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第一章
出逢い4![]()
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アーシアは早速、レンに付き添われながら用意されていた一室に運ばれた。
レンは細々と指示を出してアーシアの部屋に戻った。その部屋は前日に彼女の為に用意されたものだった。
カサルアが色々指示を出して設えさせていたのだ。簡素な室内だが、所々に華やかな色彩の織物を配して
可愛らしく仕上がっていた。どこから持って来たのかこの時期では珍しい白い優美な花が、窓際にたっぷりと生けられている。
彼女は、ゆったりとした衣に着替えさせられて、少し広めの寝台に寝かされていた。
寝台の真っ白な敷布には柔らかそうな淡い金の髪が広がっている。白い頬に少し朱がさしてきたようだった。
レンは傍らに膝をつき、静かに見つめて思った。
(今にも消えて無くなりそうで儚げな・・・・・こんなに頼りなさ気なのに、あのゼノアに逆らい
自らの命を絶つ勇気があるとは・・・・)
彼は感動していた。氷結に眠るアーシアを見た時から心が騒いで仕方がなかったのだ。
物語のような奇跡を目の当りにしているのだから―――誰もが夢みた〈伝説の宝珠〉が直ぐ近くにいるのだから・・・・・
そっとアーシアの頬に手を伸ばしかけた時、彼女がうっすらと瞼を開いて身動きをした。
はっとして伸ばしかけた手を引き、優しく声かけた。
「お気付きですか?ご気分は如何ですか?お白湯でもお持ちいたしましょうか?」
そしてまだおぼろげな様子で起きようとする彼女の背中を壊れ物でも触るかのように、
そっと支えて背中に大きな枕をあててやった。
ぼんやりと視界が広がってきて、アーシアは、声のする方向に焦点を合わせた。
(さっきの人?・・・喉が渇いたわ)
こくん、と頷いた。
彼は白湯の入った器を渡し、心配そうにアーシアが口に運ぶのを見ていた。
それからにっこりと微笑んで綺麗な声で話しかけてきた。
「目覚めたばかりでどうかと思いますが、ご不安でしょう?詳しい話は後程と申しましたね。
ご説明しますから少々お待ちください」
すぐ参りますからと言って、扉の向こうへ去っていった。
アーシアは、ふぅと息をつき背中の柔らかな大きな枕に身体を埋めながら、もうひと口、白湯を飲んで周囲を見回した。
(ここはどこかしら?)
窓は布が下ろされて外は見えないがその隙間から柔らかな光が漏れて、室内に光の線を描いていた。
なんだか落ち着く感じがした。
(あ、私の好きな花の匂いがする)
どこだろうと瞳を凝らしていると扉の開く音がして、二人入って来たようだった。
アーシアは再び目を凝らしてみたが、室内は少し薄暗く誰だか分からない。
(さっきの人かしら?)
近づいてくると室内に描く光の線が、その人物を照らしだした。アーシアは息を呑んだ。
陽光のような金色の髪、優しく微笑む金の瞳を見たのだ―――声が出なかった。
「―――に、にいさま、なの?」
「アーシア、ごめんね、待たせたね」
聞き覚えのある声が答えた。
「ああぁ・・・・・」
アーシアは手を伸ばして、寝台から降りようとした。カサルアは床を蹴って側に駆け寄り、
今までの時を埋めるかのように強く、強く、抱きしめた。
彼女が兄を最後に見たのは見る間に紅く染まる身体と、大地とは反対に白く、白く、青褪めていく顔だった―――
何度呼んでも、いつも優しく微笑んでくれた瞳を開くことは無かった。
生きていたのね。と、何度も呟き、子供のように泣きじゃくるアーシアをカサルアは
落ち着くまで優しく抱きしめた。静寂だった室内には泣き声と、優しく低くあやすように囁く声が漂っていた。
少し落ち着いてきたアーシアは、もう一人の人物の存在を思いだし兄に尋ねた。
ああ、と言ってカサルアはアーシアを元通り寝台の大きな枕に預け直した。
それから上掛けを引き上げ額に軽く接吻すると自分は寝台の端に腰を落ちつかせた。
再会を喜びあう二人を無言で静かに見つめていたその人物は、自分から名乗った。
「イザヤ・ラナと申します」
彼は感情のない銀灰の瞳を軽く伏せて、無表情だが礼儀正しく礼をとった。
アーシアは泣いた顔が少し恥ずかしかったが、彼に向かって花のように微笑んだ。
「はじめまして、アーシアです」
イザヤは目を見張った。
彼女の微笑みは昔から誰でも魅了される。春の光りにほころぶ花のように初々しく可憐で、
なによりも信頼しきった安らいだ表情をするのだ。
(何と言う笑顔・・・何も知らないからだろうが今から話す事を聞いたら、もうそんな顔はしなくなるだろう・・・)
彼は珍しく心が重くなった気がした。
それからカサルアは現在の状況をかいつまんで説明しだした。
アーシアはふと引っかかった。
「ちょっと待って、にいさま。あれから何年経っているの?」
アーシアからすれば封印で時が止まっていたのでゼノアとの戦いは昨日の事のようだが、
カサルアの話がどうも噛み合わないのだ。
イザヤが替わりに答えた。無機質な声で淡々と「転生の件」それと・・・・「兄妹の件」
アーシアは信じられなかった。そのありえない内容に考え込んだ。あの状態で生きているほうがおかしかった。
また兄の最後の様子を思いだして血が凍るような感じがした。
(巨大な力・・・・でも、にいさまはゼノアと違う!だけど・・・他人から見れば同じなの?)
