第四章砂漠の街

 



 さて、アーシア達と別行動のカサルアは単身で離龍州の州城に入城していた。
州城は離龍州の中心に位置し、城下は州の中で最も大きな街だ。

 貧富の差が激しいこの地域では、富めるものは郊外に邸宅を構え、城下には一般の民が地熱を避けた

高床式の石造りの軒を連ねている。富めるもの達は州城が最大の社交の場だが、

自邸での遊興をお互い招待しあうのも楽しみのひとつであった。

 庶民は宴が催される時など夜明けまで光り輝く城を羨望の眼差しで見つめながら、

いつかは自分達も・・・と、夢を見ながら陽気に暮らしている。
 ここの州公はイザヤ曰く、魔龍王の顔色を窺っているだけの小者。

歳の頃は一応〈龍〉だから定かではないが見かけだけは若々しい。           

しかし、数十年は州公をしているので八州の中では古い方だ。今まで日和見で上手に世間を渡ってきていたようだが、

今回は大きなしくじりをしてしまったのだ。
この州公はとにかく〈宝珠〉を愛でる為に人生の全てをかけている、

と言っても過言でないくらいの性癖の持ち主で〈宝珠〉を集めては贅沢三昧にさせている。

ところが〈宝珠〉の宝庫であるこの州には、ゼノアからの極秘の厳命があったのだ。
 ―――月光の色の髪と、若草色の瞳の〈宝珠〉は即刻、差し出すこと―――
と、いう内容だった。
 ゼノアのアーシアに対する執着は、似た〈宝珠〉さえも手にいれようとしていたのだ。
そこで、ゼノアの様子からこの内容が、かの〈伝説の宝珠〉の容姿では?と、悟った州公は愛好家としては我慢できなく、

厳命に逆らい、その容姿の〈宝珠〉を
隠匿(いんとく)したのだ。〈伝説の宝珠〉の件でゼノアに知れれば命は無い。

まったく馬鹿馬鹿しい話だが、州公にしてみれば生きた心地がしない。

 その情報を手に入れたカサルア達が巧みに取り込んだのだが、日和見の州公のこと油断が出来ない。

 今までの交渉はイザヤがおこなっていたので、カサルアは初めて会うことになる。
城は堅固なという形容は全く当てはまらない曲線で造られたような、優美な趣のある造形だ。

表面は白色の光石で化粧貼りしているので、日中は強い日差しを反射させて蜃気楼のように遠くからでも見えるぐらいだ。

 人々は、州城の事を「砂漠の真珠」と呼んでいる。
 カサルアはその城の地下回廊を先導の男と進んでいた。

地下を廻る秘密の裏回廊は曲線を描く表の見掛けそのままに、内側も難解な迷路化していた。

 先導の男はこの秘密回廊を知って案内しているぐらいだから州公の側近だろう。指示を受けたのだろうか?

わざと真っ直ぐ進まず、路が分からなくなるように時間をかけて脇道を通ったりしていた。

 カサルアは頭から灰色の外套をかぶって全身を隠していたが、その深々とかぶった頭巾の影で
嘆息(たんそく)をもらした。
(全く無駄なことを。こんな迷路など龍力の念視で目を閉じても歩けるものを。

相手の力も把握できないとは。本当に浅慮な城主だ)
 カサルアはまだまだ、到着しそうにない先を見渡しながら思いやられた。

だいたい結界らしい結界もない城にも驚いたが、そんな愚かな城主だからこそ四大龍らは警戒なく来るというものだが・・・・・
イザヤから詳細は聞いているが、自分がイザヤのように忍耐強くその州公を相手しきれるか問題だ。
(間違っても消さないように耐えるしかないな・・・)
 カサルアは密かに溜息つきながら、最後までイザヤにさせれば良かったと後悔した。
 一方、離龍州の州公クエント・オーガは、私的な居室で落ち着きなく腰かけて、

