開けた。
「どうぞ、中に入って、わざわざありがとう」
ルカドは、イザヤの弟で〈宝珠〉だ。 イザヤと同じくアーシアをいつも気にかけてくれていた。
〈龍〉が多いこの砦の中で、数少ない〈宝珠〉の中でも一番親しい間柄だ。
他の宝珠達は、どうしても遠巻きに接してくる。
〈伝説の宝珠〉でしかもカサルアをはじめ腹心の四人とほぼ一緒にいるアーシアに、
なかなか気安く近づくことはないのだ。
ルカドは大人しい性格で、そんなに自分から進んで話す事はないのだが
アーシアといる時は気を許しているせいか気軽に話すようだ。
アーシアは卓上に広げた衣装を急いで寝台に移してルカドに椅子をすすめた。
「ごめんなさいね。散らかしてて」
ルカドは辺りを見回しながら腰かけた。
「忙しかったんじゃない?今度の準備?」
アーシアはお茶を準備しながら答える。
「そうなのよ。引っ張りだしているうちにこんなになっちゃった」
ルカドは改めて並べられた衣装を眺めながら言った。
「大丈夫?選ぶの手伝おうか?それにしても素晴らしい衣装ばかりだね」
アーシアは白い陶器の茶器に香りのいい琥珀色のお茶を注ぎながら溜息をついた。
「ううん、もう大丈夫。ほら見てよ」
アーシアは注ぎ終わったお茶を勧めながらラカンの手紙を見せた。
ルカドはそれを一読してくすりと笑った。
「ラカン様らしいね。しかし、イザヤと買いに行かないようには本当に笑うね」
アーシアも椅子に腰かけると頬づえをついて溜息まじりに言った。
「そうなのよ。何、競い合っているんだか!」
「仕方ないよ。みんな君の関心を引きたいんだから、もちろんイザヤも含めてね」
アーシアは、はっとしてルカドの顔を見た。彼はまだ、くすくす笑っている。
「イザヤにはあなたがいるのに?」
ルカドは不思議そうに答えた。
「なんで?〈龍〉は何人もの〈宝珠〉と契約出来るんだから、別におかしくないよ?」
アーシアは信じられないとばかりに声がうわずった。
「自分以外に〈宝珠〉がいて辛くないの?自分からしたら唯一の存在なのに、相手は何人もいるなんて
辛いとおもわないの!契約したら最後、〈龍〉のする事を全て受け入れないといけないと言っても、
それって嫌な事じゃないの?」
ルカドは逆に信じられないと言う表情で頭を振った。柔らかそうな銀の前髪が揺れた。
「アーシアそれは違うよ。そんなのは辛いとか思わないよ。僕らは〈龍〉が全てなんだから
〈龍〉の喜びは自分の喜びなんだよ。辛いとか言っていた宝珠がいたの?」
「・・・・どんな扱われ方しても、何も言わなかったわ・・・だから逆に可哀そうだった」
ルカドは小さく肩をすくめると、大きな銀灰の瞳を優しく微笑ませて言った。
「もちろん、いろんな龍がいるからなんとも言えないけど、それでもそんな龍達の宝珠は幸せだったんじゃないかな?
龍達だって適当な浮気ものに見えるけど、本来凄い独占欲の塊なんだから、宝珠を大切にするよ。
アーシアはまだ無二を誓いたい〈龍〉に出逢ってないからそう思うんだよ。
出逢ったら最後そんな考えなんか浮かばないよ、絶対にね」
アーシアはルカドの話に耳を傾けながら考えこんだ。
ルカドみたいな 龍の喜びが宝珠の喜びになる なんていう考え方をしたことなかった―――
それでも宝珠の力を欲しがるだけの龍もいるのも我慢ならないと思うのだが?
「でも私達の〈力〉だけ欲しがるのもいるわ!」
「もちろんそうだよ。だいだい恋人とかにならない限り龍はそれが目的なんだし、宝珠だってそうだろう?