確かにゼノアの力に人々は恐怖した。でもそれは、それを振りかざしているからだと思うのだが・・・・・
(せっかく再会したのに他人の振りか・・・)
両親が早くに亡くなった為、兄妹ふたり何時も一緒だった。
大きくなってからは恋人同士のようだとよくからかわれるくらい仲が良かったのだ。
ぽつりと、思ったことが口に出てしまった。
「にいさま、と呼べないのね・・・・」
「アーシア、それでも私達は兄妹に変わりはない・・・」
カサルアはまた軽くアーシアを抱きしめると彼女は腕の中で、こくんと頷いた。
「今まで辛かったでしょう?でも生きていてくれて・・・ありがとう。それが一番嬉しいわ。
それに私を助けてくれて本当にありがとう」
「仲間のおかげだよ。私一人では出来なかったことだ」
アーシアは傍らに立つイザヤに再び、花のように微笑んで言った。それは変わらぬ笑顔だった―――
「助けて下さって、ありがとうございました。お話良く解りました。
気を付けますが危ない時は助けて下さいね。宜しくお願いします」
イザヤは驚いた。過酷な運命に引き裂かれ、やっと再会した兄妹に他人のふりをしろと提案する自分を
恨みもしないなど・・・・そして再び同じように微笑むなど考えられなかった。
今まで役目上、組織の裏仕事に手を染めて来た。嫌がられたり、恨まれたりするのは日常茶飯事であり、
いちいち気にすることもなかったのだが・・・・・
「ははは、お前!意外と抜けているからな。安心しろ!失敗しそうになったらイザヤがこの怖い目で
ギロリと睨んで止めてくれる、ははは」
「もう、失礼でしょう!にいさ、あっ!ごめんなさい」
やっぱり「にいさま」とつい言ってしまう。
(本当に睨んでいるかしら?)
ちらっ、とイザヤを見てみた。だが彼は変わらず無表情だった。
(睨んでなんかないじゃない!)