今日到着する叛乱軍の指導者を待っていた。

 彼はカサルアと初めて会う事に、心中穏やかではなかった。

気が小さいこの城主にとって、今まで交渉相手だった銀のイザヤだけでも十分の迫力で大変だったのに、

今度はその上が出てきたのだから、後戻りも出来ない。いつのまにか
反覆(はんぷく)に加担してしまった自分を呪っていた。
 そうこう悩んでいるうちに、隠し扉が開いた。 先導の男が後へ引くと、長身の全身灰色の人物が現れた。

その人物は灰色の布を勢いよく脱ぎ捨てた。そこから現れた姿に、オーガは思わず目を奪われた。

唖然と、声なくカサルアに魅入られている。

 その陽光の如き流れる金の髪と秀麗な貌の、宝玉のような輝く金の瞳。

容姿だけでなく全身からみなぎる〈龍力〉の圧倒的な強さに、いつの間にかオーガは震えながら
(こうべ)()れていた。
 カサルアは、誰もが支配される金の瞳に、萎縮(いしゅく)する州公をとらえ口を開いた
「離龍州、州公オーガ殿か?私がカサルアだ」
 公は、はっと我にかえり弱々しく答えた。
「あ、ああ、クエント・オーガだ。よ、よろしくお願いする・・・」
 カサルアはこの城主の様子を見ながらイザヤの言葉を思い出していた。
 ・・・・・・いいですか?相手は気弱ですから、威嚇しないようにしてください・・・・・       
(威嚇?まだ何もしてないのに?どうしてこんなに、おどおどしているんだ!)
 カサルアは小さく溜息をつくと、(つと)めて優しい微笑みをたたえ、普段では使わない、柔らかな口調で話しだした。
「今回の協力感謝します。オーガ公、よく決断してくれました。ここからは安心して任せて頂きましょう。

公は、ゆっくりと高みの見物で構いませんよ」
 更に、笑顔をつくってみる。作戦成功のようで、オーガはあからさまに安堵したような顔をした。
「いやぁ、本当に、今回は大変でしたよ。お役に立てて何より、ところで本当に我らは何もしなくていいのですよね」
「もちろんですよ。全てお任せください」
「はあ〜しかし、四大龍のふたりを相手に本当に大丈夫ですかね?我々をあてにしないでくださいよ。

駐屯の者達も沢山ですよ、本当に、本当に大丈夫なんですかね?」
 カサルアは城主の小心なしつこい物言いに耐えた。

瞳は冷めたままだが、その秀麗な顔に最上のつくり笑いを浮かべると再び答えた。
「全てお任せください」
「四大龍ですよ。本当に」
 カサルアも重ねて言う。今度は少し強めの口調で―――
「大丈夫です。私の他に龍を二人、宝珠を一人と合流するようにしています。〈力〉は四大龍に匹敵する者達ですから」
「そうか・・・しかし宝珠一人とは、なんなら私の宝珠達を貸してあげようか?

いや、やはりそんなことして、私が加担していることが発覚したらまずい!これは困った・・・」
「とんでもない。公の大事な宝珠に傷でも付けたら大変ですから、

どうぞ高みの見物をなさっていてください。よろしいですか?何もしないでいてください」
 カサルアの大事な仕事の一つが、この州公に四大龍の呼び出しだけして貰ったら、

何もさせないようにしなければならなかった。風向きが変わると何をされるか分からないからだ。

相手に寝返らなかったとしても、下手な手伝いをして貰って足手まといになったら計画が台無しになってしまう。
 オーガは大事な宝珠に傷がつくと聞いて青くなった。           

 カサルアは横目でそれを見つつ話を続けた。
「それで、例の宝珠はこちらにいらっしゃいますか?お約束の結界を施しますが」
 オーガはその言葉を訊くとたちまち元気になって興奮して喋りだした。
「おお、それはかたじけない。魔龍王にいつ奪われるかと思うと、心配で夜も眠れなかった。