恋人になりたいのなら別だけど龍の力に心酔するのだからね。だけど〈力〉だけじゃなくって、
この〈龍〉ならと思って契約するんだろ?自分で望み、望まれているんだから〈力〉を貸せることが喜びだよ」
アーシアはだんだん自分の考えに自信が無くなってきた。
「ルカドはどうしてイザヤにしたの?」
ルカドは少し考えこんで困った表情で言った。
「わかんないや」
アーシアは驚いた。
「わかんない、て?どういう事?」
ルカドはますます困った様子だ。
「う〜ん、説明しにくいんだけどイザヤと僕は歳が離れているから仲が良かった訳でも無かったし、
どちらかと言うと僕のすぐ上の姉のほうとばかり一緒にいたんだけどね。僕が〈宝珠〉として発現したのは、
五年くらい前なんだけどね、姉も〈龍〉だったんだけど、その時なんにも感じなかったんだよ。
だけど何年かぶりに遇ったイザヤをひと目見て心の奥から湧き上がってきたものがあって・・・・う〜ん、
うまく言えないけど、気になって気になって仕方がなかったんだ。どこがと聞かれてもわかんないけど。
そういうものだと思うよ。心がね動かされるんだ。この龍について行きたいってね」
「心が動く?」
アーシアの呟く様子をみて、ルカドは瞳を輝かせた。
「そうだよ、だから自分の心に従って無二の誓いをするんだから。アーシアも今にすぐ分かるよ。
もう出逢っているかもしれないし、これからかもね。自分の心に正直になってみたら?
僕としてはイザヤにお願いしたいけどなあ〜アーシアと、こんな風にいつまでも一緒にいたいしね」
ルカドはそう言うと、その可愛らしい貌で悪戯っぽく笑った。
それから、そうそう、と言って本来の用件だった届けものを卓上にだしてアーシアの前に置いた。
それは、見事な細工を施した光石で出来た薄い横長の箱型のものだった。
アーシアは、誰から?と訊ねながら、小物入れにしては薄すぎると思ったが重なった上蓋を持ち上げた。
光石だけあって少し重たい。
開けかかった時、ルカドが答えた。
「ラシード様からだよ」
「えっ!」
開いた箱の中身は、小物入れの為の空洞ではなく煌く〈宝珠飾り〉だった。
同時に覗き込んだルカドは感嘆の声をあげた。
アーシアはラシードからと言う言葉に固まっていたが、ルカドの声に我にかえり〈宝珠飾り〉を見た。
素晴らしい細工だった。手に取ってみると、あの鉱石の中で一番貴重で高価な輝きの強い透明の貴石を、
どう繋げているのかも分からないぐらい沢山の花細工を施し、髪に流れるように
いくつもの小さな花の貴石が連なっている感じだ。
『飾りはこの髪に似合うのにしよう―――』
と、ラシードは言っていたが正しくその通りの逸品だ。
箱の中に手紙が入っていた。二つ折りの紙を開くと、少し右上がりの力強い字が目に入ってきた。
《気に入ってもらえたら幸いだ。気に入らないなら処分してくれ》
ルカドも手紙を覗き込んだ。
「うわ〜凄いね。気に入らなかったら捨てろって、これどう見ても天龍都の別注品だよね、
それもかなりの腕の細工師。こんなの今まで見たことないや」
アーシアはラシードのこの書き方に腹がたった。
「こんな書き方されたら、つき返すことも出来ないじゃない!きっと、返したらその場で捨ててみるに違いないわ!」
「・・・・そうだね、ラシード様なら間違えなくそうするよ」
「でしょう!そんな人よ。何考えているんだか!」
「気に入らないの?捨てちゃう?」
箱の中身を見た。おそろいの耳飾りの花細工の雫が光る。悔しいぐらい趣味が良かった。
高価なものなのに派手さを押さえていてとても素敵だった。実にアーシア好みの逸品だ。
「嫌いじゃないけど・・・・こんな高価なもの貰えないわ」
「アーシアこれも〈宝珠〉の定めなんだから甘んじて受けたら?〈龍〉はそれが楽しみなんだから。
普通だったらこの部屋に入りきれないぐらいの贈り物が届くと思うよ。
カサルア様とイザヤが他の龍達に牽制かけていたから、そうなって無いだけだよ。知らなかったでしょ?
そりゃ凄かったよ。イザヤが龍達のアーシアに対する動向を逐一調べてはカサルア様に報告していたし、
名簿まで出来ていたんだよ。それでかなり撃退していたようだけど、それに〈宝珠〉嫌いのラシード様が加わったとしたら、
他の龍達は完全に諦めると思うな。贈り物除けの為にも貰っといたら? そうじゃないと贈り物合戦になるよ」
アーシアは大きく溜息をつき、やっぱり無駄な抵抗なんだと再確認してしまった。
「確かにそれは、もっと嫌だわ」
さすがに 否 といわせないイザヤの弟だけある。アーシアを納得させてしまった。
アーシアはルカドが退室した後も彼の言葉が耳に残る。
―――アーシアも今に分かるよ。心がね動かされるんだ―――
心でそんな事は無いと否定して、広げた衣装を片付け始めた。