アーシアの様子を窺う目線に気が付いたイザヤは、珍しく苦笑を浮かべた。
「私達の間では構いません」
「イザヤのお許しが出た!ああ良かった!アーシアう~んと可愛がってやるからな」
カサルアは嬉しそうにまた、アーシアの額に軽く接吻する。
「もう、駄目よ!クセになるでしょう!イザヤさん、甘やかしたら駄目です!」
「相変わらず手厳しいな」
「私は普通です!にいさ、じゃなくて!えっと、そういえば今の名前はなんと言うの?」
「ああ、カサルアだよ」
「そうカサルアね。覚えたわ。じゃあ、カサルアが甘えん坊なの!自覚しなさい!」
イザヤは二人で笑いあっている様子を眺めた。こんなカサルアを見るのは初めてだった。
彼がいつも纏っている相手を怯ませる火輪のような空気は姿を消し、
そこだけ優しい穏やかな空気に満ちているようだった。
しかも 〝甘えん坊〟・・・・考えられない・・・・
イザヤは再び口元を引き結んで、もうひとつの案件をアーシアに言った。
「今後のことですが我々の力になって下さいますか?それと――」
「イザヤ!その話はいい!アーシアはいいんだ!」
カサルアは前回のイザヤの 〝戦力〟 という言葉を思いだして憤り鋭く遮った。
「いいえ。私も一緒に戦うわ!」
自分を心配てくれる兄に、しっかりとした意志で伝える。
「アーシア・・・・」
「今度こそ果たしましょう。私達いつも言っていたじゃない!みんなが笑って暮らせるようにしたいって!」
「駄目だ!今回は自分の力を過信していた昔と違う。充分、準備も重ねて来た。皆の力も更に集まっている。
だからお前はいいんだ!それよりもゼノアのお前に対する執着の方が怖い・・・これだけ我々が
各地で蜂起していると言うのにゼノアは、一度たりとも顔を出す事が無い。いつものように面白がっているだけのようだ。
それならそれで喉元まで詰め寄るまでのことだが、お前が姿を現したならゼノアは表に出てくる。
奴のやり方は分っているだろう?」
アーシアは青ざめた。
言葉を無くす彼女に代わりイザヤが訊き返してきた。
「何をしたのですか?」
カサルアは大きく息を吐き出すと、沈痛な声音で話し出した。
「――街や村を焼き払った。アーシアの身柄と引き換えに、一つ一つ応じるまで続けられた―――」
カサルアは一度言葉を途切らせ続けた。
「私達はゼノアが支配する坎龍州の出身で私がその州の州公だった――
州民一同、ゼノアの圧制から独立するべく立ち上がり勢力も他州へ拡大しつつあったその頃、
アーシアに目を付けたゼノアが妹を要求してきた。〝アーシアをよこすなら今までの事は許そう、
否であれば応じるまで罪も無い者達を殺そう〟 と・・・・それからゼノアは手当たりしだい街や村を焼き払っていったんだ」
「それで応じられたのですか?」
「ああ、当然アーシアはそんな事に耐えられなくて自らゼノアの元へ行った。しかし、ゼノアは止めなかった―――
どちらにしても歯向かった者を許す奴では無かった・・・・」
「ゼノアならそれくらいするでしょう・・・それからよく魔龍の元から妹君を助け出されましたね?」
「ああ。転生期だったんだ。しかも、それが事の始まり――すんなりと奪還したがその後が問題だった・・・・
転生体は統合するまで姿が違い、時期が来ると現世の力を吸収し元の姿に変体する・・・・」
カサルアは自分の愚かさを呪うかのように天井を見上げて続けた。
「これで前回やられた。転生体に何食わぬ顔をして近づかれ、知らない自分は友となった・・・・・
で、完全体となる時、信頼していた奴に私はいきなり真正面からやられた・・・バッサリとね。
抵抗も何も出来ずに、あっさり殺されたよ・・・・詳しく言うと、こんな事情があったから
ゼノアの転生も察しがついてお前に色々調べてもらった次第だ」
「なるほど。今、転生体はゼノアと違う姿で存在するのですね。そういう事は早く言って頂かないと
危険ではありませんか。対処を考えないと」
そう言ったイザヤの眼差しが厳しくなった。
「いや、問題無いと思う。前はアーシア絡みだったからゼノアも動いた。普通は危険な転生時期に動くことは無いと思う。
それにその危険性も考えて時期を狙ったんだ。隙を与え無いように、完全体になる直前を」
だから大丈夫だよ。とアーシアに言った。
頷きながら、アーシアは思い出した。紅蓮の炎に飲み込まれた街を。人々の叫び声と、ゼノアの瞳に映る炎を―――
(だけど逃げても一緒・・・・私が逃げたと分れば所在が分るまで何をするか分らない。それなら逃げない!)