かの宝珠は、それは、それは美しくて、あの〈伝説の宝珠〉に匹敵すると私は思うのだよ。

隣室にいるから直ぐ連れてまいる」
 いそいそと退室する州公を見送り、カサルアは大きく溜息をついた。
条件としてあの隠匿した〈宝珠〉に存在を消す結界をかけるのを約束したのだ。

 州公だけがその〈宝珠〉が見えるという代物だ。

ゼノアがアーシアの眠る氷結地帯にかけていたような高度な結界と同種のものになる。

そうそう誰もが出来るものではない。
 自慢げにオーガが、その〈宝珠〉を連れてくると、褒めて欲しそうにカサルアが喋るのを待っていた。
カサルアは一瞬、言葉に(きゅう)した。

確かに美しいが、しかし本物のアーシアを知っているだけに
()めなければと思うのだが・・・・

月光の髪と、若草色の瞳が一般的にはこんな色を指すのだろうが、

アーシアと比べると
(もや)がかかったようなくすんだ色合い・・・・輝き方が全く違うのだ。
 カサルアは努めて声高に言った。
「す、素晴らしい。これが〈伝説の宝珠〉と同じ姿なのですね。月の光のような髪で本当に美しい。

オーガ公が
(うらや)ましい」
「いやぁ、そうだろ。私の宝珠の中でも絶品でね、ただ表に出して自慢出来ないのが残念だが、

眺めているだけでも十分楽しい。見つかるのが怖くてずっと、一室に閉じ込めていたのが可哀そうだったが、

これで心配が無くなった。お前も幸せだろう?なあメイラ?
 オーガは有頂天になって、隣に立つ〈宝珠〉に同意を求めた。
 メイラと呼ばれた〈宝珠〉は頭の先から足元まで、じゃらじゃらと宝玉や貴石で飾りたてられていたが、

その若草色と評された瞳は、カサルアに釘付けで
恍惚(こうこつ)としている。州公の話など全く聴いていない。

当然といえば当然の事である。飛びぬけて〈力〉の強いカサルアに
()かれない〈宝珠〉はいないのだから。
 カサルアはオーガの機嫌が悪くなる前に、早々に術を施して退散する事に決めた。

彼は手早く術を施し退室の挨拶をすると、再び路案内を
(ともな)わせようとするオーガの申し出をやんわりと断った。
「カサルア殿は、今日初めて通った地下回廊をもう把握していると言われるのか?」
 カサルアはここで一つ釘を刺そうと思い、今までの作っていた柔和な(おもて)を外し、

苛烈な光を金の瞳に映しながら威圧的な声音で答えた。
「路が分からぬ案内人は不要と申したまで。脇道にばかり入って三倍の時間がかかったと思うが?何か意味でも?」
 オーガは見る間に顔が青褪(あおざ)めてきた。
「そ、それは・・・・」
 カサルアは優雅に踵を返して隠し扉に向かい出口に手をかけ肩越しに振り向くと、

更に瞳に強い
光を放ってゆっくりと言った。
「私には全て見える。今ここにいても城の隅々まで鮮明に。ではオーガ公、

また
後程(のちほど)。あなたが都合よさそうな頃を見て(、、)伺おう」
 オーガは気の毒なくらい蒼白になっていた。

心の中では結界の術を施して貰ったら場合によっては寝返ろうとさえ思っていたのだが、

あの〈陽の龍〉にそんなことしたら自分の身が危ない。

結界の術もそうだが、そんな広範囲に念視が出来る〈龍〉など聞いたこともなかった。

最初の印象は正しかったのだ、圧倒的な存在。

本当に彼なら魔龍王を斃すことも可能かと思えてきた。

たった三人の龍と一人の宝珠で四大龍らを斃し、この離龍州を開放するというのだから――――
保身第一のオーガは、ここはひとまず、静観を決め込むことにしたのだった。






                   
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