アーシアは心にそう決めるとカサルアを真正面から見つめて言った。
「私は逃げないわ!」
カサルアはアーシアがこうと決めたら絶対そうする性格なのを十分知っているが・・・・・・
「カサルア、あなたの気持ちは察しますがゼノアはいずれにしても手段は選ばないと思います。
隠しても同じ結果でしょう。攻撃は最大の防御かと思いますが?」
カサルアはイザヤの言葉を聞き、確かに一理あると思った。
前回のように巻き込みたくないのだが・・・不承不承、彼女の意志を認める事にした。
それを受けてイザヤは中断された案件を低い声で続けた。
「それではアーシア殿、あなたにはカサルアと契約して頂きたいと思うのです」
反応する二人を無視して彼は一気に話しだした。
「前回それで魔龍に狙われたのでしょう?契約を済ませたならその心配も無くなります。
力のある宝珠が龍無しでは危険ですし力も半減しますから、カサルアと契約するのが一番妥当だと思います」
カサルアも確かにそう思い続けていた。
契約をすれば〈力〉の増大というよりも宝珠は契約した龍の意志でしか〈力〉を使えない。
いや、使ったら命を削るのが理。アーシアが龍持ちになればゼノアも諦めるだろう。
だが、彼女の契約への気持ちを知っているから何とも言えなかった。
アーシアの様子を窺うと自分の心に何か問いかけているようだった。
(自分の我儘なのかもしれないけど、龍と契約するつもりは無い!)
『宝珠』は嫌応無しに『龍』に惹かれる。そして、ただ一人の龍を生涯、誰よりも一番に思う。
だけど龍は違う。何人も契約する事が出来るのだ。龍にとって宝珠は替わりの出来る存在―――
ただ道具のように使われる宝珠を何人も見てきた。それでも宝珠達は何も言わなかった。
(龍なんか大嫌い!龍に自分は縛られたくない!にいさまは契約しても、
いつもの様に大事にしてくれると思う・・・・だけど・・・・)
心の奥が、この〈龍〉じゃ無いと言っていた。でも、ゼノアの言葉を思い出して身震いした。
氷のように冷たく囁く声を思い出す―――
―――お前は私のものだ。誰にも渡さない―――
アーシアは思わず両耳をふさいだ。
カサルアは彼女の様子を窺っていたが仕方ないかと溜息をつき、立ち上がった。
「イザヤ、アーシアは昔から龍嫌いでね。これも強制するものじゃないだろ?契約は宝珠の気持ちが優先される決まりだ。
選ぶ権利はアーシアにあるし、それに保身で選ぶような子じゃない。ゼノアからは今度こそ私が守る」
いいんだよ。と、優しくアーシアの頬を撫でて、微笑みかけた。そして反論しようとするイザヤに不敵に笑んで続けた。
「それにイザヤ。アーシアはね、契約しなくても普通の宝珠と違う。半分だと言っても龍付きの宝珠より数倍の力がある。
それも全ての源を使いこなす」![]()
「全て?全てですか!」
これには驚いた。にわかに信じられない。
宝珠達は龍の力を増幅させるが、龍はそれぞれの力の源である四大要素の特性があり、もちろん宝珠も
相性がそれぞれある。相性が悪くても使えるが当然力は劣るのだ。
(全てとは・・・さすがカサルアの妹と言うべきか・・・・)
この兄妹は産まれた時より他の赤子と違っていた。それぞれ産まれながらにしてその腕には
「龍紋」「光紋」が刻まれていたのだ。産まれおちた瞬間、その場は輝きに満ちたと云う。
一般的に〈龍〉も〈宝珠〉も〈力〉が現れるのは早くても数年のちにしか出ない。
その特殊な現われを物語るように二人の〈力〉は類まれなものだったのだ。
「力の件は承知しましたが、大丈夫でございますか?こちらは当然〈龍〉ばかりですが?」
「言い寄る龍が我慢ならないと言うか・・・契約に疑問があって・・・・」
アーシアは、じっと無表情に見つめられる銀灰の瞳にどぎまぎしながら、うまく気持ちが言い表せない。
(助けてよ!)とカサルアを見た。
「そうそう、最たるものはゼノアだったからね。私は殺され、アーシアは死にかかったうえ閉じ込められるし、
龍を嫌うのも当たり前。だけどアーシア!昔と違って宝珠は数が減っているから皆、大切にするし、
此処にはいい龍が沢山いる!選り取りみどりだ!
お前の龍嫌いも治るだろう」
カサルアは頬を膨らませるアーシアの頭を、くしゃくしゃと撫でて笑った。
「もうっ!」
髪をめちゃくちゃにされながら、アーシアは兄を睨んだ。
「カサルア!冗談では無いです!〈伝説の宝珠〉が未契約など、要らぬ争いのもと。
あなたのものの振りでもしていて貰わないと大変な事になります」
やれやれ、という顔で生返事をするカサルアを見ながらイザヤは、
なんと頭の痛いことかと人知れず溜息をついた。
それから二人はアーシアが疲れるだろうからと、部屋を後にしたのだった。